右手に取り付けた機械――ガシャコンバグヴァイザーから響く音声が止まり、彼を覆うものが消え去った時。彼の姿は一変していた。
体長は1周り大きくなり、まるでドラゴンをそのまま纏ったかのような全身鎧は赤く鋭い。そしてその右手には、龍の牙をそのまま刀身にしたかのような双刃――グレングラファイトファングを握っていた。
その武器を水平に向け、腰を落としてグラファイトは静かに構える。その様子を見て怪物もまた姿勢を低くし、いつでも飛び出せる体勢に移る。この一連の動きの最中、辺りはとても静かだった。唯一聞こえるのは部屋を包んでいる炎のはじける音のみ。戦いを間近で見ている少女も、上で見ている者たちも皆、声を発することをできなかった。
それは全員が分かっていたからだろう。次にどちらかが動き始めたその瞬間から、戦いが終わるまで止まることはないのだということを。つまり今の状況は、嵐の前の静けさなのだということを。
――――そして、その瞬間は訪れた。
「ハアアアァァァァァァッ!!」
「――――――――ッ!!」
タイミングはまさしく同時だった。
互いに駆けだした二体。片方は双刃を、もう片方は拳を。互いの獲物に対し、ただ全力で打ち付けあう。その間より放たれた衝撃は並大抵のものではなく、部屋を、ひいては大気をも振るわせるほどのものだった。事実同じ部屋にいた少女は軽く吹き飛ばされ、上の部屋の窓は全面に罅が入っていた。
「フウゥゥゥ……!」
「――――!」
それほどの衝撃が走ってもなお、衝撃波の中心にいた二体はお互いに一歩も動いていなかった。この状況を見る限りでは、体格差がかなりあるのにも関わらず、その力は互角であるかのようだ。
「この程度では一歩も引かんか。流石だな!」
「――――……ッ!」
いや、互いの表情と台詞から、どちらが有利であるかは明白のようである。
理性がないのもあって怪物が全力なのかはわからないが、少なくともグラファイトには余裕があった。あれほどの打ち付け合い、さらには鍔迫り合いをすることのできる力を出していても尚、普通に話しかけることができるのだ。
「ならば……これならどうだ!!」
その言葉とともに、怪物を蹴り飛ばす。そして怪物が体勢を立て直すよりも早く肉薄し、双刃を連続して振るう。
一撃一撃が喰らえば重症。様子見の攻撃など一つもないことに怪物は本能で気づき回避に専念するが、獣にとってその行動には限界があった。
「フンッ!!」
「――――――ッ!?」
怪物の回避行動を数度見たグラファイトは、即座に太刀筋を変えて回避先へ双刃を振るう。その予想は当たり、怪物は避けきれず胴体を斜めに切り裂かれる。痛覚があるのかはわからないが、怪物は苦しそうに後退する。それを見ながらグラファイトは思案する。
(手応えはあった……しかし、血の類は出てこないか。生物かと思っていたが、どうやら少し違うようだな)
そこまで考えたところで、怪物が再び動き始めたので思考を中断する。そもそも奴が生物ではないとわかった所で、グラファイトがとる行動は変わらないのだ。
四つん這いから跳び上がり、上空からグラファイトに迫る怪物。彼はそれを前転して避け、背中に向かって双刃を振り下ろす。それは反応して同時に攻撃してきた怪物の拳とぶつかり合い、再び衝撃波を発生させる。
しかし今回は数秒だけ鍔ぜり合った後、グラファイトが一方的に怪物を吹き飛ばした。そして壁に叩きつけられる怪物を見て、彼は違和感を抱く。
「全力を出さない……いや、力を出しきれない、と言った方が正しいか」
めり込んでいた壁から抜け出す怪物を見て、グラファイトは呟く。
最初こそ自分と戦えていたが、傷ついてからの動きは明らかに鈍っていた。先ほど感じた威圧感からして、目の前の存在がこの程度のはずがない。長年戦士として戦い続けてきた彼だからこそ、自身の観察眼には一定の信頼を置いていた。
「おそらくこいつは自立型の兵器。……まさか、エネルギー不足か?」
その考えにいたり、グラファイトは内心落胆する。間違いなく自身と同格か、下手すれば強者の相手。より強き者との闘争を望んでいる武人気質な彼にとって、この発想はあまり思いつきたくないものだった。
かと言って手加減するのはグラファイトの性に合わない。一度始めた以上、敵には敬意を持って全力で叩き潰すのが彼の流儀である。
「些か残念だが……キメに行かせてもらうぞ」
その言葉と共に握っていた武器ごと拳を地面に叩きつける。すると叩きつけた地面から炎が膨れあがり、刀身に紅蓮の炎が纏わりついていく。持ち上げて振り回すと、まるで生きているかのようにその炎は激しさを増していき、そのすべてが刀身に集まっていく。これから放つ技は、グラファイトにとって最強に近い大技だ。
「これで終わりだ。超絶奥義、ドドドドドドドドドドド……!」
「ッ、――――――――!!」
それを見て止めようと怪物が吠えて動き出そうとするが、その動きはとても鈍い。先ほどの戦いですでに消耗しきっており、立ち上がるのがやっとのようだ。
そしてそれを見逃すほど、彼は甘くない。その隙を逃さず彼は溜めていた力を開放し、双刃を全力で振るった。
「紅蓮爆龍剣!!」
放たれた炎は龍のようにうねり、怪物へ突撃する。それに対し、怪物は拳を持って迎え撃った。
「――――――――ッ!!」
わずかながら耐え、拮抗する怪物。しかしその激しい奔流を抑えることができたのはせいぜい数秒程度。ついに耐え切れず、怪物は炎龍に飲み込まれた。
そして激しい爆発音とともに、部屋中が光で満たされる。そのあまりの眩しさに、人類は目を閉ざすしかなかった。
「――ほぅ、まだ生きているか。強靭さだけは健在のようだな」
グラファイトの言葉通り、怪物はいまだ健在であった。かろうじて、と言う言葉を付け加える必要があるが。
「………………」
怪物は四肢こそ残っているものの、全身傷だらけでボロボロだった。そして動く様子は全くないが、グラファイトはこの怪物がまだ生きていることを見抜いていた。
「一定以上のダメージを受けたことで休眠状態に入ったか……」
個人的には消化不足な戦いであったが、グラファイトはそれを飲み込む。休眠状態であるというのなら、再び戦える可能性があるということだ。
叶うことなら、次はお互い全快の状態で戦いたいものだ。そう思いつつ、グラファイトはガシャコンバグヴァイザーを取り外す。すると再び彼の身体を細かいブロックが覆い、それが晴れた時には彼は人間の姿に戻っていた。
(もうここに用はない……旅を続けるか)
周りに敵がいないことを判断した彼は、建物の外に出ようと意識を集中する。元の道をイメージし、瞬間移動を行おうとした。
――――しかしその瞬間、彼の肉体に違和感が生じる。
「何だ?…………ガッ!?」
そして違和感は激痛へと変わり、グラファイトの肉体を蝕む。突然の激痛に彼は思わず膝をついてしまう。
体内をかき回すようなこの痛み。彼には一つ心当たりがあった。
「これは、ゲムデウスウイルスを培養した時の……! だが、なぜ今になって……グゥッ!」
グラファイトは原因を考えるが、その間にも痛みはどんどん激しさを増していく。肉体が燃え盛るような激痛に、彼の思考は鈍っていった。
「ガッ……ァ…………アアアアアアアァァァァァァァァッッッ!!」
やがて限界を超えた痛みに耐えきれず、思わずグラファイトは叫ぶ。するとそれに呼応するかのように体内の熱が体外へ排出されていく。
文字通りグラファイトの体内から排出されていくそれらは目の前に集まっていき、何かを形作っていく。
そして痛みが治まり、荒く呼吸をしているグラファイトの目の前に、それは落ちてきた。
「これは、ガシャット……?」
それらを拾い上げ、グラファイトは呟く。自分たちを生み出した基であり、かつての強敵が変身する際に使用していた道具。
見慣れているので間違えるはずもない。彼が持っているのは、二つのガシャットだった。
しかし普通と違う点が一つ。それはゲームの名称が記載されていないことだ。本来ならガシャットの持ち手にはゲームのタイトルとロゴが記載されている。しかし、グラファイトが持っているそれらは持ち手の部分が真っ黒だった。
「名称不明のガシャットだと……? なぜそれが俺の中から――「大丈夫ですか!?」――む?」
思考しようとするグラファイトに、少女が駆け寄ってくる。おそらく先ほどまで苦しんでいたグラファイトを心配しているのだろう。当初、彼は別に少女を助けようと思って戦いに介入したわけではないのだが、少女がそれを知る由はない。
「あの、先ほどは助けていただいてありがとうございます。お礼に治療をさせてもらえませんか?」
「なんだと?…………いらん、そんなもの必要ない」
先ほどの戦い。終始グラファイトが押していたが、彼は無傷ではなかった。と言っても大した傷はなく、人間でない彼にとってこの程度の傷は放置しておけばそのうち治るものだ。それに人間から施しを受けるなど、バグスターとしての彼のプライドが許さなかった。
「俺は奴と闘いに来ただけでもう目的は果たした、さらばd…………何をする?」
「何って、あなたさっきまで苦しんでいたじゃないですか! まだ安静にしていないと!」
立ち上がろうとするグラファイトを、少女が止める。先ほどまでの苦しんでいる姿を見ていた少女は、彼が無理してこの場を去ろうとしていると思ったのだ。怪人へと変身していたが、今の姿は人間そのものなのがその勘違いを助長している。
そんな少女のことなど、グラファイトは知る由もない。一歩も引きそうにない様子に苛立ち、直接的な手段に出る。
「えぇい、どけ! 俺はお前たちの治療なぞ受けん!!」
そう言って強引に少女の手を払いのけた。それを見て、少女は固まった。ピタリと止まった少女を見て、グラファイトは訝しげに見る。
――――さて。簡潔にいうとこの少女、いろいろ限界であった。
家族との別離の覚悟。生との決別。守るべきという責任感。
すでにいっぱいいっぱいだった少女の眼の前に突如現れたのは、謎の人間(?)。怪物を単独で抑え込み、結果的に少女は死なずに済んだのだ。ならばせめて治療をしなければと思い立って話しかけてみれば、拒絶される始末。
短時間で起きたあまりにも濃い出来事に、すでに彼女の容量は爆発寸前だった。そして治療せずともせめて安静にした方がよいと手を伸ばしたら、その手を強い口調と共に払いのけられた。
――――この瞬間、彼女のナニカが決壊した。
「……フン、お前たち人間の施しなd「うるさああああぁぁぁぁい!!」なっ!?」
耳元で放たれる突然の大声に思わず耳をふさぐ。いまだ脳内でキーンと音が残響する中、元凶となる少女をにらみつける。しかし彼女の表情もまた、怒っているようだった。
その表情のまま、少女はグラファイトの身体にしがみつく。ときめく要素など一つもないこの状況、グラファイトは引きはがそうとするが何故か全くはがせない。それは少女が纏っている鎧が原因なのだが、この時彼はその発想に至ることはできなかった。
「良いから怪我を治させてください! いくら軽い傷だからって放っておいて、バイ菌が入ったらどうするんですか!?」
「ッ、うるさい! 俺はお前たち人間とは違う! この程度の傷、放っておけば治る!」
「さっき苦しんでいたのを見ていて、はいそうですかって放っておけるわけないでしょ!? 自分のことが知られるのが嫌ならマムと話してなんとかするから、せめて安静にしていてください!」
「えぇい、いいから離せ!」
「離しません!」
剥がせないので離れてもらうために怒鳴るグラファイト。絶対に離さず、意地でも治療しようとするタガが外れた少女。二人の会話のドッジボールは収束するはずもなく、平行線となるのは自明の理だった。
「……所長、どうしましょう?」
「はぁ…………とりあえず二人の言い争いが終わるまで待ち、できれば彼を治療しましょう。理由はどうであれ、彼がセレナの命を救ったのは事実です」
「は、はい」
「色々と聞きたいことはありますが……それよりも、彼に感謝をしなければなりませんね」
そう言いながら上の部屋にいた女性は、いまだ口論している二人を見ながら、安心したように微笑した。
「は・な・せ!!」
「い・や・です!!」
≪See you Next game……≫
※セレナの性格……作者の勝手なイメージです。回想を見る限り幼少期からいい子だったので、爆発すればこのぐらいハッチャけて欲しいと思ってやっちゃいました。