「なん、だと…」
「…驚くのは無理もありません。 しかし、事実です」
「そんな、まさか…」
「…はい」
「本当に、あの男があの学校の校長だったのか…」
なにやら痛ましい様子で頭を抱えるエミヤと、それを見て申し訳なさそうなモモ。
それを遠目に見ていたナナは、セリーヌを膝に乗せてソファーに座り、苦笑いで見ていたリトに聞いた。
「おいリト、あいつどうしたんだ?」
「あー…えっと、校長に襲われたらしい」
「…まじかよ」
ナナの表情は、一気に微妙なものへと変わる。
それは呆れと、多少の驚きが含まれていた。
「あいつに手を出すなんて、命知らずにも程があるぞ」
「まぁ、校長もエミヤさんがあんなに強いなんて知らなかったと思うし」
「知ってても襲うだろ」
「……まぁ」
確かにあの校長ならやりかねない。と言うか、十中八九やるだろう。
エミヤが校長に与えた罰は、何とも軽すぎる。
襲われた罰が校舎の三階に吊るすだけでは、あの男は止まらない。
あの男はヤミに何度も襲いかかり、その度にそれなりの報復を受けているにも関わらず、一向に反省するそぶりなど見せた事がないからだ。
ヤミに撃退され、ミイラの様に包帯を全身に巻く様な怪我でも止まらない姿を想像して、結城リトは「うーん…」と悩ましい表情をする。
「あいつもあいつだけどな。 無闇矢鱈に学校をうろつく奴も悪い」
「歩くだけで危険が伴う学校もどうかと思うけどな…」
ナナはエミヤを横目で見ると「ふいっ」とそっぽを向いた。
その様子を見たリトは、内心でため息を吐く。
(やっぱり、簡単にはいかないよな…)
ナナは、というか美柑もそうだが、この2人はエミヤさんを嫌っている。
ナナはエミヤさんを直視しないようにしてるし、したとしても先程のようにすぐにそっぽをむいてムスッとした表情になり、美柑はそばに居るだけで顔を暗くさせるのだ。
理由は、何となく分かる。
この2人はあのトランスを使う少女達と特に仲がいい2人で、メアはナナの、そして美柑はヤミの親友なのだ。
その2人に刃を向け、殺そうとしたエミヤさんを許す事が出来ないのだろう。
だけど…
チラリと、モモとセリーヌを見る。
セリーヌはエミヤさんに懐いているのか、よく甘えているし、モモも何を話しているのか知らないけど、エミヤさんと話している姿をよく見かける。
いつかこの2人が架け橋となって、いつか皆で仲良くして欲しいと思う。
勿論、自分も手伝うし協力もする。
でも、一番の問題が…
「リトー、ご飯出来たよー」
美柑が料理の盛られたお皿を持ってテーブルにコトリと置いた。
ウチの家族は多く、その分作る量も運ぶ皿の数も必然と多くなる。自分は料理は出来ない。だから、せめてお皿を運ぶくらいの事は手伝う。
「あ、エミヤさんも一緒に食べませんか?」
モモが笑顔でエミヤを誘う。
そこにはモモの気遣いが見て取れた。
モモも何とか仲良くしようと頑張っているらしい。
だが、エミヤは首を横に振った。
「せっかくの誘いだが、遠慮しておこう」
そう言うと、エミヤはリビングを出る扉へと歩を進める。
────これだ。
エミヤ自身も、あまり自分たちと仲良くしようとしないばかりか、自分から壁を作っているように見える。
自分がこうと決めているのか、その距離から動くことなく、必ず1歩手前でその歩みを止めてしまうのだ。
ナナはエミヤの回答が気に食わなかったのか、視線が一気に鋭くなる。
リトは冷や汗をかいた。
「そ、そんなこと言わずにさ、一緒に食べようぜ」
「そうですよ。 皆で食べた方が美味しいですし。ね?」
リトも、エミヤを何とか誘おうと自分も参加し、これを好機とモモも便乗する様に言う。
だが、エミヤはそれでも首を横に振った。
「そもそも、私は英霊。サーヴァントだ。 何度も言うが私に食事は必要なものではない。 故に、私に気遣いなど不要だ」
「でも───」
「要らないって言ってんだ。 無理に誘う必要も無いだろ」
ナナがイラついたようにそう吐き捨てる。
その言葉の内容は多少相手を気遣うものだったが、それは言外に「そいつを誘うな」と言っていた。
しかしエミヤは気にした様子もなく「私は霊体化している。用があるなら呼べ」とだけ言って、その身体を透過させた。
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少し冷めた風が頬をなぞり、髪を揺らす。
エミヤは、結城家の屋根の上で腰を置き、遠くを見通すように見ていた。
その視線の先には夜街の明かりが星のように輝き、時折近くを通る車のライトが、エミヤの赤い瞳をキラリと光らせる。
街灯と民家の明かりが夜に光を与え、先を見通すには問題ない暗さだった。
「…用があるのなら、直接言ってみたらどうだ?」
誰かに放った言葉が、夜の暗闇に溶け込むように響き、その音におびき出されるように「タンっ」と降り立つ音が、背後で聞こえた。
「まさか、こんな夜更けに遊びに来たというわけでもあるまい」
「……」
後ろに振り向くことなくそう続けるエミヤは、もう既に背後に立つ人物が誰なのか分かっているようだ。
その人物は丁度光が当たらない角度にたっている為、人間の肉眼では確認できない。
しかし、それでも身体から発する雰囲気が、不愉快だと暗に告げていた。
「勘違いしないで」
高い、少女特有の声がその人物から発せられ、コツ、コツとブーツの音を鳴らしながらエミヤに近付く。
光が足から上へとその影を照らし、とうとうその人物の顔を明らかにした。
赤髪のおさげが特徴の、金色の闇の妹、メアだった。
「私はまた貴女が『悪い事』をしないか見張ってただけ。別に殺しに来たわけじゃないよ」
シャリン…とおさげを刃と変え、エミヤのうなじに切っ先をそえながら「脅しに来ただけ」と言葉を続けた。
しかし、エミヤはうなじに刃を当てられても微動だにせず、夜の街を眺めながらゆっくりと口を開いた。
「ほう…悪い事、か」
ふっ…と、目を閉じて小さく笑うと、まるで子供に言い聞かせるように話した。
「では聞くが、私が犯した悪い事とは、一体何かな?」
わざと、とぼけたように言う。
「キミの姉を殺そうとした事か? キミの同級生に刃を向けた事か? それとも…」
つらつらと並べるように、少女へ対する嫌な事を、さも昨日の晩御飯のメニューを言うかのように話す。
言葉を続けるにつれて、少女の目は怒気によって光を無くしていき、代わりにドス黒い闇が混じり、満たす。
「キミの先輩とやらを、二度も斬り殺そうとした事か?」
背後で膨れてゆく憎悪に気付きながらも、エミヤはニヒルな笑みを浮かべ、見下す視線を送った。
「……」
「…黙っていないで何か言ったらどうかね? ああ、そんな風に睨まれては恐ろしくてとても話せたものじゃ無いな」
己の心底にある怒りを必死に抑えているのか、メアの強く握られている拳は震え、エミヤを写す瞳は害虫を見るかのように、明らかな嫌悪を示していた。
うなじに添えられた刃が、この首を掻っ切りたいと、強く叫んでいた。
だが、それもメアのがフ…と力を抜いたことによって途絶えた。
「ふふ…自分の罪を自分で言えるなんて、とんだ外道だね、あなた。 思わず斬り刻みたくなっちゃう。細切れにね」
「私を外道と罵るか。いや、それは結構。私も外道だ。だがキミは、キミとキミの姉は外道では無いと?」
「ううん、違う。 外道だよ、私も、そしてお姉ちゃんも」
メアは冷たい笑顔を浮かべると、首に添えていた刃を髪へと戻し、大きく両手を開いて、語るように言った。
「いっぱい殺して、いっぱい血を浴びて、そしてそれに意味を見出し、快感を感じる。 兵器として生きて、そう望まれ、兵器として戦った。 その理を果たしただけ。でも、外道には変わりは無い」
空に登った月を、その手で愛でるように撫でると、力を抜き手をだらんと垂らした。
「あの人たちは、いい人たち。 甘々で、ほっぺが落ちそうで、太陽のように照らしてくれる、優しい人たち」
何かに酔うように、何かに魅了された様に、その温かい何かを思い浮かべ、大切そうに両手を胸に添えた。
「教えてくれたんだ。 ご飯は、温かいものだって」
赤子を守る聖母のような慈愛が、宝物を大切に持つ少女のような温かさが、メアから溢れ出るように空気を伝った。
「だからこそ」
空気が、震えた。
「外道を殺すのは、外道の役目、でしょ?」
ノコギリのように、幾百と刃を持った剣へと、メアの腕が変化した。
ナナちゃん、エミヤを嫌ってる訳ではありません、そういう風にリトが見ているだけです。
エミヤとの付き合い方が分からず、ツンが発動しているだけです。
美柑は嫌っているというか、怯えている感じです。
また、ナナの心境については書こうと思っております。