ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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始まるレーティング・ゲーム。
予想通りのゲームルールと予定外のゲームルール。



0時、開幕《Game Start》

 

 ──試合当日。

 

 渚は自宅マンションで待機していた。

 時間は午後10時、試合開始は深夜0時の予定だ。

 服装は自由という事だったが渚は()えて制服を着用する。

 自分を落ち着かせようと努力するが、どうにも緊張してしまう。ただの"はぐれ悪魔"討伐とは違う。本物の悪魔同士の戦い、そこにはルールがあり戦術もある。不確定要素が入り交じる未知の戦場だ。

 

 ピンポーン。

 

 部屋のインターフォンが鳴る。

 ドアを開けるとアーシアが立っていた。

 

「こんばんは、ナギさん」

「こんばんは。アーシアはシスター服なんだな」

「はい、服装はなんでも良いとの事だったので」

「そうだな、やっぱりアーシアはその服装が一番似合ってると思うよ」

「ありがとうございます。……あの、ステアさんはいらっしゃらないのですか?」

 

 ()物顔(ものがお)でいつも渚の部屋に入り(びた)っている彼女は今日は私用で出掛けていた。たまにフラりと居なくなる事もあるので渚はあまり気にしていない。

 

「用事があるから今日は()ないってさ」

「そ、そうですか」

「試合まで時間もあるし、上がって行ってくれ」

「で、では失礼します」

「どうぞ」

 

 自室にアーシアを(まね)くとリビングのソファーに座らせて渚はキッチンでホットココアを作り始める。コーヒーよりもコッチが好きだからだ。

 少し甘めに作ったココアをアーシアに差し出すと渚も一人分のスペースを開けて隣に腰を下ろす。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 暖かいココアの入ったカップを両手で持って、ふぅふぅと冷ましながら飲むアーシア。小動物みたいで可愛らしいと自然と笑みを浮かべてしまう。

 

「あ、あのっ」

「ん?」

 

 カップを置いたアーシアが緊張した面持(おもも)ちで渚を見た。

 

「近くに行ってもいいですか?」

「構わないよ」

 

 渚が隣をポンポンと叩くとアーシアが寄ってくる。

 そして意を決した様子で渚へ腕を(から)めてきた。

 ふわりといい香りがした。何事かと心臓が高鳴る。

 

「少しだけ……少しだけ勇気をください」

 

 アーシアから小さな(ふる)えが腕に(つた)わってくる。

 元々争い事には無縁な()だ。そんな彼女が戦場に出るのだ。以前の"はぐれ神父"たちの襲撃は驚く(ひま)もないまま戦いに巻き込まれたが今回は違う。日時と戦う相手が指定されたせいで考える時間が出来て怖いのだろう。

 渚は(おび)えるアーシアの手を優しく取った。

 

「あぁ、やっぱりナギさんといると安心します」

「なら好きなだけこうしておくといい」

「いいえ、もう少ししたら学園へ向かいます。私もオカルト研究部の一員ですから……」

「アーシアは頑張り屋さんだな」

「ナギさんがいるから頑張れるんです。ですから、ずっと私を見ていてくれますか?」

「俺なんかで良ければ」

「えへへ、嬉しいです」

 

 向日葵(ひまわり)のような笑顔。

 寄り添う二人は静かに決戦の時を待つ。

 こうしている間に緊張も恐怖もいつしか消えていた。

 

 

 

 ●○

 

 

 

 ゲームが始まる10分前になった。

 渚はアーシアと共に駒王学園に入ってオカルト研究部の部室で待機中だ。

 祐斗は剣を壁に立て掛けて瞑想(めいそう)していた。小猫はマイペースに羊羮(ようかん)を食べている。その手には格闘家が着けるようなオープンフィンガーグローブを着用し、いつでもゲーム出られる状態にあった。リアスと朱乃はゲームの戦術を話し合いながらも落ち着いた様子でお茶を口にしている。

 一誠とアーシアが二人揃って深呼吸を繰り返しているのを見て渚は苦笑する。

 ふと部屋の中央にある部室の方陣が光を()びた。

 

「皆様、開始時間が近くなりました。準備はお()みでしょうか?」

 

 現れたのは最強の"女王(クイーン)"兼メイドのグレイフィア・ルキフグス。

 彼女の出現と同時に全員が席を立った。グレイフィアはそれを準備が出来たと認識(にんしき)すると(うなず)く。

 

「結構。戦闘フィールドはこの方陣より移動します。……そして今回のルールは"トライデント"が採用されました、極めて珍しいゲーム方式ですので詳細(しょうさい)の説明を(いた)します」

「三つの陣営によるバトルロワイヤルという点以外は、よくあるスタンダードなルールなのでしょう?」

 

 リアスがキッパリと答える。

 

「左様です。予測済みだったとはお見事です、お嬢様」

「お世辞はいいわ。三つ目の陣営は渚でいいの?」

「はい、その通りでございます。ですが更に条件が追加されます」

 

 グレイフィアが渚を見る。渚は黙って後へ続く言葉を待つ。

 

「ライザー・フェニックス様の眷属を一人だけ渚様の陣営へ参加させていただきます」

「ライザーの眷属を?」

「はい。この条件に乗っとり、渚様ともう一名の両方を王とします。これによりどちらが敗退しても渚様の陣営は敗北となります」

「……なかなか厳しいな」

 

 かなりのペナルティだ。

 リアスのために動こうにも間違いなくライザー陣営からくるだろう"相方"が妨害する。逆に"相方"がリアスたちを襲うのも防がなくてはいけない。

 そして最も面倒なのは"相方"がやられたら即退場というルールだ。

 今回リアスが相手にするライザーは経験も戦力も上である。それから勝利を掴むには渚の力が必要となってくる。

 これにより渚はすぐに舞台から降りるわけにはいかないのだ。つまり否応なく"相方"を守らざる得ない状況に身を置くこととなる。

 逆に"相方"は負けてもデメリットが少ない。ライザー陣営はリアス陣営の三倍、その中の一人を犠牲にするだけで渚という戦力を無効にしてしまうのだから……。

 

「……渚、やれる?」

 

 リアスが()うてくる。

 思った以上の難題(なんだい)に彼女も驚いてるのだろう。渚は内心で『いいえ、無理です!』と情けなく叫んだが口に出すわけにもいかず出来るだけ自然な笑みを作った。

 

「なんとかしてみます」

「そう、お願いね」

 

 重たい空気の中、グレイフィアが口を開く。

 

「今回のレーティング・ゲームはグレモリーとフェニックスの両家の方々も他の場所から中継でご覧になられます。更にリアス様の兄上である魔王サーゼクス・ルシファー様もこの一戦を拝見(はいけん)なされています。家の名に恥じぬ戦いを期待します」

「……お兄様も見られているのね」

 

 グレモリー眷属たちがざわめく。

 当然だろう。魔王が直接見ているのだ、驚きもする。

 特に度肝(どぎも)を抜かれたのは一誠だろう。リアスが魔王の妹だと初めて聞いたからだ。祐斗へ問い詰めてる様子からも間違いない。

 

「そろそろ時間です。一度、あちらに移動すれば勝者が決まるまで方陣の使用は不可能となります」

 

 グレイフィアの言葉に全員が方陣に集結した。すると方陣の紋様が目映(まばゆ)く光り出す。

 光が部屋を(おお)うと転移によって渚たちは姿を消した。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 渚が目を開けると駒王学園の正門に立っていた。

 さっきまでいたはずのグレモリー関係者もいない。

 たった一人で眼前の光景に首をかしげる。確か戦闘フィールドに転移した筈である。

 だがすぐに()()()()()()()()と気づく。

 今は午前0時、しかし空は真昼のようだ。同じ駒王学園でも確実に違う場所なのだ。

 

『皆様。このたびグレモリー家とフェニックス家の"レーティング・ゲーム"の案内役(アービター)(つと)めさせていただく事になりました、魔王サーゼクスの"女王"グレイフィアでございます』

 

 渚の考えを肯定するように校内放送が流れ始める。

 

『我が主、サーゼクス・ルシファーの名の下にご両家の戦いを見守らせて頂きます。どうぞ、よろしくお願い致します。早速ですが今回は特殊なルールが複数設けられているので説明を初めます。まずフィールドはリアス様とライザー様の意見を参考にリアス様の通う駒王学園のレプリカを異空間に用意しました』

 

 渚は良くできたレプリカだと感心する。どう見ても本物と見分けが付かない。

 

『そして競い会うゲームはトライデント・バトルロワイヤルとなります。このルールの採用によりグレモリー陣営とフェニックス陣営から一人ずつ選出し、この二人を第三勢力とします。ですがこの第三勢力は両人の誰かが倒れた時点で負けと判断させていただきます』

 

 この説明は遠くから中継を見ている者たちへ送っているのだろう。事前に話を聞いていた渚は放送を聞くのをやめて"相方"へ声を掛ける事にした。

 

「蒼井 渚だ。今日はよろしく」

「……よろしくお願い致しますわ」

 

 校門に背を預けていた少女に挨拶をする。

 淡いピンク色のドレスを着た渚より年下だろう彼女は一言で表すなら"お嬢様"だろう。

 口調もそうだが、両サイドで縦ロール(ドリル)を作っている髪型がより一層にそう思わせる。

 明らかに警戒されていたが、それは渚も同様だったので言葉にはしない。

 

「俺は前衛が得意なんだが君はどんなポジショニングなんだ?」

「どうしてそんな事を聞くんですの?」

「どうしてって、仮とはいえ俺たちはペアだ。戦いになった時の立ち回りは相談すべきだと思うんだが?」

「必要ありませんわ、あなたはただ(わたくし)の指示に従って貰えば結構です」

 

 挨拶も早々に"お嬢様"がそんな提案をしてくる。

 

「全然結構じゃないぞ、ソレ。まさか同意すると思っているのか?」

「いいえ。けれど(したが)いなさいな、でないと(わたくし)投了(リザイン)しますわ」

 

 最悪の状況だ。

 どう足掻(あが)いても渚に選択肢がない状況へ(おちい)った。可愛らしい顔をしてエゲツない交渉(脅迫)を迫る少女。

 逆らうことは出来ない。表面上だけでもイエスと答えないと先がないからだ。

 

「……わかった、今からアンタに従う」

「懸命な判断ですわ。──では行きましょう、ここでは両陣営から狙い撃ちにされますので」

 

 金のロールを揺らしながら歩いていく少女。

 渚はこんなやりにくい条件(ペナルティ)を出した主催者を恨まずにはいられなかった。

 黙って後ろから着いていく。前を歩く"お嬢様"は手にした端末らしき機械でマップを確認しながら移動する。

 やがて辿り着いたのは体育館だった。

 

「ここが初戦の舞台になりそうですわね」

「なぜそう思う?」

 

 渚がそう聞くと"お嬢様"は端末を見せつける。

 そこにあったのは駒王学園の全体図だ。ただ新校舎と旧校舎が敵対するように色が違っていた。

 

「見ての通りグレモリー陣営は旧校舎の部室が本陣ですわ。逆にフェニックス陣営は新校舎の生徒会室となっていますの。このゲーム、序盤戦は数で(まさ)るフェニックスの攻めから始まりますの。序盤から防衛戦を()いられるグレモリーはまず近くにある森にトラップを仕掛ける筈です、そうすることで奇襲は防げる。そして次に攻勢に出るため新校舎への潜入経路を確保する可能性が高い」

 

 "お嬢様"が両陣営の思惑を予想して渚に伝えてくる。

 

「校庭から入るのは避けるだろうな。新校舎から丸見えだ」

「あら、意外に賢いのですわね」

「意外は余計だ」

 

 可愛い顔して毒舌な少女である。

 

「そう、あなたの言う通り校庭から攻めるのは愚策(ぐさく)ですわ。けれど目立たない裏の運動場も簡単には通れないですわよ」

「確かに俺ならそこに戦力を置くな」

「ご明察ですの。だからグレモリー陣営がまず狙うのは体育館。そこなら旧校舎から近くにあり新校舎とも隣接しているのでルートも確保できる。牽制(けんせい)の意味合いも込めて間違いなくこの場所を取りに来ますわ」

 

 冷静に戦術を読み解く"お嬢様"。

 彼女が何をしに体育館まで行くのかを問わなければならないだろう。答えによっては敵対も()む無しだ。

 渚が"お嬢様"の目的を聞こうとした時だった。

 

「このゲームでのあなたの最終目的はライザー・フェニックスを打倒する事ですの?」

 

 "お嬢様"が目を合わせずに渚に問う。

 急な質問だ。正直答えていいか迷う。彼女はフェニックス側の人間だが、この状況でする質問にしては答えが解り易すぎる。

 渚の役割はライザーとその眷属を()()き回して消耗させることだ。最終的にリアスに勝ってもらえば最良の結果となる。

 だから"お嬢様"の質問に正直に答えた。

 

「そうだ」

「わかりましたわ。……(わたくし)たちはグレモリー陣営を利用しながらフェニックス側の戦力を(けず)るように動きますわよ」

 

 主人(ライザー)を倒すと言ったのに怒りすらしない少女。予想外の態度と提案に渚は酷く困惑(こんわく)した。てっきりフェニックスの眷属と結託(けったく)してリアスたちを攻撃すると思っていたからだ。これでは逆である。

 

「君はフェニックス側も攻撃するのか?」

「そう言いましたわ、耳が遠いんですの?」

 

 半目で(にら)まれた。

 彼女は自分でおかしい事をほざいている自覚はあるのだろうか。

 

(あるじ)の首を絞めるハメになるぞ」

「あらそれは大変ですわね。ライザー・フェニックスが負けては婚約が無かったことになりますわ」

 

 イタズラを仕出(しで)かそうとする子供のような笑みを浮かべる"お嬢様"。

 真意の見えない相方だ。彼女がどう動くか未知な以上は慎重になるしかないだろう。

 

「そろそろ侵入しますわ。あなた、気配ぐらいは隠せるでしょうね?」

「出来るさ」

「それはよかった。では両陣営の戦いが始まる前に潜入しますわ」

 

 気配を消して体育館に入るが誰もいない。

 どうやら誰よりも先に体育館へ着いてしまったようだ。

 

「計算内です。他の陣営は作戦を立ててから動くつもりなのでしょう。どの道、すぐに何者かがやってきますので待機ですの」

「ああ」

 

 渚と"お嬢様"は息を(ひそ)めた。

 しばらくすると四人組の女子が体育館に入ってくる。知らない顔ぶれだ、フェニックス陣営の眷属で間違いない。

 チャイナドレスの女性を筆頭に小猫と同じくらいの(こん)を持った小柄な少女、そして双子の女の子が警戒しながら体育館へと入ってくる。

 

「やはり先に来たのはフェニックスの方ですか。あの顔ぶれは"戦車(ルーク)"が一、"兵士(ポーン)"が三。室内戦を想定したメンバーの選出、王道を(わきま)えておりますわね」

 

 体育館は広いがそれでも限定された空間となる。機動力を武器する"騎士(ナイト)"よりも破壊力の"戦車(ルーク)"を選んだということだろう。

 渚が刀を構えると柄頭(つかがしら)(おさ)えられる。

 

「軽率な行動を許しませんことよ。(わたくし)の指示に従ってくださいな」

「……了解だよ、お嬢様」

 

 ここで下手に反論して口論になっても得することはない。だから主導権を握られている渚は"静観せよ"という命令に従う。

 

「グレモリー側も()たようですわ」

 

 フェニックス陣営とは逆の方向からやってきたのは一誠と小猫だった。

 フェニックスとグレモリーの眷属がにらみ合う。

 数ではグレモリー側が(おと)っているも、この勝負に関しては既に勝敗が見えた。

 渚が観戦を決めると同時に一誠が左手を突き出して叫ぶ。

 

「ブースッテド・ギア、スタンバイ!」

Boost(ブースト)!!』

 

 "赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"を装備すると同時に"倍加"が始まる。

 フェニックスの眷属たちは一誠が"神滅具(ロンギヌス)"の使い手だと知っているようで即座に攻撃に転じた。

 

「……兵藤先輩は"兵士"をお願いします、私は"戦車"を倒します」

「任せろ、小猫ちゃん。──行くぜ!」

 

 互いが敵と相対する。

 チャイナドレスの"戦車(ルーク)"が中国拳法の構えを取ると小猫を襲撃する。

 棍を持った子は一誠と距離を取って様子を窺う。

 そして最後に残った双子は小型のチェンソーを取り出してエンジンを()けた。

 ドゥルン、ギュルルルルルルルルルッ!!

 双子がエンジンの回転数を上げるとニコニコ顔で一誠へ向かって突進を始める。

 

「解体するね♪」

 

 小さな双子の少女が狂暴なチェンソーで襲いかかる姿は普通に恐ろしい。

 地面を切り刻みながら直進した双子は一誠へ刃を振り下ろすもギリギリで()わされる。

 

(こえ)ぇ!」

 

 一誠が叫ぶ。まったく同意である。

 戦々恐々(せんせんきょうきょう)としながらも一誠はカウンターの要領で双子の片割れにショルダータックルを食らわして距離を取った。(こん)を持った少女が一誠の脇腹を()かんとするが、これも避ける。

 思った以上に合宿の成果が出ている。粗削(あらけず)りだが()きた動きで攻撃は躱せていた。格上との訓練は確かに一誠をレベルアップさせていたのだ。

 

Boost(ブースト)!!』

 

 これで二度目。

 ひたすらに時間を稼ぐ一誠。渚や祐斗、小猫との模擬戦で培われた回避能力は並みではないと見せつけるように相手の猛攻(もうこう)(さば)く。

 

「木場に比べたら遅い! 小猫ちゃんに比べたら軽い! ナギと比べたら全部が物足りないッ!!」

Boost(ブースト)!!』

 

 三度目の倍加。赤龍帝が好機と言わんばかりに拳を作って吠えた。

 

「やるぞ、俺の"神 器(セイクリッド・ギア)"!!」

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 一誠がチャージした倍加を解き放つ。

 通常時より八倍のパワーアップだ。そこからは一誠の独壇場(どくだんじょう)だった。双子がチェンソーを繰り出す前に接近して拳を打ち込む。つづいて棍を持った少女が仕掛けてきたので棍を手刀で砕いてそのまま喰らわせた。

 

「きゃ」

「うぅ」

 

 一誠と戦っているフェニックスの眷属が(うめ)く。これは決まりだと思い、渚は小猫の方を見るがそっちも終わっていた。

 無言で立ち尽くす小猫とうつ伏せに倒れるチャイナ服の女性。どう見ても小猫の圧勝だ。

 

「こ、こんなんじゃライザー様に怒られる」

「バラバラにしちゃんだから!」

 

 双子がチェンソーに再び火を入れる。

 

「私だって負けるもんか!」

 

 棍の少女も意気揚々と一誠を睨んだ。

 

「ふ、ふふふ」

 

 そんな三人を見た一誠が鼻の下を伸ばして(わら)うと左手を前に(かざ)す。

 

「俺はこの数日、地獄のようなシゴキに耐えた。そんな日々の中で"ある必殺技"を編み出す事に成功した。──さぁ発動条件は整った」

 

 "必殺技"という単語に渚は反応する。

 まさか禁手化《バランス・ブレイク》をもう使うのかと思った。

 

「あの"赤龍帝"の必殺技ですか、興味がありますわ」

 

 "お嬢様"も興味を惹かれたのか真剣に見守る。

 

「さぁ喰らえ! 必殺、"洋服崩壊(ドレス・ブレイク)"!」

 

 初めて聞く技だ。渚はその効力を見極めようと攻撃対象である、少女たちを注視した。

 パチンと一誠が指を鳴らす。

 瞬間──服が(はじ)ける。

 文字通り棍の少女と双子の服だけが見事にバラバラに吹っ飛んだ。下着すらも容赦なく剥がされ、丸みを帯びた裸体が晒される。

 渚は思いっきり見てしまった。あまりにも急な出来事に言葉を失う。

 

「「「イ、イヤアァァァアアアァァアァァァ!!」」」

 

 被害者三人の声が重なる。

 体育館に広がる悲鳴。大事な部位を手で隠そうと必死になる少女たち。

 

「アハハハハハハ! 見たか、これぞ"洋服崩壊"(ドレス・ブレイク)! 女の子の服を剥がすことを目的として作られた俺だけの異能!」

 

 堂々と自分の異能を自慢する一誠。

 渚は顔を両手で隠す。

 あんなにも真面目に強さを欲していた友人が裏ではこんな煩悩(ぼんのう)を極限まで突き詰めた能力に目覚めていたのだ。

 顔面を(おお)いたくもなる。

 

「さ、最低ですわ」

「すんません、ほんとウチの部員がすんません」

 

 こっちの"お嬢様"が真顔で驚いていた。

 申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

「……見損ないました」

 

 小猫にもこう言われる始末だ。

 渚が懸命に"お嬢様"へ弁明(べんめい)していると一誠と小猫の動きが止まる。

 

「あの様子。……通信が入ったようですわ」

「グレモリー先輩からの指示か何かか?」

「ですわね、内容が気になりますが……」

 

 すると急に後退を始める一誠と小猫。

 

「この状況で? ──そういうことですのね、出ますわよ!!」

「おわ」

 

 "お嬢様"が渚の手を強く引いて魔力で体育館の壁を派手に破壊して脱出する。

 隠密行動が台無しになったが次の瞬間、彼女の行動がどんな意味を持ったか理解した。

 光が体育館を吹き飛ばしたのだ。爆風で派手に跳ばされる渚と"お嬢様"。

 

「──撃破(テイク)

 

 空を見上げれば巫女姿の朱乃が雷を迸らせて体育館を見下ろしていた。

 

『フェニックス陣営の"兵士(ポーン)"三名、"戦車(ルーク)"一名、戦闘不能!』

 

 審判役(アービター)のグレイフィアの声がフィールドに響く。

 

「重要拠点である体育館を囮にした一網打尽の戦術。初ゲームでこの大胆な作戦立案と実行力。これがリアス・グレモリーですか」

 

 "お嬢様"が朱乃を見上げながら呟く。

 朱乃が渚の存在に気づくと悪魔の翼をはためかせて降りてくる。

 

「蒼井くんも体育館にいたのですね」

「はい、ちょっと"相方"の付き合いで」

 

 朱乃が"お嬢様"を見て目を見開く。

 

(わたくし)がなにか?」

「どうして貴方がそこにいるのか、お聞きしても?」

「ルール上しかたなく……などではありませんわ。(わたくし)の意思でここにいますの」

「貴方がフェニックスの支援するために裏方に回ると?」

「そう考えるのが普通ですが今回は違いますわ。それでグレモリーの"女王(クイーン")(わたくし)と戦いますの?」

「いいえ。蒼井くん、気を付けてくださいね。彼女は……」

 

 朱乃が忠告とも言える言葉を放とうとした時だった。

 渚が何かに気づいた素振りで上空へ目を向ける。朱乃と"お嬢様"もまた渚と同様の場所へ視線をやった。

 そこにいたのはフードを被った女性魔導師。

 魔導師がクスクスと笑む。

 

「気づかれてしまったわね。折角の奇襲チャンスだったのに」

「ライザー・フェニックスの"女王(クイーン)"、ユーベルーナですわね」

 

 朱乃を見下ろすライザー・フェニックスの女王が魔力で攻撃を開始する。

 狙われた朱乃は翼を広げてユーベルーナと対峙した。

 

「私と踊ってくれる? グレモリーの巫女さん?」

「少し荒っぽいダンスになりそうですわね」

 

 上空で魔力の塊がぶつかり合う。炸裂する魔力と雷が空を(いろど)る。

 

「行きますわよ。貴方ごときでは"女王(クイーン)"同士の戦いに参戦は出来ませんわ」

「問題ない、なんとかなる」

「聞こえませんでしたの? 許可できないと言ったのです」

 

 乱暴に手を引かれる渚。

 

「あ、おい!」

「敵はまだ多いですわ、二人しかいない(わたくし)たちは上手く立ち回らなければなりませんの」

 

 言ってることは正しいだろう。

 だが渚はあの戦いに干渉できる力を持っている。どうにか"お嬢様"を説得しようとした時だった。

 

「そこまでだ、レイヴェル」

 

 渚たちの前に人影が立ちふさがる。

 顔の半分を仮面で隠した女性だ。"お嬢様"が辟易(へきえき)したように嘆息(たんそく)する。

 

「貴方ですのね、イザベラ」

「キミがこのゲームでやろうとしている事に意味はない。だからリタイアしてくれレイヴェル、一人で戦況を(くつがえ)すなど不可能だ」

 

 イザベラと呼ばれた女性が"お嬢様"に手を差し伸べた。戦う意思はないのだろう。実際言い聞かせるような優しい声音である。

 

「それは友人としての忠告? それともフェニックスの眷属としても警告かしら?」

「無論両方さ。『両陣営から一人だけを選び第三勢力とする』。このルールを聞いた時から間違いなくキミは志願すると私は思ったよ」

「当然ですわ。貴方は分かっているのでしょう? このゲームの勝敗でライザー・フェニックスの将来が決まると」

「分かっている」

「なら絶対にフェニックスは勝ってはいけませんの!」

 

 イザベラに"お嬢様"は怒りの感情を向けた。

 "フェニックスが勝ってはいけない"という発言に渚は驚く。

 彼女はリアスでは無くライザーに勝とうとしているのだ。最初に言った『投了(リザイン)する』という言葉も渚を従わせるブラフだったかもしれない。

 

「イザベラ、貴方もライザー・フェニックスの"戦車(ルーク)"なら(あるじ)の未来を見るべきですわ!」

「そうだね、キミは正しいよ。今のライザー様は"逃げている"、あの日からずっと」

「そうですわ。あんなの許せませんわ」

「だけどねレイヴェル、私はあの方が幸福になれるのなら"逃げてもいい"と思っている。──だからここは勝ちに行くよ」

「……バカな考えですわ」

「今気づいたのか、私はバカなのさ。さて例えキミがライザーさまの"妹君"だろうと主の邪魔をする者は叩かせてもらう」

 

 イザベラがステップでレイヴェルを肉薄すると拳を打ち出す。

 ──バシィッ!!

 だがその鋭い拳がレイヴェルに届くことはない。渚が受け止めたからだ。

 イザベラが警戒し、"お嬢様"──レイヴェル・フェニックスが目を見開く。

 

「へぇ、やるじゃないか」

「い、イザベラの拳を止めた」

 

 拳を放すとイザベラが隙無く構えを取った。

 渚はヒラヒラと拳を受け止めた手を振りながらレイヴェルとイザベラを交互に一瞥(いちべつ)した。

 

「……全く話が見えなすぎて困る。けど相方を倒されると俺らがゲームセットになるから撃破させてもらう。いいよな?」

「出来ますの? イザベラはお兄さまの眷属の中でも上位に位置する実力の持ち主ですわよ」

「まぁ見ててくれ、なんとかする」

「解りました、貴方の実力を見ておくのも良いでしょうし許可します。負けたら許しませんわよ」

「OKだ、お嬢様」

 

 この"お嬢様"が何らかの理由でフェニックス陣営を倒そうとしているのは事実だろう。

 だがフェニックスの事情など渚の知ったことではない。自分の出来ることをするためだけに今日は刀を振るう。そう、例え女だろうと全力で排除する。

  

「悪いけど手早く終わらせる」

「ふ、なかなか大きな口を開く男だ」

「俺は強いらしいからな」

「らしい? 随分と曖昧な自己評価だな」

「自己評価じゃなくて人から見ての評価でね」

 

 そう言うと渚はイザベラとの距離を積め、刀の鯉口(こいぐち)を切るのであった。

 





新たな相棒はレイヴェル・フェニックス。
一時の間ですが彼女が渚の相棒になります。

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