ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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これはレーティングゲームが始まる前のお話。



ライザー・フェニックスの受難《Broken Soul》

 

 ライザー・フェニックスは自分を最強と思ったことなどない。

 純潔の悪魔であり、その中でも不死の肉体を持つ彼は間違いなく強者だ。肉弾戦こそ不得手だが本来の悪魔は魔力による遠距離戦闘を(おも)にする種族なのでマイナス要素にはならない。むしろ内包する魔力は上質であり操作も得意な彼は生粋(きっすい)の悪魔とも言える。

 だが上には上がいるものだ。

 その最たる存在が魔王と呼ばれる四人の悪魔だ。何度か会ったことはある。どの魔王も自分では届かない領域にいる者だとすぐに悟った。

 彼らだけでない。最上級と呼ばれる悪魔たちも怪物だらけだ。そんな上位者たちが連なるレーティング・ゲームに出場している事は誇りですらあった。彼らと肩を並べるという夢も出来た。だから懸命にゲームの訓練を行い、勉学にも(いそ)しんだ。

 

 ──あの試合を行う前までは……。

 

 それは非公式に行われたゲームだった。

 相手は(いま)だゲームをしたことない新人悪魔。

 本人も含め、誰もがライザーの勝利を確信していた。いやこの試合を見繕(みつくろ)った者たちはソレを望んでいた(ふし)すらあった。

 どこかキナ臭いものを感じながらもライザーは新人に先輩としてゲームの厳しさを教えるつもりで戦った。

 レーティング・ゲームはゲームと名が付いているが実際は自らの戦力と知恵を使う実戦形式の試合である。大ケガをする者も珍しくない苛烈な遊戯だ。新人の中には所詮は"遊び"と舐めてかかる者も少なくない。だから手加減せずに挑んだ。

 しかし、そんなゲームの中で予想外の事が起きる。

 不死であるライザーが惨敗を(きっ)したのだ。無名の新人は身内からも無能と(さげず)まれた男だった。

 そんな者に負けたのだ。

 フェニックスの炎を砕いたのは魔力の宿らない一握りの拳。正面からの真っ向勝負に眷属は倒れ、自分もやられた。

 意味が分からなかった。

 なぜ自分が倒されたのか。

 相手は決して無能などではない。間違いなく強者だった。

 最初は騙されたと思った。誤った情報で仕組まれたゲームとも考えた。けれど外野の反応ですぐに状況を理解した。全員が驚いている様子だったからだ。

 ゲームを見学している者には冥界の重鎮(じゅうちん)もいる。そんな事を知ってか知らずか対戦相手の新人は深々と頭を下げた。

 

『良い経験をさせて頂きました』

 

 先人に対する敬意と感謝。傲慢な悪魔らしくない誠意のある態度。きっと彼に()があるわけではない。(むし)ろ被害者なのだ。()()()と言う無言の圧力に抗い、全力で挑んだのだろう。

 ライザーは黙って敗北を受け入れる。

 どう言い訳しようが結果は出てしまった。だから次に()かそうと心に決めた。満身は己を滅ぼすのだと、油断なくゲームと向き合わなくてはならない。

 そう胸に刻みながら……。

 

 だが彼の決意を捩じ伏せる地獄が始まる。

 

 試合を仕組んだ者たちはどうしても例の新人悪魔を認めたくなかったのだろう。何をおもったのか、敗北したライザーに対しても信じられない低評価と圧力を浴びせてきたのだ。

 

 ──無能に負けた不要な悪魔。

 ──フェニックス家の失敗作。

 ──悪魔の恥。

 

 どれもがライザーを(おとし)めた。彼のゲーム人生は一変した言ってもいい。

 ライザーが試合に勝てば"まぐれ"で済まされ、負ければ"やっぱり"という言葉が付くようになり多くの悪魔がライザー・フェニックスは"程度の知れた悪魔"という評価しかしなくなった。

 あの試合を仕組んだ悪魔たちは、それほどまでの影響力を持っていたのだ。

 上級悪魔であった彼のプライドは粉々に砕かれ、いつしか試合からも逃げるようになった。勝っても負けても最悪な評価しかされないのだから当然だ。

 家族や眷属は懸命に彼を支えたが最早どうしようもない。

 相手が悪いのだ。決して表には立たず、裏から徹底的に動く闇の権力者。それにライザーは目を付けられた。不幸中の幸いなのは権力者たちがフェニックス家ではなくライザー個人に圧力を向けたことだろうか。

 それでも誇りは風化し夢は()び付いた。もう何もいらない。ただ静かに暮らしたい。

 いつしかライザーはそう思うようになってしまった。

 

 そんな時だった、父から婚約の話を受けたのは……。

 相手はグレモリーの次期当主。

 性格も容姿も好みの女性だ。

 フェニックス家の者として父や母になんらかの奉仕(ほうし)をしたかった彼は婚約を受け入れた。

 ゲームで栄誉を得ることは出来なくなった。ならばと考えたのだ。

 最低かもしれないがフェニックスのためにグレモリーを利用させてもらおうと決めた。

 

「リアス・グレモリーか。いいさ、さっさと結婚して静かに暮らせれば……」

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「そうか、ソレが君がこうなった経緯(けいい)なのだね」

 

 ライザーは寝室で一人の悪魔と会話をしていた。

 白衣を身に付けたメンタルセラピストの女性だ。

 レーティング・ゲームの重圧のせいで精神的に追い詰められたライザーに家族が用意したものだが大体はすぐ追い返す。

 どの医者もゲームに復帰させそうと躍起になっているのが透けて見えるからだ。六人目であるこの女性もどうせ同じだろうとライザーは思っている。

 

「初めに言っておくが俺はゲームに復帰する気はない、帰ってくれ」

「お兄さま!」

 

 付き添いの妹であるレイヴェルがライザーに詰め寄るも相手にしない。

 

「レイヴェル、もう決めた事だ。お前もさっさと母上の眷属になれ。俺の所に居ても益はないぞ。例のリアスとのゲームも本来なら断りたいところだ」

「お断りしますわ、私はライザー・フェニックスの下で自らを鍛えよと申し付けられていますの!」

「もうやめてくれ。俺は新人悪魔に負けるような男だ」

「あの新人悪魔はどうみても規格が違います! あの悪魔は魔力が使えないだけで間違いなく若い世代ではトップの実力を有してますわ」

「ふん、もういいさ。どう足掻(あが)いても俺の評価は変わらんからな」

 

 レイヴェルの必死なフォローを受け流す。

 話を黙って聞いていたセラピーの女性が「ふむ」と頷く。

 

「ライザー様、やりたくないのであれば辞めてしまえばいいのでは?」

「え?」

 

 意外すぎる一言に言葉を失うライザー。

 

「な、なんて事をおっしゃるんですの!? 貴女も悪魔ならゲームの大事さは分かるでしょう!! 今の時代、富や名声を自らで獲得できるのはゲームのみなのですよ!!」

「本人がやりたくないと言うのに強制するのはよくない思うのですよ、お嬢様」

「医者の先生、あんたは俺にゲームをさせようとしないんだな」

「はい。私の仕事は貴方様の不安や精神的負荷を軽くする事です。であれば次のゲームを最後にするという選択はアリかと思います」

 

 にこりと微笑む女性。

 

「いいのかよ、そんなこと言って」

「聞けば婚約を賭けての戦いだとか。個体数を減らしてしまった純潔悪魔にとって世継ぎをお作りになるのは急務です。ゲームよりも命を育む事こそ冥界には必要では?」

「そうだが……」

「やはりゲーム自体に乗り気ではありませんか」

「いや、あの生意気な人間を燃やせるのなら嫌でも出るさ」

「あの人間?」

「刀を使う奴だ。人間の分際で俺に痛みを与えた、必ず倍にして返す」

 

 ライザーの魔力が溢れ出す。

 よほどの屈辱だったのだろう。

 女医が笑みを浮かべた。

 

「よい傾向です、活力が魔力に変換されています。……レイヴェルお嬢様、ライザー様と二人きりにしてもらえませんか?」

「な、何故ですの?」

「医者と患者だけの会話があるのです。すぐに終わりますので」

「……けど」

「構わない。──レイヴェル」

「分かりましたわ、何かあれば呼んでくださいな」

 

 ライザーの一言で渋々という感じで部屋を後にするレイヴェル。

 

「それで話っていうのは?」

「実はわたくし、ライザー様のお話は前より知っていました」

「ハッ、俺が負け犬って分かっていたのかよ」

 

 自嘲するライザーに女医は首を左右に振る。

 

「そこまでは思っていませんよ。ただコレを贈呈(ぞうてい)しようかと思いまして」

「なんだ、それは?」

 

 女医が取り出したのは金色の液体が注入されている注射器だった。一目で通常の薬物ではないと分かる。

 

「悪魔の能力に対する活性薬です」

「バカな、こんなものを使用すれば即失格だ。ゲームである以上はルールも設けられている」

 

 レーティング・ゲームでは薬物などの外的要因(ドーピング)で強さを操作する行為は重大なルール違反である。そんなライザーの反論を女医は嘲笑うように注射器を前に差し出す。

 

「戦いの最中で追い詰められた悪魔の力が急増する例は幾つもあります。これは特殊な薬品なため上手く服用すれば()()()()()()()()()()()()。どうかライザー様、将来を考えての検討を」

「く、俺にルールを破れと?」

「あくまで保険ですよ。使わないまま勝てればそれが一番良いのですから」

 

 女医の助言は悪魔の囁きだった。

 ライザーは迷いながらも薬を手にする。直に見ているからこそ理解できるのだ、この薬は本物だと……。

 

「いつ使えばいい……?」

「試合前に使用するのが一番かと思います。ふふ、わたくしは貴方の勝利を願っていますよ」

 

 女医が一礼して何事もなかった様子で部屋を去る。

 まるでもう用はないと言いたげな行動だったがライザーは黙って見送るしか出来ない。

 寝室のドアが閉まって一人になる。

 かつて自分を動かしていた原動力は、今や錆び付き心に冷たい蓋を落としている。ライザーは思考を放棄し、渡された怪しげな薬を握り絞めた。

 これが良いものではないとは理解しつつも心の奥底で最後ならばルールを破っても構わないのではないかと自分を正当させながら来るべきゲームの日を待つ。

 

「誇りや夢などバカらしい。……勝てなければ意味がないんだよ」

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 ──冥界。

 この世界には太陽と言うものがない。

 昼と夜という概念はあるが、もっとも明るい時間になっても紫色の空が広がっている。光に弱い悪魔たちの楽園を白衣の女性がハイヒールを鳴らして歩く。

 その足でフェニックス領から出ると人が通らないであろう道を選んで奥に奥に進む。

 

「……遅かったな」

 

 低いが妙に耳に入る声。

 白衣の女性の前方、一人の黒ずくめの男が無愛想な顔を向けていた。

 女性が笑みを浮かべた。それは感情を隠すための笑顔であり心がない道化のようですらある。

 

「出迎え、ご苦労様」

「必要かは不明だがな」

「いやいや嬉しいよ」

 

 白衣を脱ぎ捨てると女性の姿が一変する。

 長身だった身体は縮み、ビッシリと決めていたスーツはカジュアルなフードつきのダボダボなトレーナー服と短パンになっていた。太ももまで延びる厚着のトレーナーから女性……いや少女は棒の付いた丸いキャンディーを取り出して口に加えた。

 口をモゴモゴしながら余分にあるキャンディーを差し出す。

 

「あ、クラフトも食べりゅ?」

「いらん」

 

 冷たく一蹴されるが気にした様子もなくキャンディーを納める少女。

 

「ところでさぁ、ウチの組織って人使い荒くない? この前まで重症だった二人に"冥界と魔界の通路を塞がれないようにしろ"なんて命令出してさぁ。アレはネクロっちが実験で繋げただけでしょ?」

「"協力者"が必要と言ってる以上は従うしかあるまい。元々は我らが失敗したせいでもあるのだろう」

「"戦争を起こす"ためねぇ。派手なのは好きだけど最近は()き気味なんだよねぇ」

 

 愚痴(ぐち)る少女をクラフトは無視した。

 

「ライザー・フェニックスに例の薬は渡したか?」

「もっちろん。打ちのめされたライザーくんの再起を願ってね」

「駒王町にはアリステア・メアがいる。上級悪魔程度でどうにかなるとは思えんがな」

「真っ白ちゃんの対策は出来てるよ。……組織が誇る戦力を出す予定」

「誰だ?」

「クラフトは会ったことないよ、すっごく強くて、すっごく怖い。けど制御が効かない子。ちなみに私は愛してるかなぁ」

 

 そして少女はクルクルと体を回しながら軽快なステップを踏む。

 

「随分と楽しそうだな」

「ふふ、当たり前だろう? レーティング・ゲームで起きた不慮な事故による魔王の妹の死! ライザー・フェニックスの真の不死鳥としての覚醒! そして不死鳥は人間界を震撼(しんかん)させる! 中々にドラマチックじゃないかい?」

「興味がない。たかだか不死鳥が一匹で国が滅ぼせる訳でもあるまい」

「いんや、滅ぼせるよ?」

「何?」

 

 ダボダボ服のフードを目深にかぶる少女。

 目を隠した状態で口が三日月を描く。

 

「クラフト、君は始神源性(アルケアルマ)って知ってる?」

「知らんな、それがどうした?」

「それは"個体"でありながら"世界"という特性を持つ存在を言うんだ」

「分かるように話せ。小難しい話は得意ではない」

「そうだなぁ、じゃあこう言おうか。このジャンルに当てハマる存在を二つは知っている筈だ。ヒントは君やボクよりもずっとずっと強い」

「二つだと? ……まさか」

「正解にたどり着いたようだね。そう──『龍神』と『真龍』がその始神源性(アルケアルマ)に数えられている」

 

 この世界で尤も強い存在は何か?

 そう問われれば大半の者がこう答える。

 無限の体現者(オーフィス)あるいは真なる赤龍神帝(グレートレッド)と……。あらゆる魔と神が恐れ、挑み、散っていた災害にも等しい最強を冠する二柱。

 決して挑んではならない君臨者。

 

「それとライザー・フェニックスの話の繋がりが見えんな」

「簡単簡単、ライザーくんに渡した薬が始神源性(アルケアルマ)の欠片なのさ」

「ほう」

「砂粒程度だけど十分さ。きっと駒王を滅ぼしてくれるよ、彼は真の意味で不死を得るのだからね。もしかしたら君でも砕けないかもしれないよ? "砕き"の……いや"惨壊"のクラフトさん?」

「小さな組織かと思ったが存外、面白いことをする」

「むふふー、確かに構成人数は少ないけど新参の君は"アルマゲスト"の深淵を知らないのさ」

「貴様らの頭である"総主様"とやらか?」

 

 ケラケラと悪戯めいた笑いをこぼす少女。

 詳細を話す気はないのだろう。かつてカラワーナと名乗ってレイナーレに近づいた彼女は冥界の空を仰ぐ。

 太陽のない空は暗かったが少女の心は健やかそのモノだった。

 

「ライザーくん、君のレーティング・ゲームが最高の物になるとボクは信じているよ」

 

 道化の少女──タブリス・フェイスレスが闇の中で一人嗤う。

 嘲るように、期待するように、願うように……。

 クラフトはただそれを無言で見据えるのだった。

 

 





データファイル


『クラフト・バルバロイ』

強者に挑む求道者であり、”砕き”という異能を持ちて”惨壊”の異名で呼ばれる者。
俗世に事柄に興味がなく、ただ己を高みへと至らせる事だけを考える生粋の戦闘者。
アルマゲストという組織にスカウトされて属しているが、新人なので組織の詳細は知らない。本人も興味がない模様。
戦闘能力は少なく見積もっても最上級悪魔以上である。


『タブリス・フェイスレス』

二年前に死んだカラワーナに成り代わりレイナーレに近づいたが、本来の姿は中学生くらいの少女。
クラフト同様、アルマゲストに所属しているが年期が違うのか内部の構造にも詳しい素振りを見せる。
性格は一見すると天真爛漫の快楽主義であるが、他人を平然と偽って傷つける残虐性も内包している危険な一面を持つ。
異様な不死性を持つ少女で、手足を切断されようが眉間に弾丸を撃ち込まれようが死なない。恐らく彼女の異能が関係していると思われる。


『アルマゲスト』

クラフトとタブリスが所属する組織。
『総主』と呼ばれる存在が束ねている事以外は一切不明。
アルマゲストとはラテン語で『偉大なる者』を意味する。
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