俺たちが来た方と逆の方から叫び声があがる。妖怪、そして邪神が出たと。
「あっちは魔法の森の方…!この前逃がした奴ね!」
霊夢は叫び声を合図にすぐ外に飛び出した。それを見て慧音も遅れて動き出す。
「私は里の皆を避難させる。ソウ、お前はそこで大人しくしていろ!」
俺に待機を言い渡すと慧音は玄関から出ていった。里からは獣の唸り声や人の叫び声、泣き声が入り乱れ阿鼻叫喚なのが目に浮かぶ。
――それなのに俺は大人しくしてるってか?
ありえねえ。
既に妖怪は里に入り込んでいる。
「だけどそれは霊夢と慧音でどうにか出来る…。」
この前の霊夢の戦いぶりから、大抵のことは霊夢がどうにか出来るだろうとたかをくくる。それなら俺に出来ることはなんだ。
最初に聞こえた声。邪神がいる場所。
「ちッ霊夢も、道中の妖怪退治で到着が遅れる!」
邪神というだけあって、この前みたいな獣じみた妖怪とは違う。知能があると考えた方が良い。そうなりゃこの動きの目的は一体なんだ。
邪神の出現から妖怪の侵入までのスパンの短さ。そして霊夢も慧音も、里の人を助けなくちゃいけない。妖怪は陽動?そうなると邪神の狙いは…。
考えを巡らせ、そうしてひとつの答えに行き着いた。
――里の出入口付近での虐殺
俺は最初に声のした方へ走りだした。
たった一人の犠牲だとしても、それだけで混乱が広がり結束は解ける。そうすれば里の崩壊は確かなものとなり、人々は恐怖に負けて妖怪の餌になる道以外を見失ってしまう。そんなのは嫌だしそれ以前に、霊夢の話が頭から離れない。
(誰も、犠牲を出させねえ!)
霊夢のように苦しむ救済者も。
子供のように苦しむ当事者も。
慧音のように苦しむ統治者も。
誰ひとりとしても出したくない。
そんな
少しして、里の外に繋がる大きな門が見えた。ただそれは大きな穴があけられていて、向こうに暗い森が見える。そこから再び門の周辺へ目を向けるが争った跡は見えない。ただ近くの矢倉から逃げるような足跡を見つけた。
「もう邪神も中に居るってか…。」
幸いなことに赤色も、鉄の臭いもまだ感じられない。前進を止め、足跡に目を光らせる。矢倉の下から通りを抜け、少し外れた家屋の群れ…。そこで目が止まった。
ナニカが居る。
何かは分からない。人型で体も腕も細く長いが、頭だけが肩幅と同じかそれ以上に大きい。人とも獣とも言い表せない真っ黒な化け物だ。そしてソレはひとつの家屋の前で何をするでもなく、ただ立ち尽くしている。その家にだけ、灯が灯っていた。
その灯りは、ソレを必死に追い払おうとするかのように懸命に揺れている。あの家の中に逃げ込んだ人がいるのかもしれない。
「早く助けねえと…!」
近くの家に立て掛けられていた斧を手に取る。ずしりとした重みが手のひらから腕へと伝わる。振り回すには不自由だが、それでも威力には期待できそうだ。未だに動こうとしないナニカに走り、斧を振り上げる。
「ぅおらァ!!」
その瞬間。
今まで微動だにしなかった邪神の首が、ギュルリと俺を見据えた。その真っ黒な頭に亀裂が入る。まるで笑っているかのように。
そしてその亀裂から、煙が湧き上がった。霧とは違い、黒い灰のように一切先が見えない。それが俺を飲み込まんと迫ってくる。
それから逃れようと体に力を入れるが、今まさに斧を振り下ろそうとしていた体は、そう簡単には言うことを聞かない。俺の必死の抵抗もむなしく、俺の周りを煙が包み込んだ。
(こいつは、不味いんじゃねえか…。)
咄嗟に息を止め、右へ左へ視線を走らせる。ダメだ、何も見えねえ。いきなりのことだったから息もそう長くはもたない。
(闇雲でもなんでも、やってやるしかねえか!)
さっきまで邪神の居た方へ、やたらめったらに斧を振り回す。この煙から逃れようとするより、原因を倒す方がまだ出来そうだと、直感でそう思ったから。そしてなにより。
「人を見捨てて逃げるなんざ、ありえねえ――!」
斧を握る手に力を込めながら、より強く振り回す。その風圧のおかげか、少しずつではあるが煙が晴れてきた、気がする!これを好機と、さらに勢いを増し、前に前に。五歩、六歩と足が進み、ようやく――見えた!
俺はソレに力の限り、手の中の武器を叩きつけた。
パラパラ…
腕に伝わった感触は枯れ葉を握りつぶすような、軽いものだった。次の瞬間、視界を覆っていた黒い煙が掻き消え、邪神と呼ばれ恐れられていたものが吹き飛ぶ。これで終わりだと言うのなら、あまりにも呆気ない幕引きだな、と。
そんな淡い期待は形になる訳がなく、邪神は飛んだ先でふわりと体勢を立て直した。が、先ほどまでと同様に動く気配はない。
「まぁそう簡単には済まねえよなッ!?」
悪態を吐きながら、再び斧を構えようとして気付いた。斧の刃の部分、いや柄の半ばから先にかけてが消えている。さっき殴り付けた時に砕けたり、折れたりという感覚は全く無かった。
「くそ、どういう手品か分かんねえが、消しやがったってか…。ハードってレベルじゃねえ。」
先が黒くくすんだ斧の柄を投げ捨て、今は目前に迫った家に目を向ける。中には大人一人と子供が二人。霊夢達がここに合流するまで、俺一人でこいつらを守り抜けるか?
(悔しいが、無理だ。)
自分には特別な能力なんてねえし、何より敵の得体が知れない。さっきの煙をもう一回撒かれりゃ、確実に後ろの三人も巻き込んでしまう。速攻をかけられず、かといって守り続ける耐久もない。そうなりゃ――。
「おい家の中のやつ!!」
俺の声に反応して人が動く気配がする。
「俺がこいつを抑えとく!だからその間に逃げて、霊夢をここに呼んでくれ!」
「そ、そんなこと言ったって…アンタ、武器も何も…」
「うっせえ!あれに殺されたくなけりゃ動け!!」
中から返ってきた男の弱々しい返事に激を飛ばす。家の中の男はそれに一瞬声を詰まらせて、それから家の引き戸を開けた。そこには壮年の男とその横には、泣き顔で怯えきった男の子と女の子が一人ずつ。三人がそれぞれ俺の方を心配そうに覗き込んでいる。それに努めて優しい口調で声を掛ける。
「どういう訳かあれはまた動かねえ、行くんなら今のうちだ。早くしな。」
「すまねえ、すまねえ…。絶対に博麗の巫女をここに呼ぶ。だからそれまで、死ぬんじゃねえぞ…!」
そういうと男は懐から小刀を出し、こちらに手渡してきた。
「せめて、これを使ってくれ。どうか…どうか無事でいてくれぇ…!」
「ぁりがとう…。」「が、頑張れっ!」
男の消え入りそうな声と一緒に、子供たちからも小さいながらも暖かな声援が送られる。俺はそれらに大きく頷いた。
「おう!ほら行きな。」
そう諭すと、今にも泣き出しそうな三人は全力で里の中心に向けて駆け出した。なんだよ、ちゃんと良い人居るんじゃねえか。
俺の中でただがむしゃらだった『死なせない』が、『死なせたくない』に変わった。それと同時に邪神が顔を上げる。
「律儀にも待ってくれてたってか?そんならもう少しばっか待って欲しいんだが。」
「――、―――!」
俺が茶化すように言いながら小刀を抜くと、邪神が金属音のような甲高い叫びをあげた。すると邪神の中からどす黒い球体がいくつか浮き上がる。そしてそれらは全て里の外に向かって飛び出していく。
「なんだ…?」
俺が呟くと数瞬の後に、周囲の森のあちこちから獣の叫びが響き渡る。昨日に俺が聞いた、殺意に満ちたあの叫びが。
「今のが妖怪の凶暴化って奴かよ!」
このタイミングで来るとか、最悪だ。こうなると妖怪がここに来るのが速いか、霊夢が来るのが速いかの運ゲーになっちまう。いや、そもそも。
「フシュゥゥゥ――。」
「こいつに俺がやられねえかどうかって話かッ。」
邪神の頭から再び煙が上がり始める。さっきはあいつを殴り飛ばしたら煙も消えた。だけどその代わりに斧はあのザマだ。そのまま突っ込むのは良くねえ。
「そんなら遠距離からならどうだ…。」
近くに落ちている手頃な石を拾い、姿が隠れ始めた邪神に向かい投げつけた。石は鋭い放物線を描き飛んで行く。だが邪神を目前にして不意に消えた。
(いや違う…今のは、呑み込まれた?)
邪神の姿が完全に失せる前にもう一度、今度は手に持っていた小刀の鞘を投げつける。それはまっすぐに邪神へと飛んで行き、邪神はそれにグルリと首を向けて。鞘の煙に触れていた部分から呑み込まれて消えた。
「あいつに見られてて、なおかつ煙に触れてるもんが消される、ってところか。」
そう考えて、ふと疑問に思った。一番始めのあの瞬間。俺は確かに邪神に見られて、煙に囲まれていたはずだが、どうして消えていない…?
「時間がねえ。ちょっと…賭けてみるか。」
もう既に三人の姿も見えない。見届ける者は居ないが、それでも救いたいと思ったものを救うために、覚悟を決めて小刀を構えた。
時間が空きましたが4話になります。
次回に戦闘を持ち越し、戦いはどういう決着を迎えるのか。ゆっくりお待ちくださいませ。
そして読んでくださってありがとうございました!