Fate/ Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜   作:うさヘル

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第二十一話 世界樹の迷宮 −the phantom atlas− (八)

天空に浮かぶ月へと続く泥の迷宮がある。宇宙空間の中にぽつりと浮かぶ月の周囲にまとわりつくようにあるその迷宮は、光を一変たりとも通さぬような漆黒の色をした泥によって構成されていた。そうとも、迷宮を構成する泥は宇宙空間のそれよりも黒く、昏い色をしている。なぜ泥がそのような漆黒をさらに煮詰めて凝縮したかのような色をしているのかは、泥がいかなる素材によって作られているかを知るものならば周知のことだろう。

 

――泥には、世界のすべての命が溶け込んでいる。

 

木も、火も、土も、金も、水も、動物も、植物も、昆虫類も、魚類も、もちろん人も、地球上に存在していたありとあらゆる生命体と非生命体を蠱毒の術式によって溶け合わせ、混ざり合わせ、凝縮させられたもの――、それがこの触れたものに快楽をもたらす泥の正体だ。

 

泥には地球上に存在したあらゆる色が混ざっている。泥には地球上に存在するあらゆる物質が混ぜ込まれている。泥の中には足りないものなど何一つない。――だからこそ泥はすべてを飲み込んだ証として漆黒の色をしており、触れたものに対して足りない部分を補われるという無限の快楽を提供するのだ。

 

そしてそんな地球上に存在していた多くの命を飲み込んだことにより生まれた泥は今、地球上に存在していた命や存在を喰らうだけでは足りぬといわんばかりに、全ての幻想の織り手である月にまでその魔手を伸ばしていた。泥が月を飲み込んだ時、人類が脈々と世界の中に刻み続けてきた歴史は幻想の中に消えて散る。その時人類は、泥を生み出す要因となった存在である『桜AI』という安寧を何よりも最優先とする庇護者の下、箱庭の中で幸福の劇を演じる意思なき人形へとなり下がってしまうのだ。

 

――だが、それを良しとしない者たちがいた。

 

今、月の周囲にある快楽の黒泥によって構成された迷宮の中を直進する存在がある。まるで漆黒の闇を切り裂くかのようにして突き進むそれは、月へと続く迷宮の黒泥の地面の上にか細く光る糸を辿って、徐々に月へと近づいていっていた。そうして漆黒に染められたキャンバスの上を白筆で塗り替えてゆくのような軌跡を残しつつ突き進む光景は何とも幻想じみており――、

 

「見えた。たぶんあれだろう。――準備はいいか?」

「無論だ」

「よし……、なら行くぞ」

 

しかし現実に存在している証とするかのようにそんな短い言葉を残しながら、翼の生えた白馬に乗る一組の男女は瞬時のうちに、月へと続く泥の迷宮の奥地へと消えていった。

 

 

『限りなく希望に近い航路』

 

 

重苦しい音を立てながら黒塗りの扉が開かれてゆく。瞬間、開かれた扉の隙間より濃厚なすえた臭いが鼻腔へと飛び込んできた。部屋の内外の気圧差によってだろう生まれた生ぬるい隙間風が肌を撫でてゆく。部屋の中の空気は、高湿度高温の密閉空間に長時間腐乱した死体を放置した際に部屋の中を漂っている空気とよく似ていた。反射的に不快の感覚が込みあがってくる。

 

こと戦闘において、物事を不快に思う感覚より生まれいずる感情というものは不利に働く場合が多い。故に帝都の守護という役目を任ぜられている自分は、そうした自らを不快にさせる感覚に対して余計な感情を抱いてかぬようするための訓練をもちろん受けてはいる。だが、今自身の五感を刺激した空気から感じる不快の感情はそんな技術を用いたとしても押し殺しきれないほどのものだった。

 

「――」

 

自然と額にしわが寄っていく。一歩を踏み出すと、体の動きに違和感を覚えた。どうやら気づかぬ間に体が緊張状態に移行していたらしい。おそらくは臭気の死だろうと、意識的に臭気を感じる感覚を鈍化させ、軽く一呼吸を行う。途端、神経の強張りは失せていった。そうして十全と化した状態で改めて自らの前方へと意識を向けると――、

 

「――あれは」

 

視界には番人部屋の中央付近の泥の地面の上で浮遊している存在が映る。

 

『球、体?』

 

ゴウトが首をかしげた。そう。ゴウトの言う通り、十キロ四方をも人工的な黒塗りの壁に覆われた番人部屋の中央には、地面の泥と全く同じ色をした、漆黒の球が浮かんでいるのだ。遠く五キロ程度は離れたこの位置にあってもなお容易に認識することができることから察するに、球体は巨大であることが窺える。見たところ――、直径にして一キロ程度はあるだろうか。

 

「うわ、でかっ! 師匠、あれ、あの黒いの、めっちゃ大きいですよ!」

「うむ、でかい球だな! あれが真珠ならさぞかし高値で売れただろうに、残念だ!」

「あんなものが市場に出回らせたら、真珠の価値が価格崩壊を起こして、いろんなところから恨みを買う羽目になると思うけど……」

 

ゴウトに続けて、メディ子とパラ子、ガン子が素直に感想を述べる。言葉からは何の緊張感も感じられなかった。番人部屋という存在について知っていた彼女らであるからして、ならば彼女らがおそらくあの巨大な球体が番人とやらと何らかの関係があり、この扉が完全にしまったころにはあの球体に何らかの変化が起きるだろことを、ほかでもない彼女たちが理解していないはずはない。だというにもかかわらず、彼女らはいつもと変わらない様子で何とものんきに会話を交わしている。それがなんとも頼もしいと思える。

 

『――扉が閉じたか』

 

敵らしき存在の姿を前にして一切怖気つかない三人の態度に感銘を受けていると、ゴウトがつぶやいた。振り向いてみれば、確かに部屋の黒塗りの扉は、部屋の中へと足を踏み入れた獲物をもはや逃がさぬといわんばかりに、しっかと閉じられていた。

 

「――む」

 

それが起爆剤となったのか、背後――、部屋の中央にあった異物の鎮座している方角からただならぬ気配が漂ってくる。気を入れなおして振り向くと――

 

「――……!」

 

視界には球体の表面が大きく蠢いている姿が目に映る。はじめこそ漣に過ぎなかったそれは、やがて大波となり、続いて球体の下方へと集合し、ついには五メートルほどもあろうかという巨大な雫となったのち重力に耐え切れなくなったと言わんばかりにやがて泥の地面へと垂れ落ちてゆく。そうして地面へと落着した球体から落ちた雫は柔軟性と弾力性に富んでいたらしく、一度だけぶよんと平たく地面に広がったかと思うと、やがて元の大きさよりも縦に長く伸びあがるとともに余計な部分が剥がれて空中に散ってゆく。雫はそのまま縦長の柱がごとき状態へと変化し、続けて人型へと変化し、そして――

 

「――……あれは!」

 

最終的に雫は一人の巨漢の姿へと変化した。そうして雫の落着地点に現れた筋骨隆々の巨躯の男は、まるで岩石から直接切り出したかのような強靭そうなその漆黒の肉体にわずかな布と獅子の毛皮をまとい、その巨躯と同じかそれ以上ほどの大きさの棍棒と弓と斧をそれぞれ片手と背中と腰に携えていた。

 

「でっか!」

「に、人間、か……?」

「さて、どうかしらね……」

 

泥の雫の中より身の丈五メートルはあろうかという巨漢が突如として現れるという事態は、さすがの三人であっても戸惑うものだったらしい。三人は様子で彼を見やっている。

 

――……!

 

おそらくはそうした自らの身へと浴びせかけられる無遠慮な視線が刺激となったのだろう。やがてその巨人がごとき男は、四角四面で堀の深い厳つい顔の中心に据えられた眼球二つの焦点をこちらへと合わせると、右手にしている棍棒の柄を強く握りしめた。瞬間、マグネタイトの緑が巨躯の体表の端々から噴出する。おそらくそれは相手の戦意の現れに違いないだろう。

 

「ともあれ――」

 

それを見たガン子が、銃をホルスターより引き抜き、弾を込める。

 

『そう、ともあれ、だ』

 

ゴウトが腰を浮かせて構えた。時を同じくして、自らも刀剣「赤口葛葉」を鞘より引き抜く。

 

「――相手は番人部屋とやらにただ一人いる、泥の塊より生まれた存在です」

 

自らがその言葉を口にすると、パラ子とメディ子が慌てて自らの獲物を引き抜き、戦闘の体勢へと移行する。

 

『ならば――』

 

――■■■■■■■■■■ッ!

 

そうしてこちらが戦闘の準備を終えた途端、巨躯の男は吠えた。

 

「うわっ!」

 

メディ子が驚きに声を上げる。巨漢がその全身を震えさせながら放つ咆哮の威力やすさまじく、声は十キロ四方に広がる部屋の隅々にまで至ると、地面も壁面をも揺るがしながら駆け抜けていった。そんな天地を揺るがすほどの咆哮はまさに戦闘の始まりを告げる合図にほかならず――、

 

「――来る……!」

 

そしてまさしく自らが放った雄たけびこそが開戦の合図であったといわんばかりに、巨漢の男は殺意を爛々と全身より滾らせながらこちらへと突っ込んでくる。

 

――そして月の迷宮を守る番人との戦闘が始まった。

 

 

――■■■■■■■■■■ッ!

 

巨漢の男より繰り出される攻撃はすべてが死神の鎌よりも凶悪な死の化身だった。巨漢の男の神殿の柱を思わせる剛腕より棍棒の一撃が繰り出されるたび、暴風が吹き荒れ、地面は削られ、抉られてゆく。そしてまた敵の攻撃には、そうして振り下ろされた一撃が地面に直撃した際など、泥の地面に十メートルに達しようかというほどの大穴が開くと同時に、飛び散るはずの泥は瞬時に塵となり大気に散ってしまうほどのの威力が秘められているのだ。

 

この巨漢の男が棍棒を振り回す度、地形が変化してゆく。男は人間というよりも、もはや重機か、あるいは戦車に近かった。否、その漆黒の見た目からするに、鉄巨人、という風に例えるのが最も適当かもしれない。ともあれそのこの鉄巨人は、そんなまともに受ければ間違いなく直撃即死に至るだろう防御すらも難しい一撃を、目にもかすむ勢いの速度で連続して繰り出してくるのだ。

 

「パラ子、危ない!」

 

われらの中においてそうして連続して繰り出される巨漢の男の致死の攻撃に対処が可能であるのは、帝都を守護する悪魔召喚師という遠近両方の戦い方に長けていなければなれない役目についている自分と、近接戦闘の守りに特化して卓越した力を発揮するパラディンのパラ子と、猫の体というゆえの小ささと俊敏さを保有しているゴウトの二人と一匹だけであり――、

 

「ひ、ひえっ」

 

味方の援護をこそ役割とし、近接戦闘を主の役目としない、主に味方の後ろで傷ついた味方を治すことを主なる役目とするメディックという職業のメディ子と、同じく味方の後ろから銃弾にて敵の命を奪うガンナーのガン子は、当たれば即死の攻撃に対して、対抗することができない。

 

「あぶない、メディ子、下がれっ! フロントガード!」

 

そんな彼女らの事情をほかの誰より理解しているのだろう同じ冒険者仲間であるパラ子は、だからこそいままでよりも活発に動き回り、自らの身を味方と敵の攻撃との間にねじ込み、二人をかばっているのだが――

 

「――うごっ!」

 

巨漢の男の繰り出す強烈無比な一撃は、スキルを用いて強化されたはずのパラ子の盾に触れた途端、女性の中では長身かつ鍛え抜かれているはずの彼女をやすやすと吹き飛ばす。

 

「師匠っ!」

 

吹き飛んでゆくパラ子をメディ子は追いかける。

 

「メディ子っ! ――ライドウ、援護をっ!」

 

いいながらガン子が鉄巨人の顔面目掛けて連続して銃弾を放った。

 

「――ッ!」

 

遅れて引き抜いたコルトライトニングから銃弾を解き放つ。二つの銃口より直進した即座に数メートルの距離を零にすると、爛々と殺意を滾らせる巨人の瞳へと吸い込まれてゆき――

 

「っ、やっぱり効いてない……!」

 

しかし、銃弾は甲高い音を立てて巨人の瞳にはじかれてしまう。巨人が煩わしそうに瞳を瞬かせた。どうやら彼にとって眼球に鉄の銃弾が飛び込んでくるという事態は、眼に砂埃が入って鬱陶しいくらい程度のことでしかないらしい。だがともあれ、そうして数発の銃弾によって生まれた一瞬の隙を利用して、自分たちは起き上がったパラ子の元へと集結する。

 

「なんですか、あの巨人!」

 

メディ子が叫んだ。

 

「銃は効かない、剣も効かない! 属性系の道具も、状態異常系の道具もダメって、それでどうやって倒せってんですか!?」

「――」

 

そう。なんとも理不尽なことに、この巨人には、あらゆる攻撃が通用しないのだ。自分の持ちうるすべての属性弾も、ガン子の習得しているすべてのスキルも、メディ子が持つ糸も、石化や盲目といった状態異常を引き起こすという道具も、自分の刀剣による一撃も、こちらからのあらゆる攻撃や干渉をこの巨人は受け付けてくれない。

 

あらゆる攻撃を受け付けない存在。そんなものに対してどうやって立ち向かえばいいのか。メディ子のそんな言葉は間違いなくこの場に集ったすべての人間の思いを代弁しているに違いなかった。

 

――■■ッ!

 

そうして気落ちによって生まれたこちら側のわずかな隙が致命的だった。刹那の瞬間のうちに体勢を整えた巨人は目にもとまらぬ初動でこちらへと近寄ってくると、踏み込みと同時に横に薙ぐ一撃を放ってくる。一撃にはこちらをまとめて仕留めるという意思がありありと含まれていた。

 

「まずっ……!」

 

そうして巨漢の敵は、突撃の勢いのままに棍棒を薙ぎ――

 

「下がれ、二人ともっ!」

 

二人の命が草を刈られるかのように摘み取られる寸前、体勢を立て直したパラ子は鉄巨人の前へと躍り出ると、その細身を敵の攻撃と味方との間にねじ込み、盾を構える。

 

「フルガードっ!」

 

スキルの力によってだろう、パラ子の構えた盾の表面を白銀色の光が覆ってゆき――

 

「グッ……!」

 

そうしてパラ子の守護は確かに敵の攻撃が二人に直撃することを防いだが――、

 

「ガッ……!」

 

しかして守りの力を発揮した盾を構えたパラ子は巨漢の剛腕から生まれた棍棒による薙ぎ払いの一撃の威力を完全に防ぐ耐えきることができず、容易にその身を浮き上がらされ、吹き飛ばされてしまう。

 

「ッ……!」

 

そうして宙へと浮いたパラ子の体は、そのまま数メートルほども移動すると――、

 

「ギッ……!」

 

やがて体の側面から地面へとたたきつけられた。反射的に受け身をとったパラ子は、しかし数メートルもの高さから落下した際の衝撃と柔軟かつ弾力ある泥の地面のせいだろう、数度バウンドしたのち、力なく横たわる。遅れて振り回しの際に発生した風が、辺りに吹き荒んだ。

 

「ク……、ハ……」

 

パラ子は肺の中の空気を吐ききってしまったのだろう、空気を求めるように両手を動かそうとして――、

 

「ア……、グ……」

 

しかし途中で腕をおろしてしまう。見えれば盾とスキルに守られていたはずのパラ子の両腕は、あらぬ方向に曲がってしまっていた。守りのスキルが働いている状態で、守護の技術に長けたパラ子が敵の攻撃をそらしただけでこれなのだから、一撃をまともに受けたのならば、おそらくパラ子は即、死に至っていたに違いない。それを思えば、腕が折れる程度のダメージで済んだことや、脳震盪や意識の喪失が起こらなかったという事態は僥倖として喜ぶべきことなのだろう。

 

「ウ……、グ……」

 

だが、両の瞼をぎゅっと閉じて、瞼のふちからは涙がこぼし、涎が周囲に飛び散ることを気にすることもなく、折れた両腕を微かに動かしながら、泥の地面の上を悶えて転げるパラ子を見ると、そんな事態を幸運と言い切ることは憚られる。

 

「師匠っ!」

「パラ子ッ!」

『なんという無茶を……!』

 

彼女のさまを見た三者は、反射的に三様の言葉を放ちながら彼女へと近寄ろうとした。だが――

 

「――……っ、いけない、散って!」

 

無論それを見逃してくれる敵ではない。慌ててクイックドロウで腰元のホルスターから銃身を解き放つ同時に、コルトライトニングに残っている銃弾すべてを敵の左右の眼球めがけて解き放つ。直進した銃弾は即座にすぐそこにいる敵の顔面へと吸い込まれてゆき――

 

――■■ッ!

 

敵の視界を一時的に遮る目くらましとなる。銃弾はまた同時、意識外から突き刺さったが故だろう、敵は目元を手で覆い、よろめかせてもくれていた。その隙をついて急いで十数メートルほど放てた場所で倒れ伏しているパラ子らの元へと駆け寄る。

 

「師匠! 今治しますからね!」

 

すると言いながらメディ子がパラ子の折れた腕から盾を取り外す姿が目に映った。言葉と同時、焦燥浮かんでいたメディ子の顔は一瞬にして冷静なものとなる。このあたりの切り替えの早さはさすが一流の冒険者だといえるだろう。

 

「ガン子! これ持ってて!」

 

メディ子はそして、ガン子に指示を飛ばしながら盾を放り投げると、カバンから薬瓶を取り出した。

 

「わかっ――」

 

そしてガン子がパラ子の盾を受け取って返事を返すよりも前――

 

――■■■■■■■■■■■■ッ!

 

十数メートル離れた場所にいる巨人は怒りをその雄たけびに乗せながら、再起動を果たしていた。

 

「――ッ」

 

一同の視線が巨人へと向けられる。

 

――■■■■■■■ッ!

 

そうして三人と一匹の視線を一身に浴びた巨人は、先ほどよりもさらに興奮した様子でいきり立ち、憎悪の声をまき散らす。空気中を伝播してやってきた咆哮には先ほどよりもさらに密な、必殺の意思が込められていた。

 

――■■■ッ!

 

パラ子の活躍により攻撃を防がれた敵は、今度こそ敵を確実に仕留めるという意思による行動なのだろう、巨人はこちらへと体を向けなおすと、一歩、二歩と踏み込んだのち、瞬時に己の最速を発揮すると、両手にしっかと握りしめた棍棒の一撃を思い切り両手で握りしめ、背中の後ろにまで振りかぶる。その神速の踏み込みと露わになった殺意の証を見た瞬間、これまでにないほどの死の未来を予測させられた。

 

巨人の攻撃は、片手ですらパラ子の守りを貫き、守りに長けた彼女を戦闘不能状態に陥らせるほどの威力があるのだ。ならばそんな敵の両手を用いて行われる振り下ろしの一撃は、間違いなくパラ子の周囲に群がっている自分たちを全員葬り去るだけの威力を秘めている。あれを喰らってはならない。あれは絶対に回避しなければならない類の攻撃だ。そんなことはそれこそ分別のつかない子供にだってわかる理屈である。だが――

 

――パラ子さんが……!

 

ここには今、倒れて動けない人間が――、パラ子がいる。彼女は、自分たちを助けるためにその身を盾として敵の攻撃の前に立つことを迷わない人間だ。そしてまた、彼女がこのように倒れ気絶してしまっているのは、彼女がそんなほかの誰か――、メディ子とパラ子を死の脅威から守るために行ったが故の結果である。そんな彼女を見捨てて、自分たちだけ助かるなどという選択肢を取ることを、自分はもちろんのこと、そんな彼女に助けられたメディ子やパラ子だからこそ、許容するはずがない。

 

――どうすれば……!

 

回避するしかない攻撃をどうにかして防がねばならない。反射的に手にしていたコルトの銃弾を先ほどのように敵の顔面にぶち込もうと構え、そして鳴り響く、かちん、という音に、自分の失態を認識する。弾は先ほど打ち尽くしていたということを失念していたのだ。

 

――間に合わないっ……!

 

銃で敵の行動を阻害するという手段はもう取れない。もう彼女らを死から遠ざけるためには、あの攻撃を防ぐしかない。だがどうやって――

 

「……っ、パラ子! 盾、借りるわよ!」

「う……、あ……」

 

おそらくは自分と同じような結論に達したのだろう、自らたちに迫りくる脅威に気づいたガン子は、動揺したメディ子と横たわるパラ子を見やると、一瞬顔をしかめさせた後、覚悟を決めた様子で倒れたパラ子の腕から盾を奪い取り、立ち上がると頭上に構えた。先ほどパラ子がやったことを今度は自分がやってやろうという算段なのだろう。しかし――

 

『無茶な! 本職のパラ子ですら厳しい一撃を、そうでないおぬしにあの攻撃が防げるわけが――』

 

そうして盾を構えるガン子の守護はあまりにも頼りなかった。パラ子よりも小さな体躯のガン子は、パラ子のように大きな盾をしっかりと支えることすらできていない。攻撃を防ぐどころか、盾を頭上に掲げて支えるのが精いっぱいのありさまだ。

 

「――だからといって、パラ子を置いて逃げるわけにもいかないでしょう!」

 

無論、ガン子とて自らがこの敵の攻撃を完全に防ぎきれるなどとは考えていないのだろう、感情的に叫ぶ。

 

「ライドウッ、二人を連れて逃げて!」

 

ガン子の声には、たとえ我が身を犠牲にしてでも彼女たちは助けてみせるという覚悟の色が宿っていた。だが無論、命を捨てる覚悟した程度で、彼我の実力差や今目の前で起こっている物理現象をひっくり返せるほど、世界は甘くない。

 

「――ダメですっ、それじゃ無駄死にだ!」

 

敵に物理攻撃は通らない。パラ子はこの場から動けない。パラディンでない小柄のガン子では、敵の攻撃を防げないことは明らかだ。自分が刀をもって突撃したところで、物理攻撃の通らない相手に対して、何をどうすればいい。すぐそこで敵はすでに両手を振りかぶっている。もう時間は残されていない。取れる手段がない。銃でも剣でもだめだ。ああ、せめてこんな時、悪魔管があったなら――

 

「――っ!」

 

勝ちの芽を探して周囲を見渡し、ないものねだりをしていたそんな時だ。倒れ伏したパラ子の腰のポケットから、見覚えのある特徴的な文様刻まれた銀の管が目に映る。瞬間、背筋を電撃が走り抜けていった。

 

――……まさかこれはっ

 

慌て手を伸ばせば、銀の管は確かに自分の手へと収まった。自らの体からマグネタイトを注ぎ込むと、中に閉じ込められている悪魔の情報を認識することができる。幻覚ではない。これは本物の――

 

「――自分の悪魔召喚管!?」

『なんじゃと!?』

 

ゴウトが声をはり上げた。

 

――■■■■■■■■■■ッ!

 

同時、耳元にそれ以外の音が入り込んでくる。目線を上げれば、棍棒を振りかぶる巨人と目があった。視線には必殺の意志が宿っている。

 

――だがもう絶望はない

 

なんの因果か、自分の手には、本来あるべきものがきちんと収まっている。悪魔召喚師が悪魔召喚師と呼ばれるがゆえんのものが、この悪魔召喚師葛葉ライドウの手中に収まっている。ならば

 

――もはや目の前の敵を恐れる理由などありはしない!

 

銃の代わりに管を前方に付きだす。マグネタイトをさらに管へと注ぎ込むと、管の中の悪魔が呼応して返事を返してきてくれた。管の中に収められている悪魔は、かつてライドウが従えていた悪魔の中でも指折りの実力者。

 

かつてケルトの国において影の国の女王の呼ばれた、死神にして美しい女神。その名を――

 

「――召喚!スカアハ!」

『よう呼んでくれたな、ライドウちゃん!』

 

呼ぶと同時に、黒いヴェールを纏った女が笑みを浮かべながら管より具現化し、飛び出して、目の前の死の具現へと突撃した。

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