大画面に表示される【GUNGNIR】の文字にざわめく司令室。それもそのはず、二年前に失ってしまった聖遺物、そのアウフヴァッヘン波形が観測されたのだ。つまり観測された二地点で、ガングニールを用いて戦っている者がいるということである。そのため、この喧騒はある意味必然のものであった。
――そして、この少女が動き出すのもまた必然なのだろう。
「っ、現場に向かいます!!」
「翼!?」
弦十郎の指示を受ける前に翼が司令室から出ていく。それを彼は止めようとするが、今の彼女が止まるわけがないとすぐに気づく。
ならばせめて彼女をサポートしようと判断し、オペレーター達からの報告を待った。
「っ、司令! A地点のノイズ反応が消失しました!」
「なんだとっ!?」
そして早速出てきた報告を聞き、弦十郎は驚愕する。まだガングニールのアウフヴァッヘン波形が観測されてから二分と経ってない。もしその場にいる何者かがノイズと戦っているとしたら、すでに戦闘を終わらせたことになるのだ。
「念のためだ、再度確認! それにガングニールの反応はどうなっている!?」
「再度確認します……A地点、やはりノイズの反応はありません。そしてガングニールの反応は消失…………ッ!?」
報告の途中で、女性オペレーターの声色が変わる。そして画面を見直し、それを確信した彼女は一刻も早く司令に伝えるため、口を開いた。
「A地点の反応は消失!……そして、B地点の反応が増加しました!」
「ッ、翼に連絡。急いでB地点へ向かわせろ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
幼い少女を抱きかかえて大声、と言うよりは悲鳴を上げながら建物から落下していく少女――立花響。その姿は日常生活で纏うようなものではなく、一般人が見たらコスプレと勘違いしそうな衣装だった。
響たちは先ほどまでノイズに襲われており、絶体絶命のピンチだった。しかし生きるのを諦めたくないと響が強く願った時、突如頭の中に歌が思い浮かぶ。ためらわずそれを歌った瞬間、彼女の身体を光が包み、現在の格好になったのだ。
突然起きた事態に響は混乱したが、そんなことノイズは待ってくれない。ノイズが動き出したのを見て、響はとりあえずここから逃げようと考える。そこで少女を抱えて屋上から少し離れた箇所に飛び移ろうとジャンプした結果、先ほどのように悲鳴を上げる事態となったのだった。
「うわ……っと!」
勢いよく落ちていき、ようやく着地する。跳んだ場所からはかなりの落差があったものの、響の足は何ともなかった。それを不思議に思ったが、頭上から飛び降りてくるノイズを発見し、横に跳んで避けた。
距離をとることに成功するが、次にノイズは体の一部を伸ばして接近する。細くなっているとはいえノイズはノイズ、それに触れてしまえばそこから身体が炭化してしまうだろう。
「何がどうなってるのーッ!?」
響は今抱いている感情を吐き出しつつ、再びジャンプしてそれを避ける。しかし相変わらず自分の力を制御できず、勢い余って建物の壁に激突してしまう。あまりの勢いにぶつかった壁が凹むが、落ちる前にその凹みに手をひっかける。
「おっとっと……ん?」
ぶら下がるような状態になり響はホッとしたが、突然視界が暗くなる。それを疑問に感じ顔を上げると、そこには巨大なノイズが腕を振りかぶっていた。
それを確認した響は急いでその場を離れる。彼女が空中に映ったのと同時に、後方で建物が破壊される音が聞こえる。その際の衝撃で多少体勢が崩れたが、何とか着地に成功する。しかしそれを狙ったかのように、ノイズが一体跳びかかってきた。
「っ、この!」
避けられないとすぐにわかった響は、思い切って拳をノイズに突き出す。自殺行為とも取れる行動だが、彼女は抱きかかえている命を守るために躊躇わなかった。
そしてその拳はついにノイズとぶつかり合い――――
「…………って、あれ?」
普通ならば触れた拳から響の身体は炭化していくはずだ。しかし、いつまでたってもその感覚は訪れない。
恐る恐る目を開けると、目の前のノイズが黒くなって罅が入っていく。そして茫然と見ている響の前で、そのノイズは崩れ去った。
「私が、やっつけたの……?」
予想外の光景に、響は自分の目を疑う。その直後ハッとして、この隙にこの場を脱出しようと走り出す。すると走っている響の視線の先に、何か光が見え始める。それは徐々に近づいていき、かなり近づいてきた頃にそれの正体がバイクのライトであることが分かる。
そしてバイクに乗っている人がノーヘルだったため、その表情が明らかになった。
「え、翼さん!?」
「…………ッ」
高速ですれ違う二人。響は前から迫りくる人物に驚き、バイクに乗った少女――翼は、戦装束を纏いながらも逃げてばかりいる響を見て表情をしかめる。
そして翼は勢いを落とさずにバイクから飛び降りる。そのままノイズの集団に突っ込んでいったバイクは、何体か巻き込んで爆発する。
「呆けない、死ぬわよ!……あなたはなにもせず、ここでその子を守っていなさい」
「へ?……あ、はい!」
翼は綺麗に着地、後方でポカンとしている響に対して檄を飛ばす。いろいろ言いたいことはあるが、それよりもまずは前方のノイズを処理することが先決だと判断した。
動き続ける状況に響はいまだ混乱していたが、翼からの指示に半ば反射で返事する。そして少女を改めて抱きかかえ、ノイズから少しずつ距離をとる。その様子を確認した翼は、ノイズに向かって走り出す。
「Imyuteus amenohabakiri tron――――」
そこからノイズが殲滅されるのに、5分とかからなかった。人類の天敵であるノイズ、それがあっけなく倒されてゆくその光景を、響たちはただ茫然と見つめていた。
そして翼がノイズを蹂躙している様子を見ていたのは、彼女たちの他にも存在していた。彼はまるでゲームを観戦しているかのように、別の建物の屋上からその様子を見つめている。
「…………やはり、俺があの力を完全に引き出すには何かが足りないようだな」
そのまま観察を続け、戦いが終わって翼と響が何かを話しているのを確認した彼――グラファイトは、その場から姿を消した。
『そんな、待ってぇぇぇぇ!!?』
どこからか車に連れ去られてゆく響の声が聞こえたような気がしたが、それは彼にとって些細な事だろう。
「響、遅いな……」
リディアン寮の一室。そこで小日向未来はテレビを見ながら呟く。今の時間は21時を過ぎている。響が風鳴翼のCDを買いに行くと言って別れたのが最後、未だに彼女は帰ってこない。そこにある事情が重なって未来に不安を掻き立てていた。
「大丈夫だよね……けど、夕方にノイズが出たって聞くし……」
『た、ただいまー……』
「っ、響!」
玄関から聞こえる声に、未来は思わず立ち上がってその名前を呼びながら玄関に向かう。
「疲れた……あ、未来。ただいま」
そこには心底疲れたような表情の響が靴を脱いでいた。そして未来に気づいた彼女は安心したような笑顔で彼女に話しかける。未来は彼女が無事なことが分かってホッとしつつ、事情を聞こうと尋ねた。
「おかえり。もぅ、こんな時間までどこに行ってたの?」
「う、ごめん……」
「心配したんだよ? 近くでまたノイズが現れたって、さっきもニュースで言ってたから」
「うん……ちょっとそれでドタバタしてさ」
色々あってこんな時間になっちゃった、と響は未来に事情を話す。困っている人を見かけたら助けてしまう彼女の性格を知っている未来は、何となく事情を察する。つまりノイズから逃げている人々をいつもの様に助けていたのだろう、と。
響のこの癖は今に始まったことではないので、未来にそれを止めるつもりはない。それよりも彼女の身を案じた未来は、これ以上追及することをやめた。
「まったくもぅ……とりあえず着替えて、ご飯は食べた?」
「一応食べたけど、未来が作ったご飯も食べたい!」
「はいはい」
ご飯と聞いた途端に表情を明るくする響を見て、未来は今までの不安が消えていくのを感じる。時々彼女がどこか遠くに行ってしまうのではないかと言う不安が未来を襲う時があるが、それと同時に彼女が必ず自分の傍にいてくれるという信頼もあった。だからこそ、不安な時だからこそ、こうやっていつもの様に響を迎えようと思ったのだ。
数分後。作っておいたご飯を温め、響が食べる様子を未来は笑顔で眺める。自分が作った料理をこうも美味しそうに食べてくれるのは、それだけで心が温かくなるのだ。
「んー! 美味しいよ、未来!」
「フフ、ありがと」
そんな会話を交えつつ、穏やかな時間が流れていく。するとテレビの音声がふと耳に入った。
『風鳴翼、移籍の可能性も?』
「え?」
それが聞こえた響は箸を止め、テレビに目を移す。未来自身もニュースの内容が気になったので、振り向いてテレビを見た。
『本日新曲を発表した風鳴翼さんに関する、大きなニュースが舞い込んできました。イギリスの大手レコード会社メトロミュージックより、海外展開の打診があった模様です。また――――』
「へぇ……響、知ってた?」
「ううん、知らなかった……」
情報を伝えていくニュースを見ながら、響が呟く。その表情は何とも言えないもので、テレビ画面に映る翼の姿をジッと見つめていた。
「それじゃあ、電気消すよ?」
「うん」
時間は過ぎて消灯時間になり、二人は寝るために電気を消す。同じ布団に入った二人は背中を向け合いながら、眼を閉じる。
「……未来、ごめんね?」
静まり返った暗闇、そこに響の声が静かに響く。まだ起きていた未来はそれを聞いて目を開け、彼女の方を向かずに返事をする。
「なにが?」
「帰り、遅くなっちゃったから。心配させちゃったよね……ごめん」
「……うん、すごく心配した」
「うっ……こんなこと言うのも変かもしんないけど、ありがとう。ちゃんと心配してくれるの未来だけ…………わっ!?」
そこまで聞いた時、未来は寝返りを打って響を背後から抱きしめた。彼女の過去を知っているだけに、今の彼女を一人にしてはいけないと思ったのだ。
「大丈夫だよ、響。私はちゃんと、響の傍にいるから」
「……っ、うん」
響は抱きしめている未来の手に、自分の手を重ねる。彼女から伝わってくる温もりが、ちゃんと彼女がそばにいてくれることを実感できた。
「未来は暖かいなあ……」
未来の温もりを実感しているうちに疲労からか、ゆっくりと響の意識が微睡んでいく。その様子を未来は穏やかな表情で見守っていた。
「小日向未来は私にとっての陽だまりなんだ。未来の傍が一番暖かい場所で、私が絶対に帰ってくるところ……」
「これまでもそうだし、これからもそう……」
「…………」
「……おやすみ、響」
「――――――――」
冷たいシャワーが、戦いで火照った翼の身体を冷やしていく。しかしこの冷たい水は身体を冷やすことはできても、昂った感情を抑える事はできそうにない。
思い出すのは今日あったノイズとの戦闘。そしてそこに現れた、ガングニールを纏う響。
姿は全然違う。だと言うのにどうしても思い出してしまう、彼女との大切な記憶を。
『二人でなら、怖いものなしだな』
『っ……うん!』
「――――っ!」
迸る衝動のまま、右手を壁に叩きつける。あの時保護した少女――立花響。戦いの後、彼女を二課に連れていき、なぜガングニールを扱えるのかの検査を行った。その結果は明日出るのだが、その時弦十郎に対して了子が放った一言を、翼は聞き逃さなかったのだ。
『もしかしたら、あの子にも手伝ってもらうことになるかもしれないわね』
「ふざけないで……!」
その言葉を思い出し、翼は険しい表情で壁を睨む。
あの時間近で見たからこそ分かる。立花響は、戦いなんて全く知らない一般人だ。少女を迷わず救おうとした姿勢は素晴らしいが、彼女にはまるで覚悟が足りない。そんな状態でノイズと戦っても、命の危険性が高まるだけだ。
今の二課の状況はわかっている。だがしかし、翼にとってそれとこれとは別問題なのだ。
「私はもう、あの時とは違う」
目を閉じればいつでも思い出すことができる。
目を閉じたまま消え去っていく大切な人の姿。圧倒的な実力差で敗北し、自分を敵として見ることすらなかった宿敵の姿。無力に打ちひしがられ、ただ泣くことしかできなかったみじめな自分の姿。
――――もうあんなことを、二度と繰り返すつもりはない。
「ノイズと戦うのは、私ひとりで十分よ」
≪See you Next game……≫
※今回は特にありません。何かありましたらご連絡していただけると幸いです。