「フンフーン……っと。よし、できた」
以前より考えていた、新作のスイーツ。その試作を焼き上がった後、どう盛り付けるか考えている時に客が来たので、店主は先ほどまで対応していた。そこにちょうど見知った顔が現れたため、ある意味では自分より適任だろうと判断した彼は押しt――任せることにしたのだ。
そしてキッチンに引っ込んだ店主は、十数分かけてプリンの仕上げを行った。その出来を見て満足そうに微笑んだ店主は、それを含んだ6種類のスイーツを2つの容器に分けて入れ、キッチンから出る準備を始める。
「さて、サキ君は上手くやってくれてるかな?」
そう呟くが、店主は内心大丈夫だとも思っていた。彼がこの店に通い始めたのは結構最近からであり、店主との付き合いは案外浅い。
いつも不機嫌そうな表情に荒々しい口調、そして人間嫌いを隠そうともしないその態度。そのような彼がここに通っているのはおそらく、立地条件の良さとこの店主にあるだろう。人間が来やすいという意味では大分よろしくないのだが、人とあまり会わないという点では都合がよかったのだと思う。店主も半分趣味で始めた店なので、最初彼が現れた時はここを見つけたのか、と少し驚いたものだ。
そして何度か顔を合わせるうちに、先ほどの様に正面から会話をすることはできるようになった。きっかけが何だったのか店主にはわからないが、何かが彼の琴線に触れたのだろう。
「……ま、いっか」
そこで思考を一度中断し、キッチンの扉に向かう。正直なところ、彼がどんな人物かは店主にとってどうでもいいのだ。
彼は自分のスイーツを食べてくれるし、極稀にだが求めれば意見をくれる。店主がさらなる高みを目指すためには、彼のような存在は必要だ。店主にとって重要なのは、ただそれだけだった。
「はい、おまたs…………わぉ」
扉をくぐり、二人がいる店の中に入る。準備ができたことを伝えるために声をかけようとしたが、途中で口を塞ぐ。その視線の先では、件の二人が話し込んでいた。その表情は真剣で、その内容がそうとう重要であることが分かる。
「そうか、ではこれはどうだ」
「ジェットモンブランですね。サキさんの感想を聞くと、栗の美味しさが際立っているようなので気になります。……うん、私はこれがいいな」
「……私は、ということはまだいるのか」
「はい、私の大切な友達です。最近ずっと考え事しているみたいなので、息抜きも必要かなって」
「ふむ……」
――まあ、その内容はスイーツなのだが。
尚現在、この会話を聞いている店主は物陰に隠れている。学生の女の子と、威圧感のある大人の男性。何も知らない人が見れば親子、もしくは兄妹が一緒にケーキを買いに来たように見えるだろう。
しかし、男性の性格をある程度把握している店主にとって、眼前の光景はとても面白いものだった。店主が頼んだ時、彼は結果的に渋々承諾していた。だが間違いなく今の彼は、あの少女の相談を真面目に聞いているのだ。
「その者は普段何をしている?」
「えっと……最近は、ずっと自分を鍛えてます。ただあまり考え事するタイプじゃないので、負担が増えちゃってるみたいで……」
「ならば、お前の案は悪くないな。頭だろうが身体だろうが、動かすのなら補給する必要がある。やるべきことが増えたのなら、その分補給する量も増やさなければ意味がない」
「はい…………あれ?」
「なんだ?……おい、なぜ隠れている」
「あ、ばれちゃった?」
男性の言葉を聞いた後、ナニカが引っかかったのか未来が首をかしげる。それに気づいた彼は声をかけるが、その直後隠れていた店主に気づいてそちらを向きながら口を開く。そしてそれを聞いた店主は何事もなかったかのように物影から出てきて、普段と変わらぬ口ぶりで声をかけた。
「いやー、随分と話し込んでいたからね。これは面白そうだ、と思って」
「……相変わらず、隠すつもりはないのだな」
「必要がないからね。さて、お客さん……小日向未来ちゃんだっけ?」
「今の言葉…………え? あ、はい!」
「どうだい、君の求めるスイーツは見つかったかな?」
ショーケースの上に肘を乗せ、手であごを支えながら店主は未来に問いかける。そこで考え事から戻ってきたのか、彼女は慌てて返事をした。
「はい、私はこのジェットモンブランにしようと思います。……そして、友達にはこれを買っていこうかなって」
そう言いながら、ショーケース内にある1つのスイーツに指をさす。その指先を同時に見た男性二人は、片方はとても楽しそうに笑みを浮かべ、もう片方はそれを見ながら口を開いた。
「……マイティーシュー、か」
「はい。今のでちょっと、友達の昔の出来事を思い出しまして」
「おや、シュークリーム関連で何かあったのかい?」
「そうです。昔、友達がとても悩んでいた時に、とある人が話を聞いてくれたみたいなんです。その時渡されたのが、シュークリームらしくて」
「へぇ、そいつはロマンチックじゃないか」
「…………」
流石にありのままを話すわけにはいかないので、詳細をぼかして未来は説明する。それを聞いた店主は興味深そうに笑うが、男性は黙ったまま彼女の話を聞いていた。
「……そうですね。そして、そのおかげで友達も立ち直れました。友達は大切なことを思い出せたと言っていました。ですので、考え込んでいる今だからこそ、それを思い出すのもいいかなって」
「そのカギが、思い出のシュークリーム……いいね、実に魅力的だ!」
そう言って、店主は両手を広げる。その表情はとても嬉しそうで、相当未来の話を気に入ったようだ。
「サキ君も、異論なさそうだしね」
「……元より決めるのは、この女だ。そう決めたのなら、口出しする理由などない」
そう言いながら男性を見ると、彼は腕を組みながらそう答えた。その通りなのだが、それを聞いた未来はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「じゃあ、店主さん。マイティーシューと、ジェットモンブランを1つずつください」
「はいよ。ちょっと待っててね」
未来からの注文を聞き、店主はスイーツを容器に入れていく。そしてそれを持って未来の前まで歩いていき、それを渡した。
「はい、ケーキ2つで500円になります」
「え、あの、その……?」
「おや、どうしたんだい?」
しかし渡された容器を見て、未来は明らかに狼狽えていた。彼女は見ていたのだ、明らかに店主は自分が頼んだスイーツをそれぞれ2つずつ入れていた。つまりこの容器の中には4つ入っていることになる。
「あ、これ? 今日はとても良い話を聞いたし、面白いものも見れた。そのお礼ってことさ」
「え、でも……」
「……諦めろ、そう決めたら奴はテコでも動かん」
どうしようか迷っていると、男性が呆れた様子で声をかける。その表情を見た未来は、この行動が初めて行われたものではないことを察した。そして再び視線を店主に戻すと、彼はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
あ、これは絶対断っても受け取らないな。未来がそう判断するまで、さほど時間はかからなかった。
「……ありがとうございます!」
「うんうん、それでいいのだ。おっと、サキ君の分も……はい」
「あぁ。……ではな」
「今後もご贔屓にー」
未来が受け取ったのを確認した店主は、ショーケースの上に置いておいた容器2つをとって男性に渡す。それを彼は静かに受け取り、そのままさっさと店を出ていく。それを未来は見送ったが、姿が見えなくなった直後にハッとあることを思い出す。
「……どうしよう、まだお礼言ってない!」
「おや、なら追うといい。今の彼ならそこまで速くないだろうしね」
「それって……あぁ、なるほど。ありがとうございます!」
「はいよ、ありがとうございましたー」
店主にお礼を言って、未来も急いで店を出る。と言っても彼女もまた、男性と同じ理由で全力で走ることはできない。なので容器の中身が崩れないギリギリの速さで歩いていく。
そして小さなわき道を抜けていき、少し開けた道に出る。いつの間にか時間帯は夕方に差し掛かっており、辺りに人の姿は見られなかった。
「えっと、サキさんは…………あ!」
辺りを見渡していると、視界の端に見覚えのある布が見える。路地裏に入っていくその元へ急いで向かうが、辿り着いてその中を覗くと、そこには誰の姿も見えなかった。
「あれ……確か、ここに入ったと思ったんだけど……?」
「……何者かと思えば、お前か」
「うひゃあ!?」
路地裏に入り、辺りを探る未来。すると突然背後から声が聞こえ、不意を突かれた彼女は思わず声を上げてしまう。そして恐る恐る振り向くと、そこには男性が立ってこちらを見ていた。その眼光は鋭く、普通は睨みつけているように感じるだろう。
「サキさん、さっきここに入ったはずじゃ……?」
「そんなことはどうでもいい。何のようだ、と俺は聞いている」
「あ、そうですね。……さっきは、一緒にケーキを選んでくれてありがとうございます!」
「…………」
再び問いかけられたので、未来は軽く頭を下げつつお礼を言う。それを聞いた男性はしばらくその様子を眺めていたが、やがてため息を吐いて口を開く。
「……あの時も言ったが、手が空いていたから貸したまでだ。あの程度、礼を言われるまでもない」
「でも、私は嬉しかったんです。だから、お礼を言わせてください」
「…………いいだろう、受け取ってやる」
「はい!……あ、もうこんな時間なんだ」
そう微笑みながら言うと、男性は居心地が悪そうな表情で渋々と言ったようで感謝を受け取った。するとどこからか音楽が聞こえてきて、未来はそれが午後6時になるチャイムだということを思い出す。
「では、私はそろそろ帰りますね。……サキさん?」
「――――これは」
未来はもう帰ろうと思い、男性に声をかける。しかし男性の視線は彼女ではなく、ある一点を集中して見ていた。彼女がそれに気づいて同じ方向を見るも、そこには壁しかない。
「あの……?」
「……俺は行く。今日はさっさと帰れ」
「え?」
そう言った男性は、未来の返事を聞く前にさっさと路地裏から出ていってしまった。そしてその後を追って彼女も出るも、すでに男性の姿は見えなくなっていた。
『わかっている、自分に課せられたことくらいは』
鎧の力で空をかける、今日こそ自分の目的を果たすために。今度こそ、フィーネの期待に応えるために。
『あたしの方がアイツよりも優秀だってことを見せてやる。……あたし以外に力を持つ奴は、全部この手でぶちのめしてくれる! そいつがあたしの目的だからな!』
そう意志を示した時、彼女は何も言わず笑っていた。言葉だけでは足りない、結果を以って示して見せろ。彼女の眼は、確かにそう言っていた。
「どこだ、立花響……グラファイト!」
そう叫びつつ、右手に持った杖を振るう。そこから光線が迸り、着地点からは次々にノイズが発生していった。そしてノイズは散らばっていき、その脅威を発揮していく。
本当ならば、この杖も使うつもりはなかった。しかしフィーネはこの杖を受け取ろうとしなかったのだ。これを使わなければ勝てないほど、少女はシンフォギア奏者に対し遅れはとってないという自負がある。
――つまり、グラファイト相手にはノイズと共に挑まなければ勝てない。そう言外に伝えられているのだろう。
「くそ、くそっ……!」
苛立ちを抑えきれぬまま、着地して周囲を探索する。既に自分の存在を察知しているのだろう、辺りに人間の気配は感じ取れない。一般人を巻き込む気はない少女にとって、逆にそれは都合がよかった。
「こうなったら、ここら一帯全部ぶっ壊して――――!!」
「心の熱を抑えきれん、か。……未熟が過ぎるぞ、ネフシュタン!」
「ッ!」
聞き覚えのある声が聞こえ、少女は素早くその方向に向きながら攻撃を受け止める。
「まずはお前からだ、グラファ、イ……ト?」
そしてその名を呼びながら反撃しようとした。しかしそれを言い切るころには、彼女の表情は困惑で満ちていた。
「……なんだ、その姿は?」
「…………」
「鎧を付けず、生身だと……? あたしを舐めてんのか!?」
少女の問いに対し、その存在――グラファイトは何も答えない。しかしそれが彼女の逆鱗に触れ、その沸点がピークに達する。
それもそのはず、グラファイトはいつもの龍鎧を纏った姿ではなかったのだ。フィーネからの情報により、人間の姿もあることは少女も知っていた。しかし彼は必ず、戦う時にはあの姿に変わっていたのだ。
――この様子はまるで、自分は戦う敵とすら見られていないようで。
「なんか言えっての!」
「……耳障りだな」
「あぁ?」
「ふん!」
グラファイトの言葉に対し、少女は更に問い詰める。しかし彼はそれに答えず、両腕に力を込めて互いを吹き飛ばす。本来なら完全聖遺物であるネフシュタンが出力負けするはずはないのだが、激高してコントロールがおろそかになっていた少女は思わず距離をとってしまう。
そして衝撃で後方に跳んだグラファイトは、静かに着地する。そして少女をにらみつけたまま、両こぶしを握って構えをとる。
「俺を舐めるなよ、ネフシュタン。貴様は俺の敵だ、潰すときは全力でやる。故に、この姿なのだ」
「……なんだ、と!?」
「この場で次に至ってもいいが……その権利を得たのは二課の者たちだ。貴様ではない」
「ッ、この!」
その言葉を聞き、少女は全力で鞭を振るう。波のようにうねりながら迫ったそれを、グラファイトは身体を傾けることでギリギリ回避した。
そのまま鞭は突き進んでいき、グラファイトの背後にある壁に突き刺さる。すぐさまそれを戻そうとしたが、それよりも早くグラファイトが少女に肉薄する。
身体をねじりつつ走り、その勢いを全て拳に込める。そして遂にグラファイトの射程に少女が入り、溜めた一撃を全力で放つ。それを少女は両腕をクロスさせることで受け止める。生身の攻撃だと言うのに、生まれた衝撃はすさまじいものだ。
「てめえ……!」
「そもそも、貴様は勘違いをしている。……この姿であろうと、今の貴様ならば遅れはとらん!」
「馬鹿な!?」
そう叫びつつ、グラファイトは拳を無理やり振り抜く。その衝撃を抑えきれず、少女はその姿勢のまま後方へ吹き飛ぶ。足が地についていたのですぐに止まることはできたが、それでも二メートル以上は飛ばされているだろう。
その様子を眺めながら、再びグラファイトは構えをとる。そして、姿勢を立て直した少女に対して口を開いた。
「ガングニールが来るまでの準備運動だ、かかってこい」
≪See you Next game……≫
※今回は特にありません。何かありましたら連絡していただけると幸いです。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
無銘さん、sevenblazespowerさん、瑛松さん、シップスさん、ウルト兎さん。感想ありがとうございました!
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