「私に……えっちぃコトをしまくるって…?」
ダークネスは、リトの言ったことを噛みしめるように、ゆっくりと飲み込んでいく。
「フフ……でまかせでしょ?」
そして、それはハッタリであると結論を出した
ありえないからだ。
結城リトに、そんなことができるわけがないのだから。
「確かにあなたは、コケれば必ず誰かのパンツに顔を突っ込むハレンチの化身だけれど、それはいつも不可抗力。本人はいたって真面目。 そのギャップが、たまらないんだから♡」
ダークネスは、惚沸とした表情で、ぺろりとツメをなめた。
この男の魅力は、本人が期せずして起こす偶然と、胸の奥に宿した優しさにある。どんな時でもこの男は温かく、優しく。それでいて最高に、変態なのだ。
「やってやるっ!!」
覚悟を決めたリト。
それは一度決めたら必ず果たしてきた、男の信念。
リトは、ダークネスから浴びせられるプレッシャーの中、それでもヤミへ歩いた。恐れることはない。約束してくれた。ナナが、モモが、みんなが。
だから、だから、恐れるな。
「…何を企んでいるのかは知らないけれど、近づいてくれるのはうれしいよ。 やっと殺せるから♡」
ダークネス髪を刃に変え、男の命を刈り取ろうと髪をしならせる。
「クラウドン!」
「キャノンフラワー!」
「────ッッ!?」
ヤミが変化させた髪でリトの体を切り刻もうとしたとき、ナナの出した雲形の生物による電撃でヤミの動きを中断させ、モモの砲撃型植物により、ヤミの退路を断った。いずれもダークネスには意味を成さない攻撃。それでも目的を達することは出来る。
「リトさん!」
「リト! 今だっ!!」
「う…おおおぉっ!!」
二人の声を聞いたリトは、反射的に走り出した。
胸の内には、みんなを信じる心と、殺されるかもしれないという不安がいっぱいだった。
勝手に目が滑る。髪の先で象る鋭い刃を見てしまう。
あんなものに切り裂かれては、どう足掻いても死ぬしかない。
でも、それでも…
オレは、ヤミを取り戻す!
恐怖ですくみそうになる足を大きく踏み出し、力強く地面を蹴った。
瞬間、踏み出そうとした足が、豆の木の出っ張りに引っかかった。
「あっ」
バランスを崩す体、浮遊した両足。
そして、リトの顔面の着陸地点は、ダークネスの股間。
(それはいつものやつですよリトさーん!!?)
モモは、思いっきり内心でツッコんだ。
それでは意味がないのだ。
いくらリトがヤミにえっちぃことをしたとしても、それが不可抗力ならば意味がない。
不可抗力とかそういうものではなく、自分の意思で、自らがえっちぃことをしなければならない。
リトはギリッ、と歯を噛みしめると、無理やり体勢を整え、地面に両足を付けた。
「────ッ! 踏みとどまった…?」
今までのリトからはできない行動。
今までのも、今のもそうだ。
決して踏み留まれる体勢ではなかった。
頭は腰よりも下がっていたし、そして何より、足は空中に浮いていた。
そんな状態で、リトは、こけずに、ヤミの前へと走り切ったのだ
「ふふふ……ふひひひひひ」
「?」
すると、突然壊れたかのように笑い出すリト。彼からは想像もできない、醜い笑い声。
そんな異常な様子に、ダークネスはリトを殺すことを忘れ、様子をうかがっている。
「ヤミちゅわぁああん!!」
「え…?」
笑い終わったかと思うと、今度はパンツを残してすべてを一気に脱いだリト。
半裸と言う変態的すぎる姿で、ダークネスに抱き着いた。
「わっ!? え!? ちょっ…何!?」
手をダークネスのあらゆる場所に這いずり回らせる。
いやらしい手つきは、的確にダークネスを動揺させながら、大いに女体をまさぐった。
胸をはだけさせ、尻をこねくり回し、腹に手を滑らせる。
(うおおお!! なんてことしてんだオレはァアアーー!? い、いや、冷静になっちゃだめだ!! オレは変態!!変態ッ!!)
リトは己を変態と思い込ませ、羞恥心を押し殺しながらヤミの体をいじくり倒した。顔は真っ赤に染まり、恥ずかしすぎて今にも死にそうだ。
しかし、すべてはヤミのため。
ここで止める訳には行かない。
みんなが繋げてくれたのだ。命を賭して、頑張ってくれたのだ。自分が逃げるわけには行かない。
結城リトは、必死にあり得ない自分を演じ続ける。
「何で!? 自分からこんなのっ…結城リトにできるわけ…っ」
ダークネスは混乱している。
今頭に占めるのは、疑問の符。
なぜ結城リトがこんなことをしている?
なぜ結城リトはこんなことができる?
なぜ私は動けない?
なぜ? どうして? わからない。
ERROR、ERROR。ERROR。ERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERRORERROR────
ダークネスの頭で真っ赤に光るERRORの文字。その赤文字が、結城リトが己の身体を触る度、湧き出すように増殖していく。
リトは今が好機と本能で悟り、自分の中に眠っているハーレム王としての資質を、ダークネスの体にぶちまけた。
ありとあらゆる全てのテクを総動員し、命を捨てる勢いでダークネスを責め立てる。
「…ケダモノ…」
そんな様子を見ているナナは、ごくりと生唾を呑んだ。対してモモは、ポカーンとした様子で、されども嬉しそうにその様子を眺めていた。
「あぁ…うぁああッ?!」
我慢できなくなったのか、ヤミは黒い翼を作り、空へと飛んだ。
そんな中、それでもリトはヤミの体に抱き着き、離れない。
高さ、三十メートルの空の上のセクハラ行為。
それは一歩間違えれば死ぬ、糸の上を渡る行為。
そんな死と隣り合わせのリトに浮かぶのは、決して恐怖や絶望ではない。ダークネスになる前のヤミの言葉、表情。その全てだった。
作った料理の感想を聞いてきた、純粋な疑問の顔
昔の自分を見つめ、私はいてはならない存在だと、そう言った時の暗い表情。
タイ焼きをほおばっている、幸せそうな表情。
純粋な気持ちで、本当に楽しそうに話している、ヤミの表情。
『……しっかりしてよね。 バカ兄貴』
不意に、信頼する瞳でこちらを見る妹の姿が、脳に焼け着いた。
そうだ、オレはヤミを救いたいし、美柑にも任された。
なら……なら────!
リトは、己の恐怖を抑え込み、必死に手を動かした。
戻ってこいッ、ヤミ!!
「うひょーー! やみちゅわーーーん!!! ぶへッ───!?」
「いつまでやってんですかッ」
さらにダークネスを責めたてようとしたリトだったが、しかしそれは、ある人の平手打ちにより止められた。
「…えっちぃのは、キライ…です」
「…ヤミ…」
止めたのは、ヤミだった。
ダークネスでは無い、本物のヤミだった。
戻ってきたのだ。
ヤミは、己のプログラムに打ち勝ち、己自身を取り戻したのだ。
「ツノが…ダークネスのツノが消えた…!!」
「やったんですね…! リトさん…!」
ヤミを元に戻せたことを理解し、喜ぶナナとモモ。
ついに救われた。成し遂げたのだ。あの絶望を、あの終焉を。
ただの少年が起こした奇跡。
誰も知らない。少年少女の信頼と誓い。けれど、確かに輝くもの。
それはきっと、尊いものなのだろう。
モモ達と一緒にヤミを追いかけてきたメアは、座り込むヤミに近づいた。
「…おはよ。 ヤミお姉ちゃん」
「…メア」
自分の妹の姿を、瞳に映すヤミ。
彼女は妹が生きていたと、消えていなかったと、ちゃんと確認することができた。その安心感が胸に広がる。
「私は…危うくこの街を…」
ヤミの暗い表情。
それは、この街を破壊しかけたことへの、罪の意識であった。
この漆黒の爪は、未だ自分が兵器であると言う現れ。
己はまだ、闇に染ったままだった。
「だ…大丈夫だよ! 街は無事だったし!」
だが、リトは言った。
大丈夫だと。
「そりゃ迷惑かけた人には謝った方がいいだろうけど…でもそれだけの事だって!!」
ヤミにこんな顔をしてほしくなかった。
だから、どういっていいかわからないけれど。とにかく、安心してほしかったのだ。
いつだってやり直せる。生きていれば、頑張れば、何だってやれる。乗り越えられる。みんなが助けてくれる。
だから、大丈夫だと。リトは言った。
「────ッ……はい…っ」
ヤミは堪えるように声を震わせながら、しかし、ハッキリと口にする。
そして同時に、良き友人達に出会えたことに、無意識のうちに感謝した。
こんな私にも、帰るべきところは有るのだと。
「…すこし、遅れてしまったようですね」
唐突に背後から響く男の声。
この残念臭が漂う男の声は、自分たちの代わりに女を一身に引き止めてくれていたザスティンであった。
彼は全身に包帯を巻き、各場所から痛々しく血が染み出していた。
そして彼は、何故か先ほどまで戦っていたはずの赤い女を肩に担いでいる。
「ザスティン!」
ナナは、ザスティンに駆け寄った。
自分の保護者がこんなミイラ男になっているのだ、心配になってしまうのは当然だろう。心配そうな表情をするナナに心を痛ませながら、ザスティンはナナに頭を下げた。
「すみません、遅くなりました…」
「それより……だいじょうぶなのですか…?」
「そ、そうだ! お前、死ぬぞ!?」
余すことなく巻かれた包帯。
それは確かに、どれほど激しい死闘を繰り広げてきたのかを表していた。
「ははは、さすがに死にはしませんよ」
しかし、本人はどこ吹く風。
それもそうだろう。 今のザスティンは、ララが治療をしたのだ。
深い傷は無理だったが、浅い切り傷や打撲はすでに治っている。薬のおかげで痛みもそれほど感じない。
致命傷はなく、動けるのならば問題は無い。
戦争を経験していふザスティンにとって、これくらいの怪我は屁でもない。
途端、家の前でひとつの靴音が響いた。
「……」
「「「「「あ」」」」」
ハイライトの消えた瞳でリトたちを見ている少女────リトの妹、結城美柑がそこに居た。
その目に漂う闇は、ダークネスとなったヤミと、ほぼ同じ色であった。
家に帰れば、兄と親友は半裸。
居候の保護者はミイラ男になっており、なぜか赤い服を着た女性を担いでいる。
その女性は気を失っているのか、ザスティンの肩の上でぐったりとしている。
とにかく、これを見た美柑の行動は早かった。
「もしもし、警察ですか?」
「ち、違うんだ美柑!!」
「そ、そうです! これには事情が…!」
問題はまだ、終わらない。
一通り事情を話したリトたち。
話を聞いた美柑は、納得の表情を浮かべたものの、やはり複雑そうに顔を歪ませた。
こんな摩訶不思議なことを話され、納得できている時点で、この妹もだいぶ毒されているのだろうが、この場にいる誰も指摘できない。
「……? その女の人は…?」
美柑は、いまだ担がれたままの女の人を見て、そういった。
聞いた一同は「あっ…」と声を漏らす。
この短時間で、その存在を忘れることができる者たち。
確かにそれよりもインパクトが強い部分はあったが、全員が忘れるとはいかがなものだろうか。
「そ、そうだぞリト! この女いったいどうすんだ」
「ど、どうするって…」
いきなり見知らぬ女性の処遇を聞かれても、確かに困る。
それにリトはまだ高校生。妹は小学生だ。
誰かの処遇を決めるような判断は無理だろう。
とりあえず、ララたちが来るまで待つしかない。
彼女なら、もしかしたらいい案が浮かぶかもしれないから。
リトはその案をみんなに伝えようとしたとき、メアが言った。
「で、あなたはどうされたいの?赤いお姉さん?」
赤い女の手が、ピクリと動く。
一同全員が、女へと視線を向けた。
「狸寝入りなんて、けっこうこすい真似するんだね」
「……タイミングがなかっただけだ」
どこか申し訳なさそうにザスティンの肩から降りた赤い女は、リトの家の庭端へと移動し、
────その両手に、剣を投影した。
渇して井を穿つ
意味:必要に迫られてから慌てて準備をしても、間に合わないことのたとえ。また、時機を失することのたとえ。