「…世界?」
「うん」
あまりに広大。あまりに巨大な答えに、さすがのモモ達も疑問の表情を浮かべている。
「元凶は誰ですか?」という質問に対して、「世界です」と返されれば、誰だって言葉を失うだろう。
「ララ、それはどういう───」
「説明は後で、今はヤミちゃんを元に戻さないといけないでしょ?」
とにかく、時間が惜しい。
これは別に今説明する必要はないし、そもそも知ってどうこうなる問題じゃない。
ヤミを救える時間は刻一刻と過ぎていく。
ならば、不要な説明など己の首を絞めるだけだ。
「そうだね。急がないと、ヤミお姉ちゃんが完全なダークネスになっちゃうかもしれない」
それはメア自身も肯定した。
『無駄話をしていて間に合いませんでした』では冗談にもならない。一つの失敗が、世界の破滅か、大切な仲間の死へと繋がるのだから。
「今のお姉ちゃんは過激な戦闘で、リトせんぱいが植え付けたバグがなくなってきてる。やるならできるだけ早くしたほうがいいよ」
タイムリミットはヤミの意識が完全にダークネスに取り込まれるまで。
それは数時間後かもしれないし、あるいは一分もないかもしれない。
ララは力強く頷くと、両手に持っているアイテムの説明を始めた。
みえみえゴーグルくん。このゴーグルを通して見ることによって、普段見ることのできないエネルギーの流れや形を認識できるようになる。主に、電波や赤外線など、目視できないものを目視する道具だ。
サクッとナイフくん。触ることができないものや、電波、エネルギーの波長などを切ることができる。しかし、実体の持つ物、例えばパンなどは透き通って切ることができない。
『みえみえゴーグルくんは、ララ様が昔、ナナ様に勉強好きになってほしくて作ったもので、サクッとナイフくんは、ララ様が切れ味や切りやすさにこだわり過ぎた結果、物体を切れなくなってしまった物です。みえみえゴーグルくんは成功品として置いていたのですが、サクッとナイフくんは正直に言って使い物にならず、お蔵入りになっていました』
ペケの補足が入り、各々が「ほお…」と感心した声を漏らす中、話を聞いていたナナは顔を赤く染め、俯いていた。自分よりお子様だと思っていたララに心配されていたことに、恥かしくなっているのだ。
「供給されているエネルギーは線や糸みたいな道になって送られているはずだから、それを切っちゃえばエネルギーの供給は止まるはずだよ」
「そ、そうか! だからその道具が必要なんだな!」
先ほどの恥ずかしさをごまかすように、しかし、未だ頬を赤く染めて話すナナ。
そんなナナを横目に、モモはララに疑問を投げる。
「そのエネルギーの供給を断てば、あの女の人を無力化できるのですか?」
「───ううん。無理」
残酷にも首を振ったララに、一同は一気に絶望に似た雰囲気になる。
「ど、どういう事だよララ! エネルギーの道を切っちまえば、あの赤い女の人を止められるんだろ!?」
「違うよリト。私が言ったコレは、あの人を"無力化させる方法"じゃない。無力化に"出来るようになる方法"なの」
リトの悲鳴にも似た問い掛けは、ララの言葉により両断された。
ララの言った作戦は、あの赤い女を止める方法では無く、止めれるようになる方法なのだ。
例えエネルギーの供給が止まっても、既に送られて体内に貯められたエネルギーが消えるわけじゃない。
ガソリンの入れられたクルマが走るように、あの赤い女も、身体を構成するエネルギーが霧散するまで、ヤミを殺しにかかるだろう。
「で、でもっ、皆でやれば────」
「どちらにせよ」
ナナの言葉を遮り、沈んだ表情を浮かべたモモが口を開く。
「どちらにせよ問題は、『誰がやるのか』という事ですね…」
それを聞いたナナとリトは、更に状況というものを理解した。
そうだ。今さら多少の打開策が見つかったところで、それを実行に移せるかと聞かれれば、『否』だ。
確かに、ダークネスは赤い女との戦闘で弱っている。今の状態なら、ララ一人で何とかなる程に。しかし、それはララが全快であった場合の話だ。消耗し、弱体化した今のララでは、例え今のダークネスであっても瞬殺されてしまうだろう。
メアの話では、ダークネスからヤミを取り戻すには、ダークネスに発生しているバグを更に強めなければならない。つまり、ダークネスの精神を揺さぶる必要があるのだ。
(今この場にいるのは、私。リトさん。ナナ。ララお姉さま。メアさんの計5人。お姉さまはエネルギーの消耗で戦いの出来る状態ではなく、メアさんとリトさんは、ヤミさん救出には必要不可欠。でも、リトさんには最低でも一人は護衛を付けておきたい…)
モモは髪を弄りながら、険しい表情で考える。
この場においてダークネスの精神を揺さぶれる人物は、バグの原因である『結城リト』と、ヤミのダークネス化のきっかけである『黒咲メア』の二人だ。後は戦闘能力の無いリトを守る護衛が必要。つまり、最低でも三人はダークネスに人員を割かなければならない。
そして、戦闘不能のララを抜いて、あと一人。
モモかナナのどちらかが、あの赤い女の時間稼ぎ及び無力化を行う必要がある。
「……」
モモは苦虫を噛み潰したような表情で、かぶりを振った。
はっきり言って、無理だ。
私達を片手間で殺せるダークネスでさえ、手も足も出なかった相手。そんな赤い女に、一人で、ましてや無力化など出来るわけが無い。
対峙した瞬間、ハリネズミのように全身を剣で貫かれて終わりだ。
そして、そんな失敗前提の作戦を、私かナナが行わなければならない。
まさに絶望。惨憺なる世界。
いや、違う。今更の話だ。
初めからこうだった。
世界とは、何時だってこういう風に出来ていたのだ。
私が気付かなかっただけ。
「…すぅ、…はぁっ」
やらなければ────ヤミさんが死ぬ。
私がやらなければ────ナナが死ぬ。
モモは、己に渦巻く不安、煩い、憂い、全てを吐き出すように息を吐き出した。
思い返すは、今まで生きてきた中で、最も幸せだった記憶。それは何気ない、皆と居た記憶だった。
これを真っ先に思い浮かべたという事は、私の毎日は、全てが幸せだったという証明。
私自身も、その答えに一切の異見はない。
────なら、死ぬわけにはいかない。
私はまだ、あの幸せを甘受していたい。まだ甘えていたい。縋っていたい。感じていたい。
だから死ねない。誰も殺させない。ナナも、お姉さまも、そして私も。
今まで幸運で、今まで幸福だった。
だから、もう一度それを手繰り寄せる。
────モモは、腹を括った。
「私が───」
「その必要はありません」
しかし、覚悟を決めたモモの言葉は、この場に居ないある"男"によって遮られた。
すると、木の上から三人の影が下りて来る。
「その役目、我々が引き受けましょう」
「ザスティン!?」
「マウルとブワッツまで!」
それは、ララたちを守るために地球へとやってきた、デビルーク星最強の親衛隊。
そのリーダーを務めている男、ザスティンと、その部下マウルとブワッツだった。
「遅くなってしまい申し訳ありません、ララ様。強大なエネルギーを感じ急いで向かってきたのですが、まさかこんなことになっているとは」
ザスティンは、本当に申し訳なさそうな、それでいて自分の未熟さに怒りを覚えているようだった。
「でもザスティン、今日は漫画の締め切りだったんじゃ…」
「ララ様、今はそんなことはどうでもいいのです」
きっぱりと、ザスティンは言った。
彼は、漫画が好きだ。
故に、彼は結城リトの父親───才培の漫画のアシスタントをしている。
昔は仕方なくやっていたが、今ではそれがしっかり板についてしまい。相当な腕になっているらしく、投降した作品が漫画賞最終候補に残っていたり、クリスマスの時には才培に原稿を任されるようにまで成長した。
しかし、このことをギド───デビルーク王に報告した際、怒られたのは余談である。
「漫画家は仮の姿、ララ様や妹君の意向をくんで、一定の距離を置いて暮らしているにすぎません!我々はあくまで、デビルーク王室親衛隊なのですから!!」
「おー!」
決め顔でザスティンは宣言した。
その様子は、十人の女が見れば、すべての女がときめくような表情であった。
────ザスティンはイケメンである。
人情に厚く、他人に厳しく優しく、仕事もできる。
ゆえに彼はモテるが、彼はいまだに独身だ。
なぜか────それは彼が少し残念な性格だからだ。
今も、万人が見惚れる表情で、かっこいいセリフを言っている。けれど、彼の服には大きく『漫画道』と書かれており、それが彼のすべてのカッコイイをドブ色に染め上げていた。
この男、もう少しデリカシーと言うものを身に付ければ『それなり』には成れるのだが、多少の天然がその悟りを雲らせているのだ。
そんな彼の残念な様子に、ララ以外が呆れている中、ザスティンは「それに」と続けた。
「漫画はすでに書き終えてきました!!!」
────一同は思った。
『だから遅くなったのか』と
「ああ、ムカつくムカつくムカつく!!」
一方、ダークネスは、もう既に余裕などはなくなっていた。
切っても焼いても死なず、終わる気配のない赤い女に、ヤミ自身のエネルギーが、カラになりつつあった。
今は、エネルギーの消費を抑えるため、派手な大規模攻撃は一切せず、トランスのみを使って戦っている。
赤い女の全方位にワームホールをつなげ、右腕と左腕、そして髪からエネルギー砲を放ち、どこから来るのか悟られないように、完全な不意打ち攻撃を行っている。
しかし、最初は有効であったその手段も、今では全く効果がなくなっていた。既に目視せずとも躱され、むしろワームホールに剣を射出され、逆手に取られるようになっている。
「何なのですかあなたは!なんで、なんでっ…!」
少しづつ、されど確実に追い詰められていくのを感じ、焦りだすダークネス。今のダークネスの顔には、悲痛なもの以外には無い。
「なんでっ、私の恋路を…!!」
愛する人を殺し、その魂と一つになる。
その悲願を達成するためには、この巨大で、頑丈な壁を乗り越えなければならない。けれど、破壊しても壊れない未知の壁は、あまりにもダークネスにとって理不尽すぎた。
「ヤミー!!」
突然、響き渡る己を呼ぶ声。
声がした方向、その主を目で探す。
そこには、プリンセス・ララの妹、モモとナナに抱きかかえられている結城リトの姿があった。
きた…きた、来た!!
天はダークネスに味方をした。
先ほどまで感じていた絶望は一切合切吹き飛んだ。
今まで、そびえ立っていた壁を壊そうと躍起になっていた。そうしないと私の目的を果たすことが難しくなるからだ。
だが、その、壁の、前に!
───わたしの彼が来た!!
「結城───え…?」
ダークネスは結城リトの首を掻っ切ろうと、血のような赤黒い爪をさらに鋭く、大きく伸ばした。
確かに、プリンセスたちには抵抗されるだろう。
確かに、あの赤い女に背を向けるのは危険だろう。
だが、男一人を殺す方が、アレを殺すことよりも簡単だ。
しかし、そのプリンセスや結城リトの前に、一人の少女が、阻むように立った。
ダークネスはその"あり得ない人物"を見て、硬直する。
「メ…ア…?」
そこには、血の繋がりのない、自分が妹として認めた家族。メアの姿があった。
「あ、れ…? 消えたんじゃ、なかったっけ…? おか…しいな…」
ダークネスは片手で顔を覆った。
目の前の全てが信じられられないという表情で。されど、何かプログラムを書き換えられているロボットのような。そんな姿をしていた。
妹によるダークネスの致命的な隙。
その隙を逃し、待ってくれるほど、錬鉄の英雄は優しくもなければ甘くもない。
赤い女は、できるだけ早く、そして感づかれないように、針のような細さの剣を投影し、ダークネスの頭へと射出した。
「おっと!」
だが、その剣は一人の男によって阻まれる。
フワリと赤い女に立つのは、かの王にその腕を認められた男。
「申し訳ないが、今は取り込み中でしてね。────姫様たちの邪魔はしないでいただこう」
その男の名はザスティン。
彼は、愛刀の剣を両手で持ち、漫画道と大きくプリントされたTシャツを着て、赤い女の前へと立ちふさがった。
今、デビルーク王室親衛隊最強が、その力を発揮する
起死回生 類義語:一発逆転、万死一生
意味:絶望的な状況を立て直し、一挙に勢いを盛り返すこと。 死にかかった人を生き返らす意。医術のすぐれて高いことの形容。転じて、崩壊や敗北などの危機に直面した状態を、一気によい方向に立て直すこと。
「起死」「回生」はともに、死にかかった人を生き返らせること。「回生起死」ともいう