東方夢現世   作:雑草みたいな何か

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5.一閃

 邪神の能力をひとまず『煙に触れているものを消す』そして消せる対象は邪神が見ているものと仮定して、小刀を構え姿勢を低くする。俺の予想が外れていれば間違いなく死んでしまうだろうけど、俺の後ろを走り去っていく三人のことを思うと不思議と勇気が沸いてきた。

 

「っしゃ、いっちょ死地にでも飛び込んでやるか。」

 

足元の手頃な石を左手で掴むと、右腕で小刀を隠しながら煙の中に飛び込んだ。

 前回邪神が俺を見ていても何も起きなかったことから『邪神が消せるのは物だけ』と考える。ただしそれに対しての確証なんてないし確認も取れない。さらに間違っていれば即死という非常にデメリットが大きな賭けだ。しかしこのまま何もできず時間切れとなれば妖怪どもに囲まれる。

 

「そんなら勝ちがあるだけ、この賭けは降りるわけにはいかねえ!」

 

 相変わらず先が一切見えない煙を、最後に邪神のいた方角を頼りに直感だけで突き進む。邪神はこれまでどういうわけか全く動こうとしていなかった。あいつ自体の特性なのかなんなのか分からないが、今はそれを利用しない手はない。

 

「は、はっ。そろそろか…!」

 

 少しして前回と同じように煙がだんだんと薄くなってくる。黒色から灰色へとゆっくり開けていく視界に、黒いシルエットを遂に見つけた。正面突破じゃ武器を消されて終わりだ。俺は持っていた小刀を邪神の足下へそっと放るとすぐ、左手に握っている石を邪神に持てる全力で投げつけた。

 

「キイィィィ――。」

 

 しかしそれは金属音のような邪神の声とともに黒い塵となって、薄くなりつつある煙の中に溶け込んでいく。だが足を止めずにまっすぐ邪神の元へ走り込み、俺をまっすぐに見据える頭を空高く殴り上げた。

 邪神の体が大きく仰け反るが、その足は縫い付けられているみたいに地面から離れようとしない。そしてそれはすぐに元の姿形に戻ろうと、その上体を震わせる。が、この隙を見逃さない。

俺は足元に滑り込ませた小刀を拾い上げるやすぐに、その刃を邪神の横腹に突き立てるように切り上げ、勢いのままに振り抜いた。途端に周囲から煙が霧散し消えていく。

 

「――。」

 

邪神は全く動かず、音も何も発しない。だが、あまりの手応えの軽さに、勝てたという感慨は一切沸いてこなかった。それどころか、嫌な予感が胸の内に波紋のように重なっていく。おそるおそる手の内の小刀に目を向けると、その柄より先、刃の部分には何も残ってはいなかった。

 

「くそっ!」

「シュゥー。」

 

俺が悪態を吐くと空気の抜けるような音を出しながら邪神も上体を起こす。それに残った小刀の柄を投げると、やはり邪神にぶつかった途端に霧散した。

 

「こいつの能力は煙だけじゃねえってか…。」

 

 考えが甘かった。多分こいつは、実際に触れたものも消すことが出来る。斧の時だって感覚は軽かったが確かに当たっていたんだ。そのことに気付いておくべきだった。

 

「キキ…キキ…」

「くそ、触れることも出来ねえとか。そうなりゃ魔法かなんかでもなけりゃ戦いにすらならねえ!」

 

 俺からの攻撃は届かない。かといって敵の攻撃には、今のところ実害のあるものはない。敵に何か隠し球でもない限り、お互いに攻め手がない。邪神の相手をするのが俺一人であるのなら、俺は勝つことが出来ず、時間切れで相手の勝ちになってしまう。

 

「ソウ!そいつから離れなさい!」

「霊夢!!」

 

 その声を聞き、急いで後方へ飛び退く。すると俺の頭上を四角い何かが高速で通り抜け、邪神に直撃。しかしそれはダメージを与えることなく黒い塵と化した。それを見て驚愕の表情を浮かべる霊夢に叫ぶ。

 

「あいつの能力がえげつない!」

「どういうものなの!?」

「えぇっと、消える!!そんで来る!!」

「何が!?」

 

 霊夢が間に合って嬉しいのと、邪神の危険を早く伝えないとで、結局何を言ってるのか自分でもわかんねえ。まず伝えなきゃいけないのは邪神の能力だ。

 

「あいつに当たったもんは全部消えちまう!しかも変な煙出してきて、それに当たっても同じだ。」

「っ、厄介ね…。」

「煙はあいつをぶん殴ったら止まった!」

「殴ったって…アレは触れたものを消すんでしょ、アンタは大丈夫だったの!?」

「よく分からねえけど、とりあえず無事。それよりみコイツ、森の妖怪を狂暴化させやがった!もうすぐこっちに来るぞ!」

 

 それを聞いた霊夢の顔が強張る。しかしすぐに強気の表情に戻すと、邪神に向き直った。その瞳には怒りとも、畏れとも読み取れる感情が揺れている。おそらく以前のことを思い出しているんだろう。このままでは感情に任せるままに、無理を押し通すような戦い方をするかもしれない。そうなって霊夢がやられちまうのだって、もちろん嫌だ。俺は霊夢の肩に手をおく。

 

「今回はしっかり村の人たちを守れてる。まだ俺たちはコイツに負けちゃいねえんだ。」

「そんなこと言われなくたって分かってるわよ!甘く見ないでちょうだい!」

「あれ?てっきり怒りで我を忘れてるのかと。」

「そんなわけないでしょ。ちゃんと考えてるわ。」

 

霊夢はそうはっきりと答えると、懐から幾つかのお札を取り出す。

 

「封魔陣ッ!」

 

叫びながら投じられたお札は真っ直ぐに邪神に向かって飛んで行き、目前にまで迫ると途端にその周囲を囲むように展開する。それは瞬く間に邪神を囲む円柱型の陣うぃ築き上げ、朱が混じった明かりを灯す。

その陣の頂上に、いつの間に飛び上がった霊夢が青白い光を発する札を手に構え、叩きつけるようにそれを急降下しながら振り下ろした。次の瞬間、視界を強烈な光が包む。

 

「っつぅ…。」

 

 眩む視界をうっすらと広げ、飛び交う無数の札の隙間から状況を伺う。霊夢は既にその場から離れたようで、そこには黒い例のシルエットが立っている。光の中をぐるぐると飛び交う札は中心に吸い寄せられるようにして、高速で邪神に突き刺さっていく。

 一際強い光が辺りを突き抜けて、思わず目を伏せた。それでも感じる強い光に、霊夢という巫女の本来の実力を垣間見た気がした。

 

「どう、なった…?」

 

 多少の痛みを訴える目をうっすらと開きながら呟く。どんな物理攻撃ですらなに食わぬ顔で受けきり消し去っていた邪神に届き得る神秘の力。心の底から待ち続け、そして予想の遥か上をいったその力を目の当たりにして、一人では諦める他なかった勝利への希望がふつふつと沸き上がってくる。しかし――、

 

「キキキキキキキ!」

 

これまでとはまるで異質な邪神の嗤い声が響き、思わず体が強張る。ゆっくりと色と輪郭を取り戻す視界に写ったものは、口に当たる場所が大きく裂け甲高い音を叫ぶ邪神の姿だった。

 

「なんなの…コイツ……。」

「分から、ねえ。だけど、これは――。」

 

これはヤバイ。

頭が警鐘を打ち鳴らし、体に逃げろと強い指示を発し続けている。が、対する体は本能的な恐怖からかその指示を受け取ろうとはせず、ただその場で小刻みに震えるばかり。

 

「ッ!、次の攻撃をするわ!アンタは離れてなさい!」

「はっ…はぁ…ァ。」

 

 分裂した理性と本能がバラバラな指示を振り撒き続け、結果として霊夢の言葉は俺の頭に届かない。それどころか呼吸すらを忘れ、立ち続けることすらままならなくなってしまいその場に膝を着く始末で。

 

「しっかりしなさいソ…ウ……?」

 

鈍器で強く殴りつけられたような頭痛に顔を歪める。ただ俺の心が一つの言葉を強く訴えてくる。痛みを堪え、その声に耳を澄まして…、

 

――あいつが来る。

 

 その瞬間霊夢の声が途切れ、数多の咆哮が耳を貫いた。ソレは空から、大地から、村を囲む塀を壊しながら、大きな群れを成すようにここへ集結した。血走った眼光をギョロギョロと動かし、呼吸荒く獲物を求める妖怪達のその中心で、邪神は金属を叩き合ったような音を発しながら笑っている。

 

「チッ、冗談じゃ無いわよ!!」

 

悪態を吐きながらも霊夢は再び御札を構える。

 

――あいつが来る。

 

迫りくる妖怪共にを近付けさせまいと四方八方に札は散らばり、対象に触れては光を撒き散らし撃退していく。

 

――あいつが来る。

 

それでも圧倒的なまでの数の差に、霊夢の猛攻も次第に押されてくる。色鮮やかに輝く幾多の札の結界を、一匹、また一匹とすり抜けていき、それに対処する度に少しずつ妖怪の壁が近くなる。

 

――あいつが、来る。

 

妖怪の一匹が霊夢に手を伸ばした。霊夢はそれにまだ気付いていないようで必死な面持ちで札を操っている。このままじゃ霊夢が捕まる。そうなると、この妖怪共の餌食に…引き裂かれ、噛み千切られ、苦しみながら死んでいく。その情景を想像した途端に心臓が高鳴った。これまで動かなかった体が、弾けるように動いた。

 

 コマ送りのようにゆっくりと流れる視界。霊夢に迫る妖怪の腕に間に合うかどうかの瀬戸際、相手よりコンマ1秒早く霊夢を掴んだ俺は、力の限り側に引き寄せ、そして――、

ついさっきまで霊夢の立っていた場所に、音もなく落ちてきた黒い刃を見た。

 

「は…?」

 

もう、声は聞こえない。

代わりに目の前に降り立った一本の刃が、何かがここに来たことを報せている。

 

「なによ…あの刀…。あんな邪悪な気配、初めて見るわ。」

 

引き寄せ、抱き抱えるようにした霊夢が俺の腕のなかで震えながらそう呟く。それに呼応するように、刀が邪神のそれと同じような煙を振り撒いた。あれは、まずい。

 見た目は同じようだが、何かが違うと本能的に感じた俺は霊夢を抱えたまま慌てて距離を取る。妖怪達はあの刀に釘付けになっていて、俺たちが放れていっても何の反応も示さない。そして刀を中心に広がる煙は、妖怪達を呑み込み、十分に距離を取った俺たちよりも手前でその進行を止めた。程なくしてスイッチを切り替えたようにパッと煙が晴れる。

 

「なんだよ…これ、」

「……冗談じゃないわ。」

 

 煙の消えたそこには、先ほどまで中心にあった刀が消えており、暴走していた妖怪達が傷ひとつない骸と化して横たわっていた。そして何より目を奪われたのは、全身バラバラに切り刻まれた邪神が無造作に捨てられていることだ。

 

「あんな……何も効かねえような奴が、こんなあっさり…、」

「一体どんな…っ!右斜め前、何か居るわ!」

 

呆然としていた俺は、霊夢の叫びで慌てて意識を引き戻す。すぐには定まらない視界で、前方の、屋根の上に立つ人影をどうにか捉えた。

 それは全身をズタボロの黒い布で包んだ、黒髪の男。目付きは鋭く、強い殺意を俺に向け睨めつけている。その男は右手で握っている刀をゆっくりと鞘へ収め、その姿を消した。

 

「――なんでお前が…」

 

すぐ後ろで囁かれた声に、霊夢を突飛ばしながら振り向く。が、そこには何も居ない。辺りを見渡すと、霊夢にも声は聞こえていたのか同じように周囲を警戒していた。

 

「…そいつは餞別だが、俺はお前がソウを名乗ることを認めない。」

「は…?おい、それってどういう意味だ!」

 

またあの男の声が響いたかと思うと、訳の分からないことを言い出した。言葉の意味が全く理解できず聞き返すが、それに返事が返ってくることは無かった。

 

 あの声が聞こえなくなってどれくらい時間が経ったか、不意に異音が耳を突いた。

 

「キキ…キキ…」

「あいつっ、まだ生きていたのね。」

 

音の正体に気が付いた霊夢は、邪神の側に駆け寄り様子を伺う。そしてよしっと呟くと、

 

「これだけ弱っていれば私でも簡単にやれるわ。あの変な奴も消えたし、今はとりあえずこいつを退治して終わりにしましょ!」

「お、おう…でも、」

 

そんなんで良いのか?あいつを放っていても良いのか?そう続けようとした俺の言葉を霊夢は遮る。

 

「そんな辛気くさい顔しない!あの男について今考えてもしょうがないでしょ。それよりも今は、コイツ退治して人里の皆を安心させた方が良い。」

 

そうでしょ?

そういって笑顔を向けてくる霊夢に、彼女の優しさだとか、温かさのようなものを感じた。俺がそれに小さく頷くと、満足そうに邪神へと振り返る。

 

「アンタには散々な目に遭わされたから、しっかり落とし前付けて貰うわよ…!」

 

さっきまでの穏やかさとは一変、怒りに満ちたオーラを振り撒きながら長い針のようなものを取り出す霊夢。それを頭上に高々と持ち上げ、怒りのままに振り降ろす。

それは邪神に突き刺さったかと思うと、眩いばかりの光と、バチバチと電撃のような音を散らす。直視できないし、この魔法の名前だろうけど何か言っているのも聞こえない。あんな至近距離で撃った霊夢は大丈夫なのか?そんな疑問も確認をする術はなく、ただ強烈な光から目を守る為に手を翳すのが精一杯だった。

 

「終わったわよ。」

 

やがて静かになるとそう声を掛けられる。目を開けると邪神の姿はどこにもなく、無数の小さな光の粒が辺りに広がっていた。

 

「これは…?」

 

指で触れてみると溶け込むように消えていく。その様子を見て不思議思い、霊夢に訪ねてみるが。

 

「知らないわ。アイツ消したら広がったの。浄化されたあれの一部なんじゃないの?」

「嘘だろ!?なんか吸い込んじゃったぞ俺!っていうか今もいっぱい入ってきてる気がする!」

 

心なしか寄ってきてる感じもするし!

そうやって慌てていると、霊夢が笑い出した。

それを見て俺も、よく分からないうちにだけど、確かに助かったんだという実感が沸いてきて、釣られて笑みを溢す。

 あの男が何者だったのか、そしてこの邪神は一体何なのか、分からないことはたくさんあるが、とにかく今は無事と人里の人達を助けられたことを喜ぼう。そう割りきって、霊夢と笑いあった。




不 定 期 に も 程 が あ る 。
読んで頂きありがとうございます!

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