今回でライザー編は終了です。
次からは聖剣と堕天使のお話になります。
朝の日差しが目を眩ませる。
遠くからは部活の練習をする学生たちの声。
一日の始まりを感じる教室で、渚は死んだように椅子の背もたれに身体を預けていた。
「はぁ~、眠い」
「うわ、ゾンビが死んでる」
「うっせ、絶賛生存中だ」
渚をからかってきたのは桐生 藍華だった。
時間は朝の8時、まだ授業開始までは1時間近くある。生徒も
「アーシア、もしかして蒼井とお熱い夜を過ごした? 今日も一緒に登校してきたいみたいだし?」
「えと、その」
返答に困るアーシア。
危険が付き物の悪魔ゲームをしていたなどと言えないのだろう。
「はぁ~~」
渚は大きな欠伸をする。
確かに藍華の言う通り熱い夜を過ごした。冗談抜きで死ぬくらいの熱さだったのだから始末が悪い。
ライザーとのレーティング・ゲームが終了したのがほんの数時間前だ。
リアスからは出席日数は都合すると言われているが渚は甲斐甲斐しく登校している。
自分でもバカなのかと思うが、登校したものは仕方がない。少し離れた席では一誠が机を枕にして寝ていた。この調子ではグレモリー眷属は登校しているのだろう。
眠気に襲われている渚はアーシアを見た。同じく一晩中、起きていた彼女は平気そうだ。
渚の眠たげな視線にも邪気のない笑顔で返してくる。眠気に対して異様な耐性のあるアーシアを若干気にしつつも、窓から空を眺めた。
こうして考えるのはレーティング・ゲームのことだ。
「負けたなぁ」
「何によ?」
「ゲーム」
「あんた、それで夜更かししたの?」
「まぁな」
「しょうがいない奴ね。どうせアッチの兵藤も付き合わせたんでしょ?」
「そうなるかな」
どっちかと言えば付き合わされたのだが、面倒なので藍華の言葉に同意する。
リアスとの対決は渚の敗北で幕を閉じた。
赤龍帝の力で倍加に倍加を重ね続けた滅びの力、間違いなく決め手はアレだった。
倍加した力の譲渡など反則が過ぎる。なんとか滅びの力は耐えきったが、結局すぐに体力が尽きた。
「レイヴェルは大丈夫だといいけど……」
今回の相棒だった少女を思う。
フェニックスの再生でも元には戻らなかった片腕。
ともせずレーティング・ゲームは終わったのだ。少しの間くらいはゆっくりしよう。つまり眠らせてもらう。
「寝る、授業始まったら起こして欲しい」
「はい、分かりました」
「いや、桐生に頼んだんだよ? アーシアも少し寝た方がいい」
「大丈夫です。私、前に居たところでは一日中眠れない事もあったので慣れてます」
成る程……と納得する。
どうやら教会にいた頃に昼夜問わずに働かせていたようだ。あれだけの治癒能力だ、戦い以外にも使い道はある。
故に彼女の様子からもブラック企業かソレ以上に酷使されていたのだろう。
献身的なアーシアを使うだけ使っといて、都合が悪くなったら簡単に捨てる教会。
かつて彼女が言われていた「人を治療できる生物」という言葉を思い出して苛立ちを覚えてしまう。
次に教会関係者がアーシアに何かしようとしたら有無を言わずに刀を向けるかもしれない。
「大丈夫ですから」
そんな渚の内心を感じ取ったのか、アーシアは穏やかに目を細めた。それがあまりにも幸せそうな表情だったので毒気を抜かれる。信じている物とは遠い場所に立っている今の生活がアーシアにとって最良かは渚には判別できないが、彼女の笑顔には嘘はないだろう。それがせめてもの救いである。
「あの、その……ですから私にナギさんを起こさせてはくれませんか?」
両手の拳をギュッとして使命感に燃えるアーシア。どうでも良い事なのに大任を
これを断れるほど渚は強くはなかった。
「じゃあ頼んだ、アーシア」
「は、はい! 頼まれました!」
こうして元気のよい返事を聞いた渚は机の上に突っ伏して寝息を立て始める。
「ホント尽くすなぁ。いい彼女になるわよ、アーシアは……」
「はぅ! そ、そんな事はないですよ!」
遠くでそんなガールズトークが聞こえた。
こればっかりは渚も藍華に大いに同意するのだった。
だがアーシアを任せられる男の厳選は渚が直々にするつもりだ、かなり厳しめに。
●○
「郊外にある西の森が消失か……」
放課後、オカルト研究部の部室で昨日の夜に起きた出来事の報告を受けたリアスが頭を抱えた。
自分の管理する土地の地形が森から不毛の大地に激変したのだから頭痛ぐらいする。
詳細を報告しに来たのはアリステアとレイナーレの二人だ。
アリステアが出された紅茶を口へ運びながら答えた。
「グレモリー関係者の抹殺が目的だったのでしょうね。もっとも一番の目的は私のようでしたが……」
「駒王の戦力で、もっとも厄介なのは間違いなくアンタだからね」
「見る目のない敵ですね」
「有りすぎでしょ」
メイド服のレイナーレが皮肉めいた表情で言うが、アリステアは気にした素振りも見せずにカップを差し出した。
「もう一杯、頂きます」
「私はあんたの従者じゃないわ」
「その姿では説得力が皆無ですよ、堕天使メイド」
「レイナーレ、出してあげて」
アリステアの言葉を無視しようとするレイナーレをリアスが言葉で制す。
「分かったわよ、リ・ア・ス・お・嬢・さ・ま」
渋々といった様子でカップを取るレイナーレ。反抗的だが言うことを聞いてくれる辺りが少し可愛く見える。
「それにしても西の森か……。あまりいい思い出はないわ」
「貴方がナギと出会った場所もそこでしたね」
「そうなるわ、あの時はアリステアは気を失っていたわね」
「か弱い人なのですから気ぐらい失います」
どの口がいうのだろうとリアスとレイナーレは思う。
「それとその腕、随分な変わりようだけど」
リアスの視線が白い包帯が巻かれたアリステアの右腕におろされた。
上腕部分は全て傷なのだろう、指先から肘辺りまで綺麗にくるまれている。リアスが懸念した原因は傷自体ではなく、もっと奥にあった。アリステアの上腕全てが見たこともないような強力な呪詛に覆われているのだ。
あんな禍々しい呪いを受ければ直ぐに全身に広がり、魂までも蝕んだ挙げ句に死に至らしめる。それほどの厄介な代物を右手だけに納めているのはアリステアが自らの持つ霊力で押さえつけているだからだろう。
「大した事ではありません、ただ傷が癒えないぐらいですよ」
「……大した事あるじゃない。大丈夫なの、それ」
「痛みは耐えれますし、破れた血管や神経は霊力で編んでいるので日常生活は問題ありません」
死の呪詛を飼っている人間とは思えないほどに平然としているアリステア。
「全く……。渚といい貴方といい普通じゃないわね」
「その普通じゃないナギに勝ったのは何処の
「多くの幸運が重なった結果よ、普通のゲームルールなら負けていたわ」
謙遜するリアスにアリステアは首を振った。
「世の中は過程よりも結果が重視されるものです。貴方は勝利した、それは偽りのない真実です。勝者として胸を張ってもらわないとナギが惨めですよ、リアス・グレモリー」
「まさか励ましを受けるとは思わなかったわ」
「私は当然の事を言ったまでです」
「そうね、じゃあせいぜい勝者として胸を張るとするわ」
リアスがそう言うと二枚の白い封筒を差し出してきた。
何かと思いながらもアリステアは受け取って封筒に目を落とす。
そこにはアリステアと渚の名前が書かれていた。
「招待状ですか」
「祝賀会をしようと思ってね。勿論、くるわよね?」
「こういった催しには興味がありません」
バッサリと断ろうとするアリステアにリアスはいい笑顔を作った。
「それでもお願いするわ」
「断っても連れていく気ですね?」
「勿論。最終的には渚に頼み込むわ、それなら断れないでしょう?」
「相手の弱点を突くとは中々に王らしくなってきましたよ」
「うふふ、ありがと」
「それでは帰ります」
アリステアは渋々といった様子で招待状をしまうと薄暗い部室の窓まで歩を進める。
「冷血女、わざわざ入れてあげた紅茶はどうすんのよ」
「差し上げますよ、レイナーレ。暖かいうちに飲んでください」
「相変わらず勝手な奴、その性格を改めなさいよ」
「お断りです」
そしてその窓を大きく開けた、風と共にカーテンが揺れ動く。
リアスが外の光に一瞬だけ目を眩ませると、次の瞬間にはアリステアの姿は忽然と消える。
「少し強引だったかしら?」
「さぁ、招待状を取ったって事はどっちにみち来るでしょ。……存外、美味しいわね」
レイナーレが自分で入れた紅茶を飲みながら言うと、リアスは窓に近づいて外を眺める。
ちょうど旧校舎の入り口に人影が三つほど見えた。
可愛い眷属である一誠とアーシア、そして頼りになりすぎる協力者の渚。
普通の学生のような会話をしながらやってくる三人に小さな笑みを浮かべるリアスなのであった。
●○
レーティング・ゲームから一週間後の夜。
渚は広い会場の隅でぼんやりと高い天井を眺めていた。
目に入るのは大きなシャンデリアだ。リアスに招待されて祝賀会に参加した渚だったが予想以上のスケールに驚かされている。
学校の校庭よりも広い一室には着飾った悪魔たちが多く訪れており、楽しそうに会話を弾ませる。
何処かの国の王族が開く社交界と言えば想像しやすいだろう。
金持ちって凄いな……などと思っていると小脇を突かれた。
「何を間抜けな顔をしているのですか」
「そう言うなよ。慣れていないんだ、こんなのは」
両手にグラスを持ったアリステアが呆れたような口調で一杯差し出してくる。
「……酒か?」
「ジンジャエールです」
「さんきゅ」
触れたアリステアの指に注意が行く。
今は手袋で隠されているが、その中は痛々しい包帯がある。一目で尋常ない傷だと分かって言及したが、本人が『ただの負傷ですよ』と言い張るので深くは追求出来ていない。彼女に手傷を追わせる程の敵が駒王に来たという事実は警戒しなくてはならないだろう。
「いつまで手を握っているつもりなのですか?」
「あ、ああ、悪い」
ずっと触れていたアリステアの指からグラスを取って喉を潤す。
「祝賀会って聞いてたけど、こんな大々的だとは思ってなかったな」
「リアス・グレモリーは魔王の妹ですよ? これぐらいは当然でしょう」
「たまに訝しげに見られるのは人間だからなんだろうな」
「悪魔の祝いに混じってるのです、こうなるのは目に見えていました」
少し離れた所では綺麗に着飾ったリアスと眷属たちが悪魔たちに挨拶をしている。
新人である一誠とアーシアを紹介してるが二人ともガチガチに緊張していてちょっとだけ微笑ましい。
しかしリアスの初勝利を祝うのは結構だが、こうも大それたものだと場違いな気持ちになる。
こんなパーティとは無縁だったため、どうやって時間を潰そうかと考えていると二つの人影が近づいてきた。
「ごきげんよう、蒼井さん」
記憶に新しいドリル頭の彼女はレイヴェル・フェニックスだった。パーティ用のドレスに身を包んだレイヴェルは慣れているのかドレスの横を軽く摘まんで挨拶して来た。
「来てたのか」
「敗者が勝者を祝ってはいけない理由もありませんわ」
渚がレイヴェルの異変に気づく。失ったはずの腕がきちんと着いているのだ。
「その腕……」
「義手ですわ。まだうまく動かせないので要訓練と言った所ですの」
からくり造りの義手。無機質なマリオネットを思わせる腕である。
「そうか、とりあえず元気そうで良かったよ」
「冥界の技術に感謝ですわ、それで、そちらの方は?」
レイヴェルがアリステアを見る。
「アリステア・メア、俺の仲間だよ」
「……随分とお綺麗な仲間ですのね」
妙にアリステアの顔をマジマジと伺うレイヴェル。確かに美人だが、それを言ったらリアスや朱乃も似たようなものだ。
「貴方がフェニックスのお嬢様ですか」
「ええ、以後お見知りおきを」
「さて、知っておく価値があるのなら覚えておきます」
初対面の相手に愛想笑いも浮かべないアリステア。分かっていたが、これでは良い印象は持たれないだろう。
悪意はないが基本的にアリステアは人から好かれようとは思っていない節がある。だから言葉を着飾らないで自分が考えていることを口にする。それが誤解を招くと自覚していてやっているので、渚が注意してもあまり意味がないのだ。
「もうちょっと言い方があるだろうに……。レイヴェル、愛想はないし上から目線な奴だけど悪い奴じゃないんだ」
「気にしてませんわ。貴方の連れです、ある程度の問題は容認しますの」
「お優しいのですね、ならば私も貴方の無礼な視線に寛容になってあげますよ」
嘲笑うようなアリステア。これでは挑発しているようなモノだ。
渚は「うわぁ」と心の中で嘆く……というか言葉にも出していた。
レイヴェルの目が鋭くなった。
「我が強くて結構ですわ。けれど、こういう社交の場では相手を立てませんとね?」
「結構。立てて得るものがないのでは意味がありません」
「失うものはあるかもしれませんわ」
「程度は知れています」
二人が牽制し合う。
もしかして相性が悪いのだろうか。
渚はギスギスした雰囲気を払拭するためにもう一人の人物、ライザー・フェニックスに話を振る。
「おいライザー、この状況を何とかしてくれ」
「お前の連れが吹っ掛けたんだろうが。……レイヴェル、この場では止せ」
ライザーが面倒そうに吐き捨てる。兄に諫められてレイヴェルが退いた。
「失礼しましたわ。アリステア・メア、貴方の行動が蒼井さんの評価に繋がる事を頭に入れておいてくださいまし」
「良いでしょう、数分後には消去しますが」
「ステア」
流石に不毛と感じた渚が強く言うとアリステアが黙って飲み物を口にする。
どうしてこうも一瞬で仲が悪くなるのか不思議である。
そんな渚の疑問に答えたのは意外にもライザーだった。
「こんな上物を
「侍らしてない、ステアは相棒だ」
「……だそうだぞ、レイヴェル」
「どうして
「なんとなくだ」
ライザーの言葉にムッとしたレイヴェルが義手を抑えた。
「あー、なんだか急に義手の付け根が痛くなってきましたわ」
「そ、それは言わないでくれ。本当に悪かった」
明らかに演技である。それでもライザーは負い目からか必死に謝っていた。
そんなじゃれ合う姿は以前とは裏腹に良好な関係に見える。
しばらく観察しているとライザーが渚へ顔を向けた。
「リアスとの結婚は白紙にしてもらった」
「聞いてるよ。それでこれからどうするんだ? 新しい花嫁探しか?」
「いや、今さらだが本格的にゲームへ復帰しようと思う。
「アレを正直に話したのか?」
「ああ。薬を渡した医者は捜索中だそうだ。……まぁ全部があの医者のせいではないんだがな」
「かもしれないが、あの薬でアンタがとんでもない化物になったのも事実だ」
ライザーが元々レーティング・ゲームに対して消極的だった。なぜそうだったのかの詳細をゲーム後に渚は聞いている。
情報の出所はグレイフィアであり、リアスから又聞きする形で聞かされた極秘情報だ。
ライザーは"バアル"という一族から迫害を受けている。
"バアル"は魔王もおいそれと干渉できない程、大きな影響力を持つ影の権力者だ。
そんな奴等が用意した次期当主との非公式レーティング・ゲームの対戦相手に選ばれて負けてしまったのが事の始まりだという。
普通に考えればライザーは負けて"バアル"の顔を立てた事になる。
だが"バアル"は自分の用意した悪魔を負けさせたがっていた。つまりライザーは相手のお家騒動に巻き込まれて悲惨な評価を受け続けているという事だ。
「胸糞悪い話だ」
「……まぁな。しかしコレがまかり通るのが冥界なのさ」
ライザーという悪魔は弱い、だから戦った者が勝つのは当たり前。
そんな偽りを権力で広めていき、ライザーが行うゲームにも干渉して彼よりも強い悪魔を刺客として送り、対戦させるという細工もされたらしい。
流石に渚も"バアル"のやり方に気持ちの悪さと怒りを覚える。
結果、ライザーは精神的に病み、レイヴェルは腕を失くした。ライザーがリアスと無理矢理に結婚をしようとしたのもゲームが出来ない自分がフェニックス家のために何が出来るかを考え抜いた
「復帰はいいけど、大丈夫なのか?」
「なんだ? リアス辺りから俺の状況を聞いてんのか?」
「まぁな。そのバア……」
「やめな。名前だけは言うな、アイツらは耳がいい」
ギロリと睨まれた。
渚に対する不満ではなく、巻き込まれるなという不器用な気遣いだ。
「わかったよ。それで奴等の妨害は続くんじゃないのか?」
「間違いなくな」
「でもやるのか? 今までの話を聞いただけでも悲惨だぞ」
「……やらなきゃならん。支えてくる奴等もいるしな」
ライザーが拳を強く握る。バアルとは余程の闇なんだろう。
「頑張れって言えば良いのかな?」
「ふん、応援なぞいらん」
「だよな」
「だがお前との一戦で色んな事が変わったのは事実だ。……感謝はしている」
変わったな……と思う。
レーティング・ゲームの時までのずっと纏っていた陰鬱な雰囲気はライザーから感じられない。死んだような目は活力という炎で満ちている。きっとこれが本当のライザー・フェニックスという男なのだ。
「ライザー殿」
ふとライザーに声を掛ける者がいた。
立派な体格の男性だ。歳は渚と同じか少し上だろう。悪魔では珍しい野性的な印象を受ける。
男性は目線のあった渚とアリステアに礼儀正しく会釈するとライザーの前へ立つ。
「知り合いか?」
「……ああ」
渚が聞くとライザーが頷く。
レイヴェルが随分と険しい顔で男性を睨んでいた。
「バアルの者が兄に何用ですの?」
「……バアル」
渚は目の前の男の正体に驚く。
彼はライザーとレイヴェルを苦しめている一族だったのだ。
「偶然お見かけしたので挨拶に来ました」
「陰湿なバアルが何を言うんですの?」
まるで仇を見るようなレイヴェルに男性は瞑目した。
そして目を開くと真っ直ぐにライザーを見据えて頭を深く下げたのだ。
渚は勿論、フェニックス兄妹も呆気に取られる。周囲もチラチラと見ているくらいだ。アリステアは無感情に男性を眺めている。
「ライザー殿、自分との試合で貴方に大変な迷惑を掛けているのは知っています。バアルの身でありながら何も出来ない自分を許してくれとは言いません。ただもう少し待ってください、我が身の全霊を以て貴方に振り掛かった出来事を払拭して見せます」
その男性からは罪悪感、誠意、信念など決して軽くはない心を感じた。言葉には嘘を感じられないのだ。
つまりこの男性がライザーの問題を重く受け止めているという事に他ならない証拠だ。
「頭をあげな、サイラオーグ・バアル。お前の立場は知ってる、人の心配を出来るような身分じゃねぇだろ」
「これはケジメです」
「いらん、お前はあの時のレーティング・ゲームを否定するのか? 少なくとも俺はあの一戦から多くを学ばせて貰った」
「それは自分もです」
「ならいいじゃねぇか。それに俺はお前さんトコの圧力を気にする暇が無くなっちまったんだ」
「……と申しますと?」
「妹の腕を治さなきゃならん。冥界には最上級悪魔の一部しか手に入れられない秘宝がある、中には普通じゃない傷にも効くモノがあるかもしれないんだよ」
「……お兄様、私は気にしていませんのに」
「これは俺の責任であり、我が儘だ。レイヴェルは俺の力で治すと決めている。……だからサイラオーグよぉ? これからは俺はゲームで出世せにゃならねぇ。次は勝つ、それは覚えておけ」
「はい、自分も負けません」
「は、生意気だが勝者は敗者にたいして、それぐらい傲慢の方が悪魔らしい。──そう思わねぇか、リアス?」
そう言うとライザーはサイラオーグの背後に目をやる。
「ええ、そしてそれが糧になる試合なら敬意を持たなければならないとも思うわ」
真っ赤なドレスを着こなすリアスが一誠とアーシアを引き連れてやって来た。
アーシアが嬉しそうに笑みを渚へ向ける。今にも渚へ走りよって来そうだが、リアスの眷属として来ているので我慢しているのだろう。
上級悪魔たちへの対応は朱乃たちが続けている。気を利かせて来てくれたようだ。
「リアス、今回のゲームは見事だった」
「ありがとう、サイラオーグ。色々とハプニングの多い一戦だったけどね」
真っ先に称賛を贈ったサイラオーグに笑顔で返すリアス。
随分と親しげな様子に一誠がムッと警戒した。好意を寄せる人が良い男と近い距離にいる事に嫉妬しているんだろう。
祝いの席でそんな顔をされても困るので渚はフォローするため二人に声をかけた。
「グレモリー先輩のそちらの方とは知り合いで?」
「彼とは従兄弟なのよ」
サイラオーグが渚とアリステアを見た。
「自己紹介が遅れてすまない、サイラオーグ・バアルという。君たちの噂はリアスから聞いてる、凄まじく頼りなる協力者が二人もそばにいるとな」
「流石に凄まじいは言い過ぎかと」
「そうですか、ナギ? 間違ってはいませんよ」
「……おい」
澄まし顔のアリステア。
謙遜くらい覚えようねと内心で呟く渚。
サイラオーグが渚とアリステアの会話を聞いて笑みを浮かべると今度はリアスの背中にいる二人の眷属へ言葉をかけた。
「そして赤龍帝の兵藤 一誠。治癒のエキスパートであるアーシア・アルジェント。レーティング・ゲームは俺も見ていたが、どちらも素晴らしい立ち回りだった」
「え、あ、俺も?」
「あぅ、ありがとうございます」
新人悪魔の二人組がサイラオーグの言葉にたじろぐ。
「特に蒼井 渚と兵藤 一誠。君らの戦う姿は実に良かった。叶うなら一対一で正面から覇を競い合いたいと心から思う」
大きな拳を握って獰猛に嗤うサイラオーグ。
戦うのならばあくまで正面から……。
今まで見たことのないタイプだった。知略や策略を駆使する悪魔からは程遠い正面衝突を好む武人、それがサイラオーグ・バアルという男なのだろう。
「もうサイラオーグ、祝賀会で殴り合いなんてやめてよね?」
「ははは。
笑うサイラオーグにライザーとレイヴェルが複雑な顔をした。
「沈められた本人としては悪い冗談だ。テメェは自分の拳の恐ろしさを知ってんのかよ、たく」
「ええ、ウチの子達はしばらく食事が取れない程の被害を被りましたのよ」
「あの時は、格上のライザー殿に加減するなど無礼に当たると考えて全力で挑ませて貰いましたよ」
かつてサイラオーグと戦ったフェニックス兄弟だけが彼の凄まじさを知っているからだろうか、全然笑っていない。
「貴方達、三人の内の誰が暴れてもこの会場が吹っ飛ぶんだから自重して」
「では次の機会にとって置くとしよう」
「そうして頂戴」
残念そうなサイラオーグに肩を竦めるとリアスはライザーへ視線を向けた。
「それとライザー、復帰を決めたそうね」
「ああ、これから訓練の毎日だ」
「そう。今日は来れなかったお兄様から伝言があるわ」
「……サーゼクス様から?」
「そのまま伝えるわよ? 『君を守ってやれなくて済まなかった。君がレーティング・ゲームに復帰する際は正当に評価されるよう約束しよう。これはゲームの最高責任者であるアジュカも了承している決定事項だ。遅すぎる対応に怒りもあるだろう。ゆえに私たち魔王は全力でフォローする事を誓う』だそうよ」
ライザーが身体を震わせた。
魔王が直接保護してくれると言うのだ。特にレーティング・ゲームを取り締まるアジュカが付くとなれば"バアル"と言えど簡単にはライザーへ手を出せなくなる。
「魔王様が直々に、だと」
「お兄様……」
レイヴェルが感極まってか口許を押さえた。それは彼女が望んでいた事だったからだ。
あのレーティング・ゲームの勝者は魔王から栄誉を賜るため会う権利が発生する。レイヴェルは勝利を掴むことで"バアル"の悪事を魔王へ直接伝えようとしていた。結局はリアスが勝者となったので水泡と消えたが思わぬところで朗報が舞い降りたのだ。
「リアス、バアルである俺からも礼を言う。これは同じバアルの者が解決すべき問題だった」
「お兄様の力よ。けれど貴方たちが和解出来たなら良かったわ。……渚も、ね?」
急に話を振られて「?」を浮かべる渚。
ライザーとサイラオーグの仲が良い感じなったのは、めでたいが渚にとって良いことか言えば疑問だ。
「レイヴェルの望みを叶えてあげたかったのでしょう。あの時、ボロボロになってまで戦いを止めなかったのは彼女の望みを悟っていたからじゃなくて?」
「買いかぶり過ぎですよ。俺は場の空気を読んだだけです」
「そうやって自分の良いところを隠そうとするのは貴方の数少ない悪癖ね。……渚は決して自分の為に力を振るわない、いつだって誰かの為に尽力をつくす人間よ」
リアスの言葉は的を射ている。
渚はいつだって誰かの為にしか動かない。強い力を持っていると自負するからこそ自分の為に力を振るうのを極端に嫌っている。特に自分の中にある"モノ"は正体が不明過ぎて好き勝手に振るえば恐ろしい現象を引き起こすんじゃないかと理性がストッパーになっているのだ。
鞘のない刀ほど危険なものはない。
「臆病なだけです。誰かの為という理由があって初めて戦えるなんて、責任を負いたくない弱い人間の言い訳ですよ」
渚が苦言をもらす。
誰かを斬るのが怖い、死を背負うのは嫌だ。
けれど戦う力があって脅威が降りかかる。
だから仕方なく戦っている。それが蒼井 渚という矮小な人間なのだ。
自分本意な本性を知られるのは怖い。だが信頼されているからこそ自分と言う中身を知って欲しい渚だった。
幻滅されたかと思い、皆の言葉を待っていると……。
「違うだろ」
「違います」
「違いますわ」
一誠、アーシア、レイヴェルが同時に否定した。
それは確信であり、迷いのない言葉だった。
それぞれの表情が真剣そのもので逆に渚は驚く。
「ナギ、お前はいつだって命を張ってた。ドーナシークの時だって俺を助けてくれたぜ?」
「そうです! 私が死んでしまいそうな時だって危険を犯してまで助けてくれました」
「
渚に詰め寄る三人。
心なしか怒っているようにも見える。
どうしてそうも反論してくるのだろうか……。
そんな考え込む渚にアリステアが凸ピンをかましてきた。
「あいた」
「分からないのですか? この三人にとって貴方は英雄なのですよ」
「……え、英雄? いやそんな大層なモンになれる訳ないだろ」
「英雄とは、なる者でなく、なってしまった者です。救われた者が救った者に付ける敬称ですよ」
「……救われた者」
「命かそれと等価なもの拾い上げたのは貴方です。あの三人はそれを理解し、深く感謝している。貴方が自分をどう思おうと勝手ですが、彼らの想いまで無下にするのは感心しませんよ」
「……むぅ」
渚が英雄かは納得していない。
それでも三人の好意を足蹴にするのは良くないだろう。
ここはアリステアの言う通りに感謝を素直に受け入れる。
いつか自分でも誇れるような人間になれる事を望みながら渚は三人を