「かろうじて一命は取り留めました。ですが、容態が安定するまでは絶対安静。予断を許されない状況です」
「よろしくお願いします。……俺達は鎧の行方を追跡する、どんな手がかりも見落とすな!」
『はい!』
「…………」
ある病室の待合所。そこにあるソファーに座り込んでいる響の表情は、とても暗いものだった。彼女の後方では弦十郎が医師に頭を下げた後、部下に向けて指示を送っている。
その会話を聞き、手術室に運ばれていったあの人が無事であることを確認する。ひとまず安心して一息つくが、響の心の淀みは晴れそうにない。
「……翼さん」
――あの光が収まった時、先ほどまでの不利な状況は一変していた。
周囲にいたノイズは一掃され、あの黒いドラゴンは見る影もない。翼を中心として放たれた絶唱のエネルギー、それを間近で喰らった少女は生きてこそいたが大きなダメージを負っていた。
「あ、あぁ…………」
翼やグラファイトの攻撃を受け止め続けていた鎧は様々な箇所が壊れ、そうでない箇所も罅が入っている。バイザーも砕け散り、そこから見える少女の表情は生きていることを実感していた。
そして倒れている少女の前に立っている翼。その表情は響からは確認できないが、纏うシンフォギアはボロボロでピクリとも動かない様子から明らかに平常には見えなかった。
「この…………っ、ちぃ!」
少女はしばし呆けていたが、鎧に起きた異変に気づいて何とか立ち上がる。その際に翼の顔を見て目を見開いたが、振り向いて飛び去っていった。
「……生き様、そして覚悟か」
「翼さん!」
翼の後ろ姿を見て呟くグラファイトの横を、響が走って通り過ぎる。今度はそれを遮ることなく見送り、近くに走って来ていた弦十郎の方を向く。
「行くがいい」
「……なに?」
その言葉に、弦十郎は疑問符を浮かべる。それを横目にしつつ、グラファイトは再び翼の方を見る。
「アメノハバキリ、お前の生き様はしかと見届けた。……再び相まみえる時を、楽しみにしている」
その言葉を残し、グラファイトはその場から姿を消す。その様子を弦十郎は眺めていたが、後方から聞こえる車の音に気づいて後ろを見る。そこにはこちらに走ってくる黒い車の姿がある。それは弦十郎の少し後方で止まり、そこから1人の女性が出てきた。
「了子君、来たか」
「いきなり【ハンドルを頼む】なんて言われた時は何事かと思ったけど、まさかそこから跳んでいくなんて……って、それどころじゃないみたいね」
「あぁ……翼が、絶唱を使った」
「ッ、やっぱり……」
「翼さん! 翼、さん……?」
そう言葉を交わしつつ、二人は翼の元に走っていく。響は彼女の少し後ろまで来て声をかけるが、反応はない。その様子を疑問に感じてもう一度声をかけようとするが、そこで響は気づいてしまう。
――佇んでいる翼、その足元に血だまりが広がりつつあることに。
「……この通り、私は完全聖遺物相手にも退きはしない」
そう呟きながら、静かに翼は振り返る。そして明らかになった彼女の様子を見て、3人とも声を出すことができなかった。
翼の目や口からは血があふれ出し、ポタポタと胸元へ落ちていく。そこから胴体を伝って地面に流れていき、響が見たように血だまりを形成していた。
このように誰が見ても重症な翼だが、その表情は絶唱を歌う前と同じく穏やかな表情だった。そして響が無事なことを視界に収めた彼女は少しだけ微笑み、口を開く。
「私はノイズから人類を守る防人。こんなところで折れるほど……脆く、は……な……」
「翼さん……!」
最後まで言い終えることはなく、ドサリと翼は崩れ落ちる。完全に倒れる前に響が抱き留めることに成功するが、すでに彼女は意識を失っていた。
後ろで弦十郎たちが救急車を手配している声が聞こえるが、その内容は響の頭には入ってこない。自分の腕の中でピクリとも動かない翼の様子は、まるで手遅れのように見えて――――
「翼さああああああああんッ!!」
あれからすぐに来た救急車に翼が乗せられ、響も弦十郎たちが乗ってきた車に乗ってついていく。そして病院につき、すぐさま翼が手術室に運ばれていく様子を眺めた後、現状の様にソファーに座って待ち続けていた。
「私は、足手まといだったのかな……」
「あなたが気に病む必要はありませんよ」
「……緒川さん」
落ち込む響に声をかけながら、緒川は自販機で飲み物を買う。
「ご存知とは思いますが、以前の翼さんはアーティストユニットを組んでいまして……どうぞ」
「……どうも。ツヴァイウィング、ですよね?」
買った温かいコーヒーを響に手渡し、緒川もソファーに座る。響の返答に対して静かにうなづき、緒川は思い出すように話した。
「その時のパートナーが天羽奏さん。今はあなたの胸に残るガングニールのシンフォギア奏者でした――――」
そこから緒川によって語られていく、風鳴翼の過去。それは弦十郎から語られたものに補足を加えていくような内容だった。
2年前のあの日、ノイズに襲撃されたライブの被害を最小限に抑えるため、奏が限界を超えて戦ったこと。そこに当時はアンノウンと呼ばれていたグラファイトが介入してきたこと。途中、ノイズに襲われて重傷を負った女の子を救うために翼が一時的に戦場を離脱したこと。
――その結果、グラファイトに奏の命とガングニール、その両方を奪われたこと。
「翼さんにとって大切な片翼の消失、そしてツヴァイウィングの解散。一人になった翼さんは奏さんの抜けた穴を埋めるべく、がむしゃらに戦ってきました」
当時のことを思い出しながら、緒川はコーヒーを飲む。あの時の翼の姿は、見ていて本当に危うかった。睡眠や休憩はしっかりとっていたものの、彼女はそれ以外のすべてを鍛錬に費やしていた。文字通り命を燃やして自らを鍛え続けた翼は、その年代では最強と言えるほどの強さを手に入れた。
……しかし、対価を得るには相応の代償が必要だ。
「同じ世代の女の子がしてしかるべき恋愛や遊びも覚えず、自分を殺して生きてきました。……そして今日、防人としての生き様を果たすため、死ぬことすら覚悟して歌を歌いました」
「…………」
「不器用ですよね。でも、それが風鳴翼の生き方なんです」
「そんなのって……」
そう言って、緒川は微笑を浮かべる。しかしその顔はどこか悲しそうで、それを見た響は涙を流しながら言葉を漏らす。
「そんなの、ひどすぎます……」
「…………」
「そして私は、翼さんのこと何にも知らずに一緒に戦いたいだなんて……」
涙を流しながら響は翼の独白を思い返す。彼女が自分に対して敵意を抱くような真似をしていたのは、自分に戦ってほしくなかったから。そして翼の言葉や緒川さんの話を聞くに、その中に出てきたある少女は自分なのだろうという確信に近い予想。
つまり翼からすれば、響は奏が命懸けで守ったのにもかかわらずノコノコと戦場に出てきているように見えたのだ。そうだとしたら、あの行動にも納得がいく。そして、響はその事を理解したと同時に今までの行動を後悔していた。
「僕も、あなたに進んで戦ってもらいたいだなんて思っていません。そんなこと、誰も望んでいません」
響の涙を見て、緒川は微笑む。確かに彼女は失敗してしまったが、それは彼女がまだ何も知らなかったからだ。それに緒川から見ても、翼の行ってきた行為は決して褒められたものではない。しかし、目の前の少女はそれでも翼のことを思ってくれているのだ。
この子になら、任せられるかもしれない。そう思った緒川は、未だ泣いている響に対して口を開く。
「ねえ、響さん。僕からのお願いを聞いてもらえますか?」
「……?」
緒川の突然の願いに響きは目をパチクリとさせる。その様子を見ながら、彼は言葉を続ける。
「翼さんのこと、嫌いにならないでください。翼さんを……世界で独りぼっちになんて、させないでください」
「……はい!」
その言葉を聞いて、響は涙をぬぐってしっかりと返事した。
「……あの様子なら、大丈夫そうだな」
二人の話を隠れた箇所から聞いていた弦十郎は、ふぅと息を吐く。自分も何かフォローすべきかと思って響の元へ行こうとしていたのだが、その役割は緒川が果たしてくれたようだ。
彼女は必ず立ち上がれる。そう確信した弦十郎が病院から出ていくと、入り口を出たあたりで彼の携帯に着信が入った。
「俺だ、どうした?」
『藤尭です。先程指示があった件についてなのですが……彼は確かに【ドラゴナイトハンターZ】という道具を使ったんですね?』
「?……あぁ、そうだ」
『でしたら至急、二課に戻ってきてください』
『まだ確定ではありませんが……あの存在、グラファイトの正体が判明しました』
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
森林の奥地。周囲を見渡し、人間の気配を感じないことを確認した少女は乱れた息を整える。先ほどの戦闘、途中まで少女は互角以上に戦えていた。事実翼を追い詰め、後はグラファイトの隙をついて響を攫うだけでフィーネの指示は完了するはずだったのだ。
しかし少女の一言は、翼の逆鱗に触れたらしい。まさかあの状況をひっくり返してくるとは少女には思いもよらなかった。
「にしても、まさか絶唱を使うなんて…………アグッ!」
身体に迸る激痛に、少女は顔をしかめる。原因である鎧を見ると、先ほどまで罅だらけだったはずのそれはほとんど修復されていた。
完全聖遺物であるネフシュタンの鎧、その特徴のうちの1つがこの驚異的な再生能力だ。絶唱を間近で受けた際の大ダメージも、こうして撤退している間にほぼ修復されている。
「っぐ、この……!」
驚異的な再生能力と言ったが、もちろん無条件ではない。今こうして少女が苦しんでいるように、鎧の再生は使用者の肉体を巻きこみながら行われてしまうのだ。
しばらく激痛に悶えてうずくまっていたが、不意に前方から足音が聞こえて立ち上がる。しかしその方向が少女の拠点からだとわかると武器を下ろし、迫ってくる存在を迎え入れた。
そして少女の視界に、一人の女性が映る。
「フィー、ネ……」
「おかえりなさい」
女性の名を呟く少女の表情は、青ざめていた。フィーネから下された3つの指令、それを彼女はどれも達成することができなかったのだ。しかも完全聖遺物を使ったのにもかかわらず翼には手痛い反撃を喰らう始末。彼女の期待にまるで応えることができなかったのは考えるまでもないことだ。
どんな罰を受けるのだろう、思考のすべてがそれに染まっていく少女。そこにフィーネは微笑を浮かべながら近づいていき、少女の前で足を止める。
「鎧を外して、顔を上げなさい」
「っ、はい……」
フィーネの指示に従い、少女は鎧を外す。その中には服を着ておらず、夏序盤とは言え少し肌寒い夜空に一糸まとわぬ姿となる。そしてその状態で彼女を見ると、フィーネは静かに右手を上げる。
恐らくぶたれるのだろう、そう考えた少女は迫りくる平手打ちに備えて身をこわばらせる。その様子を見ながらフィーネはその右手を素早く動かして――――
「……え?」
「…………」
「なっ!?」
少女とは関係ない方向に、右手を差し出した。その様子にしばし困惑するが、視界の外から迫りくる脅威を感じ取ったと同時にフィーネに剣戟がぶつかる。
爆発音とともにフィーネを煙が包む。しかしそれが晴れると、彼女の右手から障壁のようなモノが展開されていた。おそらくそれで剣戟を防いだのだろう。
「あらあら、レディに対して随分なご挨拶ね?」
『散々俺の邪魔をした貴様が言えたことか?』
「てめぇは……!」
フィーネが誰にでもなく声を響かせると、暗闇の中から返事が聞こえる。その声に聞き覚えがある少女は驚き、周囲を見渡す。
「くそ、どこにいやがる!?」
「言われずとも、隠れる気などない」
どこにいるかわからず、少女は声を荒げる。それに答えたのか、それとも最初から出る気だったのかはわからないが、その声と共に上空からその存在が降りたつ。
「随分と無様な有様だったな、ネフシュタン。おかげで追跡するのは随分と楽だったぞ」
「っ、ふざけるな! 私はまだ負けてなんざーーー!」
「お黙りなさい」
「ッ!……はい」
「……まるで人形だな、戦っている間の方が幾分かはマシだ」
眼前で繰り広げられる会話を聞きながら、その存在――グラファイトは、吐き捨てるように呟く。それを見たフィーネは、グラファイトに一歩近づく。
「さて、私に何の用かしら? それとも、同盟の件にいいお返事でも?」
「舐めるなよ、俺は人間と手を組む気などない!」
その言葉と共に、グラファイトはグラファイトファングを構える。それを目の前にしても、フィーネの様子は変わらなかった。
「ここにいるのは、俺の目的を果たすため。だが、貴様らの存在は目障りだ」
「あら、そう」
「……随分と余裕だな」
「まだ戦いにはなってないでしょう? 交渉と言うものは、多少は粘ってみるものよ」
「ほぉ、なら言ってみろ。この状況を覆せるものならな!」
そう叫びつつ、グラファイトは突貫する。双刃を振り上げて跳びこみ、フィーネに向けて振り下ろす。それに対して彼女は再び障壁を展開し、その攻撃を防ぐ。鍔迫り合いの状態となるが、二人の様子から見て互いに本気ではないらしい。それを見て少女は加勢しようと首元のネックレスに手をかけるが、彼女が目で制しているのに気づいてその手を戻す。
「そうね……同盟が無理なら、不可侵条約はいかが? この子や私の行動さえ邪魔しなければ、後は何をしてもかまわないわ」
「随分と身勝手な物言いだな、女……!」
「まだ話の途中よ。その対価として私から渡せるのは、とある完全聖遺物」
「聖遺物だと?……何をいまさら!」
グラファイトは以前二課に侵入した際に、その時点で把握されている聖遺物の情報を手に入れている。そして実際にいくつかの聖遺物を入手している彼にとって、完全聖遺物とは言え人間からの施しを受ける必要はないし、そのつもりなど毛頭なかった。
故にグラファイトが選択するのは、フィーネを打ち倒してその聖遺物を奪う事。その為に彼は力を込め、この拮抗状態を崩そうとする。
「――――――――――」
「……ッ!?」
フィーネの口から紡がれる、その聖遺物の名を聞くまでは。
それを聞いた直後、すぐさまグラファイトはその場を跳んで離れる。フィーネといくらかの距離がある所に着地して再び双刃を構えるが、先ほどまでとは違い明らかに動揺が見られる。
それほどまでにフィーネが言ったものに驚愕したのだろうか、鍔ぜり合っている音でそれが聞こえなかった少女は疑問に感じるが、答え合わせをするかのようにグラファイトが口を開く。
「……今、なんと言った?」
「何度でも言いましょう……異界より迷い込んだ戦士、グラファイト」
グラファイトの質問に対し、フィーネは障壁を消して口を開く。
その言葉には確信が込められていた。グラファイトが今最も欲している聖遺物の1つだという、確信が。
「私が差し出す完全聖遺物の名は【ギャラルホルン】。あなたにとって、悪い条件ではないでしょう?」
≪See you Next game……≫
※ギャラルホルンの所在地……XDでは二課が所持しているが、今作ではフィーネが所持している。本来原作には登場しない聖遺物なので、原作自体への影響はなし。
ここまで読んでくださりありがとうございます。