太陽が光を満遍なく照らし、それに加え、セミがその生命を謳歌し、感情を辺りに撒き散らす季節。
今日は日曜日ということもあり、夏の暑さに負けじと元気な子供達は砂場で山を作り、ボールを蹴り、その服や靴を土塗れにしている。
日光によって熱くなったアスファルトは、裸足で走れば火傷してしまう程高温となっており、水一滴でも落ちようものなら、それは2秒と経たないうちに気体へと変わるだろう。
だが、そんな中、頬から汗を流しながら、外へと出る者がいた。
二つの大きな果実をたゆんと揺らし、それを白を基調としたワンピースで包み、背中から艶のある黒髪を流すように垂らしている。
その者の名は、古手川唯。
結城リトが通う学校の風紀委員である。
彼女は現在、「はぁー…はぁー…」とダルさと暑さに耐えながら、帰路へとついていた。
その目は疲労の色が濃く出ており、その背中は『不満』の2文字が浮かんでいる。
実はこの女、休日を使いペットショップでネコに癒されようとしていたのだが、ペットショップがあるデパートに着いた所、シャッターが閉まっており、その中央には『工事中』と書かれた紙が貼り付けられていたのだ。
土曜日に宿題と勉強を済ませ、ある程度やることが無くなった彼女は、暇を持て余していた。
何時までも自宅のクーラーの効いた部屋で、惰眠を貪る、というのもいいのだが、如何せん気が進まない。
ではどうするか、という事なのだが────古手川は部屋を見渡す。
目に映るのは本が隙間なく入れられた小さな本棚、窓際に置かれた花瓶、昨日使っていた勉強机、クマのぬいぐるみがちょこんと座るベッド、背もたれのついた椅子に、何も置かれていない一人分のテーブル。
「掃除は、昨日したし…」
掃除も昨日のうちに終わらせており、今ではゴミ箱にゴミすらない始末。
はてさて、いったいどうしたものか。と何とも贅沢な悩みを解消しようと考えた古手川は、己の本棚へと足を進めた。
ちょっとした推理小説か、はたまたファッション雑誌か。古手川が手を伸ばし掴んだそれは────猫の写真集だった。
愛らしい猫の様々な仕草、表情、ポーズを収めた写真集を、ベットに座り、太ももの上で広げ、ペラリ、ペラリとめくる。
「……足りないわね」
古手川はページを数枚めくった所でパタンと本を閉じ、元の本棚へとしまう。
どうやら今の彼女には何度も読み返した写真集では満足できなかったようだ。
そこでピコーンと思いつく。
実際に、見に行けばいいじゃない。
確かに、動かない写真集で満足出来ないのであれば、このご時世だ、パソコンで見ればいいだろうと思うかも知れない。だが、どうせ動く姿を見るのならば、やはり直接見た方がいいに決まっている。
外のデパートで見れば、きっとクーラーも効いて涼しいだろうし、何より癒される。
家の節電にもなり、それと同時に心も癒されるという画期的でWinWinなアイディアだ。
そうと決まれば、思い立ったら即行動。
すぐに必要な財布と誰に出会っても恥ずかしくない服装へと身を包み、化粧をし、20分ほどかけて準備を整えると、ウッキウキの気分で駅のホームへと向かった。
それなのに己に突きつけられたのは『工事中』と書かれ、ヘルメットを被ったキャラクターが申し訳なさそうに頭を下げている張り紙と、無駄足という現実。
それに家からデパートまでの往復の電車代。
けれど、まあ、それはいい。別に古手川はあれやこれやと何かいっぱいものが欲しいわけではなく、大して使う金の道もない。あるとすればやはり衣服か化粧品かシャンプーかになるのだが、今の所は間に合っているし、そもそも自分の一週間のほとんどは学校の制服か、家で過ごしている寝巻きぐらいのものだからだ。
だが、こんなにも汗水垂らし、せっかく時間をかけて整えた化粧も無駄となってしまった事に腹が立つ。
あまりにも割に合わないし、むしろ損しかしていないのだ。
帽子はかぶって来ているから日焼けの心配はないのだが、その分暑くてまるでサウナの様だ。
そのせいか更に多くの汗を流す事となり、更に彼女の不満ゲージは刻一刻と数値を上げていった。
ゼーハーと何とかあと数分で家に到着という所で、声を聞いた。
「ニャー、ナーオ」
この、甘える様でどことなく愛らしい鳴き声は…
キョロキョロと辺りを見回すと、ちょうど右斜め上に位置する石段の上。そこにグレーに黒の模様が入った、ネコがいた。
どこか行こうとしているのか、それとも目的地などないのか、トテトテとその小さな身体で神社の石段を登っている姿は、少し冷たい様で可愛らしくも見える。
もうこの際、というか、猫ならば何でもいい。そもそも、古手川は別にペットショップに拘っていたわけではなく、ネコを見たかっただけなのだ。
ペットショップに行ったのも確実にネコを見れる(見れなかったが)という理由で行っただけで、野良でも何でもよかった。
幸い、神社の石段の数は少ないし、直ぐに追いつけるだろう。
古手川は、降り注ぐ暑さに耐えながら、これもネコのためと石段に足をかけ、1分もかからずに登りきった。
すると少女は、一つの風景に固まった。
そこには、幻想的なまでに美しい容姿を持った白髪の女性と、女性の膝上で撫でられている白猫の姿。
女性は神社の石の椅子に座っており、そこは丁度大きな木で影となっている。
時折吹く風によって木の葉がザァーと揺れ動くと、その隙間から漏れた光が、その綺麗な髪に反射しキラリと輝く。
女性は膝の上で寛ぐネコを片手で撫でながら、もう片方の手にうちわを持ち、ネコへと扇いでいる。
それは神社という神秘な場所と言うこともあり、一つの絵として存在し、完成していた。
故に、少女がこう思うのも無理はないだろう。
────綺麗、と
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
白髪の女、エミヤがなぜ神社にいたのか。
それは今の一時間前に遡る。
「まうー♪ まうー♪」
「……むぅ」
今日も今日とて、セリーヌの抱き枕(マグロ)兼遊び相手として結城家に貢献しているエミヤは、いつも通り不満の声を漏らしつつ、それと同時に溢れ出る母性に突き動かされる様にセリーヌの相手をしていた。
今日はあのデビルーク王女三姉妹も、結城家の兄妹も外出中と言うこともあり、家には自分とセリーヌしか居ない。
別に居心地が悪いわけではなかった。
子供は嫌いではないし、むしろセリーヌは賢いので非常に手間もかからない。
「はむ、はむはむ…」
「こらこら、髪を食べるな」
時折今の様にイタズラ(三つ編みをハムハムされる事)や、ヒヤリとさせられる時があるのだが、それでも非常に楽だった。
時には朝の子供向けテレビ番組を観たり(主にヒーローもの)、時には絵本を読み聞かせたり(本人はガラではないと思っている)、時には椅子となったりと(胸は枕にされた)、たいへんお母さんを(ノリノリで)していたエミヤさんだったのだが、突如として帰ってきたこの家の者たちと、三姉妹の母親、セフィ・ミカエラ・デビルークの登場によって、一気にそれは居心地の悪い空間へと変わる。
考えてみて欲しい。
自分はこの少女たち、言わばこのセフィ・ミカエラ・デビルークの娘に刃を向けているのだ。
当然、その事はデビルーク星王室親衛隊の隊長であるザスティンが話していない筈もなく、向こうは私の事を危険人物として捉えているはず。
それに結城家の周りには黒スーツの男達が取り囲む様に待機している事もあって、とても良いとは言えない気分になる。
この状態のままセリーヌと遊んでいられるほど図太くはないし、せっかくの家族水入らずなのだ。余分な部外者は早々に立ち去るのがいいだろう。
故に私は小僧に一言「少し出かける」と伝え、返事も聞く事なく霊体化し結城家を飛び出したのだ。
外の世界は灼熱、とまでいかなくとも、少なくともクーラーの効いた部屋にいた身としてはとても暑い。
それに自分は夏には見合わないタートルネックと、その上から赤色の聖骸布を羽織る様に着ている。しかもそれは斬りつけられても引き締まって止血できる様に身体に密着する形で着ているのだ。
これには流石の英霊様も耐えられない。
さすがに暑すぎる。
エミヤは近くの公園のトイレへと駆け込むと、赤のYシャツに黒のジーンズというラフな格好へと着替えた。
いつあの女王様が帰星するのか知らないが、おそらくは長居はしないだろう。
エミヤは時間つぶしのついでに、この街の地形などの把握と涼しい場所を探しに向かった。