Fate/ Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜   作:うさヘル

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第十七話 世界樹の迷宮 −the phantom atlas− (五)

ライドウがパラ子らに対して親愛の情と尊敬の念を深く抱き始めたその時だ。

 

――キ……

 

「っ!」

 

いずこかより聞こえてきた声が、駘蕩のさなかにあったライドウの意識を冷たい現実の下へと引き戻す。声は不気味な怨念に満ちていた。反射的に刀の柄へと手が伸びる。声はライドウに敵がまだ存命であることを思い出させたのだ。

 

ライドウは視線と意識を密にして周囲へと巡らせる。そうして警戒のレベルを最密の状態へと移行させると、浮かれの熱と安楽の感覚はすぐさまに脳裏より掃けていった。

 

『そうだった、まだ……!』

 

余計な感情失せた脳裏には、悔しげな言葉がやけに大きく残響して聞こえてくる。声の方を見れば、そこにいるのはゴウトだった。ゴウトは一瞬地面に低く伏せようとして、しかし肉体が泥と触れる危険性を思い出したのだろう、体をピクリと動かして無理矢理地面へと近づいていた体を引き上げ、猫足立ちのいつでも敵の攻撃に反応できる姿勢へと移行させている。

 

「おっと……!」

「これは……!」

「どうやら痺れをきらしたようね……!」

 

また、姦しく言い合っていた三人も表情を真剣なものへと変化させつつあった。三人は再びライドウを中心にして身を寄せ合ってゆく。パラ子は腰を低く構えながら盾を前に構え、メディ子はショルダーバッグへと手を突っ込み、ガン子はボルトハンドルをひいて直動式の長銃に新たな弾丸を装填する。カチン、と長銃の薬室に弾丸の装填される音がわずかに辺りに響きわたった。直後。

 

「キキャー!!」

 

装填音を戦闘開始の合図としてとらえたのか、栄耀の潜航者は身を潜めていた泥の中より猛然と姿を現し、襲い掛かってくる。栄耀の潜航者の動きは、まさに目にも止まらぬとしか例えようないほど、素早い動きだった。

 

「――」

「うぉっ!」

 

真っ先に反応したのは反射能力に優れたライドウとパラ子の二人だ。そして敵の動きを捕らた二人は、しかし困惑した表情を浮かべる。敵の突撃に備えて構えた二人の視界に飛び込んできたのは、飛び出した際の勢いを保持したまま直進する少々歪んだ楕円球のような形の黄金色の体が空高くへと飛び上がっていく光景だったからだ。意表をついた奇襲であるにもかかわらず、栄耀の潜航者は攻撃ではなく跳躍を選択したという事実が、二人に意外の思いを生んみ、困惑の感情を呼んでいた。

 

「――高い……」

「あいつはどこまで行く気なんだ?」

 

栄耀の潜航者は五十メートルを超え、百メートルを超え、小さなその体躯が丸になり、点に見えるようになっても、なお空中を直進し続ける。目の前にいる敵たちをまるで無視して直上し続けるその姿は、まるで解き放たれた大砲の砲弾のようだった。

 

「あ」

 

だが無論、跳躍は永遠には続かない。栄耀の潜航者は徐々にその進行の速度を緩めさせてゆくと、もはやライドウらの目にはその体が点のようにしか映っていない地点において時が止まったかのように完全に停止する。おそらくは高度は約二百メートルにも達しているだろう。それは戦闘中である敵と対峙する距離というには、少しばかり遠すぎるものだった。

 

「うわ、高っ!」

 

メディ子が驚きの声を上げる。

 

「奇襲の利を捨てるような真似をするなんて……、あら?」

 

ガン子は目を細めた。青い瞳の中には、砲弾の形態をとっていた栄耀の潜航者の体が蠢き、真球に近い形へと変化させつつある姿が映っている。変化した栄耀の潜航者の姿は、まるで巨大な鉄球のようだった。

 

やがてライドウは、視界の中に映っていた黄金色の鉄球の点が、やがて円となり、そして球へと変化してゆく事に気付く。そしてその事実はすなわち、視界に映る敵影が大きくなっているという事を示しており――

 

「――来る」

 

それはまたすなわち、空中に滞在していた栄耀の潜航者が落下を開始したという証に他ならない。観察を続ける間にも視界の中に映る黄金色の球体は徐々に大きくなる勢いを増している。ライドウらのいる場所へと落着してくるのも時間の問題だ。――しかし。

 

「――落下……、攻撃?」

 

ライドウには敵の行為が解せなかった。天高くに浮かび上がった重い物体がライドウたち目掛けて落下してくる。なるほど確かにそれは脅威的だ。なにせ落下してくる物体――、球となった栄耀の潜航者の体は、その直径がライドウの身長ほどもある。また、先に衝突した際の感覚から察するに、栄耀の潜航者の重量は一トンをくだらないはずだ。

 

――到達まで……、後十秒もないか……

 

加えて栄耀の潜航者の体は徐々に加速してきている。おそらく地面到達寸前には、その速度は秒速六十メートルを超える事だろう。

 

十秒もしないうちに、秒速六十メートルで自重の十倍以上もある物体が頭上に落下してくる。なるほどそれは常識的に考えるならば相当脅威である出来事だ。無防備な脳天に自分の体以上の大きさの鉄球を落とされて無事である人間などまずいない。仮に物体の着地地点にいる人間が天より落ちてくるそれに気づいていないというのであれば、落下という攻撃は間違いなく致死の攻撃となる。しかし。

 

――ただ落下してくるだけの物体などに直撃する自分たちではない……

 

けれどその落下という攻撃が脅威となるのは、落下してくる物体が直撃する場合のみだ。どれほど強力な攻撃であっても、当たらなければ蟷螂の斧よりも空しいだけである。例えば落着地点にあるものがただの動かぬ的であるならば、敵の落下は立派に脅威的な攻撃であるといえるだろう。二百メートル地点より落下してきた一トン近くの重量持つ物体が宿した衝撃は、それこそ地面を粉々に粉砕する衝撃すらも秘めているはずだ。そうとも、敵の行動は動かない的に対してならば、とても効果的な攻撃である事に間違いはない。

 

だがこのたび、的であるライドウたち動く存在なのだ。その上、敵が地面と接地する直前までの間、ライドウらには回避猶予が十秒程度も存在している。

 

この十秒という時間は、常人よりはるかに高い身体能力を保有しているライドウらに対して、百メートルどころか二百メートル以上も移動する余裕を提供する。すなわちその猶予時間は、このまま敵がただ自然にライドウら目掛けて落下してくるだけであるというならば、その行為はライドウらに何の影響を及ぼさないだろう可能性が高いという事実に繋がっていた。だが。

 

――そんなこともわからぬほど敵は愚かでない筈だ……

 

「――……」

 

そんな子供でも分かる簡単な推論に、ライドウやゴウトの思考や行動に決定的な隙が生まれるまでジッと機を窺うほどの高い知能と理性と忍耐を持つ栄耀の潜航者が気付かないわけがない。

 

――奴の狙いはいったい……

 

困惑と疑念を覚えたライドウはわずかに首を傾げずにはいられなかった。

 

『いったい何を企んでおるのだ……』

 

ゴウトがつぶやく。おそらくその場にいた全員がライドウやゴウトと同じことを思ったのだろう、誰もが固唾を飲んで敵の挙動を見守っていた。さなかにも敵の落下の速度は速まってゆく。視界に飛び込んでくる球体が大きくなってゆくつれて、ライドウたちの間に漂う緊張の空気の密度がさらに濃い状態へと変化してゆく。

 

――きっと何かが起こるはずだ……

 

誰もがそんな思いを抱いていた。しかし思いに反して栄耀の潜航者の体に異変は起こらない。球体となった栄耀の潜航者の体は一切の変化を見せないまま、ただただ一途にライドウらいる場所目掛けて落下してきていた。意志と知性を持っているはずの存在が、何とも無機質な様を保っている。沈黙が何よりも不気味にライドウらの心に不安の漣を生み出していた。

 

やがて視界内の球体はすでにその大きさがはっきりとわかるくらいになってゆく。速度変化以外に不変を保つ敵の体は、百メートルほどの高さに達した。悩む刹那の間にも敵の体は落下してきている。

 

――これ以上見守ったところで状況は何も変化しない可能性の方が高く、これ以上時間が経てば回避も難しくなる

 

事実は見守っていたライドウにそんな判断を下させた。見回せばパラ子らと視線が合う。互いの間に共通する無言と冷静の態度は、雄弁に互いの意思の共通を示していた。

 

ライドウは彼らも回避のために動く判断を下したのだろう察知した。全員の意識が回避へと向けられ、落下する敵の体から一瞬だけ逸れた。――瞬間、

 

「ギ――」

 

果たしてライドウらの当初の思惑通り、敵の体は変化をしはじめる。

 

『な――』

 

真っ先に異常を察知したのはゴウトだった。続けてゴウトの動きに反応したライドウが視線と意識を再び空の方へと向ける。

 

「――何を……!」

 

するとライドウは視線の先に、栄耀の潜航者の球の体の表面が波打つ場面を目撃した。初めこそ波紋程度でしかなかった敵の表面の揺らぎは、やがて漣へと変化し、そこへうねりと高さが加わり、見る間に荒れ狂う海の如き様相となってゆく。栄耀の潜航者の体はやがてまるで球体の内部で大蛇が暴れまわっているかのようだった。否、例えるならばそれはむしろ破裂寸前の風船か、あるいは花火の大尺玉に似ていて――

 

「――まさか……!」

『――もしや……!』

 

敵の変化はその場にいる全ての存在に危険の直感を与えることとなる。

 

「……いかん! みんな! もっと私の近くに寄るんだ!」

 

目撃したパラ子は焦燥の表情浮かべると、ライドウの傍へと身を寄せながら叫んだ。

 

「……はい!」

「了解よ!」

 

空中を見上げていたガン子とメディ子も即座に反応し、ライドウの近くへと身を寄せる。二人に遅れてゴウトがライドウの足元へと近寄った。皆の集結直後、跳躍の頂点へと到達した栄耀の潜航者は表面をさらに蠢かせる。

 

「ギギャ!」

 

栄耀の潜航者はやがて、体のいずこよりかなんとも誇らしげな笑い声をあげた。我慢比べに勝ったぞ、とでも思っているのかもしれない。高らかに鳴り響く声は鬱屈とした泥の空間に不気味なほどによく通り抜けていった。声にひかれてライドウが再び栄耀の潜航者へと視線を向ける。瞬間。

 

「――な……!」

 

ライドウは栄耀の潜航者の体が元の大きさの十分の一以下にまで自らの圧縮されているのを目撃した。かと思えば次の一瞬の後、栄耀の潜航者の体はすさまじい勢いで膨張してゆく。

 

「――何を……!」

 

見る間に膨らむ栄耀の潜航者の体は、まるでパンパンに張りつめた風船のように変化した。

 

「ギ……――」

 

そして元の数倍の大きさにまで変化した栄耀の潜航者は、やがて食べ過ぎて胃のもたれた人間が漏らすような緩慢な息を吐くと、さらにその身を膨らませ――

 

「ギャッ!」

 

直後、悲鳴と共に、膨張したその身を破裂させた。

 

「――!」

 

暗闇に黄金の礫が飛散する。その様はまるで豪奢な打ち上げ花火のようだった。

 

「やっぱりか!」

 

パラ子が盾を上に構え、叫んだ。つんざき広がるパラ子の声をかきけすかのように、栄耀の潜航者の体はライドウたちを中心とした局所的にだけ轟々と降り注ぐ。分裂した重量のある黄金色の液体が重力を味方につけながら猛然と落下するその様は、篠突く雨か五月雨かにでも例えられよう勢いだった。

 

「し、師匠!」

 

メディ子は慌てた様子でパラ子の方を見る。

 

「任せろ! こういう時こそパラディンは真価を発揮するのだ!」

 

他人から縋るような視線を受けたパラ子が大いに発奮した様子で叫んだ。

 

「フルガード!」

 

続けざま、とあるスキルの名がパラ子の口より発せられる。同時、スキル発動の影響だろう、周囲に風が巻き上がった。衝撃にパラ子の長い髪がバサバサと舞う。ライドウは反射的にパラ子を見た。目にはパラ子の全身が薄く発光し、艶めかしく金色に輝いているさまが目に映る。そうしてパラ子の体より発せられる光は、やがてその色を黄金色から白色へと変化させながらパラ子の握る上に向けていた盾の中心部分へと収束してゆく。盾の中心へと集った白色の光はやがて、再び盾の表面を中心から端に向けて移動すると、盾の縁にそって外にまで領域を広げていった。そうして自らたちの頭上から地面にかけてまでを白く薄い光の膜が覆い尽くした光は、やがて地面へと到達すると領域拡大を停止する。気付けばライドウらの周辺には、パラ子が上に構える盾を中心として、光の壁による半球状の隔離空間が生み出されていた。

 

「――これは……、確か……」

 

目の前で起きた事態に、ライドウは目を見張る。

 

『冒険者が用いるスキルか!』

 

ゴウトが驚き、吼えた。

 

「その通り!」

 

自らが生み出した光のドームの中心でパラ子が誇らしげに叫ぶ。自らの使用した技が注目を浴びたのが嬉しかったのだろう、パラ子の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 

――……

 

迫りくる脅威など知ったことかと言わんばかりの笑みは、ライドウに一抹の不安を抱かせる。それほどまでにパラ子の浮かべるその表情は、戦闘中の人間が見せるものとしてはかけ離れた朗らかなものだった。

 

「これぞ私が最後に覚えたパラディンのスキルにして、パーティー全ての人をあらゆる物理攻撃から守って見せるスキル!」

 

だがしかし続く言葉にそうした相手を気遣う台詞が入っていることに気がついたライドウは、同時にそうして自慢げな態度をとりながらもパラ子は決して敵の迫る方向から視線を外していないことにも気がつく。パラ子は笑みを浮かべつつも意識を上空より迫りくる敵に対しても注いでいるのだ。

 

――パラ子のその笑みは緊張の欠如ではなく、思い遣りや余裕の念から生まれている……

 

察知した途端、ライドウの心に湧き出てきた負の感情が払拭されてゆく。邪念のない自信満々な笑みには、なるほど他者の負の感情を払拭し、冷静に誘う効力が秘められていま。

 

――なるほどパラディンほど彼女に向いた職業はないかもしれない

 

「その名も――」

 

知らぬ間にライドウから敬意の念を抱かれていたパラ子はそんなことに気付く様子もなく饒舌に語りを続け――、

 

「フルガード、って、うぉっ!」

 

しかし突如として言葉を中断する。浮かれ顔は一転、必死の形相へと変化した。

 

「う……、おぉっ……!」

 

光の盾を支えている両手がギシギシと音を立てている。パラ子は頭上に向けて構えていた盾の取っ手を強く握り直した。良く見ればパラ子の全身は細かく震えており、顔には脂汗が滲んでいる。

 

「――これは……!」

 

続けて、音の濁流が耳に飛び込んできた。

 

「――っ!」

 

それは音と言うにはあまりに暴力的なものだった。ライドウは思わず両手を耳にやる。しかしそれでも防ぎきれずない指の隙間から染み入ってくる音は、激しい雨が鉄屋根を打つ音色によく似ていた。感想抱いた直後――、

 

「――ッ!」

 

続けざまに視界が白へと染まってゆく。反射的に瞼が落ちた。思考が一瞬停止する。やがてライドウが眼球を通じて自らの脳裏へと襲い掛かったものの正体が光の群れのだと気付いたのは、薄い瞼がライドウの眼球へと飛び込んでくる光の侵入を遮った直後だった。

 

「――っ」

 

光の侵入を防いでくれた瞼はしかし、すでに侵入した光に対しては無力な存在だ。侵入した光は相変わらず脳裏を刺激し、ライドウの正常な思考の働きを阻害する。ライドウは強く瞼に力をこめるも――、

 

「――くっ……」

 

飛び込んできた光の刺激を完全に防ぐには至らない。いくら力を加えたとて、瞼の薄膜一枚で防ぎきるには、光はあまりに強過ぎた。瞼の隙間や瞼自体を透過して侵入してくる光の刺激が、脳の神経をいつまでもかき乱してゆく。お陰で脳裏は白に染まったままだ。思考の働きを妨げる光の奔流はいっこうに止まらない。光の撹拌は気持ち悪さを誘発する。堪らなくなったライドウは暗幕として自らの片手を追加した。

 

瞼と掌。壁はそうして二枚となった。追加された分厚い防壁は僅な光の侵入すらも許すことがなかった。そうしてライドウの脳裏に侵入してくる光からは暴力的な勢いが失われてゆく。援軍を追い払うことに成功したライドウは、ようやく暗黒の安寧を手に入れることに成功した。

 

脳裏に生まれた暗闇はライドウの意識を徐々に落ち着かせていく。そして数秒としないうちに思考の正常な働きを取り戻したライドウは、頭を振ると、瞼から力を抜いてゆっくりと開き始めた。だが――、

 

「――っ……」

 

瞼を細く薄く開いた途端、先ほどと変わらぬ光量が目の内に飛び込んできて、再びライドウの脳裏をかき乱してゆく。ライドウは反射的に目を閉じようとして、しかし瞬かせるに留めた。連続的に黒白の瞬間が訪れる。繰り返される光の明滅に、ライドウの脳は光の刺激に徐々にだが慣れてゆく。

 

そして時間の経過とともにライドウの脳が白光とそれ以外の区別がようやくつくようになった頃、ライドウが意識を外側に広げていくと――、

 

「んぎ……!」

 

歯ぎしりと共に聞こえてくる音が耳孔から飛び込んできた。否、周囲を見渡す余裕を手に入れた脳が、すぐそばでそんな音が鳴っていたのだという事をようやく認識したのだ。ライドウは即座に音のなる方へと視線を向けて――、

 

「んぎぎぎぎぎ……!」

「――パラ子さん……!」

 

音を生んでいるものの正体を知る。音はパラ子の上下の歯と歯の軋む音と、歯の隙間から漏れる吐息とが混ざって生まれたものだった。辺りに響き渡るほどの歯ぎしりをしているパラ子は、小刻みに揺れながら、腰に力を入れて蟹股の姿勢を取っている。必死の形相と自らの体を中心の支柱として必死に上に向けた盾を支える様からは、直前まであった余裕というモノが微塵たりとも見つからない。

 

「ぎ、ぎぎ、ぎぎぎ……!」

 

それは重たいものを必死に支える人間が浮かべる表情と態度だった。踏ん張る彼女が発する奇声と体の微振動は、視界に飛び込んでくる眩い光や耳に煩い爆音の周期と完全に一致している。

 

――これは……

 

現状を完全に把握したライドウは、視線を上空へと向けた。反射的なその行動は、自らの思考が導きだした答えが一致するかを確かめようとするものだった。

 

――敵の攻撃と、パラ子さんのスキルが激突して……!

 

そうしてライドウは予想通り、新たな光と音と衝撃が生まれるという光景を目撃する。ヘビードロップとでも名付けられようか、パラ子の展開している光の盾に栄耀の潜航者の重い黄金色の液体が激突するたび、パラ子の足は泥の地面へとめりこんでゆく。そしてまた、自らの体を泥の中の中へと埋める攻撃を受け止めるたび、パラ子の喉からは嗚咽交じり声があがるのだ。

 

「んぎ、ぎ、ぎ、ぎ……」

「――……?」

 

またライドウは、よく見ればパラ子の周囲ではきらきらと細かい光の粒子が舞っている事にも気が付いた。

 

――これもスキルの効力か……? それともあるいは、敵の攻撃だろうか?

 

ライドウは注意深く目を凝らす。

 

――否、これは……

 

するとライドウは、光の粒子がパラ子の顔から零れ落ちるほこりのようなものと汗の粒であることに気が付ける。柑橘系と爽やかな花の匂い入り交じったの香りがライドウの鼻腔をくすぐっていった。

 

「し、師匠! なんか化粧崩れてすさまじい顔になりつつありますけど、大丈夫ですか!?」

 

ライドウはメディ子の言葉によって、光の粒子の正体を理解する。

 

――なるほど……、光の粒子のもうひとつの成分は、パラ子の顔面より剥離した化粧品の粉なのか……

 

ライドウも何とも場違いに感心した。

 

「う、うが……!」

 

一方、パラ子はメディ子の言葉に奇声をもってして答える。否、それは返答の意思こもった言葉ではない。それはパラ子の体から自然に漏れた悲鳴そのものだった。パラ子はメディ子の失礼すぎる言葉に何らかの感想を抱く余裕もない状態なのだ。

 

「うご、うごごごごご……!」

 

パラ子の顔は、スキルの膜の向こう側に黄金色が着弾するたび、さらに真っ赤なものへとなってゆく。

 

「んが……! んぎ……! んがっ……!」

 

敵の体が光の盾に着弾するたび、彼女の口の端から涎の糸が飛び散った。

 

「んむーっ……!」

 

パラ子は顔を真っ赤にして蟹股で踏ん張り、髪を振り乱れさせながら鼻息を荒くさせ、化粧の粉、汗に加え、涎までまき散らしている。

 

「師匠……、すっかり女を失って……」

 

メディ子が憐みに満ちた表情をパラ子へと向けた。

 

「どこぞの迷宮の番人みたいな呻き声ね……」

 

続けてガン子がパラ子の声に対して酷評をする。彼女らの態度からは緊張感というものがまるで感じられない。一見にしてそれは真剣さのない態度である。

 

だがしかしライドウは、彼女たち向ける瞳のなかに確固たる信頼の感情が浮かんでいるのを見つけて、二人がそんないつもと変わらない態度をとれるのは、パラ子が二人を必ず守ってくれると信じているからなのだと気付く。

 

彼女たちは自らの命がパラ子の頑張りによって左右される事をよく理解しており、理解しているからこそ、パラ子を発奮させるべく、多少汚い言葉を述べているのだ。なるほどそう考えれば、メディ子とガン子のそんな態度はパラ子に対する信頼の証であり、また、気のおけない相手に対する不器用な声援にほかならないのだろう。

 

――信頼……

 

思い至ったライドウはパラ子の顔を見つめた。視線の先ではパラ子が、顔を真っ赤にしながら蟹股で踏ん張り、髪を振り乱しては鼻息を荒くさせ、化粧の粉、汗、涎をまき散らしている。確かにその姿は、女性という観点から見るには失格といっても過言ではないひどい有様といえるだろう。しかし――、

 

「んぐっ……!」

 

パラ子の顔と態度には、そんな見てくれの醜さを目に煩いと感じさせない、必死さと真摯さがあった。

 

――パラ子さん……

 

一歩間違えばすぐそこに死が訪れているという場面において、その場にある自分と他人の命を守り抜くため、必死となって尽力する。パラ子のそんな態度は、怠惰さと不誠実さばかりが漂うこの泥の空間の中において、決して感じられない要素だった。だからこそライドウの目には、今のパラ子の姿は醜く映らない。否、むしろライドウの瞳には、パラ子のそんな姿が、この不毛な荒野が如き空間において唯一に生き生きと咲き誇る大輪の花の様に映っていた。

 

「んぎっ、ぎっ……!」

 

一方、ライドウからそんな評価を受けているとは露ほどにも気付いていないだろうパラ子は、相変わらず間の抜けた声を漏らしている。だが初めこそ大きかったその声は徐々に小さくなりつつあった。パラ子の顔からは剥離する化粧の粉も、顔や髪の毛先より飛び散る汗も、量が少なくなってきている。

 

「ぐっ…………」

 

気付けば歯だけにとどまらず、上下の瞼までもがしっかりとくっついていた。眉間のしわはさらに深くなり、頬は真っ赤に染まっている。歯ぎしりの音はもう周囲に響いていなかった。歯ぎしりさせるほどの体力がもはやパラ子の中にはないのだ。

 

「……っ!」

 

もはや声も出ないといった様子のパラ子の体は腰から徐々に砕けていく。その様は、地震で倒壊寸前のビルヂングのようにも見て取れた。それはすなわち、パラ子には体に与えられる振動を全身を揺らすことで発散してやる余裕すらもないという事実を指し示している。すなわちパラ子の体力は、いつ終わるともしれない栄耀の潜航者の攻撃によって、刻一刻と限界に近づいているのだ。

 

「……!」

 

パラ子はそして吐息を漏らすことすらついに完全に止めてしまっていた。息吐く余裕すら今の彼女にはないのだ。敵の攻撃を一身に受けきっているパラ子の限界が目前である事はもはや誰の目にも明らかだった。

 

「師匠……」

 

さなか、メディ子が言葉を漏らす。

 

「……そうだ!」

 

何を考えたのか、メディ子は声をあげると、手を自らのショルダーバッグへと伸ばしていった。そしてメディ子の手がバッグの内側へと侵入したその瞬間――、

 

「ぐ、……………………ん?」

 

パラ子の苦悶の表情は突如として和らぐ。

 

「ん……、んん?」

 

続けざまにパラ子は、困惑の表情を浮かべた。

 

「はえ?」

 

同時にメディ子も疑念に満ちた声を発する。

 

「ん……、…て、ぁ、うわぁ!」

 

直後、パラ子の体がぐらついた。屈め続けていた腰がわずかに浮き上がる。体勢を整えようと考えたのだろう、パラ子は自然と脛の半ばまで埋まっていた両足を泥の中より軽々と引き抜く。そういえば光と音の奔流も完全に消え失せている。その反応からはライドウは、パラ子の体にかかる負荷が消えたのだろうことを察知した。

 

「――! メディ子!ガン子!」

 

ライドウに遅ればせながらも答えを推測し終えたパラ子は、二人の名を叫ぶ。

 

「はい!」

「了解よ」

 

名前を呼ぶ。ただそれだけの行為に、メディ子とガン子は瞬時に反応して見せた。二人はそしてパラ子の傍から少しだけ離れると、パラ子が展開している光の盾の向こう側をそれぞれに視線を送る。

 

「空中に敵影は完全に無し!」

 

直後、メディ子が叫んだ。

 

「おそらくそれで全部よ! そして敵は今、あんたのスキルの上で千切れた体を再生中!」

 

ガン子もそれに続く。

 

「師匠! チャンスです!」

「おっしゃ、チャンスか、メディ子!」

 

パラ子は二人の返事を受け取ると、負けじと声を上げた。

 

「いくぞみんな!」

 

パラ子の声と共に、盾の向こう側へと展開していた光が消え失せてゆく。

 

「ギ!?」

 

同時、離散していた栄耀の潜航者の体の全てが空中へと投げ出された。足元を失った栄耀の潜航者は驚愕にだろう赤い目口を間抜けに歪める。脚部にあたると思わしき杯の台座のような部分が、空中で失せてしまった足場を求めるかのよう、激しく蠢く。どうやら己の体を集結させて再生作業に勤しんでいた魔物は、突如として起こった出来事を理解しきれず、困惑しているようだった。

 

「今が――!」

「チャンス!」

 

そんな魔物の姿を捉えた瞬間、メディ子とガン子の二人は即座に行動を開始する。

 

「くらえ――」

 

まず動いたのはメディ子だった。メディ子はショルダーバックから突っ込んでいた手を引き抜くと、中より白い糸の塊を取り出すと、糸の先端を手にして解きつつ、敵めがけて投げつける。

 

「縺れ糸!」

 

そうしてこのたびメディ子が使用した道具は、縺れ糸という、使用者が対象と定めた部位へと巻き付いてその動きを阻害する、縺れ糸という冒険者ならば誰もが一度は使った事のあるだろう道具だった。

 

「いけっ!」

 

縺れ糸はメディ子の軽く解いた部分から次々と自然と解けてゆき、栄耀の潜航者の体へと向かってゆく。糸は、たとえ相手が不定形生物であろうと、使用者が対象と定めた部位を一瞬でも完全に括ることができたのならば、対象となった敵の体を一時的に硬直させるという効力を持っている。

 

このたびメディ子の手によって展開した糸は、その白く細い己の身を束ねて敵の脚部を括るべく、輪のような形へと変化を遂げながら敵の体へと近づきつつあった。

 

「ギ!?」

 

だがそんな糸の動きにたいして、栄耀の潜航者は過敏に反応した。おそらく栄耀の潜航者は、輪となった糸に、自らの体の行動を制限するような効力が秘められているとまで理解したわけではない。だが栄耀の潜航者は、少なくとも輪になった糸が自らの体に対して悪影響を及ぼす代物であると直感したのだ。

 

多分は輪のように変化してゆく糸の動きが栄耀の潜航者の思考に拘束具を連想させてしまい、危機感を刺激する結果に繋がってしまったのだろう。

 

ライドウがそんな予測をたてるなか、そして落下する栄耀の潜航者は脚部にあたるだろう部分を今まで以上に蠢かせると――、

 

「ギッ、ギ!」

 

自らが変化に容易い液状であるという点を最大限に活用して、自らの脚部の部分を極端に細めてゆく。脚部は瞬時のうちに一本の棒のような、細く長い形状へと変化していった。

 

輪となった糸は敵の脚部を縛り付けようと猛然と迫るも、栄耀の潜航者の体の変化の急激さに追い付けず、やがて栄耀の潜航者は自らの脚部を縛り付けようと狭まってくる糸の円からするりと抜けだしてゆく。やがて栄耀の潜航者のその動きに追いつけなかった糸は、むなしく空中にて輪を閉じて、ふわりと溶けるよう空中に消えていった。

 

――躱すか……!

 

ライドウは反射的に感心した。敵の攻撃を見た目のみで安易に判断せず、このようなタイミングで敵が放つものなのだからおそらくは何らかの意味ある行動なのだろうと判断し、自らの体の特性を存分に活かした避け方をする所作は、敵ながら見事なものだと言えるだろう。

 

「――あ、くそっ!」

 

己の使用した道具が無様に散っていったのを見て、メディ子が悔しげに叫ぶ。

 

「やっぱり強い敵に道具は効きにくいか……!」

「ギ!」

 

するも落下の最中にありながらいまだ空中に浮かんでいる栄耀の潜航者は、厭味ったらしい笑い声を漏らした。おそらく敵は、メディ子が苦悩する様を見て自らの行動が敵の目論見を打ち破ったことを完全に悟ったのだろう。いつの間にか再び黄金色の体に現れていた赤い口と目が、相手を見下すよう、醜く歪んでいた。

 

「くっそ、勝ち誇りおってからに……」

 

メディ子は悔しそうに顔を歪めはじめ――、

 

「いえ。貴女は十分役目を果たしたわ、メディ子」

 

そしてしかしメディ子が湧き上がる瞋恚の思いと悔しさを顔中に広まりきるよりも前、ガン子が撤回の言葉を告げる。メディ子がガン子へ視線を移す。ライドウもそれに続いた。すると視界にはガン子は構えた長銃の銃口を栄耀の潜航者へと向け終えている光景が映りこんでくる。

 

「余裕の馬鹿面浮かべてられるのもここまでよ」

 

言いながらガン子は長銃の引き金を引いた。

 

「レッグスナイプ!」

 

遅れてスキル名がガン子の口から放たれる。直後、雷管に仕込まれた火薬の勢いを得た弾丸が、細く長い螺旋の通り持ちを通過し、銃口より飛び出した。炸裂音が周囲に響き渡る。銃の反動を抑え込んだ故だろう、ガン子の体が僅かながらにぶれていた。

 

そんな彼女のささやかな残心など知らぬと言わんばかりに、火薬の威力とスキルの力秘められし弾丸は空中を突き進み、一瞬で銃口と栄耀の潜航者との間の距離を零にする。そうして魔物のゲル状の体へと到達した弾丸は、即座に敵の体内への侵入を開始した。

 

「ギ?」

 

おそらくはゲル状のその体には痛覚というモノが存在していないのだろう。あるいは栄耀の潜航者は、糸を交わしたあとメディ子を見下すに専心していたため、ガン子の行動に気付かなかったのかもしれない。ともあれ、栄耀の潜航者は自らの体に弾丸が侵入したという事態に気付くことなく、間抜けな声を漏らすばかりだった。栄耀の潜航者はまた、声によく似合った間抜けな面を晒している。しかし――

 

「ギ!?」

 

魔物が無様に呆けていられるのもそこまでだった。ゲル状の体へと侵入した弾丸からは目眩い閃光がまき散らされる。栄耀の潜航者の脚部の内部に発生した濃い乳白色の光は、やがて脚部全体へと広がってゆく。光が広まるにつれて、栄耀の潜航者の脚部の動きは鈍くなる。すなわちその光は、弾丸の内部に秘められたスキルの効力が発揮され始めたという証に違いなかった。

 

「ギッ、ゲッ!?」

 

己の内側より生じる光の輝きによってようやく自身の体の自由が失せてゆく異常を認識したのだろう、栄耀の潜航者の表情が醜く歪んでゆく。

 

「ギ!? ゲ!?」

 

自らの脚が動かなくなる。理解不能の事態が起きているそんな恐怖と混乱からか、落下の最中、栄耀の潜航者は顔を目まぐるしく変化させていた。

 

「私のレッグスナイプがまともに直撃したのよ? 足が動くわけないでしょう? 」

「ギッ! ……グ!」

 

落下の最中に脚部を動かぬ状態にされた栄耀の潜航者は、着地に失敗して泥の地面の上を数度ほど跳ねるとゴロゴロと転がり、ライドウらと離れてゆく。攻撃を受ける寸前まで余裕綽々だったその顔には、今や必死と混乱、恐怖、瞋恚の形相がありありと浮かんでいた。

 

やがてライドウらと敵との距離が五十メートル以上も離れたころだろうか。

 

「ゲ!」

 

その離れた位置で動かぬ足ではなく動く頭部と腕部を駆使して何とか身を起こした栄耀の潜航者は、必死の形相で浮かべて上半身をもだえさせ始めた。

 

「ギ!」

 

よくよく観察してやればその動きは腰の動きから発生していることが見て取れる。おそらくは栄耀の潜航者のその動きは、動かぬ脚部を何とか動かしてやろうと試み、しかし望み叶わないが故に発生している動きなのだ。すなわちその動きは、ガン子が放った一撃が栄耀の潜航者の脚部を不十全な状態に追い込んだ証に違いなかった。

 

「やった! 流石はガン子!」

 

ガン子の弾丸が敵の行動に制限の枷をつけただろうことを察して、メディ子が無邪気にはしゃぎだす。

 

「私の腕なら当然――、と言いたいところだけれど、貴女が事前に体勢を崩してくれていたおかげよ、メディ子」

 

ガン子はそんなメディ子の態度を諌めることもなく冷静に礼を述べると、リロードして長銃から空になった薬莢を取り出し、そして再び弾丸を装填した。作業が完了すると同時にガン子の銃口が素早く栄耀の潜航者へと向けられる。

 

「さぁ、あの縛りが解ける前にけりをつけるわ!」

 

言うとガン子はそして片目を瞑り、引き金に指を添えた。だがしかしそのままの姿勢で停止したガン子は、一秒、二秒、と時間が経過しても動かない。厳然としたさまは、まるで一個の岩のようだった。

 

『な、なにを……』

 

けりをつける、と言いながら、しかしまるで動かない。そんなガン子の様子が奇妙に映ったのだろう、ゴウトが疑問の声を上げた。而して自らへと向けられた言葉に対してガン子は一言たりとも答えない。

 

「チャージしているんです」

 

そんなゴウトの疑念の言葉に対し、答えを返したのはメディ子だった。

 

『なに? チャージ?』

 

ゴウトは視線をガン子からメディ子へと移す。

 

「はい。ガン子は今、とある攻撃を放つための溜めを行っているんです」

 

するとメディ子は、ガン子から視線をはずすことなく、語りだした。

 

「私たちは今、ガン子の銃弾が貫通どころか対してめり込まなかった事実から、あのゲル状の敵は粘性ながらも相当硬いという事実を得ています。そしてその理解からは、ただの物理属性の攻撃じゃとてもあの敵に致命傷を与えることが出来ないのだろう、という推察をすることが出来ます。そしてまた私たちは経験則から、物理攻撃に強い奴はそれ以外の状態異常や属性攻撃に対して耐性が低い場合が多いこと知っています。だからこそガン子は、ガンナーの中でも物理以外の属性を持つスキルを発動しようとしているんです。ガン子がチャージして放つ属性攻撃弾丸は、ひとたび放たれたのならば間違いなく、あの敵のゲル状の体を吹き飛ばして、その核を貫いてくれるはずです。ガン子が放とうとしているスキルには間違いなくそれだけの威力が秘められています。ただし――、そのスキルは発動するには事前準備と時間と集中を要するんです」

『……なるほど。森羅万象、強力な威力の事象を引き起こすためには、相応の事前準備が要るのは全ての物事に共通する必定だ。彼女のそれも、故の硬直、か』

「はい」

 

メディ子の言葉にゴウトは納得の表情を浮かべた。また、納得と共に驚きの思いが自らの裡に湧き上がってくる。驚きは自分が何気なく見過ごしてしまった敵の反応や弾丸の行方に対して、しかしメディ子らが目敏く観察の視線を向け、そして敵の特性を見抜いたという事実がもたらしたものだった。

 

『しかし……』

 

そしてまたゴウトは、自らがそうして彼女らが敵の特性を瞬時に見抜いたという事実に心底驚いたということを自覚したという事実から、己は彼らがライドウを差し置いて活躍するほどの実力を保有しているとは思っておらず、無意識のうちに彼女たちを見下していたのだという事に気が付く。

 

『なるほど、儂もまだまだ未熟というわけか』

 

己の不肖と見る目の無さ、傲慢さを恥ずかしく感じたゴウトは、反射的に顔をメディ子から背ける。顔には一抹の気恥ずかしさが浮かんでいた。ゴウトはまさに己の傲慢を恥じているのだ。

 

「――お見事です」

 

一方、ゴウトと異なり彼女たちの実力をすでに高く正しく評価しつつあったライドウは、メディ子らに対して称賛の言葉を発した。言葉には一片たりとも嫌味の気配は含まれていない。それはライドウの本心からの言葉だった。

 

「い、いやぁ……、それほどでも……。――えへへ……」

 

メディ子が身をくねらせながらライドウの称賛を恥ずかしげに受け取る。

 

「おしゃべりはそこまでにしときなさい。そろそろ準備が出来るわ」

 

直後、ガン子が諌める言葉を発した。

 

「――はい」

 

反応してライドウはガン子へと視線を向けなおす。視線を向けた先にいるガン子からは、ただならぬ気配が発せられていた。ともすれば目に見えそうなほど濃密な気配は、どうやら彼女がその手にしっかと握る長銃を中心に放たれている。

 

――なるほど……

 

気配は、これからガン子が放とうとしている『属性攻撃』は確かにかなりの威力を発揮するのだという事を示しているようだった。

 

――属性攻撃……

 

そしてライドウは、自らの脳裏に浮かんだ、先程までのメディ子の述べた言葉を強く意識する。

 

――属性……

 

「――あの敵に対して炎や氷といった何らかの威力を秘めた攻撃が多大な効果を発揮する、というのは本当でしょうか?」

 

ライドウは己の腰元のホルスターに手を伸ばしながら尋ねる。

 

「……多分ね。少なくとも普通に斬ったり撃ったりするよりは効果があるはずよ」

 

銃口と視線を敵に向けたまま、ガン子が答えた。

 

「――でしたら自分も力になることが出来ます」

 

答えを得たライドウは言いながら銃を構えるガン子の横に移動すると、腰のホルスターよりコルトライトニングを引き抜き、手の内に納めた銃のシリンダーを動かしてやる。銃身を傾けた後に少しだけ握り手を動かすと、六つの薬室が露わになった。そうして斜めになった薬室からは、雷管のまだ生きている薬莢がまっすぐにすべりおちて、ライドウの掌へと収まってゆく。金属どうしが擦れる音と賑わいの音色が、周囲に微かばかり鳴り響いた。

 

「そういえば貴方、銃もいける口だったわね」

 

ガン子は、少しばかり上擦った声でライドウへと話しかける。声には喜ぶような成分が含まれていた。おそらく同じ武器を使う同志を見つけたという親近感がガン子の緊迫した空気を少しばかり和らげたのだろうとライドウは推測する。

 

「――何が一番あの敵に対して何の属性が有効であると思いますか?」

 

無論そんな他人の感情の動きを指摘して喜ぶほど、ライドウは悪趣味でも無粋でもない。そうして彼女のわずかな感情の変化に気付かないふりをしたライドウは腰元の弾丸入れをあけて通常弾を仕舞い込むと、特殊弾頭が収納されている腰のホルスター部分へと手を移動させながらガン子に尋ねる。

 

「……わからないわ。少なくとも私は氷のそれを放つつもりだけれども」

 

ガン子は少しばかりためらった様子ながらも答えた。

 

「――では自分もそれで」

 

ライドウは聞いた途端、すぐさま対応した特殊な弾丸を取り出し、薬室へと装填しててゆく。チン、チン、と装填の音が規則正しく六回だけ辺りに小さく響き渡った。遅れて錠前が落ちたような音が軽く広がり、最後に先ほどまでより重く低い音が辺りを通り抜けてゆく。

 

「理由。きいたりしないの?」

 

それはライドウが弾丸の装填が完了し、撃鉄を上げ終えた音だった。音の意味を理解したガン子が短い言葉を発する。主語のない言葉は、しかし意味が通じに違いないだろうという信頼感に満ちていた。

 

「――自分は貴女たちの観察眼と判断、知識が信頼に値するものだと認識しましたから」

 

ガン子の思いに応えるよう、ライドウは迷いなく答える。

 

「そう……」

 

そうして返ってきたのは短い言葉だった。しかしながら言葉には二文字には抑えきれないほどの思いに溢れている。

 

「――はい」

 

柔らかくも短い言葉を受け取ったライドウは肘を曲げて銃口を上に向けると、前傾姿勢気味に構えた。ライドウの顔には裂帛の気合いが満ちている。浮かぶ表情は死地に向かわんとする戦士が浮かべるそれだった。すなわちその事実は、ライドウが敵に向けて突撃する決意をしたということを示しているにほかならない。ガン子とライドウの会話によってわずかに緩んだ周囲の空気が、一気に引き締まったものへと変化する。

 

――可能な限り敵の近くにまで接近する……

 

拳銃という遠距離攻撃用の武器を手にしたライドウが突撃を決意したのにはわけがある。ライドウの持つ銃は、ガン子の持つ狙撃用の長銃とは異なり、三十八口径の回転式拳銃だ。ライドウの銃は、ガン子のモノと比べて銃身が短く、故に取り回しと回転率が良い代わり、長距離での射撃には不得手な代物である。すなわち、回転式拳銃はある程度近づかなければその効力を十全に発揮しない。加えて、相手は物理攻撃対して強い耐性を持っているのだ。そしてまた敵のもつ物理耐性やすさまじく、鉄すらも両断せしめるライドウの一刀による一撃をいなすほどのである。

 

――なぜなら……

 

すなわちそのような鉄以上に強固な物理耐性を持つ敵の体内に潜む核を砕くならば――

 

――至近距離からの銃撃の方がより効果的な一撃となるのは明白だからだ……!

 

弾丸の勢いが強いほどに望ましい効果が出やすいだろう事は言うまでもないだろう。

 

「――――――――――――――――ギ!」

 

ライドウが必殺のために突撃の決意を確固たるものへとしてゆくさなか、遠くの敵の大きな叫び声が意識の端に滑り込んできた。向けていた視線の先には、先ほどまでよりも大きく身を揺らしている栄耀の潜航者の姿がある。その身じろぎは一秒ごとに大きなものへと変化していた。初めこそ蠢動程度に過ぎなかった腰から下の動きが、徐々に不自由さの感じられない大きなものとなってゆく。おそらくガン子の撃ち込んだ弾丸の効力が切れつつあるのだろう事をライドウは予測した。

 

「きっかり三カウント、零と同時にスキルを発動するわ」

 

敵の様子を目撃したガン子は迷いなく告げる。

 

「この一撃がどれだけあの魔物に効くのかは不明だけれど、少なくとも足止め程度にはなるでしょうよ」

 

ガン子は言いながらライドウを見つめた。小さな青い瞳はある問いかけに満ちている。問いかけとはすなわち、『その場合、トドメは任せたわよ』、だ。

 

「――承知しました。その場合、後は自分が何とかします」

「……やるわよ。メディ子。合図よろしく」

 

ライドウの迷いない返事を聞いたガン子はメディ子へと指示を飛ばした。自身でカウントを行わないのは、意識を完全に撃つことに集中するためだろう。引き金に添えた指へと徐々に力が込められてゆく。

 

「はい。任せてください」

「パラ子はライドウの援護を」

 

メディ子の返事を聞いたガン子はパラ子へも指示を飛ばす。

 

「あぁ! 任せておけ!」

 

同意の言葉にガン子は返事をしない。代わりにガン子は、体勢を崩さないままゆっくりと息を吐いた。ガン子の纏う気配がさらに濃密なものとなる。気配はまるで頼りとなる悪魔たちが傍らにいるかのような錯覚をライドウに覚えさせていた。

 

「三」

 

メディ子がカウントを開始する。コルトライトニングを片手に構えたライドウがいっそう前のめりの姿勢を取った。パラ子やメディ子の間にわずかにながら揺曳していた日常の雰囲気までもが完全に霧散してゆく。パラ子がライドウの横へと並びたった。

 

「ギ――」

 

ライドウらの動きを察知したのだろう、栄耀の潜航者の動きがさらに活発なものとなる。だが銃口と殺意をぶつけらた栄耀の潜航者はその場から動こうとしない。おそらくまだ栄耀の潜航者の体を縛る弾丸の戒めは解けていないのだろ。

 

「二」

 

だが同時、その激しい動きから、敵の体を縛る戒めが完全に解除されるときは決して遠くないこともわかる。ならば攻撃の合図が送られる前に奴が動き出すかもしれない。とはいえ、奴が再び十全な動きを取り戻そうが取り戻すまいが――

 

――どのみちやることなど決まっている

 

奴がこちらに対して牙を突き立てるより以前に、ガン子と共に属性威力を発揮する特殊な弾丸を撃ち込む。それがトドメとなるならばそれでよし。さもなくば、自らの持つ銃の弾丸にて奴の核を砕き、その息の根を確実に止める。それがおそらくこの現状においてはこれこそが現状でとりうる最善の手段といえるだろう。

 

あるいは、悪魔の封入された召喚管さえあればまた違った戦い方もできるのだが――、

 

「一」

 

無い袖を振ることなどできない。ライドウはわずかばかりに浮かんできた残念の思いを振り払うと、直後に訪れるだろう攻撃の時を待つ。刹那後に来るだろう瞬間を焦れる思いが、一瞬の間だけライドウの視線を自然と銃を構えるガン子の方へと向かわせた。

 

「――」

 

見ればスキルを発動する直前のガン子の体は、それこそまさに発射寸前の銃そのものであるかのようだった。あと一つ後押しがあれば、スキルという名の力を乗せた弾丸が、彼女のもつ長銃より解き放たれる。ならばなるほど、ライドウがガン子の姿に銃のイメージを重ねたとしても不思議ではあるまい。気付いたライドウは視線と意識を敵へと戻す。

 

「零!」

 

ライドウの視線と意識が敵を再び射抜くのとメディ子の合図は同時だった。

 

「チャージアイス!」

 

瞬間、ガン子はスキル名を叫びながら、長銃の引き金を引く。撃鉄が落ちて、薬室内部に装填されている雷管の尻に叩きつけられた。薬室内では火薬が炸裂して火花が散る。火薬の勢い得た弾丸は、スキルの特殊な力を秘めつつ螺旋の刻まれた細い道を一瞬で通りすぎてゆくと銃口より飛び出し、まっすぐ敵に目がけて突き進んでゆく。

 

「――!」

 

発砲音を合図に、拳銃を構えたライドウが先行して飛び出した。

 

「よっしゃ、いくぞ!」

 

疾風となったライドウの後ろに、重鎧を軽鎧に変えていつもよりも身軽になっているパラ子が続く。二人の疾走は一般的な冒険者たちと比肩すればはるかに速いものだったが、その速度はもちろんガン子が放った弾丸の到達よりも遅く――、

 

「!?」

 

彼らより敵に向けて先に出た突き進んだスキル「チャージアイス」の威力を秘めた弾丸は、二人が飛び出た瞬間にはすでに即座に敵との距離を零にして、二人の目指すゲル状の体に飛び込んでいた。

 

「ギッ!?」

 

栄耀の潜航者は、弾丸が体に侵入した直後の一瞬だけ、戸惑い、不安げな表情を浮かべて見せる。おそらく弾丸が先ほどのような自らの体を動かなくする効力を発揮すると思ったのだろう。あるいはその不安の表情は、弾丸の向かう先に核があったためのモノだったのかもしれない。

 

「グ……」

 

しかしそんな栄耀の潜航者の不安とは裏腹に、ゲル状の体に侵入した弾丸が先ほどのような乳白色の光を発する事はなく――、

 

「グ……、グ……?」

 

それどころか弾丸の勢いは栄耀の潜航者の粘度と濃度の高いゲルの体を前に物理的威力をほとんど吸収されて、見る間に非常に緩慢な動きへと変化してゆく。この調子ならば弾丸が栄耀の潜航者の核を貫くことはないだろうことは明らかだった。

 

「グ……」

 

弾丸は効力を発揮せず、体内に秘められた核まで届く威力を秘めてすらもいないらしい。事実と想定が栄耀の潜航者に一瞬安堵の表情を浮かべさせ――

 

「グ、ゲェ!」

 

しかしすぐさまその表情は瓦解する。ゲル状の体内に撃ち込まれた弾丸は青い光を発すると、やがて栄耀の潜航者のゲルの体を内側より凍らせつつ、緩々と突き進んでゆく。栄耀の潜航者が察知した不穏は、別の形で現実のものとなったのだ。

 

「ギ、ギ、ヒィッ!」

 

自らの体が体内に侵入した異物によって徐々に侵食され破壊されてゆくという視覚的恐ろしさが恐怖を呼んだのだろう、栄耀の潜航者は目口を恐怖の形に歪めて初めて怯えた表情浮かべはじめていた。

 

「ヒィ、ヒィッ!」

 

そうして弾丸は、栄耀の潜航者に悲鳴までをも上げさせる。やがて泥の上に転がった栄耀の潜航者は、ようやく自由に動くようになった足を存分に使って身悶えはじめていた。そこにはすでに先ほどライドウを死の淵にまで追い詰めた強者としての姿はどこにも存在していなかった。そこにあるのはただ目の前に迫り来る死におびえる弱者の姿である。

 

「――なるほど、確かに有効のようだ」

 

自らを死の淵にまで追い詰めた存在が、しかし死に怯えて身悶えるそんな姿が、ライドウから少しばかり性の悪い、しかし素直な感心の声を引き出した。

 

「流石はガン子! 慧眼だな!」

 

言葉を耳にしたのだろう、ライドウの後ろを走るパラ子が叫ぶ。背後ゆえに見えぬがおそらくその顔は嬉しげに唇が吊り上げられているのだろう事をライドウはその声色から察知する。ライドウの脳裏にはパラ子の何とも魅力的な笑みが浮かんでいた。

 

笑みはおそらく仲間を褒められたという喜びがもたらしたものであるのだろう。どうやら頼りにしている仲間が褒められた際に嬉しくなるのは、どの世界でも共通の出来事らしい。

 

「――ええ、流石です」

 

異なる世界に生きる人間同士の共通点を見つけたライドウは、いっそう発奮して足を動かし、疾走の速度を上げてゆく。そうしてライドウの体は見る間に敵へと接近していった。

 

「ギ、ギィィィィ!」

 

やがて地面を転がって恐怖に身悶えていた栄耀の潜航者は、しかしライドウらの接近に気付くと、自らの凍り付いて壊死したかのように動かなくなった部分の動作をほかの部位で補ったのだろう、ゆらりと立ち上がり、迫りくる敵の襲来に備えるべく身構えてみせる。赤目と赤い口は未だに肉体喪失の痛みとそんな現実に耐えるためか、ひどく醜く歪んでいた。

 

――その根性には見習うべきものがある……

 

ライドウは思わず感心した。この栄耀の潜航者という敵は、目の前に迫る脅威に立ち向かおうと、肉体の無理と精神の薄弱を押し殺して立ち上がったのだ。魔物が心の裡より絞り出したそれはすなわち勇気に相当するものであり、称賛して差し支えないものでもある。だが――、

 

「――これで終わりだ」

 

生死を賭けた戦いの行方と現実は根性や勇気だけでどうにかなる程に生易しくない。ライドウは立ち上がる今や弱者の立場に落ちた栄耀の潜航者に止めを刺すべく、コルトライトニングの引き金を引く。撃鉄が落ちて雷管を叩き、弾丸が銃口より飛び出した。殺意のこもった弾丸があっという間に蛮勇滾らせる敵の体へと突き刺さる。

 

「ギ……ッ!」

 

一発目の弾丸は栄耀の潜航者が腕のように薄く伸ばしている部分に直撃した。泥沼に巨石を投じたような音が鳴った直後、ゲル状の体に撃ち込まれた氷結弾は威力を発揮し、弾丸から生じた氷結の威力が敵の体の一部を瞬時に凍りつかせてゆく。

 

やがてゲル状の体内に飛び込んでも勢いを完全に失わなかった氷結弾は、その威力を発揮し続け、敵の凍り付いた体を打ち砕きながら直進し、粉々に散華させていった。氷の礫が辺りに舞い散ってゆく。氷結弾が予想以上の効果を発揮したのを見て、ライドウは再び氷結弾を射出する。二射目はそうして魔物が悲鳴をあげるより早くに行われた。再び銃声が鳴り響く。

 

「グ、ゲェ!」

 

二発目の弾丸が栄耀の潜航者のもう片方の腕のような部位に直撃したのは、己の体のは異常に気付いた魔物が悲鳴をあげるのと同時だった。氷結弾は着弾と共に栄耀の潜航者の体を凍りつかせ、砕きながら直進し、やがて突き抜けてゆく。凍り付き粉々になった栄耀の潜航者の体がぱらぱらと宙に散っては落ちていった。

 

「ギ、ヒィ!」

 

身体喪失の痛みにか、はたまた自らの体が欠損した事実におびえたのか、栄耀の潜航者の顔が恐怖に歪んでゆく。だが――、

 

――まだ敵は死んでいない

 

ライドウは続けて三発目を射出した。三度目の銃声が鳴り響く。

 

「……!」

 

そうして冷徹な判断によって発射された三発目の弾丸は、栄耀の潜航者の二つの赤目と一つの赤口が浮かんでいる顔面らしき場所の額部位に直撃する。栄耀の潜航者はやはり悲鳴をあげることすら許されなかった。

 

「ギ……」

 

侵入直後に氷結の威力を遺憾なく発揮した氷結弾は、栄耀の潜航者の顔を凍りつかせながら直進し、やがて周辺組織を吹き飛ばして向こう側へと突き抜けてゆく。突き抜けた弾丸はやがて泥の地面へと吸い込まれ、消えていった。

 

「ヒ……」

 

一撃は栄耀の潜航者を、まともな悲鳴を上げることすらも不可能なありさまにまで追い込んでいた。栄耀の潜航者はもはやただ意味のない言葉を発しながら、無事である体の各部位を蠢動させる不気味なオブジェへとなり下がっている。だがそれでも――、

 

――まだ敵が死んでいない。

 

魔物の体は未だに蠢いている。すなわち敵である魔物は未だに存命しているのだ。

 

「――」

 

ならば攻撃の手を止める理由なとない。ライドウは無言のまま、シリンダーに残る四、五、六発目を射出した。連続して撃鉄の落ちる音と火薬の炸裂音が響き、放たれた三発がほぼ同時に魔物の胴体へと着弾する。氷結弾と呼ばれる弾丸はその威力を遺憾なく発揮し、栄耀の潜航者の胴体の大部分は凍らされた後に、打ち砕いてゆく。だが――、

 

――まだ死んでいない……

 

なんというしぶとさか、それでもまだ魔物は生きている。体のほとんどの部位を失い、強く握りしめた空き缶か、あるいはワイングラスの取っ手のような状態になりながらも、魔物は、しかしまだ残存するゲル状の部位を蠢かせているのだ。

 

――あと数発は撃ち込む必要があるか……

 

「――」

 

敵のしぶとさを認識したライドウは、シリンダーを引き出すと、銃口を上に向けた。薬室の中から空になった薬莢が落下し、泥の地面に音もなく接地する。高熱を帯びた薬莢が生ぬるい温度の地面と触れた瞬間、甲高く鳴り響くはずの金属音の代わり、水の蒸発する音が辺りへと鳴り響いた。ライドウがそして空になった薬室へと銃弾を込め直そうとすると、蒸発音を合図としたかのように、蠢く栄耀の潜航者の体から凍り付いた体の破片がさらにぼろぼろと零れ落ちてゆく。

 

「――これは……」

 

そしてライドウは、かすかに残るゲル状の敵の体内に真っ赤な色をした真球を発見して、銃弾装填の動きを止めた。ライドウはこれこそが敵の本体の核であると確信する。

 

――こうまで露出しているのならば……

 

ライドウは銃に弾丸を装填し終えると、銃を腰のホルスターに収無言で、腰元の鞘より刀を引き抜いた。すらりと引き抜かれた刀剣「赤口葛葉」から周囲の暗がりを斬り裂くような光が発せられる。ライドウの意志が反映されたかのような光に反応してか、栄耀の潜航者の残り少ないゲル状の体がわずかに蠢く。だがそうして反射的に繰り出された動きには、もはやライドウの行為を止めるだけの力は残されていなかった。ライドウはそして刀を敵の核に突き入れようと剣を引いて――

 

「おっと、それが敵の核か!」

「――」

 

しかしあとからやってきたパラ子の行為に阻害され、果たすことはできなかった。

 

「ならこうだ!」

 

パラ子はライドウに先んじて盾の先端を突き入れて敵の核を穿り出したのだ。

 

「この、この、この!」

 

そうして転がり出てきた核をパラ子は幾度も足蹴にする。真球だった核は見る間に歪な形へとゆがんでゆく。核が真球でなくなった途端、核を失った栄耀の潜航者の体が崩れていった。ゲル状の部分は融解し、凍り付いた部分は砕けたのち、どちらも泥の中へと消えてゆく。後にはパラ子が蹴りつけている歪み形を変え続けている球体だけが残るばかりだった。

 

「どうやら片付いたみたいね」

「――ガン子さん」

 

栄耀の潜航者の体が崩壊したこと見て状況終了を悟ったのだろう、やがて近寄ってきたガン子はそんなことを言った。

 

「師匠、なにやってるんですか?」

「おお、メディ子よ! 見ろ! このひずんだ球核がこのたびの敵の核だったのだ! だからこそ私はこうして攻撃を続けてこれをぶっ壊そうとだな……」

「ふーん、でも師匠。この核、見たところ温度変化に弱いっぽいですし、つまりはあいつを物理攻撃で倒さないと手に入らない結構貴重な品っぽいわけですから、持って帰れば高く売れそうですけど、壊しちゃっていいんですか?」

「なにぃ!? なぜそれを早く言わない、メディ子!」

 

一方、やってきたメディ子に話しかけられたパラ子は、メディ子との会話から自らが蹴りたぐっていたものの貴重性を教えられると、すぐさまその行いをやめて、そそくさとそれを回収して自らが背負っているリュックサックへと仕舞い込む。その様だけを見ると冒険者というよりは盗人のようだった。

 

「よっしゃ、これはもう私のモノだ!」

「ちょ、ちょっと師匠! ずるいですよそんなの! 」

「何を言う。最初にお宝を手にしたものが、そのお宝の所有者なのだ。かの有名なパイレーツの――、ああ、よせ、何をする、メディ子! 人様のバッグに手を突っ込むとはなんという破廉恥な!」

「師匠がそうさせたんじゃないですか! ずるっこなしですよ! せめてじゃんけんで決めましょう、じゃんけんで!」

 

二人はそして敵の落とした宝の所有権をめぐって言い争いを始める。

 

『なんというか……、こんな時でもおぬしらはいつもと変わらんように過ごせるのだな。なるほど、世界に数多くいた冒険者たちの中から英雄として選ばれただけのことはある、ということか』

 

パラ子とメディ子のやり取りを眺めていたゴウトはそんなことを述べた。声には感心とも呆れともとれる色が混じっている。

 

「英雄、ねぇ……」

 

ゴウトと同じよう二人のやり取りを呆れた様子で眺めていたパラ子は肩をすくめた。含んだものが存在している言葉には多分に疑念と遺憾の思いが含まれている。

 

「好きな場所に行って、好きなものを見て、好きなようにふるまう。冒険者なんて誰もがこんなものだとおもうけれど……」

「そうそう。冒険者なんてみんなこんなもんだ。だから私たちが特別ってわけじゃないぞ」

 

ガン子の言葉にパラ子が同意の言葉を返した。ライドウが視線を向ければ、歪んだ玉をバッグに仕舞い込むパラ子の口元には少しばかり喜色の形に歪んでいる。どうやらパラ子は、メディ子との戦利品を奪う戦いには彼女が勝利してご満悦であるらしい。

 

「そもそも私たちは結局、英雄とか言われる特別な存在になれなかったくちですしねぇ」

 

そんなガン子の言葉に、メディ子も続いた。目元には抑えきれないと言わんばかりに悔しさが滲んでいる。おそらくパラ子に歪んだ玉の所有権を奪われた事がよっぽど悔しかったのだろう。

 

――何とも素直に感情を表す人たちだ

 

「あ、ライドウさん。腕の様子、ちょっと見てもいいですか? 一応、後遺症がないか確認したいので」

 

不思議な感心を覚えたライドウを余所に、メディ子はすぐさま気を取り直した様子で顔に見た目通りの少女らしい幼さのある笑顔を浮かべると、ライドウへと語りかけてくる。どうやらメディ子にとってパラ子に戦利品を取られたという事態はあまり大したことでないらしい。おそらく彼女らにとって、戦利品をとったとられたは日常茶飯事であるのだろう。だからこそメディ子は、こうして自分にとって損害な出来事があった直であっても、いつもと変わらない柔らかい笑みで他人を気遣う態度をとることが出来るのだ。

 

「――承知しました。お気遣いいただき、ありがとうございます」

 

ライドウはメディ子の心遣いを改めて受け取ると、近づき、学生服とメリヤスのシャツの袖をまくった腕を彼女に差し出しながら感謝の言葉を告げる。

 

「いえいえ。気にしないでください。パーティーを組んで一緒に迷宮に潜った以上、私達は命を預けあう仲間なんですから」

 

メディ子はライドウが差し出した腕に手を添えるとともに、そんな言葉をあっさりと言い放った。

 

「うっわ、なにこの綺麗な腕……。まるで陶器みたいに透き通ってる……。下手すると私たちのそれよりきれいなんじゃないですか?」

「――そうでしょうか?」

「な、なぁ、ライドウ。ちょっと触ってみていいか? 大丈夫、変なことはしないから……。変なことはしないから!」

「師匠……。必死過ぎて顔も言動もきもい事になってますよ……」

「――別に自分は構いませんが……」

「よっし! では早速……、……うぉ、すごいなこれは! お肌すべすべだ! お肌すべすべだぞメディ子!」

「ほんとですね……、うらやましいなぁ……。なにか特別なボディソープだとか、乳液とか使用されてるんですか?」

「――いえ。自分は普通に、石鹸を使うくらいで後は特に何も……」

「な、なんと……、お手入れなしでこの滑らかだと言うのか……」

「若いって良いですねぇ……」

「何を言う、メディ子! 見ろ! 私たちだって見た目だけなら十分に若い!」

「……師匠。そこで見た目だけならって素直に言う辺り、お馬鹿というかなんと言うか……」

「……あぁ、しまった!」

 

やがてライドウへと近づいてきたパラ子とメディ子は、ライドウの前腕を撫でながらはしゃぎ始める。ライドウは年上の女性二人が見せる言動に困惑した思いを抱きつつも、不機嫌な思いを抱いていないことに気が付いた。というよりも彼女たちの生み出すそんな雰囲気は、ライドウが帝都の鳴海探偵事務所で、鳴海という男や、タヱという女性と一緒にいる際の、日常のそれに等しく――

 

「――」

 

彼女たちのそんな言動は、ライドウの能面のような白皙の顔に柔らかい微笑を浮かべさせる事に成功する。ライドウはそうして、ようやく彼女たちを別世界の、異界に潜む悪魔のような存在ではなく、帝都に住まう人々や、自分達と同じような人間であると心底理解させられたのだった。

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