――目が覚めた。
涼しい風が、山独特の土の匂いを俺に届けた。その自然の香りと、自分が寝転がっている畳の臭いが、快く意識を覚醒させていく。
ゆっくりと、目を開いた。
目の前には木造の天井、手触りや臭いから床は畳。視線を振ると、障子に襖、木棚にだるまと和風屋敷を連想させるようなものばかり。
「まぁ屋敷って言うには小せえけどな――」
「悪かったわね小さくて。」
突然背後の襖が開き、怒りマークを浮かべた巫女が現れた。その姿を見て、記憶が巻き戻されるかのように蘇る。
山の中、魔狼に追われ、死にかけて、崖から落ちた。そうして突然現れた、魔狼を一人で相手にし撃退した、赤い巫女の少女。
フラッシュバックが如く頭に浮かんだ映像から、目を見開いて巫女を見つめる。細く健康的な肢体に、ひらりひらりと舞うスカート。怒りを顕にしても決して崩れない端麗な顔立ちに、リボンで結ばれた綺麗な黒髪。
「めっちゃかわいいなお前。」
「何を寝ぼけてん、のよ!」
素直に感想を告げると途端に回し蹴りを放たれた。世の中は理不尽だ。そして振り上げられる脚と共に舞い上がるスカート…。ギリギリ…見えない!
巫女の少女に蹴り飛ばされ、縁側でなんとか受け身。四つん這いの形になって声を限りに叫んだ。
「くそっ、なんで武道を学んでないんだ俺は…!!」
「本当に訳分かんないわねアンタ…。」
お怒り状態だった巫女も困惑している。効果は抜群だ!なんてやってる場合じゃなかった。ガンガンと痛みの響く後ろ頭をさすりながら起き上がる。
「いっつつ…。まあアレだ。助けて貰った訳だからお礼が言いたいんだが良いか?」
「お礼…?ああそうね、お礼ね。」
ありがとう、と俺が言葉にするのをピシッと止める巫女。どうしたんだ、ってこいつの目の中に金のマークが見える気が…。まさかな、巫女ともあろうものがまさかな…。
「感謝の言葉とか、気持ちというのは伝えても上手く相手に伝わらないこともあると思うの。だけどね、形あるものなら、感謝の気持ちもしっかりと伝わるって私は思うわ。」
おうこれダメな奴だ。
「…お金か?」
「私からそうとは言えないけど!それなら誰にだって大きさも価値も分かるかもね!」
確かに命を救われた訳だからお礼はしたいと思ってた。だけど…、これはねえだろ。つーか俺って金とか持ってるのか?
巫女の様子からも少し不安になって、懐に手を突っ込む。そういえば、別段不思議に思わなかったけど、俺が着てるのも和服だったんだな。
「っと、なんかあった。」
懐から出てきたのは手のひらサイズの麻袋。ずっしりと重い、この中にお金が詰まっていたりな…とか流石にないか。一人芝居のように思いながら袋を開く。
「…あれ?」
「どうしたのよ?まさか無いとか言わないわよね?」
巫女から剣呑なオーラが溢れ出す。それを感じてゾッとしたんだが、それ以上にゾッとするのが麻袋の中身だ。
…本当にお金が詰まってやがった。
大判が少し、小判が沢山。その中に小銭も見て取れる。少なくともこれだけあればきっと生きていける。というか、こんな重たいものなんで気が付かなかったのだろうか。
とにかく数枚ある大判のうち二枚を手に取り、一枚を隠すようにして巫女に見せる。
「それ、大判…!?」
「とりあえず助けて貰ったお礼はこれでどうよ?」
どや顔と一緒にバーンと大判を見せつける。円に直せば云十万、銭に直すと大体その100倍。時代に価値の差はあれ、もの凄く高価なはずだ。あとはこの巫女がどう出るかだけど。
「良いじゃない!やっぱり人助けってこうでなくっちゃ!」
手放しで喜んでる。めっちゃちょろい。
それですぐにでも大判を奪わんとする巫女を手のひらで制する。空腹の狼のような目で睨んできててコワイんだが。それに怯えながらもなんとかもうひとつ要求があることを伝える。
「えぇと、もうひとつ頼みたいことがあるんだ。」
「頼みたいことぉ~?」
「そう嫌そうな顔すんなって…ほら、お礼は弾む。」
心底嫌そうな顔を浮かべた巫女に、満を持して隠してあったもう一方の大判を出す。それでやはりというかなんというか。巫女の目の色が変わった。
「しっかたないわね!困っている人が居れば、博麗の巫女として助けずにはいられないわ!」
「清々しいくらい欲望に忠実だなお前…。」
「それで、お願いって何よ?」
「あぁ。あんな化け物に襲われた後だからさ。100%じゃなくても良いから、安全な場所か、人が居る場所に連れて行って欲しい。」
近くに他の人の気配が感じられないこの状況。流石に一人で村だか街だかを探しに行きたくはない。それにここが何なのかとか知りたいし、それなら人が多い所で情報を集めた方が良いと思った。
「そのくらいなら全然良いわ。人里までの道は比較的安全だけど、それでも昨日みたいな妖怪が最近は出るみたいだしね。」
「ほぁ~…、ここって危ねえんだな。」
そこでふと思いつき、巫女に尋ねる。
「ところでさっき博麗の巫女とか言ってたけど、お前の名前は?」
「そういえば名乗ってなかったわね。私はこの博麗神社で巫女をしている
「俺は…、えーっと…。」
霊夢の自己紹介に返そうと、名乗ろうとして言い淀む。結局のところここに至るまで名前を思い出せてないのだ。困って頬をかきながら言葉を濁すと、霊夢が訝しげな表情を見せる。
「どうしたのよ?」
「んや~、実は名前とか覚えてなくってさ…。記憶ソーシツ?みたいなもんで。」
「…名前も何も思い出せないの?」
一応親身になる風に声を掛けてくれてるけど、ものすごく面倒くさそうな顔してますよ霊夢さん。厄介なのは分かるけどもう少し隠して欲しい。そんな苦笑いを浮かべながらもどうにか思い出せないもんかと頭を捻る。
「名前…、名前~……あっ。」
頭の中に短い単語がぱぁっと浮かぶ。それは誰か、女の子の声と一緒に浮かんできた。だが、
「何か思い出した?」
俺の言葉にすぐ反応した霊夢に考えを遮られた。すると女の子の声は逃げるように再び沈んで、記憶の水面に波紋を残すこともなく消えていった。そこに残ったのは、自分の名前を思わしき、ひとつの単語だけ。
「…ソウ。俺のことはソウって呼んでくれ。」
「ソウ?それがアンタの名前なの?」
「分からねえ。だけど、誰かにそう呼ばれていた気がするんだ。」
霊夢はへぇ~とあまり興味なさそうに流し、俺の手から大判を回収する。そしてひょいっと縁側から庭に降り立った。ととっと少し歩くと、スカートを揺らしながらこちらへ振り返り、快活な笑顔を向けてくる。
「ま、とにかく今は人里に行きましょ。
「そんじゃ、質問とかは道中にさせて貰うってことで。」
俺も霊夢と同じように縁側から降りると、ぐっと背伸びをする。庭には高くなろうとする太陽が燦々と降り注いでいた。それが心地よく俺たちを照らす。それを目を細めて感じていると、霊夢が急かすように声を掛けてきた。
「ほら、行くわよ。あまり離れないように着いてきて。」
でもアンタって空飛べないからやっぱり不便よねぇ、と続ける巫女。
ちょっとまて霊夢って飛べるのか。なんだここ。昨日の化け物もあるし、俺はファンタジーか何かにでも迷い込んだのかもしれない。驚愕している俺に不思議そうにしながらも、先を行く霊夢は急かし続ける。そんな霊夢に続き急ぎ足で境内を抜け、鳥居をくぐると階段を下り始めた。
その時、上からふと視線を感じた。鳥居の上、今は何もないそこに、確かに何かの気配を感じたはずなんだが。
「気のせい、か…。」
「ちょっとどうしたのよ?ってあら…?」
「ん?」
鳥居を見上げていた俺を、不思議そうな顔で眺める霊夢。どうしたと俺が向かい合うと、霊夢はやっぱり不思議そうにしながら口を開く。
「ソウ…だったわね。何処かで会ったことがある気がするんだけど…、ダメね思い出せないわ。」
ほら行くわよと再び背を向ける霊夢に、はてなマークを浮かべながらとことこ着いていく。今の霊夢の反応から、もしかしたら記憶を無くす前の俺はこの世界の住人だったのかも知れない。
ってそういえば、霊夢にもここの事とか色々聞いとかねえと。鳥居で感じた気配についてなんてさっぱり忘れて、霊夢の側に駆け寄ると話しがてら人里へと向かった。
ソウの質問攻めに、霊夢もソウ自身も気が付けない。茂みから二人を見つめる暗い瞳があることに。ソレは、二人が妖怪獣道を抜けるまで、ただただじっと見つめ続けていた。
読んで頂きありがとうございます。伏線回と呼ばれるものでしょうか。あまり進展はありませんでしたが、次回は人里でのお話です。
重ねてになりますが、読んで頂きありがとうございました。次回も読んで下されば幸いです。