保健室に飛び込むように入った静は、人差し指をエミヤに向け、その動きを止めようと動いた。
【 念力集中!!】
「ッッ!? コレは…」
ビシリッと身体が押さえつけられるように動かなくなり、それはまるで見えない鉄の輪が身体に巻きついたような感覚であった。
それはお静の力、超能力である。
「私が時間を稼ぎます! 先生、早くッ!」
「ちょっと落ち着きなさい、一体どうし――」
ゴウッ、と静から吹き荒れる超能力の風が、保健室のカーテンを吹き飛ばし、周囲にある本や文房具、そして何故保健室にあるのか分からないが、手術用のメスなども舞い上がった。
エミヤは、こんな状況下でもスヤスヤと安らかに眠るセリーヌを、飛んでくる物で怪我を負わないように、自身の身体で庇うように更に強く抱きしめた。
静はエミヤの腕に抱えられているセリーヌに気が付くと、顔を顰め、怒気を噴出させた。
「ッ…なるほど、セリーヌちゃんを人質に…っ」
「待ってくれ。君はなにか勘違いを――」
「悪人の言葉を聞く耳はありません!!」
とんだ真逆の解釈をする静に、エミヤは少し汗を流しながら誤解を解こうとするが、静はエミヤの言葉を一刀両断し、更に指に力を入れた。
「ッッ…!」
ギリギリッ、と更に拘束力の上がる念力に、更にエミヤの身体は圧迫されていく。
拘束用にしては、少し強すぎないか?と思いながら、エミヤは腕で眠るセリーヌに目を向ける。
そこには、少し苦しいのか、エミヤの腕に押され、「うー…」と険しい表情を浮かべながら、苦悶の声をもらすセリーヌの姿だった。
このままではいずれ抱き潰してしまうと判断したエミヤは、身体を魔力で強化し、一気に身体に力を入れた。
すると、エミヤを縛っていた念力は、パァンッ!と音を立てて散っていった。
それを見た静は、ギリッと奥歯を噛み締める。
「っ…やはり破られますか……ならっ!!」
静は両手を広げると、部屋に散らばっていた本やメスなどが中に浮かび上がり、全てがエミヤへと矛先を向け、囲うように静止した。
「コレで——」
「止めなさい」
「はうっ!?」
その全てをエミヤへと総射しようとした静の頭を、御門が少し強めのチョップをかますことで阻止した。
いきなりの味方からの攻撃に、静は目を×にしながら、抗議の視線を送る。
「な、何をするのですか!?」
「それはこっちのセリフよ。一体何をしてるの」
「決まっています!先生を助けに——はっ…!」
静は何かを悟った声を上げ、信じられないとばかりに口をパクパクと動かしながら固まった。
ようやく分かったかとエミヤと御門は安堵の溜息をもらす。
「ま、まさか…」
ありえないと、首をゆっくりと横に振り、2人から距離を置くように数歩後ずさる。
そして、静はクワッ!と口を開いた。
「先生はなにか洗脳の類いを!?」
「受けてないわよ」
待たしても御門からチョップをくらい、「はうっ!?」と情けない声を上げる静。
御門は頭が少し痛そうに、指を額に当てると、事の成り行きを見守っていたエミヤに振り向き、申し訳なさそうな目で言った。
「ごめんね、すこーし、外で待っていてくれる?」
「りょ、了解した…」
こちらへと振り向きながら浮かべる御門の作ったような笑みに、エミヤは少し圧を感じながらも、御門の指示に従い、いそいそと部屋の外に出た。
「もうっっしわけございませんでしたぁっ!!」
数分後、ひょっこりと扉から顔を出し、エミヤに「もういいわよ」と言う御門に続くように、再び保健室へと入ったエミヤの視界に写ったものは、こちらへと90度に腰を曲げ、頭を下げる静の姿だった。
エミヤは、この姿を見て、胃が痛くなる。
「まま、まさか、先生のご友人だったとはいざ知らす!」
「い、いや…それはもういい。顔を上げてくれ」
恐る恐ると言った感じで、ゆっくりと頭を上げた静の表情には、申し訳なさと、罪悪感、そして後悔の色が伺えた。
その、これから怒られると悟り、キュッと縮こまった仔犬のような姿に、まるで自分が彼女に何かしたような罪悪感が募り、更にエミヤの胃を攻撃した。
「それで…なぜ私にいきなり攻撃を?」
エミヤが言うと、ビクンッ、と肩を震わせた静は、タラタラと冷や汗を流し出す。
「……」
「はぁ…実はね」
なかなか開こうとしない静の口の代わりに、見兼ねた御門は溜息を吐きつつ事の経緯を話し出した。
時間は数十分遡り、静は1人で肩を落としながら廊下を歩いていた。
「うぅ…ミスりました。 まさか保健室に忘れるとは」
己の筆箱を保健室に忘れたことに気がつき、保健室へと足を進めていた静。
どうやら昨日、メアの救助の際、ドタバタに紛れてそのまま置いて帰ってしまったようだった。
そのことに気がついたのは先程の1時間目の授業時。
その時は隣の子にペンを貸してもらうことで何とか凌いだが、流石に何度も借りるのは気が引けるため、こうして休み時間の間に筆箱の回収へと身を乗り出したのだ。
階段を降り、廊下を歩き、静は保健室の扉の前へと辿り着いた。
恐らく中には御門先生が居るだろう。
静はノックをしようと軽く握った手を前に出した。
『——、———』
すると、中から聞こえてくる女性の声。
その声は少し低く、凛とした、言えばクールな声色であった。
(——? 知らない人の声?)
誰かお客さんだろうか?
御門先生は、今では学校の保健室の先生になっているが、その実は宇宙でも名を轟かせいる程の、知らぬものは居ないほどの名医であった。
故に、宇宙から御門先生を頼り、こうして来ることは何度もあったし、助手として自分も手伝ったこともある。
故に静はその類だろうと思い、その場で少したじろぐ。
どうしよう…流石に今行けば診察、もしくは治療の邪魔になるかもしれない。
しかし、休み時間は10分。あまり長く待つことは出来ない。
しかし、患者さんや御門先生に迷惑をかけるのも…
確かに、御門先生はとても心が広い。
故に多くの生徒から好かれている。
だからそんな事で怒ることはなく、むしろ笑顔で許してくれるだろうが…
仕方ない、次の授業も隣の子に借りよう。
そう思い、扉の前から去ろうとした時、不意にその声だけが聞こえた。
『————————、——殺すし、それはキミも例外ではない』
少し…いや、かなり物騒な話の内容が聞こえた。
コレにはお静ちゃんもビックリ混乱。
(こ、ここ、殺す!? な、なんなのですかあの人は!? ま、まさか…あの人は、何処かから来た暗殺者!?)
そしてテンパり、妄想をぶっ飛ばした。
御門先生が狙われていると悟った(勘違い)静は、霊体離脱し、扉を顔だけ透かし、中の様子を確認した。
そこには、黒いタートルネックを着た、銀の髪を持った女性が立っていた。
(ッ…なんて存在感…まさか、私に似た、それでいて私よりも更に上位的な存在)
その女から漏れでる圧倒的強者の風格、そして自身よりも高位の存在に、静は目を見開いた。
たらりと、やけに冷たい汗が、背筋をなぞった。
今、静の思考はこの一言で埋め尽くされている。
――喰い殺される
静は自然と呼吸が乱れ、胸の服を握りしめた。
確認を終え、自身の肉体へと戻った静は深呼吸をしながら思考する。
このまま行けば、御門先生は殺されてしまう。
何とかしたい。
しかし、行けば呆気なく私は殺されてしまうだろう。
だが、先生には多大な恩がある。
少しでもいい…
私の命で、私の魂で、先生を救えるのなら…っ!
静は、決死の覚悟で保健室の扉を開け放った
「先生!!逃げてください!!」
■□■□
「——と、言うわけ」
「そうか」
説明を終えた御門を尻目に、エミヤは静を見た。
エミヤの赤い瞳に見られた静は、ビクッと怯えるように肩を震わせ、冷や汗を垂らし、目はバタフライしている。
「本当に、すみませ——」
「すまなかった」
静は自身の不手際をもう一度謝ろうと、腰を折ろうとしたが、それよりも先に、エミヤが頭を下げ、謝った。
「ふぇ?」
そんなエミヤの行動に、混乱しているのか、まるでドジっ娘の代名詞とも言える「ふぇ?」が漏れた。
静にとって、目の前の人物とは自身よりも高位の存在。つまりは王や神と同じような存在だ。
いつでも自分の生など奪いされる、殺傷与奪を行える存在。
そんな相手が、まさか自分に頭を下げて来たのだ。
明らかに悪いのは自分であるにもかかわらず、目の前の不条理な存在は、本気で謝っている。それは、彼女の雰囲気から分かった。
エミヤは、頭を下げ下げながら、そのまま口を開いた。
「紛らわしい発言をしてしまった、私に非がある。面識もない者がそんな言葉を吐くなど、警戒されて当然だ」
「い、いえ!そそ、そんな改まって言われると…い、いえ、本当に悪いのは私の方で!そ、その、ご、ごめんなさい!!」
静は、先程よりも更に申し訳なさを出しながら、オドオドしながらも、エミヤよりも深く頭を下げた。
まさか、初対面でここまで言われたら、誰だって狼狽える。それが自身よりも高位の存在なら尚更だ。
今の静の状況は、一介の雇われ社員に対して、その会社の社長が頭を下げているのと同じ状況なのだ。
いつだって、自身よりも上の人に頭を下げられれば、恐縮してしまう。
「いや、キミは当然のことをしたのだ、むしろそれは尊い行いだったと言ってもいい。 誰かのために自分の身を危険にさらす、それは、誰にでもできることじゃない。キミは、私に怒りこそすれ、謝る必要はどこにもない。 真に謝るべきは私だった。本当にすまなかった」
だが、エミヤは静とは違い、落ち着いた口調で自身の非と、静の行動に対する敬意の言葉だった。
そしてまた真摯に謝る姿に、静は涙目になりながらオロオロとしてしまう。
「あ…うっ……そ、そのぉ…」
「はいはい、エミヤさん。あんまりこの子をからかわないであげて」
助けを求める目で見られた御門は溜息を吐きつつ、静をフォローした。
「——?私はからかってなどいない。 事実を言ったまでだ」
私は本気だ。と首を傾げながら言う鈍いエミヤに、御門は更に溜息を吐いた。
彼女にここまで溜息を何度も吐かせたのは、エミヤが初めてであろう。
さすがは英雄。常人に出来ないことをサラリとこなす。
「それで、お静はいつまでここにいる気?」
「え?」
御門の言葉に、静は呆けた声を上げた。
そんな静の姿に、御門は親指で、自身の背後にある机を指さした。
「もう、とっくに鳴ってるわよ」
その時計が針刺している時刻は、授業が始まって5分の場所。
これを見た静は血相を更に青くさせながら、廊下へと飛び出した。
「——!! や、やばいのですうううぅぅぅ——!!」
遠ざかっている声に、エミヤは少し苦笑いをし、御門はそんな可愛い生徒の姿にふふふ、と声を抑えながら笑う。
「忙しいな」
「ええ、それでいて騒がしいわ。 暇にならないし、楽しめてるからむしろ良いけどね」
「…キミもいい性格をしている」
クツクツと笑う御門に、エミヤは皮肉を漏らした。
御門は大して気にした様子はない
エミヤはセリーヌをベットにやさしく寝かせ、タオルケットをかける。
セリーヌの指は、離れたくないとエミヤの服を掴んでいたが、エミヤはそれを起こさないように外すと、保健室の扉へと向かった。
「どこかに行くの?」
「少し見て回ってくる」
ここら一帯の地形を把握し、どこに何があるのか、狙撃地点はどこが良いかなど、やらなければならないことは多い。
どこに何が売っているかなどは大して必要ないように見えるが…
「そう、なら気を付けないと」
エミヤの素っ気ない回答に、御門も素っ気なく送り出す。エミヤはこの気をつけてを、姿を見られる事を指しているのだと理解し、頷いた。
元より私は目立つ容姿をしているのだ、そこは言われずともキチンと気を使う。
「ああ、安心してくれ。 誰にも見つからないように霊体化していく」
「ふふふ…ええ、そうね」
「——? では、失礼する」
そんな御門の含み笑いに、しかし理由を知らないエミヤは、頭に?を浮かべるだけで、大した気にした様子もなく、外へと繰り出して言った。
「そっちの気を付けてじゃないんだけどねぇ」
御門は、何も無ければいいけど、と不吉なことを零しながら、すっかり冷えたコーヒーに口をつけ、ふふっ…と笑うのだった。
鬼が出るか蛇が出るか
意味
鬼が出るか蛇が出るかとは、これからどんな恐ろしいことが起きるか予測ができないことのたとえ。将来どんなことが待ちかまえているのか、予測がつかないときに使う。
「鬼」も「蛇」も不気味なものを表す。
もともとは、からくり人形を操る人形師が客の好奇心を煽る口上から出たことば。
鬼も蛇も不気味なもののたとえとして使っているのだから、他人に使う場合は失礼に当たる。