ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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初めまして、物書き素人のだいろくてんと言います。
つい妄想が爆発して出来た作品ですが読んでくれる人に心より感謝します。
原作とは、かなり異なる設定があるので人によっては受け入れられないかもしれません。
そういったものを気にしない方は、是非ともそのままお進みください。



旧校舎のディアボロス
彼は自らの日常を愛す《Beautiful Life》


 

 ソレは天も地もない一色の世界。

 "蒼"以外の全てを排斥した広大な空間で少女が赤子のように体を丸めていた。

 十代にも届かない未熟な少女は、ただの一人で"蒼"のなかを(ただよ)う。

 ぴくりと(まぶた)が動き、うっすらと開く。

 蒼の世界の少女もまた蒼穹の目をしていた。

 

『──霊核損傷率97.2%。全権能 使用不可。本体意識同調率0.03以下と確認。同調を一時的に全カット、霊核と炉心の修復を最優先』

 

 (つぶや)くように紡がれた言葉は、幼い少女には似つかわしくない機械的なものだ。

 自身の状態を確認し終えると用は済んだと言わんばかりに再び蒼い瞳を閉ざす。

 

 ──"今はまだその時でない"。

 

 そう己に言い聞かせながら眠るように()がれるように目覚めの時をただ静かに待ち続ける。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 何処から来て、何のために生きているのだろうか。

 

 それは彼が常に考えている命題。

 

 己という存在を見失ったゆえ、答えを探し彷徨(さまよ)う。

 

 然れど夢幻(ゆめまぼろし)の如くに掴めず。

 

 やがて過去を置いて、未来への指標を求める。

 

 

 

 

 科学を光とし、異能を影とする世界。

 ここでは悪魔や天使、果ては神などの幻想の住人が存在している。

 蒼井 渚(あおい なぎさ)は、そんな人外とは無関係に……とまでは言わないが、せめて平和に暮らしたいと常々思っている高校二年生だ。

 しかし周囲の者がそれを許してはくれなかった。

 

「あぁもう! ふっざけんなぁ!!」

 

 殆ど悲鳴に近い声を上げて、渚は爆走(ばくそう)する。後ろは振り向きたくない。何がいるのか分かっているだけに止まれないのだ。

 

「肉ダ! ニクニクニクゥー!!!」

「肉肉、うるせぇ! あとで絶対ぶった斬るからなぁ!!」

「ヤレルナラナァアアアア!」

 

 妙にエコーの効いた低い声が聞こえる。

 追ってくるのは、"はぐれ悪魔"という人外。嬉々として人を喰う怪物である。何故、そんなものとデスレースしているのかは割合させてもらう。なんたって命の危機だ。人は希望に向かって走らなければ生きていられないと言うが、今の渚は(むし)ろ走らなければ死と言う絶望の(ふち)に落とされる。厳しい現実に泣いてしまいそうだった。

 

「マァテェエエ!!」

「寝てぬかせ!」

 

 背後から言い知れぬ殺意を察知する渚。反転して"はぐれ悪魔"に体を向けた、背中を見せたままでは死ぬと本能が警鐘(けいしょう)を鳴らしたからだ。

 渚の瞳に"はぐれ悪魔"の全容が映る。筋肉隆々とした肉体を持ち、右手が異様に発達したアンバランスな怪物。恐怖を(あお)る異形が鋭くも巨大な爪を振りかぶる。死の予感が強まった。

 

「クソ!」

 

 風を薙払(なぎはら)い迫る凶爪。当たれば人間など即ミンチにされるだろう。命の危機を前にして、渚は生き残るための演算を始める。

 まず爪を注視。決して目を離さず、軌道を予測。続いて回避のために必要な動きと最適な位置の把握する。

 一秒にも満たない見切りによって"はぐれ悪魔"の内へ(もぐ)り込む。達人が如く紙一重の"避け"によって爪は(くう)を切るも余波が渚の身体を打ち()えた。

 竜巻かと疑いたくなる暴風である。恐ろしい威力の風は、"はぐれ悪魔"を起点に凄惨(せいさん)爪痕(つめあと)を残す。

 かく言う渚も爪の外側にいたらミンチどころか粉々に消し飛んでいただろう。

  

「あんなの肉片も残らんわ! 食う気あんのかよ!?」

 

 あれだけ食べようとして吹き飛ばすつもりとは一体なにを考えているのだろうか。色々と抗議したいが、とりあえず隙だらけの"はぐれ悪魔"へ全力の打撃を放つ。

 

「……ち、硬い」

 

 手応えが鈍い。分厚い鉄板を殴ったような感触が手に残った。接触した拳から血が滲む。"はぐれ悪魔"の外皮が堅牢過ぎて渚が傷ついたのだ。

 怪物は(おの)が優位に(わら)う。

 

「残念ダッタナ、諦メ──」

「──る訳無いだろうがッ!」

「ガギャ!」

 

 "はぐれ悪魔"の顔面に踏みつけるような蹴りをお見舞いして思いっきり後方へ跳ぶ。

 そのまま舌でも噛んでくたばってくれ……と強く思うがそれぐらいで死なないのは分かっているので逃走を選択する。

 今は諸事情(しょじじょう)により"はぐれ悪魔"を倒す武器が手元に無い。素手で怪物の防御が突破出来ないのなら戦闘は回避すべきだ。

 逃げると決めた以上は決して振り向かない。相手は人間の三倍はある異形。捕まった瞬間、お陀仏なのが目に見えている。町外れの森に建てられた廃工場内を走りながら、渚は激しく舌打ちした。

 

 ──"アイツ"、武器も持たせずになんのつもりだ?

 

 "相方"に文句の一つでも言いたい気分だった。

 急に『今回は素手で"はぐれ悪魔"と戦ってください』などと要求し、本当にやらせる悪魔より恐ろしい奴から、せめて武器を取り戻すため外を目指す。

 やがて工場の出口から脱出する。

 暗い建物から月明かりに照らされた森へ出れば()びた鉄の臭いが鬱蒼(うっそう)とした森の匂いに変わる。

 数秒後、渚の通った出口が爆発四散した、お相手も獲物を逃がすつもりはないようだ。追っ手がそこまで迫っている。

 

「ステアァーー!! 武器! 武器プリーズッ!! コイツ、妙に堅い!! 刀をください!!!」

「ギャハハハハ!! 貰ッタゾ、人間!!」

 

 怒りの中に多大な懇願(こんがん)を乗せて渚は叫んだ。

 

「──聞くに耐えないですね。品性を疑います」

 

 囁く声は耳元から聞こえた。風が吹くと同時に仄かな花の香りが鼻孔を(くすぐ)る。横を振り向けば、"はぐれ悪魔"に殺されそうな原因を作った"相方"がすぐそこにいた。

 月の光に揺れる長髪は雪を思わせる白銀。魅惑的な笑みを浮かべる容姿は間違いなく美少女だ。切れ長なアイスブルーの瞳が、渚と一瞬だけ目を合わせるも次の瞬間には抜き去って"はぐれ悪魔"へ走る。

 

「ナンダ、キサマァ」

 

 "はぐれ悪魔"の鋭い爪が振るわれるも舞うような動作でひらりと躱す。重力を無視した動きは、もはや人間技ではなかった。

 

「他者へ問う前に自分から名乗るのがエチケットと知りなさい。──0点です」

 

 白雪を思わせる少女──アリステア・メアが"はぐれ悪魔"へ採点結果の懲罰を与えるために指先を綺麗に(そろ)える。あまりに頼りない華奢(きゃしゃ)な手刀を見るなり"はぐれ悪魔"はエサが増えたと言いたげに歓喜しながらアリステアへ文字通り牙を()いた。

 渚は内心で「まぁあんな見た目じゃ極上の餌だと思うよなぁ」なんて同情する。

 小さな風切りの音がしたと同時に"はぐれ悪魔"の首が宙を舞う。

 

 ──実に瞬殺である。 

 

 残された胴体から血液らしき紫の液体が噴水のように吹き出る。綺麗な顔して容赦無しなのはいつも通りだ。おっかない美少女もいたもんだと若干ビビる。

 アリステアの強さに対して(むな)しくなりつつも渚は森から離れようとこっそりと歩き出す。腕にしていた時計を見れば既に午前四時を回っていた。高校生が起きてて良い時間ではない。

 

「ナギ、無言で何処(いずこ)へ?」

「ぐぇ」

 

 服の首根っこをチョンっと掴まれた。それだけなのに痛いほど絞まる。

 ここで間違った答えを出せば0点()が待ってるんじゃないかと冷や汗が出た。

 

「数時間後には学校だし帰ろうかなぁと。……俺の成績知ってるだろ」

「それは理解しています。二年の進級、危うかったですしね」

「笑うな。あの追試地獄はかなり大変だったんだぞ……」

 

 クスクスっと口を抑える上品な笑みは綺麗なのだが、ちょっとイラつく。

 

『こっちの都合を知っていて、その態度はどうなんだ? 半分はお前のせいだよ? 夜中に悪魔ハントなんて危ない真似を何度もさせてる、お前のね!』

 

 ……なんて言葉は胸の奥へねじ伏せる。武力で勝っている相手に喧嘩を売るなど不毛だ。

 ただでさえ他人より勉学が遅れてる渚だ。異様な頻度(ひんど)の深夜徘徊のツケは授業中に如実に現れる。昼は眠くてたまらんのだ。うたた寝をしながらの授業など脳に残るはずもなく成績は常に下から数えた方が早い。

 この白雪系の美少女は、どういうつもりで"はぐれ悪魔"狩りなんぞに自分を連れ回してのだろうか?

 そんなことを問うたところで、はぐらかされるのがオチなのでいつしか理由も聞かなくなった。

 

「それはさておき。解散の前に一番の功労者を(ねぎら)うべきだと思うのです」

 

 自らの立派な胸に片手を置いて厳かに主張する白雪の美少女。渚は「功労者? 俺じゃないのか?」という疑問に駆られた。

 

「バカな事を考えていませんか? 私が居なければ貴方は"はぐれ"にやられてたのですよ?」

「お前が武器を取り上げなければ、どうにかなったぞ!」

「それでは返しましょう」

 

 マジックのように鞘に納められた刀を出現させるとポイっと投げてくる。それをキャッチしながら恨めしそうに渚はアリステアを睨む。これがあれば、あんな醜態(しゅうたい)(さら)さなかっただろうと視線で訴える。

 

「どうして非武装で突っ込ませたんだよ。高度な嫌がらせか?」

「嫌がらせ? なぜそんな事をする必要が? 私をなんだと思っているんですか?」

 

 悪魔より悪魔してる白い悪魔です……なんて言えねぇ。渚は喉から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 

「あー、まぁ、あれだ、少し急だったから理由ぐらいは聞かせて欲しい。きちんとした理由があるなら文句はない」

「理由ならあります。そろそろ武器に頼らず素手で鎮圧可能と思いまして」

「無茶言うな! もうちょっと段階踏もうよっ!!」

「──私は出来ますが?」

 

 冷たく睨まれた。

 不条理である。

 自分が出来るからと他人に強要するのは如何(いかが)なものか。化物を相手にするだけでも危険だというのに武器まで取り上げて「では中に入って戦ってきてください」とか、まるで理解が出来ない。

 一体、何を求めているのだろうか。ちなみに渚は命を賭してエサ役を完遂した件の(ねぎら)いを求めている。

 

「ありませんよ? 当たり前じゃないですか」

「普通に思考を読むな。エスパーかお前は……?」

「いいえ。私はエスパーなどではなく、あなた様にお仕えする下僕です」

 

 どこの世界に主人を死地へ送り出す下僕がいるのだろうか? 

 勿論、渚とアリステアはそんな羨ましい関係でない。渚から見たアリステアは、何故か"はぐれ悪魔"狩りという厄介ごとを持ってきて、何故か勝手に同行させた()()、何故か自分を戦わせる白い悪魔である。

 

「……もっとご主人様を大事にしてくれませんかね?」

「世界の誰よりも大事にしていますよ?」

 

 それはもうイイ笑顔でアリステアは渚を見た。誰もが惚れてしまいそうになる美しい顔立ちに、不覚にもときめいてしまう。

 

「すごく便利ですし」

「……さよで」

 

 胸中の熱がすぐに鎮火した。どっちがご主人様だよ……とツッコむ気力もない。

 美人かつ頼りになる相方なのに、色々と残念な部分を見せつけられた渚はトボトボと帰宅を始めたのだった。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

()む……」

 

 渚は、昼休みのチャイムが鳴ると同時に大きな欠伸をして上半身を机に寝かせる。

 昨日の"はぐれ"狩りが完全徹夜だったせいで授業が身に入らなかった。というより、ところどころ記憶が飛んでいていつの間にか昼休みである。(ただ)でさえ悪い成績をこれ以上落としたら、来年も高校二年をやりそうで怖い。

 まだ四月だというのに、そんな心配をしている渚の席へ背後から近づく気配がある。

 足音を消しているが丸分かりだ。仕方なく身体を起こして振り向く。

 

「どした、桐生」

「お、相変わらず鋭いわね、蒼井」

 

 化物と戦ってる内に鍛えられましたとは言えない。

 声を掛けてきた女子を見る。

 眼鏡と三つ編みが特徴なのは、桐生 藍華(きりゅう あいか)だ。藍華はイタズラっぽい顔でポンポンと渚の頭を軽く叩いてくる。ワニワニパニックじゃないんだから、やめて欲しかった。

 

「気配にゃ敏感でね。それでなんの用? 昼休みは惰眠を貪ろうかと思ってるんだけど……」

「そりゃ残念ね。アッチ、お客さんよ」

 

 親指でクイクイっと教室の出口を指される。そこには女子で構成された人だかりがあった。こちらに背を向けていることから"渚のお客さん"が惹き付けたのだろう。

 

「一発で誰か分かる光景だな」

「だよねー」

 

 渚がげんなりして、藍華が苦笑。

 

「お前は行かないのか?」

「木場くんは競争率が激しいし、私は好きな人居るからねー」

「あぁそうだったな。……アイツとの橋渡し手伝おうか?」

「余計なお世話さま。ほら早く行きなって"王子"が待ってますぞ、お姫様」

「姫ってナリかよ、茶化すな。じゃあ行ってくるわ。伝言サンキューな」

「いってらー。それと生きた人間のフリくらいしなさいよ」

「意味が分からん。バリバリ生存中だ」

「その顔じゃ説得力皆無だっての」

 

 藍華に見送られながら、騒がしい女子たちに突っ込む。出来るだけ触れないよう配慮しながら待ち人の下へたどり着く。

 女子に包囲されていたのは木場 祐斗という男子だった。その王子に恥じぬ容姿と(たたず)まいで、異性から熱狂的に支持されまくる同じ学年の生徒だ。

 

「木場、待たせたか?」

「今来たばかりだよ……って大丈夫かい? 顔色が悪いよ?」

「…………まぁダイジョブさ」

 

 眠いだけなので問題はない。

 祐斗を追ってやってきたらしき他クラスの女子が、渚を見て表情を凍り付かせた。まるで幽霊にでも会ったようなリアクションだ。

 渚は引かれるほど容姿が歪んでる訳じゃない。ただ目が酷く据わっていて雰囲気は幽鬼に等しい。端的に言えば不気味が過ぎるのである。

 (かしま)しい空気が変わったのを悟った渚が逃げるように木場の背を押しながら速やかにこの場を去る。

 愛想と生気のない渚とは違い、女子たちにイケメンスマイルで手を振る祐斗。

 後ろから女子の黄色い声が渚の耳をつんざく。

 

「(流石は女子の比率が高い駒王学園で彼氏にしたい男子NO.1の"王子"だなー)」

 

 どうでもいい感想を(いだ)きつつ、静かな階段付近で祐斗を押すのをやめた。

 

「んで、呼び出しの理由は昨日の"はぐれ悪魔"討伐の件?」

「そんなところかな。詳細は部長からの聞いてほしい」

「りょーかい。旧校舎?」

「そうだけど、放課後にしてもらおうか?」

「あー。いい」

 

 本気で心配される。気配りが出来て容姿が抜群。この男がモテるのは当然である。だが普通の女子学生ではこのイケメンを射止めるのは難しいだろう。文字通り、住む世界が違うのだ。

 そんな事を考えながら、旧校舎へ向かう。

 旧校舎には新校舎を出なければ行けず、体育館を越えた先にあるので少し遠い。

 

「蒼井くん、今回の"はぐれ悪魔"は大変じゃなかった?」

 

 歩行中、渚の右手に巻かれた包帯を見て祐斗が聞いてきた。

 

「厄介だったけど、味方がより恐ろしかったな」

「味方ってメアさん?」

 

 アリステアの要求を思い出して身震いする。

 

「ああ。刀を直前で取り上げられた、そんで素手で()って来いって言われたよ」

「ス、スピルナを相手に無手で挑んだのかい!?」

 

 驚きの顔をする祐斗。いつも余裕のある顔が若干引き釣っている。

 

「スピルナって、あの"はぐれ"の名前か?」

「元"戦車(ルーク)"の上級悪魔スピルナ。ランクA+の大物でレーティング・ゲームに参加していた時は有名な悪魔だったらしいよ」

「戦車か、どうりで堅いわけだな。ところで木場、ランクA+って"はぐれ悪魔"の危険度だよな? その辺、疎いんだけどどれくらいの強さなんだ?」

「僕たちグレモリー眷属でもギリギリ、かな」

「え、ウソ」

 

 そんなヤバい相手に武器さえあれば勝てると思った自分が自意識過剰で恥ずかしい。

 

「事実だよ。どうやって倒したんだい?」

「アリステアが殺った。ちなみにスピルナさんの死因はエチケット不足だ」

「エチケット?」

 

 やがて目的の場所へたどり着く。

 旧校舎は木造建築で歴史を感じさせる建物だ。薄暗い昇降口から階段を登り、木で出来た長い渡り廊下を進む。

 祐斗が、ある一室の前で足を止めた。扉の前には"オカルト研究部"と書かれたネームプレート。

 怪しいが、ちゃんと学園からも許可を得ている立派な部活だ。

 

「さ、着いたよ」

「姫島先輩と搭城もいるな」

「君って気配に敏感だよね」

「さっき似たこと言われたよ。でも"悪魔"って、かなり独特の気配してるだろ?」

「僕らは基本、魔力を隠してるんだけどね」

 

 困ったような笑みで頬を指先で掻く祐斗。

 

「修行が足りませんぞ、"騎士(ナイト)"殿?」

「確かに……。これは精進しないとね」

「ア、ハイ。ガンバッテ」

 

 茶化した渚は「蒼井くんに心配されるほど弱くないよ」的なツッコミを期待したのだが真摯(しんし)に受け止められた。こう見えて祐斗は悪魔といういっぱしの人外、その身には常人とは比べものにならない戦闘力を秘めている存在だ。

 見当違いなリアクションに寂しさを覚えつつ祐斗に問う。

 

「入ってもいいか?」

「勿論」

 

 扉が開いたので渚が部室の中に入ると、三人の女子生徒が視線を同時に向けてきた。

 部室には似つかわしくないソファーに座る小学生かと間違うほどの小柄な搭城 小猫。

 奥ゆかしい笑みで挨拶するポニーテールの黒髪が特徴な姫島 朱乃。

 そして立派な机と椅子に腰かけて紅茶を飲むこの部活動の長であるリアス・グレモリー。

 祐斗を含めて綺麗どころしかいない謎の部活。四人の中にいる渚は色々と自分とは釣り合ってない気がしてならない。

 

「急に呼び出してご免なさいね、渚。……すごく眠そうだけど大丈夫?」

「あらあら、眠気覚ましの紅茶を入れましょうか?」

「……倒れそう。ソファー空いてます」

「ダイジョブです」

 

 順にリアス、朱乃、小猫が気遣う。

 そんなに酷い顔なのだろうか、と首を傾げる。 

 とりあえずリアスに座るように言われたので素直に従う。

 思った通り会話の内容は、"はぐれ悪魔"の討伐の件であった。

 

「とりあえず改めてお礼を言っておこうかしら。貴方たちの働きで"はぐれ悪魔"の被害が格段と減ったわ」

「それは俺じゃなくてステアに言うべきかと」

 

 渚はアリステア・メアに引き()られて仕方なく戦っているにすぎない。

 リアスの言葉は嬉しいが、大半はアリステアの意志なので自分の功績と数えるのは(はばか)られた。

 

「彼女の主人である貴方に礼を言うのは間違っていないと思うのだけれど」

「…………はい?」

 

 誰が誰の主人だって?

 

「違うの? 以前、聞いた話によるとイイ笑顔で貴方の下僕って言ってたわよ」

「嘘です、信じないでください」

「そ、そう?」

「そうです」

 

 至極真面目に誤解を解く。リアスが若干、臆するほどだった。

 内心は「あの女はなんて事を言ってやがるんだ。俺を世間的に殺すつもりか? 恐ろしいやつだ」などとゲンナリしているのだが……。

 

「この話には触れない方が良さそうね」

「そうしてください」

「じゃあ、もう一つの用件に移るわ」

「他にも何か?」

 

 リアスが懐からチェスの駒みたいな物を取り出して机の上に置く。

 

「"悪魔の駒(イーヴィル・ピース)"は知っていて?」

「えーと。確か、他の種族を悪魔に転化するアイテムでしたよね? 考案者は魔王アジュカ・ベルゼブブ、目的は人口が激減した悪魔社会の復興を目指す為……で合ってますか?」

 

 渚は冥界などの情報を多く提供されている。半ば強制的に頭に詰め込まれたといってもいいだろう。

 情報源は手製の紙媒体で、制作者はアリステア・メア。丁寧な日本語で読みやすく纏められた資料を指してアリステア・レポートと渚は呼んでいる。手製とはいえ、内包された情報量は凄まじく、悪魔だけでなく天使や堕天使、果ては"神 器(セイクリッド・ギア)"と言われる異能についても網羅した代物だ。お陰で本来は知るはずのない様々な事柄にも詳しくなった。

 正直、そんな知識よりも数学の方程式を一つでも覚えて学業への不安を解消したかったのが渚の本音である。

 

「そこまで知っているなら話が早いわ。ねぇ渚、私の眷属にならない?」

「…………えと、俺がですか?」

 

 それは驚きの提案だった。

 リアスが眷属候補を探しているのは渚も知っていたが、まさか自分に来るなど夢にも思わなかった。

 

「理由が分からないって顔をしてるわ」

「実際にないですよね? "神 器(セイクリッド・ギア)"……でしたっけ? 人間が持つ神様が造った異能を持っているならまだしも、俺はそんな大層な物は持ち合わせていない。端的に言えば力不足に思います」

 

 "悪魔の駒(イーヴィル・ピース)"は一人の悪魔につき決まった数しか支給されない貴重な物だ。それをアリステアならともかく自分に使うなどと酔狂にすぎる。しかしリアスは静かに首を振った。

 

「自己評価だけで自分を計るのは悪癖よ。それに貴方は自分を知らないじゃない。──半年よりも前の記憶がないのだから」

「…………まぁそうですね」

「少しでもいいの。考えて見てくれないかしら。返事は私が卒業する(まで)に出してもらえればいいわ」

「気長ですね」

「そうかしら」

「そうですよ。けど、そこまで言ってくれるんだったら考えさせて貰います」

 

 渚の前向きな言葉に満足したのかリアスはすんなりと引き下がる。それから世話話を幾つかすると、渚はオカルト研究部を去った。

 残った休み時間は、人がいない新校舎の屋上で買ったパンにかぶり付く。

 蒼い空と流れる雲を見つめながら自分について考える。

 

「先輩には世話になってるから、受けるべきなんだろうな」

 

 渚には記憶がない。半年前からすっぽりとエピソード記憶だけが消え去っている。

 家族が居るのかも、どうやって生きてきたのかも不明。最初の記憶はグレモリー御用達の総合病院の白い天井だ。

 何も覚えていない渚にとって悪魔化は悪い話ではない。後ろ楯も出来るうえ、将来も殆ど約束される。

 だが、やるべき義務も生じるのだ。

 "はぐれ悪魔"の討伐。

 天使や堕天使との抗争。

 レーティング・ゲームと言われる実戦染みた遊戯へ参加。

 平和な日常を"是"とする彼にとって、それはマイナスでしかないがリアスには返すべき恩も多い。衣食住や学園への入学、数えればキリがないほどだ。これを脅しに使わない彼女は主としても良心的なのだろう。

 とりあえず、アリステアに相談でもしようと思う。彼女は悪魔より悪魔みたいだが的確なアドバイスもくれる。

 

(ののし)られる可能性が大きいけどな」

 

 パンを食べ終わると強い眠気の襲われたので少しだけ目を閉ざす。

 春の風が気持ちよくて、気づけば小さな寝息を立てる音だけが屋上に残る。

 

 余談だが、五時限目は普通に遅刻した……。

 





アリステアさんはイイ人です、はい。
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