事実は小説よりも奇なり
現実に起こることは、作られた物語の中で起こることよりも不思議で面白いものだということ。
どこかで聞いた、そんな有名なことわざは、いつ知ったのかはわからない。
けどなるほど、確かにそうだろう。
ダークマター、デビルーク星、トランス。
こんな不思議なことが起こっているのだ。 作られた創作物よりも、圧倒的に迫力がある。
この言葉は、確かに現実をとらえた言葉であるといえるが、しかし、少し足りない。
人生とは、山あり谷あり。
面白いということは、その分、悲しみも多く生まれるものなのだから。
「…ヤミおねえちゃん」
ぽつりと言葉をこぼした赤い髪を持つ少女、メア。
ダークネスとなり、変わってしまった姉の姿を見て、何を思うのか。
「メア…」
「大丈夫だよ、ナナちゃん」
彼女たちは、とある惑星で兵器として作られ、兵器として育てられた。
それが彼女たち、トランス兵器である。
身体をあらゆるものに変化させ、それを自由に操る。
元々人でない彼女たちは非常に高いスペックを持ち、使い慣れていない武器を一瞬で物にするほどの身体能力と、物事を一瞬で判断する頭脳があるのだ。
トランスは、確かに兵器として有用である。
髪の毛を刃に変化させ、腕をエネルギー砲にできる彼女たちは、歩く殺戮兵器と呼ばれるほど強力だ。だが、トランスで変化できるのは武器だけではない。
ほかの生物や、ほかの誰かにも変身できるのだ。
どこかの国の王族に化け、国王を暗殺するなど容易であり、容姿を特定できないことから、追手などから逃げることもまた簡単なのだ。
世界のバランスを容易に破壊できるトランス兵器を恐れた者たちは、実験をしている研究施設を破壊した。
そんな彼女たちの事情を知っているナナは、今では親友のメアが心配なのだ。姉が目の前で殺し合いをしている。幾ら兵器であった彼女だとしても、その事実に心を痛めているだろう。
ナナの悲痛そうな視線を感じたメアは、親友を安心させるようにニコリと笑うと、親友の姉であるララに視線を移した。
「ララせんぱい、ありがとう。そんなになるまでヤミお姉ちゃんを食い止めてくれて」
メアは、ララに礼を言った。
だが、いつものように明るさを感じさせない暗く落ち込んだその声色は、謝っているようにも見える。
私のお姉ちゃんが迷惑をかけてごめんなさいと。
そんな親友を見ていたナナは「ああ、つよいな」と、心から思った。
自分の姉が狂い、友達を殺そうとしている。
そんな中、誰かに気を使い、ありがとうと言う。
それは、本当にすごいことだと思う。
もし姉上が同じような姿になって、リトを殺そうとしたら、私はこんなに冷静でいられるだろうか。
取り乱すかもしれない。誰かに当たるかもしれないし、傷つけるかもしれない。
もしもそうなってしまったら、私は…
姉上がリトを殺すなんて有り得ない。
しかし、必ずとは言いきれない。
何が起こるのか分からないから、こんなに不安になる。
「三人でここへ向かってるとき、あの光の剣が見えて、正直もう駄目だと思った。でもよかった。この町とリトせんぱいが無事なら、ヤミお姉ちゃんはまだ戻れる」
「メア!ヤミを元に戻す方法はあるのか!?ブラディクスの時みたいにサイコダイブとか!」
リトの縋り付くような言葉に、メアは首を振った。
「ヤミお姉ちゃんは元々植え付けられていたプログラムが発動しただけで、何かに規制されているわけじゃない。あの時と同じ方法じゃ無理だし、それに…」
メアは空を見た。
今、現最強のダークネスと戦っている赤い女。
誰にも手を付けられなかった姉を、殺せるであろう女。
「あの人を何とかしないと」
赤い女は、漆黒の弓を持ち、剣のような矢をつがえている。
その矢一本一本にも、途方も無い量のエネルギーが凝縮されており、今のヤミだからこそ未だに倒れていないが、自分が行けば、すぐにでも殺されてしまうだろう。
「何者なんだ、あいつ。あのダークネスになったヤミと拮抗…いや、押してるぞ」
「わかりません。けど、彼女が何者であっても、今はヤミさんを救う最大の障壁です」
障壁、確かにそうかもしれない。
今この世界や、ララとリトが生きているのは、すべてあの赤い人がヤミと戦っているからだ。
その強大すぎる力で、ヤミの暴走を一心に引き受けてくれているからだ。
しかし、ヤミを元に戻せるかもしれない今は、彼女のその強すぎる力が、より高く、厚い壁となっている。
『えぇ!? どういうことですか!?』
途端に、ララの服となっているペケが、驚愕の声を上げる
その場にいる一同は、何事かとペケに視線を向けた
「ペケ、なにかわかったの?」
『あ、あの女性は…すべてエネルギーで形成されています』
ララの質問に答えたペケの言葉に、リトとナナは、頭にクエスチョンマークを浮かべている。
地球出身のリトがわからないのは仕方のないことではあるが、仮にもデビルーク星第二王女であるナナがわからないのは何事かと、妹のモモは「はぁ…」とため息をついた。
「それって…どういうことだ?」
「つまり、あの赤い人は、村雨せんぱいと同じように幽霊だということ」
そんなリトの疑問にメアが答えた。
「幽霊?」
「ま、あくまで"みたいなもの"だけどね」
『しかし、ただのエネルギー体で物体に干渉するなど、できるはずがないのですが』
本来、実体を持たないものが、実体を持つものに触れるなどできない。
人が魂に触れることができないのと同様で、魂もまた人に触れることができないのだ。
赤い女はその自然の定義を、その存在を持って否定している。
ペケはそれを疑問に思っているのだ。
「────?」
しかし、言葉の意味を理解できなかったのか、ナナは首をかしげていた。
「つまり、幽霊が物を持って振り回してるって事よ」
「わ、わかってるよ!」
やはりわかっていなかったかと、モモは呆れた表情でナナを見た。
ナナは昔から頭を使うのが苦手で、いつも体を動かしてばかりいた。
今も、この地球の授業でひいひい言ってるくらいに、思考という行為が嫌いなのだ。
モモはナナに向けていた視線を戻し、話を戻す。
「実体のない存在が私もそれは疑問に思います。なにか別のからくりが…」
「できるよ」
突然の肯定の声。
その声を発した主は、デビルーク星第一王女のララであった。
今は小学生のような見た目になっているが、本来はボッキュンボンのナイスバディな体をしている女子高校生だ。
先ほどのダークネスのエネルギー刀を相殺した際、限界を超えた力を使ってしまったがために、体が縮んでしまっている。
だが、彼女はただ体が縮むだけの女ではない。
「莫大なエネルギーさえあればね」
彼女の頭脳は圧倒的と言っていいほど天才である。
彼女がまだ幼少期のころ、戦闘用宇宙戦艦を、誰にも教わらずに分解し、そしてまた組み上げたほどだ。それも一人で。
ララがそうだと断言するのならばそうなのだろう。
しかし、それでも疑問は残る。
「でも…それだと」
「せめて、なぜそんな莫大なエネルギーを持っているのか分かればいいのですが」
せめて、何か判断できるだけのヒントが欲しい。
もしも、本当に実体に触れるだけのエネルギーで構成されているのなら、それはもはや神にしかできない所業だからだ。
「あ、それならいいものがあるよ!」
ララはその天才的な頭脳で、数々の道具を開発してきた。
多くのものは使うのに危険があったり、そもそも使えなかったりとあるのだが、便利で使い勝手のいいものも多く、そのアイテムで過去、危険な状況も乗り越えてきた。
この言葉には、あの青たぬきを連想させるが、それと同じくらい便利ですごいものなのだ。
ララは早速とばかりに、ケータイ型の装置からアイテムを取り出した。
「すきすきスキャナーくん!」
そんなかわいい名前の、カメラ型のアイテム。
それは見た目もかわいく、カメラの端々には羽の飾りがついており、その中心にはピンクのハートマークがデザインされている。
「お姉さま、これは?」
「これはね、好きな人のことを分析して、どういう人なのか見れるものなんだ!」
そんなストーカーが全力で欲しがるような便利アイテムを軽々と出すララは、笑顔でみんなにカメラを見せた。
「つまり、その人物の詳細について見れるということですか?」
「うん!」
「おお、さすが姉上だ! すげー」
そんな姉の高スペックさに、ナナとモモは尊敬のまなざしを向ける。
その中でもナナの目は、まるで少年が戦隊ヒーローや変形ロボットを見た時のように輝いている。
さっそくララは、赤い人に向けカメラを向けた。
ぴろぴろぴーん♪という愉快な音を出しながら、カメラは写真の女の情報を取り込み、解析している。
「あ、でた。——ふぇ?」
「どうかしたんですか?」
姉の困惑の声にモモがカメラの画面を覗いた。
【asyfrbvz\:.@;egstsg;:/.??jsg!jhsf$jg%%wmwwwkhsgydbe\\pldgvsr;bst.,/;@\\jsgygsfrvsh jhwjqw せ 】
そこには、まったく意味の分からない文字が並んでいた。
意味もなければ、何かを表しているようにも見えない。
ただ殴り描いたような、そんな文字列だった。
「あっれー? おっかしいなぁー?」
「なんだこれ? 壊れてんのか?」
カメラの異常な文字の羅列に、一同も困惑する。
少なくとも、ララはこのアイテムがこんな風になっているのを見たことがない。
開発者ですら見たことのないバグの表示。
これには、普段マイペースで明るい性格のララですら、真剣な表情になる。
(いったいなんで……? 計測できない…? それともナナが言ったように本当に壊れた?)
思考をぐるぐると回す。
しかし、仮定を脱せるほどの情報を持っていない今では、結論など出せるはずもない。
だが、そんな思考は土煙と衝撃により吹き飛んだ。
「「「「!?」」」」
背後に隕石でも落ちたような、そんな衝撃と爆発音が地面を揺らしながら響き渡った。
地面は抉れ、砂埃が立ち、そこに落ちてきた物の姿は見えない。
しかし、急な突風がその砂埃を払うと、そこには────
「う……ぐ…っ」
────ボロボロになったダークネスがいた。
赤黒く鋭い爪はへし折れ、黒い服はぼろきれとなっており、もう服として全く機能を果たしておらず、隠さなければならない場所も全く隠されていない。
いまのダークネスには、先ほどララに見せていた余裕の表情も、気配もない。
ただそこには、傷だらけの少女の姿があった。
「うそだろ…あのダークネスを」
上空を見れば、女が無機質にダークネスを見下ろしていた。
最強のダークネスを押すどころか圧倒し、汗の一つも流していない赤い女に、ナナとモモは戦慄する。こんなやつ、一体誰が勝てると言うのか。
「ヤミお姉ちゃん!」
今まで見たことない姉のボロボロの姿に、メアはヤミに駆け寄ろうとするが、
「……ッざい」
「え?」
「うざい、うざいうざいッ、うざい!!」
ダークネスの怒りや闘争心、そして破壊欲求に気押されたメアは、立ち止まってしまった。
それは、兵器として長く生きてきたメアでさえも、無意識に恐怖するほどの気迫で。触れるものすべてを殺し壊すような気配であった。
怯むメアに気付くことなく、ダークネスは折れた翼を修復し、地面に亀裂を入れながら一気に赤い女がいる空へと飛び去って行く。
「っ…!────お姉ちゃん!」
慌ててメアは姉を呼ぶが、妹の声は音速で飛び去ったヤミの耳には届かなかった。傷だらけの姉を止めることができなかった事実に、メアは奥歯を噛み締める。声をかけることすらも、己の某弱な心のせいで出来なかった。
なんて、情けないのだろう。
「…っ、こうしてはいられません、一刻も早くヤミさんを元に戻さないと」
「そ、そうだ!メア! それで、俺はどうしたらいい!?」
「……リトせんぱいには、ヤミお姉ちゃんに、自分の意思で────えっちぃことをしてもらう」
「……は?」
ピキリ、と固まる空気。
しかし、固まっているのはリトとナナだけで、他の者たちは大して驚いた様子はない。
これは彼女たちの心が広いのか、それともただ頭が緩いだけか。恐らく何も思わないほど慣れてしまった結果なのだろう。
「えぇ!?」
二秒ほどで言葉の意味を理解したリトは、驚愕と困惑の声を上げた。
なぜ救いたい相手の救出方法がセクハラなのか。
ふざけているとしか思えない解決方法に、リトはぐるぐると混乱する。
そんなリトの心情を無視して、メアは説明を始めた。
「本来のダークネスは、破壊を目的につくられた。 だから、通常はあんな行動をとるはずがないの」
特定の誰かを愛し、えっちぃ事を要求し、ひとつになる事を望む。
余りにも人間だ。そんなものは兵器ではない。
自分達を生み出したあの研究者達が、そのような心を兵器に求めるはずがない。ただ与えられた本能のままに、世界を二つに切り捨てればいいのに。それを行わず、無駄な行動ばかりを取る。
「今のお姉ちゃんは、リトせんぱいに今までエッチいことをされてきた記憶が、バグとなって今のお姉ちゃんになってる。だから、そのバグをうまく使えば…」
「元に戻るってことか…」
メアの言葉は全て仮定でしかない。こういう行動を取ったから、こうなっているのだろうと、現状で起こった出来事から推測して対策を練っただけだ。
何も前例などない。この事件を解決した先人は誰もいない。何が正解かなんて分からない。けれど、そんな根拠の無い仮定を希望と出来たなら、結城リトは何処までも真っ直ぐに進める。
リトは、先ほどの説明で多少の納得と心の落ち着きを取り戻した。
とはいっても、未だ彼には戸惑があるし、心から納得など出来ていないだろう。
けれど現状、それしか解決方法がないのなら、それにかけるしかない。
「でもそれには、あの赤い人を何とかしないといけない」
そう、今はこの一言に尽きる。
いくらヤミを元に戻せる手段があったとしても、それ以上の力を持つ赤い女を何とかしない限り、どうしようもない。
ただでさえ成功する可能性なんて、想像するよりずっと低いのだ。それをあの女が、限りなくゼロへと引き下げている。
せめて彼女を何とか出来れば希望も見えてくるのだが、今の自分たちに彼女たちの戦闘に割って入るほどの力はない。
ましてや、それをどうこうしようなど、不可能な話だった。
いや、時間稼ぎならできるかもしれない。
その場合は、この中の半分以上は死ぬ覚悟をしなければならないが。
絶望ともいえる中、ナナは先ほどから一切話さず、あごに手を当ててカメラを眺めているララに疑問を持った
「姉上、さっきから何やってんだ?」
「んー…エネルギー……何処から?……んぅ~?」
声をかけてもララは全く反応せず、それどころか独り言をずっと言っている。
そんな姉の様子に何かあったのかと心配になったナナは肩に手をかけようとした。
「あー!もしかして!!」
「うぉお!?」
しかし、急に大声を出したララに驚いて、手をかけるどころか飛びのいた。
そんな哀れな妹の姿には目にもくれず、ララは少し興奮した口調でペケに尋ねる。
「ペケ、あの人はエネルギーで体を形成してるんだよね?」
『は、はい! あの女性から発せられる波長は村雨さまと似た部分が多かったので。 それに、切られた腕にエネルギーが収縮したと同時に再生したので、そうだと判断しました』
「なら、あの女の人を止める方法があるよ」
突然の希望の光。
誰もが諦める絶望の中、天才は言った。
まだ、方法はあると。
「これはみえみえゴーグルくんと、サクっとナイフくんっていうの。ちょっと待ってね」
ララはかわいい名前の付いたハート形の珍妙なゴーグルと、ペーパーナイフほどの刃渡りの白いナイフを取り出した。ララは自身でゴーグルを装着し、女の方へ凝視すると「やっぱり!」と言ってゴーグルを外した。
「今ので確信できた。あの人、他のところからエネルギーの供給を受けてる」
「供給、ですか?」
ララは言葉を言い切った。断言した。
あの女の力の源は、その供給され続けているエネルギーであると。
腕が瞬時に再生するのも、全ては彼女が肉体を持たない精神体の身にエネルギーを補給され続けているからだ。
『ララ様、それはさすがに…』
「どうしたんだよペケ?何か問題でもあるのか?」
『問題どころではありません。私からしたら、有り得ないとしか…』
ペケの言い分は、一体誰がそのエネルギーを供給できるのかと言う事だった。
精神体は、タダでさえ多くのエネルギーを必要とする。
個体ではない、ほとんど気体に似た性質を持つ精神体は、常に虚空にエネルギーを放出し続けている。それを物体に干渉できるまで注ぎ、なおかつあれ程の馬鹿げたエネルギーを有するダークネスを押すほどの力など、一端の星人では不可能なのだ。ペケが想定するエネルギー量は、おおよそ万全状態のララが有するエネルギー量に対し、100倍ほど。
『こんなエネルギーを供給するには、ララ様のお父様、デビルーク王にしか不可能です。しかし、あの方はここには居ない』
「しかしお姉様は、可能であると…?」
「うん!できる。」
ララはかわいく元気にうなずく。
そんな幼い姉の表情を見ながら「じゃあ…」とナナが尋ねた。
「一体誰が送ってるんだ?はっきり言って、お父様ほどのエネルギーを持つ奴なんか聞いたこともないぞ」
「あの人にエネルギーを送っているのは、」
ララはスッ…と腕を上げ、空を指す。
「世界だよ」
それは、いまだ人類が定義することすらできていない、海や空をも超える存在だった。