ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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戦いが始まる。



戦闘の宴は始まる《Battle Field》

 

 玄関が消失して風通しの良くなった渚の部屋に神父が土足で上がってくる。

 頭から血を流す渚が全身の打撲に耐えながら、侵入者──フリード・セルゼンを睨み付けた。

 

「"お邪魔します"くらい言えないのかよ。人の部屋をこんなにしやがって神に訴えるぞ?」

「自分、"はぐれ"なーんで問題ナッシング。おやぁー、それはそうと痛そうな傷ですねぇ、頭からも血がドバドバしてまっせ。大丈夫? ねぇ大丈夫ぅ? ハハッ!」

 

 耳障りな声で渚を嗤うフリード。

 ──よし、ぶっ殺す。

 ここまでされて黙っていられるほど渚は温厚じゃない。

 刀は少し離れた場所に転がっているので殴り跳ばそうと決める。

 

「お、おい、今の音、なん──」

「中にいなさい、イッセー。緊急事態よ!」

「うぉ、わ、分かりました、部長!」

 

 一誠が寝室から出てこようとするが、リアスが無理矢理に押し込めた。戦いの予感を感じて避難させたのだろう。

 寝室の向こうに一誠を見送った渚が体を起こそうとする。

 ふと肩に優しく手が置かれた、祐斗だ。

 

「蒼井くんは治療に専念して、アーシアさんが泣きそうだよ?」

 

 神父を恨んでいる祐斗だが、シスターであるアーシアには親身に接してくれている。祐斗(いわ)く、アーシアは自分と似ているから敵とは思えないとの事だ。きっと過去に教会で何か合ったのだろう。

 やがて祐斗は冷たい怒りを込めた魔剣でフリードと剣撃を交わし始めた。

 渚も参戦しようとするが、無言で小猫に抑えられアーシアが傷を癒す。見事な連携に動きを封じられる。

 

「ハッハ! すごいじゃん、クソ悪魔。俺と剣で渡り合えるなんて褒めちゃうぜ?」

「ふざけた神父だ」

「爽やかな顔して怖い怖~い」

 

 足を止めての刃の応酬。闇と光の剣が互いを喰らい合う。

 全ての視線が祐斗とフリードに注がれる中で、アリステアがリアスに言った。

 

「外に注意してください。囲まれています、数は少なくとも50」

「朱乃、小猫、打って出る準備をして。祐斗、それは任せるわよ」

「僕もすぐ向かいます」

 

 頭を切り替えたリアスがすぐに指示を出す。大した防備のないここでは籠城は悪手だ。動きが制限されない屋外を戦場に選ぶ。

 

「ばぁーか、お前らは出れねぇよ。ここで仲良く、おっ()ね!」

 

 フリードが舌を出して嗤う。同時に渚は自分の背後でピシリという音を聞いた。

 後ろはベランダに続く窓ガラスしかない。ならば今のは……。

 渚がすぐ近くいたアーシアと小猫を抱き抱えてしゃがみ込む。

 

「窓から離れろ! 敵が来る!!」

 

 庇えない者達に叫ぶと、ガシャーンと耳を(つんざ)く破砕音が響き渡る。

 

「ぐぁ……!」

 

 渚の背中にガラスの破片が突き刺さる。

 

「おや、誰かと思えば渚くんじゃないか。そんな所にいるとは運がないね、背中がヤマアラシのようだよ?」

 

 聞き覚えのある声がベランダからした。

 ボディコン服を着た女性だ。忘れるはずがない、堕天使カラワーナ。二度と会いたくなかった不気味な奴だ。

 彼女と共に複数の神父らしき集団が部屋に侵入してくるとリアス、朱乃の双方が交戦状態に入った。

 

「クソ、最近こんなんばっかだな、俺」

 

 つい先日も重度の火傷をアーシアに治して貰ったばかりなのだ。

 

「あ、蒼井さん!」

「……渚先輩、背中から血が」

 

 立ち上がろうとする渚をアーシアと小猫が支えてくれる。

 無傷な二人を見て安堵すると渚は構えた。

 

「下がれ、二人とも」

「ふふ、女の子を庇うなんて男だな、渚くん?」

 

 カラワーナが面白そうに渚を見下ろす。

 すると赤い魔力弾と稲妻が横から跳んできた。リアスと朱乃の攻撃だ。足下には襲ってきた神父が倒れている。流石と言うべきか並の神父では彼女たちを止められなかったのだろう。

 

「話は聞いてるわ、貴方が堕天使カラワーナね」

「初めましてになるかな、グレモリーの次期当主さま」

「部長、お気をつけて。あの者、かなりの手錬ですわ」

「分かっているわ、"雷光"使いの堕天使に手加減は不要ね」

 

 リアスが視線だけで小猫に指示を出すと頷いて疾走。小さな拳でアッパーを放った。

 

「おっとそこから来るのか。当たれば首から上が失くなりそうだ」

「……じゃあ当たって砕けてください」

「それは御免だ」

 

 飄々と攻撃を躱すカラワーナが小猫の腕を取り、投げつけた。

 

「塔城!」

「塔城さん!」

 

 壁に激突するかと思いきや身を(ひるがえ)して軽やかに着地する小猫。

 

「……問題ありません」

「部長、玄関方面から新手です!」

 

 祐斗が魔剣を振るいながら叫ぶ。

 

「朱乃、小猫、押し返しなさい!」

「はい、部長」

「……行きます」

 

 祐斗とフリードを避けるように、玄関から来た神父を圧倒しながら外の廊下へ出る朱乃と小猫。豪快な戦闘音が向こうで(とどろ)く。

 

「派手だね。さて次はそっちのシスターとリアス・グレモリーの命を貰おうかな」

「カラワーナ、なんでアルジェントさんがシスターだと知っている……」

 

 今のアーシアはアリステアが用意した白いワンピースを着ている。リアスもまた戦争の火種になり得るアーシアの素性を隠していた。

 しかしカラワーナは看破した。であれば教会側からアーシアの情報が()れた……(ある)いはわざと流されたかのどちらかになる。もし後者なら最低最悪だ。

 

「教会から殺せって指令が下りたらしくね。汚れ仕事を任されていたフリード神父にお(はち)が回ってきたのさ」

「やはり、そうだったのね。……なんて奴ら!」

「ちくしょうが……」

 

 リアスの顔に不快さを浮かび、渚が唇を噛む。

 やはり教会はアーシアを消したがっている。

 渚には分からなかった。神を敬愛する信徒を殺そうとする教会の考えが……。

 ただ、そこにアーシアが宿す深い信仰とは違う(いびつ)な狂信は感じる。

 

「やはり私は許されていなかったのですね……」

 

 暗然(あんぜん)とした表情で目を伏せるアーシア。 その碧い瞳から流れる一滴の涙を渚は見た。怒りに似た感情が胸に宿る。

 

「そうだ、アーシア・アルジェント。この世界に君の居場所はもうない、大人しく──」

「くだらねぇ。居場所がないからなんだ? 大人しく死ねとでも言うつもりか?」

「あおい……さん?」

 

 馬鹿げた話だ。

 確かに一般的に言えば、敵を助けたのは間違いだったのかもしれない。

 だが罪に対して処罰が大きすぎる。

 教会にも事情はあったのだろうが、この際知ったことではない。渚からしたらアーシアの"助けたかったから救う"という想いの方が遙かに(とうと)い。

 

()()()()、居場所がないなら作ればいい。別に教会じゃなくても祈りは(ささ)げられる。だったら何処(どこ)でやっても同じだ。毎日続ければ神様だって"ご加護"を与えて下さるさ」

()(ごと)だね。祈るだけで"加護"を受けられるのなら世界はもっと幸せに満ちているよ」

「戯れ言? 結構じゃないか。信じるものは救われるって言葉を知らないのかよ、堕天使」

 

 言い切る。

 自分でも無茶を言っているのは分かっていた。

 神が実在すると知っていても会ったことはない。もしかしたらアーシアを見捨てる奴かもしれない。

 だがアーシアの心にいる神だけは犯させないし、奪わせない。その神様こそがアーシア・アルジェントを形作った優しさの源泉だから……。

 

「命を救う行いは善だ。例え教会やお前が悪と断じようが俺は肯定する、アーシアを正義だと言い続けてやるよ。──誰が殺させるか」

「君は教会を敵に回す気かい? 個人で戦えるほど小さな組織ではないよ」

 

 カラワーナが愚か者を見るような目をする。

 そんな横から凛然(りんぜん)とした声が割り込む。

 

「個人では無いわ」

「何?」

「アーシア・アルジェントは私、リアス・グレモリーが預かる」

「バカかい? 悪魔がシスターを(かくま)うなど身内が黙っていない」

「私を舐めないでちょうだい。全て考えがあっての事よ」

「グレモリー先輩、カッコいいです」

「貴方もね、渚。さっきの言い返しは見事だったわ」

 

 互いを褒め合う渚とリアス。

 

「蒼井さん、グレモリーさん……」

「あとでゆっくり話しましょう、アーシア。私、貴方のこと結構気に入ってるのよ?」

 

 悪魔とは思えない慈悲の笑みを向けるリアスは惚れ惚れする"王"だった。

 

「……分かりません。私は馬鹿で泣き虫で治癒しか能のない役立たずです。……なのに、どうして蒼井さんもリアスさんも、こんなに優しくしてくれるのですか? こんなにも私と一緒に居てくれるのですか……? 私にはそれが全然分かりません」

 

 アーシアの顔が困惑に染まる。まるで理解できないといった様子だ。

 きっと他人から優しくされるのに慣れていないのだろう。だから自身へ向けられた無償の善意と好意を受け止めきれないのだ。そこから何となく彼女の人生が孤独だったと想像できてしまう。

 渚がアーシアの頭を撫でる。一人で頑張ってきた彼女を褒めずにはいられなかった。

 そして彼女が求めた質問の答えを口にする。

 

「それは君がアーシア・アルジェントだからだ」

「う……く……私……ふぇ……」

 

 知っている。彼女が今でも教会の神を信仰していると。

 知っている。見ず知らずの異国に送られても頑張ろうとしていた事を。

 知っているのだ。それが人だろうと悪魔だろうと救わずにはいられない優しい少女だと。

 そんな女の子に"死ね"と告げる悪意は決して許せない。

 

「カラワーナ、お前の好きには出来ると思うな」

「いや、悪いが彼女たちには死んで貰うよ。さ、聖女の血と魔王の血で新しい時代を祝おうじゃないか」

 

 カラワーナの手がアーシアへ伸びる。

 渚とリアスが触れさせないよう、迎撃体勢に入った時だ。

 

「──でしたら私からの祝砲を受け取って下さい」

 

 静かだが良く通る声にカラワーナの目が見開く。

 

「何っ!?」

「ステア!」

 

 カラワーナの不意を打つ形で横に現れたのはアリステア。その右手には銀のリバルバー拳銃──"S&W M500カスタム"が握られている。マズルブレーキまで装着した銃身は長く、無骨さと鋭利さを備える世界で最も威力を重視した一挺だ。

 その銃をカラワーナのコメカミに突き付けると同時に発砲。カラワーナの頭部が文字通り炸裂した。

 渚は傍らにいたアーシアを胸に抱いて目を塞ぐ。心根が優しい彼女に頭部が破壊された無惨な遺体など見せたくなかった。

 

「あ、なぎ……蒼井さん、私は大丈夫です」

「無理するな。これはアルジェントさんが見ていいものじゃない。あとナギでいい。友達、なってくれるんだろ?」

「はい、ナギさん! 私もアーシアと呼んでください」

 

 ほんのり頬を赤くしながら、ぎゅっと抱きつくアーシア。

 

「全く、見せつけてくれますね。純粋なシスターを(かどわ)かしに成功した感想はどうですか?」

「拐かすとは人聞きが悪いぞ、俺はただアーシアの助けになりたくてだな──」

「よく回る口です、縫いつけますよ?」

「なんでやねん!」

「あぅ……すいません」

 

 刺々しいリステアに何故か謝るアーシアは真っ赤だった。

 ニヤニヤと意味深に微笑むリアス。

 

「これは修羅場でいいのかしら、アリステア?」

「鉄火場の間違いですよ、リアス・グレモリー」

 

 リボルバー銃だけをベランダ側に向けて撃つアリステア。狙いは侵入するために一階から飛翔してきた四人の神父だ。放たれた四発の弾丸は見事に命中して神父を地上に叩き落とす。

 

「うわ、息するみたいにカラワーナ(仮)ちゃんとその他を殺しやがった。あの銀髪美人、ちょーおっかねぇ」

 

 アリステアに対してフリードが祐斗と斬り合いながらそんな感想をこぼす。

 

「次は貴方ですよ、フリード・セルゼン」

 

 シリンダーから空薬莢を排出して、慣れた手つきで迅速にリロードを終了させるとフリードに銃口を向けた。

 

「アハハ、その位置じゃあ仲間に当たちゃうかもよぉ? いいのかなぁー? ほれ、ほーれ、悪魔バリアー!!」

 

 至近距離で交戦中の祐斗の身体を盾にして煽るフリード。あれでは祐斗に当たる。

 

稚拙(ちせつ)ですね」

 

 その挑発を安易に切り捨てたアリステアは迷わず引き金を()いた。

 弾丸は祐斗の背に迫る。

 だが被弾の瞬間、祐斗がフリードの剣を避けるため身体をズラした。それにより彼のすぐ横を抜けたアリステアの弾丸はフリードの操る光剣に直撃。

 バキィンっと甲高い音を鳴らす刃が二つにへし折れる。これにはフリードは当然として祐斗も驚いていた。渚に至っては白目を剥いて真っ白になる

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!?? 普通、今の当てますかぁ!? 超密着状態かつ超高速で動いてんですけどぉ!?」

 

 フリードが目を見開いて抗議した。

 接近戦をしている味方を飛び道具で援護するなど正気とは思えない。

 祐斗もフリードも常に人を超えた領域で動いている。そんな中で最も動きの激しい武器を破壊するなど不可能だ。しかしアリステアはやってしまった。

 両方の動きを寸分の狂いなしに予測して、確実なタイミングを狙い、フリードの剣が来る位置に弾丸を()()したのだ。恐るべき神技である。

 

「何を驚くのです。貴方も銃使いなら、これぐらい出来なくてどうするのですか?」

 

 アリステアがフリードの持つ銃を指して(あざ)(わら)う。いい腕と性格に渚も苦笑いしか出ない。

 

「ここまでお膳立てしてもらったら、負けるわけにはいかないな」

「チィ」

 

 剣を失ったフリードを祐斗が追いつめる。あのまま任せても問題は無さそうだった。

 

「お背中、治りました」

「ありがとう、アーシア」

 

 アーシアが治癒してくれた甲斐もあり、戦線に復帰した渚が刀を拾ってベランダだった場所から外を見渡す。六階ほど下の地上では神父たちが(ひし)めいていた。数では不利だがグレモリー眷属の質だったら問題ない相手たちだ。

 それでも油断は出来ない。

 カラワーナはいなくなったが、もう一人の厄介者がいる。

 

「……いた」

 

 少し離れた場所からこちらを見上げているのは間違いなく、あの男だ。

 ──クラフト・バルバロイ。

 あれが今回、最大の障害になる存在だと渚は思う。

 数十メートルほど上にいる渚の視線に気づいたクラフトがその場で腕を突き出した。

 

「いつまでそんな場所にいるつもりだ?」

 

 クラフトの口がそう動いたのを渚は見た。

 急に建物全体が立っていられないほど揺れ、壁、床、天井など次々と亀裂が入り砕けていく。

 間違いなくクラフトの攻撃だと気づいた渚はこの中で一番非力なアーシアを片手で抱きあげる。

 小さな悲鳴が聞こえたが、ここは我慢してもらおうと無視する。

 

「崩されるぞ、外に跳べ!!」

 

 自分以外の者に渚が叫ぶと十階建てのマンションが一階から順に倒壊を始めた。

 激震の中、アーシアを抱えた渚は寝室へ続くドアを蹴り破る。

 

「イッセー、ここを出るぞ!」

「な、ナギ!? で、出るってどうすんだよ!」

 

 みるみる崩壊が進む寝室で一誠が慌てふためく。

 

「レイナーレを抱いて外に飛び降りろ、同時に回収する」

「無茶言うな!」

「やらないと生き埋めだぞ!」

「ああ、もう、クソ、やるしかないのか!」

「レイナーレを絶対離すな! 幾ら堕天使でも当たりどころが悪かったら死ぬ高さだ」

 

 渚が寝室の壁を丸ごと刀で斬り飛ばすと、レイナーレを抱えた一誠を連れて外へ身を投げ出す。

 

「アーシア、しっかり掴まってろ!」

「はい……!」

「うおああああああ! 落ちる落ちる!! ナギィイイィイイイッ!!!」

「分かってる、手を──」

 

 レイナーレと一緒に落下する一誠の手を掴もうとするが、下から撃ち込まれた"赦魔弾"が邪魔をする。

 

「アイツら全員、銃持ちか!? 対空射撃とはやってくれる!」

 

 神父たちが(そろ)いも(そろ)って銃をこちらに向けていた。アーシアだけならともかく一誠とレイナーレの着地をサポートしなければならないのでこの攻撃はキツい。

 

「おい、レイナーレ姉さまと悪魔野郎はウチに任せろ」

「ミッテルトか、何処にいた!?」

 

 翼を広げたミッテルトが落下中の渚に並んでいた。

 

「き、キッチンのテーブルの下……」

「なんでだよ!!」

「あぁぁん!? いきなり戦闘が始まって、ちょっとビビって隠れてただけっすよ!? なんか文句あるんすか!!」

 

 あまりにも酷い言い分だったが任せる事にした。一誠とレイナーレを連れてミッテルトが離脱する。

 赦魔弾を払い退けながら見送り、足下に術式を展開して落下の衝撃を殺すと近くの神父を直ぐ様、斬り倒す。

 背後で我が家が盛大な土煙と轟音を上げて倒壊。

 渚の家だったマンションは住宅街から少し離れた場所にあるので余所様には迷惑が掛からないだろう。

 周囲を砂と埃が覆う中で渚は動き出す。砂嵐に襲われたような視界の悪さを利用するためだ。

 

「ここで数を減らすか」

 

 アーシアと一誠以外の仲間の心配はしていない。

 マンションの崩壊程度で死ぬ輩でないと信じているのだ。

 渚は必要のない救出よりも今すべき戦闘を選ぶ。

 アーシアに目を閉じて息を潜めるよう指示を出すと駆け出す。

 砂塵によって視界の悪くなった戦場では気配を読むことに()けた渚の独壇場だった。

 聖なる力をひけらかす悪漢達を一撃で仕留めていく。アーシアから付かず離れずの距離を保ったまま何十人もの神父を相手取るなかで渚の第六感が警鐘を鳴らす。

 

「この視界でよく動く」

 

 砂塵の奥から称賛と拳が跳んできた。ただの拳にしては余りにも高密度な異能力を宿したモノだ。

 渚は「来たか」と思うと同時に全力を防御に回す。降りかかる脅威を刀の腹で受け止めた。クラフトの打撃が刀を伝い腕にのし掛かると骨を(きし)ませる。

 

「随分と面白い武器を所持している」

「武器? 刀が気になるか?」

「ああ、砕くつもりだったのだがな」

「拳で鋼が砕けるかっつの」

「正論だが私に限っては例外だな。我が"砕き"は万物を粉砕する」

 

 嘘には聞こえない。事実、この男は何らかの方法でマンションを倒壊させた。

 

「……やはりお前は"特別"という訳か」

「ビックリするぐらいの過大評価をありがとう。ついでに、どこら辺が"特別"なのかをご享受(きょうじゅ)願いたいね!」

 

 渚とクラフトが激突する。

 刃と拳。互いに命を奪うやり取りを行う。

 クラフトの一撃を(から)くも避ける渚。直後、(くう)を切った拳の前方が派手に瓦解(がかい)した。凄まじい拳圧だ。あれだけでも人を殺せる威力がある。それを繰り出した拳となれば肉体など容易(たやす)く砕けるだろう。

 そしてクラフトの技量も高い。渚の刀をその場で動かず片手で全て(さば)いている。焦りを見せず、だが余裕も出さない。

 渚は笑いたくなる。実力に差が有りすぎるのだ。まるで自分が赤子のような錯覚(さっかく)にすら襲われるくらいだ。クラフトがその気なったら呆気(あっけ)なく終わる勝負を前に逃げ出したくなる。

 しかしここは逃げない。自分がこの男を相手取っている間、仲間は神父の掃討(そうとう)に集中ができる。

 ここでの役目は勝利でなく足止め。渚は自らの戦力を総動員して格上に食らいつく。

 

「この()(およ)んで出し惜しみか?」

 

 クラフトが呟く。

 渚にはその言葉の意味が理解できない。出し惜しむモノなど何もないからだ。今のこれが渚の全力なのである。

 

「何を期待してるか分からねぇが、これ以上は何もないっての!」

「そうだろうか? 私の勘が常に貴様と言う存在に警戒している」

「なら勝手に期待して勝手に失望してくれ!」

 

 渚がクラフトの頭上に刀を降り下ろすが(なん)なく掴まれる。真剣を握っているというのに手からは血一つ出ていない。しかも捕縛された刃はピクリとも動かなかった。直感的にヤバイと感じて刀の柄から手を離す。

 "砕き"がやってくる。破壊と言う結果を残す凶器。直撃は死に直結する必殺。

 それは受けるなと本能が告げてくる。

 

「うぉおおおおおおおお!!」

 

 烈迫の叫びと共に渚が掌打を繰り出して胸を強く打ち据えた。貫くような掌打にのけ()るクラフト。反射的に出した攻撃は思いの外にダメージを与えていた。

 

「ふ、やるな」

 

 口から薄く血を流すクラフトが不適な笑みを作る。

 だが攻撃の手は緩めない。防御は悪手、"砕き"に対して防戦など自殺行為に等しい。

 渚は攻勢を崩さないで前に出た。

 クラフトも拳で反撃する。

 二十ほど応酬を繰り返すもクラフトの打撃が渚を(とら)えた。先の仕返しと言わんばかりに渚の胸をノックしたのだ。決してダメージにはならない筈の攻撃は渚の肺と肋を同時に"砕く"。

 

「ガッ」

 

 渚が呻くと大量の血を吐きながら倒れる。

 クラフトをそれを静かに見定めていた。死んでしまってもおかしくない致命傷。

 明暗する視界。

 意識を失う瞬間、渚は視線である者を探す。

 こうなる事は読んでいた。蒼井 渚ではクラフト・バルバロイには勝てないと知っていた。

 だから"彼女"がクラフトと相対する時間を稼げれば良かった。

 そして見つけると痛みの中で笑みを浮かべる。

 自分と言う前座ではなく本命がそこにいたからだ。

 

「あと頼んだ、ステア……」

 

 白雪のような少女にそう呟くと今度こそ渚は深い闇の底に沈むのだった。

 





もう少しまとめたいですね、色々。
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