しゃーないねん、なろうコミカライズむっちゃおもろいねん。
何も言葉が出てこない。目の前で父親が死に、やっと自由になる為の第一歩を踏み出せたのに、親を殺した罪悪感とか、自由を得た喜びとか、耐え忍ぶ毎日からの解放感とか、そういった感情と呼ばれる物の一切合切が抜け落ちたかのように伽藍堂だ。
何故こんなに何も感じないのだろうか。
足元ではスライムさんが父親だった物の上に乗り、『どくばり』を回収している。
ボーッとスライムさんを見ていると、スライムさんの上にタスクバーのようなものが現れ、一気に半分程をオレンジ色のゲージが埋めた。
どうやらこの個性は戦闘でもEXPを得る事の出来るタイプのソシャゲだったようだ。
スライムさんの成長を何の気なしに眺めていると、部屋の入り口に人の気配を感じた。
ノロノロと緩慢な動きで顔を上げると、瞳を見開き口元を両手で覆った母親が立っていた。
驚愕に身体が止まったかのように動かない母親が、遅れて甲高い悲鳴をあげる。
「ひっ、人っ人殺っ…死、きゃああぁぁぁ!!!!」
鼓膜を揺さぶるような甲高いその声に眉を寄せる。
普段から俺は母親の声が嫌いだった。
笑う時も憂さ晴らしに怒鳴る時も、キィキィと軋む蝶番のような不快な声で神経を逆撫でする。
「ピキィ!!」
スライムさんが二本目の『どくばり』を求めるかのように、使用済みの『どくばり』を掲げながら一つ鳴き声を挙げる。
その声にハッと我に返った俺は、逃げられない内に母親を捕まえようと飛び出すように走り出していた。
冷静じゃなかったのだろう。
後数十cm程の距離まで伸びた指は、壁から首輪に向かい伸びた鎖により引き留められ、勢いのついた身体は首に圧迫感を感じたと同時に両足が浮き上がり、次いで背中から床に落ちた。
スライムさんとの戦いからそれほどたっていない事も合いまり、全身に激痛が走る。
ドスンッと勢い良く転倒した音を聞いた母親は、即座に踵を返し逃げ出した。
身体を駆け巡る痛みに顔を歪めながら、スライムさんに『どくばり』を投げ渡す。
「あの女を追って始末して!俺はコイツ(鎖)を何とかするから!逃がすな!行け!」
口速く命令を伝え、鎖を破壊する為に『ひのきのぼう』を振り降ろす。
視界の隅に部屋から飛び出したスライムさんの姿を捉えながら、何度も何度も。
速くしないと、急がないとと、気ばかりが焦り、『ひのきのぼう』を叩き付ける反動で鎖が何度も宙を踊る。
集中的に同じ箇所を殴るなら兎も角、がむしゃらなその行為で破壊出来る筈も無く、俺は無為に時間を浪費していた。
何十何百と殴り続けても壊れる様子の無い鎖に、掌の皮が剥け肩が上がらなくなる。
「駄目だ。N装備程度じゃ壊せなーい………」
この時俺は母親が死んでしまう事に強い絶望を感じていた。
いや。正確に言うのならば、母親がスライムさんに殺されてしまう事、自分の手で殺せない事にこそ強い絶望を感じていたのだ。
嗚呼、どうやら俺はこの世界で本格的におかしくなったのだろう。
両親を殺すのは自由になる為、復讐の為の手段でしかないのに、今ではそれを目的とするかのように心が動いている。
そうだ。だから俺は父親の死を前にして何も感じなかったんだ。スライムさんが羨ましくて。自分のこの手で殺りたくて。宝物を突如失った子供の様に茫然としてしまった。
そもそもこの鎖だってスライムさんなら壊せたかも知れないのに、いくら自分の感情を把握出来ていなかったからって、余りにもお粗末だろう。
駄目だ。一度冷静になろう。
俺は原作に出て来たような『敵』とは違う。欲求を目的にするな。
俺の目的は自由な人生、その為の手段が殺害なんだ。
そうだ、あくまでクレバーに考えるんだ。
先ずは鎖、これは直ぐにはどうにもならない、貧弱なこの身体じゃあどう足掻いても壊せない。
そう、だったら『この身体以外』ならば?
不思議空間に封じたNキャラ、今までの装備品からパラメーターの合計数はレアリティーに依存する画一的な数値だ。
それがNのみの特徴なのかとかは解らないけど………これがキャラクターにも適応されるなら、スライムさんと同じくらい強いって事だ。
「一か八か、やってやんよ♪」
よしっ。よしっ!!
調子が出て来た。そうだよ、俺は本来こういった考えてから衝動的に動く人間何だよ。
方針が決まったら後は行動に移すだけ、強く念じてこの世界で初めて引き当てたキャラクターを目の前に呼び出す。
ゴブリン、数多あるソシャゲの中で常にレアリティーNであり続けた実績ある雑魚………それでも今の俺よりは強い筈だ。
てか強く無いと詰む。精神的にも社会的にも。
死体のある部屋に鎖に繋がれた俺………ハイ!!アウトー!!
こんな所誰かに見られたら速効で牢屋入りだ。
むしろ被害者面するかとも考えるが、どこの世界に終始ニコニコ笑ってる被害者がいるのか、自己防衛とは言え、この素敵フェイスに張り付いたオリジナルスマイルが憎たらしい。
「ギギァ!ギグ!」
とか何か考えながら脳内でゴブリンをデッキ2にセットし完了と念じると、目の前に「僕ゴブリン!!」と言わんばかりのモンスターが現れた。
背丈は今の俺より若干大きく、猫背に丸めた背中と尖った耳を持ち、黄色い眼光は鋭く髪はざんばらだ。
肌は緑色で所々薄汚れているし、身に着けているのも貧相な腰ミノ一枚のみだ。
名称
ゴブリン
分類
キャラクター
属性
闇
限界
☆☆
級類
N(ノーマル)
HP30
MP5
攻撃25
防御20
備考
繁殖力が高く生命力に溢れた魔物、種を通じて悪辣で残忍、繁殖期になると近隣の村や街に攻めこみ女性を狙う。
バトルスキル
繁殖力LV1(相手女性Cのパラメーター2%ダウン)
マスタースキル
繁殖力LV1(女性C一枚消費し同名カードを5枚入手)※使用不能
※図鑑未登録※
いつ見ても社会の敵にぴったりなフレーバーテキストとスキル構成である。
ぶっちゃけこんなのに頼るしかないとか悪夢としか言いようが無い。
「ギグルァ!!」
ドン引きしながら、改めてゴブリンの情報を調べてると、やはりと言うべきかゴブリンが唸りを上げながら襲い掛かってきた。
「あっぶなーい♪」
しかし、このアホゴブリンに襲われるのは初めてじゃない。予期していた俺は鎖でゴブリンの突撃を抑え、そのまま押し倒した。
身長は今の俺と対して変わらない、つまり重量差によるハンデは存在しない、御互いに。
首と右手首を押さえ付けるように鎖で床に張り付け、脱出出来ないように鎖を踏みつけながら立ち上がる。
「僕は!!君が!!屈服し隷属し!!奴隷になるまで!!振り下ろすのを止めない!!」
唐突だが皆さんはタコ突きと言うのを知っているだろうか、建築や土木工事の用語にある点圧、締固めに用いる道具だ。
点圧、締固めとは、掘り返した土を埋め戻す際に、後々沈下しないように事前に木の丸太等を用いて叩いて固めていく作業である。
現代では縦ランマやプレートランマ、もしくはロードローラーや振動ローラー等の振動工具及び特殊重機により行われるこの作業だが、昔はその殆どをタコ突き、つまりは木の丸太で行っていた。
さて、何故いきなりこんな話を始めたのかと言うと………。
「ガッ!ギグッ!グルッ!ギギルグゥウ!!」
ヒントは『装備がひのきのぼう』『平らにしたら気持ち良さそうなトンガリ鼻』『今現在聞こえる悲鳴』だよ。
この作業の優れている所は、持ち上げる時と振り下ろす時以外に力が必要無い事だろうか。
インパクトの瞬間に軽く手を離して添えるだけにすれば、普通に殴るより痛くなる上に、此方の疲労も少なく済むのだ。
「ほらほら、身体で覚えなよ。これから君が鎖相手にやる作業なんだからさ♪」
ドッパンドッパンと重苦しい音をリズミカルに奏でる。
ゴブリンの鼻を狙って何度も上下運動を繰り返すひのきのぼうの先端には鼻血が付着し辺りに飛び散っている。
残った左手で必死に顔を守ろうとしているが、その左手ごと顔面に振り下ろされる鈍器に、指は既にグチャグチャだ。
「はぁはぁ、どうかな?忠誠を誓ってくれるかな?」
荒くなった息を整えながら、ゴブリンの頭上で静止させたひのきのぼうをフリフリと揺らす。
涙とか涎とか血とかで汚れ骨格の歪んだ顔を必死に揺らし肯定するゴブリン君。
「良かった。これ以上は死んじゃうから断られたらどうしようかと思ったよ♪」
完全に心折れてしまったらしいゴブリン君を解放し、ひのきのぼうを装備するように念じる。
一瞬ゴブリン君の右手が光ったかと思ったら、次の瞬間にはひのきのぼうが握られていた。
ゴブリン君はそのひのきのぼうを杖代わりに立ち上がり、俺がやっていたように鎖を踏み締め、ひのきのぼうを振り下ろした。
俺より若干強いだろう力と、ひのきのぼうの攻撃力は、呆気なく破壊して見せた。床を。
にしたもこの主人公ヒーローになるのか敵になるのか………どうしよう(見切り発車)