私は帰ってきたぞおおおぉぉぉ!!
案の定書き方を忘れ去ってしまったのは内緒()。
「うわ、本当に変わってねぇ」
とあるマンションの一室。そこにブロック状の粒子がどこからともなく集合し、奏が姿を現す。その顔は苦笑しており、今いる部屋の景色が自身の記憶と寸分たがわぬ事に半分驚き半分呆れているのだろう。
奏は自分が現れた場所――かつて使っていた部屋がほとんど当時から変わっていないことを確認する。当時のことを思い出して呟きつつ、窓のロックを外す。そしてベランダに出て、そこから飛び降りた。
「よっ……と」
「どうだ?」
「問題なし、多分いけるだろ」
この部屋は5階にあり、普通ならば飛び降りれば無事では済まない。だが大きな音を立てることもなく奏は着地し、その様子をクリスは特に気にせずに声をかける。
「んじゃ行くぞ、クリス」
「……わかった」
奏は返答しつつ、クリスに向かって両手を広げる。彼女は数瞬躊躇したが奏に近づき、全体重を預ける。所謂お姫様だっこの状態で奏は跳躍し、飛び降りた部屋のベランダに危なげなく着地した。
二人とも部屋に入り、クリスはソファに腰かけて息を吐く。4人がかりで挑んだノイズ戦は快勝だったのだが、彼女の身体は鉛のように動かなかった。
「あぁもう、つっかれた……」
それもそのはず、昨夜から現在に至る半日だけで様々なことがありすぎたのだ。
フィーネによる裏切り。グラファイトの叱責によるアイデンティティの崩壊。奏の優しさに触れたことによる本音の吐露と戦う理由の再構築。そして大量のノイズからの逃走と戦闘、ついでに纏わりつく響を剥がす作業。
立ち直ったとはいえ、彼女の身体……というより精神は疲弊しきっていた。二課の奏者と別れてからここにたどり着くまでの間、何度か舟をこぐほどに。
「フゥ……」
「ハハ、お疲れ様。……ほれ」
「ん?」
顔を向けると、奏が両手に1つずつ持つコップの内、片方をクリスに向けている。先ほどから台所で何かやっていたが、どうやらここに来る途中買っていた飲み物を温めていたみたいだ。
「ホットミルクだ、疲れた時にはこれってな」
「……ありがとう」
クリスがコップを受け取ったのを確認した奏は、隣に座ってコップの中身を飲む。それを横目に見ながらクリスも飲み始め、半分ほど飲んだところで確認もかねて質問を投げかけた。
「なぁ、本当にここは大丈夫なのか?」
「多分だけどな。あの言い方からして時々掃除に来てくれているみたいだけど、直近はここ数日だ」
埃一つないし、そう言いながら奏はリビングを見渡す。彼女がこの部屋の主ではなくなってから数年経っているのだが、全体的に綺麗な状態が維持されている。定期的に掃除されていることは明白だった。それは直近の掃除された日が近いことも同様で、次掃除に来るまでに期間が空いているという事だ。
「そんなわけで、数日間ならここで過ごせるだろ。で、今日はどうするんだ?」
「どうする、って言われてもなぁ……」
奏の問いに対し、クリスはコップ内の牛乳の表面に映る自分の顔を見ながら考え込む。
自分の戦う目的は、自分の居場所を守るため。すべて壊してしまう力でも、その矛先は居場所を壊そうとする者だけにする。それが雪音クリスの覚悟だ。
そして現状クリスの居場所を壊そうとしている存在、それは間違いなくフィーネと彼女の操るノイズだろう。そしてクリスは受け身の姿勢で動くつもりはさらさらなかった。
「フィーネの屋敷にもう一度向かって、アイツをぶっ飛ばす。……が、目標なんだけど」
「今すぐに向かうのか?」
「いや。今日は休んで、コンディションをバッチリにしてから行く」
「だな、私もそれが良いと思う」
奏も多少疲れているのだろう。グーッと両手を伸ばして身体をほぐしながら同意する。クリスだって多少の無茶なら今すぐにでも行きたかったが、今回の出来事は多少と言う範囲では収まり切りそうにない。だからこそこの選択を選ぶことができていた。
そこまで考えたところで、今までよりも大きな眠気がクリスを襲う。そろそろ限界が近いのだろう、昼寝にはちょうどいい時間帯だと彼女は鈍った思考で判断した。
「……とりあえず一回、寝る」
「おいおい、なんでここで寝ようとしてんだ。向こうにベッドがあるだろ?」
「どっちも同じだろ?……それにもう、限……界……」
一度瞼を閉じてしまったが最後。午前中、ノイズ逃走時に急降下した時のように、クリスの意識は暗闇に落ちていった。
「……おいおい、本当に寝ちまった」
ため息を吐きつつ、クリスの身体を抱き上げて運ぶ。相当疲れていたのだろう、ベッドに寝かせても起きる様子は微塵も感じなかった。
「でもまあ、それはそれで都合がいいか」
そう呟きつつ、奏はリビングに戻ってソファに座る。そして置いてある自分用のコップを持ち、残っている飲み物――コーヒーを飲み干した。
(あいつと最後に別れてからもう何時間も経っている。……けど、相変わらず音沙汰はない)
グラファイトは意外と律義な性格で、長時間出払う際は連絡を入れるか、書置きを残している。そして買い物に行ったついでに一度拠点に戻ったみたのだが、その類のものはなかった。
ただ単にグラファイトが拠点に立ち寄らなかったという可能性もあるのだが、奏は先程から嫌な予感がしていた。
(グラファイトが襲撃したってのに、戦闘が一切なかった?……ありえねぇ)
先程の翼たちとの会話から、あの戦場以外で爆発やノイズの反応はなかったことは把握している。だからと言って、あのグラファイトが潜入して奇襲をするようにはとても見えない。
妙だ。奏が戦闘中に抱いていた疑問は、今はほぼ確信に変わっていた。
「罠……なのかはわかんねえけど。とにかくあいつに何かあったのは間違いないな」
しょうがない、クリスも寝たことだし様子を見に行こう。そう考えた奏は立ち上がり、意識を集中させる。今の彼女なら、場所を思い浮かべるだけで瞬間移動が――――
「…………あ、フィーネの拠点の場所聞いてねぇや」
――どうやら彼女が次の行動を起こすには、眠り姫が目覚める必要がありそうだ。
「だー、ヘマった……しょうがない。念のため、あれの準備だけでもしておくか」
頭の中でそう切り替え、今度は別の場所を思い浮かべる。すると奏の身体が崩れ、ブロック状の粒子となってその場から消えていった。
「あそこが休憩室。ノイズがいないときは結構人がいてよくおしゃべりするんだ」
「そうなんだ。……それにしても、学校の地下にこんな基地やシェルターがあるなんて」
「まさしく秘密基地って感じだよね!」
「フフ、そうだね」
基地内の廊下を歩く、響と未来。
了子による事情聴取も1時間前に終わり、未来はこれから外部協力者として二課に移植登録することとなった。それを聞いた響は嘘をつく必要がなくなると喜び、こうして二課の案内を買って出たのである。
「それで今度はあっち。あそこに……あっ!」
「どうしたの?……あ」
「翼さんだ。翼さーん!」
「む? あぁ、立花か」
「……すごい、本当に翼さんだ」
指を刺した方向から誰かが歩いてくるのが見え、その内1人が翼だとわかった響は手を振って彼女に駆け寄る。その声はすぐに届き、彼女もまた微笑を浮かべて手を軽く挙げた。
それを見た未来もついていく。しかし、超がつくほど有名人である翼と親友の響が普通に話しているのを見て、今朝がた響から聞き出した情報が本当であることを再確認する。まあ、どう考えてもあの時の響に嘘をつく余裕などないのだが。
そして翼は追いついた未来の姿も確認し、響に問いかけた。
「こちらは?……たしか、外部協力者の」
「えっと、こんにちは。小日向未来です」
「私の一番の親友です!」
「そうか。……立花はこういう性格ゆえ、色々と面倒をかけると思う。支えてやってくれ」
「え?」
翼の言葉を聞き、呆ける響。またその言葉をかけられた未来も内心驚いていたのだが、同時に察する事も出来た。
彼女もまた、響の最速で最短に一直線な性格を知っているのだと。
「……いえ、響は残念な子ですので。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
「え?」
「フフ……あぁ、承知した」
「はい、こちらこそ!」
「えぇ?」
そう言葉を返すと、翼は意味を受け取ったのか笑みが少し深くなる。その様子を見て未来も微笑み、間にいる響は突如通じ合った二人に混乱していた。
「えっと、どういうこと?」
「立花さんを介して、お二人が仲良くなったということですよ」
「そうなんですね!……あれ、なんかはぐらかされた気がする?」
「ウフフ」
わけもわからず放たれた呟きに対し、翼の隣にいた緒川が返す。それを聞いた響は笑顔を浮かべるが、その後疑問符を浮かべると共に顔を傾げる。その様子を見て未来は再び笑い、翼は声こそ出さないが笑顔を浮かべる。その様子を見た緒川もまた、別の意図があったが笑顔を浮かべていた。
3人ともほほえましそうなものを見る表情で居るのを見た響はなんだか気恥ずかしくなり、無理やり話題を変えにかかる。
「こ、こそばゆいですけど、こうして未来と一緒にいられるのは嬉しいです! これも師匠のおかげで……あれ、そういえば師匠は?」
「ああ、私たちもメディカルチェックの報告のために探しているのだが……」
「どうやら外出中らしく、戻ってくるまで休憩室で待機しようとしていたのです」
「そうなんですか。なら私たちも――「あらいいわね、ガールズトーク?」――了子さん?」
響の問いに対し翼が答え、緒川が続ける。それを知った響はついて行こうと提案しようとするが、背後から了子の声が聞こえたので中断して振り向く。そこには普段と同じ様子の了子と、普段とは違う様子の藤尭が立っていた。
「どこから突っ込むべきか迷いますが、とりあえず僕を無視しないでください。……そして藤尭君、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ、ないです……」
「しゃんとしなさい、男の子でしょ? もー、今日はちょっと専門的な分野に入っただけじゃない」
「了子さんにとってはちょっとでも、俺からしたらノーマルからベリーハードになったようなもんですよ。……ふぅ」
了子の呆れた声を聞いた藤尭は弱々しく返答し、自販機からコーヒーを購入する。そしてそれを一気に飲み干し、多少意識が戻ってきたようでひと息ついた。その様子を見た翼は、以前グラファイトの事を調べるために、彼がシンフォギアシステムについて了子に師事していたことを思い出す。
「藤尭さん、引き続きシンフォギアシステムについて学んでいるのですか?」
「……本当は、グラファイトの正体を突き止めた時点で終了の予定だったんだけどね」
「だって藤尭君、まだまだだけど今まで聞いてきた人たちの中で理解度がピカイチなんだもの。こうして私が特別講義をしても、喰らいつける程には」
「えっと……それはつまり、乗り掛かった舟には最後まで乗れと?」
「そゆこと♪ それに中々鋭い視点を持っているから、私にもいい刺激になるのよ」
教え甲斐があるわー、と了子は笑顔で話す。それを見た緒川と藤尭は苦笑いを浮かべるしかなく、響と翼はあの講義をマンツーマンでやっている藤尭に同情を覚えた。
「……と、話がそれたわね。それで何を話してたの? やっぱり恋バナかしら?」
「恋……いやいや、そんなんじゃないですよ! でも、了子さんもそういうの興味あるんですか?」
「モチのロン! 私の恋バナ百物語を聞いたら、もう夜は眠れなくなっちゃうわよ~?」
「うわー!」
「なんだか、怪談みたいですね……」
「ハァ……」
盛り上がっている響と了子を見て、未来は苦笑いを浮かべ、翼はため息をつく。基本的に響は彼女と同じノリなので、一度話が盛り上げると中々収まらないのだ。
「そうね、あれはもう遠い昔の話になっちゃうかしら……」
こんな前置きから始まり、了子は自身の恋バナを響に話していく。それを響は目をキラキラさせて聞き、未来もまた彼女が放つ大人の雰囲気を感じ取って聞き入っていた。これは長くなる、今までの経験からそう判断した翼も諦めて彼女の話に意識を傾ける。
そんな女性たちの様子を離れた場所から見ていた男性2人、彼らは彼女たちの意識がこちらに向いていないことを確認して目を合わせる。
「どうですか?」
「今のところ、7:3くらいですかね。決定的な証拠こそありませんが、近づきつつあります」
「そうですか。……米国政府から送られてきた兵は、おそらく明日動くでしょう。僕が監視し、対処します」
「お願いします。……どうにも、彼女たちに隠れて行動するのは居心地が悪いですね」
「……そうですね」
藤尭が少しだけ目を伏せ、呟く。それを聞いた緒川は眼鏡を外して、彼女たちの……正確には、1人だけの姿を瞳に映して呟いた。
「でも、やらなければならないんです。たとえそれが、残酷な真実を暴く事になってしまうとしても」
彼らは人知れず影で動く。光の存在に気づかれないよう、同じ影の者と戦うために。
そして、彼もまた次の一手を打ちだしていた。
「――わざわざ時間をとってもらい、申し訳ない」
「いや、構いませんよ。……それで風鳴さん、どうしたのですか? あなたがわざわざ私の会社まで来るなんて」
「えぇ、今日はいくつか聞きたいことがあってきました。特異災害対策機動部二課の司令として」
「二課の……?」
「はい」
「あなたが開発したゲーム【ドラゴナイトハンターZ】について、いくつか聞きたいことがあるんですよ。岩永社長」
(……あれから12時間が経過。未だにギャラルホルンには傷一つないか)
フィーネは自身の研究室で作業をしながら思考する。眼前に広がるスクリーンの内、その1つにはグラファイトが戦っている様子が映っている。
ギャラルホルンに向かって次々に迫りくるノイズを、的確に迎撃するグラファイト。少なくともこの防衛線が始まってから半日以上が経過しているはずだが、彼も温存しているのか動きのキレが衰えている様子はなかった。
(だが、これでグラファイトの一時的な無力化は成功だ。倒すことは叶わずとも、邪魔が入ることはなくなった)
しかしそれも、フィーネにとっては予想の範囲内。シミュレーションのレベルXは既に改造済みで、目標を達成するまでノイズを出現させ続ける設定にしているのだ。そして戦っている様子を観察する限り、今のところグラファイトに打開策はなさそうである。
それはつまり、フィーネの計画を実行するのに絶好の機会ということだ。
「だがそれも、時間を与えるほど覆される可能性が高くなる。……少々前倒しになるが、仕方がない」
明日、計画を最終フェイズに移行する。そう判断を下したフィーネは、最終調整のために機械を操作するスピードを引き上げた。
全ては、人類にかけられた呪いを解くために。
≪See you Next game……≫
※藤尭、勉強続行 →ある意味グラファイトが現れたことによるイレギュラー。時間が十分にあれば、彼女の助手として動けるまでに至ることができるだろう。
※社長 →OTONAの会話と苗字からどこの誰かは察して。ちなみに顔は全然違います。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
シップスさん、sevenblazespowerさん。感想ありがとうございました!
蓮兎さん、3821さん。評価ありがとうございます。
祝、総合評価1000突破!
本当にありがとうございます。4桁なんて夢のまた夢だと思っていたよ……()。