ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

15 / 86

日常回です。
ではどうぞ。



戦闘校舎のフェニックス
不真面目で真面目な男《Daily live》


 

「誰か、ソイツを止めてぇ!」

 

 帰宅途中、声の主である女子は引ったくりにあった。

 夕暮れの商店街で背後から襲われたのだ。

 自分がターゲットにされたのは鞄を道路側に向けてしまっていたのが原因だろう。

 学生の鞄を狙うなんて、どうかしてると思う。

 しかし世の中には女子高生の体操服などで興奮する者もいるくらいだ。さもありなんと言うのは今の状況なのだろう。

 相手はバイクに乗ったフルフェイス野郎であり、速度もかなり出ている。

 (さいわ)い、財布や身分証は制服のポケットに入れていたので鞄はキッパリと諦めようとした。

 だが、ふと鞄に大事なものを納めていた事を思い出す。

 

「ま、待ちなさいよぉ!」

 

 気づけば追いかけていた。

 商店街を抜けて、大通りに出れば既に多くの車に紛れたバイクの背中が見える。

 ナンバーだけでも見ようと視線を下げるが嘲笑うように車と車の間を潜り抜けて上手く隠れてしまっている。

 

「くそ! あの引ったくり、逃げ足が早い」

 

 悪態(あくたい)を吐いて追いかけるも相手は遠過ぎた。必死で走っていると余所見をしていた男子学生とぶつかる。

 

「おわ」

「あいた」

 

 女子は尻餅をついて男子は半歩だけ後ずさる。

 

「悪い、余所見してた」

 

 見上げれば眠そうな男子学生が手を差し伸べている。

 

「……ありがと」

 

 気落ちした声だと自分でも分かる。

 それを読み取ったのか男子学生が眠たげな目で女子を見る。

 

「なにか困り事か?」

「へ?」

「いや、明らかに気落ちしてるから」

「鞄、盗まれたのよ」

 

 話しても無駄だと分かっていても、つい言葉が出る。

 きっとこれは文句を言いたかったからだ。

 男子学生の眠たげだった(まぶた)が少し開いた。

 

「もしかして、あの車と車の間をすごい勢いで走ってった奴?」

 

 どうやら余所見の原因はバイクの乱暴な運転に目を奪われたからのようだ。

 

「……そうよ」

「身分証とか入ってた?」

「もっと大事なもの」

「財布?」

「好きな奴から……幼馴染みから貰った小さいコンパクトミラーよ」

 

 平常心では無かったからか、少し口が滑った。

 

「…………好きな幼馴染みか、それは大事だな」

「もういいわよ、どうせ安物だしね」

 

 もちろん良くはない。

 それでも諦めるしかない。ナンバープレートの番号すら分からず、バイクもありふれた色と車種だ。

 警察に行ったところで、貴重品が入ってない学生鞄など真剣に探してくれるか微妙である。

 

「大切なモノは値段じゃ計れないだろ。警察に話した方がいい」

「忠告どうも。……じゃあ私、行くから」

 

 返事を待たずに歩いていく。

 

「ああ、またな桐生」

 

 男子に名字で呼ばれる。

 驚きはない。何せ自分と同じ学校の制服で同じクラスの男子だ。

 直接話したことはない。一ヶ月ほど前、十月と言う妙な時期に転校してきたので覚えがあるだけ。

 悪いと思ったが、そんな彼の言葉を桐生 藍華は聞こえないフリをして歩いて行く。

 今は誰とも話したくはなかった。宝物を無くして心が酷く沈んでいる。

 柄にも無く、瞳が潤んでいた。

 もしかしたら、目の前にいた男子に見られてしまった可能性もある。

 だから早足で去る。小さな手鏡ごときで少女みたいに泣きそうになっている自分を情けなく感じながら……。

 

 その次の日だ。

 自分とぶつかった男子学生が遅刻してきた。

 二時限目の始まりにやってきた彼は教室に入ってくるなり、こう言った。

 

「……えと、すいません、寝坊しました」

 

 気不味そうに目を泳がしたソイツ。

 先生とクラス中の人間は間違いなく嘘だと思っただろう。

 薄汚れた制服にボサボサの頭。それに目の下には大きな隈がある。間違いなく寝る間も惜しんで何かをやっていた様子だったのだ。

 

「……え?」

 

 藍華は驚く。

 遅れてきたソイツ……蒼井 渚の手には見慣れた鞄が握られていたのだ。

 目が合うと無言で『今は不味いから後でな』と席に着かれてる。

 疑問が頭を過る。

 何故?

 どうして?

 なんで?

 こんな事をして渚にメリットがあるのだろうか?

 頭が酷く混乱する。

 藍華が渚を注視していると近くの女子たちがヒソヒソと話すのが聞こえる。

 

「ねぇ蒼井くん、やばくない?」

「……目の下が真っ黒なんだけど、アレって(くま)?」

「あーあ顔は良いのに、色々と残念なのよねー」

「てかさ、なんで鞄を二つも持ってるわけ?」

 

 小さな陰口は渚にも聞こえていただろう。一瞬だけ困ったような、謝罪するような苦笑を浮かべるも直ぐに授業を受ける準備をする。

 それからお昼の昼休みになったのを見計らって渚に声を掛けようとするが彼は一人で立ち上がり教室を出ていく。

 慌てて藍華も追いかける。

 小走りで捕まえようとするも渚は一定の距離を保ち続ける。

 おかしな現象だった。相手はゆっくりと歩いているのに追い付けない。

 角を曲がったり、階段を降りたりすると妙に距離が開くのだ。しかし見失う事はない。

 そんな不可思議な追い駆けっ子していると静かな校舎裏にたどり着く。

 

「この辺ならいいか」

「ふぅ。やっと追い付いた」

 

 藍華が渚に詰め寄った瞬間だった。

 目の前にふわりと四角い物体が跳んでくる。

 ポスンと胸の前にやってきた物体を両手で受け取った。

 

「これ、返しとく」

 

 誰もいない校舎裏でそう言うと渚は去ろうとする。

 

「ちょ、それだけ? コレ、どうやって取り戻したの?」

「帰り道に落ちてた」

「……あんた、嘘下手すぎでしょ」

「本当だ、運が良かったな」

 

 あぁコイツ、絶対ソレでやり過ごす気だ。

 用意されたような言葉を聞きながら藍華はそう思う。

 だが同時にその優しい嘘に乗っかるのが礼にもなる気がした。

 

「そ。じゃあお礼を言っとく。ありがとう」

「届けてよかったよ。……それと松田と上手くやれるといいな」

「──な!」

 

 渚は宝物をプレゼントしてきた人の名を当ててきた。

 確かに渚は同じクラスのエロ三バカ衆と交流がある。

 まさかと驚く藍華に渚は小さな笑みで返す。

 

「松田から聞いた事があるんだよ。桐生は幼馴染みで腐れ縁ってな」

「くぅ」

「言う気はないから安心しろって」

「……絶対よ」

「約束する、じゃあ俺は行くよ」

 

 こうして渚は颯爽と去っていった。

 授業中はぼんやりしてるか、居眠りの多い問題児である彼は思いの外にお節介でいい奴だった。

 藍華は心の中でもう一度礼を言う。

 バカでエロでどうしようもない松田という幼馴染みがいなければ惚れていたかもしれない。

 もし、あの不真面目で真面目な男の良さに気づく女子がいたら全力で応援してやろうと密かに我策するのだった。

 

 

 その藍華のお眼鏡に叶う少女が現れるのは、それから半年近く後の話である。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

「ねぇあんたらってさ。よく二人でいるけど、どういう関係なの?」

 

 昼休み、渚がアーシアと弁当箱を突っついてると一緒に食べていたクラスメイトの藍華が急に問い掛けて来た。

 眼鏡の奥にある瞳は興味津々といった感じである。

 アーシアが転校して来て、既に幾つかの日が過ぎている。

 控えめで容姿端麗、相手を不快にさせない品行方正の金髪少女は男女問わずクラスでも人気者だ。

 だからこそ成績落第の不真面目な居眠り魔である渚との関係性が気になったのだろう。

 自分の事ながら確かに組み合わせとしては可笑しくはある。

 

「私たちの関係、ですか?」

 

 アーシアが食べる手を止めて藍華の質問を反復する。

 

「そ。ちょっと気になってねー」

「なんで、そんな事聞くんだ?」

「だって、あんたらってかなり仲良いじゃない? 転校してきた初日からアーシアも妙に心を許してた感じがしたしね」

「えと、ナギさんには良くしてもらっているで……」

「ほら、蒼井のことも『ナギさん』って呼んでるし。……まさか付き合ってるの?」

 

 藍華の言葉にクラス中の視線が集まる。

 全員が昼御飯を食べるフリをして聞き耳を立てていたのだ。

 特に男子の視線が渚を貫かんばかりに集中する。最も恐ろしい目をしていたのは松田と元浜だった。友人二人の口からは『ウラギリモノー、ウラギリモノー』という呪詛が吐かれている。

 

「付き合うとはなんでしょうか? お買い物ですか?」

「ちゃうちゃう。用は彼氏彼女の関係かってことよん。純粋過ぎて可愛いわ、もう!」

 

 ガタンっと席を立ってアーシアに抱きつく藍華。

 

「あぅ前が見えません、藍華さん」

「あ~なんでこんな良い匂いがするの? もう色々と国宝級だわ」

「桐生。アーシアはあんまり苛めてくれるな」

 

 モグモグと弁当を食べながら渚は注意を促す。

 

「けど結構な噂になってんのよ?」

「噂?」

「転校してきた金髪碧眼美少女を手込めにした羨ましくも恨めしい野郎がいるって」

「冤罪過ぎて泣けてくるな……」

 

 確かにアーシアと渚は距離が近い。登校するときは一緒にいるし、昼も二人で食べている事が多い。

 さて、どう答えるのが正しいのだろうか。

 二人の関係性は特殊だ。

 説明するとなれば藍華が知るべきではない世界にも触れる事となる。

 

「アーシアが駒王に来たばっかの時に偶然知り合ったんだよ」

「そうなの?」

「はい、あの時はとても助かりました」

「道に迷ってたから声を掛けたのが最初だったな。それから何度か会ったりしてる内に仲が良くなったわけ」

「ふーん。蒼井ならそれもアリね」

 

 重要な部分の端は折ったが、渚の説明を受けた藍華は納得したようだ。

 随分とあっさりと信じられた事に疑問を感じる。

 

「俺ならってどういう意味だよ」

「あんたって不真面目だけど真面目じゃない」

「その二つの言葉は同時に成り立たないんだが……」

「あんたは授業中は寝るし、成績は芳しくない。でも誰かが困ってたら迷いなく手を差し伸べる奴よ。これは友だちやってないと分からない部分ね」

 

 饒舌に褒める藍華。

 否定しようとするが隣のアーシアがコクコクと首を縦に振っている。

 

「私もナギさんは素晴らしい人だと思います」

「……やめてくれ、少し困る」

 

 信頼に偽りはない。

 渚は照れつつも、ふと思った事を藍華に聞いてみるとした。

 

「……で? アーシアを手込めにしたってのは何処から流れてきたんだ」

「あぁそれ? 丁度あっちからよ」

 

 指をさされた方向にいたのは松田と元浜だった。

 どうやら酷い噂の出所はあの二人のようだ。

 渚は空っぽの弁当箱を閉めて袋に戻す。

 

「おい、片方はお前の幼馴染みだろうが……」

「そうねー。でも見てて楽しそうだから否定はしなかったわ」

「勘弁しろ、ちょっと行ってくる」

「いってら~」

「何処かへ行くのですか?」

「鉄槌を下しに。アーシアは桐生とゆっくり食べていてくれ」

「いってらしゃいです、ナギさん」

 

 こうして渚は友人二人に近づく。

 己の尊厳を取り戻すために……。

 

 

 

 ●○

 

 

 

 渚が去ったのを見送るアーシア。

 そんな彼女の事を見ていた藍華が人差し指でアーシアの頬に触れた。

 ぷにっとした感触に藍華は笑う。

 

「モチモチ肌ね、アーシアってば。なんでこんなに可愛い要素がてんこ盛りなのか研究したいわ」

「えと、ありがとうございます?」

 

 急な行動にアーシアは疑問符を浮かべる。

 

「もう浮かない顔しちゃって、私だけじゃ不満?」

「い、いえ、そんなことはありません。藍華さんとの食事も楽しいです!」

 

 藍華が『冗談よ』っと笑う。

 実際にアーシアは藍華に心を許している。転校してきて最初に話しかけてくれた女生徒も彼女なのだ。

 それから渚や一誠には頼れない女の子の悩みなども聞いてもらっているので感謝の絶えないクラスメイトでもある。

 アーシア個人としては親しい"お友だち"と思っているのだ。

 

「行って欲しくないなら、そう言わないとダメかと思うなー」

「……はぅ」

 

 見透かしたような言葉は心の奥にあった本心だった。

 ふと藍華が急接近する。肌がふれ合う距離で彼女は誰にも聞こえないように言う。

 

「蒼井の事、好きでしょ?」

「ど、どうしてですか」

「だって、アイツの近くにいる時が幸せそうだもの」

「うぅ」

 

 思わず唸る。

 恐らくその指摘は間違っていない。

 渚といると心が安らぐ。ずっと隣にいてほしいと言う欲が出る。こんな感情は初めてなだけに自分でも持て余してしまうのだ。それでも渚に迷惑を掛けたくないアーシアは本心を偽って奥に押し込めてしまう。

 

「アイツってさ、自分の事はわりと適当に済ますけど他人の事になるバカみたいに熱くなるのよ」

「藍華さんもナギさんに助けても貰ったのですか?」

 

 その問いに藍華は小さく笑みを浮かべた。

 

「……私、去年の冬頃にひったくりにあってね。そん時に借りを作っちゃったのよねー」

「そうだったんですか」

「相手はバイクでね、追っかけてる最中に偶然、同じクラスだった蒼井に出会(でくわ)したのよ。寝ぼけた顔で歩いてたアイツはなんも言わずに助けてくれた。諦めた私を他所に大事なモノを探し回ってくれたのよ。次の日、鞄を普通に返しやがったのは驚いたわ。恩に着せる訳でもなく、ただ渡して終わり」

 

 渚との交友はそこから始まったと藍華は語った。

 きっと本人は否定するが結局、渚という人間は困った者を見過ごせない善人なのだとアーシアは改めて実感する。

 

「素敵な人です」

「そんな嬉しそうに笑っちゃって、どんだけ好きなんだか。……まぁ詳細を知らないクラスメイトは絶句だったわ。乾いた汗の臭いから来る異臭と据わった目は完全にヤバイ人間よ。本人は気にしてなかったっぽいけどね。……でも助かったわ、鞄にはコレが入ってたし」

 

 ポケットから小さなコンパクトミラーを取る藍華。随分と古いものだった。

 

「あはは、ボロいでしょ? でも一応大切なものなのよ。本気で取り返してくれた蒼井には感謝してるわ」

「分かります。私の時も親身になってくれて……」

 

 ──命も救ってくれた。

 

 そう言おうとして言葉を止める。

 流石にこれを言ってしまったら藍華に神妙な顔をされるだろうからだ。

 ともせずアーシアが渚を異性として意識しているのは確かだった。

 しかし初めての感情だけに、どうすればいいのかが分からないのだ。

 

「はは~ん。もしかしてアーシアって初めて恋したの?」

「はぅ、おっしゃる通りです。前に居たところではこんな気持ちになったことはありません……」

「わお、こんな美少女の初モノを蒼井はゲットしたのね」

「はい。その……ゲットされちゃいました」

 

 もじもじと小さく体を(よじ)らせる。

 頬はもちろん耳まで熱い。

 

「初モノにツッコミがないくらい純粋なのね、アーシア」

 

 目の前の藍華が呆れ気味に微笑む。

 こうして昼休みは過ぎていく。

 

 

 

 ●○

 

 

 

 その日の夜。

 渚はアーシアと共に夜の駒王を歩いていた。

 今日はアーシアの悪魔契約デビューの日なのだ。

 駒王では密かに悪魔契約が行なわれている。悪魔は契約者の願いを叶え、対価を支払ってもらう。一見して危険そうなイメージだが中身はわりと平和的な内容が多い。

 昔は魂を対価にした取引が盛んだったのだが契約者からの受けが悪くなってきた現代社会では、金、物資、人脈、使えるものならなんでも対価に出来るとの事。(よう)は悪魔側が貰ってもいいと思うモノを差し出せば契約は可能だ。

 ちなみに今回の依頼人は元々、小猫の常連であったが彼女が外せない契約が入ったので急遽アーシアが担当する事になった。

 そんな悪魔のお仕事に渚が同行した理由は二つ。

 一つは純粋に心配だったから。

 二つはリアスに頼まれたからだ。

 

『この依頼人はサブカルチャーに染まった契約者だから、ある程度理解がある人が必要なのよ』

 

 ……とリアスの言葉だ。

 つまりゲームやマンガを知らないとダメと言うことらしい。

 渚も多少とは言えどゲームするし、マンガだって読む。

 それに小猫がサブカルチャーに詳しいのは知っている。

 だが、そういう客にはアーシアよりも適任な者がいたりする。

 一誠だ。

 あの男は渚以上にそういう知識も持っている。小猫の代行は彼にやらせるのが一番である筈のだが……。

 先方が断ったらしい。どうしても女の子がいいと……。

 ある意味、不安になるリクエストだった。

 

「私、きちんと出来るでしょうか」

「大丈夫と思ったからグレモリー先輩も任せたんだ、自信を持って行こう?」

 

 不安げなアーシアを励まして、契約者の家の前にやってくる。

 何て事はない普通のアパートだ。

 渚がチャイムを鳴らそうとしてアーシアに止められた。

 

「わ、私のお仕事なので!」

「そっか」

 

 渚はドアの前から退いて道を開ける。

 アーシアが前に出ると大きく深呼吸した。

 一度、二度、三度。

 彼女の緊張が伝わってくる。震える指でインターフォンのボタンを押す。

 ピン………ポーン。

 妙に間隔のある控えめの呼び出し。

 家の中からドタドタと騒がしく駆ける音がすると強くドアが開かれる。

 アーシアがドアに激突する所を渚が引いて避けさせる。

 随分と慌ただしい契約者だ。

 

「塔城さん、待ってた!」

 

 出てきたのは意外にも女子だった。

 部屋着なのだろう、ヤボったいジャージ服に大きな黒縁メガネ。前髪を上げているが髪はバサバサだ。

 可愛らしい顔をしているが色々な女の子(りょく)が足りていない。

 そんな契約者である女子がアーシアと目が合わせる。

 

「……アーシア・アルジェント先輩?」

「え! あ、はい!! アーシア・アルジェントです!」

 

 名前を呼ばれて背筋を正すアーシア。

 メガネ女子の視線がそのままアーシアの後ろに立つ渚にも向けられる。

 

「あ、あああ蒼井 渚先輩!? あわわわ、なんで? なんで二年でも噂の絶えない二人がいるの!?」

 

 何故か驚かれる。

 どうやら彼女は一方的に渚とアーシアを知っているようだった。

 渚はとりあえず用件を言う事にした。

 

「悪いが塔城が来れなくなって代理で来た。グレモリー先輩の話じゃ俺らでも出来る仕事って聞いてるんだが……?」

「嘘。二人とも悪魔なんですか!」

「あの、悪魔は私だけなんです」

「えぇ!? アーシア先輩は天使の間違いでしょ?」

「そ、そんな私なんか天使さまなんて恐れ多いです」

 

 ブンブンと首を振って否定する天使のような悪魔。

 

「俺は悪魔でも違和感なしってか」

「あ、すいませんすいません!! 謝りますから犯さないで!!」

「失礼すぎだろ、犯さねぇよ」

「ひゃ! ごめんなさいごめんなさい!」

 

 土下座する契約者の女子。

 オロオロと渚と女子を見守るアーシア。

 渚は、なにも悪いことをしていない筈なのに自分が悪いことをした気分になる。

 

「危害は加えないから普通に話そう、な? 急ぎの用事みたいだし、用件を聞かせてくれ」

 

 とりあえず刺激しないように(なだ)める。

 すると女子は弾かれたように頭を上げた。

 

「そう、そうです。こんな事をしてる場合じゃない。──アーシア先輩!」

「は、はい?」

「得意な武器はなんですか?」

「へ? 武器ですか?」

「武器です! 剣でも槍でも構いません」

「武器は、つ、使えません」

「……オゥ、ノー」

 

 メガネ女子が世界の終わりと言いたげに天を仰ぐ。

 アーシアが泣きそうな顔になる。役立たずな自分を情けなく思ったのだろう。

 見かねた渚が前に出る。

 

「剣なら少し使えるぞ?」

「ホンマ!」

「あぁホンマ。でも使えたら何があるんだ?」

「武術とかやってる人とのプレイはかなり参考になるんですよー。よしよし、入って入って!」

 

 家の中に招かれる。

 いったい何をさせる気かと思いながら室内に踏み入る、そこにあったのは一つのゲーム機だった。だがコントローラーが見当たらない

 

「これはVRか?」

「ご名答! 手を使わず脳内スキャンして動かすタイプ。じゃあゴーグル着けて」

「あ、こら、勝手に」

 

 やや乱暴に渚にゴーグルを着ける女子。

 

「一応、人数欲しいからアーシア先輩も」

「きゃ、ま、真っ暗です。ナギさん、どこですか?」

「これは新型のバーチャルリアリティゲームでね。すっごく面白いの、塔城さんとはパーティー組んでるんですよ」

 

 VRゴーグルを付けられた渚の視界にゲームらしいホーム画面が広がった。

 

「はぅ凄いです」

「蒼井先輩とアーシア先輩は初めて?」

「VRでのゲームは初めてだな」

「私はゲーム自体が初めてです」

「じゃあコッチで適当にキャラメイクしときますね。あと自己紹介しときます、わたしは天詩峰 羽黒(てんしみね はくろ)、駒王の一年生です。よろしくね先輩方」

 

 羽黒はサクサクと初期設定を済ませる。

 それから渚とアーシアはゲームの世界に旅立つ。

 最先端の体験型ゲーム機は恐ろしく現実に近い代物だった。

 

「これって現実のステータスが色濃く作用するんで頑張ってください。さぁゲームスタートですよ」

 

 こうしてアーシアの初仕事はVRゲームで遊ぶという悪魔らしからぬ内容で終わる。

 そして肝心のゲームは恐ろしく精密で凝った代物だった。

 あとで聞いたが自作との事らしい。自分よりも年下である女子に渚は大層驚かさせられるのであった。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 静かな執務室。

 広い部屋に設置された立派な机に腰を駆けて書類に目を通す男がいた。

 年齢は二十代半ばと言った所だろう。

 腰ほどまで長い髪に美しい顔立ち。そして清潔感のある豪奢な服から身分の高い人間だと分かる。

 そんな部屋のドアが控えめに叩かれた。

 

「入ってくれて構わないよ」

 

 穏やかな声音で入室を許可する。

 彼の言葉に従うようにドアが開くと白いメイド服の女性が姿勢正しく机まで歩いてくる。

 灰色の髪をした妙齢の女性。男性同様に美しい容姿。

 主人と従者というに相応しい雰囲気の二人。ふとメイドが数枚の新しい書類を机の隅に置く。

 

「新しい書類をお持ちしました、サーゼクス様」

「ご苦労様、グレイフィア。けど今は二人きりだよ?」

「ですが職務中です」

「大丈夫だよ。今日はもう誰も来ないからね」

 

 サーゼクスと呼ばれた男性の言葉に観念したのか。

 メイドであるグレイフィアは肩の力を抜いたように姿勢を楽にする。

 二人は主従関係であると同時に夫婦でもあるのだ。

 

「ではサーゼクス、この書類から読んでほしいのだけどいいかしら?」

 

 メイドではなく妻としての口調で一枚の紙を前に出す。

 

「重要項目かい?」

「ええ、リアスの町の件よ」

「借りよう」

 

 サーゼクスはすぐに書類を手にとって目で文字を追う。

 

「これは……」

 

 その内容は予想以上に混沌としており、言葉を呑む。

 最愛の妹が監督する町で起こった騒動は錯綜(さくそう)の一言だった。

 神滅具を宿す人間と教会のシスターを眷属化、堕天使とそれに付き従ってきた最上級悪魔に匹敵する敵の襲来、そして赤龍帝の力を奪った堕天龍との戦闘。

 どれもこれも大問題であり、妹が死んでいてもおかしくない事案だ。

 

「すべて解決したんだね?」

「その様です。例の協力者の力が大きかったようですが……」

「よかった。……協力者というのは蒼井 渚くんとアリステア・メアさんだったかな?」

「はい。双方とも絶大な戦闘力を持つと報告が上がってきています」

「そうか。そろそろ直接挨拶にいかないと行けないな、彼らのおかげで駒王は平穏を保っているからね」

 

 サーゼクスが元から在った資料を一枚を引き抜いた。

 そして真剣な眼差しで目を通す。決して忘れられない忌まわしき物。

 半年前に起きた"はぐれ悪魔"の襲撃に関する記録だ。

 一晩で観測された総数は1984体。通常ではあり得ないほど統率の取れていた"はぐれの軍勢"。

 リアスはそんなものと対峙してしまった。

 彼女や眷属たちは素質の塊だが、あの時点では上級悪魔クラスの"はぐれ"一体だけでも精一杯だった。

 だがこの"はぐれ悪魔"の中にはSSクラスに分類される者も数体確認されている。単独行動を好む"はぐれ悪魔"を指揮していたのは"ネクロ・アザード"と呼ばれる存在。

 目的は不明だが危険な人間だ。優先して情報を洗っているが尻尾すら掴めていないのが現状だった。

 

「サーゼクス、駒王に強い"はぐれ悪魔"がやってくるのは、この"ネクロ・アザード"という男の影響だと思っているの?」

「可能性としては高い。アジュカもそう推測していたよ。マーキングに似た術……いや"呪い"じゃないかってね」

 

 この半年間、駒王町にはSランク以上の"はぐれ悪魔"が異常な頻度で訪れている。リアスの張った結界を掻い潜る力量を持った上位の"はぐれ悪魔"たちは、蜜に誘われる蜂のように駒王へやって来るのだ。

 しかし、そんな危険度の高い"はぐれ悪魔"は全て蒼井 渚とアリステア・メアによって討伐されている。

 

「ここ半年間での討伐総数、Aランク468体にSランク118体、SSランクすらも14体との事。討伐数が異常ね、この両人は寝る間も惜しんで戦っているのかしら……?」

「恐るべき戦果だ。リーア(リアス)が信頼するのも納得できる」

「少々危険とも言えます。この二人がその気になれば駒王は簡単に乗っ取られる」

「それはないよ、グレイフィア」

「どうして、そう言いきれるの?」

 

 即答されたグレイフィアが問い返す。

 

「妹の"人を見る目"は私を上回る」

「全く、根拠のない言い分だわ。……だから人界に行く予定があるから見てくるとしましょう」

「フェニックスの件もあったね」

「ええ、リアスは乗り気じゃないようだけどお義母様が納得しないでしょう」

 

 何かを思うように椅子に深く背中を預けるサーゼクス。

 

「ライザーくんもいい子なんだけどね」

「少々無鉄砲で乱暴な所はありますが……。それに今は時期が悪い気がするわ」

「そうだね、でもそれは彼が乗り越えなかればならない事だ。それでリアスの所には、いつ?」

「これが終わり次第行くわ」

「じゃあ行ってくるといい。私の方は大丈夫だから」

「なにかあれば直ぐに連絡を頂戴ね」

「そうしよう」

 

 微笑みで送り出す夫にグレイフィアは背中を向けた。

 一人になったサーゼクスは机の上で手を組む。

 

「蒼井 渚とアリステア・メアか……。妹も善き隣人に恵まれたようだね」

 





渚に迫るは最強の女王であるグレイフィア・ルキフグス。
その邂逅に立ち会うは最強の相棒であるアリステア・メア。
二つの最強に挟まれる渚の明日はどっちだ!?

次回 ハイスクールB×B 蒼の物語
 『蒼井 渚、雪原に散る』

お楽しみに!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。