Fate/ Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜   作:うさヘル

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まず、謝罪を。色々とぶっ壊しています。キャラを崩しています。原作イメージにそぐわない、という方は、本当にごめんなさい。でもこれがやりたかったのです。

いよいよラストスパートに向けて突っ走ります。これより始まりますは、怒涛、怒涛の種明かし。世界樹クロスを組み込んで組み上げた設定は、皆様に満足していただける出来に仕上がっていると自負しております。もうしばしの間お付き合いいただき、どこかで無様に散った場合は、ざまぁないぜ、と、ご笑覧の一つでもいただければ幸いです。



第八話 世界と、正義と、在り方と

第八話 世界と、正義と、在り方と

 

優しい揺籠にお別れを。

疎ましき悪魔に花束を。

対峙の時は必ずやってくる。

問題はそれをその時、どう受け止めて、己の意志でどんな道を選択するかだ。

 

 

エトリア、執政院執務室

 

 

「サガが……、飛び出していったと!?」

「は、はい!」

 

兵士の一言に思わず大きな声で問い返すと、彼は一瞬竦み、怯えたような態度を取りましたが、即座に自らの職務を思い出したのでしょう、即座に私の質問に対して答えてくれました。

 

――いったいど、どこへ……!

 

「いえ、それよりもなぜ……!」

「――兵士の話によれば、そのヘイという男を抱えて西へと消えた翼人たちの姿を見た瞬間エトリアを飛び出したのだというから……」

「西……、か。――やはり目的はグラズヘイムなのか?」

「じゃあ目的は――」

「ええい、なんでも良いわ!」

 

私の漠然とした問いに、ヴィズルが答え、サイモンが補足し、話をラクーナが引き継ごうとした時、ギルガメッシュは大きな声で怒鳴り上げました。その甲高い怒りのこもった声は部屋中を揺るがし、広げようとした風呂敷を無理やり閉じてしまいました。

 

「貴様らの言にも一理あるとおもい報告を聞いたが、時間を無駄にしたわ! 実にくだらぬ! 雑種が一人、どこぞへ消えようと我にとってどうでも良いわ! 我は我が居城へ戻るぞ!」

「え、あ、ちょ、ちょっとまちなさ――」

「――、ッ、ええい、鬱陶しい!」

 

そしてサガのことをくだらないと一言で切り捨てたギルガメッシュは、フレドリカの制止を完全に振り切ろうとして、しかし身を乗り出した彼女が自分の服をしっかと掴んでいることを認識すると、忌々しげな視線を彼女へと向けたまま光に包まれていきます。

 

「ちょ、何よこれ!」

「リッキィ!」

 

誰かが叫び、その部屋にいた皆がそれにつられて光を放つギルガメッシュに近づきました。そして――

 

 

「――ここは」

 

肌寒く、少しひんやりとした、不自然に薄ら明るい空間。周囲の壁には規則正しい折り目状の壁の隙間から緩々とした青色の光が走り、天井からは白色をした光がそれよりも明るく、まるで時の流れから切り離されたかのごとく輝いています。私はその光景に見覚えがありました。

 

「グラズヘイム?」

「――の中央棟の、だいぶ上の方みたいだな」

 

この慣れないチカチカとする明かりにすぐさま適応したリッキィとアーサーの二人が呟きます。つられて彼らが眺めるガラスの側に近寄ってその向こう側を眺めると、眼下、自分が今いる場所から百メートルほど下方には広々とした森がどこまでも広がっており、そんな森の中には、人が十、二十入ってもなお余裕がありそうな大きなパイプが蛇のようにうねっている光景が目に移りました。

 

―――なるほど、たしかにここがグラズヘイムのようですね

 

おそらく、かつてギルガメッシュが私たちをエトリアへと転移させたように、彼の手によって私やフレドリカ、アーサーを含めるあの部屋にいた殆どの人間がグラズヘイムへと転移させられたのでしょう。

 

「――!」

「おのれ……、痴れ者共が……!」

 

そしておそらく、そんな転移と言う凄まじい事象を、周囲の戯言に付き合ってられない、面倒くさいという理由からは行ったギルガメッシュは、先ほどのエトリアの部屋で喚いていた時よりも凄まじく濃密で静かな、しかし滲み出る怒りを私の背後で密に発し、露わに呻きを漏らしていました。誰もがギルガメシュの気配に反応し、そして、その荒々しさに目線を切る事も、彼から気をそらす事も出来ないでいました。

 

――これはすさまじい……

 

ギルガメッシュという男が無意識のうちに周囲へと撒き散らす気はあまりにも濃密で、そこにいるだけで息苦しいような感覚を覚えるほどでした。一体何が彼をそこまで憤慨させているのか――

 

「人形如きが我が居城にその汚らわしい土足で踏み込んだ挙句、踏み荒らすか! 無礼な!」

 

――なるほど

 

そして私はその理由を、フレドリカとラグーナの言によってすぐに理解することができました。

 

「あ、……森の向こう側――」

「煙が……、って、森が燃えてる!?」

「――あの点みたいなのは翼人か!」

 

眼下、地平線の近くの森のあちこちから煙が上がっていました。眼下に広がる森の木々の間より立ち上がる煙は、方々、空に存在する黒い点――、翼人が生み出す炎によってグラズヘイム周辺の森が、施設ごと焼かれている証でした。

 

――煙が……

 

そしてもうもうと上がった白、黒、灰色の入り混じった煙は、天に浮かぶ翼人たちと、そして地で燃える森を薪木として、濛々と覆う範囲を広げていきます。火の勢いはまさに怒涛でした。

 

「どうしたら――、……!」

「――」

 

やがてサイモンが対応策を誰かに問おうとした瞬間の出来事でした。あまりの怒りについに堪忍袋の緒が切れてしまったのでしょう、言葉も出ない、とそんな様子のギルガメッシュは、目元と額と口元をピクつかせながら、深く、静かに、怒りを発露させていました。有り体に言うなら、彼はキレていました。

 

「有象無象が――」

 

やがて彼の口から絞り出されたその言葉には、自らの領域を侵犯するものに対する怒りの全てが込められていました。初代エトリア院長ヴィズル。現エトリア代表のクーマ。エトリアの迷宮を踏破したギルド、「グレイプニル」の誰もが、彼のギルガメッシュの純粋な怒りを受けて、気圧されていました。

 

――ああ

 

そう、彼らは一様にして、ギルガメッシュという人物の放つ純粋な怒りの感情に恐怖していました。きっと、それはおそらく、間違いようもなく、人として正しいあり方なのです。ですが私は、そんな彼の一心不乱な感情を浴びて――

 

――なんて、美しい……

 

そうして目の前の事象に対して研ぎ澄まされた一つの純粋な感情を放つ彼のことを、私は美しいと感じて、思わず興奮し、見とれていました。彼は真剣でした。彼はおそらく、真剣に、自らが敵対者として定めた存在に対してのみ気を向け、純粋に、敵を殺す事だけを考えているのです。

 

――その在り方のなんと美しいことか

 

その感情には、一片の曇りもありませんでした。混じりっけのない純粋なものに弱い私は、思わず楽器を手にして、弦を指でかき鳴らしていました。

 

「ああ、純粋な人よ! 畏敬の念を引き起こす人、グラズヘイムの主人たるギルガメッシュよ! 伝説に謳われる勇士たちを、過去の賢者を、今代の賢者を怯えさせる、偉大なるお方よ! 高くそびえる塔にて、自らの領域を焼かれる怒りに、純粋なる怒りの念を、隠す事なく堂々と敵へと向ける戦士よ! 貴方は素晴らしい! 貴方は素晴らしい! 貴方の怒りは素晴らしく、美しい!」

 

歌は私の覚えのない、独特な韻律を踏んでいました。キタラは自然と私の喉からでる音色に相応しい音楽を奏で、気がつくと私はギルガメッシュに向けて、即興の歌を献上していました。

 

――ああ……

 

私は興奮していました。その瞬間、私の脳は私のものではなくなっており、何処かよりやってきた天啓が歌となり、この場にて彼を表すに相応しい詩歌を作り出したのです。それはかつて、初めてシンの活躍が敵と戦った時に抱いた気持ちと同様の、凄まじい興奮でした。

 

「――……」

 

私が最後の言葉を歌い上げた瞬間、私は正気を取り戻しました。

 

――しまった……!

 

やがてハッとした時には遅く、周囲を見渡せば、森の煙やギルガメッシュへと向けられていた視線は全てが私へと向けられていたます。一同がむけてくるのは、困惑の視線です。

 

――当然だ

 

また、私を静かに怒り露わにしていたギルガメッシュの目線ですらも、いつのまにかこちらへと向けられていました。視線は熱いものから一転して冷め、静かなものへとなっていました。その透明な私を移す瞳に奥にあるものが、怒りが通り越して呆れたものであるようにも見えます。あるいは。

 

――怒り狂う彼がさらに怒りを引き出してしまったかもしれない……

 

向けられる視線の奥にある感情が、怒りが積み重なることによって生じたものでないことは、彼の純粋な怒りによって昂ってしまった私にとって本来すぐに理解できたのでしょうが、興奮じゃ私から冷静な観察力を奪っていました。私は大いに反省するとともに、しかしその実、少しばかり興奮もしていました。

 

「――」

 

――おや?

 

しかし、ギルガメッシュの目線から発露される感情は、怒りから別のものへと変わっている事に気がつきました。一心の怒りに歪み、純粋な怒気を振りまいて荒々しく歪んでいた端正な顔立ちは、眉目な状態に戻り、秀麗な姿で私を見つめてきます。

 

「――楽師。貴様の名はなんだ」

「え……?」

 

そして唐突な呼びかけに私は思わず聞き返してしまいました。

 

――しまった……!

 

彼の今までの行動から考えるに、彼の言葉を問い返すと言う私のその行為は、気位の高いにとって不快なものであるはずです。私は彼を不快にさせてしまうかもしれないと、思わず自らの失態を咎めたい気分になりました。

 

「楽師よ。この英雄王、ギルガメッシュたる我が、貴様の名を教えろと問うておる」

 

再び先ほどのような怒気を生む呼び水になるかもしれないと考えられるその行為に、しかしギルガメッシュはそれを咎めるどころか、丁寧に言い直すと、私に再び問いかけてきます。異変を直感した私は、慌てて口を開きました。

 

「ピエール……、バードのピエールです」

「そうか、バードのピエール。なるほど、貴様は、バードのピエールなのだな?」

 

そうして私の名前と職業を受け取ったギルガメッシュは、当然知っているはずの私の職業を改めて言い直しました。

 

「――貴様の我を讃える歌、たしかに受け取った。賛歌は我が故郷、ウルクを思い出させる懐かしき音調と韻を踏んでおった。英雄王たる我から喜びの感情を引き出したその技量と大義、見事であった。褒めてつかわす」

 

ギルガメッシュはどこまでも尊大に、横柄とも思える態度で胸を張り、私へと言葉を投げかけてきました。しかし、そうして私へと向けられた彼の言葉には私の存在があり、彼の視線には、有象無象の一人としてではなく、「バードのピエール」としての私が写っている事がわかります。

 

「――ありがたく」

 

私は、私から感情を引き出して、そしてそれを認めてくれた敬意に値する人物の中にそんな居場所を作れたことを誇らしく思いながら、恭しくギルガメッシュの返礼から受け取り、頭を下げます。それを見たギルガメッシュは満足げに首を縦に振りました。

 

 

「――さて」

 

そして周囲が私とギルガメッシュが生み出していた転々と変化する場の空気についてくることができなかったからなのでしょう。そんな沈黙が支配していた場を破ったのはやはり、この場でおそらく私と並んで場の空気というものを読まない、それどころか気遣いもしないだろうギルガメッシュその人でした。

 

「――奴らがその胸の裡にいかなる愚劣を企てているかは知れぬが、エトリアを無視してこのグラズヘイムという我が領域内を攻撃するからには、やつらの狙いは、やはりこのグラズヘイムと深く関連したところにある、と見てよかろう」

 

やがてギルガメッシュは誰にいうでもなく、滔々と語り出します。

 

「古今東西、敵が戦力を分散して敵地を攻める理由など、大抵一つに集約する。――、それはもちろん、敵の意を本命の場所から逸らすことだ」

「つまり――、陽動か」

 

ハイランダーの彼が答えます。ギルガメッシュは答えにゆるりと頷き首肯すると、何もない空間に手を振るい、自らの眼前に四角い映像を生み出しました。前後が薄く、透明な、宙に浮かぶ、ギルガメッシュのいる側からも、私らの側からも映像が見えるそれには、森に火をつけているものたちの姿が映っていました。

 

「然り。すなわち、奴らの狙いは我の意識をこの本丸たるグラズヘイム中央塔からそらし、我を誘き出す考えなのだと考えることができる。おそらくそうして我が怒りを誘い、我をこの本丸から誘い出し、我が敵を殲滅するために姿を現したところを確認したのち――」

 

ギルガメッシュは右手の人差し指で床を示しました。

 

「その隙に、ここ――、すなわちグラズヘイムへと本命を乗り込み、機能の乗っ取りを行う予定だったのだろう。なるほど、いかにも力のない有象無象どもが考えそうな卑劣極まりない浅ましい手段よな」

 

ギルガメッシュはそして悠々とはめ殺し窓の外へと視線を送ります。森から上がる煙の数は増えていましたが、しかし先ほどと同じように窓の外を眺めるギルガメッシュの視線には、先ほどはなかった余裕の成分がたっぷりと詰め込まれていました。

 

「――だが、そんな小細工を打ち破ってこその、強者だ」

 

やがて余裕綽々のギルガメッシュは、床へと向けていた右手の指を元の位置に戻すと、手のひらを天井へと向けて、そのまま力一杯強く握りしめ、まるで手中の中にいる怨敵を潰すような所作をしました。

 

「……おい、ヴィズルと、フレドリカとやら」

 

二人はギルガメッシュに、今まで以上に密な視線を送りました。

 

「貴様らにこの中央塔の守護を命ずる」

「――私に?」

「え?」

 

ギルガメッシュは、ヴィズルの問いと、フレドリカの戸惑いに対して呆れた視線を送りながら、鷹揚に頷きます。

 

「我を除けば、この塔は、これが製作された時代の人間である貴様ら以外ではまともに動かせん。塔にある兵器の機能に、そういう、生体認証のセーフティロックがかかっている事は貴様らも承知の筈だ」

「――確かにそうだが、だが……」

 

ヴィズルはそしてフレドリカを見ました。その場にいる一同の視線が小さな彼女へと集中します。そして視線の集中した彼女は、小さな肩を落とし両手を組み合わせ、そしていつの間にやら取り出していた亀裂の走る黒板をその両の手でしっかり握りしめると、両目の視線の先を鼻先の顔にあるそれへと向け、うつむき、ギルガメッシュの視線を切りました。彼女はいかにも落ち込んでいました。

 

「――マイクは……、彼はあの時からずっと眠ったまま……」

 

マイクとはおそらく、アンドロ、オリビアの言っていた、この塔の管理者という奴でしょう。その口調から判断するに、その彼とやらはどうやら彼らの生きていた時代に起こった、彼らの知るなんらかの出来事によって、長きに渡る眠りについているようでした。しかし。

 

「何を戯けたことを」

 

ギルガメッシュは、そうして落ち込むフレドリカの懊悩を一言で切り捨てると、むしろ、汚らわしいものでも見るかのように、極端なまでの軽蔑の視線を向けて彼女を見据え、そして言葉を続けました。

 

「貴様らがマイクと呼ぶあの機械は、貴様にグングニルの発射を阻止され、自らの生きる意味そのものを否定されて以降も黙々と起動しておったわ。だからこそ、このグラズヘイムという複雑極まりない施設は、こうして未だに機能を保っておるのだ」

 

その一言がフレドリカたちにとってあまり意外だったのでしょう、ギルド「グレイプニル」の五人は、それぞれ異なった驚きの顔を浮かべたまま、その場に固まってしまいました。私と同じく事情をよく知らぬクーマはぽかんとした表情で、ただ一人、ヴィズルだけが、眉間にしわを寄せ、彼ら――、とくに、フレドリカと呼ばれる彼女へと向けて、なんとも表現し難い、憐れむような、悲しむような、そんな視線を向けています。

 

「え――」

「人には人の。道具には道具の幸福というものがある。人にある魂とは、すなわちそのものが生まれた環境の歴史や積み重ねとリンクするものであり、歴史の積み重ねを持たぬ機械にとっては最初に「そうあれかし」と書かれて埋め込まれた数行のプログラムこそが魂そのものだ。一山いくらの雑種がごとき人間であっても、積み重ねてきた魂には歴史が存在する。しかし、人の手によって生み出された歴史を持たぬ機械であるに奴にとっては、そのたった数行こそが自身の魂そのものであり、歴史と自身の魂のそのものだった」

「あ――」

 

ギルガメッシュの言葉にフレドリカの肩が小さく震えました。

 

「――だが、貴様らは、そんなマイクに対して、「グングニルという兵器を使用し、フォレストセルを殲滅する」というマイクの使命を否定し、自らの正義で上書きしようとした。すなわちそれは、マイクの魂を否定する行為と何が違うと言うのか」

「――ああ……」

 

ギルガメッシュの言葉に、フレドリカの顔色が真っ青に染まっていくのがわかります。それはやがて他の四人にも伝播し、それぞれが苦々しい表情を浮かべるようになりました。

 

「そんな、道具としての幸福を否定されたマイクという機械は、だからこそ、貴様らの呼びかけを否定するようになった。――俯瞰、歴史の視線から見てみれば、貴様がやった、グングニルという戦略的大量破壊兵器を使わせずに事の解決を図った行為は確かに正しく、多くの人を救い、エトリアを窮地から救った」

 

私は相変わらず詳しい事情を理解する事ができませんでしたが、彼女と、彼女を中心とした彼ら「グレイプニル」の一同が、マイクという管理人に対して、何か、重大なすれ違いを起こす行為をしてしまったのだという事だけは理解することができました。

 

「だが、貴様が行った、貴様にとって大切だったのだろうその願いは、十数年の貴様自身の歴史と、魂を担保に持つ貴様にとっては当然の答えであり、マイクの基礎プログラムに、「人を殺すな」とたった一行を加える程度の行為に過ぎなかったが――、それは、機械のマイクという、歴史の重みを一切持たぬ生まれたばかりの道具の奴の幼い観点からすれば、子供が自らの思う通りに育たなかったと、人生観を否定され、親に殴られる行為と何も変わらん行為でもあった」

「あぁ、ああ……」

 

ギルガメッシュは一切容赦しません。彼は、他人がどうなろうが知ったことではないといわんばかりに、容赦なく他人の痛いところを暴き、そして責め立てます。

 

「すなわち、あやつが貴様らの呼びかけに応じなくなったのは、貴様の行為によって自らの魂が分裂して砕け散ってしまうのを恐れたマイクの自己防衛反応に過ぎん。そしてつまるところ、そんな奴の事情を無視して、自覚することなく、理解しないままに、いつかは分かり合えると信じて一方的に自身の思いを語りかけ続けた貴様らの愚行は、奴にとって、単なる虐待行為としか映らなかった」

 

彼はその場において、絶対の支配者でした。言葉はその場にいる誰をも攻撃していました。

 

「奴との相互理解を求めるなら、あの時貴様は、マイクが、グングニルという兵器を使用しつつ、フォレストセルを殲滅し、なおかつ、大地を壊すことなく人を救う手段を提示しなくてはならなかった。あるいは、そんな時間などなかったというのなら、否定したのち、長く寄り添い、傷付いた奴の魂に沿った言葉を投げかけ続けてやるべきだった。だが、貴様は、一方的に好意を伝えていれば、きっとやがていつかはわかってくれるに違いないと自らの都合の良いように思い込み、進んで相手を否定した状態で、奴との対話を停止した」

 

それは、きっと誰もが子供のころ、一度は犯す過ち。相互理解の放棄。

 

「つまり貴様はそこで逃げたのだ。貴様のそんな心のない呼びかけと無茶な期待に対し、応じぬにしても、無視という態度を貫くだけに止まっていたのは、つまるところ、マイクという、人間に使われる道具という誇りを持つ奴なりの思いやりであり、矜持……、眠ったままなどという理解と言葉に逃げるのは、あまりにも自分勝手が過ぎると、そうは思わんか?」

「――ああ……!」

「リッキィ!」

 

ギルガメッシュの容赦ない言葉に、フレドリカは膝から崩れ落ち、そして直前、ラクーナに身を支えられました。支える側であるラクーナや、その周りで彼女に手をさしのばす彼らもまた苦悶の表情を浮かべていましたが、特にフレドリカの顔色は最悪と言っていいくらい青く染まっています。この世に蘇ったはずの彼女は、今にも魂が再び抜けていってしまいそうでした。ギルガメッシュはそれでも容赦しません。

 

「強者には強者の立ち居振る舞いと責任というものがある。その場に存在するだけで無自覚のうちに他者の意見と人格を否定してしまうような我のような英雄は、強者は、我のように傲慢を自覚し他者など自分の下にいて当然との王の振る舞いをするか、あるいはエミヤという男のように、徹底した自虐の元、死んで、世界と隔絶した場所に引きこもるかしなければならぬ。さもなくば、その他大勢の英雄たりえない弱者は、自己の脆弱な存在に耐えきれず、潰れてしまうからだ」

 

ギルガメッシュはそれでもまだ口を止めようとはしません。おそらくそれは、いましがた言ったばかりの、彼の強者としての価値観と矜持にかかわる部分なのだからでしょう。なるほど、彼の傲慢の理由が私にはようやく理解できました。いかにも不機嫌そうに倒れる彼女とそれを支える彼らを見て、ギルガメッシュはそれでも、冷ややかな目つきでつぶやきます。

 

「雑種。貴様にはそうして支えてくれるものがいるが、あやつにはそれがいなかった。あやつにとってそうである立場の貴様は、しかし自らその手を解いて、奴を突き放したのだ。その、何もせずとも、一方的に想いを伝えれば誰とでも分かり合えるなどという笑える考えは、そんな強者の思想を押し付けられる弱者の側からすれば、我の傲慢が陳腐に見えるくらい、強者としての傲慢が過ぎる行為であるという事を、大人であると自覚するなら、ゆめゆめ忘れず覚えておけ」

 

大人を自認するなら、強者であると自覚する気があるなら、実力に相応の分別を持て。そんな意味を持つ言葉が、静かな空間にやけに大きく響きわたりました。

 

 

「――マイク」

 

フレドリカはおずおずとギルガメッシュが差し出した虚空の四角い画面へと呼びかけます。ざあざあと白黒の線が走る灰色の透明な画面は、フレドリカの呼びかけにまるで変わる様子を見せません。ギルガメッシュは軽くため息を吐くと、面倒臭そうに、フレドリカの反対側から、やはり彼女がやったように虚空へと向けて呼びかけました。

 

「――支配者たる我が命ずる。我が眼前に意志を表せ、マイク。我が貴様を道具として扱ってやる。今この瞬間、貴様は、世界樹の上に住まう人間を守る兵器として作られた意義を果たす時が来たのだ」

「――OK、ギルガメッシュ。了解です」

 

フレドリカの優しい声ではなく、ギルガメッシュの一方的な命令じみた呼びかけにより、周辺より声が聞こえてきました。周辺に響いたその音声は、アンドロのオランピアのような、とても特徴のない耳障りのいい声をしていましたが、マイクのその声は、まるでいじける子供が、絶対的な父親の指示により渋々と声を出したかのような、そんな雰囲気がありました。

 

「マイク!」

「ハロー、リッキィ。お久しぶりです」

 

フレドリカの呼びかけに応じず眠っていたというマイクは、しかし今、すぐにフレドリカの呼びかけに反応して、すぐに声を返しました。透明に聞こえるその声には、やはり不服そうな音調を含んでいると私は感じました。それは、ああ、なるほど。

 

――まるで駄々をこねる子供のようだ

 

「――マイク……。私……、私……」

「懺悔と後悔は後にしろ、雑種。今は一秒が惜しい。マイク。状況は把握しているな?」

 

両手を組み、周囲の壁と同じような亀裂の入った黒い板を握りしめ、か細い声でマイクに対して呟くフレドリカをギルガメッシュは一言で切り捨てると、マイクに尋ねました。彼は相変わらず容赦がありません。ですがその強者然とした在り方は、なんとも最強を誇る彼らしい。ああ、なんとも懐かしい感覚。

 

――まるでシンと初めて出会った時のよう

 

私は再び感動していました。

 

「はい、ギルガメッシュ。グラズヘイム、多数の地域に火災、破壊被害を確認しました。また、被害の広がる速度、翼人の行動により火災が発生している状況から、敵意ある攻撃であるとも判断いたしました」

「よし。ではグラズヘイムの守護を貴様に任せる。基本、消化、鎮圧の判断は貴様に任せる。具体的な指示がある場合は追って出す。都度生じる細部、不明な点は、そこの二人の判断を仰ぎ、その指示に従っておけ」

 

ギルガメッシュはそう言って、ヴィズルとフレドリカの二人を順に指し示しました。

 

「――了解です」

「マイク……!」

 

マイクが溜めの後に返した了承の返事により、ラクーナに支えられたフレドリカは、涙をいっぱいその瞳に溜め込むと、大粒の雫を頬から顎へと垂らし、ポロポロと地面に水滴を落としながら、震える声をあげました。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい……。私、全く気がつかなくて……」

「――リッキィ」

 

マイクはその重く後悔のこもったフレドリカの呼びかけに、やはり変わらず、耳障りの言い、透明な、しかし先ほどよりもどこか軽やかに聞こえる音程で答えました。

 

「問います。貴方は私を、道具として正しく使ってくれますか?」

「――あ」

 

その問いは、間違いなく、マイクという彼から、フレドリカに対する許しの言葉でした。マイクは彼女を許し、そして指示を求めていました。

 

「――うん。……うん! 私、やるから……! 私、貴方の目的を道具として、きちんと使って見せるから……! 今度は、きちんと貴方の魂を傷つけないように、納得に行く命令を考えてして見せるから! だからマイク、お願い! 私に力を貸して! 」

「――了解です、リッキィ」

 

透明な声は、しかしフレドリカの喜色を帯びた叫びに応じました。

 

「う、うぉ! なんだ!」

 

アーサーが小さな体を揺らしました。いえ、揺れさせられたのです。今、塔の地面は上下に大きく振動していました。

 

「火災鎮圧用にギムレーを出撃させます」

 

何が起こっているのか。その問いに答えたのは、マイクでした。

 

「――ギムレー? それって確か」

「私たちが戦った戦闘用のロボットじゃない?」

 

目を真っ赤にしたフレドリカと、彼女を支えるラクーナが問いかけます。

 

「はい。あれは元々、このグラズヘイムにおける万が一の際の暴徒鎮圧用としてのロボットとして開発されたものです。万が一、グラズヘイムに暴徒が侵入し、施設が破壊された折、当然ですが、高確率で火災が発生します。高電圧の通った建物が壊れれば、発火する。そんな状況を想定して開発されたのが、ギムレーなのです。つまりあの戦車ロボットは、装備の換装に鎮火も元々の目的として開発されている。だからこそ、ギムレーの、すなわち、北欧神話において耐火の館である名前を名を付けられたのです」

 

 

「疾く、去ね!」

 

ギムレーに乗ったギルガメッシュは何処かより取り出した豪華絢爛な剣の群れを翼人に叩つけ、地面に叩き落としては、そんな地面に倒れ伏した彼らを一瞥するとすぐに興味を失ったかのように視線を再び天へと向けて、剣群を射出し、そしてまた引きずり下ろす行為を繰り返しています。私はそんな彼の豪華な舞踏が如き蹂躙を、ただそばで眺めているばかりでした。

 

「――ふむ。ここも片付いたか」

 

やがて、周囲五十メートル四方にいた翼人たちは、悉く地に叩きつけられ、そして緑の煙を撒き散らしながら消滅していきました。その散り様は初めて見るものであり、思わずまじまじと眺めてしまいます。

 

――……、いったい

 

「どういう理屈で体が消えるんでしょう……」

「あやつらは魔力で体を構成している存在だからな」

 

そうして無残に散ったはずの翼人たちは、なぜ死体が残らないのだろう、と首を傾げていると、ギルガメッシュが私の疑問に答えてくれました。

 

「魔力で?」

「ニンジャの分身のようなものだ。スキルの力で架空の体を作り上げ、そこに魂を情報を埋め込み、仮初めの分身体をその場に作成し、保っている。だから、一定以上のダメージを与えれば、消える」

「なるほど」

 

ギムレーはギルガメッシュが地面に降りると、キャタピラーを動かして水を付属された巨大なホースからばら撒きながら、周囲の炎の鎮火に勤めています。その性能や素晴らしく、大量の水をかけられ、謎のどろりとした液体をぶっかけられた炎は、すぐさま鎮まりかえります。それは木の中でくすぶっている熱を奪い、外気へと漏れさせる道具であるようでした。

 

「――マイク。我らを次の地点に送れ」

「あと三分ください、ギルガメッシュ。広範囲の消化、鎮圧活動による多重並列処理で、多少手間を取っています」

「――よかろう。三分だけ待ってやる」

「感謝を」

 

ギルガメッシュに応じて答えたギムレーから聞こえてきていたマイクの声は、そしてすぐに聞こえなくなりました。おそらくマイクという管理人は、今頃、目に見えないところで、迷いない指示を受けて、自らの定められた本分を思う存分果たしているのでしょう。それはきっと、道具としての生をこの世に受けた彼にとって、待ち望んでいたなんとも幸せな時間であるに違いありません。

 

「ピエール」

「――なんでしょう、ギルガメッシュ」

「暇だ。話をして我を楽しませろ」

 

やがて見えない相手の幸福を想像して、おこぼれに預かり浸ろうとする私の名を呼びました。その声には、私に対する期待の成分が含まれていました。なるほど、ギルガメッシュは私を暇つぶしの道具として連れてきたのです。しかし。

 

――すごく、いい

 

私は、シンのように純粋なこの彼にそんな期待を寄せられ、必要とされている事実が胸を打ち、思わず心臓を高鳴らせてしまいました。ばくばくする心臓の鼓動が少しでも収まるよう、呼吸で調整しながら、私は彼に尋ねます。

 

「ギルガメッシュ。あなたはどのような物語をお望みなのでしょうか?」

「――そうだな。今回は貴様自身を歌にして語るがいい。ピエール。我はこの度、貴様のその在り方と生涯に興味を持った」

 

ギルガメッシュのその一言は魂を揺さぶります。感銘に、涙が出てきそうになりましたが、それをさせなかったのは、そうして感情が高ぶることにより、余計な感情が語りに影響を与えるのを防ぐためでした。私はキタラを構えると、指を弦におきました。

 

「――では語りましょう。バード、ピエールの物語と題しまして、他ならぬピエール本人が、英雄王ギルガメッシュのためだけに、我が生涯を歌に変えて奉納いたします。――どうかご笑覧あれ」

 

 

「――以上、短い間ではありましたが、ご静聴、ありがとうございました」

 

そうして私の生涯を聞いた静かに聞いていたギルガメッシュは、大いなる満足、と、そして少しばかりの不満が混じった、顔で私の方を見やってきます。

 

――どうして

 

私はその視線の意図するところが読めずに、半分誇らしさ、半分の不安を感じながら、ただ彼の言葉の続きを待つばかりでした。やがて考え込んでいたギルガメッシュは――

 

「ピエール。今しがた貴様が披露した歌は、確かに見事なものであった。おそらく今の世において、貴様が最も優れたバードであることを我が認めてやろう」

「過分にして高い評価、ありがとうございます、ギルガメッシュ」

「だが――、一点、気に食わん部分があった。貴様、王たる我に嘘をついたな?」

「――そんな、まさか」

 

その言葉に、心臓が驚くほど強く高鳴りました。私はそんな動揺が表に出ないよう、勤めて冷静を保って否定しましたが、ギルガメッシュは、一瞬不服そうに、しかし、すぐに愉悦の感情を浮かべた、艶のある顔へと変貌させると、私の顔のほうへとその細い御手の指先を伸ばしてきて、私の頬を撫でました。

 

――ああっ……!

 

ぞくり、と背筋に痺れる感覚が走ります。それは男手にしては、あまりに甘ったるい、男の弱い部分を刺激するような撫で方でした。

 

「嘘を申すでない。お主の歌、殆どの部分に貴様の思いが感情としてキチンとこめられおり、故になかなか聞き応えがあった。だが、唯一、シンという男を語る部分のみ、貴様の感情はぽっかりと抜け落ちておった。我の感情を刺激することの出来るお主ほどの詩人が、それに気づかぬわけがあるまい。ええ、なぁ、ピエールよ? ――貴様のその秘めたる感情を自覚し、しかしどうしても純粋な言葉に変換出来ず、それでもどうにかして自らを奮い立たせ傾聴しておる我に不快感を与えまいと修飾の努力したことだけは認めてやっても良いが――、我は王ぞ? その程度の、貴様の浅はかさ、見抜けぬとでも思うてか」

「――貴方は……」

 

ギルガメッシュの手が私の頬を撫で続けます。たったそれだけの行為に、私は体の奥底にある心臓を彼に握られたかのような気分になりました。彼の言葉は、私の心の最も弱い部分にするりと入り込んできて、大事な部分を掴み取ったのです。それは私の核となる、誰にも見せる気のなかった、秘匿してきたかった部分でした。

 

――ああ……

 

そうです。私かに私はシンのことを語る際、ある感情を隠したまま歌い上げました。なぜならそれは……

 

「言い当ててやろう。ピエール。お前という男は、あの男のことを、男として愛しており、そしてそれを周囲の誰にも知られたくないと思っておる。なぜなら、貴様のそれは、普遍的な愛とはかけ離れたものだからだ。そしてそんな己を醜いと思う心が、今回の詩歌の醜態と不完全さにつながった。――そうだな?」

 

――!

 

「……、――ええ。――そう……」

 

ギルガメッシュのはっきりとした口調の言葉とこちらの心を射抜くような視線には、拒否を許さないという意志と嘘偽るならこの場でお前を殺すとでもいうかのような迫力がありました。嘘を言った途端、頬を撫でる手はそのまま体内に侵入してきて、心臓を握りつぶされるかもしれない。

 

「その通り、――です」

 

私はなんとか言葉を絞り出しながら――、恐怖に心臓が一層高鳴っていました。世界の一般的な思考と常識からすると異端である私の嗜好が、今この瞬間、その醜さを露わにされたからです。きっと軽蔑されるにちがいない。そう考えた私は、ギルガメッシュが罵倒を浴びせてくるものだと思い、悪寒に心を揺さぶられ、しかし同時に、私はどこか、ああ、これで楽になれたと、どこか安寧の気持ちを抱きながら、身を竦めて、裁きの言葉を期待して待機していたのです。そうです。私は安堵していたのです。受け入れられないかもしれないけれど、ついにこれで隠さなくてすむようになった、という諦観が、私をそうさせていました。

 

―――しかし

 

「なるほど、それが貴様か。――キタラを引き、男色の気があり、予言じみた発言をし、草の王冠を被る詩人……。なるほど、いや、ピエール。貴様、ピエール――ペテロというよりも、むしろ、アポロンという方が、しっくりとくる名前と生き様かもしれんな」

「え――」

 

しかしギルガメッシュはたったそれだけ言うと、満足気に私の頬から手を離して、「とく励め」、と、応援の言葉をすらくれました。侮蔑の言葉を覚悟していた私は、そんな声援に思わず顔を上げました。彼の顔には、悪戯っ子のような笑みが浮かんでいました。

 

「ふむ、世界中の伝承を集めていたバードと言う割に、アポロンも知らんのか。まぁ、この世界においては古き神故、仕方もあるまい……」

 

違います。そんなことは重要でないのです。しかし、それを知りながら、きっと彼は私のことをもてあそぶ意図にて、踏みにじり、遊んでいたのです。そう。彼は私で遊んでいたのです。

 

「ギリシャ神話における、預言者にして、太陽の神アポロン。奴は芸術、詩人、予言、太陽の神であり、そして男色の気と悲恋の伝承を持っていた。ペテロなどと言う聖者の名などよりも、貴様の生き様を表すには、よほど合致した名前であろう?」

「いえ、そうではなく……」

「よい。皆まで言うな」

 

私が否定し、尋ねようとすると。彼はそれを遮り、言いました。

 

「己の分と立場を自覚し、正しく向き合う者を我は愛する。ともあれ、貴様の歪み、我は正しく認識した。……故に、次回、貴様が我になにかを語る際は、嘘偽りのない貴様の実力を発揮し、我の意識を途切れることなく楽しませよ。それが此度、貴様自身のくだらぬ事情により我をきちんと最後まで愉しませることが出来なかった、貴様に対する罰である」

 

私の心は彼のそんな態度にひどく揺さぶられました。心臓の動悸は不随意になり、まるで安定という状態を忘れたかのように、不規則に高鳴ります。

 

「貴方は私の嗜好を否定しないのですか? 」

 

私はそして、その先にある答えを恐れながら、なんとかしてその一言を絞り出しました。

 

「否定? 男色をか?」

 

ずきりと胸が痛みます。言葉にされると、あからさまな歪みをしかし彼は――

 

「は、くだらぬ。優れた魂が優れた魂に惹かれるのは当然のこと。ならばその思いの尊敬の果て、やがてそれが恋愛感情へと変貌しようと自然なことだろうよ。――ピエールよ。要はな。そんなもの、要は、自らがそうであると自覚しておればよいのだ。どうせ他人などは路傍の石に過ぎん。貴様のその得難き才能、そんなくだらぬ程度の悩みで腐らせるには余りに惜しい。その程度のことはな。貴様のような、一般の視点から見れば強者の立場である貴様は、気にもする必要ないのだ。そんなものよりも、我を楽しませるという事の方が、よほど重大な事である」

 

一笑に伏しました。彼は私のそんな異常という悩みを、その程度の下らない、普通のものであるとして、受け入れたのです。

 

「――! そう……、そう、です、か」

「そうとも」

「は……、あ……、ははっ――!」

 

その言葉を聞いた瞬間、体樹から活力が溢れてきました。脳裏は幸せを歌い上げ、ぞくりとしたものが背筋を走ります。私は幸せでした。この、一生理解され難いだろう性癖にたいしてついに理解者を得たのです。しかもそれは、私が愛を抱いているシンに似た、ギルガメッシュという存在によって認められたのです。私は生涯で絶頂の瞬間を味わいました。おそらくこれ以降、ここまでの幸福感を得ることは決して……

 

「――ごっ……」

「……!?」

 

そしてそんな幸福感を得た自覚した途端、全身を倦怠感が襲いました。灼熱が頭の中全てを覆い尽くし、それでもなお物足りないとでも言うかのように、余った熱が全身を巡り、そしてやがて労働したばかりの喉から熱いものがこみ上げてきます。

 

「ゴホ、ガフッ……」

 

喉元の違和感を口から地面へと吐き出すと、吐瀉物は真っ赤に染まっていました。まるで魂の全てがそこに含まれているかのような、赤い、紅い、生命の全てを彩ったかのような血の色をしていました。

 

「カ……ッ、あ――」

 

吐血した直後、地面へと崩れ落ちたかけた私は、両の手を使ってなんとか自身の体が完全に地面と接触するのを避けました。地面の冷たさと、地面の上にこぼれ落ちたものの熱さがまざって、生ぬるい感触が手のひらと指先に生じます。それによって視線は、自然と両手の平へと集中していました。

 

「こ……、れは……」

 

すると、砂に塗れることを防いでくれた両腕の先、自らが吐き出した赤の液体と接触する両腕の先が、その根元の方から徐々に血よりもさらに赤い色に変化していくのがわかります。赤色は、血の色よりも濃く、深く、死に染まったかのような闇色をしていました。

 

――これは……

 

「赤、――死。病……? ゴホッ、ガフ、ゴホッ……」

 

自身の状態を自覚した瞬間、視界がぼやけ、揺らぎ、全身から力が抜けていきました。視界が赤に染まりました。いつのまにか地面の地の溜まりに倒れこんでいたようです。

 

「――おのれ……!」

 

ギルガメッシュの絞り出すような声が、地面を這って倒れこんだ私の耳へと入り込んできました。それは腹の底からは生み出された、純粋なる怒りから生み出されたものでした。私はそんな彼の声を聞いた時、不意に、灼熱に染まっていた頭の中に、別の属性の熱が生まれたことを自覚しました。

 

――ああ

 

状況にそぐわないその感情の名前は、喜び。そう、私は、おのれが死に瀕した状況ながらも、彼と言う私の理解者が、私の体に起こった行為に対して純粋な怒りを抱いてくれたことに喜びを感じていたのです。我ながらなんと歪んでいることでしょう。

 

「そうか、そう言うことか――! これはただの繰り返しで、強者に対する呪いと嫌がらせに過ぎんと、そういう事なのか! ええ!? 有象無象の弱者どもよ! 」

 

ギルガメッシュの声は高らかに鳴り響き、空へと吸い込まれていきました。彼の方向が私の耳朶を打った瞬間、私は満足の感情とともに、意識を今生から手放しました。

 

 

帝都、深川町近隣

 

 

「喜べ。此度私は、貴様が正義の味方になる機会を与えに来てやったのだから」

 

人気のなくなった結界の中、奴の発した言葉がやけに大きく耳朶を打つ。こちらを馬鹿にするような口調と、そんな言葉を発する歪んだ口元ながらも、さすがに元々は教会の神父という説教者である奴の声は、静かながらもよく通る声で、心の中へ自然と染み入るような声色をしていた。あるいは。

 

――私の弱気がそうさせたのかもしれないが

 

「――貴様……」

 

言葉に対してその真意と意図をなんとか探ってやろうと、奴の一挙手一投足に注目するも、奴はいつものように、後ろ手に構えた姿勢のまま動かない。

 

「話し合いを所望する相手に対して全開の殺気を返す。それが貴様のいう正義の在り方、というわけかね?」

「――……、チッ」

 

奴の嫌味に対して自然と生じてしまう舌打ちを隠すことなく、しかしその言葉の内容は至極真っ当なものだったので、無理やり殺意を抑えて、警戒程度に変えてやる。その際、抑えきれぬ感情に苛つき、目元と頬に歪みが生じてしまうのは必要経費というものだろう。

 

「嫌悪しつつも他人の忠告を素直に受け入れるようになったあたり、やはり貴様は、衛宮切嗣などという男よりは、まだ救いようがある」

「――」

 

養父を馬鹿にするその言葉に再度溢れそうになる感情を、無理やり抑え込む。相変わらずこの男はこちら側の琴線を逆撫でするようなことしか言わない。奴はそうして私が奴に対して様々な悪意の感情を向けられるのを愉しむかのように、ゆっくりと味わい咀嚼するかのように、愛おしげに、同類を見るかのような視線で頷く。

 

「それでいい。世の中は決して自身の思い通りにいかないし、他人は自らと異なる趣味、嗜好を持っている。それを理屈でなく感情として理解し、そしてしかしそんな思考の差異から生じる嫌悪感を貴様が取り戻してくれたからこそ、私は貴様に話を持ちかける気分になったのだ」

「――どういう」

「話は変わるが、エトリアという場所は、貴様にとってさぞかし過ごしやすかっただろう?」

 

―――ことだ。

 

そう問いかけようとして、突如飛び込んできた言葉に耳を疑った。

 

「……は?」

 

――それとこれとが、どう関係しているというのだ

 

「いや、聞くまでもないか。――戦闘の強さというわかりやすい価値観を絶対の軸とするエトリアという場所は、英霊としての戦闘力を保有する貴様にとって、さぞかし過ごしやすかったことだろう。貴様は貴様と価値観の方向性をまるで同じとする人間の中で、最も優れた部類の強者だった。己が能力を正義と認められる場所で、己が能力を振るって気ままに過ごせたのだ。過ごしにくかったなどとこと、あるわけがない」

 

――その先を言うな

 

心が痛む。取り戻したばかりの感情が、それ以上奴の言葉を聞くなと言っている。

 

「――なにを」

 

問い返さなくともわかる。私はきっとそれを、無意識のうちに理解していた。私は無意識のうちに理解して、そして、傷付かないで済むからと、見ないふりをしていた。

 

「弱者の逃避によって形成されたあの世界は、もう決してこれ以上誰も傷つかなくていいようにと、必死の願いの上に創り上げられた、弱者たちの理想郷だった。誰もが気ままに生き、そして生涯で最高の満足を得たのち、その後、得た理想との現実のギャップに苦しまなくてすむよう、速やかに死の運命を与えられる、そんな場所だった。赤死病などというものはな。その一つの矢に過ぎなかったのだ」

 

耳鳴りがひどい。頭がキンキンとうるさい。

 

――その先を聞くな。

 

そう忠告する理性を、しかし今度は感情が抑え込む。ここで聞かねば、二度と同じ機会は訪れないと、取り戻したばかりの感情が必死に訴えていた。

 

「そう考えれば、ギルガメッシュという、生の享楽を絶対とする旧時代の始まりの英雄たる象徴を、旧時代に作られた塔の上に据えられた旧人類の選択は、実に自然なことだと貴様も納得できるだろう。世界樹の世界という箱庭世界は、箱庭世界においてエトリアという場所は、来訪した絶対的な個の存在に怯えた旧人類が、誰もが幸福であれという共通の願いの元に生み出した、そうあれかしという願いの元に創り上げられた楽園だった」

 

あそこは私にとっての理想郷だった。ああ、だからこそ。私は旧人類の、凜の庇護の下、思う存分悩み、苦しみ、そして、失われたはずの、モラトリアムを追憶できていた。私はただ。与えられた快楽を一方的に貪るだけでよかった。……ああ、だから――

 

――あそこは私にとって、あんなにも居心地がよかったのか。

 

「だがそんな凪いだ世界で緩々と夢を見ていられる黄金の時代は終わった。ほかならぬ絶対的な強者の存在である貴様が終わらせたのだ」

「あ――」

 

しかし、そんな作られた箱庭世界を、だからこそ異物である私を拒絶した。あの世界で私はピーターパンであると同時に、フック船長だった。

 

「箱庭に住まいし弱者のうち、強者になりたいと変化を望むのは世界樹の迷宮へと集い、そして望み通り強者の夢を見る。しかして、仮初めの強者の夢を、貴様の強さという現実が打ち砕いた。そして純粋な強き個体を前に、再び怯えた人間たちは、今まで通り、自らが存在しても良い居場所を求め、絶対の軸となる純粋な神を望んだ。それはやがて願いとなり、世界よ生まれなおしてくれという回帰思考に変わった」

 

――世の中は等価交換だ。

 

何かを得るためには、何かを失わなければならない。ならば、誰かが正義の味方になるには、悩む人々と悪役が必要だ。つまり。

 

「新人類が無意識下に抱える根源的恐怖。自分より強い、あまりに異なる存在を否定する弱者が生み出した心からの祈り。――、人が月夜に見る、巨人の幻想。すべての幻想の原典すなわち、それこそがこの度の全ての元凶であり、貴様の敵だ」

「――」

 

――私の敵は、私が守ろうとしてきた、手を差し伸べたいと思ってきたその人たちの、意識そのものだった

 

唐突に突き付けられた目もくらむような現実に、胸を抑えて息苦しくもがく私を、そんな私をまるで正義の味方のように救い上げようとでもするかのように、言峰綺礼は、優しく慈愛に満ちた手を差し出してきた。

 

「貴様がそんな膿んでいた世界の傷を切り開いた。――さぁ、正義の味方/エミヤシロウよ。私の手をとるがいい。さすれば、そして傷ついた世界を救う手段を教えよう。いつものように弱者を切り捨て、多くを救い、貴様が正しいことを存分に世界に示すための手段を、だ」

 

 

そうして差し出された手には、世界の全てが乗せられていた。

 

「敵である貴様が真実を語っている話、信じられるわけが――、そもそも、なぜ神の僕である貴様が、唯一神を裏切るような真似をする」

 

絞り出した言葉を、奴は心からの喜びを込めて返してくる。

 

「神はその姿を現したその時点で、もはや神ではなく、どれほど力があろうと単なる偶像にすぎん。それにもし仮に、あの神が、慈悲深くも現世に姿を表したものだとしても、私は、その降臨した神、YHVHにより、天使『マンセマット』の殻を与えられて復活している」

 

そうして生まれ変わった奴は、しかし、以前のように、変わらない静かな笑みを浮かべながら、私の懊悩を心底喜んでいた。

 

「ヨベル書に登場するこの天使は、ヘブライ語で敵意、憎悪を意味し、人を試すことで信仰心と善性を見極めるための存在でもある。――あれが真に神であるというなら、あるいはこの裏切りに見える私のこんな行為ですらも、その手の内の出来事に過ぎないのだろう。つまり、どのみち私は、神の意志に背いてはいないのだ」

 

その手の上に乗せられたものが正しいものであるかどうか真意を見極めようとしても、奴は詭弁じみた言い方をして惑わしてくる。迷う。

 

――なるほど

 

たしかに、奴がマンセマットという褒められた存在ではない悪魔として復活したという事実だけは、どうやら本当のようだった。奴はそうして自らの手を揺らして、誘っている。相手の最も欲するところを承知して、気持ちを擽るあたり、まさに悪魔の所業――。

 

「――どうした? 多くの人間を救いたいなら迷わず手をとるがいい。今目の前にあるのは、たしかにかつて貴様が望み実践していた正義なのだぞ?」

 

――本当に

 

相変わらず嫌になるくらい性格が悪い。その差し伸べられた手を取れば、かつてのように私が無意識のうちに打ち据えてしまった弱者を切り捨てることになる。しかし差し伸べた手をとらなければ私は意識的に、多くの人間を見捨てたこととなる。つまり、どちらを選ぼうが、救われない人間が出てくる。

 

――私はかつてのように、自ら進んで、切り捨てる人間を選別しなければならない

 

言峰綺礼は、かつて、私に聖杯の力を用いて人生をやり直す事を望んだあの夜の失敗を、きちんと反省し、踏襲して、手を差し伸べてきている。あの夜失敗した奴は、その後、私をより正しく理解し、より苦悩するような選択肢をきちんと用意してやってきたのだ。

 

――本当に、コイツは……!

 

あの時は私とそこにまつわる少数だけが救われるか、否かだった。しかし今、奴の手の平の天秤の上に乗せられているのは、自分の命でなく私と関係しない、無関係な大多数の他人の命なのだ。私が、奴の差し出した、そんな伸びてきた手を見つめると、奴の目が愉悦に歪むのがわかる。手を取ろうがとるまいが、奴はそんな私の解決しない苦悩にこそ、自らの幸福の在り処を見出している。こうして私が懊悩する姿にこそ、奴は幸福を見出している。

 

――クソッ……!

 

私がどうあがこうが、奴はすでに自らの最低限の利益は確保している。そうして私の感情が復活し、迷いが生じると見込んだ。だからこそ、奴は私にこんな話を持ちかけてきたのか。それはなんとも、ああ。

 

―――本当に、腹立たしいくらい、私の中の言峰綺礼像と変わらなくて

 

「――言峰綺礼」

 

――――――?

 

「なんだ? どちらを選ぶか決めたのか?」

「貴様は、私がどちらを選ぶことを望むのだ?」

 

気がつくと、私はそんな言葉を口にしていた。奴の鉄仮面にひびが入った。

 

「そんなこと、どちらでもよかろう。選ぶのは貴様で、私は貴様の敵なのだ。敵の事情など聞いたところで、選ぶのは貴様自身なのだ」

 

その通りだ。奴が嘘をついているか否か、判別する方法は、今の私にない。真実を確かめるには、手をとって、それが真実であるかどうかを確かめるしかない。結局選択は自らの手で行い、選ばなかった方を後悔して、背負うしかないのだ。このような問いかけ、たとえ相手がどのように応えようと、所詮は自己満足に終わるもの。

 

――だが

 

そんな一見、どうでも良いような無意味な問いかけに、しかし言峰綺礼は、質問したこちらが驚くほど狼狽えて、動揺を露わにしていた。奴はあからさまに困惑していた。そんな奴の狼狽える姿に、私はかつての自分を幻視して。

 

――この先にこそ、私の望む正義の味方の形がある

 

「いいや、どちらでもよくはない」

 

私は確信していた。

 

「なぜなら、今、私にとって、それは、世界の命運なんていうものよりもよほど重い質問だからだ」

「なっ……!」

 

奴がうろたえる。そうするほど、私は自分が間違った方向に進んでいないことを確信した。

 

「さぁ、答えろ、言峰綺礼。貴様にとって、私がどちらを選ぶのが、貴様に取って好ましいのか! 貴様は私に何を望むのか!」

 

私は自らが取り戻した感情が叫ぶまま、それを優先して奴に問いかける。世界をそんなものと切り捨てるその様に、奴はあからさまな混乱の様子を見せていた。答えを初めから自らと完全に相容れぬ存在であるだろう決めつけて奴の言葉を完全に拒絶するのではなく、真正面から、真っ向から、お前の救いはなんだと尋ねる。思えば、自らの思想と対極にあるものに対してそのような気分になったのは、生前、衛宮士郎として過ごした時代も含めて、初めてではないだろうか。そう。

 

――思えば私は、初めからこの男を、相容れぬ存在として拒絶していた

 

「お前は、なぜ……、なぜ今更、こんな段階になって、そんなことを気にするのだ……!」

 

初めて教会でこの男と出会った際、私は遠坂凛がこの男を嫌悪しているのを知って、或いは、この男が、衛宮切嗣の目指した正義の味方という存在の矛盾点を指摘した瞬間から、この男のことを嫌い、言葉に耳を傾けようとしてこなかった。

 

「決まっているだろう? ――――――、私が気になっているからだ!」

 

私は、私の誰かの正義の味方になるという願いが、同時に何者かの願いを踏みにじる行為である事を指摘する言峰綺礼という男の言葉を、理屈では理解しながらも、感情として受け入れられず、拒絶し、否定し続けてきた。しかしそれは。私がそうして奴を否定し目をそらし続けたその行為は。

 

「私はお前の対極だ! お前と私は相容れない存在なのだ!」

 

奴は叫ぶ。

 

『正義の味方には倒すべき悪が必要だ』

『正義の味方に救えるのは、味方をした人間だけだ』

『それでも私は、あいつの甘いところが愛おしいって思う』

 

応じて様々な思いが浮かんでは消えてゆく。だが。そんなことは。

 

「知ったことか! それでも私は知りたいのだ! 貴様がどうしてそれを選択するのかを!」

 

私がそうして奴を否定し目をそらし続けたその行為は、奴の言う通り、自身の感情を踏みにじり、私が心底嫌悪する、自身の幸福のために誰かの幸福を踏みにじるという行為そのものに、他ならなかった。だから――

 

――私は今、他の誰でもない、私自身の意思で、他者と向かい合い、結論を出す……!

 

「そうだ……!」

 

私は今、誰かの思想を受け継ぎ、それを軸として他人の思想に責任を押し付けて揺籃に守られて過ごすのではなく、その殻を打ち破り、自らの出した結論の元、誰かが思ってくれる私自身と、そんな自らの感情を大切にしながら、そうして異なる意見にぶつかり傷付きながらも、それでも自らの足で歩く覚悟を決めた。

 

だから――

 

「私は私にとっての正しさを他人に押し付けるだけでなく、普遍的な正論を振りかざすのでもなく、私は、貴様という私にとっての相容れぬ思想を持つだろう貴様すらをも受容して、そのさらに先の、私にとっての私だけの『正義の味方/答え』を体現して見せる!」

「――……!」

 

―――だから……!

 

「――さぁ、答えろ、言峰綺礼! 私が今やったように、貴様という人間を、貴様自身の言葉で、どのように理解しているのかを、その口で私に聞かせてみせろ!」

「――……」

 

さぁ、お前の考えを私に教えろ、言峰綺礼! 私は、お前という、私にとって不快な自分自身の痛みすらも受け入れて、俺の、お前にとっての正義の味方になってやる!

 

――そうだ!

 

傲るな! されど、誇れ! 望むのは問答無用にハッピーエンド! そこを目指して歩きださねば、いつまでたってもそこに到達出来やしない。どうすればそこにたどり着けるかなんて小賢しいことを考えるのは、馬鹿になってゴール目指して道を走り出した、その後でいい!

 

 

「――衛宮切嗣は他人を拒絶し、憎悪することで自らの原動力としていた。奴にとっての世界平和とは、奴と少しでも思考の差異があるものを一切認めぬ、徹底した他人の排除の先のみ存在するものだった。奴のそんな子供じみた妄執の怨念を受け入れ、側に存在し、理解できるのは、それこそ他人を受け入れる余地のある才に溢れた聖人のような人格者か、あるいは、貴様や奴の妻のように、他人の憎いという感情を理解出来ぬ無垢な人形が如き存在くらいのものだろう」

 

私の咆哮の後、静まり返った空間において、滔々と語り出す。奴は一見、まるきりこの場とは関係ないような人物のことだが、しかしそれは、私が正義の味方を目指す原点となった男のことであり、私はなるほど、それこそが、この男に、ここまで私を執着させる原因になっているのだと直感した。

 

「奴は、自身の憎しみをばら撒く対象として、最も世間から疎まれているだろう相手を選び、ぶつけることで、自身の行いを正当化しようとしていた。その偽善。その欺瞞。自虐と自己否定と自己陶酔の果てにある行為を正義として世間に認めさせようと破廉恥なまでに傲慢な態度をとっていた。――私はその子供の我儘じみた妄執を受け入れ難かった」

『子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた』

 

――ああ

 

そして私は、衛宮切嗣の昔の言葉の真意を、唐突に理解できた気がした。衛宮切嗣があの月下の元、彼が言った子供の頃といったのは、衛宮士郎という私を孤児院から引き取らないまでの間のことだったのだ。彼はそれまでずっと、自身の意思を思うがまま世界に押し通すだけの子供だった。

 

――そして、それを言峰綺礼は受け入れられなかった

 

「あれは自らを愛してくれる女と家庭を築き、自らに情を向けてくる子供を作るということまでしておきながら、そんなものに価値などないというかのように、それらを捨てる男だった。私が当時、心底望んでも手に入れられなかった普通を、なんなくあっさりと手に入れておきながら、しかし奴は、それをどうでもいいと言わんばかりにあっさりと捨て去ったのだ。その余裕は、当時の私にとって、心底目障りだった」

『ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気が付けば良かった』

 

衛宮切嗣という男は自らが欲しいものを全て手に入れていたが、それに気がつかないまま、そうして他人を踏みにじっていた。あの夜、衛宮切嗣は、自らの傲慢さをそうと認め、言葉に出して自覚したことで、ようやく大人になったのだ。あの夜まで衛宮切嗣は、世界に君臨する我儘な暴君で、誰がなんと言おうと絶対的強者だった。

 

歪みのなかった子供の私は、だからそんな絶対的な彼に憧れた。大きく歪んでいて一足先に大人にならざるを得なかった言峰綺礼は、だからそんな暴君じみて他者を排斥する子供のような切嗣を心底憎んでいた。

 

「衛宮切嗣は、自己救済のみを目的とする、歪んだ子供が抱く、奴の憎悪に基づく歪んだ正義の思想の持ち主で、しかしそんな理想が見た目綺麗だからというだけの理由で、幾人かの人に受け入れられていた」

『全ての人間を救うことはできない』

 

衛宮切嗣は、そんな誰もが争わなくて済む世界という、他人の誰にとっても正しいはずの理想を持つ自らを受け入れない世界を認めず、憎悪し、拒絶し続けていた。逆に、言峰綺礼は、他人の不幸に喜びを感じるという、世界中の誰にとっても受け入れ難いだろうそんな他人と乖離している考えをどうにか変容しようと努力していた。

 

しかし世間に受け入れられるのは、自らの醜さを見つめて他者との理解を求める祈りから生じた自らのそれでなく、憎悪から生じたはずの切嗣の見た目綺麗な願いだった。その差異が。それこそが。

 

「――私はあれが憎い。私が心底望んで、そして手に入らなかったものを、価値がないと判断したあの男は、嫌って、さらりと捨て去った。そして長い時にてやがてどうにかそんな事実を消化しかけていた私の前に現れた貴様は、奴のそんな歪んだ思想をそのままに受け継いでいた。――嫌味の一つも言いたくもなるというものだ」

『爺さんの夢は、俺がちゃんと形にしてやるから』

 

それが、ここまで言峰綺礼を歪ませて、切嗣に対する嫌悪感というものを呼んだ。言峰綺礼が必死に積み重ねてきたものを、衛宮切嗣という男は、無意識のうちに、それと反対の行為を行うことで、言峰綺礼という在り方を完全に否定した。

 

――そして私は

 

そんな切嗣のその在り方をそのまま受け継いでいた。

 

――だからこの痛みは

 

心の底から他人に否定されて生じるこの痛みは。これは、そうして私が切嗣の思想に、心地良いからという理由で身を委ね、自身の感情との、あるいは、他者の思想と感情の齟齬により生じる痛みを無視して、やがて傷ついてしまう事に恐れて、対話と成長を拒むようになったツケなのだ。

 

「だから、私は、貴様がどちらを選ぼうが、どうでもいい! 私にとって、貴様という衛宮切嗣のコピーが苦しむことこそが最大の幸福なのだ!」

『ああ――――――安心した』

 

私はそして叫ぶ言峰のその心底怖気が走るような憎悪の顔の向こう側に、切嗣の陶酔した安心しきったような微笑を見た。目の前で叫んでいるのは、他でもない自分自身が、ずっと目を背けていた部分だった。

 

――だから

 

「そうか……」

「――!」

 

私の言葉に言峰綺礼の顔がひどく歪んだ。戦慄が走った、と。まさにそのような表現が相応しいだろう表情を奴は浮かべていた。おそらく、自身の正面の相対する相手である私が、自分の理解を超えたのだ。私は奴の絶望を踏破した。私は奴の中に見た、私に打ち勝った。

 

――私は、私の絶望を踏破した。

 

「それが貴様か! ようやく私は貴様を理解したぞ、言峰綺礼!」

「貴様……!」

 

奴が憎々しげに顔を歪めるほど、私の心に愉悦が走る。背筋がゾクゾクして後ろ暗い背徳感が、身体中を満たしてゆく。

 

――なるほど、これが奴か!

 

否、それだけではなく同時に、胸の内より脳裏へと這い上がってくるものがあった。それは、勝ち取ったと言う事に対する喜びだった。私は自らの裡に無かったものを、自らの力で、自分の対極にあるものを、私は自身の中に取り込めたという喜びに打ち震えていた。そんな、自分が納得する、かつての自身を乗り越えられた、答えを出せた自分が誇らしかった。いや、きっと、それは。その喜びは。

 

――それは間違いなく、いつか自分が切り捨てた、自分自身の中にあった物。

 

私はついに、在りし日に失った私を統合し、私自身となることが出来た。

 

――そうだ、だから……!

 

「ならば私は、貴様の望む通り、貴様の手を取って、自ら苦しみ、その果てにしかし、俺は貴様なんかの望まないように、お前の幸福をも含んだ、幸せを実現してやる……!」

「――……!」

 

奴の顔が別の色に塗り替えられていく。奴の世界に私はついに綻びを作ったのだ。私は世界が私に被せた私のイメージを打ち破り、世界が私として定めた固有結界を打ち破った。私はついに、私の自身の「正義の味方」を見つけたのだ。

 

「何度だって尋ねてやるさ! 私が諦めない限り、私は私の正義の味方でいられるのだから! ――――――さぁ、教えろ、言峰綺礼! 貴様の知る全ての知識を俺に寄越せ! その先に俺は、誰もが幸福になる私の理想とすると世界を掴み取ってみせる!」

 

理不尽な選択を押し付けてくる言峰綺礼とその背後にいる存在にたいして、誰かが一方的に不幸になるなんていうそんなくだらない結末は覆してみせようと、私は声を大にして宣言した。

 

――理想は遠く、現実は冷たい

 

そんなことは、世界に裏切られ続けた自分がよく知っている。おそらくこれから先も、同じような事を繰り返す都度、今私に浴びせかけられている二人の視線と同じようなモノを浴びることとなるだろう。けれど。

 

――それでも私は、それを目指す……!

 

誰もが幸せになれる世界。世界の正義も悪も飲み込んでやると言うそんな、どこからどう見ても上から目線の、お前の意見なんて知ったことかという強者の押し付けがましい矛盾を孕む馬鹿げた宣言を、しかし世界の悪意の尖兵たる悪魔になった言峰綺礼は、一切、否定の言葉を返してこなかった。




ここまでお読みになってくださっている方ならご承知かもしれませんが、私の書く本物語の隠していた真相をバラす第二部は、それぞれの原作を踏襲した終わりを目指した第一部と比べ、「大幅に鬱屈としているな」、と感じていることと存じあげております。

おそらく私がその理由を推測しますに、それは本物語、第二部、三話にて、この物語を書き出しました軸として申し上げました通り、原作において救われないエミヤすなわち、悪役と呼ばれるいわゆるマイノリティとして切り捨てられた側の視点から、彼らに対して特に焦点を当てて物語を書いているからであると思います。

読者の方にフラストレーションはたまるでしょうが、どうしても、エミヤを、彼の望み通り、誰にも認められるようなきちんとした正義の味方にするためには、必要な手順であると私は考えています。悪と呼ばれる存在をただ切り捨てるのでは、以前のエミヤと変わらない。そこを変化させてやらないと、彼は再び煉獄に落ちてしまうでしょう。

だから、これはその処置なのです。悪人の側から彼らを理解し、受け入れ、エミヤが真なる正義の味方になるための試練なのです。そのため、悪人に対して同情的な書き方をし、また、原作で正義であった側が、どうしても、対比的に、悪役化してしまいがちです。その点、本当に申し訳ありません。どうかご容赦ください。

しかし、ようやく熱血系主人公になってくれたなぁ……
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