「ふんっ!ハァッ!」
男の声と共に響く剣戟。
こと、日本という争いに疎遠な国に置いて、まず聞くことない殺し合いの音が、彩南町の上空で響き渡っていた。
日が彼らを照らす世界で、より一層明るく飛び散る火花が、戦う男達に光を当て、絶えることなく降り落ちるそれは、技と技による激闘を表していた。
(さすが、あのララ様を圧倒したダークネスを殺せる女ではある…)
ザスティンは迫りくる矢を切り飛ばしながら、涼しい表情で弓を引き絞る女を睨んだ。
次々と射られる剣の弾丸。それは紅き閃光となり、曲線を画きながらザスティン達に殺到する。
その能力。その明敏。どれをとっても彼等には苦しい。だが、この女が厄介なのは────
「────ッちぃ!」
ザスティンの周囲を囲むように発射された数百の剣。それは何の比喩でもなく、剣の雨であった。
出鱈目に射っているのではなく、全てが計算されて射出されるそれは、ザスティン達の癖や動きを見抜き、次の行動を先読みし、詰め将棋のように濃密に練られて射られている。
────これだ
コレがこの女の、最も厄介な所だった。
こちらの嫌う場所とタイミングに撃ち込みながら、逃げ場を奪うように画策されている。
無闇矢鱈に剣を躱し、弾き続けるだけでは、いつの間にか逃げ場を失い、手が回らなくなって殺されるだろう。
まるで策士。
左から右へ、右から下へ。四方八方から音速を超え飛来する剣は、死神の鎌となり命を刈り取りに来る。
だが彼ら親衛隊は総射された剣群を、鍛え抜かれた技で、地球人よりも優れた身体能力で、弾き、躱し、抗い続けた。
一息。いや、一瞬ですら気の許せない敵の猛攻に、彼等の体力は削られていく。
放たれる剣群を注視すれば、銀河大戦で使われていた聖剣魔剣にも劣らない剣の数々。それを惜しむことなく総射して来るなど厄介極まりない。
百聞は一見にしかず。ララ達から聞いていた以上の難敵に、ザスティンは更に顔を険しくさせた。
(少しでも受け方を間違えば、私の剣が折られるか…っ)
飛ぶ弾丸と化した剣全て。一本一本慎重に受け流しながら躱す。少しでも受け方を間違い、獲物が折れれば、死は免れないだろう。
一寸先は闇。綱渡りの様な攻防は容赦なく彼らの神経を削った。その消耗は、本来のヤミにも匹敵するザスティンであっても激しいものであった。
持久戦は圧倒的不利。しかし、この状況を覆す手立てがない。
疲労により、手に持つ武器が重くなっていくのを感じながら、ザスティンは赤い女の得物を見る。
────その手に持つものは弓。
漆黒に塗られた戦弓だった。女が撃ち出す剣に比べれば見劣りさえするものの、剣という鉄の塊を射出してなお壊れることないそれは、確かな一級品であった。
弓とは、遠距離から敵を一方的に殲滅する為に作られた武器だ。故に、それを扱う弓兵に求められるは洞察力と視力。何より、どんな状況下に置いてもブレない精神が必要となる。目が優れていないものは狙えず、精神が未熟なものは当たらない。しかし、その壁を乗り越えたのなら、弓は下手な鉄砲よりも凶悪な武器となる。
だが、化学が進んだ宇宙に置いて、弓兵などと言う兵職は遠の昔に廃れた。弓を持って矢を射るより、倍率スコープ付きのライフルで敵を撃ち抜く方が、距離も殺傷力もあるからだ。
しかし、この女を見ているとそんな常識も水泡と化す。
弓兵との戦闘経験が乏しいザスティンでさえも、この女の腕が凡平を超えていると理解できるほどだ。
この女の射撃スピードは、最早アサルトライフルと変わらない。
いや、一矢で十の矢を射る女の腕は、最早それすら超えているだろう。
銃弾にはない重さ。砲弾にはない正確性。何よりも弾が剣という異端なものであるからこそ、放たれた威力は想像を絶するものとなる。
だが、いくら腕がよくとも、剣を持った相手に接近戦は不利。あの剣群も、懐にさえ飛び込めば容易に射つことは出来ないだろう。
つまり、近付くことさえ出来れば────勝てる。
「ブワッツ!!」
「うすっ」
剣を構え、筋肉を膨張させたザスティンは信頼する部下の名を呼び、彼もまた、隊長の考えを察した。
最早彼等の意思疎通は、名を呼ぶだけで全てが伝わる。
彼らの間に説明や指示など不要。そんな物、締切という制限時間のバケモノに対して無駄でしかない。いちいち指示を出していたら、永遠に作業など終わらないのだ。故に、彼らは時間短縮のため、仲間の意を察する必要があった。
睡魔に襲われながらの激闘。疲労による苛立ち。傍若に甘え「諦めろ」と囁く自分自身を殴り飛ばす日々。それら全てを乗り越え、乗り越え、乗り越え続けた。
そして何時の日か、彼らはアイコンタクトのみで言葉を交わすまでに至った。漫画という、1つの人生を書き上げ続けた彼等の境地が、ここに集結した。
隊長の一言で全てを察したブワッツは、ザスティンの前に躍り出ると、迫る剣群を愛用のハンマーで弾き飛ばした。
「ぅぉおっ!!」
部下が作った隙間を捉えると、ザスティンは剣先を女に合わせ、勢いをつけて突進した。
ただの突進。だが、その速さは風の壁を押しのけ、音速を超えている。
速さだけじゃない。今やその体は、大砲の砲弾の数倍の重みと威力がある。今まで鍛え上げられた戦士の肉体全てが、凶器と化しているのだ。
受けるどころか、掠るだけでも肉塊と化す。まさに必殺の一撃。
────だが赤い女には通じない。
彼女はアーチャー。弓の英霊だ。
高速も、音速も、神速も、鷹の眼には全て的と化す。
女は、光のない瞳で見据えた。
敵、補足。
心眼、発動。
移動予測位置、算出。
────ザスティンの行動を予測し。
投影開始
憑依経験共感終了
工程完了 全投影待機
────数多の剣を、空中に並べた。
敵、予測地点到着
停止解凍
全投影連続総射
────剣が、発射される。
タイミングは完璧。
予測も的中。
この時、ザスティンの死は確定した。
あとコンマ数秒で、ザスティンの体は多くの剣でズタズタに切り裂かれ、穿かれ、即死するだろう。
1秒が1分に、1分が10分に。
己の死を自覚したザスティンの目には、全てが止まったかのように遅くなった。
しかし間に合わない。
幾ら認識出来ようと、幾ら全てが遅く見えていようと、既に出来ることは皆無。そんな過程はとっくに終わっている。
そうして、10にも放たれた剣は容易に男の命を刈り取った。
ザスティンの体から潰れた果実のように鮮血が噴出し、その一部が女の顔に飛び散る。
「……」
全身から剣を生やし、力無く落ちて行くザスティン。女は血で汚れた顔を拭くこともせず、無感情にそれを眺めた。先程までの死闘も、収めた勝利も、この女にとっては全てが無意味に映る。
やがて、女は興味を無くしたように視線を切ると、残った親衛隊────ブワッツに狙いを定めた。
「───ッッ!」
瞬間、女の首から背筋にかけて、ヒヤリとした電気が走った。湧き出る寒気に、女は心眼に従い魔力で右腕を強化する。腕を引締め、首を庇うようにガードした。
同時に、腕の幅半ばまで前腕が切り裂かれた。
予兆なく放たれた死角からの斬撃は、強化した肉を切り開き、女の骨に亀裂を入れる。自分の血が飛び散る視界の先には、今しがた殺した男の愛剣が深く抉っていた。
「今のを防ぐか…!」
背後から聞こえる"男"の声。
女に自我があればこう思っていただろう。「そんなバカな」と。
女の背後で剣を振るったのは、先ほど殺したはずの男────ザスティンだった。
見事、と言うほかない。
完璧に気配を断ち、確実に不意をついた。
だが、後ろに目でもついているのかと錯覚するほど、女は剣を防いで見せた。
先ほどのあれはララ様にもらった『うそうそデッコイくん』である。これは、自分自身の完璧な人形を作るというものであった。
なんでも、ララ様の作ったバーチャル世界のキャラメイク技術を応用し、作ったものらしい。
ペケが自慢げに語っていた。
ザスティンは、ララの転送技術を使った小型の機械で、剣に穿かれる瞬間に人形と入れ替わったのだ。
『最も大きな危険は、勝利した瞬間にある』
これはとある偉人が言った台詞であるが、ザスティンはこの言葉の意味を身をもって知っていた。
人とは。いや、生き物とは、何かに勝った瞬間が一番の隙となる。
何かと戦っていて勝った時。何かを捕まえた時。何かを殺したとき。勝者は安心してしまうのだ。終わったと。
その瞬間が戦場において最も大きな隙となる。
事実、それによって討ち取った敵も居れば、殺された戦友も多くいた。
ザスティンはその心理を利用した作戦を立てたが、赤い女には通じなかった。
彼女に自我があったのなら、確かにこの策に嵌まっていただろう。
さすがに首までは取られないとは思うが、致命傷は受けていたに違いない。
だが、操者は人間ではない上に、操り人形と化している彼女に効果は薄かった。
この時ばかりは、相手が悪かったと言う他ないだろう。
女はザスティンの胴に蹴りを入れ、距離を取ろうとするも、彼は身を翻して躱し、回転の勢いのまま足を切り落とそうとした。
足を切り落とせれば、格段にこちらが有利になる。
しかし、いつの間にか投影されていた無名の剣たちが発射され、ザスティンは後退を余儀なくされた。
女が切られた腕に手を当てると、血の垂れる傷口が青く発光した。
女が手を離すと、そこには切りつけたはずの傷は消え、"完全"に元に戻っていた。
「…これはこれは、なんとも」
認めたくない現実に、ザスティンは顔を引き攣らせた。
『私はこんな化け物に勝てるのだろうか』と。
「メア…本物…なの?」
「そうだよ、ヤミお姉ちゃん!」
今、メアは賭けに出ていた。
「プールのことは全部、マスタ…ううん。ネメシスが仕組んだことだったの! 私は消えてなんかいない!」
ヤミがダークネスとなった理由は、妹であるメアが消滅したショックであった。
手の上にあったものが零れ落ちた瞬間、人は絶望する。
それは喪った物が大切であればあるほど醜く肥大し、膨れ上がった憎悪はやがて人格を歪ませる。
どんな聖人君子であろうとも、絶望に耐えることは難しい。
『最後の晩餐』に描かれた神の子も、裏切りに顔を顰めた程だ。
ならば、兵器として作られただけの少女に耐えきれるわけがなかった。
「ここにいる!だから、お姉ちゃんもトランスを解いて元に戻ってよ!リトせんぱいを殺すのなんてやめてさ…!」
しかし、メアは、妹は生きていた。
その絶望の原因を取り除けば、ダークネスは己を取り戻し、元のヤミに戻るかもしれない。
リトを危険な目に遭わせないためにも、ここでヤミには元に戻って欲しい。そんな理想と、願望が故に、彼女達は先にメアを出した。
「…ああ、そっかぁ」
ヤミは、ぽつりとつぶやいた。
彼女の表情は、金色の髪に隠れて覗うことはできない。
「
顔を上げたヤミは、未だ冷たい瞳で世界を映す。
まるで、結城リト以外は消しゴム以下の存在でしか見ていないように。
ダークネスの体から、圧倒的な悪意が黒く体から噴出していた。
「お、おいおい!?」
「ヤミさん…!」
そんなヤミの姿に、モモとナナはさらに警戒度を上げ、メアは悔しそうに歯を噛んだ。
分かってた。分かってたよ。
おねーちゃんに、わたしの声が届かないなんて。
メアは、既にダークネスの侵食を見抜いていた。
彼女のバグは、やはりある程度解消されていたのだ。
それでも完全に消えないのは、一重に結城リトの生存にある。それ程までに、彼女が抱えた想いは大きかった。
もしも、ダークネスの望みが叶い、結城リトが死ねば、ダークネスは正常に戻り、この銀河にある惑星全てを両断するだろう。
ただそれだけの兵器へと。
ただ壊すだけの道具へと。
彼女の生まれ持った性へとその身を堕とす。
「一度しか言わない」
ゾンッ───圧倒的強者の気配が、一気に体へ圧し掛かる。
「今すぐ、
ダークネスは、赤い爪をキチキチと鳴らした。
「あなたにも、イケナイことしちゃうよ…?」
殺意に塗れた姉を見たメアは、口にあった固唾を飲み込むと、拳をにぎり絞め、悔しそうに視線を落とした。
そんな妹の様子を見てニヤリと笑ったダークネスは、上機嫌にメアの隣を通過すると、愛しい結城リトの血を浴びるべく、髪を刃に変えた。
彼女は出来る限り殺さない。何故なら可愛い妹だから。血の繋がりはないが、この娘は私が認めた妹なのだ。ならば慈悲を与えるのが姉というもの。何も言わず、反抗せず、ただ大人しくしているなら、何も命を奪う事はしない。
「……仕方ないね」
背後で諦めたように呟かれた声。妹は、三つ編みをエネルギー砲に変え、背を向けた"私に"銃口を向けていた。
その姿を見たダークネスは、驚いた様に目を見開く。
「こうするしか…!」
チャージが終わると、骨をも溶かす高エネルギー波が、空気を焼き切りながら発射された。
ああ…ああ、ああ。
反抗したな──────メア
背後より迫る高圧なエネルギー。
しかし、そんなもの最早彼女にとって脅威ではない。
ダークネスは簡単にひらりと躱すと、髪と腕を刃へ変え、振り向きざまに切りかかった。
メアも負けじとトランスし、幾十の剣戟の末ダークネスと鍔迫り合いになる。
「妹がお姉ちゃんに逆らうつもりなの?メア」
鼻と鼻が掠る距離で、ダークネスは脅す様にメアに問いかける。
────最終通告だ。
引くなら見逃す。来るなら殺す。
二つに一つだと瞳で訴えかけるダークネスに、メアは歯を食いしばって耐えた。
「…私が知っている本当のヤミお姉ちゃんなら、こんな時、きっとこう言うね」
「?」
メアが何を言いたいのか、何を言っているのか分からない。問いかけた質問と違う回答をしているのだ。けれど、話くらいは聞いてあげよう。ダークネスはコクリと首を傾げた。
「結城リトは私のターゲット。誰にも殺させは…しない!!」
メアは大きく、凶悪にした刃をダークネスにぶつけた。何があろうと守りきる。それは兵器として生きてきた彼女の初めての覚悟であった。姉を救い、親友を救い、せんぱいを救う。巨大な闇を前にしても、消える事なく燻り続けた信念が燃え上がった瞬間だった。凶悪に変化した刃はそれが如実に現れた結果だ。
しかし、その刃は呆気なくダークネスの刃で防がれる。
「そーだっけ?」
軽く。片手間に。無造作に。ダークネスは「どうでもいい」と吐き捨て、真の闇へと変わった瞳でニコリとメアに微笑んだ。
その笑顔に、メアは背筋を震わせる。
メアは殺す。
愛しい妹は、せめて気持ちよくしてから殺してやろう。
何人たりとも、私の恋路を阻む者は許さない。
それが可愛い妹だろうとも。
────姉妹による戦いは始まった。
壊す者と守る者。
皮肉にも同じ目的で作られた兵器が、対極の理由で刃を交差させた。
「はぁ…はぁ…!」
現在。ザスティンは追い詰められていた。
全身には、剣による切り傷。
来ていたTシャツはボロボロとなり、上半身はほぼ裸となっている。
肩には二本の矢が痛々しく突き刺さっており、持っている剣には亀裂が走っていた。
「ふざけろ、このヤロウ…」
何度切ろうと、何度殴ろうと、まったく動じない女にザスティンはそう吐き捨てる。
「そんな、っ、弓がうまくて、剣もできるのかよ…」
『反則だろう』と、ザスティンは愚痴をこぼした。
女が今は持っている得物は、初めに持っていた漆黒の弓ではなく、二対の双剣だった。
白と黒の中華刀。
その剣は、先ほどからずっと放ってくる剣よりもランクは低い。けれど、ザスティン達にとっては致命的だった。
さっきまで戦えていたのは、相手が弓だったからだ。
弓は長距離戦には強いが、接近戦には弱い特徴がある。
ゆえに、ザスティン達は思っていたのだ。
『接近さえできれば、勝てる』と。
考えが甘かった。
先ほどからずっと飛ばしてくるものは一体何だったか。
そう────剣だ。
ならばなぜ、あの女が剣を扱えることを考慮に入れなかったのか。
ザスティンは己の浅はかさに怒りを覚える。
「…隊長」
「分かっている」
しかし、いくら自分の無能を呪ったところで、状況が変わらないのもまた事実。
何をしたら勝てる。どうすればいい。
遠、中、近と、すべてに対応できる自分よりも格上相手に、何をしたら隙を作ることができると言うのか。
「くそっ」
弱気になるな。弱気になるな。
下を向くな、前を見ろ。
逃げるな、進め。
まだ方法がある筈だ。
とにかく、今自分たちが勝っているものを考えろ。
ザスティンは、自分と同じように傷だらけのブワッツに視線を向けた。
「ブワッツ、まだいけるか」
「…うす」
気丈に振舞ってはいるが、それでも声は苦しそうだ。
今私たちが勝っているもの。それは数だ。
向こうは一人、こちらは三人。
ならば、私たち"二人"で隙さえ作れば、あの女の不死身性を潰せる。
「ふっ…!」
ザスティンは肩に刺さる矢を力任せに引き抜いた。矢には返しが着いており、引き抜く際に更に肉を抉る形になった。より一層血が吹き出し、滴る程の鮮血が流れ落ちる。
だが、それを加味しても剣を振るう時の異物感を無くしたかった。
この女に限って、違和感により鈍った剣筋を見逃すなど無いだろう。
「オオオッ!」
ブワッツは、持っているハンマーを赤い女へと振り下ろした。
その威力は、岩をも発泡スチロールのように粉砕する威力が込められているが、当たらなければ意味は無い。
女は右に体をずらし、紙一重でかわすと同時に、彼のガラ空きの腹に蹴りを入れた。
「カハッ…」
「ブワッツ!!」
鈍く重い音とともに、骨が砕けた音が空気に響いた。
女の蹴りをまともに受けてしまったブワッツは、地上へと叩き落される。
「貴様っ…!」
「……」
ザスティンは、女に怒気の視線を送るが、女はどこ吹く風でまったく気にした様子はない。
それどころか、女は少し開けた地上へと降りて行った。
「ま、待てッ!」
急いでザスティンは、女を追いかける。
女は地面に降り立ち、またザスティンも数歩遅れて辿り着いた。
女は地上で待つかの様に、双剣をだらんと下げたままザスティンを見据える。
そんな赤い女の行動に、ザスティンは疑問を覚えた。
(こいつは、一体何のために下に降りた?)
始めは、ブワッツにとどめを刺すために、地上に降りたのだと思っていた。
だから、ザスティンは急いで女の後を追いかけたのだ。
しかし、女はただ地上に立っただけで、ブワッツを殺そうという気配は見せない。
ザスティンは女を睨みつける。
「どういうつもりだ」
「……」
しかし、女は全く反応を見せない。
予想通り、わかっていた。
この女は、まるで人形のように、表情も、言葉も、感情さえ変化させないのだ。
それは斬撃を受けている時も同様。
(……もういい)
会話など、この女にとって意味が無い。話さないし、聴かない相手に、何度語りかけても無駄なだけだ。
ザスティンは剣を構え、赤い女は、周囲に剣を投影した。
────来るか
身構えるザスティン。
しかし、女が総射した剣は、全てザスティンの周囲へと突き刺さり、ザスティン自身には全く当たる気配はない。
(遊ばれているのか…?)
戦士として、親衛隊としてのプライドを傷つけられたザスティンは、燃え上がる怒りに身を任せ、女に切りかからんと剣を構えた。
「なめてんじゃ───ッッ!?」
突如、爆発する周囲の剣たち。
先ほどから驚かされているザスティンも、これにはさらなる驚愕の表情が浮かび上がった。
【壊れた幻想】
それは己の持っている宝具を自壊させ、内にある神秘を解き放つことで、一気に膨張した神秘が爆発と同じ現象を起こすもの。
爆発した剣は、地面を抉り、土を巻き上げた。
ザスティンの周囲は、吹き上がる土煙で覆われ、女もそれに紛れて姿を消す。
「────
声のした方向から飛んでくる二対の双剣。
ザスティンはその双剣を、剣の腹で弾いた。
「────
さらに飛んでくる双剣を躱し、気配のした頭上へと視線を上げる。
そこには、先ほどとは比べ物にならない、まるで翼のような双剣を振りかぶっている女の姿。
ザスティンは、女の剣を受け止めようと構えるが、
「オーバーエッジ」
「なっ!?」
周囲から、躱し、弾き飛ばした双剣が、円を描くようにザスティンへと迫ってきていた。
────まずい!!
ザスティンは理解した、己に逃げ道はないと。
まわりを囲んでいる双剣を対処したら、女の持っている剣にやられ、
女の剣に対応したら、飛んでくる双剣に首を掻っ切られる。
(くそっ…!なるほど、だから地上に…!)
すべてはこの女の掌の上だった。
女が地上に降りたのは、この技で唯一の逃げ道である"下へ避ける"という選択肢をつぶすためだったのだ。
「クッ…!」
ザスティンの生き残る道は一つ。
無理やりにでも、飛んでくる双剣に対処し、なおかつ女の剣を避けるか受け流すかをしなければならない。
ザスティンは、体を回転させ、飛んでくる双剣を打ち払った。
────鶴翼、三連
「ッ間に合わな───!?」
赤い女は、強化された干将・莫邪を、ザスティンの体に振り下ろした。
「うっ……くぅっ…!」
「フフフ…さぁ、どこまで耐えられるかな?」
メアは悶えていた。
ダークネスが作ったリトもどきに全身を舐め回されているからだ。
五、六人のリトの偽物に囲まれ、衣服をずらされ、胸、足、手、腹、脇と余すことなくぺろぺろされているメアは、時折びくんっ、と身体を跳ねさせる。
「ひゃ…あうっ…! あ…ひうっ…!」
「フフ、絶頂の瞬間に殺してあげる」
ヤミはメアが逝く瞬間に心臓を貫こうと、右中指の爪を伸ばした
しかし、突如として足元から生えた巨大な植物によりそれは阻止された。
「豆の木?」
それは、ある物語に出て来るのと同じような、雲に届くほどの豆の木だった。
なぜと、一瞬考えるダークネスだが、それは目の前に降りてきた人物によりそんな思考は打ち切れる。
目の前の人物の方がダークネスにとって、こんなくだらない物などより重要だったのだ。
「ああ、ようやく来てくれましたか、結城リト。さっき見かけたのにどこへいったのかなーって、ずっと思ってたんですよ?」
ヤミは両腕を広げゆっくりとリトに近づく。
まるで歓迎するかのように。リトを向かい入れるかのように。
「それで? わざわざ私に殺されに来てくれたの?」
リトの背後には、デビルーク星第二王女ナナと、第三王女モモが構えていた。
しかし、こんな雑魚は最早障害でも何でもない。
少し右腕を鳴らせば一瞬でただの生肉にできるほど、力の差は歴然だ。
そのような状況下でダークネスの前に現れたリトは、命を捨てに来たようなもの。それほど無謀なことであった。
「ち、ちがう!」
しかし、リト自身が否定した。
自分はただ殺されに来たわけじゃない。
「オレは…オレは、お前に────!」
リトは顔を真っ赤に染める。
緊張しているのか、心なしか目も充血していた。
それでも、ヤミに。
兵器として生まれてしまった哀れな少女に、伝え無ければならない事がある。
息を呑み、思考を捨て、結城リトはダークネスに叫んだ。
「えっちぃことをしまくるためにここへ来たっ!」
「────!?」
そんなセクハラ発言。
予想外の男の言動に、ダークネスは思わず1歩後ずさった。
本来、結城リトとは純粋潔白。
この様な下劣な発言をするような男じゃない。
結城リトは、確かに変態の神様に憑かれているが、本人はいたって真面目なのだ。セクハラなど、ありえない。
「ヤミが攻撃してきたら、私とモモがお前を守ってやる」
衝撃を受け、固まったダークネスを他所に、ナナは耳元でリトだけに聞こえる声で言った。
信じろと。恐れるなと。
お前は決して、1人ではないのだと。
なんと心強い言葉だろうか。
それだけで結城リトは、心から安心出来る。
「ケダモノ行為は反対だが、今回だけは特別だ。 絶対ヤミの目を覚ませよ、リト!!」
「お、おう!!」
リトは、ダークネスへと一歩、踏みしめた。
すべては、ヤミを救うために。
剃刀の刃を渡る
意味:失敗したら大怪我をするような、危険な行動をすることの喩え。
類義語:刀の刃を歩む、薄氷を踏む、氷を歩む、氷を踏む