Fate/ Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜 作:うさヘル
暗がりの中、きざはしを下ってゆく。段を一つ下るごとに鳴る足音がやけに大きく耳の中に残響する。ふと足を止めてあたりを見渡した。視界の中に広がるのは見覚えのあるマギニアの街の中層の光景だ。マギニアという街の中層には街の住人の住まう住宅街と冒険者や商人が住まう商業地区が広がっている。
マギニアの中層地区は、常ならば後者たちが生み出す喧騒で満ちている場所であり、マギニアが周辺地形調査のため地上に降り立った際、中層の商業地区が「眠りを忘れた街」などと揶揄されるようになる場所だ。地上に降り立つと、マギニアの商業地区には冒険者たちが周辺地域の調査のために朝昼夜の区別なく出入りを繰り返すようになり、また、そんな彼らを相手にするため商人たちが精を出して商売に勤しむようになる。そして宿屋、道具屋、酒場などといった施設は常に門戸が開かれた状態を保つようになり、中層には常に生活と商売の光が灯るようになる。だからこそ地上に降り立った際、マギニアの中層は「眠りを忘れた街」などと揶揄されるのだ。だが――。
「「眠りを忘れた街」……、か」
しかし「眠りを忘れた街」などとまで例えられるマギニア中層は今、ほとんどの施設から光が落ちていた。目立つ光は電灯のモノばかりで、商業地区どころか住居からすらも漏れるものは一切ない。否、それどころか、常ならば冒険者や商人たちの生み出す雑音すらも、今の街には存在していなかった。驚くほど巨大な月の明かりが照らす下、生を謳歌するモノの雑踏が常に感じられる中層は、まるで眠りこけているかのように静まり返っている。さなかに聞こえてくるのは、街中を徘徊する兵士たちがたてる足音だけだ。兵士たちの足音はまるで墓守の足もとにも聞こえてきて――
「これでは「死んだ街」という例えの方が適当だな……」
まるでマギニアの街の中層は墓標のようだった。街はそんな眠りの生み出す静けさではなく、生命活動の全てが失われてしまったかのような、そんな儚く切ない侘しさや寂しさを感じさせる雰囲気があった。
「――縁起でもない」
女――ペルセフォネ、は自らが述べた不吉な言葉を脳裏より失せさせるべく頭を振るうと、再び長く続く階段を下り始める。やがて女は階段を下り、平坦に続く石畳の街中を数分ほど歩くと、一つの建物の前で足を止める。建物は石材と木材を組み合わせてつくりあげられた一般的なものだった。建物は強く意識を向けていなければすぐにでも脳裏から薄らいでいって、数秒としないうちに記憶の中から失せてしまっていそうな、そんな雰囲気に満ちている。
『さぁ、中へ――』
だが、脳裏へと響く声を聴いたとその瞬間、ペルセフォネが建物へと抱いていた「普通」の印象は吹き飛んだ。印象の唐突な変化はペルセフォネの危機感を煽った。そしてペルセフォネは建物を異様なものであると認識し始める。今や女の目にはマギニアの紋章という、商売の許可を示す、宿屋の看板の隣にあって当然のものですら、異様なものとして映っていた。紋章の横にある看板にはこの宿屋の名前なのだろう、「湖の貴婦人亭」との記載がなされている。
『何、遠慮することはない。印象操作と防護の魔術は解いてあるから安心してはいってくると良い』
だがしかし、「湖の貴婦人亭」の内部から聞こえてくる、ここに至るまでずっと脳裏で響いていた甘く、脳裏を蕩けさせるような声が、ペルセフォネの不信感を不思議と完全に払拭した。
「……」
導かれるようにしてペルセフォネは「湖の貴婦人亭」の扉に手をかける。ドアの廻し手を軽く握り回転させると、廻し手はするりと手の内から抜け失せて、ドアはするりと自然に開かれていった。歓迎するかのような動きに導かれて女が建物の内側に足を踏み入れると、開いていたドアはやはり勝手に動いて自然に閉じてゆく。パタン、と音が鳴る。同時、ペルセフォネは再び家の雰囲気が変質したのを感じた。おそらくは声の主が印象操作と防護の魔術とやらを再び発動させたのだろう。そして家が再び不思議な雰囲気に包まれた直後――、暗がりだった部屋の中に光が満ち溢れた。
「!」
ペルセフォネは思わず瞼を瞬かせる。そうして数度ほども同じ動作を繰り返して眼球を光の刺激に慣れさせたペルセフォネは、まだ眼球の中にある残光の影響を無視しつつ、光に溢れた部屋の中を見渡す。部屋は人一人が住まうには十分すぎるほどに広く、しかし、宿屋の顔として使うにはひどく雑多な状態で、はっきりと言ってしまえば、「汚い」、と言って差し支えない状態だった。宿屋、というよりは民宿、という例えの方が妥当だろう。
『すぐに戻るから、ちょっとそこいらで待っていてくれたまえ』
入ってすぐの待合室にはこぎれいな机が中央に置かれている。机は食事の台としての機能も兼ねているのか、小さなランチョンマットが四つばかり置かれていた。そんな机を囲うようにして椅子とソファが配備されている。さらに視線を移して奥まで見渡せば、部屋の奥の壁の上半分には窓が埋め込まれていた。すぐ下の壁には、壁に沿って小さくテーブルが敷かれておりテーブルの高さにあった椅子が何脚か突っ込まれている。ペルセフォネが窓の傍まで歩を進め、そして外を覗き込む。すると窓からは、マギニアの街の上中下層の全てが窺えた。死んだように眠っているはずの街は、さんざ煌めく星々の光と、眩いながらも煩くない月の光に照らされて、驚くほどに美しく彩られている。
――いい眺めだ……
今でこそ死んだような雰囲気の街ばかりが映っているが、もし今が平常の時であるならば、この場所から覗く光景は、朝昼夜、時を選ばずして素晴らしいものであるに違いない。なるほど、どうやらこの宿は、見かけこそ普通でこじんまりとしているが、宿の位置としては最上位の位置にあるらしい。
――なるほど、それゆえの雑然か……
そう考えれば、この部屋がこうして散らかっている雰囲気である事も納得いくような感じがした。もしこの素晴らしい光景見れる場所がきれいさっぱり整頓された状態であるならば、その完璧さはきっとどこか物寂しさを感じさせるに違いない。不完全な生き物である人間はあまりに完璧すぎる状態に置かれると逆に落ち着かない気分となる。そんな事を知ってか知らずしてかは知らないが宿屋の主はそんな人のもつ性質を理解しているからこそ、このようにあちこちに猫の調度品や植物の植木鉢で部屋を満たしているのだろう。
「あ、ちょ、ちょっと、マーリンさん、ひっかかないで~」
ペルセフォネがそうして暖かみ溢れる雑多な部屋の中を見渡していると、別の部屋より間延びした声が聞こえてきた。ペルセフォネをここまで導いた声と間延びした声は言い合いながら近づいてくる。ペルセフォネは反射的に腰をわずかに落としていつでも動ける体勢へと移行すると、同時に腰の剣の柄に手を伸ばした。
『はいはい、嫌ならさっさと剣を持って部屋に向かう』
「いく、いくから~。ひっかかなくてもちゃんといきます~」
ペルセフォネが警戒の意志露わに視線を声の聞こえてくる別の部屋へと続く暗がりの廊下に向けていると、やがて一人の女性が扉を開けて廊下へと姿を現す。そうして現れた女性の頭の上にはまた、覆いかぶさるようにして一匹のでっぷりとふくよかな体をした白猫が乗っかっていた。真っ白な毛並の巨猫が手足をぶら下げて少女の耳を覆い隠しているその様は、まるで子供が被る冬用の毛糸の耳あて帽子のようにも見える。
『なにをいってるんだい。僕がこうしていなければ君は今も倉庫で剣を抱えて眠ったままだっただろうに』
「そんなことありません~。私は絶対きちんと剣を持っていってました~、あ、た、叩くのもだめ~」
また、猫と女性の頭の隙間覗ける髪はぼさぼさで、寝癖も正されていないような状態だった。良く見れば女性の着ている服は皺が多く、襟や袖はのりが効いていない状態だ。ペルセフォネは女性がだらしない性格であることを理解する。しかし同時にペルセフォネは、宿屋の職員としてあるまじきその姿を見て、幾分か安堵の感情が湧き上がってくることを理解した。
――これは敵意を抱くに値しない存在だ
『まったく、嘘吐きなのはあの子の魂の影響かな? ううん、いや、あの子は人の心をもてあそぶような子であったけども、ここまでひどいニート気質じゃなかったような……』
ペルセフォネがそしてわずかばかりに気を緩めている間にも、自らの頭に乗っかった猫のぶら下がった手足の先が女性の顔へと振り下ろされている。幾分奇妙にも思えるが、どうやら力関係は人である少女よりもマーリンという猫の方が上であり、また彼の方がしっかりとした性格であるようだった。
「ニートっていうのが何かは知りませんが、マーリンさんが私の悪口を言っている事だけはわかりますよ~……、あ、やめて、叩かないで、マーリンさん~」
女性が言い訳じみた反論の言葉を口にするたび、猫の手足が親の叱咤の如く女性の頬へと振り下ろされる。自らの頭上にいる猫の手によって自らの頬を激しく叩かれ続けていた女性は、猫の挙動を邪魔するためだろう頭を振りながら、ペルセフォネのいる方向へと近寄ってくる。
「――あ」
そして暗がりを進んできた女性はやがてその瞳の中にペルセフォネの姿を認めると――、
「マーリンさん、マーリンさん」
頭の上の猫に対して呼びかけた。
『なんだい、ヴィヴィアン。またいいわけかい?』
そうして少女――ヴィヴィアンの頭の上に乗っていた猫のマーリンは、呆れた口調でヴィヴィアンの呼びかけに応じる。
「違いますよう。前です、前」
『うん? 前? ――お』
呼びかけによってマーリンの青い瞳がペルセフォネの方へと向けられる。するとペルセフォネの姿を瞳に収めたマーリンは、はじめ大きく目を見開くと、徐々にその開閉の距離を縮めてゆき、やがてひどく細めた状態にまで変化させると、目じりの端を緩めて口を開く。
『ようこそ。よく来たね、アルトリア』
いかにも親しげな表情と共に郷愁の感情こもった声で告げられるその名前は、しかしペルセフォネの名前でなかった。けれどもペルセフォネはそんな呼び名の違いが一切気にならなかった
「あなたが私をここへと呼んでいた声の主か」
そうしてペルセフォネは無遠慮に質問を返す。
『そうだとも。君にこれを託すならば、城の上なんかよりも、彼女の二つ名である「湖の貴婦人」の名前のついた場所で、彼女と同じ名を持つこの子の手から渡す以上に相応しい状況なんてないだろうからね。ほら、ヴィヴィアン。その手に持ったものをさっさとアルトリアに渡すんだ』
「わかってます。わかってますから、叩かないでください~」
いいながらヴィヴィアンは星と月の灯りに照らされた廊下を進んでペルセフォネの前にまで進み出てくると、両手に抱き留めていた袋を差し出してくる。袋は長く、ヴィヴィアンの身長の三分の二――115センチメートルほどもあった。ペルセフォネはヴィヴィアンより袋を受け取ると、縛り紐を解いて、中のモノの姿を露わにする。
「これは――、剣か」
そして現れた柄を見て、ペルセフォネは呟いた。
「そうですよ~。ペルセフォネ様はご存知かもしれないですけれど、もともとはうちの宿を利用されていました人たちの残していったものでして、うちの目玉でもあった――、むぎゅ」
『そうとも。それはかつて人々の「こうであって欲しい」という想念が星の内部で結晶・精製されて生み出された神造兵装。すなわち星の生み出した聖剣。聖剣というカテゴリーの中で頂点に位置する、「空想の身でありながら最強」ともされる最強の剣。かつてイングランドの大地において絶望の底に堕ちた人々を救い上げた希望の光を放つ物と同種にて、それゆえだろう同じ姿をとるに至った、最後の幻想(/ラスト・ファンタズム)』
そうしてヴィヴィアンの言葉を遮ったマーリンは言い切ると、視線を窓の外へと移した。ペルセフォネやヴィヴィアンもそれに倣って続く。二人と一匹の視線の先には、今や雲の下の大地かと見紛うくらいに接近した月の姿と、そんな月に目がけて伸びる泥の姿が映っている。
『満たされぬ者は満足を得る為に。そして、安楽の大地より旅立つことを拒む者は安寧の夢の続きを見る為に、世界が生まれ変わる事を望んでいる。前者の彼らが望むのは、「自らの力によってあらゆる困難が切り開ける」世界であり、後者の彼らが望むのは自分以外の誰かによって管理された「自らが余計な苦労を負わずとも生きてゆける」世界だ。とどのつまり彼らは、「自分にとって都合のいい改変が行われる」そんな世界を、そんな風に幻想を実現してくれる巨人の如き存在を求め続けている。楽園は自らの手では決して生み出せないと、彼らはそう信じきっているんだ。――なんて哀れな人たちだ、と、そうは思わないかい、アルトリア』
マーリンは視線を月と泥から背けないままに言った。言葉にペルセフォネの脳裏にある光景が浮かぶ。それは自らが歩んだ道のりであり、そしてまた、自らでない誰かが歩んできたのだろう道のりだった。二つの道のりを歩くのは、どちらも王としての責務を背負わされた女だった。ペルセフォネの脳裏に浮かんだもう一人の女性は、女性の身でありながら男を偽り、男を偽ったがゆえに生じた歪みと運命の悪戯により翻弄され、やがて自らが収めた国を救うことできずに散ってゆく。
『窓の外に楽園が広がっているかどうかなんて言うのは誰にもわからない。何しろ、どうあがこうと世界なんて言うものは自らの思い通りにならないんだ。だって世界は多くの生物の意志によって生み出されている。誰もが自らのための欲望を満たそうとするそんな場所で、それでも安全なんていう幻想が広がっている楽園を望むのであれば、自らの道行きの先にこそあるものだと信じながら歩み続けるしかない。結果、進む道にたとえどんな苦難があろうと、進む道の先に悲しい結末が待ち受けていようとも、だ』
アルトリア。アーサーという名を偽った少女が治め、守ろうとした国は、彼女の身の上の事情と自らの失態によって散ってゆく。課せられた使命を果たせず、決心を果たせず、守るべき民は散り散りとなり、責務を途中で放棄せざるを得なくなる。それがどれほど悲しい出来事であるかを、同じく王族としてマギニアという飛行都市を収めていたペルセフォネの胸を容易にたとえがたい感情で満たし、やがて彼女の瞳の端より一滴の雫を落とさせた。落涙にはまだ聖剣の影響とやらで今際の際に至るまで幼くしか見えなかった彼女に対する思いが詰まっている。
だが――、そうして落ちてゆく涙がやがて湧いて出てくる憐みの感情で満たされるよりも前に、ペルセフォネの脳裏に浮かぶ場面は大樹に身を預けて長き眠りにつくアルトリアの姿へと移り、ペルセフォネの心は驚きの感情に満たされた。
絶望。あるいは悲惨と言っていい結末を迎えたはずの彼女の顔にはしかし、安らかな笑みが浮かんでいる。アルトリアのそんな表情を見た瞬間、ペルセフォネはその表情が示す意味を察して、静かに微笑んだ。
『そうして、自らの道行きを信じ、歩み続けた先にしか楽園なんてものは存在し得ないんだ。そうとも、楽園なんて言うものが欲しければ、自らを自らの抱いた幻想の地図を完成させる巨人と化してやる以外に、得る方法なんてものはない。しかし彼らはそれを信じない。長きにわたって続いた安楽の時代が、親の過保護によって生み出されてしまったが如きそんな環境が、彼らから積極性を奪い上げてしまった。彼らは今や、まるでいじけた子供だ。誰かから与えられる意外に快楽を手に入れる方法を、彼らは知らないんだ」
自らと同じような背景を持ち、自らと同じように国を治め、自らとは異なる結末を得た女性(/アルトリア)は、しかし最後には楽園へと辿り着いたのだろう。そして国を治める事に失敗し、永久の眠りにつくアルトリアのの傍らに佇む彼女の臣下だろう銀髪の男性は、しかし、何とも慈愛に満ちた瞳で彼女の旅立ちを見送っている。彼はそうして国を治める事に失敗したアルトリアを憎んでいない。理解した瞬間、胸が熱くなった。気付けば落涙は止まっている。代わりにペルセフォネの胸の裡に生まれたのは、誇らしさだった。
『否、知ってはいるが、実行しようとしないんだ。なぜならその道は、間違いなく苦難に満ち溢れているだろうことを、彼らは嫌というほどに理解しきっているからだ。そんな道を歩いて楽園にたどり着けるだろう存在であると、自らを信じられないんだ』
アルトリアの生涯が他人に認められている。国を救えなかった彼女はしかし、そこに住まう民に恨まれていない。自らが治めていた国の民に恨まれない。それが如何程の出来事であるかを肌身で知るペルセフォネは、だからこそアルトリアに対しての尊敬の念が溢れてくることを止められない。アルトリアという国を守れなかった女性はしかし、自らが築いていた王国という名の楽園から、民たちを独り立ちさせることに成功したのだ。
国を失った民たちの先に苦難が広がっているだろうことは間違いない。だがそして国を失った彼らは、しかし、自らの足で自らの場所を探して歩き出すことが出来るだろう。アルトリアの傍らに佇む彼女の臣下だったのだろう青年の顔には、そんな未来をペルセフォネに信じさせるだけの効力が秘められていた。
アルトリアは王国を崩壊へと導いた。アルトリアは少なくない人を不幸にした。しかし同時に、アルトリアは確かに自らの足で未来に向かって歩く人々を生んだのだ。アルトリアは、子育てを完遂し、希望を次世代に託し、そして死んでいった。だからこそ彼女が今際の際に浮かべる顔はあんなにも安らかで、傍らに立つ青年は彼女の死を悼み、しかし祝福するかのような顔を浮かべているのだ。
『彼らはそれほどまでに今の世界と、それ以上に自らに対して絶望している』
そしておそらくマーリンも今のペルセフォネと同じように――、否、アルトリアの近くで彼女の生と死を眺め続けた彼は、ペルセフォネ以上に、アルトリアの生と死を誇らしく思っているに違いない。
『だからこそ彼らは、今の自ら望んで死に向かっている。生まれ変わった世界の先にこそ自分たちの真の居場所があると信じきっている。妄信して、猛進している。彼らに言葉は通じない。暴力はいけないが、子供が死に向かう馬鹿をやろうとしているとき、多少強引にでも彼らの手を無理やり引っ張って死地から救い出し、頬をはたいてその微睡んだ目を覚まさせてやることは、親――彼らよりも前の時代を生きた僕らの役目というモノだろう』
だからこそマーリンは、こんなにも強く怒りの感情秘められた声であるのだ。そんな風にアルトリアが紡いだ命と希望から繋がっているはずの未来に生きる人々が、絶望に沈み、よりにもよってやり直しを望んでいる。マーリンは彼らのそんな軟弱さが、誇り高かったアルトリアの生涯を穢しているように感じられるて、許せない。だからこそマーリンはこうも、くぐもった、感情を抑え込んだかのような声で、冷静を自らに言い聞かせているかのように、平坦な口調でしゃべる事に努めているのだ。ペルセフォネはマーリンの思いが心底理解出来ていた。
『だから――』
だからこそ同時に、ペルセフォネはなぜ過去の帳、世界の端にある自らの楽園で永久の眠りについたはずマーリンが、今ここに猫の体を借りてまで現世に現れ、自らを『アルトリア』と呼んでいるかを理解した。ペルセフォネはそして、アルトリアとよく似た誇りを胸にその生涯を送った自らが、マーリンに何を望まれているかまでをも同時に理解した。
『いってくれ、アルトリア。形こそ違えど、その剣は人々の願いが凝結して生まれた、希望の塊。すなわち、かの聖剣と変わらぬ希望の光を放つ聖剣だ。ならばそんな聖剣の放つ希望の光は、絶望に囚われた人々を闇という楔から解き放つ――、否、絶望に囚われた人々が自らの意志で闇の中より楽園を求めて歩き出すための何よりの導となるだろう』
――彼女(/アルトリア)の見る夢の続きを、これ以上悲しみで穢さないであげてほしい――
「――わかりました/わかりました」
ペルセフォネ/アルトリアは、ヴィヴィアンより受け取った袋の中から覗ける柄を握り締めると袋を捨て、剣を完全に解き放つ。瞬間、かつて真竜の剣と呼ばれていたそれが、かつてペルセフォネ/アルトリアの目の前に現れたその時と変わらないその姿で露わとなる。部屋から漏れるほのかな明かりが漏れる暗がりの廊下、青と黄金で装飾施された柄と白銀の刀身が照らしあげた。月と星の明かりを浴びた剣は、正当なる所有者の手の中に納まったことを喜ぶかのように、何とも誇らしげに輝いている。
「その願い、王の誇りと我が生涯にかけて、必ず叶えてみせましょう。機会を与えて下さり、感謝します、マーリン」
そしてペルセフォネ/アルトリアは踵を返すと、振り向きもせずに「湖の貴婦人亭」より立ち去った。潔い彼女のその態度を見て、マーリンは猫髭を燻らせる。
『君たちの道行きを信じよう』
言葉が明るい部屋と暗がりの廊下の中にこだまする。明暗の境界でマーリンとヴィヴィアンはひたすらに楽園へ続く扉を見守っていた。