エミヤ(アチャ子)TOLOVEるへ行く   作:メスザウルス

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行雲流水2

 

(…とりあえず、こんなものか)

 

ヒュウと、突風が髪を流し、己の顔に滑る様に吹き抜けていく。

少し強めに吹くそれは、暑い季節には恵みの雨の様にありがたく、冷たくて気持ちがいい。

 

エミヤは風によって乱れた髪を簡単に整え、邪魔な髪を耳にかけると、腰を落ち着かせたまま辺りを見下ろす。

 

 

現在、エミヤは地上45メートル(15階建てマンション並)の高さがあるビルの上にいた。

 

 

あれからトイレで着替えたあと、とにかく街の地形と狙撃ポイントの把握。他に霊脈の探索など、とにかく時間を潰せ、尚且つ有益な行動をしようと考えて、こうして高い場所へとやって来たわけだ。

 

今のエミヤは、魔力供給がほとんど為されていない状態である。

 

と言うかそもそも、結城リトに流れる魔力は常人ほどにはあるのだが、魔術回路は一本しかなく、こちらに供給される魔力量がとにかく少ない。

 

しかも、それも抑止に令呪を無理矢理植え付けられた事によって作られた、いわゆる偽造魔術回路であり、本来の魔術回路の五分の一程度でしか機能していない。

当然、そんな物では英霊一人分を(多少は抑止が肩代わりしているみたいだが)維持するのは不可能だ。

 

ではどうやってエミヤは今まで現界できていたのか。

 

それは結城家の土地には、霊脈が流れていたからだ。

 

 

結城家の霊脈は、あまり大きなものではなく、柳洞寺に比べると格段に落ちてしまう。だがそれでも、現界していても(少しずつだが)魔力が蓄積されていく程度にはあるのだ。

故に、今まで問題なく過ごしてきた訳ではあるのだが、こうして家に帰れる状況ではなくなった今、他に魔力を供給できる場所を一つや二つ、見つけておいても良いだろう。

 

 

(それに…)

 

 

エミヤは遠く、豆粒にも見えないある一点を、その鷹のごとき瞳で見つめる。

その視界に捉えているのは、袋を抱え、モゴモゴとたい焼きを頬張っている少女。金色の闇であった。

 

よほど好物なのか、手に持っている袋に中身はたい焼きがこれでもかと詰まっており、食ってはそこから次へ、次へと、モグモグと平らげている。

その姿は、少し食事が一般よりも偏った少女の姿であり、誰もあの少女が地球を真っ二つにし、己のいる世界を破滅へと誘おうとしていたとは思わないだろう。

 

エミヤは溜め息を吐くと、己に溜まっている魔力を確認する。

 

残っているのは総じて80パーセントほど。

 

 

簡単な投影ならば、あまり魔力を消費することはないのだが、それがアレに通用するとは思えない。だが、自分の切り札はあまりにも魔力を使い過ぎる。

 

一度使う毎に4割。

 

つまり限界値まで魔力があっても二回。無理をすれば三回程度しか使うことはできず、三度使えばその後自分は消え去るだろう。

 

 

そう急ぐことの程でもないと思うが、万が一、あの金髪の少女が暴走しないとも限らない。

人類全滅の可能性が残っている以上、力を蓄えるのは当然とも言える。

 

 

(それに、いつ殺しに来るのかも分からないしな)

 

 

そう、自分は先日の夜。あの金色の闇の妹に刃を向けられている。

その時は向こうも自分も本気ではなかった故、消費した魔力もその日に補充される程度だったが、もしあの姉妹が協力して、本気で殺しに来られると少しまずい。

抑止から無限とも言える魔力供給がない今、自分には高ランク宝具の投影も、大量の刀剣投影も無闇に行うことはできない。

 

それに、一番厄介なのは抑止に守られるあの小僧と令呪だ。

 

あの甘い小僧のことだ。直ぐに私の動きを令呪で抑えようとするだろう。

おそらく金色の闇もその妹も止めるだろうと思うが、あの二人がそれを無視した場合、私は無残にも百以上の刃で斬り刻まれることとなる。

 

 

つぅ…と頬から汗が垂れた。

 

 

右手で額を拭うと、手にはベッショリと汗が付いており、よく見れば髪からもポタポタと垂れていた。

 

 

(少し考えすぎたか…)

 

 

長時間、と言っても30分程度だろうが、それでもこの季節に太陽を浴び続けるとこうなるらしい。

エミヤはその場で立ち上がる。

 

 

(とにかく、この街での狙撃ポイントはおおよそ確認できた。 後は霊脈を探すのみなのだが……)

 

 

とめどなく流れる汗を袖で拭うと、エミヤはビルから跳んだ。

 

 

(できるだけ、涼しい場所にしよう)

 

 

どうやら、いくら英霊であっても、日本の夏というのは耐え難い物のようだ。

 

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 

 

 

 

咄嗟に、頭を前に倒す。

 

───ヒュン

 

コンマ数秒。後頭でなる風切り音が、そこに鋭い何かが通り過ぎた事を告げた。

 

続いて振るわれる第二撃。

上段から斜め下に振り落とされる、斬撃。

 

エミヤはすぐに手を下につき、腕の力によって飛び上がりながら躱し、空中で体制を整えつつ、己に切っ先を向けたメアを見────

 

2つの刃が、己の胴体で交差するように左右から迫ってきていた。

 

「っ、」

 

衛宮は無詠唱でその手に干将莫耶を投影すると、腕をクロスさせ、剣の腹で受け止めた。

 

キィン!と火花を散らしながら甲高い音がなり、散った火花によりお互いの顔が一瞬、より鮮明に見えた。

 

鎌のように反った刃を体内に侵入させまいと腕に力を込めるが、踏ん張りがつかない空中にいるエミヤは、死角からの髪の拳に脇腹を捉えられ、そのまま吹き飛ばされる。

 

「うっ…!」

 

ドス、と鈍い音が鳴り、そのコンクリートをも砕く力で殴りつけられたエミヤは、苦悶の声を洩らす。

 

物理的な攻撃はボディーアーマーによって防がれたが、衝撃波までは塞ぐことが出来ず、ボディーアーマーを通して流れた力はエミヤの内蔵を揺らした。

 

まるでゴムボームのように弾き飛ばされたエミヤは、痛みに怯むことなく冷静に体制を整え、50メートル程離れた空き地に着地した。

 

ズザザ──と地面を踵で抉りながらブレーキをかけ、盛り上がった土で何とか留まる。

 

それと同時に目の前に降り立つメア。

 

お互いの距離は離れているが、それでも互いが踏み込めば一足でたどり着く程度の距離でしかない。

 

エミヤはメアを射貫くように睨みつけ、メアは笑顔を浮かべてはいるが目に光はなく、その身体からは殺意が漏れ出ていた。

 

 

「手厚い歓迎だな。 脅しに来ただけではなかったのかね?」

 

「嘘じゃないよ。 ただ、少し確かめたいことがあっただけ」

 

「それだけ殺気を放っておいて、説得力など毛程も感じられないな」

 

「説得しに来たんじゃないもん。 言ったでしょ?脅しに来たって」

 

剣に変えていた腕を元に戻すと、ずいっ、とエミヤの眼前まで近づいてきた。

 

何を考えているのか分からないが、メアの悪意に即座に対応出来るよう、頭の中で設計図を広げ、何時でも投影出来るようにしておく。

 

 

「ほう、脅しか。 キミにとってアレは脅しなのか? 人の感覚や常識は確かにそれぞれだが、世間的にアレは脅しでも何でもな─────────」

 

 

継がれる言葉は無かった。

 

それは何故か。

 

 

 

優しく包まれる感覚。

 

柔らかで、少女特有の甘い匂い。

 

背に回される手。

 

 

メアはエミヤに抱きついていた。

 

 

「────!? なにを…っ」

 

何か企んでいるのか、何故こんな事をするのか全く分からない。

 

己の理解できない行動をする少女を引き剥がそうとその手に力を込めるが、少女はエミヤを逃がさんとばかりに抱きしめる腕にさらに力を込めた。

 

メアはそのままエミヤの肩に顔を押し当てると、スンスン、と匂いを嗅ぐ仕草をし、そのまま動かない。

 

「っ…お、おい」

 

突然の悪意無き行動に動揺するが、そんな事は関係ないと、メアは何度か深呼吸でもするように、スー…ハー…、と深く嗅いだ。

 

 

「やっぱり、同じ匂い」

 

 

ポツリと、そう呟く少女に、エミヤはどうしたら良いのか分からない。そんな回答など持っていないのだ。

ただ分かるのは、この少女は今、好意を持って自分を抱きしめていることだけ。

そこには先程の殺意や、憎悪など初めから無かったかの様に、まるで家族を抱きしめるような、ただただそんな『愛』があった。

 

 

「濃いね。私よりも。お姉ちゃんよりも、濃いなぁ…」

 

 

抱きしめられているから顔は見えない。だが、少女は憐憫を持って、少し悲しむ様な言い草で、エミヤに言った。

 

だが、いきなりそんなことを言われても、当の本人はさっぱりである。

 

なんの話しをしているのか。 濃い? 意味がわからない。何かの比喩か? この少女は自分に何を伝えようとしているんだ?

 

 

グルグルと思考を回すも、全く言葉の意味が理解できない。

故に、その疑問を少女に問いてしまうのも、無理はないだろう。

 

 

「何を、している…? キミは、私を嫌っているのではなかったか?」

 

「嫌いだよ。 殺したいぐらいに」

 

 

帰ってきたのは肯定の言葉。故に余計わからなくなる。普通、殺したい程の相手をこうも優しく抱きしめるものだろうか?

 

エミヤは、頭に多くの(?)を浮かべる。

 

 

「あなたは、私の大切を壊そうとした。 殺そうとした。

だから、嫌い。 でも、でも──────不思議と、違う気持ちが湧いてくるの」

 

 

メアの手が、エミヤの頬に添えられる。

 

その手は、微量に震えていた。

 

 

「殺したくて、堪らない。 許せないよ。 切り刻みたいよ。 でも、貴女を殺したら、私は……何かを無くしちゃう気がする」

 

 

その表情は、困惑。

メア自身も、何故自分がこんな事をしているのか分からないのだ。

 

ただ、内より生み出される正と負の感情が、己の心をかき乱すのだ。

 

 

「だから、忠告」

 

 

メアは、強い意志を持って、エミヤを射抜いた。

 

 

 

「もし、あの人達を傷付けたら、絶対に許さない」

 

 

 

そこに感じられたのは、絶対の意思。

お前が狙うのならば、私も容赦はしないと、暗にそう告げていた。

 

少女はそれだけ言うと、夜の闇に紛れ、その姿を消した。

 

 

ただ、1人残されたエミヤは、少女の去った方向を、暫く眺めていた。

 

 


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