エミヤ(アチャ子)TOLOVEるへ行く   作:メスザウルス

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孔子の倒れ

騒がしい教室。

時折聞こえるけたたましい笑い声。

何かに頭を抱える者や、ふざける者。歓喜に震える者、意味なく叫んでいる者もいる。

そんなありふれた中の一部分に、ピンク髪のツインテールをした少女、ナナの姿があった。

 

「……」

 

ただ無言で辺りを見渡し、静かに椅子に座っているだけなのに、少し近寄り難い雰囲気を出している。普段から見せる生き生きとした表情は息をひそめ、代わりにその表情は険しくなっていたからだ。

その視線は今は教室の窓の外を映しており、時々大きく息を吸っては溜め息のように鼻から息を吐き出している。

 

「ナーナちゃん」

 

ひょっこりと、そんなナナに声をかける人影が一つ。ナナの親友でヤミの妹であるメアであった。

メアはペロペロキャンディーをなめながら、少しお茶らけた様子でナナに話しかける。

 

「メア…」

 

「どうかしたの…って、何かあり過ぎて困るけど、悩みごと?」

 

どうやらメアもナナの様子の変化に気が付いたらしい。

己を変えてくれた彼女が暗い顔をしていたら、親友として見過ごせない。

 

「いや、それが…」

 

「…もしかして、あの赤いお姉さん?」

 

言いにくそうに口をもごもごさせるナナに、メアはあたりを付ける。

 

「…うん」

 

やけに重くなった頭を、ゆっくりと縦に振るナナ。

普段では見せないナナの弱弱しい様子に、メアは目を細めた。

 

「何か変なことをされたとか? もしそうだとしたら、私が────」

「い、いや!そういうことじゃなくて、むしろ逆なんだ」

「逆?」

 

嫌なことをされておらず、むしろ逆。ということは、何か嬉しいことがあったということなのだろうか?ナナはそれについてこんなにも気を重くし、悩んでいるという。

そんなよくわからない悩みに、メアは首を傾げつつ、カプリっとペロペロキャンディーにかぶりつく。やはり人の気持ちは分からない事が多い。

 

ナナはこれまでで一番大きなため息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。

 

「ずっと思うんだよ。あいつ、意外と悪い奴じゃないんじゃないか…って。 もしかしたら、案外良いやつなんじゃないかなって… おかしな話だよな、私たちは殺されかけて、なのにこんなことを思うなんて…」

 

メアはガリっ、ゴリッ、とペロペロキャンディーを噛み砕きながら、ただ黙して親友を待つ。

 

「でも、あの後さ……あいつ、すっげー温かく見えたんだよ」

 

ナナは全ての体重をかけるように、椅子の背に持たれ、教室の少し汚れて黒くなっている天井を眺める。

 

思い出すのは、エミヤがセリーヌを抱き上げている時。

セリーヌの安心しきった顔と、その姿を見て頬を緩ませているエミヤ。

その時の瞳は、私たちに向けていた凍り付くような冷たいものではなく、温かく慈愛に満ちた目だった。

 

「まるで、あたしたちの母上のような、そんな優しさを持った目でセリーヌと接してて……そんで、それを見て、なんか…こう……もしかしたら、悪い奴じゃねーのかなって。そう思っちまって」

 

私たちの事を見守ってくれていた母上の包み込んでくれるような優しさが、エミヤにはあった。

 

ナナは思い返す中で、自分に嫌悪感を覚える。

あんな目が出来る奴を、私は敵として殺意を向けていたのだ。

あいつは私の友達を殺そうとした。

それはいけない事だ。だからナナたちは戦った。

奪われまいと。守ろうと。一生懸命戦った。

しかし、敵であるエミヤのあんな一面を見てしまった。

冷たい部分以外の、温かな、優しい部分も見てしまったのだ。

 

誰かを守るためだとか、そんな理由では通らない。そんな言い訳では己を騙せない。ただ、慈愛をもって子供を抱くことが出来る人に刃を向けてしまったという現実が、ナナの心に後悔という棘が突き刺さっているのだ。

 

「…そっか」

 

メアがそんな思いを感じ取ったのかは分からない。しかしナナの言葉に、親友の思いに、彼女は静かに相槌をうった。

 

「あたしは、あいつとどう接したらいいんだろう…」

 

そう呟かれたナナの言葉には、事の本心が表されていた。

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ…なるほど、興味深いわね」

 

 

場面は変わって保健室。

その空間は、生徒のサボり場所であり、やはり医療の場でもあるのか、白を基調にした清潔感のある、風通しのいい場所だ。

そんな神聖な場所で、影が2つ。

この部屋主にして、管理者の御門涼子と、御門に身体をサワサワと触られているエミヤの姿があった。

 

御門は宇宙でも有名なドクター、もしくは研究者である。

結城リトたちが通う彩南高校の養護教諭。

実はその正体は宇宙人であり、養護教諭に身をやつす傍ら、地球に滞在する宇宙人らの病気を治すのもこなしている。

全宇宙に名を轟かせる名医で、時にはその腕前が災いし狙われることもある。

普段は冷静で、優しく面倒見のいい先生として生徒たちからの信頼も厚い。

 

そんな彼女は何をしているかと言うと、エミヤのエーテルで出来た身体に興味を持ち、キッチリと許可を取って、衣服を脱がし、観察or接触をしているのだ。

故にこれは研究のため。

決して如何わしい事ではないのだ。

たとえ上半身裸の女のどこに触れようと!研究のためだから!

それに女同士だから全然オッケー!

 

「……あまり触らないでくれ」

 

エミヤは苦虫を噛み潰したような表情で、遠慮なく身体を弄る御門に抗議した。エミヤ思いは伝わったのか、御門はニコリと笑う。

 

「あら、もしかして恥ずかしいの?」

 

「ああ、キミのような美しい女性に触られると、どうにも落ち着かん」

 

御門の少し揶揄うような言葉に、しかしエミヤはいつもの天然を醸し出す。

御門はそう返されると思って居なかったのか、少し驚いた様子で、しかし、大人の余裕を崩さずに興味深そうな瞳でエミヤを見た。

 

「へぇ…? 他世界の英雄と聞いていたけれど、やっぱり英雄様は口が上手いのね」

「私は思ったことを言っただけだ」

「しかも天然、と…一体何人の男を泣かせてきたのかしら?」

「? 男など泣かせても何も無いだろう?」

 

こんなエミヤの斜め上の返答に「ああ…コレは重症ね」と思いながら、机の上に置いてあったコーヒーの入ったマグカップに手をつけた。分からない者に何を言っても無駄。敢えて多くは語るまい。

 

ズズ…と少し冷めたコーヒーで口内を潤す。

 

エミヤはようやく解放されたかと、ホッと胸を撫で下ろしながらシュルシュルとサラシをキツめに巻き、椅子にかけてあった黒のタートルネックを着た。

 

「まう…」

「あら、セリーヌ」

 

寝ぼけ眼を擦りながら、まだ微睡みが残った目で、保健室のベッドにある隔離用のカーテンをシャー…と開くセリーヌ。

 

「まうー…」

「……」

 

トテトテとエミヤの側まで行き、抱っこ〜、と言うように両手をあげる。

エミヤは、仕方ないな…という表情で、セリーヌの要望通りに抱き上げる。

 

セリーヌは、エミヤの柔らかな胸を枕とし、モゾモゾとベストポジションを見つけると、そのままスースーと、一定の呼吸をしながら、また夢の世界へと意識を落とした。

 

「あらあら、懐かれてるわね〜」

 

御門はそんなホッコリとする光景を温かな目で見ながら、ふふふっと微笑む。

 

エミヤは、自分の胸で眠るセリーヌを見て、複雑そうな顔をした。

 

「…私に懐くなど、変わっている」

「それ程貴女がいい人だって言うことよ」

 

エミヤは、それを聞くとさらに表情を歪ませる。

 

「いい人……それは間違いだ。私はそんなものじゃない」

「子供は大人よりも人の本質を見抜く。悪い大人に懐く子供はいないわ」

「騙される事もあるだろう」

「その子が人の良い悪いを判断出来ないように見える?」

 

御門の目の動きに誘われるように、エミヤは自分の胸のなかで眠るセリーヌに、視線を落とした。

 

「まう…」

 

セリーヌは、とても健やかな顔で、何かいい夢を見ているのか、時折にへらと笑うと、エミヤの胸に顔を擦りつけるように、顔を動かす。

その胸は、まるでセリーヌの形になるようにフニフニと歪み、しかし、キチンと元に戻る弾力性があった。

そんな、最高の枕で眠るセリーヌを見て、エミヤは何を思ったのか、小さく口を開く。

 

「……勘違いしているだけだよ」

 

エミヤは、そう切り捨てた。

全ては勘違いだと。

この子は確かに頭が良いのだろう。

確かな蒼眼を持っているのだろう。

 

――だが、所詮は子供なのだ。

 

――無知で無力な、子供なのだ。

 

「私如きがこんな事を言うのも烏滸がましいが、私は英雄だ。ならば、そう言われる事をしてきている。だから——」

「言ったでしょう」

 

御門はエミヤに被せるように言う

 

「子供は、人の本質を見抜くって。つまりはそういう事よ」

 

その声色は、まるで聞き分けのない子供を咎めるようなものだった。

多くの者は、ここで喉を詰まらせ、何も言い返せなくなるだろう。それ程の覇気が、御門にはある。

 

「多くの誰かを殺していてもか?」

 

だが、そんなものは、多くの悲劇の上に立ち、死体を踏み越えて来た英雄には、届かない。

否、そんな言葉ひとつで怯む様なら、エミヤはここまで走り切ってはいない。

 

「私は、そんな温かい人間じゃない。もっと冷たい、鉄のような人間…いや、英雄だ。だから、必要があれば誰かを殺すし、それはキミも例外じゃない」

 

如何に自分が最低な人間か、如何に自分が人を殺し、その上を踏みしめてきたか、エミヤは目で、言葉で、雰囲気で語る。

お前が考える以上に、自分の手は血で染まっているのだと。

 

「故に、私は決して優しい人間などでは――」

「御門先生!!逃げて下さい!!」

 

途端に、エミヤの言葉は、急に開かれた扉の音と、それに続く悲鳴のような声に掻き消された。

 

「お静!?」

 

部屋に入ってきたのは、御門の助手であり、この学校の3学年、村雨静であった




孔子の倒れ (くじのたおれ)

意味

孔子の倒れとは、どんな名人・達人にも、時には失敗することがあるというたとえ。
孔子ほどの聖人君子であっても、ときにはつまづき倒れることがあるの意味から。
「くじ」は、孔子(こうし)の呉音読み。「孔子倒れ(こうしだおれ)」ともいう。
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