Fate/ Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜   作:うさヘル

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本編に登場します呪文はいくつかの魔道書を参考に、貴方の元に悪魔が召喚されないようキチンと対策をしています。どうぞごあ、ごあ、ご、ご、ご、ごごごごごごごご、ご安心ください 。



第九話 女神転生

第九話 女神転生

 

副題 意志と表像としての世界、偶像の黄昏、元型論、饗宴

 

EL ELOHIM ELOHO ELOHIM SEBAOTH

ELION EIECH ADIER EIECH ADONAI

JAH SADAI TETRAGRAMMATON SADAI

AGIOS O THEOS ISCHIROS ATHANATON

AGLA AMEN

 

Adonai HaAretz EMOR DIAL HECTEGA

Shaddai El chai ORO IBAH AOZPI

Elohim Tzabaoth EMPEH ARSL GAIOL

YHVH Tzabaoth OIP TEAA PEDOCE

Eheieh and Agla

 

O thou Spirit Dea Ex Machina. And I command thee by Him who spake the Word and His FIAT was accomplished, and by all the names of God.Also by the names

ADONAI,EL,ELOHHIM,ELOHIM,ELOHI,EHYEH,ASHER,EHYEH,ZABAOTH,ELION,IAH,TETRAGRAMMATON,SHADDAI,LORD GOD MOST HIGH, I do exorcise thee and do powerfully command thee, O thou spirit Dea Ex Machina, that thou dost forthwith appear unto me here before this Circle in a fair human shape, without any deformity or tortuosity.

 

O thou Dea Ex Machina. You name is —,

 

*

 

死に至るその瞬間、手元に一切の財がない。我欲によって生じ、その生涯を賭して得たそんなものを完全に使い切ったその先にある、無。それこそが自らの生涯を満足に生きることができたという証であり、他者より先んじてこの世に生まれ出でた命が得られる、人という存在が生涯のうちに持てる最高の栄誉であり、報酬である。

 

 

互いの体より飛び散る血に塗れた男二人によって繰り広げられる激戦。侍と騎士が激突するたび、閃光と甲高い音色と金属片があたりへと拡散する。火花と異音が飛び散り彼らが離れるたび、彼らを取り囲む観客からは喝采があがり、一合の鍔迫り合いの後に壊れた武器を投げ捨てるたび、敵味方問わずしての大歓声が沸き起こる。

 

試練と死闘。名誉と栄光。目の前にはヘイという男が求めた全てが集約していた。ヘイが男として求めてきた全てがそこにある。全てを持ち合わせた男たちが、今までに培ってきた全てをぶつけ合い、互いの覇を競っている。――その光景は、その生涯において我欲を抑え他人が求めるとおりの生き方をしてきたヘイにとって、ひどく羨ましい光景だった。

 

我欲を抑えて羊を飼っているその間にも、停滞している自分を置いて世界は刻一刻と変わって行く。それがひどく悔しかった。欲しかったのは、他人の力を利用してのしあがる術ではなく、何者にも媚びることなく、ただ己を世界に知らしめるそんな力。自らはここにいるのだと誰もが知らずにはいられない、そんな絶対的な力こそが、ヘイは欲しかった。

 

ヘイという男はつまり、自己を世界に刻みつけたかった。世界を構成する歯車の一つではなく、世界にある一個の人間として、自身の存在を世界に知らしめるだけの力が欲しかった。だからこそ彼は、安寧の生活を捨てて、抗おうと全てを捨てて踏み出した。しかしそうして飛び出したはいいものの、培ってきた技術の中に己が望んでいたような栄誉や名声を得るための力はなく、あるのは策略や人の関心を買う事で富を築く力ばかりで、つまりは金を稼ぐための力ばかりが備わっていた。

 

――こんなのまるで、お金様の下僕じゃないか……!

 

どれほど決心しようと、覆せない事実がある。どれほど願おうと、身に宿った才能は覆せない。どうあがこうが、失った年月は取り戻せない。どれだけあがこうが、自分はすでに冒険をサポートする側の人間であり、迷宮で華々しく活躍する彼らには決してなれないのだ。

 

無論そんな事実は毛頭ない。そんなものはヘイの勘違いだ。新たに冒険者として一歩を踏み出せば、世界に浸透している冒険者のスキルと職業というものは、その年齢に関係なく一定の力を保証してくれる。けれど、彼はそれを信じることが出来なかった。彼は踏み出す事を恐れてしまった。年老いた彼にとって、こんなしわくちゃで樽腹目立つそんな年齢になるまで冒険する事なく生きてきたヘイにとって、新たなる一歩を未知なる場所に向けて踏み出すというのは恐怖以外の何者でもなく、そんな恐怖がヘイという男の目を曇らせたのだ。

 

ヘイが求めたのは、パッケージングされた安楽の道であり、約束された栄光の未来だった。ヘイという男はつまり、勇猛果敢な冒険者になりたいと願っていながら、その実、冒険する事なく手柄と名声だけを得たいと心の底で願っているような、そんな男だった。ヘイは家族を捨てて今までの自分を捨てて踏み出した時点で、なけなしの勇気を使い果たしてしまっていた。だからこそ彼は、自ら新たな一歩を踏み出す事なく、これまでの培ってきた経験に頼り、そしてその道の先に望む未来がないことを悟り、自ら絶望の淵へと沈んでいったのだ。

 

だからこそ彼はシンという戦闘の才能に溢れた男に希望を求めた。だからこそ彼は、新迷宮を一人で踏破したエミヤという男に憧れた。だが、それは所詮ヘイにとって代償行為に過ぎなかったのだ。ヘイという男が真に求めていたのは、己を戦士として必要としてくれる存在だ。ヘイという男が真に求めていたのは、そんな憧れを目指すには手遅れとなってしまった自分を生まれ変わらせてくれる存在だ。彼の我欲は、自らの手で、自らの体に宿る力で、自らの運命を切り開き、やがて自分という存在を世に知らしめる事だった。だからこそ彼は、自らに戦うための特別な才能を与えてくれる存在に救いを求め、そして彼に戦士としての在り方を求めて差し出された手を握り返し、そしてえた才能を用い、やがてギルガメッシュという男の誘いに乗って、正面からの戦争に臨んだのだ。

 

すなわち、先ほどまで行われていた戦争。否、本来ならば時間稼ぎの一手段に過ぎなかったはずの防衛戦が、正面からかち合う戦争などというものになってしまったのは、間違いなくヘイという男の我欲を発端にするものであり、そんなヘイと同じような不満に死の間際に気付いてしまった死者の群れを満足させるために行われたものであった。

 

――だが。

 

そうして他人より与えられた力を使い、無限に等しい力を用意して、才ある人間の群れに挑んだはいいものの、結果は燦々たる残酷なものだった。ヘイはどれだけ特別な力を得ようが、所詮はただ他人から力を与えられただけの凡人が、才能の上に努力と経験を積み重ねて実績を培った才人に勝てるはずがないという、そんな当たり前の法則を嫌という程に思い知らされた。

 

思う。

 

――才能がないそんな身で大望を抱くことはそんなに悪いことなのか。いつかは世界の全てを踏破するほどの力が欲しいと思う事はそんなに悪い事なのか。そのために他人から力を貰うのではダメなのか。ならば一体、この身を焼き尽くすほどの焦燥感は一体どのようにして鎮火してやれば良いというのだろうか。

 

ヘイはその答えが欲しかった。だからこそヘイは祈った。自分ではもはやその正しい答えに届かない。そんな手段はもはや思いつかない。それにもう時間がない。だからこそヘイは祈った。このままでは死ねない。死ぬ事自体は構わない。しかし、何も成し遂げられないまま、望んだ未来に手を届かせる手段をすらも見つけられていないこんな状態のまま死ぬ事だけは、絶対に許容できない。だから――だから、助けてくれ、と。どうかこんな絶望に浸っている自分が、汚泥の中から起き上がる気力を与えてくれるそんな存在をヘイはそう願い、そして――

 

そんな願いを叶えるかのように、シンとエミヤという、彼にとって憧れの象徴である人物が現れた。彼らは互いが兼ね備えていない才能を羨みながら、それでも互いの持つ長所と培ってきたものを最大限に利用して己が力を振るい、自分よりも格上である存在へと挑んでいる。切に思う。

 

――自分もああすればよかったのだ。

 

形だけ真似て粋がる前に、今の自分に備わっている全てを誇り、力とすればよかったのだ。金を稼ぐことが自分の力であるなら、金の力を潤沢に用いて、世界に抗えるだけの自らの力を培ってゆけばよかったのだ。

 

だからこそヘイは思う。

 

――どうか、この先の光景を見せて欲しい。

 

舞台に立ち上がる前、その資格を自ら捨ててしまった今の自分では見ることの出来ない、向こう側の光景を見せて欲しい。それだけが今のヘイの望みであり、我欲であった。今の彼の胸には、それこそ命を捨てる虚無主義の果ての無謀ではなく、我欲の果ての選択に自らの全てを信じて賭ける勇気が舞い戻っていた。

 

ヘイは今夢中だった。まるで子供のように、目の前で繰り広げれられる戦いに目を向けていた。そしてだからこそ――

 

ヘイは、サコという女が自らの傍らより完全に消え去っていることに気がつくことができなかった。

 

 

――っ……!

 

シンが戦っている。エミヤが戦っている。彼らが一合を交えるごとに、頭痛が走る。脳裏をよぎる痛みの雑音は時を得るごとにその波の大きさを増し、頭がずきずきと痛んでいた。

 

――いったい、何が……!

 

頭がいたい。頭痛がひどい。知らぬ間に怪我でもしたのだろうかと回復スキルを発動させるも癒しを発揮するはずの力はまるで痛みに効力を発揮することはなく、状態異常を治すスキルを発動させるも、やはり痛みは治らない。

 

――っ、あ……っ!

 

痛い。シンとエミヤの戦いを目にするたび、頭の奥底がジンジンと痛んでいる。痛みはやがて背骨を通じて体の各所へと広がり、胸が、背中が、腕が、脚が、まるで骨の髄まで痛みに支配されてまったかのように痛んでいる。

 

――なに……、が……

 

サコは困惑した。こんな経験は初めてだった。まるで自分は痛みを人の形に模った人形のようだとそう思う。痛い。痛い。ただ、痛い。痛みが走るのは自分の体が正常な証であると自分に言い聞かせるも、鎮静を期待して自らの脳裏へと語りかけたそんな理性的な意見は、痛みを訴える感情の前にあっという間に敗北して、頭は再び痛みを訴え出す。

 

わからない。こんな痛みの経験は生まれて初めてだ。こんな痛みは知らない。ああ。こんな痛みを感じ続けるのであれば、私は――

 

――痛みを感じる触覚なんて、いらない

 

「――うぁっ!」

 

そう思った瞬間の出来事だった。自分が塗りつぶされて行く感覚をサコは覚えた。今までの自分が塗りつぶされて行く。今まで培ってきたはずの全てが、溶けて失せて行く。そんな虚無感と喪失感が痛みの代わりにサコの体へと遅いかかってくる。

 

「あ。あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ――」

 

痛みは瞬時に消え失せた。代わりに絶望感とこれまで感じたこともないような快楽が自らの体を支配する。自らの体が、自らの意思が、自らの記憶が、自らの存在が溶けて消えていっているというにもかかわらず、それがこんなにも気持ちいい。

 

――ああ。果たして自分は狂ってしまったのだろうか。

――いいえ、そんなことはないわ

 

そんな葛藤を思い浮かべた途端、自らの裡より返ってきた言葉に動揺する。その溶けるように甘い声はサコにとって間違いなく聞き覚えのないものであった。しかし同時に、その全身を快楽で蕩けさすようなその声は、サコが間違いなく心の奥底で知っている声だった。

 

――貴女は私が作り出したお人形。桜の魂の依り代。だから、サコ。一人の男と一人の女が舞台で活躍するの事を観察し、あるいは補助するために生み出された舞台演出装置。貴女の全てはもとより私のもの。桜という女の魂から、もはや要らない一部だけ抜き出してつくられたものを埋め込まれた、そんな存在。桜の兄を慕っていた魂の成分。だから貴女は貪欲なまでにこの世に存在しない兄を求め、幻視し、追い求めた。だからだから貴女は赤死病というものと関わる運命を背負っていた。だからだからだから貴女には世界を騙せるような特別強い力が宿っていた。

 

言葉にサコは驚く。と同時に、次々と疑問が氷解する。村のみんなは正しかったのだ。間違っていたのは、私だったのだ。世界の全てが正常で、正常な世界の中で私だけが壊れていたのだ。――ああ、なんだ。自分は。

 

――彼女の言う通り、彼女のお人形に過ぎなかったのか。

 

疑問が失せたと同時に徒労感が全身を包み込み、これまでにないくらい体から力が抜けて行く。同時に身体の消失が一気に早まった。

 

――満足した? じゃあ、安心して消えなさい。

 

そして少女が続けて述べたその言葉を最後に、サコの意識は全て消失する。恐怖でなく陶酔と納得と絶望によって、サコという女の人格は完全に世界という舞台から消え去っていた。

 

 

星の夢を見た。神の夢を見た。人の夢を見た。星は変化を望み、やがて自らの子らが自らの袂より旅立つことを望んでいた。神は不変を望み、やがて自らの子らが自らを不必要とすることを恐れていた。人は死を恐れ、いつか死という停滞を彼方へと追いやるそんな変化を望んでいた。

 

死を遠ざけようとする人が起こす変化の速度や凄まじい。人は死の恐怖を遠ざけるために己が領域をより良いものへと変化させたいという我欲から、多くの領域を自らのものへと染め上げてゆく。

 

神々と呼ばれる存在はそれを恐れた。人が前に進むその速度や凄まじく、彼らはいつかやがて、そんな人間たちが、強烈な変化の果てに神の座に到達してしまうことを恐れ、ある一柱の存在を産み落とした。

 

人の側に属する存在でありながら、神の陣営に肩をもつ存在であるよう望まれた、ウルクの王。不変の存在が持ちうる膨大な力を保有しながら、変化する存在として生まれ落ちた、半神半人の王。人と神の狭間にある存在。究極の孤立者にして人類を守護者し、その価値を裁き定める、裁定者。それがギルガメッシュという英雄王の正体である。

 

 

「『女媧』。中国神話において天地を開闢し、人を泥の中より造りだした、シン、すなわち、YHVHと同列の古さと歴史と力を保有するそんな女神こそが、九尾の狐『玉藻』の、そして、『響』という女の起源である」

 

ギルガメッシュが尊大に述べるそんな言葉を、響はぽかんと口を開けて聞いていた。呆けている、と例えるのが最も適当であるそんな態度しか取れないのは、次から次へと押し寄せる情報の奔流に響の脳内が耐えきれず、混乱の極地へと追いやられているという証拠だった。

 

――ギルガメッシュ。あなたはなぜ、それを今語るのですか?

 

意識の船を彼方へと遭難させている響に変わり、響の体内より声が聞こえてくる。玉藻だ。

 

「我になぜと行為の理由を問うか、女狐」

――ええ、問いますとも。貴方という男の性格を私は把握しています。貴方は傲慢で不遜ですが、だからといって意味のないことをしない主義の人物であるはずです。――この響という少女が、この世界の歪んだ在り方とそれまで過ごしてきた経歴により私と同じ起源に至ったのは事実でしょうが、だからといって今この瞬間、それを語るメリットは無いはずです。なのに貴方は語った。――ギルガメッシュ。いったい貴方は何を考えているのですか?

「ふむ……」

 

玉藻の言葉にギルガメッシュは顎に手を当て首を傾げて考え込む。その様を見て響の中にいる玉藻こそ、そのような態度を取りたいのだと思う気分になっていた。

 

「――なるほど。女狐、玉藻よ」

――ええ。何でしょうか

 

だから投げかけに苛立ち混じりの言葉を返してしまうのも仕方ない事なのだ。これがアクセントの高低差高い金切り声でなかっただけ、自分を褒めてやりたい気分に玉藻はなっていた。

 

「良い疑問だった。なるほど、たしかにその通りである。先にその女へと投げかけた言葉、たしかにこの場においてする必要のないものであった。事が予想外に良い方向へと転がった故、我も浮かれておったのだ。故についいらぬ言葉が口に出た。許せよ」

 

しかして、帰ってきた言葉に玉藻の怒りの念は霧散し、驚いて唖然とした。あの天上天下唯我独尊を地で行くそんな男がこうも素直に自ら疑念を指摘として受け入れた挙句、非難として受け取り、己の失態を認め、謝罪までおこなうという事態が玉藻には信じ難かったのだ。

 

――どうしたんですか、急に。気持ち悪い。

「ふん。誠に無礼な女狐よ」

 

訝しむ言葉と態度を隠そうともしない気配によって玉藻から向けられたギルガメッシュは、しかしその事に対して怒ることもせずに再び前を向く。人の波を超えたその先では二人の男が先程と変わらぬ苛烈さを保ちながら剣戟を鳴らしている。そんな剣戟に反応して、敵味方全ての人間が惜しみない歓声と喝采を送っていた。

 

「だが、まぁ――、良い。今、我は貴様らのその無礼を許そう」

 

それを見てギルガメッシュは、満足げに頷くと、頬杖をつく。それ以降、ギルガメッシュは玉藻や、正気を取り戻して、シンの復活や、シンとエミヤとの戦いに気がつき再び狂乱に陥った響が何をどのような口調で話しかけようと、囃し立てようと、一切反応を見せなくなってしまった。

 

 

はるか昔の話だ。

 

我欲より始まった旅路の果て、心から望んだもの――不老不死を実現する若返りの薬を自らの力のみで手に入れるという、人という存在が入手する財の中において最高の悦びを手に入れたギルガメッシュは、その直後、手に入れた薬を己の慢心によって呆気なく失うという出来事により、人という存在のあり方について心底理解した。

 

流転し、常に変化し続ける世界。世の中というものがそんな世界の中であるというならば、不変であるというそんな事こそが、なによりも不自然だ。ならば――、星と神と人。そのいずれの望みと在り方が正しく、いずれの望みと在り方が不自然であるかなど瞭然だった。

 

だからギルガメッシュはその後待ち受ける死を受け入れた。

 

「『いつかやがて』という我欲さえ保有し続ける事が出来るのであれば、人という矮小な存在はしかし、どこまでも高く飛翔し、やがては我の庭である星を超え、我と言う存在の望む通り、星という存在の望む通り、未知なる世界に向けて旅立つだろう」

 

ギルガメッシュは心の底からそう思っていた。

 

――しかし

 

 

そうして永劫の眠りについたはずのギルガメッシュは、彼の生きた時代よりはるか未来、人々の祈りによってこの世に再び呼び出された。彼は自らの存在を呼び出した人間たちから事情を聞いた瞬間、心底激怒した。

 

魔のモノ。人々から悪意を吸収し、我欲と善悪の彼岸を消失させ、破滅という不変だけが支配する未来へと導くそんな存在。そんな我欲を失せさせ、永遠に不毛さだけを撒き散らす神の如き存在を、いつか人が自らの意志と未知を求む欲望に導かれて星の海へと旅に出るそんな夢を見て眠りを受け入れたギルガメッシュが許容できるはずもなかった。

 

「殺す」

 

故にギルガメッシュは魔のモノと呼ばれる存在の即時排除を決心した。そして彼は一も二もなく湧き上がる激情を叩きつけるべく、自らが召喚されたその場から飛び出そうとする。しかし、そうして憤怒の念を発散させながら飛びだそとするギルガメッシュを、自らを呼び出した彼らは引き止めた。

 

「どうか我らの願いをお聞き届けください」

 

彼らのその態度は死を覚悟した人間特有のそれであり、覚悟と決意に満ちていた。彼らの想いはそしてギルガメッシュの気を引き、話を聞かせる気にし――、やがて彼らの話と事情を聞いたギルガメッシュは、自らの手で魔のモノと呼ばれる存在を排除する事を取りやめた。

 

「魔のモノという存在が滅びの一因であるのは確かだ。だが、だからといって、この世界が滅びの方向へと邁進してしまったのは、そんな奴の特性により我々が我欲を尽くしてしまったからに過ぎない。――我々がその欲深さゆえに死にたえるというだけならば、構わない。しかし、我々の愚かさによって、我々の愚かさと関係ない、次の時代を背負う我々の子らが害を被るという事態だけは、なんとしてでも避けたいのだ」

 

それを聞いた瞬間、ギルガメッシュは気を抜けば跳ね上がってしまいそうなくらい喜んだ。

 

『やつらはそして、やがて自らの子らが星の海に旅立つその時を夢見れるのであれば、それ以外に何もいらぬと、そう言ってのけたのだ! やつらの望みは我と同じく、見守るものになろうとするものであった! やつらはついに自力で神の座に辿り着いた! 神の力を持ち、人の世を自在に変える事のできる我だからこそ今生の短き間に辿り着けた結論と境地に、矮小な人間どもは千年、二千年の時をかけてついに辿り着いたのだ! 我はついにその時、永遠の孤独より解き放たれたのだ! その力の矮小さゆえに友とは呼べぬが――、無こそが報酬であったはずの我は、しかしついに、我と運命を共にする隣人を手に入れたのだ! その時の我の愉悦がわかるか!? 我が望みを託した矮小なる人間という存在が、ついに半神半人たる我と同じその境地に辿り着いたというその悦びが、貴様らに理解出来るか!?』

 

だからこそギルガメッシュは彼らの用意した手段とその望みを受け入れた。ギルガメッシュはそして無論、彼らの用意したシステムに破綻があることなど瞬時に見抜いていた。彼らの用意したそのシステムを運用すれば、いつしか必ず、世界は不変という呪いを再発症する。それはいつか、再び人類を破滅の岸にまでおいやる要因になるかもしれない。

 

否、――間違いなくなるだろう。

 

生存のためとはいえ、人の発展の欲を抑えるためのシステムなどというものが、変化こそを起源とする生命の最先端にいる人間の我欲を抑えきれるはずがない。我欲を削ぐためのシステムは、それ故に悪意を吸収する世界の仕組みと合わさり、底無き我欲を保有する人類に悪影響を及ぼすのは目に見えている。

 

しかしそれを予見しながら、ギルガメッシュはそれでも彼らの提案した破綻の未来が待つシステムを受け入れた。なぜならそれは、自らの願いを受け継いだ自らを旧人類と呼ぶ彼らが、死の淵にまで追い詰められ、迫り来る死の恐怖に怯えながら、それでも後世に生きる新人類の為を思って、必死に開発したシステムであるからだ。

 

『死した先人の手には何も残らず、得た財はすべて後ろにある者共の手中に収まる。そんな状態こそ、流転する世界の中において正しい在り方だ。我の手にはついに再び、何もない状態にへと戻ろうとしているのだ。我は、我が手がけてきた奴らというものが、我らの手を離れ自らの足で、自らが手にした力で星の海へと旅立とうとしているこの状況が嬉しくてたまらない』

 

子の健やかな旅立ちを願うのが親の役目であるならば、子の不始末の片を付けるも同じく親の役目。その不始末が、悪意によって生み出されたものではなく、死の恐怖に怯えながらも必死に紡ぎ出した善意という我欲によって生み出されたものであるというのであれば、是非もない。

 

『後に続くものが夢を見る事すら出来ぬ未来を残すとなどといった事態ほどの恥はない。我は我という完全に至った存在であるで故に、そのような恥辱を断じて受け入れられん。そんな恥辱をこの身で味わうくらいなら、我は我自身が誰かのために動くと言うそんな恥と苦労を甘んじて受け入れ、後世に続く奴らが進む道を整え、奴らが自らの意思で我の見たこともないような場所へと向けて旅立つその時を待とう』

 

自身が動き、道を整えて待てば、いつかやがて必ず人類は、かつて自分がやったように、苦痛に歯を噛み締めながらも未知なる場所向けて旅立つに違いない。ギルガメッシュはそれを信じていた。だからこそギルガメッシュという男は、万難排して人の礎となる事を許容した。与えるだけが守護ではない。守るだけが守護ではない。だが時として、必要あるのであれば、最低限の守護を与え、はるかなる未来にやがて自らの足で立つ事を信じて、ひたすらに待つ。それがギルガメッシュという英霊にとっての、他人には決して語ろうとはしない人への愛の向け方であり、誇りであり、矜持でもあった。

 

『だからこそ、我は我のためにあのヘイムダルとかいう輩が我を越えるために我に逆らうと宣言した時、それを許容した。だからこそ我は、シンというあの男が我に叛逆する事を許容した。だからこそ我は、今こうしてシンという男が我と同類の奴等が敷いたスキルというレールを離れる事を許容した。だからこそ我は、こうして我の手を離れた奴等が辿り着くその結末がいかなるものであろうとその結末を全て受け入れ、そしてその決断によって生まれるあらゆる障害が奴等にとっての重しとならぬよう、道を整えてやろうと思うて行動しているのだ』

 

つまりは、ギルガメッシュは先に彼らよりも辿り着いていた存在として彼らの努力と覚悟を尊重し、そして子に等しい彼らの選んだ未来に待ち受ける結末を受け入れる決意をし、そして起こりうるすべての出来事の責任をその一身に引き受ける事を良しとした。

 

だからこそ彼は、故にまた、そんな破滅の未来の果てに現れたエミヤという、黄泉路より迷い出て生き延びた男の後援を決意したのだ。

 

「あの男の在り方を見たか? かつては我欲を他者の救済などというつまらぬ言い訳にばかり浪費していたあ奴は、今、様々な試練を経て、ついに我欲を自らの望みのためにのみ消費するまともな大人に生まれ変わっていた。あのエミヤという雑種は、ついに我の到達した位置のその一歩手前にまで到達していたのだ。歪んだ信念を抱えたまま大人として成長し、歪んだ英霊として完成し、不変のまま果てていったはずのあ奴は、しかし生まれ変わった今、そんな変化を成し遂げた。今のあれは大人と子供の境界線にある存在。未熟でありながら完成を目指す、善でありながら悪でもあり、上でありながら下であり、明でありながら暗でもある、己のペルソナとの合一を果たした存在なのだ、あれは。あやつは自らの中にある童子との合一を果たした男だ。ならばあのエミヤという男は、まごうことなく未熟である雑種どもを率いるに相応しい統率者になるだろう。だからこそ我は、あの男――偽物/フェイカーであったあの男を、目の前にいる未熟者どもが星の海へと旅立つ旗印としてしてやるために、シンという男の反逆に立ち向かわせたのよ」

 

だからこそギルガメッシュは目の前の戦いに介入しない。そんな無粋な真似をしようなどとは決して思わない。子供の喧嘩に大人が出ることほど恥ずかしいものはない。やり過ぎないために口を出したりくらいはするが、それ以上の事を彼はしない。あんな下らぬ自虐から生じた諍いなど彼らが勝手して解決に至るべき事。それこそが彼の願望であり、ギルガメッシュという男の今の我欲であった。

 

全ての事態を俯瞰し、解決のための道筋を示し、しかし最低限以上の手を貸そうとしないギルガメッシュという人物は、この崩壊しつつある世界において、間違いなく唯一完成している大人であり、英雄王の呼び名に相応しい我儘な人格破綻者でもあった。

 

 

剣戟がどれほど続いただろうか。エミヤとシン。決闘を行う二人の周囲にはすでに千を雄に超える壊れた武具が散らかっている。武具はシンが攻撃の手段として用いたものであり、そして同時に、エミヤという男が投影によって生み出された干将・莫邪と呼ばれる宝具によって折られ、裂かれ、砕かれたものであった。

 

二人の決闘に生み出されたそれらの中には十全とした原型を残しているものは一つとして存在していない。それが二人の行っている戦闘の苛烈さと遠慮のなさを示しているといえるだろう。二人は紛う方なく真剣そのものだった。彼らは真剣に、目の前に存在する自らにとって最大の壁を打倒すべく、死力を尽くして戦っている。

 

互いが互いを打倒しようとするその戦いのなんと苛烈なことか。戦いの才に溢れたシンが放つ類稀なる才能と血反吐を吐く努力によって身に着けてきた身体の型というものから生み出される神速の一撃を、戦闘の才を持たないエミヤはこれまでに培ってきた膨大な戦闘の経験値とシンという男をはるかに上回る血の量を流して繰り返し体に馴染ませてき身のこなしにて対抗する。

 

互いに必殺。互いに絶技。常人であるならばその一太刀が放たれた瞬間に絶命しておかしくない、そんな一撃を繰り出す彼らの存在を伝説とたとえるならば、そんなものの応酬を繰り返す彼らがしかし今なおこうして生きて鎬を削りあっているこの状況は奇跡といっても過言でない状況だった。

 

だが。

 

「む……」

 

そして手にしていた刀の破損を認識したシンがそれを投げ捨てて自らの武器を持ちかえようとしたその時だ。辺りを見渡したシンは、自らの周りに散らかる武器の中に十全の姿形を保っているものが一切存在しなくなっていることに気が付いた。彼の周囲に散らばる武具は、剣は刀身が折れ、槍はその穂先が砕かれ、盾は真っ二つに切り裂かれた、そんなもの不具に至りシンが投げ捨てたものばかりが転がっている。

 

シンはついに戦争に加担していた彼らが使用していたその武器のうち、彼らが投げ込んできた武器のすべてを使い切ったのだ。

 

「……」

 

近場に武器が落ちていない事を知ったシンは静かにあたりを見回した。だがいくら見渡そうと、投げ込まれ、そして打ち砕かれた武器の状態がすぐに元通りに戻るというわけではない。目の前の武器たちは、たとえ手持ちの武器に不具合があろうとも、人は前に進み、己の前に現れる壁に対してその時発揮できる全力の力を以てして挑まねばならないのだと言わんばかりに、元の形を保つものがない。シンはそんなことは知っていると言わんばかりに刀身が半分の地点より折れた刀を握りなおすと、そのまま構えようとして――

 

「――む? ――これは……!」

 

そして気が付けばいつの間にか自身のすぐ突き刺さっていた薄緑色の怜悧な色をその身に秘めた三尺あまりの反りある刀身をした太刀を見て、驚愕の表情を浮かべた。

 

「見事な……」

 

波紋は波打つ互の目丁子。地鉄は小杢目の反り返った太刀。斬る、という目的のため、それ以外のすべてを余計と斬り捨てるかのような愚直さと怜悧さが、その刀身の基本理念のすべてだった。剣は目の前に現れた全ての存在を斬り伏せるそんな一念のもとに鍛え上げられたものだった。

 

「それは……」

 

その麗しい光を放つ刀身を見た瞬間、エミヤは口を開きかけた。その玉虫色にも似た緑光沢を放つ刀身に見覚えがあったからだ。

 

「……ヘイ?」

 

響という少女がライドウらの世界において振るっていた薄緑と似たそれは、紛う方なく自らが新迷宮二層の番人より手に入れた玉虫の羽を用いて生み出された剣であり、ヘイという彼以外に鍛え上げる事の出来ない刀だろうだった。刀はヘイ以外に鍛え上げられる者がいない。それはすなわちその刀を投げ込んだ人物がヘイである事を雄弁に語っていた。

 

「――感謝するぞ、ヘイ」

 

シンもエミヤと同じその結論に至ったのだろう、薄緑と同じ素材によって生み出された、しかし響が持っていた『薄緑』とは異なった形式のそれを手にすると、その感触を確かめるためだろうじっくりと振り回す。

 

「なるほど、私の好みに合わせて作られたものでなく、素材が望む形につくりあげたものなのか」

 

刀を振り回していたシンはやがてそんなことをつぶやくと、腰をひねり、上段の構えでも、青眼の構えでも、居合の構えでもない、それは変形型の上段霞の構えと呼ばれるものに似た独特の構えを取った。

 

「――それは」

 

シンのその構えを見た瞬間、エミヤは呆然とする。なぜならその構えにエミヤは見覚えがあったからだ。それはかつて第五次聖杯戦争におい当時アーチャーの名で呼ばれていたエミヤが、唯一、望んだにもかかわらず勝ちを拾えず、相手の情けにより引き分けに持ち込むことのできた相手がしていた構え。それは第五次聖杯戦争において暗殺者として呼び出された、しかし最高峰の剣の技術を保有する剣士が用いていた構え。それはあの騎士王をして純粋な剣の腕前だけを比較するならば最強呼ばれた『佐々木小次郎』と呼ばれた男が、たわむれに燕を斬る事を目的とした際偶発的に生まれた魔剣技を放つその際に用いられる、そんな天才がする唯一の構え。

 

「その構えは――」

「剣を手にした途端、剣が私に語りかけてきた、と言ったら、エミヤ。君は笑うかね?」

「――いいや、なるほど。むしろ得心したとも。なるほど、彼は後継者として、同じく剣だけへとその生涯のすべてを真摯に捧げてきた君を選んだのだろう」

 

すなわち、その構えは、佐々木小次郎と呼ばれたその男の必殺剣、「つばめがえし」を放つための構えだった。そんな過去の偉人の構えを取ったシンは、直後、かつて立ち会った過去の英霊に勝らぬとも劣らぬ気配を放ちだす。その圧倒的かつ濃密な剣気が放たれたその途端、シンとエミヤを中心とした五十間ほどの空間の世界は、完全なる静寂に支配されていた。

 

浮かぶ星々はこの男がこれより放つ一撃を余すことなく祝福すべく爛々と光を放ち、周囲を漂う空気はこの男がこれより放つ一撃により裂かれることを恐れたかのように冷たくなり、音は空気と同様を斬り裂かれることを恐れてか、一切の身動きを取りやめる。それはシンという超一流の使い手を得た刀の喜びであり、同時にそんな超一級の刀を己の手に収める事の出来たシンの喜びによって放たれたものであるかのようだった。

 

世界はまさに、シンとシンの構えた刀の支配下にある。そしてエミヤはシンがその刀を構えた瞬間、彼が放つ剣気はまさにかつて聖杯戦争に参加していた剣士、佐々木小次郎が放つそれと等しいものであろうことを予感し、今これより放たれるだろう一撃が絶対回避不能を実現する魔技であろうことを直感し、直観した。異常なる空気を読み取った観客もまた、身じろぎ一つをしないままに、シンの一挙手一投足へと視線を送っている。目の前にいるシンという男はまさに世界を斬り裂く一撃を放つだろうことを予感し、この場にいる誰もが、この先に起こることを決して見逃すまいと、固唾をのんで見守っていた。

 

 

全身がひりつく。これまで培ってきたブシドーとしての経験と、剣自体が記憶している侍としての業が組み合わさった一撃は間違いなくこれまでに自分が見たことのない光景を見させてくれるだろう。今これより自分がそんな未知なる一撃を放つのだと想像するだけで、いつかのあの時のように血が滾る。体中が馬鹿みたいに熱を帯びてゆくかわりに、頭と心と技を放つに必要な部位だけはやけに冷たさが保たれていた。

 

――燕を斬る。言葉にすれば簡単なその行為を実現するために、私は技術を研鑽し、とある技を開発した。その技を劣化させたものの延長上にあるのが、お前が納め、研鑽を重ねてきた、二つのブシドーのスキル。

 

剣が語る言葉に耳を傾ける。

 

――『一閃』と『つばめがえし』。すなわちお前が最も得意として使い続けてきた技と、お前が最もあこがれ研鑽してきた奥義の延長線上にこそ、私のこの技は存在する。ならば愚直なまでにそれを続けてきた貴様に私と同じそれが放てぬ道理はなく、私のこの技を超えられぬという道理もまた、ない。

 

剣から伝わってくる思いには寸分の迷いも偽りもない。剣に宿る魂は、私がこれまで行ってきた全ての行為と憧憬を肯定し、お前ならばその先にもたどり着けるだろうと告げていた。言葉を受けてさらに血が滾った。生まれた歓喜は熱となり、技を成功させるための自信となり、決意となる。

 

――鬼とあっては鬼を斬り、神とあっては神を斬る。目の前に現れるあらゆる存在を斬り伏せる。もとより我らはそれだけを求めて鍛錬を重ねてきた存在。ましてやお前は剣を振るうべき相手すらもまともに見つからなかった私と異なり、命のやり取りの場に身を置き、命の削りあいを行う実践の中で剣の腕を磨いてきた存在。ならば出来ぬなどという道理は、斬り伏せるべき戯言以外の何物でもない。

 

剣に宿る彼が放つその言葉には、私が過ごしてきた環境に対する憧れと己が過ごさざるを得なかった環境に対しての残念が過分なほどに含まれていた。私は彼よりも恵まれた環境にいた。そんな自覚が、これより放とうとしている技の成功をさらに決定的なものとした。

 

全身に力と確信がみなぎってゆく。

 

――滾るよなぁ。

 

溢れそうになるそんな熱情を見抜くようにして脳裏へと涼やかな声が響き渡った。

 

――強敵との戦い。自らの全霊を賭ける価値ある相手との戦い。自らの業をさらなる先へと導いてくれる存在との戦い。そんな戦いを受けてくれる相手との戦い。ああ、シン。私はお前がそんな相手と巡り合えたという奇跡を祝福しよう。

 

言葉は一片の曇りもなく、私以上に強いだろう相手に挑める私の幸福を祝っていた。

 

――私もかつてはそのような相手と出会い、しかし私は敗北した。無論その戦いに悔いはなく、臨んだ戦いの果てに命を落としたという事実を後悔するという無粋な思いを抱くつもりもさらさらないが……

 

清澄だった言葉はそして臍を噛みしめるようなものへと変化する。

 

――そうして繰り広げた死闘の果て、戯れに鍛え上げた我が剣が誇るべきものであったと証明できたことは、狭いと思っていた世界が広かったことを知れたことには歓喜したが、得たものが敗北であったという結果だけは、悔しく思っている。ああ、出来る事ならば、認めた相手の懐から勝利を奪い去りたかったと思っているのも、また事実。

 

言葉に力が入る。それは間違いなく剣に宿っている意志の本心であったのだろう。真摯なるその思いは滾るこの身にある決意を促した。

 

「ならば今度こそ奪い取ればよい」

 

――……おうよ

 

「目の前にいる相手はそれに値する相手だ。そうだろう?」

 

――……おうともよ

 

そして私と剣はその思いを一つに統一する。すなわち人剣一体。私は、私たちは、ついにその境地に至っていた。完全なる合一を果たした私たちに不可能などなく、ならば目の前にいる価値ある敵から勝利を奪い取れない道理などない。

 

――――――――さぁ

 

「行くぞエミヤ!」

 

――さて、かつて剣を交えたあのころから如何程成長したか見せてもらうぞ、アーチャー!

 

剣から聞こえてくるそんな言葉が、私の闘志をさらに引き上げる。そして私たちは全霊を賭けて突撃した。

 

 

「行くぞエミヤ!」

 

そして踏み出した彼の姿を見た瞬間、直感する。

 

――攻撃を避けることはもとより、手持ちの手段では攻撃を防ぐことすらもままならない。

 

理性と感情が同時に下した判断は間違いないものであると心が理解する。彼の宣言がなければ放たれるその瞬間まで彼が踏み出したことすら理解できなかっただろうそんな一撃を、戦闘の才を保有していないこの身で如何に回避できようというのだろうか。如何なる手段にて防御できようというのだろうか。

 

――どうする……!?

 

対抗手段を迷う間にもシンは神速にて迫りくる。明鏡止水に至った心が、一歩で十間以上もの距離を瞬時に零とする勢いで地面を踏込んだ。と同時、瞬時に刀が振り下ろされる。

 

「真・燕返し!」

 

真なる名を以て解放されたその一撃は、まさに秘剣の名を関するに相応しい一撃だった。――否。一刀の振り降ろしにて放たれたのは、たった一撃ではなかった。それはかつて佐々木小次郎という魔剣士が得意とした、多重屈折現象による同時三撃の攻撃でもない。シンという男の手から放たれたそれは、周囲の空間すべてを埋め尽くす、同時千撃の攻撃だった。

 

――……な、ぁ!?

 

一瞬にて千の同時斬撃。あまりにも馬鹿げた話であるが、頭上から股下までを断つ縦軸の攻撃が、その太刀を回避する対象の逃げ道を塞ぐ円の軌跡が、左右への離脱を阻む払いが、角度を変え、距離を変え、空気との摩擦により炎を纏いながら、全周囲から迫りくる。佐々木小次郎の多重屈折現象を用いた秘剣「燕返し」の三点同時攻撃は、ブシドーのフォーススキル「一閃」と、一瞬二連の攻撃を実現するブシドーのスキル「つばめがえし」へと分けられ、その後、才人の手によって再びつながりを取り戻し、結実することでかつての魔技が霞むほどの絶技へと進化していた。

 

――こんなもの、回避防御どころか相討ちに持ち込むことすらも不可能だ。

 

灼熱の檻。第七地獄の体現。そんなものが迫り来る絶望を前にそれでも必死に対抗手段を探して思考する。手持ちの守りのうち、最硬を誇るロー・アイアスの盾を用いたのであれば、ある一面からくる攻撃を間違いなく防ぎ尽くしてくれるだろう。だがそれでも防いでくれるのは一面だ。アイアスの盾は、全周囲から襲いかかってくる攻撃を防げるような便利を誇る完全無欠の盾ではない。

 

ロー・アイアスでは全周囲攻撃を防げない。それは奇しくも、目の前で絶技を放つ彼と共に戦った三層番人の手によっても証明されている。

 

――ならばどうする……

 

保有する手段のうち放たれた攻撃を防ぐに至る手段は皆無である。ならばやることは――

 

――決まっているか……!

 

手段がないというのであれば、今、この瞬間においてそれを防ぐ手段を作り出すしかない。

 

――限界を超える! そのための手段を記憶の中から引きずり出せ!

 

目の前のそれは全周囲より迫りくる絶対回避不能にして超威力の防御すらも難しい攻撃。ならばこそある面の守りであるローアイアスでは決して受けきれない。アイアスの盾がいかにアキレスと呼ばれるかの大英雄の一撃を受け止めた硬度を誇っているとはいえ、所詮は点の攻撃を受け止めたに過ぎない面の代物では、全周囲から迫り来る包囲の攻撃を防ぎきることは不可能である。

 

――ならば我が身に宿る手段のうち対抗できるものはなんだ……!

 

全周囲から繰り出される攻撃。そんなものに対抗したいというのであれば、無論必要となるのは、全周囲に対する防御である。だが、自分の中にそれをなすための手段は、今はない。

 

――……今は、ない?

 

自らが発した言葉尻を自ら捉え直して胸がざわつく。そして直後に思い至る。

 

――そうだ

 

たしかに今の自分は全周囲防御を可能とする宝具や手段を持ち得ていないない。だがかつての自分ならば確かにそれを可能とする宝具を持ち合わせていた。それは。

 

――すべては遠き理想郷/アヴァロン

 

それはかつて騎士王と呼ばれたセイバーの宝具。とある事情によりかつての第五次聖杯戦争においてパートナーだった彼女の宝具であったそれを埋め込まれていた私は、使用したその瞬間粒子となり、所有者を異世界のとある領域に置くことで絶対の守りを実現する、癒しの力すらも保有するそんな宝具の力を知らずに、あるいは自覚した後も利用して、聖杯戦争における度重なる苦難を退けてきた。確かにあの絶対防御を可能とする宝具がこの場にあったのであれば、この程度の苦難を退ける事もたやすいだろう。――だが。

 

――今の私の力ではあの宝具を再現することは不可能だ。

 

かの宝具は、星の祈りによって生み出された奇跡の結晶。アーサー王という選ばれた人間が存在していたからこそ、強固な守りを実現してくれた、使い手を選ぶそんな宝具だ。人の手には決して届かぬ、選ばれたものがこの世に存在するというそんな条件下において発揮される神秘の力であるからこそ、かの宝具は所有者の完全防御と不老不死を約束する宝具となりえていた。そんな神秘の代物を今の英霊ですらなくなった自分が投影できるわけ――いや。いや、まて。

 

――……完全防御、だと?

 

そして浮かんだ言葉に再び心を揺り動かされる。完全防御。迫りくる攻撃をすべて防ぎきるというそんな意味。その意味を理解し終えたその瞬間、そんな奇跡みたいな行為を実現させるそんな技が、瞬間的に歓喜とともに頭の中へと思い浮かんできた。

 

――……『完全防御』!

 

そうして思い浮かんだのは、やはりというべきか、奇しくもあの新迷宮三層番人との戦いにおいて放たれた絶対回避不能の呪いがかけられた一撃を完膚なきまでに防いだ技だった。『完全防御』。それはこの世界において実現されている、パラディンという職業の冒険者が可能とする奇跡の技であり、それはかつてダリという男が使用した守りの名前であり、スキルという、かつての世界においていずかこに存在した技を改良してつくりあげられた、そんな、この世界に住まう人ならば条件さえ整えば誰もが放つことができるという、そんな技だった。

 

――あれならば……

 

『完全防御』という技は、この世界の人間は、パラディンというその職業につけばその技を発動する対象が持つ盾の性能に関わらず、誰もがその技を使い、威力を完全なる守りの威力を発揮することを可能である。それはつまり戦いの才能が凡夫程度しか存在しえないこの身であっても、そのやり方さえ踏襲すれば、その技を放つことができるということを意味しているに違いなかった。

 

――ダリはあの時どのようにした? 

 

ならばあとはその手法を思い出しなぞるだけ。十全でなくともよいのであれば、他人の技を模倣するは、偽物として本物になることを目指して突き進んできこの身が何よりも得意とするところ。ならば。

 

――それさえ思い出せれば、実現するは容易いということ――!

 

「投影、開始/トレース・オン」

 

導き出した解答を必ず実現させてみせるという錬鉄の決意と共にいつもの呪文を詠唱する。

 

――思い出せ。彼のその特技のすべてを模倣しろ。

 

そして脳裏に浮かび上がるは新迷宮三層番人との間に繰り広げられた死闘だった。

 

――創造の理念を鑑定し――

 

スキル『完全防御』。その理念は無論、迫りくる全ての脅威から身を守る事。迫りくる全ての攻撃からの守護こそが、そのスキルの理念である。

 

――基本となる骨子を想定し――

 

基本となる骨子は“無”。あらゆる骨子に対応して守りを実現するそんな理念こそが、この技の骨子だ。

 

――構成された材質を複製し――

 

あらゆる状況下において守りを実現することを目的とするならば、ならば定められた材質など不要。

 

――制作に及ぶ技術を模倣し――

 

理念を実現するために必要と付け加えた技術と、要らぬと削ぎ落とした技術を読み取り、

 

――成長に至る経験に共感し――

 

そして培われた経験を読み取り、

 

――蓄積された年月を再現し――

 

技を放ったダリという男が蓄積してきた年月を自らのものとする。

 

――あらゆる工程を凌駕し尽くし――

 

そしてダリという男が、過去の賢人たちがそのスキルを実現するために経験したあらゆるすべてを超え……。

 

ここに、幻想を結び絶対守護の守りと成す――!

 

「ロー・アイアス!/熾天覆う完全なる花弁!」

 

確信とともにアレンジしたその名を呼ぶと、規定の所作に反応して、そのフォーススキルが発動する。発動した途端、ロー・アイアスの七つの花弁はあたかも元々そうであったかのように砕け散り、ピンク色の光の粒子となって周囲へと拡散した。全周囲へと飛散した光の粒子は、やがて空間を周囲の空間すべてを埋め尽くし、桃色の光の粒が自身の体を包み込む。

 

「――!」

「ぐ、ぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

現れた粒子が自身の全周囲を包み込んだ次の瞬間、周囲より押し迫る炎の剣全てが光の粒子と激突し、想像を絶する負荷が技の実現のために励起している魔力回路へと襲い掛かってきた。神経に焼けた鉄の棒を押し込まれるどころか、神経そのものをスライサーにかけたかのような絶え間なく鋭い痛みが全身を駆け巡る。

 

「ぐ、う、うぅぅぅぅぅぅ!」

 

当然だ。今、私は、完全などという矛盾する事象を実現するために、あらゆる無茶を押し殺して魔力にてその現象を再現している。

 

「ぐ、ぎ、ぎ、ぃ……」

 

完全でない模倣品を完全なものへと近づける。そのために、あらゆる矛盾をこの身の内側に抑え込む。この痛みは、人という矮小な身でありながら、完全を模倣し再現するために必要な経費であり、その代償。

 

「が、あ、がぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

完全なる再現を実現しようとするほどに、魔力は矛盾を実現するための代償として疑似神経内を迸る。通常神経にとって異物たる魔力は、疑似神経のすぐ側にある生命の危機に反応して敏感さを増した神経を逆撫でて、貫く痛みが全身を駆け巡る。

 

――痛い。

 

それ以外の言葉が浮かばない。断続的に、しかし連続的に神経が微塵に切り刻まれてゆく。体のあちこちが悲鳴を上げていた。魔力と強化に耐えきれなくなった肉と血管が破れ、紅い服をさらに朱く染め上げる。脳はこれ以上の痛みの信号を受け止めることを拒否していた。体は今すぐこんな無茶をやめろと訴えている。

 

「ギ、グ、ギ、ィ……!」

 

それらの訴えをすべて無視して、全開の魔力を魔術回路へと流し込む。シンの放った剣閃の一つが守りの粒子を砕くたびに激痛が走った。一瞬千撃の攻撃によって所詮は模倣であり完全に到達していない守りが打ち砕かれてゆくたび、体が悲鳴を上げていた。

 

「――まさか」

 

シンが放った佐々木小次郎という男の念が宿ったかのような『真・燕返し』は、間違いなくかつて私が見た佐々木小次郎のそれを超えていた。それは確かに絶技であり、回避不能の魔技だった。しかしそちらのそれが『絶対』の名を関する必殺技であるというならば、こちらのこれも『完全』の名前を関する防護技。旧人類と呼ばれる人々の願いと祈りによって作り上げられたスキルという奇跡の結晶。――ならば。

 

――この一撃を超えるというのか!?

 

完全でないこの身で完全を再現するという矛盾を孕んでいるとはいえ、ただひたすらに完全という理想を実現するために模倣を繰り返してきたこの身が、いかに威力が高かろうと千程度の敵意/斬撃を防げない道理などない――!

 

「あ、ぁ、あ、あ、あぁ、あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

咆哮する。噴出する血飛沫により世界の全てが真っ赤に染まり、そして――

 

 

やがて耳をつんざく剣戟が収まり、静寂がその場を支配した。戦場にて立ち向かうは二人の男。片方は服に多くの切り傷こそ負っているものの無傷の状態で刀を手にしている男。片方は切創、打撲傷、火傷に擦過傷といったあらゆる創傷が全身に刻まれている、血に染まり、乾いた血がぼろぼろと落下してゆくような服をまとった、そんな男だ。

 

全身傷だらけの赤い服をまとったその男は、まさに満身創痍といった体裁で目の前にいる刀を握る男を見つめている。刀を握る男は、手にした刀をぎゅっと握りしめながら、目をつむり、天を仰いでいた。

 

「――」

「――」

 

無言がその場を支配する。言葉を発するものはその場において誰一人としていなかった。

 

「――――――――、ふぅ」

 

やがて刀を握った男は、その手の握りを甘くすると、ゆっくりと視線をぼろぼろの男へと移した。

 

「――」

 

圧巻の光景。誰もが言葉を失っていた。ぼろぼろの男は何も語らない。ぼろぼろの男はただ、刀を握った彼が次に発するだろう言葉を待っていた。ぼろぼろの男の視線を見たその瞬間、刀を握った男は観念したかのような視線を再び空へと向け、そして心底悔しそうに、しかしどこか嬉しそうにつぶやいた。

 

「私の――――――、敗けだ」

 

天を仰ぎ直立したままの姿勢でシンは動かない。それを見てエミヤは似合わない凶暴な笑みを浮かべた。それは未知に踏み出し、冒険を成し遂げた人間のみが浮かべることのできる清々しいものだった。

 

「ああ。そして私の――――――、俺の、勝ちだ」

 

静寂。後に大歓声と大喝采があたりに巻き起こった。それは紛う方なく、戦争終結の合図に他ならなかった。

 

 

「ようやく終わったか」

 

二人の戦いの決着が歓声と喝采をもってして迎えいれられたとき、ギルガメッシュは己が取り出した豪奢な椅子より立ち上がるとともに、それを宝物庫の向こう側へとしまい込む。

 

「良い見世物とその結果だ」

 

立ち上がったギルガメッシュは如何にも満足げに笑みを浮かべていた。玉藻があれ以降だんまりを続けていたギルガメッシュの思惑を知る事はかなわなかったが、ギルガメッシュの浮かべるそんな満足げな微笑みを見て、玉藻はその内心と言葉に嘘がない事を直観した。

 

「これであの倦んでいた雑種どもの憂いもなくなり、なんの気兼ねもなく星の海へと旅立つ事となるだろう。あとは我が世界にたいして、女媧とラグナロクと化した呪銀の聖杯の力を用いてやれば、世界の修復は完了、というわけだ」

 

ギルガメッシュはよほど機嫌がいいらしく、聞いてもいないのに今後の予定をペラペラと語り出す。響の体内にて言葉を聞いた玉藻は、ギルガメッシュの言葉から即座に彼の行動理念と真なる狙いとを看破し、問いかける。

 

「ギルガメッシュ。では貴方は人類を救い、彼らを星の海へと旅立たせるために、YHVHという神を呼び出して彼らの尻を蹴り上げたというわけですか?」

「――ふむ」

 

そうして投げかけた言葉は、おそらく真実であるはずだった。玉藻が彼の言葉を待っていると、ギルガメッシュはさも意外そうに首を傾げ、そして響――の中にいる玉藻へと呼びかける。

 

「何か勘違いしておるようだが、我はそのような無粋な真似はせぬ。我が行なっていたのはスキルと人の我欲を抑えるそんな陣の保持のみ。人が自らの足で自立してゆくことを望んだ我が、不変を保とうとする神、それも唯一神などという巫山戯た存在を呼び出すわけあるまい」

――え……?

 

そして返ってきた言葉に玉藻は絶句する。

 

――じゃ、じゃあ、あの唯一神は誰の手によって召喚されたと……

 

息を飲んだ玉藻はやがてその勢いのままに言葉を並び立て、再びギルガメッシュへと質問を投げかけた。

 

「おそらくはかつて魔術師と呼ばれる存在と同じ程度に霊格高まった人々の手によって、だろう。曲がりなりにも新人類のやつらは、我と同じ域にまで達した旧人類の加護と我の加護を受け、不変を強いられ選別を繰り返されてきた精神は別として、その肉体、霊格はかつての人類と比べ物にならないくらい強靭に成長してきた存在。なればはるか昔に零落した神を呼び出す程度の進化をしても――」

――ばっ

 

そして返ってきた答えは優れた術士である玉藻にとって信じられない答えだった。なるほどそれは人という存在の脆弱を完全には理解していない半神半人の英雄王らしい言葉であると思いながらも、相手のあまりの非常識さを信じられないという思いから、胸の奥底より湧き上がってくる興奮を止める事はできず、湧き上がる衝動のままに声を荒げて、ギルガメッシュの言葉を遮りながら、叫ぶ。

 

――貴方はどんだけ親馬鹿ですか! 例え新人類と呼ばれている彼らが魔術師と呼ばれる彼らと同じように世界との繋がりを深めようと、人の身である彼らに神が召喚出来るはず無いでしょう!? 人の身に出来るとすればそれは、貴方のような半神半人の存在を呼び出すことが精々! 神を呼び出せるとしたら、同じく神である存在か、神の如き力を持つ貴方のような半神半人の存在か、あるいは……!

「私のように、人によって作られた人造神くらいのもの、というわけになるわよね」

 

そうしてギルガメッシュの言葉を遮った玉藻の言葉を、さらに別の誰かの言葉が遮った。同時に、突如としてギルガメッシュの胸に銀色の棘が出現する。ギルガメッシュの纏う黄金の鎧を貫いて出現したそれは、彼の心臓よりの胸の側から鋭利に突き出ており、その刺々しい先端の部位からは紅の雫が数滴垂れ落ちていた。

 

――な

「え――」

 

玉藻が驚愕し、響が呆然とした。いや、まさか、そんな。顔には予想外すぎるそんな出来事に対する思いがありありと浮かんでいた。

 

「き――、さ、ま」

 

己の体の以上を瞬時に悟ったギルガメッシュは、信じられないという顔へ同時に憎悪の表情を浮かべながら、振り向く。

 

「あら心臓を貫いたのに即死しないとは、さすがは最古の英雄王。しぶとさも指折りね」

 

気がついたときには既にいた。そんな不自然な形容をもってしか言い表すことのできないほどの自然さで、誰にも見破られない魔術的迷彩などという物を振り払い、その存在はそこに出現していた。憎々しげに向けられた視線の先にいたのは、まだ上げ初めていない額髪の、幼く小さな体躯に不釣り合いなほどに長く美しい紫髪とコートを携えた、しかしそれでいて挑発的に腹から下の部位の秘部以外を外気に晒す、女神のごとく美しい踊り子のような少女だった。

 

「なに、もの――」

 

ギルガメッシュの問いに、少女は微笑む。その笑みは無邪気であり、妖艶であり、そして同時に、なんとも人間味のない、まるで人形のように意識的に作られた笑みだった。

 

「私に名前なんかないわ。私は貴方が旧人類と呼ぶ彼らがシステムを作り上げるため、一人の女を犠牲として生み出され、神の座に祭り上げられた存在。複数種類の女神を組み合わせて人の手によって生み出された人造女神。すべての人の意識に溶けて寄り添い、永劫の平等と引き換えに全ての人の意識から発展の意思を溶かしてしまう女悪魔。――そうね。貴方のこれまでの生涯と長年の執念に敬意を払うならば、全ての人の意識に溶け込む、そして貴方に死を与える存在の名前としては、メソポタミアの死の悪魔たるLilith/リリトの名を冠するこそが相応しいといえるでしょう。――ならば私はこう名乗りましょう。――MeltLilith/メルトリリス。それが私の名前よ。この最新最後の女神の名前をその智慧に溢れる脳裏に刻んでから――、そして死んでゆきなさい」

 

 

Your name is MeltLilith.

 

And by this ineffable name, TETRAGRAMATON IEHOVAH, do I command thee, at the which being heard the elements are overthrown, the air is shaken, the sea runneth back, the fire is quenched, the earth trembleth, and all the hosts of celestials, terrestrials, and infernal do tremble together, and are troubled and confounded. Wherefore come thou, O spirit Dea Ex Machina MeltLilith, forthwith, and without delay, from any or all parts if the world wherever thou mayest be, and make rational answer unto all things that I shall demand of thee.

 

——,The glory of the Lord shall endure for ever. the Lord shall rejoice in his works.

 

I pray you.

 

Please——, Hopeful eternal peace.

 

———,Please.

 

第九話 終了

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