霊夢に話を聞き、ここがまず幻想郷と呼ばれる場所であること。そして幻想郷には人以外にも妖怪やら幽霊やらといったものが普通に居ることや、魔法が使えたり、弾幕ごっこなる遊びがあったりとものすっごいファンタジーなのが分かった。
普通に考えればよく分からねえはずなんだけど、ストンと頭の中で落ち着いたあたり俺がここの住人だった説が強くなってきたな。
「でも、外来人っていうのが居るのよ。」
俺がそう思っていると霊夢が告げる。外来人というのは幻想郷の外の世界から、幻想郷の中へと迷い込んだ人間のことらしい。そして服装は違うけど、話し方だとかから霊夢は最初、俺もその外来人なんじゃないかと思っていたらしい。記憶がないから分からねえけど。
そして、力の強い妖怪や霊夢のような一部の人は能力と呼ばれる特別な力があるらしい。例えるなら、霊夢は空が飛べるとのことだ。まさかぁと思ったら本当に飛べた。
「それで、もうすぐで着く人里にもこんな感じの能力持ちが居るわ。」
「うへぁ…、ちなみぃどんな能力なん?」
「相手の歴史が分かるとか、そんな感じの能力ね。」
「それって相手が何してきたのか、とかそういうのが分かるってことか?」
そうなるとなんで俺の記憶がないのか、とかそういうのも分かるってことじゃね?ってことは、今の俺の問題もほとんど解決出来るんじゃあ。そこでふと、さっき霊夢が言っていた人の名前を思い出した。
「それがさっき言ってた慧音って人?」
「そ。慧音ならアンタのことも分かるでしょうし、人里を仕切ってるから住むところもなんとかしてくれると思うわ。」
「めっちゃ頼もしいなおい。」
「ただ、人里って今はちょっとピリピリしてるのよね。」
だからちょっと気を付けた方が良いかもと唐突に言い始める霊夢。よく分からねえんだけど、言ってる雰囲気から案外重要な話みたいだ。少し気になったし、どうやら俺にも関係する話みたいだから尋ねる。
「ピリピリしてるって何かあったのか?」
「あった、というか今も続いてるわ。異変って言うんだけど、時々
そういうと、能力で飛んでいた体をひょいっと地面に戻し歩く。やっぱり軽い話じゃないようだ。
「人里の近くで正体の分からない妖怪が出るようになって、それから里近くの妖怪が狂暴化したらしいわ。」
「それが、異変?」
「今回はね。でも今までと少し様子が違うの。」
「様子が違うってのは、どんな風に?」
俺の質問に霊夢は顎に手を当てて考える。そうねぇと少し唸って、それから歯切れ悪くも口を開いた。
「今までの異変だと、ちゃんとした目的だとか、それぞれがやりたいことをやってるって感じだったんだけど…。今回出た謎の妖怪は、何がしたいのか分からないっていうかなんていうか…」
「無差別にその、狂暴化みたいのをさせて回ってる?」
「うーん、多分そんな感じね。」
霊夢は納得のいく答えは出せなかったようで少し気持ち悪そうにしていたけど、まあとにかくと気分を切り替えるように話を戻した。
「そんなよく分からない異変だから、きっとアンタみたいに素性も何もよく分からないっていうのは、良くないと思うの。」
「確かに、俺だったらそんな不気味なもん近付けたくねーわ。」
「だから、人里に入ったら私にちゃんと着いてきて大人しくしてなさいよ?面倒事はごめんだもの。」
手をひらひらとさせながら霊夢は呟く。その表情にどこか、暗い感情が感じられた。それに気を利かせて黙ってようか、なんて一瞬思ったけどダメ出しダメだ。好奇心には勝てない。
「なんか、そーいう面倒事でも前にあったのか?」
「まあ、ちょっとね。」
「気になるから教えて欲しいんだけど。」
「グイグイ来るわね…、ん~大した事じゃないから良いんだけど…。」
どうにも言葉を濁す霊夢に、今度はストレートに聞き直す。そんな俺の様子に霊夢は呆れながらも、最後は教えてくれる様で重い口をゆっくり開いた。
話をまとめると。
今の異変が始まってすぐ、人里の子供が行方不明になってしまった。慧音はそれの捜索を博麗の巫女、霊夢に頼みそれを霊夢は引き受けた。
狂暴化した妖怪達に苦戦しながらもどうにかその子供を見つけた霊夢。ただそれは最高の形とはいかなかった様で。子供は妖怪に腕を食いちぎられた状態で、既に意識はなく、里の近くにある竹林の医者によって一命は取り留めた。だが腕はもうどうしようもなかった。
これまでの異変では、困ることはあってもこんな風に命を脅かされる事例はほとんど無かったらしい。要するに平和ボケしているところに、急激な一撃が加えられた形になって。人里の人間達はそのやるせない怒りも悔しさも全部、五体満足で助けられなかったからと霊夢にぶつけてしまった。
「…随分と自分勝手な話だな。」
話を聞いた俺が不機嫌そうに答えると霊夢もそれに強く頷いた。
「本当にそうよ!私だって危ない目に遭って、それでようやく助けたっていうのに。」
怒りの表情で言っていた霊夢だが最後に小さく、だけどね…と続ける。
「…全く責任を感じない訳じゃないから、厄介な話よね。」
「そう、か…。」
この話の初めに見せた、暗い感情が霊夢の瞳を濁らせていく。それを振り払うかのように、顔を明るくした霊夢は進行方向を指して話を変える。
「ほら、人里に着いたわよ!今言ったみたいな面倒事に巻き込まれたくないなら、私から離れないで大人しくしてなさい。」
「…おう!エスコートお願いするぜぃ!」
元気に返事をしながらも、俺は霊夢の言葉に従うつもりなんて無かった。
どうにかしないと人里も霊夢も、崩れて壊れてしまう。それを、
人里に着くとまず初めに伝わってくるのは重い空気。広場や建ち並ぶ家屋達から、賑やかな里の風景は連想出来る。ただ今目の前に広がっているものは閑散とした、静かな通りだけだった。そこを霊夢はさっさと抜けて行く。
「てっきり絡まれるかと思ってたけど、人…出て来てねぇな。」
「出てないだけでしっかり見てるわよ。窓とかからね。」
霊夢に言われ辺りを見渡すと、確かに。あちらこちらの物陰や隙間から視線を感じる。それもあまり心地良いものではない視線だ。
「確かに歓迎ムードじゃなさそうだ…。」
「気にしたってしょうがないわ。」
俺が周りの視線に早くも怖じけづいていると、あっけらかんとした態度で霊夢が一掃する。俺としては今すぐにも逃げ出したい位なのに、こうも堂々と出来るなんて凄いと思う。
だが。
やはり暗い表情の霊夢が脳裏にちらつく。
「強がり、なんだよな…。」
ドンドン先に進む霊夢の背中を眺めながら、誰にも聞こえない位の声で呟いた。霊夢の姿は、強く、それでもどこか孤独を纏っているようにも思える。
ふと気づき、急いでその背中を追いかけた。
人里の中心部にある、一際大きな建物。中世の人みたいに大きな家を権力の見せつけにしてるのかと思い中を覗いてみれば、畳に机、ひいては黒板まで揃っている。所謂、寺子屋が一緒になった建物らしい。霊夢が言うには、慧音という人は独自に寺子屋も開いているとのことだ。
「ここまで見て思ったのは。」
「急にどうしたのよ?」
「慧音って良い人な感じがする。」
「まぁ…真面目過ぎるところもあって、私は苦手だけど良い人だとは思うわ。」
そりゃあ普通に霊夢の性格が悪いからとは思うけど。霊夢とのこれまでの会話を思い出しながら苦笑する。
ともあれ、話が通じないような人じゃなさそうでひと安心。あとはどんな見た目なんだろうかと、ひとりワクワクしながら霊夢が玄関にノックするのを見届ける。
かと思いきや霊夢はそのまま引き戸を乱暴に開くやいなや、入るわよ~の一言。
「なんつーフリーな社会なんだ…。」
ここでは声を掛けるだけで、家に入って良いんだと驚愕の文化に呆気に取られる。とりあえず着いて行かないとと、霊夢に習ってお邪魔しま~すと入室しようとすると。
「声かけをするのなら返事を待て!!」
凄まじい怒号と共に、俺の真横を白い棒状の何かが高速で突き抜けた。速すぎてよく分からなかったが、多分チョークだ。威力的にはチョークのそれじゃなかったけど。
「ちょっと危ないじゃない!」
瞬間移動からの浮遊という驚異のコンボで見事回避した霊夢。でもその台詞は俺のもんだ。あとちょっとでチョークとぶつかって重症だったんだぞ。言ってる俺でも訳が分からねえよ。
そんな風に心の中で突っ込みを入れていると、チョークを投げた本人、青色の髪の霊夢よりは年上に見える少女が俺に気がついた。
「む、お前は誰だ?」
「これはね今日うちの神社で見つけたんだけど――」
霊夢が俺のことを簡単に説明する。その中で記憶のないことも説明して、最後に俺の歴史を見て欲しいことも伝えた。何故か上から目線に。俺の事だから聞いてる俺の方が恥ずかしくなってくる。申し訳ない慧音さん。
「ってことでちゃちゃっと歴史見ちゃって頂戴。」
「なんか…すんません。」
「まったく…、霊夢よりこの男の方がしっかりしているじゃないか。それで、ソウだったか。」
「おう。」
名前を呼ばれて返事する。霊夢がどういう意味よ!とか叫んでいるが気にしない。というより気にすると面倒だ。
「歴史を覗くということは、お前のやってきたこととか全部見ることになるが、良いんだな?」
「そう聞くといい気分はしねえけど、まぁ気にしねえよ。それに慧音さんみたいな美人にプライベート覗かれるんならむしろ喜ぶだろ。」
「「うわぁ…」」
「待て、冗談だから二人して引くな。」
俺が急いで訂正するも、霊夢はないわ~と身を引いている。慧音は呆れたようにため息を吐く。嘘だろ、冗談ひとつで好感度がた落ちとか難易度高過ぎ。俺が驚愕に震えていると、慧音は咳払いをひとつ。
「では、歴史を見させて貰う。楽にしていてくれ。」
「お、おう。頼む。」
答えるとすぐに慧音はまっすぐ俺を見据える。すると体に違和感が…なんてことは特に無い。なんかきゅるきゅる覗かれるもんかと思ってたけど、一切なにも感じねえや。
少しして、慧音の表情が崩れる。どこか焦っているような、怖がっているような。ただ一番は驚きの色が強い。
「…ソウ、お前は何者だ?」
「は?」
「信じがたい話だが、お前には歴史が無い。」
今度は霊夢と俺が声を揃えた。
「「はぁ?」」
「霊夢と会ってからの歴史は確かにある。だがそれ以前。森の中で目が覚めるより前の歴史が残っていないんだ。」
「それってどういうことよ?」
「言うなら、森の中で目を覚ましたその瞬間がソウという人間の生まれた瞬間ということになる。」
霊夢の問いに答え、そうなればソレが人かどうかも怪しいがな、と締めくくる。
どういう事だ?
俺には、歴史がない?
ってことはなんだ、どういう事なんだよ。
今まで楽観視してきた自身についての謎が、じわじわと不安に塗り替えられていく。得体の知れないという恐怖を、自分の内側から感じてふと気づく。慧音から向けられる視線にも、ソレがあることを。
「…いよいよ道が無くなってきたな。」
「分かっているなら良い。さっさと里から出ていってくれ。」
「ちょっと慧音!そういう言い方しなくたって、」
驚いた様子で止めに掛かる霊夢を、慧音は視線だけで黙らせる。その鋭く強い瞳には、確かに何かを守る為の決意が感じられた。
「これは里の為でも、ソウの為でもある。いらぬ混乱を招く訳にはいかないんだ。分かるだろう?」
「それはっ…。」
霊夢が良い淀み、いよいよ空気が重苦しくなってきた。この空気のまま追い出されるってのは後味が悪い。仕方ねえなと声音を上げ、口を開いた。
「俺は大丈夫だ霊夢。それにいざとなれば――」
俺の言葉は悲鳴にも似た叫びに遮られた。
「出たあぁ!!妖怪だっ、
3話です。読んで下さりありがとうございます。
次回は戦闘回になることでしょう。
気長にお待ち下さいませ。