ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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読み返したら原作の名残がない……。
二章は大丈夫なはずです、多分。





立ち上がる者《Fallen Dragon》

 

 ──悪い、後を頼めるか?

 

 倒れ伏す前、蒼井 渚は確かにそう言った。口ではなく目で、だ。

 彼の戦いを見守っていたアリステアは白雪の長髪を風に靡かせて歩く。

 途中、アーシア・アルジェントが駆け出そうとしているのが見えた。負傷した渚を治すために動こうとしたのだろう。

 (こころざし)は立派だが現状を考えて行動してほしかった。渚の前にはクラフト・バルバロイという男がいる。彼らの目的は戦争を起こして世界を混迷させる事。その火種はアーシア・アルジェントとリアス・グレモリーの二人だ。

 飛んで火に入る夏の虫……そんな日本の言葉を思い出しつつもアリステアはアーシアを止める。

 

「待ってください、アーシア・アルジェント」

「な、なんで止めるんですか、メアさん!」

「止めますよ。貴方は死んではいけない人間ですので」

「でも、ナギさんがあんなに血を吐いています。お願いです、行かせてください!」

 

 強く懇願(こんがん)するアーシア。

 大局的(たいきょくてき)に見れば渚よりアーシアの命の方が重い。ここは行かせてはいけない場面である。個人のエゴで世界が炎に包まれるなど最悪に等しい。

 だがアリステアはそのエゴを良しとした。

 

「行かせないとは言っていないでしょう? 少し待ちなさい、アレを引き()がすので」

 

 アーシアを少し下がらせると面倒そうな表情を隠さず右手に握るリボルバー銃の弾倉から空薬莢を排出し、装填を済ませる。

 そして瓦礫(がれき)の山を踏み越えると数メートルの距離を開けて渚を倒したクラフト・バルバロイと相対した。

 アイスブルーの瞳で敵を観察する。

 

 ──なる程、少なく見積もっても"最上級悪魔"レベルですか。

 

 アリステアのソレは直感ではなく、確信だった。

 彼女の"眼"は"見る"のでなく"()る"。それは物事や事象を見通す事に特化した"魔眼"とも言えるだろう。

 大まかな相手のステータスを見抜く能力は戦闘に置いて恐ろしいアドバンテージを持たらす。

 何かを探られている事を察したのかクラフトが不適に笑みを浮かべた。

 

「グレモリーにもこんな隠し玉がいたか……」

「力量を見破りますか。ただの雑魚ではないようですね」

「敢えて聞こう、貴様は何者だ? この底が見えぬ圧力(プレッシャー)、これでただ者だとは言うまい?」

「その問いに答える必要はありませんね」

 

 二人の間に冷たい風が吹く。

 クラフトの視線が足元に落ちる。そこにはピクリとも動かない渚がいる

 

「そうか、コレは中々だった。貴様は更に楽しませてくれそうだ」

「この程度でですか、興冷(きょうざ)めですね」

 

 失望した様子で小さくため息を吐くアリステア。

 

「仲間に対して辛辣(しんらつ)だな、私を相手に二十は打ち合い、久方ぶりに傷も負わされた。ここまで戦える者はそうはいない」

「勘違いですね。そこで呑気(のんき)にも死にそうになっている人へ言ったのではありませんよ」

「であれば何に対しての幻滅だ?」

「ハンデありで勝った気になった貴方にですよ、クラフト・バルバロイ。──程度が知れます」

「やはりか。この男どうにも読めん。剣の冴えと先読みは一級品だが所々で動きが噛み合っていなかった。自らの高いスペックに振り回されている(ふし)がある」

絶賛(ぜっさん)物忘れ中なのですよ。まぁそれも貴方のお陰でクリアできそうです」

「どういう意味だ?」

「強めのノックで寝坊助が起きるという事ですよ」

 

 大口径のリボルバー──"S&WM500カスタム"。その剣のように鋭い銀色のバレルをクラフトに突きつける。

 銃口を向けられたクラフトが一歩でアリステアを肉薄。人の知覚を越えた踏み込みで瞬時にアリステアの頭部へ攻撃を打ち込む。

 刹那、一発の銃声が響いた。鼻先数センチにまで迫ったクラフトの拳が数メートル後ろに遠ざかる。立ち昇るは硝煙の匂い。

 

(ふせ)ぎましたか」

「速いな。一発の銃声の間に三発の弾丸か」

 

 クラフトの胸、心臓付近で三発の弾丸が高速回転している。心臓と弾丸の間に左手が無ければ即死だっただろう。クラフトは受け止めた弾丸を"砕き"と呼ばれる異能で握り潰す。

 アリステアは粉々になって落ちた弾丸を注意深く見つめた。

 今、放った弾丸はただの鉛玉ではなく、アリステアの霊力と特殊な金属で加工した特殊弾。世界最強の生物と言われるドラゴンの表皮を貫くというコンセプトで仕上げたスペシャルだ。

 それでも貫けなかった。一瞬、拮抗していたがクラフトが"砕き"の力を上げたのだろう。結果は此方(こちら)の性能負けだ。

 あの力は物理的な破壊だけでなく霊質にも作用する。触れれば有無を言わさず、対象を滅ぼす攻撃だ。

 恐ろしい能力だがアリステアは冷笑を浮かべた。"砕き"の本質を彼女の"魔眼"は捉えたのだ。

 

「何が可笑(おか)しい?」

「少し興味が()きました。その力は崩壊という概念を対象に押し付ける異能でしょう?」

目敏(めざと)いな、どんな"眼"をしている」

 

 アリステアの言葉を肯定するクラフト。

 

「さぁ。それにしても本気は出さないので? ──腕だけじゃなく全身にソレを(まと)えるのでしょう?」

「これで十分だ」

「そうですか。ならばこの勝負は終わりです」

「過剰な自信だ」

 

 クラフトがアリステアに接近戦を仕掛ける。

 重く、激しいラッシュ。一撃の必殺の嵐をアリステアは冷静に見破って避けていく。

 零距離を取られないように少しずつ下がる。間違っても受けてはいけない。あの拳の前では防御陣すらも(ちり)と化す。

 視界のすみでアーシアが渚へ駆け寄るのが見えた。人を癒やすという行為に使命感でもあるような少女へアリステアは、感心と呆れが半々の嘆息を(こぼ)す。

 

「余所見か? 油断は大敵だぞ」

「油断? これは余裕と言うものです」

 

 空気すらも分解する凶器を前にアリステアは観察を止めない。それから何度かの攻撃を()いたタイミングで逆にクラフトへ踏み出した。

 目を見開くクラフト。後退を続けていたアリステア(銃使い)が急に接近戦に手段を切り替えたのだ。アリステアは他人の独壇場に易々(やすやす)と踏み入れると"砕き"の拳をすり抜けて掌打をクラフトへお見舞いした。

 

「く……!」

「これは蒼井 渚からの一撃と知りなさい、クラフト・バルバロイ」

 

 渚によって打たれた場所を寸分たがわず打ち抜くアリステア。二度も同じ場所に強い打撃を受けた事によりクラフトは動きを止めざる得なかった。

 これをチャンスとアリステアが大きく距離を取る。

 銀の大口径銃を再びクラフトへ構えると銃身にスパークが走り、銃口内に光が宿る。

 電光に照らされてアリステアは笑顔を見せた。

 

「自慢の力、突破してあげましょう」

「来い!」

 

 体勢を立て直したクラフトが右手を前にした構えを取って走り出す。

 アリステアから流れ出るオーラから大技がくると感じたのだろう。正面から受けて砕くつもりなのが透けて見えた。

 回避など微塵も考えていない。それは自らの"砕き"に絶対の自身があるからだろう。

 

「勇猛と過信は紙一重ですね」

 

 トリガーが引かれる。荒れ狂う熱風と光が目を眩ませたがソレも直ぐに過ぎ去る。

 

「バカな」

 

 クラフトが驚愕した。

 彼の右手、アリステアの弾丸を受けた腕が原型を留めないほどに破壊されたのだ。

 "砕き"で止めた弾丸は手の平から肩までを貫いて抜けた。再起不能な腕がダラリと下がる。骨と肉が歪んで混ざりあった肉塊がボタボタと血を落としながら地を真っ赤に染めた。

 

「予測以上に威力が減衰しましたか。塵にするつもりでしたが上手くは行かないものです」

 

 アリステアが赤熱化した銃を引っ提げながら肩を(すく)める。

 

「我が"砕き"を貫くか。……凄まじい"魔弾"だ」

「全ては貴方の慢心が招いた事です。"砕き"とやらを限界まで絞り尽くして防御すればこうはならなかったでしょう」

「弾丸が砕けるよりも速く私の腕を貫いたという事か」

「ええ。貴方の異能は問答無用で対象を砕く訳ではない。自ら調整して引き出すタイプと()ました。なので全力で砕きに来る前にダメージを与えた……ということです」

「見切りの良さには自身があったのだがな」

「無理ですよ。()()9(),()5()9()3(),()3()4()4()k()m()()()()()()()()()()()()()()、回避は諦めた方がいいですね」

 

 それは光の凡そ32倍の速さだ。発射された時には既に命中している攻撃を避けるなど出来る筈もない。

 

「フッ、馬鹿げた話だ」

「さて解説も終えたので、お終いにしましょうか」

 

 ゆっくりと近づいて眉間に拳銃を突きつける。

 勝負は決した。最早、クラフト・バルバロイは満身創痍だ。

 勝者が引き金に指を掛けた時だった。

 二人の戦いを呑み込む重厚な気配が周囲を支配した。

 アリステアとクラフトが同時に同じ方向を見る。

 視線の先の瓦礫が派手に吹き飛ぶと嵐のような重圧を伴い真っ赤な巨龍が現れた。

 そして悲痛とも言える雄叫びを轟かせる。

 

「この波動は……」

「赤龍帝? しかしあの形状は……」

 

 アリステアが眉を潜めた。

 彼女の"眼"はあの龍の異質さが見えたからだ。

 赤き龍の心臓部にあるのは黒き者、それは堕天使レイナーレに他ならなかった。

 

 

 

 ○●

 

 

 

「アイツ、強かったんだ」

 

 クラフトに破れて倒れ伏す渚を見て堕天使ミッテルトは呟く。

 

「ナギ、嘘だろ……」

 

 隣にいる新人悪魔、兵藤 一誠の同様だった。レイナーレを抱え込んだ悪魔とミッテルトは隠れるようにして、渚とクラフトの戦いを見ていたのだ。

 ミッテルトが倒れた渚を食い入るように眺める。レイナーレにちょっかい出していた"居眠り男(蒼井 渚)"は想定以上の力を発揮した。予想通りクラフトの勝利で戦いの幕は閉じたが過程が予想を大きく外れたのだ。

 

 ミッテルトにとってクラフト・バルバロイは怪物だった。

 彼との出会いは一年ほど前まで遡る。カラワーナが連れてきた協力者であり、その身に宿す"砕き"はあらゆる強敵を葬る事でレイナーレの助けとなった。

 カラワーナ同様に得たいの知れない存在、身震いする魔人とミッテルトは認識している。

 実際、クラフトは人間とカテゴライズしていいかも疑問なほどに強い。

 ミッテルトは彼が単身でSSランクの”はぐれ悪魔”を殺害したのを見たことがある。運悪く敵対してしまった時の話だ。

 SSランクの"はぐれ悪魔"となれば戦闘力は最上級悪魔にも比肩しうる上位者だ。そんな相手を詰まらなそうに一撃で粉砕したクラフト。その圧倒的な力に度肝を抜かれたのは記憶にも新しい。

 だが怪物とも言える男は蒼井 渚との戦闘で傷を負った。(いく)えにも攻撃を交わし合い、固い岩石のような顔に笑みすら浮かべた。

 ミッテルトが知るかぎり、クラフトが感情を見せたのはこれが初めてである。

 二人は酷く短い間だったが最高の技量と力の激突を交わしたのだ。

 

「でも結局はやられた。あのクラフトに勝てる奴なんてそうはいないっすよ」

 

 忌々しそうに唇を噛む。

 しかし卑屈とも聞こえる彼女の言葉を否定するように"ソイツ"は悠然と歩いてクラフトと相対した。

 "ソイツ"を目に捉えた瞬間、全身が恐怖に包まれる。

 クラフトやカラワーナよりも異質で恐ろしい存在。

 ──"白い闇"

 そんな単語が頭を(よぎ)る。

 スラリとしているが女性らしくもある身体。銀白の長髪を風に揺らしながら現れた"ソイツ"は十人が見れば確実に美しいと答えるだろう可憐さがあった。

 ミッテルトは首を振る。

 冗談じゃない。アレは人の形をした"ナニか"であり、自分達とは一線を画す化け物なのだ。

 "ソイツ"、アリステア・メアとは一度しか話したことはない。それでも殺気とも戦意とも言えない重圧を感じた。

 深い海に沈んでいくような重々しくも苦しい対話だった。比喩ではなく、あのままだったら間違いなく陸で窒息死していただろう。

 ブルブルと身体を震わせてアリステアから目を背ける。

 

「おい悪魔野郎、レイナーレ様を返せっす」

「おわ、急になんだよ」

「こんな場所にいたら命が幾つあっても足らないんすよ、遠くに逃げる」

「仲間のところに戻るつもりかよ!」

「……違う。遠くに行くんすよ」

 

 そう、レイナーレを連れて逃げる。

 クラフトもカラワーナもいない場所へ。

 今は監視の目がない。連中がレイナーレを使い潰すつもりなのは知っている。バカみたいに神器を詰め込んだのもあの連中だ。カラワーナは死んだ、クラフトもあの白い化物と戦えば無傷では済まないだろう。神父はグレモリーの悪魔どもが駆逐中だ。この好機は逃せない。

 

「あらー、ちょっとどこ行くのー?」

 

 全身の鳥肌が立つ。

 ミッテルトは壊れた人形みたいに首を背後へゆっくりと回した。

 そこには死んだはずのカラワーナがいたのだ。いつもよりも砕けすぎた口調だったがソレが不気味さを際立たせる。

 

「あ、ああ……なんで、確かに頭を吹っ飛ばされて」

 

 口が乾く。

 やはり得たいの知れない怪物だったのだ。

 一誠が抱き締めているレイナーレを見る。今も肩で息をしていて苦しそうだ。

 

「……レイナーレ姉さま」

 

 ミッテルトにとってレイナーレは慕うべき存在。

 弱者という事実を受け止めつつも諦めずに強くあろうとした愚かにも素晴らしい堕天使。

 きっと言ったら怒るだろう。自分は弱くない、と認めないはずだ。そんな意固地な所も大好きだ。

 堕天使としては下級、特殊な能力もなく、武の才能もない。それでも進み続ける姿は鮮烈で美しい。

 猛烈に憧れた。同じ弱者でも全てを諦めて生きていた自分との違いに憧れた。

 この人の側にいれば自分だって頑張れる。弱虫で臆病だけど……きっと勝ち目のない戦いにだって立ち向かえる。

 

「悪魔野郎、お前、レイナーレ姉さまのこと好きなんだろ?」

「え、あ、まぁ」

「そっか。分かった。じゃあ後は頼むっす」

「何をする気だ」

「あのクソ女をはっ倒すんすよ! その間にレイナーレ様と逃げろっつの」

「なんでだよ。俺は悪魔だ、夕麻ちゃんの敵なんだぞ」

 

 一誠の混乱にミッテルトは腹立たしくも悔しそうに顔を歪めた。

 

「笑ってたんだ……」

「え?」

「お前とデートする時、見たことねぇぐらい自然に笑ってたんすよぉ!! バカヤロー!!!」

 

 ミッテルトがカラワーナに飛び付く。

 

「わお、ミッテルトちゃんってば裏切るの?」

「悪いか!」

「いや、悪いでしょ。コレはレイナーレ様が望んだことだよ?」

 

 組み付いたミッテルトを投げ飛ばすカラワーナ。

 地面を砕くほどに叩きつけられたミッテルトだったが涙目になりつつも立ち上がる。

 

「ウチはお前が嫌いだ……。知ってるんすよ、レイナーレ姉さまのためとか言いながら裏ではいつも笑ってる」

「よく見てるねぇ、だって笑えるでしょ? 弱いのにバカみたいに強くなろうとすんの、まるで喜劇だよ」

「ブチのめす」

「残念だけどミッテルトちゃんと遊んでる時間はないんだ」

 

 カラワーナがミッテルトの首を掴む。

 

「ガッ」

「よいっしょ」

 

 小さなの身体を片手で持ち上げるカラワーナ。

 バタバタと足を動かして抵抗するが、首は更に絞まっていく。

 

「苦しい? 大丈夫、窒息なんて悠長な事はしないからさ」

 

 ミシミシと首が嫌な音を経てた。

 このままへし折る算段なのだろう。意識が飛びそうになるが、ふとカラワーナの力が弱まった。見れば視線がミッテルトから反らされている。違うものに興味を持っていかれたという印象だ。

 その目線の先にあるのはクラフトとアリステアが戦闘している場所だった。

 

「へぇ意外な状況だ」

 

 クラフトの右手が破壊された風景を見てふざけた雰囲気が霧散した。

 

「あの女は色々とバグってるね。とりあえず今回はここまでか、あと一息だったんだけど……。とりあえず火種だけは残しとくかなー」

 

 アリステアに警戒した素振りを見せるカラワーナ。

 再び苦しむミッテルトを見上げると純粋な少女のような笑みを浮かべた。

 

「私がレイナーレ様を強くしてあげるよ、とってもね」

 

 興が乗ったと言わんばかりにミッテルトを地面へ落とすとレイナーレに近づくカラワーナ。

 彼女を抱いていた一誠が身構える。それを見てクツクツと嘲笑う。

 

「君の"神滅具(ロンギヌス)"も頂きたいけど我慢するよ」

 

 カラワーナがレイナーレに対して手を翳すと手のひらサイズぐらいの緑色の水晶体が現れた。

 

「な、なんだよ、ソレ」

「ふふ、これはボクが彼女をかけた術式。常に魂を侵す神器に対する枷であり檻だ。こんなものが必要になったのは君が原因なんだけどね、兵藤 一誠くん」

「お、俺?」

「そうそう、レイナーレ様は確かに限界が近かった。複数の神器所持による魂の圧迫は寿命は凄まじい勢いで削っていたよ。けどね、トドメを刺したのは君の神器だ」

 

 一誠がゴクリと唾を飲む。信じたくないのだろう。だがミッテルトはそれが真実だと知っている。兵藤 一誠の神器を取り込んだ時よりレイナーレは酷く消耗していった。元より死相が出ていたが、より一層に濃くなったのだ。

 

「う、嘘だ……」

「ホントさ。君の所持する異能は"赤龍帝の籠手(ブーテッド・ギア)"と呼ばれる最高位の神器の一つ。それは特別でね、他の神器なんて比べ物にならないぐらい強大な代物だ。だからレイナーレ様では完全に抜き取れなかった。だが一部だけは彼女に宿ったんだよ。大きすぎて彼女のキャパシティを軽くオーバーしちゃったけどね」

「俺の神器が強大……?」

「今からレイナーレ様の中に埋め込んだ枷を砕いてあげる、何が出てくると思う?」

「や、やめろぉ!」

 

 ミッテルトが悲痛な叫びで願う。

 

「やーめない♪」

 

 カラワーナが水晶体を壊す。

 すると眠っていたレイナーレが激しく痙攣を始める。

 

「レイナーレ姉さまぁ!」

「ゆ、夕麻ちゃん」

 

 もがき苦しむレイナーレが一誠を弾き飛ばした。彼女の肉体を禍々しい赤いオーラが包み、変異させていく。細い腕は太く、細やかな肌は堅牢な鱗へ……。

 それは人の姿を捨てた存在。

 

「嘘だ、ヤダ、ヤダよ!!」

 

 レイナーレが違う者に変貌する。

 ミッテルトはフラフラと嵐の中に足を進めようとしていた。

 その小さな手を強く引っ張られる。

 

「待てって! 今行ったらお前も吹っ飛ぶぞ、ミッテルト」

「離せ! 離せよクソ悪魔! ウチは行かなくちゃいけないんだ!!」

「行かせねぇ、あいつはお前が飛び込んでいくトコを見てぇんだ」

 

 ハッと気づくミッテルト。

 レイナーレの悲劇を喜劇として笑う女が残念そうに首を振った。

 

「あーあ、ざぁんねん。存外、赤龍帝の方は冷静かぁ、二人一緒に飛び込んでいくと思ったんだけどねぇ」

「てめぇ……」

「怖いなぁ、そう睨まないでほしいね。見なよ、愛しのレイナーレがすごい事になってるよ」

 

 ──グォオオオオオオオオオオ!!!

 

 咆哮が轟く。

 そこにいたのはレイナーレを核とした赤黒のドラゴンだった。

 

「さて駒王は彼女が破壊してくれるだろう。じゃあボクはシスターちゃんを殺すかな、天界側にも戦う理由をあげなきゃだしね」

 

 意気揚々とアーシアを探すカラワーナ。

 少し離れた場所で渚を治療しているシスターがそこにいた。

 

 

 

 ○●

 

 

 

 神父を駆逐し終えた同時に莫大なオーラがリアスを襲う。

 それは暴風のような力の本流であり赤黒い光を纏う龍だった。

 上級悪魔の自分を遥かに凌駕する怪物の降臨。

 瓦礫の山に立つ巨龍は軽く十メートル以上はある。細身の肉体だが両翼を広げれば圧倒されるシルエットになるだろう。

 

「(臆するな、リアス・グレモリー。アレと戦えるのは自分を置いて誰がいる!)」

 

 自らを鼓舞(こぶ)し、すぐに散らばった眷族を一つに集める。

 

「来たわね」

「部長、銀髪のはぐれ神父を逃がしてしまいました」

 

 祐斗が簡潔に伝えてくる。はぐれ神父の中でもあの男は別格だったようだ。

 リアスは首を振って祐斗を許す。

 

「いいわ、ご苦労様。今はアレの対処が急務よ」

 

 突如現れた龍種。

 タイミングからして堕天使の切り札で間違いない。放って置けばこの駒王にとって厄災となる。

 堕天使の目的は戦争の火種を作る事。魔王の親族である自分が堕天使に殺されれば冷戦状態などすぐ決壊する。

 ふと脳裏に危機感を覚えた。

 もう一人、リアス同様に死ねない人物を思い出したからだ。

 

「アーシア!」

 

 教会の聖女。

 真実を隠された信徒たちに彼女の死が悪魔領土で起きたと知られたら大変な事態になる。

 リアスはまず彼女の安全を確保しようとした。少し離れた場所で倒れ伏す渚に寄り添う彼女を見つけたが、既に行動が遅かったと知る。

 一人の堕天使が彼女に襲いかかっていたのだ。(みな)が意識を龍と言う巨大な存在に飲み込まれた隙だった。

 

「不味い!」

 

 リアスが悲鳴にも似た叫びと共に自らの手に魔力を帯びる。

 ──間に合え! 

 そんな彼女の願いを嘲笑うように堕天使が振り返った。

 

「な……!」

 

 思考が凍る。あの堕天使はカラワーナと名乗った者だ。

 アリステアの弾丸で頭を完全破壊されたのを目の前で目撃した。なのに生存している。傷や血の後すら見られない。

 魔性の笑みでリアスを一瞥すると光を槍に変えて切っ先をアーシアに向けた。

 致命的な隙だ。一瞬とはいえ動きを止めたリアスは、もう間に合わない。

 カラワーナに気づいたアーシアは怯えた表情を浮かべるが逃げるそぶりを見せなかった。むしろ意識を失っている渚を強く抱き締めながら庇ったのだ。

 決死の槍がアーシアに振るわれる。

 だがその槍が届く事はなかった。

 カラワーナの槍を持つ腕が破裂したからだ。

 攻撃の主はアリステアだった。離れた位置からカラワーナを撃ち抜いたのだ。

 

「イラつく女だなぁ! 真っ白ちゃんは!!」

 

 腹立たしいはずの場面で笑うカラワーナ。笑顔で殺意を跳ばす者などそうは居ないだろう。

 アリステアは首を小さく傾ける仕草で『それはどうも』と無言の挨拶する。

 そして残りの四肢を同時に撃ち貫く。

 

「クソ痛いよ、もう! でもボクの勝ちだね! ──"摘 出(ミューティレーション)"」

 

 辛うじて原型を留めていた片腕をアーシアの胸へ無理矢理に突き入れるカラワーナ。

 苦痛の表情を浮かべるアーシア。その苦しみに対して更に奥へと腕をねじ込む。

 

「う……あぁ……くぅ……」

「"確 保(スナッチ)"」

 

 抜き取られるカラワーナの手には淡く光る神器があった。"聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)"と呼ばれるアーシアの力だ。神器を抜かれたアーシアに外傷はない、しかし魂と一体化した神器を取られたことによって内部が致命的なダメージを受けている。

 アーシアは糸の切れた人形のように倒れ込んだ。

 

「……ごめん……なさい」

 

 それは自分を守ろうとしてくれた者たちへの謝罪。

 意識を失う最後まで渚の手だけは放さないのは死を恐れているからだろう。

 リアスが怒りを露にしてカラワーナを睨む。

 

「はぁ……はぁ……リアス・グレモリー、あとは君の抹殺だけど今のボクでは少し荷が重い」

 

 アーシアから奪った神器を無造作に放り投げる。

 行き先は、龍に変貌したレイナーレの元だった。エサとでも思ったのだろう、禍々しい龍はその神器を丸呑みにする。すると龍の片目が赤から碧へと変色した。

 

「だからレイナーレに後を頼もうと思う」

 

 ケタケタと血だらけの道化が嗤う。

 耳障りな女を消し跳ばすため魔力を高めた時だった。

 一発の銃声が嗤い声を殺す。

 アリステアが心臓に弾丸を撃ち込んだのだ。

 

五月蝿(うるさ)いですよ」

「ちぇ、流石に……限界、か」

 

 カラワーナが倒れるが、その首根っこをクラフトが掴んだ。

 

「退くぞ」

「うん、ちょっと運んで、ダメージが深刻っぽい」

「それは私もなのだがな」

 

 軽口を叩き合うクラフトとカラワーナが去る前にアリステアへ視線を送る。

 そんな二人に弾丸を放とうとするが、次の瞬間には忽然と姿を消した。

 

「逃がしましたか」

「アリステア」

 

 リアスが悪魔の翼を羽ばたかせてアリステアの隣に降りる。

 

「アレを止めるわ、協力して」

「協力ですか……。私があの龍に対して出来るのは後片もなく消滅させるぐらいですが?」

 

 意図も容易く龍を滅ぼせると豪語するアリステア。

 だが嘘とも思えない。リアスの知る限り、彼女は最高レベルの戦力だ。

 隣にいると、まるで最強の"女王(クイーン)"と呼ばれる義姉と共にいるような安心感がある。

 アリステアの協力があれば、あの龍を滅ぼすことが出来る。

 そう確信したリアスは戦闘の協力を要請しようとしたが、脳の隅でストップが掛かる。

 アリステアはリアスの言葉に懐疑的だった。

 本当にそれでいいのか、と問いかけて来たのだ。

 

「ダメね、それではアーシアが助からない。今のあの子は"悪魔の駒(イーヴィル・ピース)"だけじゃ生き返らせられないわ」

「ええ、完全に神器を抜かれた者は魂を削がれた状態です。元に戻さないと目覚めないでしょう」

 

 下手に攻撃したらアーシアの神器を破壊する可能性がある。

 むしろアレほどの敵に対しては加減など出来るはずもなく、やるとしたら全身全霊の戦いになる。そんな中で龍に溶け込んだアーシアの神器を取り出すなど不可能に近い。ましてや後片もなく消し跳ばせば回収どころではない。

 

「加えて今の私はナギによりレイナーレを殺すなと釘を打たれています。約束した以上はアレを後片もなく殲滅する気はありませんよ」

 

 アリステアがそう言う以上、あの龍は殺さないだろう。

 彼女は実力がある分、プライドが高い。他人から指図を嫌い、自らの意思への介入を良しとしない性格だ。

 そんなアリステアが唯一従う人間が渚だ。

 彼の言葉なら文句を言いつつも受け入れる。そこからアリステアは渚に大きな信頼と信用を寄せているのが分かる。

 

「手詰まり……とは思いたくなないわ」

 

 リアスが思考をフル回転させる。

 何を捨てて、何を拾うか。

 様々なモノを天秤に乗せて考えていると……。

 

「リアス・グレモリー、そう頭を悩ませる問題でもありません」

「どういう意味かしら?」

「あの龍を攻略するピースは既に揃った、という事です」

 

 急に何を言い出したのか理解できなかったリアスはアリステアの目線を追う。

 

「……渚?」

 

 眠るアーシアを抱いて立ち上がる渚がそこに居た。

 傷を癒してもらった渚は、瞳を閉ざすアーシアの頬を優しく手の甲で撫でる。

 

「大丈夫、すぐに起こすからな」

 

 違う……とリアスは思った。

 先程までの渚ではない。感覚的で上手く説明できないが、今の渚からは言い知れぬモノを感じた。

 渚はゆっくりとアーシアを降ろして寝かす。

 そして落ちていた刀を拾うと暫く抜き身の刀身を眺める。

 

「"刻流閃裂(こくりゅうせんさ)"だったか……?」

 

 渚が一人呟くと当然のように龍へ走り出す。

 現状は把握していると言いたげに刀を一閃。その刃は龍の翼を軽々しく切断する。

 リアスは心底驚いた。明らかに堅牢な龍に傷を付けるどころかダメージを与えたのだ。

 何が起きたかは分からない。だが間違いなく今の渚は以前と違っていた。

 災害たる龍を両断する技量と太刀筋は並みの剣士とは掛け離れたモノである。

 

「やっとその気になりましたか、譲刃(ゆずりは)

 

 尋常ではない剣技を振るう渚を見て、アリステアが懐かしむように誰かの名を呼ぶ。

 知らない名だった。

 何にせよアリステアにとって渚の変化はそれほど驚くべき事ではないのだろう。

 しかしリアスにとっては嬉しい誤算であり、同時に戦意を取り戻すには充分な出来事であった。

 単身で龍に挑むを姿を前にして、臆していられるほど彼女は大人しくはないのだ。

 すぐに眷族たちに渚の援護を指示すると自身も魔力を高める。

 

「全く、渚には驚かされるわね」

 

 紅い少女が悪魔の翼を羽ばたかせて龍へ挑む。

 この戦いに終止符を打つために……。

 





最初に倒れて、最後に立ち上がるナギさん。
さすが主人公です。……え? ただのゾンビ? 立つのが遅い?
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