Fate/ Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜   作:うさヘル

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(前転無敵)のようなゲームシステム上の都合的な部分を独自解釈してます。ご了承下さい。


第二十二話 世界樹の迷宮 −the phantom atlas− (九)

「あらま、こら確かに強力な攻撃やねぇ」

 

陶器人形(/ビスクドール)のように真っ白い肌。一目で鍛え上げらえれているとわかる、細身ながら筋肉質の豹のごとき体。左頬に刻まれた薔薇の入れ墨。羽織るマント、被った鍔広帽子、手足の肘、膝近くまでを覆う手甲足甲のような布地、胸と陰部とを隠す下着に至るまでが、死を想起させる黒色にて染められているその出で立ち。相対する巨漢が振り下ろす巨大な棍棒に対して真っ向から突っ込んでいくそんな姿をした女性は、間違いなく自身が元の世界において使役していたスカアハと呼ばれる悪魔の姿に間違いなかった。

 

「でも――」

 

スカアハ。それはアイルランド神話、あるいはケルト神話において登場する影の国の女王の名前だ。ケルト神話における大英雄クーフーリンに魔槍ゲイボルグの使用法、およびその他戦闘術を教えたという伝承を持つ彼女は、当然ながら、かの大英雄クーフーリンに負けぬ、それどころか勝るほどの戦闘力を保有している。

 

「こんな技術も何もない力任せの攻撃にまともにあたってやるわけにはいかないねぇ」

 

言いながらスカアハはニヤリと唇をゆがめた。その微笑みは妖艶にして自身に満ち溢れている。笑みは事実としてスカアハが心底、目の前に迫っている棍棒の振り下ろし攻撃を脅威に感じていないという証左でもあるといえるだろう。

 

「――■■ッ」

 

笑みに触発されたかのように、振り下ろされる棍棒の勢いが増した。先ほど巨漢が片手で繰り出した棍棒の一撃は、パラ子という彼女が敷いた優れた守りすらも打ち砕いた。ならば今巨漢が両手をもってして繰り出しているその一撃は、単純に考えて先ほどの攻撃の倍程度の威力を保有しているということになるはずだ。

 

「事実を指摘されて怒ったかい? でもだからといって、おばちゃんはあいにくと、子供の癇癪じみた一撃を受けてやるわけにはいかないのさ! ――ラク・カジャオン!」

 

だがそんな死を具現させる凶暴な棍棒の一撃を、スカアハは自らの体捌きと自らの体に秘められた豊富なマグネタイトを利用して物理攻撃に対する防御力あげるスキル『ラク・カジャオン』を発動させると、真正面から素手で受け止め、そしてそのまま難なくいなして見せる。そうして進行方向を強制的に変化させられた巨人の棍棒による一撃は、唸る風切り音を立てながらすぐさま泥の地面と接触すると即座に地面を打ち砕き、ライドウらのいるすぐ真横から広範囲にかけてを吹き飛ばした。

 

「きゃあ!」

 

メディ子は寝転ぶパラ子の体にしがみつきながら悲鳴を上げる。

 

「くっ……!」

 

ガン子は片膝を立てた姿勢で泥の地面が削られることによって発生する振動に耐えながら、構えた盾を用いて自らたちに降りかかってくる泥の破片を防いでいた。

 

『ぐ……』

 

ゴウトはそんなガン子の側で振動に耐えるために必死で足を踏ん張らせている。

 

「――■■■■ッ!?」

 

そしてそんな地面が吹き飛ぶという現象を引き起こした張本人は、どう見ても自らの半分以下の大きさしかない細身の女性に自らが繰り出した渾身の一撃がいなされたという事実が信じがたかったのだろう、四角四面の顔についた目口を大きく開き、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「おや、この程度で驚いたのかい? 大きななりしてなんて見掛け倒しだい」

 

そうしてけなす言葉をひどく冷たい視線ともに巨漢へと投げかけたスカアハは空中に浮いたまま体を器用にねじると、その細く白い足をしなやかにしかし力強く動かして巨漢へと突き出す。

 

「これじゃあ、オイフェの配下の奴らの方がよっぽどまともな肝っ玉と腕っぷしをしているよっ!」

「――■■っ!」

 

繰り出された蹴りの一撃は巨漢の胸元へと突き刺さり、スカアハの数倍もの大きさであるその男は先ほど浮かべたものとはまた別種の驚愕の表情を浮かべつつ空中を滑るようにして吹き飛んだ。

 

「おや?」

 

おそらくはその蹴り心地に違和感があったのだろう、スカアハが顔に疑問の表情を浮かべる。対してやがて数十メートルも離れた位置にまで吹き飛ばされた巨漢の男は、やがて地面へと両足で着地すると、すぐさま自らを吹き飛ばしたスカアハの方を見やり彼女の姿を視界に収めた。

 

「――■■■■■■」

 

男はそして目を細めると口をしっかとかみしめて、驚愕ばかり浮かべていた顔面を真剣なものへと変化させつつ、何らかの言葉を呟く。すると男の言葉に反応するかのよう、部屋の中央に浮かんでいる黒い球体の表面が蠢いた。

 

「物理無効化――、いや、蹴りが通用したところを見ると――、最高クラスの物理耐性持ちかい? こりゃ厄介だねぇ……」

 

一方スカアハは、面倒くさそうに呟くと、腕を組んでしかめっ面を浮かべる。

 

「おばちゃん、魔術攻撃的なスキルはあんまり得意じゃないんだけど……」

 

スカアハは元は影の国の女王であると同時、ケルトの女戦士だ。ケルトの戦士は直接戦闘によって決着をつけること誉れとする傾向にある。無論、ドルイドである彼らはまた当然の技術として、炎や氷、雷といった自然現象を操る術も身に着けているが、彼らのそれはあくまで儀礼や補助的な立ち位置のものであり、それゆえだろう、基本的に彼らケルトの戦士たちは自らの基礎身体能力を向上させるスキルばかりを好んで習得し、そちらの方面の魔術に長けている傾向にある。そう。彼らは魔術師ではなく、戦士なのだ。だからこそ彼らは、どちらかといえば、魔術戦というものを得意としていない。

 

「――助かった、スカアハ」

「おや、ライドウちゃん。無事でよかったよ」

 

話しかけるとスカアハは、表情を柔らかい安堵の笑みへと変化させつつ、言う。

 

「――ええ」

『助かったぞ、スカアハ』

 

そしてゴウトの声が聞こえてきた方を振り向いてみれば、ゴウトはいつの間にか空中に浮くスカアハの目前、つまりは自分の足元の横にまで近寄ってきていた。助かったという安堵からだろうゴウトは珍しく毛並みの良い尻尾を左右に揺らし、喜びの感情を露わにしている。

 

「悪魔召喚師(/サマナー)を守るのが私らの使役悪魔の役目だからね。ま、もちろんそんな関係抜きにしても、ライドウちゃんのようないい子を守るためなら、おばちゃん、張り切ってライドウちゃんの味方するけどさ」

「――恐縮です」

「あら、本当に素直でいい子だねぇ。――それにしてもなんだい、あの敵は」

 

スカアハはライドウに向けていた視線を巨漢の男の方へと向けなおすと、言う。

 

『どういうことだ?』

「確かに力はある。危機を察知したのなら、たとえ相手が自分より小さな相手であろうと様子を見るような戦いの心得も備えている。だっていうのに――」

 

言いながらスカアハは数十メートル離れた位置に待機している巨漢の男を指さし、続けて抉れてへこんだ泥の地面へとその指先のを指さすと、首をかしげながら続ける。

 

「それに反して、技術が追い付いていない。なんていうのか、粗いというか、雑というか、自分の力を持て余しているというか、そんな感じがあるんだよねぇ。――ゴウトちゃん。あんた、博識なんだろ? あの悪魔の正体、なんか、心当たりないのかい?」

『ふむ……』

「――スカアハ。この世界は自分たちが元々いた世界とは違う世界であり、魔物という悪魔とはまた異なった輩が闊歩する世界だ。故にあれが悪魔とは限らない――」

『否、ライドウ』

 

ゴウトは自分が言いかけた言葉を否定しつつ、マグネタイトの色に輝く緑の瞳で離れた場所にいる敵の体をじっくりと眺めながら言う。

 

『獅子の皮、棍棒、弓、そして攻撃の効かぬ戦神のような鋼の肉体にバビロニア……、というよりはエジプトからバビロン、タルスス、リディア、メディア、ギリシアの地域において広く行われていた布の纏い方をしている……。そしてエミヤたちによれば、この世界は我らと同じような歴史をたどり、同じような伝承も存在していたというではないか。――ならば、あれは儂の知識の中に存在している悪魔のいずれかである、という可能性も高い』

「――なるほど」

『そしてまた、『桜』とやらがいうように、泥がこの世界に存在した人間をも含んでいるというならば、例えば奴がかつて悪魔化する丸薬を飲んだ人間たちのように悪魔の力を得て変貌してしまった存在であるという可能性もありうる。それらば、スカアハのいうところの、『力量はあるのにその保有している力を持て余している』という意見にも特徴として当てはまろう。すなわち、奴はおそらく、バビロニアにおいて広く信仰された戦神マルドゥクか、アッシリアの死神ネルガル。あるいはアナトリア半島周辺、ルウィ族に信仰された太陽神サンタス。もしくは……』

「――」

『――バビロニア王族の騙りによってリディア王国の祖となった、ギリシャ神話の大英雄ヘラクレスの力を埋め込まれ、そんな悪魔たちの力を手にした、元はただの普通の人間なのだろう』

 

 

「■■■■■■ッ!」

 

そうしてゴウトが最後にギリシャ神話に伝わる最大の英雄の読んだ名を途端、離れた場所に佇んでいた巨漢の男は大きく咆哮した。

 

「――!?」

『なにっ!?』

 

次の瞬間、巨漢の頭上、部屋の中央に浮遊していた黒い泥の球体は大きくうごめき、巨漢の全身を包み込んでゆく。

 

「――なにを……」

 

続けて男の体に纏わりついた黒の泥は緑色のマグネタイトへと変換されてゆき、生まれたマグネタイトは露わになった巨漢の男の体の表皮より彼の体内へと侵入していった。体内へと侵入したマグネタイトが変化の起爆剤となったのか、男の体は鋼鉄の色に染まってゆくにつれてその輪郭もはっきりしたものへと変化し、存在感がより強大なものへとなってゆく。

 

『しまった……!』

 

ゴウトが顔をしかめさせながら言う。

 

『悪魔と呼ばれる種族は、人間にそうであると認識された瞬間、世界により強く影響を及ぼせるようになる……! すなわち儂が奴の名を呼び、ライドウらが奴の真名と正体を認識したことで、奴に悪魔としての真なる力を取り戻させてしまったのか……!』

 

自らの失態を悔いているのだろう、ゴウトの言葉は憎々しげだった。さなかにも敵の放つ気配は強大なものとなってゆく。筋骨隆々の巨体はさらに鋼鉄色へと近づき、もはや巨漢の男の肌の色は鼠色に近いものとなっていった。

 

「――ゴウト!」

 

膨れ上がってゆく増大する気配が焦燥を生み、呼びかけを強いものとした。

 

『すまん、ライドウ! だがこれではっきりしたおそらくあれは――』

 

問いかけにゴウトは謝罪とともにこちらが欲しい言葉を口にしようとする。

 

『悪魔ヘラクレスだ! ならば弱点は――』

 

そこまで言いかけた瞬間、巨漢の男――、否、ヘラクレスの全身より放出されていたマグネタイトの光が完全に体表から消え失せた。同時に全身をすさまじい悪寒が貫いてゆく。反応して視線をヘラクレスへと向けた直後、敵の姿がぶれて、消えた。

 

「――っ、離れてください!」

『うぉっ!?』

「――スカアハっ!」

 

言葉が終わるよりも前にゴウトの首根っこをつかんでパラ子らの方へと投擲すると、空中にスカアハに呼びかける。

 

「了解だ、ライドウちゃん!」

 

するとこちらの意図を読みとってくれたのだろうスカアハは伸ばしたこちらの左手をつかむと早急に浮き上がり、猛烈な速度で移動して泥の地面の上に固まっているゴウトやパラ子たちから距離を取った。

 

『ライドウ、何を――!』

 

サーカスの曲芸よろしく、浮かび上がりながら遠ざかる自分とスカアハを見てゴウトは叫ぼうとし――、

 

「■■■■■ッ!」

『――っ!』

 

しかし途端、襲い掛かってきた暴れ狂う風によってゴウトの言葉は遮られていまう。浮かび上がる直前自らたちが存在していた場所には巨大な足跡が轍のごとく残っていた。その足跡の轍を追ってやれば、その終端である少しばかり進んだ場所には、魔神のごとき強大な気配を放つヘラクレスがいる。彼女に左手を預けたまま我ながら器用に右手だけを用いて新たな弾丸をコルトライトニングに装填すると、無駄だと悟りつつもヘラクレスの頭部めがけて連射する。片手で反動を無理やり抑えつつ連続して発射された弾丸は、やがて空中を直進すると目的地であるヘラクレスの後頭部にまで到達。しかしやはり先ほどと同じよう、頭部に生えている荒々しく逆立つ髪や頭を覆う獅子の毛皮に拒まれて、あらぬ方向に反射されてしまう。

 

『……ライドウッ!』

 

ヘラクレスに銃による攻撃は通用しない。敵は銃や剣といった物理攻撃によるダメージを零にする物理耐性を保有している。そんなことは百も承知の上だ。だがそんな事実を理解しつつも、再びシリンダーの中の空の薬莢を取り出して火薬が充填されたものと交換すると、コルトライトニングの銃口をヘラクレスへと向けて連射する。やがて先ほどと同じような軌跡を描いてヘラクレスの頭部へと到達した六発の弾丸は、やはり先ほどと同じように頭部に触れることすらなく弾かれ、跳弾は泥の地面の上へと着地し、そのまま泥の中へと消えていってしまう。

 

「■■■■■■■■……」

 

そうして再び弾丸を撃ち込まれたヘラクレスはゆっくりこちらの方を振り向いた。そうして向けられた視線は焦点が合っていないかのように揺らいでおり、起き抜けに東天紅を浴びせられたかのような不機嫌と苛立ち交じりの如きものである。だが意識の混濁らしき兆候があったのもつかの間、ヘラクレスはやがてそのくすんだ色の両目の瞼を細めて視線をより鋭利なものへと変化させると、次の瞬間には突如ぎょろりと瞼を見開き――

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

 

両腕を広げて胸を開きつつ、天をも揺るがす勢いで大きく咆哮した。

 

「――っ!」

 

殺意と憎悪の含まれた音の振動が全身を揺さぶってゆく。音節も何も存在しない単音の集合体は、しかしだからこそどこまでもはっきりとヘラクレスの抱いている感情を表現していた。肌から染み入ってきた音は悪寒へと変化し、体内の中心へと集い、心臓と脳を震えさせてゆく。そうして吠えるヘラクレスから生じる迫力は、先ほどまでの奴のそれが児戯であったのかと感じてしまうほどに、すさまじいものだった。

 

「おおぅ、こりゃ……、寝た獅子を起こしちまったかね」

 

自分の手を取り飛行しているスカアハが、その整った顔の額に冷や汗を浮かべながらつぶやく。唾液を嚥下したのだろう、浮遊する体が一回だけわずかに上下した。おそらくギリシャ神話における大英雄の覚醒の咆哮はアイルランド神話において影の国の女王として名高いスカアハの精神を揺さぶり、彼女に死の恐怖を思い出させたのだろう。

 

「■■■■■■■■……」

 

そして帝都の守護者として戦闘時において余分な感情を切り捨てる訓練を行っている自分と影の国の女王として名高い女傑に負の感情を抱かせた存在は、手にしていた巨大な棍棒を地面に落とすと、背負いこんでいた弓を左手で構え、右手で弦をひきはじめる。だが弓には矢が番われていない。あれでは弦をはじいたところで震える音が周囲に響き渡るだけだ。まさかギリシャ神話の大英雄が、日本の陰陽師よろしく、魔除けのために鳴弦の儀を行おうとしているわけでもあるまいし、一体奴は――

 

「――何を……っ!」

 

言いかけて、ひどい悪寒が全身を駆け抜けた。肌がざわめく。全身の産毛が瞬時に逆立った。胸を締め付けられる感覚に誘導されるかのように口を開くと、その名を呼ぶ。

 

「――スカアハッ!」

「……了解っ!」

 

自分と同じ不穏な気配を察知したのだろう、飛行していたスカアハは名を呼んだだけでこちらの意図を察知し、握りこんでいた自分の左腕を離すと振り向き、腰に手を当て、敵を見据える姿勢に構えた。彼女がそうして戦闘態勢を取るのに少し遅れて地面へと着地した自分も拳銃をホルスターへとしまいこみ、刀剣「赤口葛葉」を抜き放ち、ヘラクレスの方を向く。空中で自重を支えていた左腕から痺れが失せてゆくと同時、痛いくらいに血の気が巡り、指先に至るまでが熱くなる。遠くに離れた場所にいるヘラクレスの小さな動きすらもを見逃さぬとばかりに意識を奴に集中させると、視線はヘラクレスの口元がわずかに動く場面と、ヘラクレスの指が弦より離されるその瞬間をとらえ――

 

「――■・■■■■■」

 

耳孔は聞こえないはずのそんなヘラクレスの呟きまでをもとらえていた。全身を走る悪寒が怖気へと変化する。直後、眩い光が弓と弦の間に生まれ、放たれた。

 

「――っ!」

「な……!」

 

生じた光は九本の矢となり、こちらへと飛来してくる。それはもはや光の矢ではなく、光線だった。見た瞬間、回避は不能だと直感する。それは絶技。それは魔技。それはおそらくヘラクレスという大英雄が持つ、彼が生涯において出会ったあらゆる試練を打ち砕いてきた必殺の技なのだろうと否応なく理解させられた。光が迫ってくる。死を予感させられた。無論、このまま死んでやる気なんぞ毛頭ない。あちらが必殺の技を繰り出すというならば、こちらも悪魔がいるときにのみ可能となる技を出すまでのこと。

 

「――スカアハッ!」

「了解だ、ライドウちゃん!」

 

覚悟は一瞬、決断は瞬間。瞬時に胸元のホルスターより取り出した悪魔召喚管へとマグネタイトに戻ったスカアハを収納すると、迫りくる光線を見据える。それは悪魔のいる今だからこそ可能である技。悪魔というこの世界とは異なる位相のずれた世界を作ることのできる存在がパートナーだからこそできる、葛葉の里の中においても秘中の秘として伝えられる、帝都の守護者だからこそ使用が許可される奥義。

 

「――」

 

迫りくる光の矢に対して、真正面から相対する。触れれば死に至るだろう死神の牙は、一部の狂いもなくこの身を狙ってきていた。

 

――好都合だ。

 

死を具現化させる攻撃に対して、真正面から突っ込んでゆく。攻撃との接触のタイミングを予測し、瞬間だけ悪魔の力を借りて前方に最小限の異界を生み出し、可能な限り身を小さくかがめ、その中へと我が身を放り込んだ。すると自分の体は一瞬だけこの世から消え失せ、攻撃は当たるはずであった九つの光線はそのまま通過して、泥の地面へと激突し、汚泥をあたりへと巻き散らしてゆく。

 

「■■■■■!?」

 

そうして瞬間ののち、スカアハ強力の元作り上げた異界から抜け出て、異界を消失させ、立ち上がり敵の方を見やれば、自らの必中必殺の攻撃が空を切るという出来事があまりに予想外だったのだろう、光景を目撃したヘラクレスの顔には驚愕の表情が浮かんでいるのが目に映る。ヘラクレスは珍しく、動揺したかのようだった。好機であると反撃の手段を探すも、これだけ距離の離れた場所にいる物理耐性を持つヘラクレスに対して決定打を与えられる手段を今の自分は持ち合わせていない。ショルダーバックには属性弾や傷をいやすための回復薬しか入っていないし、補助や回復、物理攻撃を得意とする悪魔スカアハにあのヘラクレスの物理耐性を貫くほどの威力の攻撃を望むのは酷というものだろう。思い悩む間にも時は過ぎ去り、やがて正気を取り戻したのだろうヘラクレスの瞳に色が戻ってゆく。

 

「■■■■……」

 

そしてヘラクレスは小さく唸り声をあげると弓を背に収め、泥の地面へと転がしていた棍棒を再び手にした。おそらくは今のたった一回のやり取りで、自身の持つ射撃系の技ではこちらを仕留めることはできないとの判断を下したのだろう。自身の必殺の技が破られたにもかかわらず冷静に受け止める度量といい、自身の必殺が無効化されると知るや否や即座に有効打を与えられそうな武器に変更する判断力といい、流石ヘラクレスは大英雄の名に恥じない精神性を保有している。

 

「――」

 

もはや今しがたのような小細工は通用しないだろう。敵の意識がこちらに集中してくれたことだけはありがたく思えるが、自分はこれからあの物理攻撃に対して高い耐久性を持つ大英雄と真正面から切り結びあわなければならないのだということを想像すると、それだけで身が震える思いがする。そんな戦いのさなかに自分はあのヘラクレスを打ち倒す手段を見出さなければならないことを考えると、それだけで眩暈を催しそうだった。とはいえ、かの英国の詩人が言ったように、過剰の道が知恵の宮殿に通じ、慎重とは無能に求愛された富める醜い老女の如きものであることは確かだろう。戦いの突破口は常に戦いの中より見出すしかない。事前に準備を怠らず入念に行い、それでもなお想定外のことが起こるのが悪魔との戦いというものだ。そして自分は今まで、そうして襲い掛かる七難八苦を退けてきた。

 

――戦いの中に活路を見出す

 

決意を胸に、覚悟を決めなおすと体の震えは止まっていた。ヘラクレスの視線を真正面から見返すと、大英雄は唇を釣り上げて笑い、しかしすぐ後に顔面から感情を失せさせてゆく。わずかばかりの高揚感を得たとき、ヘラクレスの体はぶれて、その場から消えていた。否――

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!」

 

ヘラクレスは雄たけびとともに、目にも止まらぬ速度で駆け抜けてくる。

 

「スカアハッ」

「任せなっ!」

 

迫りくる巨体を前にこの場において最も信頼できるパートナーを呼び出すと、彼女とともに迫りくる脅威と相対する。瞬間ののち、大地を揺るがす音があたりに大きく鳴り響いた。

 

 

ライドウ、スカアハとヘラクレスの戦いは時を重ねるごとに苛烈さを増してゆく。ヘラクレスの一撃が振り下ろされるたび、空を辷る攻撃は吹き荒れる暴風と風切り音を生み、大地は割れ、汚泥があたりに飛び散らされる。一撃一撃がすべて必殺の連撃をライドウとスカサハは果敢な見事な身のこなしで回避するも、二人はそれ以上の行動をとることができていない。二人の持つあらゆる攻撃手段が目の前の敵に対して通用しないことを二人は知っているからだ。攻撃を回避する二人の瞳は曇っておらず、いまだに眼光は鋭いままである。二人は、敵に攻撃は通らないが、しかし敵の攻撃は命中、即、死などという不条理にめげることなく、いまだヘラクレス打倒のための手段を模索し、隙を見つけては反撃を繰り返している。だが――

 

――なんという男だ……!

 

斬撃、銃撃、属性弾、刺突、打撲。二人はそれらの攻撃をヘラクレスの攻撃の間隙を縫って人体の脆き急所たる眼孔や口腔、鼻、脇の下、頭頂部、へそ、股間などに容赦なく叩き込むも、ヘラクレスと呼ばれる大英雄は二人が繰り出すそれらの猛攻をまるで意にも介することもなく、反撃の一撃を繰り出して目の前の敵を叩き潰そうとする。二人の攻撃はヘラクレスの纏う獅子の毛皮も、布切れも、皮膚も、髪ですらも傷つけることができていない。それはまさしく巨人と蟻の戦いに等しかった。

 

あるいは、巨漢が棍棒を振り回し、自身の半分ほどの大きさもない小さな二人を仕留めようとするヘラクレスの姿は、まるで飛び回る蠅や蚊を叩き落とそうとしているかのようにも見える。否、事実としてあの物理攻撃も属性攻撃をもほぼ無力化する大英雄にとって、主たる攻撃手段が物理攻撃に特化しているあの二人はまさに目障りなだけの羽虫に過ぎないのだろう。そう。おそらくヘラクレスにとって、これは戦いでなく、ただの虐殺――、試練どころか戦いですらなく、単なる虫退治に過ぎないのだ。

 

――どうする!? どうすればいい?

 

ヘラクレスの棍棒が大地を砕くたび、そんな言葉が脳裏で幾度も谺した。目の前で繰り広げられる戦いとすら呼べないを目前にして、あらゆる混乱の思いが噴出し、交錯する。ヘラクレスの持つ高い物理、属性耐性との前には、ライドウの赤口葛葉による一撃や、ガン子が銃より放つ属性弾による攻撃。そしてスカアハという優れた体術を用いる女神の攻撃すらも通用しないと判明している今、所詮は猫の体でしかない自分が加勢したところで、それこそ猫の手ほども役に立たないだろう。今の自分にあるのは賢しくも長年の間にため込んできた知恵ばかりである。ならばそれを用いてヘラクレス打倒の突破口を見つけることこそが、今の自分にできる彼らに対する唯一の貢献というものだろう。だというのに。

 

『ええい、常なら余計なくらいに働くくせに、こんな時にばかり……!』

 

常ならば知識の欠片が収集されている脳髄の中には今、混乱と焦燥が入り交じって飛び回っており、その知識を引き出すことができずにいる。目の前で自らのパートナーが当たれば死ぬ攻撃に身をさらされ続けているという事実が余計に思考を攪拌させ、思考を上手く巡らせることができていない。頭がまともに働かないという醜態をみじめと思う感情がさらに余計な焦燥を生み、思考の巡りはさらに悪いものへとなってゆく。

 

「……う」

「師匠!」

「パラ子!」

『む――』

 

そうしてまさに混乱の渦中にあった思考の悪循環を断ち切り、現実へと引き戻したのは、地面に倒れ伏しているパラ子の目覚めを喜ぶメディ子とガン子の声だった。

 

「無茶をして、まったく!」

「ほんとですよ師匠! 死んだらどうするんですか!」

「ラ、ライドウは……」

 

喜色含んだ声で悪態つきながら自らの顔を覗き込んでくる二人の呼びかけを無視して、意識はいまだ半分も覚醒しておらず、美麗な鎧は喀血に汚れており、両腕の骨折は治癒されたばかりで違和感も残っているだろうパラ子は、この場にいない自らが庇った男のその名を呼ぶ。瞬間、全身を羞恥と驚愕と歓喜の感情とが走り抜けていった。新たに生まれた感情がそれまで脳裏に渦巻いていたすべての余計を洗い流し、体の外へと排出してゆく。

 

『ライドウはお主のおかげで無事だ、パラ子』

 

思考から余計が失せ、視野が広がってゆくことを自覚すると、この場にいるのは自分のみでないことを思い出す。

 

『じゃが、今再び、奴は窮地に立たされておる』

 

自分一人では事態の解決に至る答えを導き出せなかった。しかし、ここには自分とは全く異なる知識を持つ彼らがいる。彼らの力を借りれば、あるいは何かしらの策が思いつくかもしれない。

 

『力を貸してほしい。解決のためにはお主らの知恵が必要だ』

 

語りかけた言葉に三人が同時に頷く。その光景はなんとも頼もしいものだった。

 

 

「状況は?」

 

パラ子は起き上がると己の盾をガン子より受け取りつつ、早速尋ねてきた。

 

『ライドウがお主の持っていた悪魔召喚管に閉じ込められていた悪魔『スカサハ』を用い、あの悪魔『ヘラクレス』と応戦中だ。ただし、お主らも知っての通り、悪魔ヘラクレスは強力な物理耐性を保有しており、基本的に物理攻撃を得意とするスカアハや銃や剣を獲物とするライドウでは奴の守りを突破することは難しいだろう』

「ええと、それに相手に状態異常をもたらす薬や、ライドウさんやガン子の属性弾とかも効果なかったんですよね」

「むぅ……」

 

パラ子は腕を組み、顔をしかめさせる。表情は、手詰まりじゃないか、と思っていることがありありと察せられるものだった。

 

『本来ならばライドウもあの手の物理耐性持ちと相対した時のためにいくつもの悪魔を保有しているのだが、今、ライドウの手持ちはあのスカアハのみだからな……』

「そうだ、師匠。師匠はライドウさんのあの銀の管、どこで手に入れたんですか?」

 

ため息交じりに言うと、メディ子がパラ子へと問いかける。

 

「ああ、いや、その、だな」

「大方、あの時魔物の体から拾ったのがそうなんでしょ」

「……うむ、その通りだ」

『おそらくは儂らの世界において蟲毒の泥の中に消えていったもののうちの一本が、そのまま溶けずに残り、泥の中より生まれた魔物の体に引っ付いておったのだろう。あれは悪魔のマグネタイトを封じ込めるために特殊な合金で鋳造されており、また、内外のマグネタイトが入り混じらぬようにするための術法がかかっておる故、マグネタイトによって引き起こされる事象に対して相当の耐久性を誇るからな。それ故にあれは蟲毒の泥というあらゆるものを融解させるはずの泥の中にあってもその形を保っておったのだろう。……時にパラ子。お主、もしやほかにも何本か管を拾っていたりは――』

「いや――、ない。私が見つけたのはあれ一本だけだ」

『――そうか……。…………残念だ』

 

重たい沈黙の空気が場を支配する。

 

「……そういえばゴウト。貴方、さっき、ヘラクレスの弱点がどうとか言っていなかった?」

『む……』

 

さなか、空気を割って飛んできた疑問の声に記憶を掘り起こされた。焦燥感からだろう記憶を忘却の彼方へと追いやっていたが、そういえば自分はあの悪魔の正体と弱点に思い至っていたのだということを思い出す。

 

『――そうであった。ガン子、感謝するぞ』

 

我事ながら何とも情けない醜態だと思いつつ、それを思い出させてくれたガン子に感謝の言葉を送ると、目の前の悪魔ヘラクレスの情報――弱点を口にする。

 

『……そう、その通りだ。奴の名前は悪魔ヘラクレス。ギリシャ神話に登場する多くの魔物を打ち倒し、苦難を踏破し、数多くの伝説を生み出した大英雄。だがその腕っぷしと技量、胆力により多くの試練を乗り越えてきた大英雄はその最後、とある存在の嫉妬と自らが滅ぼしたはずの魔物の強力な毒によって身を焼かれる運命を得てしまう。ならばかのもの唯一の弱点は――』

「……毒?」

 

パラ子の言葉に無言で頷き応答する。毒。古来より多くの権力者、有力者を葬り去ってきた、力のないものが力のあるものを仕留めるために有力な手段の一つ。ならばなるほど、ヘラクレスというギリシャ神話の大英雄に対して蟷螂の斧がごとき攻撃手段しか持たない我らが今欲する武器としては最も適当であるといえるだろう。

 

「毒って……、どんな毒でもいいのか?」

 

パラ子の言葉に首を振って答える。

 

『わからん。わからんが、ともあれ奴を打ち倒せる手段があるとすれば、伝承通り、奴を毒状態に陥らせたうえ、その体を炎に包む事こそが、儂に思いつく唯一のヘラクレス打倒の手段だ』

「……メディ子。毒の香って持ってきてたっけか?」

 

パラ子は神妙な顔をしてメディ子の方を振り向いた。

 

「いえ……、ありません。基本的に香の類は風向きとか注意しなくちゃならない代物ですし、それこそ専門家でないと上手く取り扱いできないから、どうしても優先度が低くなっちゃうんですよね……。特に毒の香なんかは、風向き次第で下手すると味方にも影響出ちゃいますし、優先度としては、アリアドネの糸、回復系の薬、水溶液、縛りの糸、身体能力向上系の薬と続いて、その次に余裕があれば、って感じですから……。一応、麻痺の香と盲目と石化だけは通常攻撃が効かない相手から逃げるのに役立つときが多いのでお守り代わりに持ってきていましたが、それもここに来るまでと、先ほどまでの戦闘の間に使っちゃいましたし……」

「ま、基本的に状態異常系や属性攻撃系が欲しかったらそれこそカースメーカーやアルケミストに協力を仰げはいいし、本当に余裕があった時に持って行って使うって代物だものね」

「ううむ……、まぁ、そうだよなぁ……」

 

話を聞く限り、どうやら彼らの知る道具の中には、毒の効力を発揮する『毒の香』と呼ばれる道具があるにはあるが、今彼らはそれを保有していないらしい。

 

『……主らはその毒の香をこの場で作り出せないのか?』

 

彼らの口調から戻ってくる答えをある程度想定しつつも、しかし一縷ばかりの望みにかけてその質問を口にする。

 

「それは……、その……」

「うーむ、私たちの中にそんな職に就いていたり、技術を持っている奴はいないし……」

 

言いながらメディ子の言葉を引き継いだパラ子は自らのカバンをひっくり返すと、これまでに打倒した魔物の体から収奪してきた品を泥の地面の上にばらまきながら言う。

 

「何より、その素材になりそうなものすらも手持ちにないからなぁ……」

 

パラ子のカバンから落ちたものをまじまじと眺めると、地面には、強敵『栄耀の潜航者』の核であった『ひずみの球核』や、途中で倒したメディ子が香で石化させて倒した、ふくよかな体を持つ『圧迫の牛魔人』が残した『硬化した角芯』。そして放置しておけばいくらでも増殖するという特性を持っていたが故に討伐せざるを得なかった『増殖する悪夢』から切り取った『悪夢の後髪』などが転がっていた。それらは確かに一目で見て強力な力を秘めているとわかるような代物であったが、また同時、確かにパラ子が言うように毒を秘めているとは思えないものばかりだった。

 

「私たちの手持ちにも」

「やっぱりないのよねぇ」

 

言いながらメディ子とガン子もバッグを逆さにして、二人の後に続いて今まで魔物より収集してきた物品を地面へとぶちまける。悪魔のような姿をした魔物の頭部より剥ぎ取った『漆黒の歪角』、魔力が大量に蓄積された爛々と輝いている『ー足の魔力晶』、猿型の魔物の細指より切り取った『研がれた鉤爪』、冒険者を嘲るような巨鳥から剥ぎ取った湾曲した見た目の『硬質な嘴』、ライドウが討伐した魔物より取れた三つの頭を持つ魔獣の犬歯、常闇の宙を悠然と泳ぐ白い怪魚のよくしなる軟骨などが視界に入り込んでくるが、やはりなるほど、彼女らが言う通り、どれも毒の成分を含んでいそうなものはない。

 

『ぬぅ……』

 

意識しないうちに声が漏れていた。毒。毒を生む悪魔。あるいは猛毒弾。それらのどれかさえあれば突破口が開けるかもしれないというのに、いざというときに限ってそれが存在しない。ままならないものだ。毒といえばこの地面の泥も生物を快楽をもってして廃人に追い込む魔性の毒性を保有してはいるが、その毒がこの泥の中より生まれた存在であるヘラクレスに対して効力を発揮するとは思えない。ああ、いや、それを思えば、毒の中より生まれた生物であるものから剥ぎ取った素材ばかりのこれらも、これらに仮に毒の成分が含まれていたとして、それがあの泥の中より生まれたヘラクレスに通用しない可能性の方が高いだろう。ならば――

 

――毒は泥の中より生まれたもの以外から抽出、あるいは精製されたものである方が望ましい……

 

毒といえば、もともと薬師の扱う分野だ。毒は適量用いれば、転じて薬と化す。毒と薬は表裏一体。ならば――

 

『メディ子よ』

「はい、なんでしょうか」

 

そんな薬を用いて人の体を回復させるスキルを使う、メディックという職業に就いているメディ子と呼ばれる彼女ならばあるいは――

 

『お主らメディックは薬草を煮詰めた液体を用いてスキルによる治療を行うのだろう? 古来より毒と薬は表裏一体。過ぎたるは及ばざるがごとしというし、そういった過剰な使用などによって毒となりうる薬などを持ってはおらんのか? 例えばチョウセンアサガオ、いわゆる曼荼羅家、ダチュラのような――』

「そ、そりゃキュアやバインドリカバリ、リフレッシュにリザレクション用の薬とか、戦後手当用の痛みを抑える鎮痛剤や血管収縮剤、化膿止めの抗生物質や造血剤みたいなのくらいは持ってきてますけど、痛みっていうのは大事な体の危険信号ですから、それをわからなくしたり、意識を混濁させるような麻酔薬みたいなのは持ってきてませんよ! そりゃ施薬院に行けばそういった即効性があって毒性の強い薬もありますけど、ぶっちゃけていっちゃえば迷宮でそんな強い効果を発揮する薬が必要になるような事態の怪我負ったら、まず間違いなく簡単な治療を施した後に糸使って即時帰還して施薬院に運び込みますし、それができない事態なら死ぬだけですもん!」

 

メディ子の言葉を聞いて、なるほど、確かにそれはその通りだろうと思う。考えてみれば冒険者がそのように強力な効果を発揮する薬の使用が必要な事態になった、すなわち味方が大怪我を負っている事態に陥った事態になっているということは、多くの場合において今のように自分たちよりはるかに強い相手と相対してしまった、あるいは今もなおしてしまっている状態にある可能性が高い。もし仮に敵を倒せているならば、まともな思考をしているものなら即座に転移して帰還し施薬院とかいう病院施設に仲間を移送するだろうし、もし仮に敵を倒せていないのならば、悠長に治療を施している時間などあるわけないし、ほかのメンバーや重傷を負った存在を助けるためにも、一旦重傷である存在を置いて強敵の打倒に尽力し、安全の確保に努めるしかない。それができなければ、彼女の言う通り、死が待ち受けているだけであり、つまりはどのみち、迷宮という場所において、冒険者が冒険するにおいて、麻酔薬のような使用対象者を意識混濁の状態に陥らせる強い薬効を持つ薬は不要物ということになる。

 

『そうか……。だが今の話を聞くに、麻酔薬に相当するものはなくとも、それに準ずる効力を発揮するものは保有しているのだな? なら、それをまとめてあのヘラクレスに投与できれば――』

「そりゃ、手持ちのこれらを用法容量考えずに敵の体へとぶち込めるんならスキル用の薬や鎮静剤とかも毒として発揮するかもですけど、でもこれ全部あのヘラクレスとかいうのに投与するんですか? 結構な量がありますよ? どうやってあの糸の縛りも麻痺とかの状態異常効かない、凄まじい動きの巨人の体内に投与するっていうんですか? それに投与できたとして、あのデカぶつですよ? 害ある分量になるかもわからないし、下手すると、単に薬効を発揮するにとどまってしまうかもしれないじゃないですか」

『ううむ……』

 

なるほど、確かにそれもまた道理だ。それによくよくこの世界の事情を思い出してみれば、この世界にはヒトやモノにつけられている名によってスキルの効果や武器、防具、薬効などが強化される『概念による効力強化』の法則が働いているというし、元が薬の名を持つものをそのまま敵の体内に大量投与しても、毒ではなく敵に有利な効力を発揮する薬のままにとどまってしまう可能性は高い。となれば、元が薬として作られたものをそのまま使用するのは悪手だ。

 

『ならばメディ子よ。主もそれらの薬剤を扱う専門家であるというのなら、これらの薬を調合して巨漢の奴にも通用しそうな高純度の毒を作り出せぬものだろうか?』

 

とはいえ、メディ子の持つこの薬が今のところ唯一毒となりうる素材であるからして、ならばこれらに何かしらの手を加え世間一般的に毒として呼ばれる物質に変化させ、ヘラクレスに対して使用する――、これが現時点において考えうる最善といえる手段だろう。

 

「ど、毒の調合ですか!? 無理ですよそんなの! だって、ここには機材もないし、第一、私、ハーバリストみたいな毒草薬草の専門家じゃないから、経験が――」

「まぁ最悪、危険な効力もってそうな薬の葉っぱ全部混ぜて香みたいにしちゃえばいいんじゃない?」

「ガン子!?」

「名付けるならポイズンスモークといったところだな! よし、メディ子。これが成功したらお前に毒殺者の称号を授けてやろう」

「師匠も何言ってんですか!? それとどさくさに紛れてなんか物騒な二つ名を偉そうな態度で与えようとするのやめてくださいよ! 頭沸いてるんですか!?」

「メディ子……、なんか、やっぱり、私にだけ態度とか言い方とかきつくない?」

 

提案にたいして大いに拒絶と困惑の態度を見せるメディ子だが、ともあれ、この瞬間において彼女以上に頼りにできる人材がこの場には存在していないゆえに、自身がなかろうとなんだろうと、どうしてもこの提案を受けてもらわなければならない。なぜなら、この提案の先には世界の――

 

『頼むっ。今、ライドウの助けとなれるのはお主しかおらんのだ!』

 

否、ライドウの命がかかっている。儂は彼のお目付け役として、それ以上に長きにわたって多くの戦いを勝ち抜いてきた友として、あ奴にまだ死んで欲しくなどはない。だからこその懇願。だからこそ儂は、三跪九叩頭する勢いで何度も頭を下げ続ける。

 

「メディ子」

「これで断ったら女が廃るぞ」

「う、うぅ……、わ、わかりましたよ! やりますよ! 毒、作りますよ!」

『……! 感謝する!』

「でも、やってみますけど、どんなものができても文句言わないでくださいね! あと、毒が作れたとしてもどんなものになるかはわからないですけど、たぶんは液体系になるでしょうから、ゴウトさんは出来たものをどうやってあのヘラクレスとかいう化物に投与するのかっていうことを考えといてくださいよ!」

『ああ、もちろん……、もちろんだ!』

「うぅ……、ああもう、ええと、こっちがオピオイド系で、これがアルカロイド系だから……」

 

メディ子の言葉に興奮気味に言葉を返すと、再び思考に没頭し始める。

 

――これで毒の都合はついた

 

あとはそれを撃ち込むための手段だ。メディ子は出来上がる毒は液体状のものになるといっていた。液体。それがどのような毒になるかは知らないがともあれ出来上がるのが液体であるならば、最も良い手段は直接体内の血管系に投与することだろう。だが――

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

「くっ……!」

「こいつ、この期に及んでまだ早くなるのかい!?」

 

近接戦闘においてライドウとスカアハが回避に専念することで手一杯になってしまうほどの挙動を可能とする存在に対して、また、物理攻撃に対して強い耐性を持つ敵に対して、その強靭な肌と筋肉の下に隠れている動静脈に毒を撃ち込む手段など、早々に思いつくわけもない。

 

考えられる手段として、衣服に振りかけて伝承通りに皮膚より浸透する可能性に賭けるか、あるいは経口摂取させるあたりが現実的といえるだろう。が、メディ子の作る毒がヒュドラと呼ばれる神話時代にのみ存在した毒蛇の毒に匹敵するほどのものになるとは思えないし、皮膚投与、吸引投与、経口投与、直腸投与させるにしてもあの猛烈に動く相手に対してどうやってという疑問がやはり湧き出てくる。また、相手がヘラクレスという大英雄であるからして、おそらくそうして投与できるチャンスは一度きりだろう。相手がこちらの狙いが毒の投与にあると気づいた瞬間、おそらく奴は毒に対して非常に警戒的な態度を取り始めるだろうし、そうした自らに対して脅威となりうる毒を作れるあるいは保有する存在がこちらにいるとわかれば、奴はその存在――、つまりはメディ子をライドウやスカアハという優先的に排除すべきである存在であると判断し、そのために動き出すはずだ。今こちらが奴に見逃されているのは、自分たちがヘラクレスという大英雄にとっては路傍の石に過ぎない存在だからであり、つまりは目の前にいるライドウやスカアハよりも脅威度の低い存在だからである。もしヘラクレスが亜移動らよりもこちらの方が脅威度が高く、先んじて排除すべき存在であると判断すれば、奴は迷いなくこちらへと襲い掛かってくるだろう。その場合、もはやこちらには対抗の手段がない。無論、敵の攻撃の一発は回復した先ほどのようにパラ子が受け止めてくれるだろうが、おそらくはそこまでだ。はじめの一撃でパラ子の守りは砕かれ、続く二撃目、三撃目でメディ子含むもこちらの人員は全滅してしまうだろう。つまり自分は、最初の毒の一撃が確実に敵に当たるような手段を考え出さなければならないのだ。だが――

 

――絶対に必中させる手段だと……っ!?

 

物を任意の場所に必ず命中させるそんな都合の良い手段など、早々にあるものではない。無論そんなものが存在しないというわけではなく、例えば悪魔や英雄などが残した伝承の中であるのならば、トールのハンマーや、クーフーリンのゲイボルグなど、投げれば必ず命中する武器などが多く存在しているが、今この場に彼らのような悪魔は存在していなしい、いるのはライドウの横で戦っているスカアハだけ――

 

『……っ、そうか!』

 

――否

 

『スカアハがおったか!』

 

スカアハ。ボルグ・マックベインが海獣グリードの骨から作り上げ、マック・インバ―、レナ、デルメルと引き継がれてきた必殺必中の槍、ゲイボルグの使用法やそのほか多くの戦闘の手法や心得えをクーフーリンに授けた師匠にして影の国の女王。すなわち、必殺必中の槍の本来の持ち主。その情報が脳裏を駆け巡ると同時、メディ子らの方を向き、改めて彼女らが地面へとばらまいた物品へと目をやる。

 

『硬化した角芯……、漆黒の歪角……、研がれた鉤爪に、硬質な嘴、三頭獣の犬歯……。そして魚の軟骨……、――よし』

 

そうした物品の中に泥の海より生まれた魔物の――海獣の残した骨が多量に含まれているのを見て、確信する。

 

『よし! これならいける……、いけるぞ!』

 

柄にもなく興奮気味の声があがる。。

 

「どうした、ゴウト」

「何か名案でも思いついたの?」

『おぉ、パラ子にガン子か! ――そうだ、その通りだ。それゆえに儂は主らにも頼みたいことがある!』

 

そして話しかけられてきた彼らに対して顔を向けると、頭を下げてその言葉を述べる。

 

『悪いが、儂の言う通りの品を集め、それを儂の指示通りに加工してほしい!』

「――?」

「――?」

 

パラ子とガン子は疑問が尾を浮かべながら顔を見合わせた。

 

『話はあとで――、否、望むならば作業中にでもしてやろう! ともかく今はこうして説明している間も惜しい! だから、お願いだ! どうか、儂の言う通りに手を動かし――とある魔槍(/ゲイボルグ)の贋作を作り上げる手助けをしてほしい!』

 

地面に頭が付く寸前にまで下げて懇願する。

 

「あぁ」

「了解よ」

 

その懇願はすぐさま受け入れられ、二人は解体用のナイフとノミを取り出すとメディ子の隣で加工作業をはじめ、喨々たる音があたりに谺し始めた。

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