二話になります。
物語作るのって大変ですね(汗)
渚の家は住宅街より少し離れた場所に建つマンションだ。周囲に他の建物はない比較的静かな家である。
ここはリアス・グレモリーが所有する別宅の一つで、記憶と共に行く宛も喪失した渚は恩情により六階の一室を使わせてもらっている。
最早リアスには足を向けて眠れないほど厄介になっている身として、この負債をどう返せばいいか検討もつかない。だからこそ悪魔化も真髄に考えなければいけない問題だ。
「貴方の好きにすればいいじゃないですか」
「えぇ……」
帰宅後、渚はリアスとの一件をアリステアに相談した。リビングのソファーで読書に
将来にも関わるのだから、もう少し真面目に聞いて欲しいのが本音である。
見ての通り渚とアリステアは同棲している──訳ではない。二人の部屋は本来は別々で隣が彼女の家だ、それなのに我がモノ顔で渚の部屋を占拠している。
最初は勝手に上がるなと叱ってはいたが、一向に改善する気配がないので半ば諦め状態だ。
アリステアのような美少女とプライベートで二人っきりになる時間が多い渚は羨望の的だろう。だが相手は悪魔をも易々と葬る強者。迂闊に手を出せば後悔するハメになる。……とは言ってもアリステアは理不尽な要求と罵倒で渚を困らせる事はあっても暴力で従わせる真似はしない。なんだかんだで上手くやっていけてるのが渚とアリステアのコンビだ。
「失礼な事を考えていませんか?」
「まさかぁ」
本から瞳だけを渚へ逸らして鋭い指摘を跳ばすアリステア。アイスブルーの
リビングのソファーに腰かけているアリステアは小さな本を片手に珈琲を一口飲むと然して追求せずに読書へ戻った。
彼女は読書家で本を読むときに限りメガネを着用する。そのせいか、ただでさえ知的で大人びた印象がより洗練され、同年代なのに2つか3つほど歳上に見える雰囲気を醸し出す。
そんなアリステアが視線を本へ落としたまま、仕方がなさそうに渚へ意見を述べ始める。
「転生は多少のリスクこそありますが将来を考えれば悪い話ではないでしょう。今の貴方は、能無し、金無し、価値無しの持たざる者ですからね。……可哀想に、大丈夫ですか?」
「全部酷いが一番最後が一番傷つくなっ!」
嘆く渚を無視してアリステアは淡々と言葉を紡ぐ。
「ナギの尻込みの理由は、"悪魔化すれば様々な理由により自らの危険が大きくなる"と考えているからでしょう? それは間違ってはいませんが正解でもありません」
「え? でもステアがまとめたレポートには悪魔を含む三大勢力は冷戦状態で危険とかレーティング・ゲームの内容は苛烈だとか、はぐれ悪魔の討伐の義務なんかが載ってたぞ」
アリステア・レポートを読んだから渚は悪魔化を悩んでいた。もしも彼女から知識を分けて貰えなければ、その場で了承していたかもしれない。
「確かに全て事実です。……なら順を追って説明しましょうか。まず三大勢力の冷戦状態についてですが過去の資料から算出した結果によると開戦は難しいという結論に至りました」
レポートから得た情報を脳内から掘り起こす。
確か長く続いた大戦で天使、堕天使、悪魔の各陣営は衰退の一途を辿っていた筈だ。
「互いに消耗し過ぎて戦えないって事か……」
「最早、消耗の一言だけでは片付けられない状況ですよ。各陣営は生産の基礎たる人材にも余裕がない。最も好戦的だったと言われる冥界すら穏便さが目立つ。トップの魔王が代替わりしたのも大きいですが根本的な原因は大戦で"種族"を失い過ぎたからしょう」
ゆえに冥界は"種族"を存続させるために転生悪魔というシステムを発案、決行した。それでも
"はぐれ悪魔"とのエンカウトが連日ように続く生活のせいで気づかなかったが悪魔が絶滅の危機だというのを渚は失念していた。いや"はぐれ悪魔"については転生悪魔が増えたからとも言えるだろう。その殆どは主人から離れた者なのだ。嫌な因果だと思う。
「三大勢力は滅亡を避けるため慎重に
「そんなバカ野郎が居ないことを信じたいな」
大きな組織ほど内部が歪んでいるものだ。
各陣営の恨みもあるだろう。
──憎悪を燃料とした復讐は人を狂気に走らせる。
渚の奥でそんな言葉が浮かぶが振り払う。
「次はレーティング・ゲームの詳細ですね。あの競技は苛烈ですが死人が出たという記録はありませんでした。ある一定のダメージ又は気絶をした時点で自動的に最先端医療施設に転移される仕組みになっているようです。最悪、
「死人が出てないってすごいな」
「その辺はキッチリしていますよ。死人を出せば転生システムの本末転倒ですからね」
渚はレーティング・ゲームを見たことがないものの、魔力をバズーカ砲並の攻撃力に変換して撃ち出すのが悪魔という種族だ。きっと戦場さながらの激しいモノだとは予想できる。それでいて死人が出ない医療技術の高さは驚くべき水準にあるのだろう。
「最後は"はぐれ悪魔"の討伐ですね。これは討伐相手を詳しく調査してからの眷属を使った多対一でのリンチが基本戦術です。余程、率いる者が無能でない限り死にはしません」
「基本リンチって言葉悪すぎやしませんか?」
「殺し合いなのですから、一向に構わないでしょう」
「……というか俺の場合、シングルプレーの場合が多いんですが?」
「ともせず上記の理由より悪魔化したからと言って急に命の危険にさらされるのは、ほぼゼロに近いはずです」
渚の疑問はあっさり無視された。
アリステアの説明で危険性が低いと分かった。それでも気に掛かることはある。
理由──渚をわざわざ選ぶ部分が未だに不明瞭なのだ。いったい何処にメリットがあるのか一切わからない。
「一見して
常に本を向いてたアリステアの視線が持ち上がるとアイスブルーの瞳が渚を見つめた。
「俺が雑魚かどうかは置いといて、個人的に目的はお前にあると思うんだけどな」
雑魚という単語に若干凹みつつも意見を言う。
──アリステアは強い。
渚は半年の間、多くの戦いを共に過ごしてきたから分かる。彼女が戦闘を行う機会は数えるほどしかなかったが、戦い始めれば一撃かつ瞬殺で敵を殲滅している。その際、武器すら使わない。
つまり本気のアリステアを誰も見たことがないのだ。
「私たちはセットで数えられていますが、そうなら私に直接話が来る筈ですよ」
「それもそうか」
「彼女は一部の"目撃者"なので仕方ないと言えばそれまでですが……」
「"目撃者"ってなんの?」
「こちらの話です。私からは、ここに根を下ろしたいのであれば好きにすればいいとしか言えません」
「俺が悪魔化したらステアはどうするんだ?」
渚の質問が詰まらなかったのか、再び本へ視線を落とすアリステア。
「別に今まで通りですよ。貴方がいる場所で好き勝手させてもらうだけです」
「……なぁ、どうしてそこまで俺といようとするんだ? その実力なら何処でもやってけるだろ」
「私は誰かの下に
上でも下でも無く対等な相方としてありたい、そう指し示すアリステア。公私共々、出来が良すぎるパートナーだと渚は常々思う。
互いの有能さが釣り合ってない凸凹コンビな気もするがアリステア本人が良しとするなら有り難く頼りにさせて貰おう。
「ま、危険な場所に連れて行かなければ不満はないんだけどな」
「危険? 記憶にないのですが?」
「昨日の今日で、どの口が言うんだよ……」
「この口がですよ。さて無駄話をしたらお腹が空きましたね。今日はオムライスが食べたいのでお願いします」
「おい、朝はカレーが食いたいと言ってたろうが……テーブルに置いてる具材が見えんのか」
帰り際に商店街で買ってきた野菜やらカレーのルーやらを指さす。
「あぁ、あのビニールの中身はカレーの具材ですか。しかし気が変わりました、明日にしてください」
「たく、上はデミグラスのでいいのか」
「ええ、チキンライスにケチャップは好みではありません」
急な注文に辟易しつつも渚はキッチンに入り、オムライスを作り始めた。カレーより短時間でできる上、食材も冷蔵庫にあるので楽といえば楽である。アリステアの事だから手間や食材を計算してリクエストしたのだろう。
可愛いワガママを受け入れた渚は手始めに熱したフライパンでバターを溶かすと鶏肉と玉ねぎを投下。程よく炒めるとご飯とケチャップを追加。香り立ったチキンライスが完全に終わろうとした時だ。渚の背中に柔らかい物体がのし掛かった。
「どわぁ!」
たまらず驚く。見ればアリステアのアイスブルーの瞳がすぐ横にある。それこそ少し動かせばキスも出来てしまう距離だ。渚の首の後ろ付近からチキンライスを覗き込むアリステアはスンスンと可愛らしく鼻を鳴らす。
「食欲を駆り立てる香りですね」
本を読み終わって様子を見に来たのだろう。気配に鋭い渚だが唯一アリステアの接近だけは気づけなかったりする。というよりも背中に当たる大きな二つの膨らみが気になるから
この少し硬いのはブラジャーではなかろうか。
「ぅく!」
「どうしたんですか?」
ニヤニヤと悪戯めいた声。
男の理性を蝕む魅惑的な肉体に耳が熱くなる。それでも表情に出さないよう視線はフライパンにだけ集中する。
「料理中だ」
渚の素っ気ない言葉に対して、コトンっと調理の邪魔にならない場所に中身のある容器を置くアリステア。
「知ってます。……卵を
「いつの間に」
「何事もスマートに、ですよ?」
鈴のような心地の好い声音で耳元に囁く声。程よい背中の重みもあって気が気でなくなる。
どうしたのだろうか。
いつもはこんなことをしない筈のアリステアが、今日に限って妙なほど密着してくる。こんな恋人みたいな真似をされたのは初めてだったので対処に困る。
「どうです? こうしたら可愛いげがあるでしょう?」
「くそ、からかってんな」
納得する。
どうやら先程の思考も読まれていたようだ。だからといって、これは可愛げを色々と通り過ぎてしまっていないだろうか。
「たまにはアメもあげようと思いまして」
「ムチ打ってるって自覚があったのに驚きだよ。……にしても、らしくないぞ。お前ってこんな事するキャラじゃないだろう」
「ご褒美ですよ。悪魔化のことをキチンと相談した、ね」
「当たり前だ。お前は、まぁ……アレだ……家族みたいなモンだと思ってるからな」
「それは光栄ですが家族に興奮するのはどうかと思います。──顔真っ赤ですよ?」
「元凶が言うな。それに"みたい"って言ったろう」
「ふふ、そうムキにならないでください」
愉快そうに笑みを浮かべるアリステア。渚は悔しくも照れつつ、最終的には彼女の底知れ無さに
「それと夕飯後、"はぐれ悪魔"の討伐に向かうので用意しておくように」
「はぁああっ!?」
そして最悪のムチも忘れないアリステア。渚は一気に絶望へと叩き落とされた。
●○
「蒼井、起きろ!」
急に体全体をぐわんぐわんと揺らされた。
惰眠を貪っていた渚は重たい
ぼやけた視界全体に映るのは坊主頭の男子学生だった。
「……ふぁ~。なに慌ててんの?」
「イッセーが狂っちまったんだ!」
「あばばばばばば、揺らすなぁー」
坊主頭が冴える旧友、松田がトチ狂ったように渚の両肩を掴んで激しく動かす。
昨日、というより今日は学校が始まるギリギリまでアリステアの"はぐれ悪魔"退治(渚のシングル討伐)に同行していたため、例のごとく学校の教室が寝室代わりだ。時計を見れば昼過ぎ。
「……笑える」
我ながらこの時間帯に起きても動じなくなったな……と力のない笑みを浮かべる渚。少し前までは喪失した過去に向いていた不安や悩みが今や全て未来にある。……
とりあえず今は松田を冷静にさせて午後の授業に備えようと決める。つまり昼休みをフルに使って眠る。そうすれば午後はキチンと授業を受けられる、多分。
「兵藤が狂ったって随分な物言いだな。ま、ご愁傷さまって言っておいて。じゃあおやすみ」
「待つんだ、蒼井! これは由々しき事態だぞ!」
今度は違う男子生徒に呼ばれる。
格好付けて眼鏡を指先で上げるのは元浜。そいつも渚の眠りを妨げるように松田の隣に立つ。
まず、その性欲丸出しの私生活を見直さないと誰も振り向いてはくれないだろうと何度も忠告した渚にとって改善が見られない問題児だ。
そして、この三人はクラスに於いて渚が最も親しい友人でもあった。友達選びが下手な自分に少し嫌気がさす。
「分かった、聞く、聞くから。顔を近づけるのやめろ、息が掛かってる」
間近に迫った男二人の顔を押し
「むふ、むふふふ~、あ・お・い~♪」
「お、おう?」
一誠と友人になって数ヵ月しか経っていない渚だが、これは異常だと悟る。
スマホを眺めながらニコニコとする一誠はご機嫌だった。今にもダンスを踊り出しそうなステップで渚の前に立つ。
「俺、彼女が出来ましたー!」
「え、は? ほんとに……?」
「うんうん♪ 蒼井はそこの坊主と眼鏡と違って頭から否定しないから好きだぜ☆」
腕を組んで何度も頷く一誠。この態度から本当だと伝わってくる。幾らなんでも、すぐバレるような嘘を吐く友人ではないし、喜びの感情が津波のように押し寄せてくるから間違いないだろう。
「あー、これはマジっぽいな」
「「え? マジで妄想じゃないの?」」
「おい、松田、元浜。てめぇら、なんで本人の言葉は信じず蒼井だったら一発なんだ? ……ま、許すけどなー♪」
一誠の態度は確かに狂っているように見えた。喜びのパラメーターが振り切れて有頂天になっている。それほど"彼女"の存在が嬉しく、可愛いのだろう。しかし少し浮かれ過ぎて教室中からの視線が痛い。昼休みとあって廊下にも人だかりもある。
「兵藤、お前さ、自分で気づいてるか? 今、物凄くテンションがおかしいぞ?」
「いやぁ~、それは理解してんだけどさ。初めて彼女持ちになった身としては、こう色々いきり立っちゃって。だって彼女持ちだぜ? あ、やべ大事な事だから二回言っちまった。テヘ☆」
「「「うぜ~」」」
同時に言ったのは渚、松田、浜本である。そんな三人を見た一誠は、だらしのないニヤケ顔を余裕の笑みへと変えた。
「ふ、お前らも幸せになれよ? 俺は先にエンジョイライフに突入しとくから」
「腹立つわ!」
「爆発しろ!」
「……お幸せに」
眠気もあり、割とどうでも良さそうに祝福する渚。対して松田と元浜は"彼女"の存在を認めるや否や嫉妬に狂って一誠に襲いかかる。そんな騒がしい日常に呆れつつも、蒼井 渚は小さく、それでいて噛み締めるような笑みでその光景を眺めていた。
●○
「昨日の話なんですが、やはりお断りさせてもらおうと思います」
授業終了後、渚はオカルト研究部に訪れた。考え出した結論をキチンと言い渡すためだ。
本来なら受け入れるのが一番だろう。リアスもそれを望んでいるから勧誘したのだと理解はしている。だがやはり眷属化してもリアスのメリットなる要素が見つからないので今回は見送らせてもらった。
またとない機会であるものの、自分が納得出来ないのに流れに任せてしまうような選択はしたくない。
リアスには自分よりも相応しい相手がいる。少し卑屈にも聞こえるが本当にそう思う。
「そう、なら仕方ないか。急な申し出で驚いたでしょう。ごめんなさいね」
いつもの机に座るリアスが小さくため息を吐く。今日は小猫と祐斗は不在のようで、部長のリアスと副部長である朱乃しかいない。
残念そうなのが気にかかる。未だに渚を誘った理由が不明瞭でリアスの心の内は理解できないが、悪意から来た誘いではないのは分かっているだけに後ろめたさに似た感情が渚を責めた。
「眷属にはなれませんが、グレモリー先輩は恩人です。何か力になれることがあれば言ってください」
「頼もしいわ。けれど恩人というのは言い過ぎね、こちらも相応のものを貰っているからイーブンよ」
リアスの言葉に嘘は感じられない。
相応とは”はぐれ悪魔”退治の事なのだろうかと渚が疑問符を浮かべる。だとしてもそれはアリステアに対してであって渚でないだろう。どうにも”与えられる”ばかりで気持ちが良くない。
荒事では役に立てそうもないが考えを凝らす。
「部活動で人手が要る時とか、手伝いますよ」
「あらあら、蒼井くんがオカルト研究部に入ってくださいますの?」
リアスの隣に控える朱乃が上品に口に手を当てて笑う。
「え? オカルト研究部って悪魔じゃないと入れないんじゃないんですか?」
「そんな事はありませんわ。ねぇ、部長?」
「身内事情を知っているのが最低条件だけど悪魔だけという決まりはないわよ? どう、入る?」
「…………部の活動内容を聞いても?」
「心配せずとも明るい内は割と普通の部活よ。大体は学校行事に参加したりかしら。夜になると悪魔として活動するけど渚なら前者だけでも構わないわ」
「お役に立ちますかね?」
「体育祭とかになると人手不足が表立つのよ。ほら部活動対抗の競技とかあるでしょう? うちには男子が二人いるけど、内一人は幽霊部員みたいなものだしね。それだけでも部としては有り難いの」
「なら、やります。入らせてください。それと迷惑でなければ夜の部も手伝いたいんですけど……」
借りを返すチャンスに渚は入部を決意する。
「いいの? "はぐれ悪魔"の討伐とかも行くわよ?」
「毎日では無いのでしょう?」
「ええ」
「うん、願ったり叶ったりです」
そこには恩義に紛れた少しの打算があった。アリステアは毎日のように渚を"はぐれ悪魔"の討伐に駆り出す。ならばリアスたちと夜の部活動を行うことで行けない理由を作ろうという
「それじゃあ、この書類にサインをお願い致しますわ」
「はい」
朱乃が書類を出して、迷い無くサインをする。
「色々あったから誘うのを
リアスが何処か嬉しそうに渚を見た。その言葉で前々から誘おうと考えていたと分かる。
自分が何処までリアスの力になれるかは不安ではあるが貰った恩情の数十分の一くらいは返せるように頑張ろうと密かに決意する。
こうして渚は悪魔だけで構成されたオカルト研究部の人間枠として部の一員となった。
リアスには一誠だと自分の中には刻まれている。