東方夢現世   作:雑草みたいな何か

1 / 5
東方Project原作の二次創作になります。
本当ごく稀に残酷な描写などが入るかもしれませんので、そういったものが気になる方は、心して読んで頂くかバックを推奨します。


1.再開

――目が覚めた。

ざわざわと鳴り合う葉の音が、俺を笑っているかのような不快感を投げ掛けてくる。

暗い暗い森の中。

月明かりが真上から微かに視界を彩り、薄くぬかるむ地面が俺の居場所を教えてくれた。何処かは分からない、ただ森の中に俺は居る。しかも夜も深まり始めた頃合いだろう。

 

「なんで、こんな所に…?いや、それより……」

 

――俺は、誰だ?

 

 目が覚めてから一体どれだけ経ったのだろうか。自分の事も思い出せず、とにかく山を降ろうと一心不乱に歩き続けた。その道中に俺自身について考え、いくつかの事が分かった。それを指折り確認しながら山を降る。

 

「まず一つ。分からないのは自分の経緯だけ。言葉も物の名前もきっと分かる。」

 

ここが『山』であることも分かったし、『月』も『葉っぱ』も分かる。それにこうやって色々と考えたりも出来る。

 

「そして二つ。多分俺は日頃から運動だとかをしっかりしていた。」

 

月がある程度傾いてくるまで歩き続けているが、これといって疲労は感じない。運動をしていたか、そもそも山道に慣れているのか。どちらにしても今それが役に立ってる事に変わりないからいいや。

 

「んで三つ。俺は賢くないらしい。月の傾きとか星だとかで時間やら方角やらが分かるみたいな話は聞いたけど…。」

 

清々しいくらいに分からない。そもそも星座の形も位置も分からない俺にどうしろっていうんだ。

 思った以上の状況の悪さにため息が漏れる。というかそれだけじゃ気持ちが収まらない。なんで俺がこんな目に遭っているんだ。

 

「俺が何か悪いことでもしたっていうのかァ!!ふっざけんなーー!!」

 

心の限りを声にして叫ぶ。思ったよりスッキリした。

ってアレ?もしかしたら今の声を聞いて誰か気付いて助けに来てくれたりするんじゃない?もしかして俺って天才?

 

「いやぁ、知識なんてなくても頭のキレがあれば良いみたいn「オオォォォ……!!」」

 

なんか聞こえた。

明らかに人じゃない何かの鳴き声みたいなん。

今まさに食い殺しに行ってやるぞって感じの獣の雄叫びが。

 

「いやいやいくら山の中とはいえ、今のご時世そんな野生の獣なんて」

「グルルォァッ…!!」

「近付いて来てるゥ!?」

 

クラウチングの構えなんて取る余裕もなく全速力で駆け出す。

 

「まずいまずいまずいまずいッ!!」

 

今の鳴き声狼だもの!

近付いて来てるってことは匂いを嗅ぎ付けられたってこと!

身を隠すんじゃばれる。

山から抜け出さないと…!

 

ガッサガッサ、ばったばった。

木葉や小枝をへし折りながら、死がだんだんと近付いてくる。追い付かれれば確実に喰われ、殺される。それは、絶対に嫌だ。

 

そんな俺の思いとは相反し、獣は着々と距離を詰めてくる。このまま普通に走っていれば追い付かれる。死にたくないなら考えないと。

 

 木の上に登ってやり過ごす。

駄目だ。最初はやり過ごせても仲間を呼ばれれば、囲まれて引きずり下ろされる。

 手頃な武器を拾って向かい打つ。

幸運にも走りながら、良さげな枝を拾い上げ適当に木に打ち付ける。ガン。強度も十分だ。

とはいえ俺の身体能力で応戦出来るか?こんな森の中で。絶対に無理だ、向かい打つならせめてもっと視界が開けていないと。

 逆の発想で山を登ってみる。

これはねえな。登ったって人が居るとは思えない、それに体力を無駄にするだけだ。

 

どうする、考えを巡らせても妙案は浮かばない。さらに追い討ちをかけるように獣ももう真後ろにまで迫っている、気配を感じる!

 

「グルォッ!!」

「ッ、でかっ!?」

 

 俺の気配察知は正しかったようで、後ろの藪から一匹の狼が飛び出す。ただそれは狼と呼ぶにはあまりに大きく、俺の2倍はありそうな大きさだ。

考えている暇はくれないようで、一声唸ると、それは俺に飛び掛かってきた。動きを見切る、ような事は俺には出来ないようで、とにかくがむしゃらに右前方へ飛び出す。

 

「避けたっ…、ぁ?」

 

確かに爪の一撃を避わした。はずなのに、なんでか俺は宙に浮いている。いや、視界がこんなにも速く流れているって事は…。

瞬間視界が暗転した。

次に全身に衝撃が走る。ゴロゴロと地面を転がっているのも、感じた。小刻みに、体中をぶつける痛みから。

音が聞こえない。視界も酷く歪んで、ぼやけている。

 ただ、前に居る、強大な獣だけはハッキリと。はっきりと脳に伝えられた。体が震え、涙が、嗚咽が、込み上げてくる。

 

「死にたく…ない…、」

 

その獣から身を翻して這いずって逃げる。

どこかの骨が折れているのか、上手く体が動かない。それを嘲笑うように、狼、魔狼は、ゆっくりゆっくりと足を進める。

 

「い、やだ…、まだ…」

「死にたく、ない……!」

 

今の顔を、姿を親が見たらきっと泣きわめくだろう。そんな風に格好悪く這いずり続ける。

ドス……、ドス……。

ゆっくりと迫る足音を背後に、ひたすら這いずり続ける。涙で、痛みで、前は見えていない。それでも、とにかく逃げ続ける。

 

ただ、死にたくない。

自分のことも分からないまま、死にたくない。

ここでまだ、誰とも会っていない。

誰にも知られないまま、死にたくない。

俺は、生きたい。

 

その一心で前に進み続けるが、ふと手から感覚が消えた。違う、手から消えたんじゃなく、地面が無くなった。

 

「こんなときに…崖…」

 

ぼやけた視界でも、底が見える。頭から落ちれば死ぬかも知れないが、そう高くない。ただ、痛いでは済まない。でも――。

 

「迷ってる時間なんざ、ねえ!」

 

横に回るように、崖に身を投じた。空を見上げた視界では、魔狼が崖の上。さっきまで俺が居た位置に爪を突き立てていたのが見える。

 

「ハッ、ざまあみろッ…」

 

悪態を吐き、崖から飛び出た岩に横腹を強打される。そのまま横に飛び、再び全身に衝撃が襲った。

 

 今度は視界が歪むだけでは済まない。脇腹の痛みでまともに息が吸えないせいか、目の前がチカチカと点滅し、それに応じてだんだんと暗くなってくる。

 

「このまま死んじまったり…なんてな…ハハッ、笑えねえ…。」

 

横に向いていた体をどうにか仰向けにして、空を見上げた。いつの間にか星は姿を隠し、月も明るさを失い始めている。そしてさっきまでの月と競うみたいに、空が白んできていて――。

生き延びた、そう安心した矢先。

安寧などないと告げるように、魔狼が崖から降り立った。

 

「冗談、だろ…。」

 

もう体は動かない。

ここまでやってもダメだった。そんな諦めもあってか、もう幾分も恐怖は薄れた。ドスドスと近付いてくる魔狼をうっすら眺めながら、それでもやっぱり涙は止まらなかった。

 もし神様がいるんだとすれば、めちゃくちゃ残酷じゃねえか。歯を食い縛り、涙を飲みながら目を閉じる。

魔狼の足音も止んだ。

来るべき衝撃に備え、体を震わせる。

 

「ギャウンッ!?」

 

 俺の耳に届いたのは、肉の裂ける音でも、骨を砕く音でもなかった。魔狼の叫び。それも、痛みに悶えるような、苦しみの叫びだ。

 

 ゆっくりと瞼を持ち上げる。相変わらず暗い視界に、赤っぽいスカートがひらめくのが写った。それはお札を魔狼に投げつけている、巫女?のような少女で。あの巨大な魔狼を、ただそれだけで退けている。ぼんやりと、耳に少女の声が届いた。

 

「ちょっとアンタぁ?夜中に森の中で叫んで暴れ回ってたの。そのせいで私起こされちゃったの、夜もしかも丑三つ時が終わろうかって位の時間に!」

 

あの魔狼を相手に取りながら、そんなちっぽけな文句を並べてきた。正直に言う。意味が分からねえ。少なくとも今言うことじゃねえ。

 

「しかも人ん家の境内にこんなのまで連れてきて、どう責任を取るつもりよ!ちょっと聞いてんの!?」

 

俺に向きながら文句を続ける少女。その一瞬の隙を魔狼は逃さない。今までに見たこともないような速さで、少女に牙を剥く。

 

「避け…、」

 

俺が警告を飛ばすよりも速く、少女は消えた。

ぶれたとかじゃなく本当に消えた。そして魔狼を横から蹴り飛ばし、ドスンと何処かにぶつかった音が微かに耳に届く。俺が唖然としていると、少女は何事も無かったかのようにスカートの裾を叩いた。

 

「それで、どう責任を取るつもりなの?」

 

少女は明らかに怒っているが、俺は魔狼から助かったっていう安心感に、ぷつっと自分を繋いでいた何かが切れた。薄暗かった視界は一気に黒く染まり、聴覚もシャットアウトを始める。

 

「ちょっと!こんな所で寝ないでよ!あぁ、狼も逃げちゃったし…もう!今日は本当に厄日…………、」

ここで完全に意識を手放した。




読んで頂きありがとうございます。
のんびり投稿していきますので、気長にお待ち下さいませ。また気になること等あれば、お構い無くビシバシとお願いします!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。