「……忘れ物は無し、と」
ベッドの上に並べてあるものを確認し終え、セレナは呟く。そしてそれらをキャリーケースに入れてゆき、それを持って部屋を出る。
キャリーケースの転がる音が廊下に響く。今の時間帯、子供たちは外で遊んでいるはずなので、とても静かだ。
そしてしばらく歩いていると、廊下の向こう側からマリアが歩いてくる。どこかへ行こうとしていたがセレナに気づき、彼女の元へ近づいていく。
「セレナ、おはよう」
「姉さん!」
おはよう、とセレナはマリアに挨拶を返す。それに対しマリアは微笑み、彼女の荷物を見た。
「……もうこの時期なのね。また1か月?」
「ううん、半月だけだよ。今回は主に調整だけらしいから」
「そう。気を付けてね、セレナ。……向こうの先生に迷惑かけちゃダメよ?」
「もう、姉さん!」
セレナの声にマリアはクスクス笑いながらじゃあねと言って、庭の方へ向かう。多分既にいる二人と合流して子供たちの面倒を見るつもりなのだろう。
「って、もうこんな時間。まだ余裕はあるけど……」
彼を待たせるわけにもいかないだろう。セレナはそう判断し、できるだけ急いで空港に向かうことにした。
「マム、こんにちは!」
「こんにちは、セレナ。忘れ物はありませんね?」
「うん、大丈夫だよ」
空港に到着したセレナは案内された部屋に入り、既に座っていたナスターシャに挨拶する。彼女は挨拶を返し、向かいのソファに座るよう促した。
それに従ってソファに座り、時計を見る。離陸予定時間まで30分、十分余裕を持って来れたと言えるだろう。
「彼はまだ来ていないようですね」
「ふぅー……あ、多分そこは気にしなくていいかな」
ナスターシャがふとこぼした言葉に対し、セレナは出されたココアを冷やしながら答える。苦笑しているセレナを見てしばし考えたナスターシャは、ある事に気づいてあぁ、と言葉を漏らした。
「……そう言うことですか。随分と、彼のことがわかるのですね」
「そんなことないよ。私が知っていることなんてあの人の表面、そのほんの一部なんだもん」
セレナは否定し、ココアをチビチビ飲む。
彼と何度か話せているだけでも十分だと思うのだけれど。そうナスターシャは思ったが、口にする必要はないと判断してコーヒーを飲む。
「そうだマム。今度のお土産は何がいい?」
思いだしたかのようにセレナはポンと両手を合わせ、ナスターシャに聞く。彼女にとって日本遠征は初めてではなく、何度かお土産を持って帰った。しかし珍しくとも何度も同じ物を持って帰ったら飽きられてしまうだろう。
そこで今回はみんなにリクエストを聞いてきたのだが、彼女だけはまだだったのだ。ちなみにそのリクエストを抜粋すると以下のとおり。
『そうね、携帯できる将棋セットとかがあると嬉しいわ』
『おせんべいが欲しいデース!』
『缶詰、保存のきく食べ物は大事』
『『『おもちゃ!!』』』
「……なるほど、でしたら醤油を。やはり本場の物が一番おいしいですからね」
「うん。まかせて!……マム、本当に醤油が好きなんだね」
「もちろん。醤油こそ最高の調味料ですよ」
ナスターシャの答えを聞き、セレナはそれを承諾する。そして彼女が本当に醤油が好きなのを再確認し、向こうで会う人に美味しい醤油について聞いてみようかなと考える。
そしてふと時計を見ると、予定時刻まで15分になっていた。そろそろ出ようかとセレナはキャリーバッグを持ち、席を立つ。
それを見たナスターシャは彼女の前に立ち、USBメモリを差し出した。
「これは?」
「向こうであの方に会ったら、これを渡してください。概要は先に送ってありますが、おそらく彼女は詳細を欲するでしょうし」
「あー、確かに……」
セレナは苦笑いしつつ受け取り、バッグの中にしまう。そして部屋の出口に向かって歩きだし、その手前で振り向く。
「じゃあマム、行ってきます!」
「いってらっしゃい。良い旅を」
笑顔で手を振ったのち、彼女は飛行場へ向かって部屋を出た。部屋はナスターシャ1人だけになり、彼女は残っていたコーヒーをすべて飲み干す。
「……私も行きますか。まず無謀な難易度を作成したウェルキンゲトリクス博士を問い詰めなければ」
「来たか」
「はい。……やっぱり直接乗っていたんですね」
「……ふん」
「そろそろ時間です、準備は良いですか?」
「あぁ」
『定刻となりました。システム、自動モードで起動します』
電子音声が響き、二人が乗る小型飛行機が動き出す。
滑走路の上を走るそれは徐々に加速していき、地上を離れて空中へ。高度はどんどん上がっていき、遂に雲を突き抜けて青空が顔を出す。
「わぁ、やっぱり綺麗……!」
「…………」
『軌道が安定しました。これより10時間、席を離れることができます』
セレナは目を輝かせながら外の景色に感嘆の声を漏らす。そしてグラファイトは無言だが、静かに青空に見入っていた。
そして時間は過ぎていき――――
「……ようやく、戻ってこれたか」
朝に出た飛行機がその地に着いたのは、すでに日が暮れた時間帯。徐々に高度を落としていき、飛行機が雲の下に出る。そして窓から見える夜景を見ながら、グラファイトは静かに呟いた。
あと10分もしないうちに、この飛行機は地に着くだろう。それを確信し、ふと反対側の席を見る。
「……ん、すぅ…………」
「…………はぁ」
そこに座っていたセレナは、すやすやと眠っていた。朝早くから準備していたのだろうか、昼を過ぎたあたりで彼女は眠りだし、結局今まで寝続けていた。
そうこうしているうちに飛行機は着地し、速度が抑えられていく。それを確認したグラファイトは席から立ち、眠っているセレナの肩を乱暴に揺らす。
「おい、起きろ!」
「…………ふぁい?」
「もう目的地だ。……世話になったな」
「え?……あ、ちょっと待ってください!」
さっさと飛行機から降りるため歩くグラファイト。それを見て目が覚めたのか、セレナも急いで飛行機から降りる。
「もう、行っちゃうんですね」
「……あぁ」
滑走路の上で並んで歩く二人。セレナは少し寂しそうに確認し、グラファイトは淡々とそれに答える。
「そうですか。目標が達成できるといいですね」
「……そうだな」
グラファイトは短く答え、ただ前を見ている。その横顔を見ながら、セレナは色々な話を彼に振っていく。
日本の美味しい物や観光名所、研究所であった出来事やレベルXの製作者についての話題。いろいろなことをセレナが話し、グラファイトは前を歩きつつ静かにそれを聞いていた。
そしてしばらく歩き、滑走路から出る手前まで行く。そこでグラファイトは立ち止まり、振り返って静かにセレナを見る。その様子に彼女は少し戸惑ったが、同じようにじっと彼を見た。
しばらくそれが続き、ふとグラファイトが別の方向を見る。同じ方向をセレナも見ると、その方向から車が走ってくる音が聞こえていた。
「……時間だ。今度こそ世話になったな」
「はい。……グラファイトさん!」
セレナと距離をとるグラファイト。彼がもうすぐいなくなることを感じたセレナは、最後に言いたいことを伝えるため、大声で呼びかける。
「あの、改めてありがとうございました! あなたのおかげで、私は今ここにいます」
「…………」
「そして、さようなら。あなたの目的が叶うことを、私も願っています」
「…………あぁ」
その返事を切っ掛けに、彼の身体が崩れ去っていく。その様子をジッとセレナは見守る。
たった1週間。その中でも彼と話せたのは両手で数えられる程だが、それでもセレナにとって大切な思い出となっていた。そんな相手と、もう会うことはもうないかもしれない。そう思うと何かがこみ上げてきそうになるが、彼女はそれはしまいと必死でこらえていた。
そしてグラファイトの身体が消えていき、その場からいなくなる直前。彼は静かに口を開いた。
「さらばだ、セレナ」
「っ!」
初めて呼んでくれた名前。それを聞いてセレナは何か言おうとするが、その場には既に誰もいなかった。彼女一人だけとなり、立ち尽くしていたところに件の車が近寄ってくる。
そしてドアが開き、1人の女性がセレナに駆け寄っていく。
「ごめーん、セレナちゃん。遅くなっちゃって……あら?」
「……いえ、大丈夫ですよ。行きましょう、櫻井先生」
「もー、了子さんで良いのよ?……そ・れ・よ・り・も」
「?」
「しばらく見ない間に、随分女の子になったわねー! 何があったの、やっぱり恋?」
「いいえ、違いますよ」
「またまたそんなー……って、ありゃりゃ。もう時間が押しちゃってるし、話の続きは車の中でしましょうか?」
「はい。今回もよろしくお願いします、了子さん」
「まっかせーなさーい!」
そして二人は車に乗り、飛行場を離れていった。
≪See you Next game……≫
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