Fate/ Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜 作:うさヘル
Fate Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜
第六話 選択の時
子が自らの望む未来に向かって自らの足で大地を踏みしめ歩んで行けるよう日常に起きる小さな出来事に対して幸福を感じられるように教え、同時に、世間や周囲の環境に押し潰されないだけの強さを獲得出来るように育てる事こそが親の役割であると言えるだろう。
それは義務、といっても過言ではない。あるいは、血の繋がりがあろうがなかろうが、子供という存在にそうした教育を施せる人間をこそ、親、と呼ぶべきなのだろう。
まともな教育を施し、真っ当な人間に育て上げる事が出来るか否かを基準に親という存在の資格を定義するのならば、娘にそんな教育を施せなかった私は、あらゆる意味で親と呼ぶに相応わしい存在ではない。そもそも私は、一般の人間が幸福と感じるような出来事を幸福と感じず、他者の不幸をこそ幸福と感じる悪人であり、人格破綻者。まともという定義の外にいる存在だ。
――そんな事は百も承知の上だ
そうだ。私は悪性の存在だ。普通の枠組みから外れた、健常者とは異なる感性と精神を持った人間だ。客観的にみれば、子を育てる資格も、親と呼ばれる資格も持たない、他者の苦しみの中にこそ喜びを見出す人格破綻者だ。他者が現状を打破しようともがき、苦しみ、しかし結果、苦労の甲斐もなく何も果たせずして絶望の泥の中に沈んでゆくことをこそ尊び精神の糧とする、世間一般には悪と呼ばれる存在で、決してまともな親になる資格など持っていない人間だ。
――だが、だからと言って諦める私ではない。
そうだ。私は誰かの親となるのに不適当な人間だ。しかしだからといって私が子供にまともな教育を施す事が不可能であるかというと、それは否だろう。いやむしろ、かつて若かりし頃に自身の悪たる本性を認められず、どうにか普通の人間になれないかと苦慮し、その努力を行なっていた私の方が、『普通』という状態がいかなる状態であるかを意識せずにそう過ごす事の出来る人々よりも、普通の幸福というものを知らぬ子供を教授するには適しているやもしれない。
――あの男は他人が示した夢を、自分の真なる目標とする事を良しとしている
目の前にいるのは、幼少の頃、肉体と心が死に瀕するほどの大きな外傷を負ったが故に、歪んだまま育ってしまった大きな子供だ。かつての自身の持ちうる全て失った男は、生きる為の道標として自らを助けた親とも呼べる男の精神を模倣し、正義の味方になる事を目指していた。
――他者の示した答えに満足し、歩むべき道を自らの手で選びとらない
その男は、自らを育てた親によって指し示された道こそが絶対的に正しく、その期待に応えられなかった自分には一切の価値がないと信じ込んでいる。それにより奴は今なおも歪んだ精神のままで、間違いを繰り返している。
――私は、それがひどく、気にくわない
奴の中には、未だにあの男がいる。自らの正義こそ絶対的に正しく、自らの正義にそぐわない存在は、全て排除すべきだと盲信した衛宮切嗣という男が、あの衛宮士郎という男の中には巣食っている。
――子は親の期待に応えるだけの道具ではない
Eli,Eli,Lema sabachthani/神よ、神よ、なぜ私を見捨てられたのか? 絶対者たる神と神の子の間に意思の非疎通があったように、私の父、言峰璃正と、私、言峰綺礼の関係がそうであったように、同じものを信仰していたとしても、親の掲げた理想と子の幸福が完全一致することはありえない。否、それどころか、親がその脳裏に浮かべる理想の姿や世界というものは、その期待の高さ故、子に対して不幸と虚無を招く呼び水となる可能性の方が高い。
――子は親の理想を実現する為の傀儡ではない
そう、親と子は同じ人間だとしても違う生き物なのだ。そんな事も理解せず、ただ己の視点と幸福の在り方を子にも適用し押し付けるような教育を施す人間は、私のように悪と呼ばれるべき存在なのだ。ならば、そう、それは、決して、子供に、『万人にとっての正義の味方』などという夢想を謳って良い存在ではない。私はそのような存在を認めない。そうだ、認められるはずがない。
――己の理想のため、子の幸福を踏み躙る親など、絶対に認めてやるものか
そんなもの、かつて親の勝手な理想を押し付けられが故に、身も心も擦り切れて心が砕け散る直前になるまで艱難辛苦に満ちた生涯を送る事となった私が認められるはずがない。認められるはずがない。認められるはずがないのだ。そんなものが正しいのだと認めてしまえば、親の理想に殉じようとしたが故に苦しみ、果てに理想を押し付けて来る親を殺したその先に救いを見つけ出し、悪人として他人の不幸という幸福を貪りながら過ごす以外に喜びを見つけ出すという、普通の人間としての生き方ができなかった私という存在と、私の生涯は一体なんだったのか――
――だから殺す
今なおも小僧の中に奴の理想が亡霊として巣食っているというその事実は、親の理想を撥ね退けて自らの手で己が進むべき道と同じ己の幸福を見出した私と私の生涯を、あまりに馬鹿にしている。私の進行する宗教の教義が幽霊を否定しており、私がエクソシストだという事実を差し引いたとしても、子に呪いを残す親の亡霊なぞ、存在そのものが不愉快だ。そも、そんなものが未だこの世に残り、子に偽りの希望を与えているというその事実がまずもって 耐え難い。
――だから殺すのだ
正義の味方を目指すあの小僧には、自らの意思で絶望の淵に立ち、解決不能な矛盾の中で答えの出ない答えを出そうと足掻き苦しみ続けるその姿こそが、最も相応しく、そして美しい。全てを飲み込もうとする闇の中、悪を自認する私にとって最も相応わしい役割を果たすべく、私は私の身に宿った悪魔の力を用いて奴の中に巣食う亡霊を殺す工程を開始した。
*
「うーむ、予定通りとはいえ、いきなり戦場に放り込まれるとは思わなんだなぁ!」
「ししょー! わりかし冷静にいってる場合じゃないですよ! 根暗ニンジャが姿を消すのはいつものことだとして、あのツノ生やした全裸ウーマンも見当たりません! 」
「あの子ならどっかに消えてったわよ」
「なんだとぉ! 」
「なんですと!? じゃ、じゃあ、彼女は今どこに」
「さぁ? でも消える前に、『予定通りだけれど予定より早く進み過ぎている。キーパーソンがまだ足りていないのに……』っていって焦った様子だったから、私たちの前に現れた時みたいに、ここでないどこかに誰かさんでも迎えにいったんじゃない?」
*
「ギルガメッシュ何してるの!?なんで貴方の本来の力で戦わないの!?」
「我は初め、あれらを負け犬とそれ以下の集団であり、身の程を知り挑戦を諦めた賢しい大人の集団であり、我が身可愛さに神に尻尾を振る獣畜生に劣る存在だと思っていた。だが違った。あやつらは確かに負け犬とそれ以下のペシミストの寄せ集めではあったが、少なくとも獣ではなく人であった。目の前にいるのは人である。ならば半神半人たる我も神の力を封じ、この世界に生きる人としての戦いをするがやつらに対する礼儀というものであろう?」
「だ、だからって、世界の命運がかかっている戦いでハンデをつけて戦わなくても……!」
「無粋よなぁ、イシュタルよ。お主は本当に、才知にあふれ、賢しく、故に人の理というものを解さん。こんな理は、ほれ、そこにおる別世界の人間と畜生や、貴様の背後で子守りをしておる狂犬ですらも理解しておるぞ。その証明に、こやつらも手を出そうとはしておらん。結果を求めるがあまりに過程を軽視する。まるで過保護な親のように、子の願いのために無駄に口と手を出しすぎる。そんなだから貴様は他の国の神々から心底嫌われておったのだ」
「な……!」
「結果のみを求めるのであれば、確かに目の前の奴等に我と貴様らの力を集約させればそれで即座に終わりよ。我のみであったとしても、蹂躙作業はものの数分とかからずに終わるだろうとも。だが、結果のみを求め、過程をすっ飛ばして成果を得たとき、人は容易に堕落するし、そこに成長はない。我ら力あるものが無闇矢鱈に介入すれば、仮にこの戦いに勝ったとしても、我らの力によって世界が救われるだけで、今を生きて目の前で足掻く奴等に救いは訪れず、変化もない。少ない犠牲によって世界は救われるが、それだけだ。わかるか?」
「あ……」
「イシュタルよ。貴様はそんな、全ての人の救いを求めたくせに叶わず、世界とそこに住む多くの人の救いのために少ない人を殺し続けるしかなかった愚か者を救いたかったからこそ、貴様と貴様の伴侶の命をかけたのであろう? なのにそんな貴様が、そんな奴の想いを否定するかのように、再び、少ない側の人を切り捨て、世界を救う選択をしようというのか? ん?」
「……っ!」
「人は自らとその手の届く範囲にある力のみで勝利を手にしたとき、初めて自らを救うことができる。そして自らを救い続けた先にこそ、人は初めて別の世界の扉を開ける資格を持つ。この戦いはな。今まで出来なかった者が、出来るようになるか否か。不変だった存在に変化が訪れるか。人を切り捨て世界を救うか、世界を切り捨て人を救う以外の選択肢を見つけ出せるかという、そういう戦いよ。我が我に課せられた本来の役割を果たすのであれば、なるほど、イシュタル。貴様のいうとおり、この世界と人を統べる王として、我は目の前のあやつらを打ち払うべく全力をふるい、世界とそこに住まう多くの人を救うことこそが正しい選択……。それが我のとるべき王道であり、正論よな。無論、その時が来れば我は迷わずそうもしよう。だが――――、まだ時間は残されておる。なれば我は、我個人の欲望として、この戦いの結末に、人の世のその先を見てみたい」
「先……?」
「すなわち我や我より連なる英雄の系譜にあるものではこれまで成し得ることのできなかった奇跡を、だ。そして、如何なる部分に目をかけたのかは知らぬが、星に選ばれた奴らであるならば我が見たこともない奇跡を見せてくれるやもしれぬ、と、そう期待した。だからこそ我はこうして、奴等と同じ場所に立ち、同じ力のみで奴等を試そうとおもった――――――、わけだが」
「え……」
「どうやらそれも無駄に終わるやもしれぬな」
「ど、どういうこと!?」
「こちら側の雑種があまりに強過ぎ、あちら側の雑種どもがあまりに弱過ぎる。こちら側にいるのは今生において自らの思いを成し遂げたものばかりであり、あちら側にいるのがそれを成し遂げる事が出来なかったものばかりである。それを思えばこの結果も当然であるが――――、それにしてもあやつらは力も意志も薄弱に過ぎる。実につまらん。このままでは我が蹂躙すると変わらぬ結末になってしまうではないか」
「……」
「象と蟻の差の如き絶対的な彼我の戦力差を覆す。そんな奇跡を起こさねば奴等に勝ち目はない。生まれ持っての身体能力の差、培ってきた経験値。その全てが、此方側が優っておる。唯一あちら側の優位は、無限の回復能力を持っている事のみ。無論、優っている部分がある点に賭けて一点突破を狙えば逆転の目がないわけではないが――、それは実現が0パーセントに近しい未来を引き寄せ続ける度胸と忍耐が必要な作業だ。そんな作業を凡人たる奴等が一朝一夕に出来るわけもない。出来るとしたらそれは――」
「それは?」
「それは、我と同じく万能に優れた天賦を持つ才人か、我が生きたのと同じかそれ以上の年月を空想じみた奇跡を実現させるために費やしてきた大馬鹿者くらいのものだろうよ」
*
???
*
「こ……こ、は……」
目がさめるとまるで見覚えのない場所にいた。周囲を見渡すも、視線を送った先には濃紺の闇が跋扈しているばかりで、自身の居場所を探る手がかりとなりそうなものは何もない。そこにあるのは完全無明の闇であった。一切の光明ない最中、唯一自分に理解できたのは、自らが今いる場所が、通常我々が暮らす場所より隔離されたまともでない場所であるということのみだった。
――ゴォォォォォン
「っ――――――!」
果たしてなぜ自分はこのような場所にいるのだろうか。周囲よりその理由を導き出す事が不可能であると判断した私が意識を失う直前前後の記憶を掘り起こそうとすると、直後、遠くからは聞こえてきた鯨鐘の響きに似た音色に意識を揺さぶられ、ずきずきと目の奥を突かれるような頭痛が走った。
「何が……」
最早用事は済んだのだと言わんばかりに失せてゆく音の潮について行こうとする意識を無理やりその場に留めると、瞼を下ろして密に痛みの原因を探る。暗闇の最中、さらに暗黒を用意する無意味を自嘲しながらも痛みの原因を探ってみれば、それは、戦いの最中、見切りという技術を駆使して戦う者にとって特に重要となる器官である視神経と関連する眼筋が、強化の魔術により無理やり酷使され続けて結果なのだと知る事が出来た。おそらくは先ほどの音が体を振動させた事が、痛みの呼び水となったのだろう。
「道具が……」
痛みを和らげるべくヤタガラス特製の傷薬を用いようと腰に手を回すも、そこに彼から渡されたはずの道具が入った巾着袋はなく、それどころか、同じように腰のホルスターに引っ付けていた拳銃、弾丸の類までもが一切残らず消失している事に気が付ける。もしや位置がずれただけかもしれないと腰を探るも、着慣れた聖骸布の柔らかい感触とベルトの硬い肌触りだけが手のひらに刺激として返ってくるだけで、目当てのものに手が触れることはなかった。
「――――、はぁ」
無為を悟り、神経の治癒が望めない事を意識した途端、よりいっそう神経が痛みを訴え出した。痛みはやがて関係ない脳神経にまで影響を与え、打つ手のないという事態に対しての苛立ちへと変貌する。人間らしい感情というものを長き間に磨耗して忘却の彼方へと置き去りにして久しいが、もはや何をどうあがこうが手のうちようがないこの歯痒い感覚と未知に対する恐怖、そしてこの身体反応だけは、長い付き合いの疎ましい友人として忘れようもなく体に刻み込まれている。
――落ち着け。もともと自分のものでなかった道具がなくなっただけだ。少なくとも手持ちの道具が失せた以外、自らの体に被害はない
そんな苛立ちや恐怖は早めに払拭しなければ肥大化し、やがて己を押し潰す毒となる。故に、私は己を奮い立たせるべく、自らの神経を宥めてすかしてやるべく慰撫の言葉を発した。
「なにも、問題は、ない――」
指の腹で額を一定のリズムにて叩きながらそんな暗示を何度も繰り返す。視覚が役に立たない今、そうして自らの体を叩く指の感覚と軽打により生じる骨を叩く音だけが、世界の全てだった。打診に自分は確かに未だこの世界に存在しているのだという確信を持てたためか、僅かにばかり生じかけていた体の震えが徐々に停止してゆく。
――、………………、はぁ
そんな事をどのくらい続けていただろうか。やがて完全に体の震えが停止した事を確認した私が指の動きを止め終えると、自然とため息が漏れる。ため息は、これまで苛つきや恐怖の感情に用いられていたエネルギーが別の形で発散された結果なのだろう。
「――感情、か」
以前なら一瞬で止めることのできた恐怖の感情が生み出す所作を抑えるのに数秒もかかるようになってしまった現状は、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。人間としての観点から言うなら、それはもちろん喜ぶべき事象なのだろう。
感情を取り戻せた利点は多い。多くの人間は理屈よりも感情で判断を下す生き物だ。センチメンタリズムな彼らは、紙面上に刻まれた文章の正誤や、誰かが語った言葉の内容よりも、文章を書いた人間がいかなる思いにてその文章を刻んだのかと言う点や、人間の口から漏れる言葉の音の大小や動きにどれほどの感情が込められているかで、他人や物事の正しさに判断を下してしまいがちだ。
怒っている人がいるとして、冷静な態度で自分が今どれほど怒りを抱いているのかを怒りを表現する言葉をつらつら並べて淡々と述べるよりも、拳を大きくふるって喚き散らしながら自他共に意味の不明な言葉をがなりたてたほうが、その人が今怒りの感情を抱いているのだという事実を理解されやすい事をイメージすれば、人間が如何に感情に支配されている生き物であるかを理解する事が出来るだろう。
感情とは人間にとって、他者の意思や言葉の真贋を判断するツールであり、コミュニケーションを円滑にする潤滑油なのだ。
だが同時に、感情は動作、それも特に、命が絡む戦闘を行う際において、非常に不利な方向へと働くファクターでもある。命をかけた戦闘において重要なのは、心のうちより湧き出てくる怒り、恐怖、悲しみ、憎しみといった負の感情を出来るだけそぎ落とし、自らを戦闘用の機械と化すことだ。負の感情は人の挙動を鈍らせる何よりの毒となる。そういった意味では、自身に迫り来る恐怖のような負の感情を感じる心が希薄な状態だった以前の私は、戦闘という面においてだけで言えば非常に優れた特性を持っていた。
かつての私は、半ば無意識的に恐怖などと言った負の感情を完全に制御した状態だった。だからこそ私は、そんな自身の他者の感情を理解しにくいという特性を利用することで、技術や能力面においては一流に劣る腕前でありながら、英雄と呼ばれる彼等の戦闘域にまで到達し、彼らとしのぎを削ることができたのだ。
だが今、私は恐怖というものを含めた己の情を感じる心というもの取り戻しつつある。握り締めれば、どこまでも果てなく続いている漆黒の闇に相当のストレスを感じているのだろう、驚くほどの手汗が生じていることがわかる。自らが今どのような状態であるかに意識を割かず、手持ち無沙汰のままでいたのならば過呼吸になってしまいそうな心持ちだ。歯を噛み締めて、余計な思考を巡らせていなければ、それこそ情けなく取り乱していたかもしれない。思い返して見れば、先ほどの人狼と化したライドウとの戦闘においても、湧き上がる恐怖の感情に何度行動を阻害されたことやら。
「まったく、ままならないものだな……」
我が身の不甲斐なさを振り返ると、再び湧き上がってくる感情に苦笑しつつも、言葉と共に虚空の闇の中へと放り投げる。誰に向けたわけでもない、そのまま境界すらない暗色の中に溶けて消えて行くはずだった言葉だったが――
「本当にね」
「……!」
それは暗闇の向こう側にいる誰かによって打ち返され、耳元へと返ってくる。耳朶を打って染み入ってきた言葉に、全身の産毛が総立ちした。ドクンと大きく脈打った心臓より生まれた振動が全身へと広がる。
思考は短い一言が聞こえた瞬間より停止していた。抑えていたはずの呼吸が乱れ、この幸福感をもっと強烈に感じさせろと五感の全てが訴えかけてきていた。震えが止まらなかった。嚥下した唾液が腹に落ちたのを自覚した瞬間、湿り気を帯びた震える吐息が虚空へと漏れ出す。
「感情があるから人は野生の獣のように醜く争い合う。けれど、感情があるから、人は野生の獣のように、誰かに優しく出来る。全く、人間の感情ってやつは、ままならないものだ」
声の主人は先程よりもさらにはっきりとした言葉を述べた。言葉は体をさらに震えさせた。震えは、先程闇の中へと一人放り出されたと感じた時に生じた恐怖等の負の感情から来るものではなく、郷愁とか、感動とか、そういった、喜びに属する感情から生まれ出たものだった。何といっていいかわからなかった。どう反応すればいいのかわからなかった。かつて地獄の業火によって闇の中へと閉ざされかけていた私を地獄から救い出したその声が、今再び闇の中で道を見失っている私の耳元へ聞こえてきたという偶然の奇跡に、ただ、ただ感動し、そして感謝した。
「――あ、……うぁ」
気がつくと両手で顔を覆っていた。こぼれ落ちた闇に消えるだけの雫を両の手のひらで受け止めると、驚くほどに熱かった。
「おいおい、泣き虫だなぁ。外見はすっかり大人になったっていうのに、中身はまだ子供なのかい?」
かつて赤かった髪は白髪となっている。彼の半分もなかった背丈は、もうとっくのとうに追い越していた。彼と同じ路だった肌の色は赤黒く染まり、赤銅色だった目の色は燻んで灰色となっている。身に纏っているのは聖骸布なんていう魔術兵装で、精々一緒なのは、人とは多少特異な形に伸びた眉くらいのものだろう。
私はあの頃から随分と見た目になってしまっている。だというのに、彼は一目で目の前の男が誰であるかを見抜いてくれた。その事実が嬉しくて、溢れ出る涙の勢いが増した。
「う……、く、ぅ」
感情の制御なんて効かなかった。言葉を聞いた瞬間、ここまで無視されて溜め込んできた全てを吐き出してやると言わんばかりに、上半身は規則的に脈動を繰り返し、口からは嗚咽がもれていた。顔を覆った掌の隙間からはついに抑える事のできなくなった涙が、牡丹雪のように次々とこぼれて落ちていった。恥もなく、外聞もなく、瞳より体外へと排出される水分の量に反比例するかのように、ひび割れていた心の空隙が埋められてゆく。
「まぁ、でも、最後の最後の瞬間、君とお別れする直前になるまで、今、君がやっているみたいに素直な感情を表現できなかった不器用な僕よりはずっとましかなぁ」
かつてのようなとぼけた様子で述べる一言一言全てが、輝く宝物のようだった。幼い頃に鈍なものへとなってしまった感情を感じ取る機能の、その全てが瞬時に鋭敏化してゆく。
「――ああ、そういった意味じゃ、僕と士郎は似た者親子だったってわけだ。嬉しいなぁ」
「うぁ……!」
鋭敏化した感覚が捉えた信号は、脳裏に手いっそう強力な喜びの感情となり、心を乱す材料となる。嗚咽の声はついに抑圧できなくなっていた。当然だった。その声は、私が正義の味方になろうと未来に思い描いた全ての原因を作った人の声で、私に幸福という感情の存在を刻み込んだ人の声だった。何の気なくいう一言一言の全てが、私が聞きたかったもので、欲していたものだった。そして私は、ようやく、自分が真に欲していた幸福の正体に気付かされた。
――私は私を私のままで私と認めてくれる誰かが欲しかった
なんてことはなかった。私はただ自分の内側からこんなにも温かい感情を引き出してくれる誰かを求めて、旅路を続けていたのだ。なるほど、どれだけ探し求めても見つからないはずだ。私の幸福は未来ではなく、失った過去にあったのだから。
「ああ、もう、士郎が僕の言葉で喜んでくれてるのは嬉しいけれど、そう泣いてばかりじゃ会話にならないだろう? それに正義の味方なら笑顔で誰かを迎えるもんだ。僕は君の泣き顔じゃなくて、笑顔が見たいんだから、余計にそうしてもらえると嬉しいな」
長年探し求めていたものをあっさりと私に与えてくれたその人は、そんな事をいう。
「――は。――――――、ああ、……、ああ、そうだな」
私は私の感情をかき乱した人のその要請に必死で応答しようと、涙を拭って、歯を噛みしめる。闇に隠され見えないと知りつつも、小坊主のように鳴る鼻と共に唇を片手で拭って、もう片方の手で両の目から顎にかけてできた涙の通り道を消し、数度に分けて感極まった思いを呼吸と共に体の外に逃がしてやる。そうして準備を整え、閉じていた目をゆっくりと開いて、声の聞こえた方へと振り向くと、万感の思いを込めてその一言を告げた。
「久しぶりだな。……爺さん」
周囲を取り囲む闇はあまりに深く、視線を向けたところで望む人物の姿をはっきりと拝むことなできない。
「ああ、久しぶりだね、士郎」
だが、闇の向こう側から聞こえる声は、あの月夜に爺さん――衛宮切嗣が語る声とまるで同じ口調のそれと相違なかった。言葉は脳裏に破顔の表情をより鮮明に浮かび上がらせる。湧き上がって来る衝動に、再び涙が落ちるのを止められなかった。
「ああ……、そうだな……、本当に……、その通りだ」
それでも必死に爺さん――切嗣の言う通り、泣き顔を、無理やり彼のオーダー通りに、今出来る精一杯の笑顔を浮かべてみせた。全てを隠すかのように蔓延る闇を貫いて涙でくしゃくしゃになったみっともない強がりの笑顔が彼の目元に届いたとは思わない。だが、漆黒の向こうがにいる切嗣が、ぼやけて見えない首を傾け、嬉しそうに微笑む様を幻視して、私はさらに笑みを強めてみせた。
*
「士郎」
闇の中で笑う切嗣はおそらく、適度に鍛えられた痩身をヨレヨレの服で包むという、昔、聖杯戦争の折に私を助けたときみたいな格好をしていた。仮定のような形でしか彼の姿を語れないのは、私と切嗣を包み込む闇が暗すぎて、ほとんど輪郭くらいしか確認できないが故だ。他人伝から聞いたところによると、私を救いあげる以前の衛宮切嗣という男は、争いによって生まれる犠牲者を少なくするためなら、それこそ暗殺や奇襲、調略や自らの計略によって周囲に被害が出ることも構わずに、そんな行いによって自身にどんな評価がつこうが気にせず、淡々と多くの犠牲になるはずだった人々を救ってきたのだという。それを思えば、飄々としたボロボロの格好で、闇に紛れるというその風態は、まさに切嗣がどのような生き方と価値観を持っているのかを示しているかのように思えた。
「背も大きくなって……、うん、もう昔よりもずっと高い」
だが今、切嗣は、そうした彼が没した後に私が入手した周りからの『魔術師殺し』として名高い衛宮切嗣像とはかけ離れた、私のよく知る、私にとっていつもの衛宮切嗣の言葉で私へと話しかけてくる。それ故に、私は疑う事もなく、闇に紛れる彼は、私の養父なのだと確信し、彼の言葉に素直な答えを返すのだ。
「ああ……、学校を卒業して日本を飛び出してから急激に伸び始めたんだ。今じゃ187センチもある」
目の前で私に声を投げかける切嗣は私にとって、子供の頃、正義の味方の象徴で、それを目指そうと思った原因で、養父で、憧れの頃とまるで変わらない様子だった。だからだろう、自然と、私の口から出る言葉は、彼の存在に引きずられて子供の頃の口調のそれとなってしまっていた。彼という存在は、情念を感じる機能を正しく取り戻した今の私にとって、いや、そんな今の私だからこそ、大人の仮面を被る事を出来なくさせてしまっていた。
「そうか。僕よりも身長があるのか。これじゃあ頭を撫でるのにも一苦労だ」
そんな気持ちを知ってかしらずか、あるいは私のそんな所作がそうさせているのか、切嗣は私を子供の頃と同じように扱おうとする。
「やめてくれよ。もう俺は子供じゃない。昔の切嗣よりもずっと歳上なんだ」
そんな彼の態度が、むず痒くて、恥ずかしくって、つい、そんなことを言ってしまっていた。
――しまった
自らが口にした言葉の内容に後悔の思いを抱いた時にはすでに手遅れで、闇の向こう側にいて、多分私の頭を撫でる為腕を伸ばしたのだろう切嗣は、少しばかり戸惑うような、困ったような顔をして、目を瞑りながら私を見上げたかのように見えた。所作を見て罪悪感で胸が押しつぶされそうになった。なんともバツが悪い。
――この人の前ではどうも、私は子供の頃の私に戻ってしまう。
「子供じゃない、か」
さっと視線をそらして叱られる前の子供のように彼の二の句を待っていると、切嗣は感慨深そうに一言をつぶやいた。
「そうだね、その通りだ。君はもう子供じゃない」
切嗣は、それまでの朗らかな口調と親しげな態度とは異なった剣呑な態度でそんな言葉を口にした。
「――切嗣?」
言葉の中に含まれる成分に不穏な気配が生じた事を感じた心の中で、警鐘が鳴り響く。自分の中の感情が彼から不穏を感じ取ったことが、私の積み重ねてきた経験がそんな警鐘を鳴らしたことが信じられなかった。だって彼は私の味方なのだ。彼は私を助けてくれた恩人で、養父で、憧れで、目標で――
「君はたしかに見た目はもう立派な大人だ。でも、士郎。僕から見れば、君はまだ子供だ。僕から見れば、君はまだ、湧き上がってくる感情と理性との折り合いも満足につけることのできない、子供にしか見えない。だから――」
――だから
「!?」
――ダンッ!
「じい……、さん……?」
闇の中、ヨレヨレの服の中より引き抜かれた拳銃より放たれたのだろうその一撃が信じられなかった。火薬の力を借りて押し出された弾丸が、私の頬を掠めて、通り抜け、闇の中に消えてゆく。頬に鋭い痛みがはしった。闇の中、黒塗りの銃から燻る硝煙だけが、攻撃が放たれたという事実を嫌が応にもありありと主張していた。
「試させてくれ。君が、本当にもう子供じゃないのかどうかを。君がきちんと大人としてやっていけるのかどうかを」
「……っ」
――投影開始/トレース・オン
切嗣の行為と意思が信じられなかった。銃声によって反射的に、双剣『干将・莫耶』を投影したのち半身立ちになり、完全な戦闘のための姿勢へと移行しても、まだ思考と体を上手く動かすことができずにいた。
「まってくれ、爺さん! なんで……、なんでこんな……!」
ようやく現実不信の重石から抜け出すことが出来たのは、遅れてやってきた頬から伝わる痛みが感情の中から恐怖とそれ以外のぐちゃぐちゃとした思いを引き出し、生存本能へと働きかけたからだ。皮肉なことに疑念という理性が、痛みや恐怖といった体を鈍らせる要員の感情が、驚きの感情を完全に凌駕して私の体を生存させる為に動かしたのだ。私の動きは、感情というものを取り戻してからこれまでの間で、最も鋭いものだった。
「――」
私の迷いない動作を見やった切嗣は、言葉に応えることなく音もなく私の前から姿を消し、完全に闇の中へと溶け込んだ。闇と溶け込むその暗行技術の余りの見事さに、彼の存在は暗闇の中へと囚われた私が暗闇に一人佇むという恐怖から逃れる為に生み出した幻なのかもと思いかけた。だが、微かに鼻腔の中に残る硝煙の匂いと、頬から伝わってくる痛みが、皮肉にも今の私の正気と、今しがた私の目の前に現れた彼の存在が私の見た幻覚でなかった事を証明してくれている。
「爺さん!」
――ダンッ!
「ッ!」
切嗣が放った情け容赦ない銃撃の音に反応し、先ほどの一撃から逆算して導き出した公式に火薬の炸裂音と音響を代入して速度を算出し、即座にやってくる銃弾を剣の横っ腹で弾き落とす。斬ることを目的とした剣ならば銃弾を叩き落とすなどという芸当を行えば、剣は即座に刀としてどころか鈍器として使う事すら不可能なほどのダメージを負ってしまうもの。だがそこに剣が宝具として昇華された強靭なものであるという条件と、さらに魔術によって強化が施されているという条件が加わるなら、それは別である。
――ダッダッダッダンッ!
「ちぃっ!」
ほとんど間断おかずに放たれた弾丸の音が暗闇に響く。連続して放たれる銃弾だろうと、銃弾を撃ち込まれ慣れている身体と、強化された投影宝具『干将・莫耶』は、この身を切嗣の攻撃から守ってくれる。だが蓄積された戦闘の経験値や世に名高い名剣は、憧れの養父から実弾で攻撃されているという心を砕くような事実から心を守ってはくれなかった。
――ッ
撃ち込まれる銃弾を一つ弾くごとに心が軋みをあげていた。深暗い空間の中から何処ともなく来訪する擦り傷一つすら私に与えられない弾丸を弾くたび、ガラスのごとく脆い心が粉々に砕けて散る感覚に、痛みが走っている。尊敬している養父に弾丸を撃ち込まれるというこの痛恨をなんと例えれば良いのだろうか。答えが返ってこない。彼が何も語ってくれない。悔しさと辛さに唇を噛み締め、しかし諦めずに問いかける。
「待ってくれ!」
尊敬する養父から与えられる痛みに耐えかねて答えを求めて縋るように手を伸ばしても、投影した銃弾を弾くほどの硬度を持つ剣は弾丸から身を守る道具として役にたつばかりで、迷いをもたない覚悟をした戦闘者から対話の言葉を引き出す道具としては有効な効果を発揮してくれない。
「爺さん、なんで……!」
「――」
強大な力を持った剣は、覚悟のない人間から命乞いの言葉を引き出す有効な手段となりえても、他人の心を切開してその心のうちを知るための剣にはなり得てはくれなかった。
「切嗣! なぜだ! 試すとは何なんだ!」
――ダンッ!
「――ッ! 切嗣!」
故に暗闇に虚しく消えた言葉の代わりに返ってきた殺意の熱を伴った弾丸を弾きながら、暗闇の向こう側に身を隠した切嗣へと必死に問いかける。剣ではなく、言葉でなくては、『魔術師殺し』の二つ名を持ち、第四次聖杯戦争においては、セイバーと共に殆どの魔術師を冷静に、簡単に始末してみせたという、精神、肉体共に常人とはかけ離れた強さを持つ彼から彼の真意を聞き出すことは出来ないと確信するが故に、私はただ必死に、専守防衛を心がけながら、見えない彼へと問答の意思を投げかける。
「爺さん! 頼む! 言ってくれなければ何もわからないんだ! 」
繰り返し同じ意味を持つ、しかし違う切り口を持った問いの言葉を、銃口をこちらに向け弾丸を撃ち込んでくる闇に溶け込んだ切嗣へと撃ち返す。撃ち込まれる銃弾を数十発は弾いただろうか。
「士郎。君は強くなった」
無意味にも思える行為を幾度となく繰り返していると、硝煙を隠し、気配を消し、姿を見せたままではあるが、言葉のどれかがようやく功を奏してくれたのか、切嗣は闇の向こう側から感情の読み取れない声を返してきてくれた。
「士郎。君は今、いろんな強さを身につけて、多分、今の世界のほとんど全ての人間よりも強くなった。きっと今の君なら、どんな困難だって打ち破って、救いの手を求めている多くの人の命をこれまで以上に地獄から拾い上げることができるだろう。僕はかつて僕の過ちによって全てを失ってしまった君が、全てを失ったのだという事実を受け入れて、僕なんかよりも比べ物にならないくらいの強さを身につけたことを誇りに思う」
返ってくる言葉の内容が、月下に見せてくれたあの時のように、面と向かって、穏やかな顔をした切嗣から聞かされたものであったのなら、どれだけ嬉しかっただろう。そう思うと、それだけで無念さがこみ上げてくる。ギシリと歯の軋む音がした。大した運動をしたわけでもないのに、心臓が血管の内側から破けてしまえと言わんばかりの血液量を送り出している。熱を帯びて行く身体に反比例して、心は極寒の中にいるかのように冷えきっている。だが今重要であるのは私の思いではなく、切嗣の言葉を聞き、その真意を知る事だ。だから私は、極寒の中で身を切り刻まれるような寒さに耐えながら、彼の言葉を待つ。
「でも、君のその強さは、君のような強さを持っていない他人に惨めという感情を齎す。野生の本能は、いつだって自らの生存を脅かす自分より強すぎる存在を本能的に拒むんだ。それは猿から進化した人間だって変わらない。君がいくら身と心を砕いて人を救おうとしても、君より弱い人たちが君の持つ隔絶した強さに気付いてしまったら、彼らはそんな君の優しさから生み出された行為を、強者の余裕や、弱者に対する見下し、憐れみと見なして、君を恨み、己を蔑み、憎むようになるだろう。弱い彼らは強すぎる人間を望まない。彼らはいつだって自分より幸せな者の存在を認めない。彼らはいつだって、他の誰かを踏みつけてでも自分だけは助かりたいと思う人々で、だからこそ、強く幸福な人間が言うところの救いを、無意識のうちに認めない」
「――」
そして続く言葉は銃弾などよりもよほど強烈な威力で私の心へと撃ち込まれる。自分よりも幸福な立場にある人間に対して、あまり興味を持てない。そんな人の弱さを知った、自分もそんな気持ちを抱いてしまっていた事を理解できた今だからこそ、切嗣の言葉は、より深く私の心へと突き刺さる。
「ごらん」
周囲から聞こえてくる切嗣の声と共に、周囲の光景は一変する。闇に閉ざされていた空間は一転して、豪奢なステンドグラスに囲まれた、色とりどりの有色透明なガラスによって彩られた空間へと変化した。それはさながらイギリスのセントポール大聖堂、フランスのノートルダム寺院のような光景だった。
「――これは」
闇に包まれた光景が一転して豪奢なものへと変貌した事に驚きつつも、私はそれ以上に、上下左右天地に至るまで周囲の空間を支配する色彩豊かなガラスに映る像に気を引かれた。なぜなら、ガラスの上に映るのは、様々な服装を、肌の色をした、あるいは、角の生えた、翼の生えた、機械の体を持った、牛頭をした者の姿だったからだ。
それは私が生きた時代より未来の、しかし今私が過ごしている時間軸よりも過去を生きた人間の像だった。映像の中で、世界樹の大地に生まれた彼らは、スキルという力を振るい、多くの生物よりも上の位置に君臨していた。色とりどりのガラスの上にはそうした世界樹の大地の上で暮らす人の営みが映し出され、映画のように動き続けている。
「生きているだけでエネルギーを消費するこの世界では、だれかの幸福はだれかの不幸と表裏一体だ。誰の幸福は、誰かの不幸に等しい。弱肉強食と等価交換こそ、自然の中にある、絶対たる不変の真理だ」
彼が語る間にも時計の針は進んでゆく。
「自然溢れるこの世界で誰かが自然に脅かされる事なく当たり前に生を享受出来るというのであれば、その生活の過去と今の裏側には必ず、過去に自然を制した世界を築き上げるために多くその身を差し出して犠牲になってきた人達がいて、そんな世界を保つために、今も、人の住まう場所とそうでない場所の境界で死に喘いでいる人たちがいるということになる」
ガラスの中で彼らが紡ぎ出す、通り過ぎてゆく日々の生活の記録の残滓に目を奪われていて、切嗣のそんな言葉は耳を通り抜けてゆくばかりだった。はじめこそ好奇心や克己心に満ち、未知へと胸を踊らせ、冒険のための原動力としていた彼らは、やがて時を重ね、歴史が積み重ねられてゆくごとに、彼等の動きは鈍化していった。
「そうだ。自然の中で安全な街を保つには、そこに住まう個人個人が、絶え間ない努力と研鑽をして、常にその場所から落っこちないように上を目指す必要がある。なのに――」
時を重ねるごとにスキルを使う技術が研鑽され、日々の生活がより安楽なものへとなってゆく。やがて彼らの生活からは、体や心を大きく傷つけるような痛みも苦しみもほとんどなくなっていった。彼らは後ろを振り返らない。彼らは前に進まない。彼らはただそこにある安寧の日々を享受するばかりで、過去の人が苦心の果てにつくりあげたスキルと技術の上に胡座をかいて安寧の日々を送るような人ばかりになってゆく。
「いつしか彼らの多くは堕落し、生まれと育ちからして一定以上の才能や暮らしを保証されていながらも、未知に対して挑むどころか、目標を立てて継続的な努力をすることもしない惰性だけで生きるものばかりになってゆく」
「――」
彼らの立場を脅かすものはほとんど存在しなかった。あるいは時たま現れる三竜という存在や、それに準じた魔物が彼らに対して災厄として襲いかかったときも、人間たちはそれらを天災の類として認識し、ただ過ぎ去るのを待つような者ばかりが増えてゆく。古き時代にいたような、それらを討伐してしまおうと息巻くものは、やがてほとんど一人として存在しなくなってゆく。
「今、君のいる世界に生きているのは、そんな、自身より強い存在に対して抗うことを諦めた者たちばかりだ。ほとんどの人間は、傷つくことを恐れ、未知なる世界への新たな一歩を踏み出すことを恐れるものばかり……」
彼らはそして、ついに特筆して目新しいなにかに取り組もうとしない人間ばかりとなってしまった。平穏を享受する彼らの多くは、日々の平穏に不満を感じながらも、文句を垂れる以外になにもしようとしなかった。彼らは、不満と呪いで世界を満たす以外になにもしようとしていなかったからこそ、私の目にはあまりにも異形の存在のように映っていた。
「蠱毒の坩堝より脱する力を持つ強き人は魂を天に浮かぶ月のヴァルハラに持っていかれ、培われた強者の魂も魄も地に返らない。そんな事情の積み重ねが、よりいっそう世の中を悲惨なものへと変貌させてゆく。そしてこのような怠惰に染まりやすい世界の中から珍しくも生まれ出た強者の魂を失い続けてしまった世界は、現世という蠱毒の坩堝の中において、まさに痰壷の中の澱や滓とでも例えるに相応しい、克己心を忘れた下賎な人間ばかりが生まれやすい状態へと移行し、成り下がってしまったんだ」
人間同士の戦争はもう起こらない。紛争もとうの昔に終結している。争いの火種になりそうなもの、取り返しのつかない事態なんてものを生み出す成分はほとんど一切失せ、あるいは過去へと置き去りにされ、クラリオンに吸収され、世の中には、はるか昔に人々が懸想し絵に描いたような、あるいは、私がかつて胸に描いたような、自然の法則や渾天の外側にあるような、時の止まったような、平穏を享受する人ばかりが存在する世界へと変わってゆく。
世界には平和があった。それなのに、そんな安寧を今に生きる人たちは不満を言う。自分は満たされていない。自分は何も成し遂げていない。自分にとってそんな世界は当たり前だから価値がないと不満を漏らし、自ら安寧の場所を離れて危険な場所に身を置きたがる。その有様はまるで――
「今の世の中で生きている人間の多くは、大きな力を持っていながら研鑽をせず、平和とは誰かの犠牲の上に立っている事を理解していない、子供のような弱者ばかりだ。彼らは皆、今自分がどれだけ多くの犠牲や想いの元にその場に立っているのかを忘れ、不釣り合いなほどの力を行使する。スキルの力や世界樹の大地は過去の人の祈りによって、魔のモノという自らよりも絶対的な力を持つ強者などの困難を前にしても、新人類の彼らが未来を切り開き歩んでいけるようにと生み出されたものだった」
親の膝元に守られているが故に現実を知らず、不平不満ばかりを述べる子供のようだった。
「けれど、スキルというものが生まれた時よりあって当然であり、そしてさらにそれが生まれた経緯を知らぬままただ脈々と受け継いできただけの彼らにとって、スキルは特別な力ではなく、当たり前のものでしかなかった。携帯などの電気機械の代わりに生まれたスキルという力は、危険と渡り合う物理的な力となったけれど、人の心から胆力を奪ったんだ。長い時の中で、彼らは、体はスキルを振るうに適した体として成長し続けながら、心は弱化する一方だった。それらの折り重なった事情が、彼らが不適応な状態でも生存する事を可能とし、克己心を奪い、彼らは体が大きいだけの子供として生き続け――そして、今回のように自らよりも強すぎる存在を目の当たりにした時、まるでお化けを見た子供のようヒステリックに反応して排除や逃走を試みるような、体は強いけれど心の弱いチグハグな生物として完成してしまった」
彼らはかつての人間と比べればよほど強い鋼の体を持っているくせに、心はガラスのように脆い。それはまるで、かつて切嗣や周囲の優しい人々によって与えられた安寧を捨て、自らの生きた実感や幸福を求めて戦場を歩き回り、救うべき弱者を求めた私のようだと、私はそう感じた。
「世界には、オーディンに選ばれない、ヴァルハラへと昇ることのない、大地に無念の呪いと魂を残して死にゆく亡霊の種火ばかりが残される事となった。士郎。人の心の機敏のうち、不安に対して特に鋭い洞察力を発揮する君のことだ。君はおそらく彼らの中に、不安を抱えながら生涯を邁進した自分を見たんだろう」
「ッ……!」
言葉に胸を突かれる思いをした。膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。世界の危機なんていうものばかりに目を向けて、日々の幸福を捨て、引き止めてくれる人の心配の言葉を無視して、己の愚昧さと傲慢さのままに、破滅へと至る道を歩み続けた。果てに私は、自らの力では永劫救われぬ地獄に堕ちてしまった愚かさを責められている気がした。
「なるほど、ある意味、君と彼らは同類だ。君も彼らも、どちらも心が育ちきらないうちから自らの心と身に余る強い力を手に入れ、それを振るう事を覚えてしまった。魔術とスキル。手に入れた力の種類に差異はあれど、まだ幼い子供には余分な力であることには違いない」
子供の頃、誰だって一度は夢想するだろう、平和の願い。世界を乱す悪を倒す正義の味方になりたいという、子供じみた空想。そんなものを後生大事にして、自分の力を過信して、それ以外の全てを切り捨てて、夢が壊れた幻想に成り下がってしまった後も、ただ歩んできた道を同じように進んでいくことしかできない、自分の意思を失って人形へとなってしまった私を、彼はきっと責めて――
「けれど勘違いしちゃいけない」
「――切嗣?」
「君と彼らは大いに違うんだ。戦火の中から生まれた君は、悲惨を目の当たりにしたからこそ他人を慮る強さを持つようになり、そして、迫り来る未知の恐怖に対して立ち向かうという選択の出来る人間に成長してくれた」
いなかった。
「けど安穏の中に生まれ育ち、己よりも強い存在など迷宮の中にしか存在しないこの世界の彼らは違う。彼らは世界樹という過去の偉人が作り上げた揺籃と、過去の人類の思いやりによってあらゆる災禍から守られていたが故に、多くの人間が未知に立ち向かってゆく事を忘れ去ってしまった」
切嗣の声は私の否定ではなく、この世界に生きる彼らに対する糾弾だった。切嗣はきっと怒っている。それが何に対しての怒りであるかはわからないが、正義の味方を目指した彼が、世界平和を望んだ彼が、私の様な戦火の中から生まれ出た者を肯定し、広がっている平穏な世界に生きる人々を拒絶するという切嗣の言葉が、私にはどうにも不吉なものに聞こえてならなかった。
「士郎」
ふっ、とガラスに映る光景が陽炎のように消え失せ、闇の安寧があたりを包み込む。話す最中も姿を現さなかった切嗣の姿は、やはり今も見えない。明るさに慣れた瞳は、目の前の闇をつい先刻まで私を包んでいたものよりもさらに濃いものとして認識する。切嗣の姿は完全に闇の向こう側に溶け込んでしまっていた。
「正義というものは、その正義を理解できる、正義に同調する存在しか救わない」
けれど何処かより聞こえてくる声に反応して、ドクン、と胸の奥で鼓動がやけに大きく鳴り響いた。鳴り響く鼓動がやけに大きく体内でこだまする。脳を巡る血液の量が増加し、流入する血液によって拡張された血管は、頭に疼痛を引き起こす。体が軽く震えていることを自覚した。
――わかっている
そんなこと言われなくともわかっている。生前、我が身の犠牲と引き換えにしてでも他者を救いたいという私の自己犠牲を容認する正義を理解してくれる人間はほとんどいなかった。
「そして弱者は、強者のもたらす正義と救いを、自身の正義や救いとして認めない」
私が私の正義を語ると、私が真にその正義に殉じるつもりである事を知ると、彼らは大抵、やがて私という存在を嫌悪するようになる。私が手を差し伸べた人は、必ずやがて私の事を拒む存在となる。それが辛くて、私はやがて助ける誰かと語らう事をしなくなってしまった。
――そうだ
「彼らは強者の提唱する正義に同調しない。強者の語る正義は大抵、強者だからこそ実行できる正義であり、弱者にとって理解不能の脅威でしかない。そして強者がくれる救いというものもまた、彼らにとっては自らの存在意義を脅かすものに他ならない。君の正義は、君と同じ経験をした、君と同じ程度の強さを持つものにしか届かないし、君の与える救いもまた、君と同種の強さを持つ存在にしか受け入れられない」
私の正義は、私以外を救わない。正義の味方は味方した正義しか救わない。理解されない正義は正義たりえない。強すぎる理解不能な力は、弱者を救わない。そんな事実は生前、嫌という程、この身で味わった事実だ。
「士郎。だから、今の強くなり過ぎた君に、彼らは救えない」
冷え切った心がさらに冷たくなる思いをした。全身を素早くめぐる血液が凍り付いたかのように冷たかった。切嗣の一言一言が心の奥底を切開する。頭がクラクラした。現実感がない。それ以上は聞きたくない。そんな一心で、頭を抱え込んだ。
「否、それに、そうでなくとも、もはやあの世界に住まう人々は、僕たちの尺度からすれば十分すぎるほど救われている」
私では彼らを救えない。切嗣のいうとおり、私は彼らがこれ以上ないくらい、すでに救われている事を心のどこかで理解していた。魚を取る方法を知る人間に魚を与える事が堕落に通じるように、過剰な救済行為は、救済でなく、成長の阻害となる。成長の阻害はすなわち、彼らがこの世界で生きていくための力を奪う行為に他ならず、ならばそれはすなわち、私が望んだ、正義の味方と呼ばれるそれの行う、誰かを救う正しい行為ではなく――
「士郎。彼らはもう、救われているんだ。彼らはもう、自らの手で自らの運命を掴み取る力を持っており、自らを自分の力で救う、自らの道を切り開く力を持っている。なら、これ以上の干渉は、彼らにとって成長を阻害する悪以外の何物にもなり得ない。君が今行なっている正義の行為は、もはや言峰綺礼と呼ばれる男が好んで行うような、過干渉と呼ばれる、彼らの自立と成長を阻害する、虐待に等しい、悪の行為だ」
「――ッ」
悪と呼ばれるものが行う、命を弄ぶ行為に他ならない。息が出来なかった。胸が苦しかった。現実を必死で否定をしたがる己の醜さが嫌いだった。過ちに気付いていながらも見て見ぬ振りをしていた自分が情けなくて涙がこぼれそうだった。
「やっぱり君も自覚していたんだね」
そうだ。私は気付いていた。だって私はなりたかった。誰をも救う正義の味方になりたかった。弱気を助け、悪を挫き、困っている人を救い、世界に平和をもたらす正義の味方に私はなりたかった。なりたかったんだ。だから。
「しかし、それでも君は、自身のためにそこから目を背けた」
――私は、私のために、見て見ぬ振りをした
勝手と未熟がいっそう我が身を惨めにして、涙が溢れた。私の都合で彼らの運命に干渉し、彼らに多大な影響を与え、彼らから成長の機会を奪おうとした。一方的に救済を与えるのではなく、見守り、必要あらば、諭し、励ます。それが、図らずとも彼らより強い立場に、すなわち大人が如き存在となってしまった私にできる、たった一つの冴えたやり方であるはずだった。
――しかし
「君はこの平和な世界の人々を自らの手で救いたかった。なぜならこの世界の平和は、君の手によってなされたものでないからだ。この世界の平和という結果は、君を救わない。なぜなら君は、多くの誰かの犠牲の上に生き残ってしまったと罪悪感を抱く君は、誰かが自らの手によって多くの人々に救いの結果をもたらしたその時にしか、自身が救われないと、誰かに認められ、愛される資格がないと思い込んでいるからだ」
自分以外の誰かを救う事によってしか自らという存在を救う手段を知らない私は、すでに平和な世界において、それ以上を求めた。誰かに必要とされたかった。今度こそ正義の味方として求められたかった。けれど、この世界の人々はすでに救われていて、必要なのは冒険者という未知を既知とする存在で、正義の味方という存在は必要とされていなかった。私という存在は、すでにこの世界の中に居場所がないと、そう感じた結果、私は――
「君は、君自身のために、自分でない誰かを救い、救われたかった。――士郎。その気持ち、僕にはよくわかる。士郎。要するに君の願いは、自殺なんだ。君は、かつて、君と出会う以前の僕と同じように、自分が他人の代わりに傷つき踏み台になる以外に、己が幸せを得る方法はないと信じ、それを己の願いとしている」
自傷と自死を望むようになった。それがあの、言峰綺礼に語った歪んだ願いの正体だ。私は正義の味方として生きることではなく、正義の味方として死ぬ事を望んでいた。私は、誰かを救うための犠牲となっての死の果てにしか、自らの救いはないと、自らの歪みに気づいた今でも、心のどこかで信じ込んでしまっている。
「士郎」
名を呼ぶ声は震えていた。温度を感じさせなかった言葉が、絶対零度に下がっていた私の体を、びくりと震えさせる。切嗣の呼びかけは優しかった。けれど、闇の向こうに消えた切嗣の絞り出すような言葉には、これ以上ないくらいの怒りが含まれていた。だからこそなのだろう、私の心は驚くほど揺さぶられた。
「僕はそれが許せない。非常に勝手な思いで申し訳ないけれど……、僕は君に誰かの踏み台となった挙句に死んで欲しくなんかない。子供に悲惨な死の運命を望む親なんていてたまるものか。血の繋がりなんてものはなくとも、僕は君に生きて抜いて幸せになって欲しい」
切嗣は怒っていた。私が生から逃走するという選択をしようとした事に、養父である彼はひどく腹を立て、そして同時に、自分の為に生きるという、そんな当たり前のことすらできない私の愚かさを嘆いていた。それが私の心をひどく締め付けた。
「そうだ、僕は、僕にとって、僕や僕の願いなんかよりも大切な君に、死んで欲しくなんかない。僕の『万人にとっての正義の味方になる』という願いが、君が生きていくための希望や手助けになるというのなら、君をそのままにしておいても構わなかったけれど――」
切嗣は言葉を切った。重苦しく息を吐く音が聞こえ、ただ、ただ、胸が苦しくなった。殴られたほうがマシだと思った。撃たれていたほうがまだ楽だったと思った。自分の生き方が、私にとって大切な、私を救ってくれた人ををひどく悲しませてしまったという事実が、他の誰を傷つけた時よりも、言葉や今までおったどんな攻撃よりも鋭く、酷く、私の心を傷つけてゆく。
「僕の願いが、君をそんなにも強く、この世界から逸脱した存在に押し上げ、そして君を苦しめる孤独にする呪いが如きものになっているというなら、僕は君に僕の願いを受け継いで欲しくなんて、ない」
私の心をかき乱す悲鳴の如き嘆願が途切れた。絞り出すような声に、脳がじくりと痛んだ。
「僕は君に、僕の願いを捨てて、幸せに生き抜いてほしい。僕は君に、『僕が目指した正義の味方』なんて目指して欲しくない。それでも君が正義の味方を目指すというのなら――」
沈黙の緞帳が辺りを包み込むよりも先に、銃弾を入れ替える装填音だけが、何処からともなく聞こえてきた。かちゃり、と、銃を構えた音がする。胸の脈動がいっそう大きくなった。闇の向こう側から発せられる圧がこれまで以上に強大なものとなったのを感じて、心臓の脈動がさらに早まった。銃弾の装填と銃を構える音は戦闘を予感させ、悲しみに浸っていたはずの鍛え上げられた私の体は、卑しくも周囲の空気に対しての敏感さを取り戻す。心は死にたがっているのに、体は生きたがっている。そんな矛盾が馬鹿みたいに苦しかった。
「僕は君が、『僕の目指した正義の味方』として生きていけるように、君から余分な強さを取り上げる」
宣言。そして違和感を覚える。そこでようやく、切嗣が闇の向こう側から発していた圧力が殺気ではなく覚悟のものである事に気付く。それが意味するところを悟って、私はさらに胸が痛くなった。彼は血の繋がりこそないけれどたしかに私の親だった。切嗣は、私のために、私から無理やり罪科を取り上げ、自らの身に被せようとしている。彼は私のために、自らの想いを殺し、やりたくもない事を実行としようとしている。彼にそんな決意をさせてしまったという不肖に、心が砕けてしまいそうだった。
「さぁ、選ぶといい。士郎。君が万人にとっての正義の味方という、一人でやろうとすれば誰かの犠牲になって死ぬしかない夢を放棄して、自身が幸福になるための別の手段を模索すると自分と僕とに誓ってくれるなら、僕は今すぐにでもこの攻撃の手を止めよう。あるいは、君がそれでも正義の味方を目指すというなら――、僕は君の体に、この『魔術師殺しの弾丸』を撃ち込み、君の魔術や戦う力を大いに削り取って君がこの世界に住まう大勢の弱者たちに受け入れられる正義の味方となる手助けをしよう」
言葉は真剣で一切の疑問を挟む余地もなく、彼の覚悟を告げてくる。宣誓の重さに胸元から喉元までを押し潰された気分になった私は、幼子を鍛えるべく谷底へと突き落とそうとする獅子の如き殺気を前にして、言葉を返すこともできずに、ただ闇の中で立ち竦んでいた。
第六話 終了