ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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久々の投稿です。
今回から聖剣と堕天使と中心とした第三章になります。




月光校庭のエクスカリバー
聖剣の呪い《Cruse of Holy Sword》


 

 それは寒い冬の出来事だった。

 暗い無機質な部屋に多くの死が蔓延(まんえん)している。そこで行われているのは処刑ですらない、ただの処分だった。まるで不必要になった消耗品のように扱われていたのは年端(としは)も行かぬ子供たちである。その小さな身体は毒ガスによって無惨に殺されていた。

 毒ガスを排出する低い音が鳴り、しばらくすると止まった。そして室内にある唯一の自動ドアが"ピー"と高い機械音を経てながら横にスライドして開く。

 入ってきたのは複数の防護服を着た人間だった。倒れ伏す子供たちに近づくと足で蹴って生死を確かめている。非人道的な光景にも関わらず次々と作業をするように一つ一つの"死"を確認する大人たち。

 

「苦しい、よぉ、神さま、たすけて……」

 

 死に向かう中で一人の子供が祈る。

 一人の大人が近づき、厳つい防護服の胸辺りで十字を切った。

 

 ──神の御慈悲を、アーメン

 

 そう言うと、迷い無く瀕死だった子供の息の根を止めた。

 "アーメン"と言いながら、次々と大人が子供を殺す光景を苦痛に(さいなま)まれた表情で一人の少年が見上げていた。口の中から止めどなく不愉快な赤いものが出てくる。

 

「……く、そ」

 

 悔しさが胸を満たす。

 苦楽を共にした仲間たちが物言わぬ肉の塊となってゴミのような扱いを受けている。しかし声を()げて非難すること出来ない。少年もまた死を待つ身だからだ。

 ふと(うす)()く意識の中で手を握られた。とても暖かい手だ。少年は温もりを頼りに視線を動かす。その先には少年同様に血を吐いた少女が恐怖に(ふる)えながらも笑っていた。

 

「……ゴホ……ゴホ……イザイヤ」

「……ト、スカ?」

「えへへ。良かった、生きてる」

 

 ごほごほと血の泡を吹きながらも笑顔を絶やさない少女。だが怖いのだろう。握られた手は小さく震えている。

 

「何が良いもんか、どうせ死ぬよ」

「ううん、イザイヤ生きたいって言ってるよ。今も立とうと頑張ってるもん。……だからね、走ろ?」

 

 トスカがイザイヤの腕を取った。起き上がった子供に完全防備の大人たちは驚く。

 トスカの決意にイザイヤも触発されて走り出す。

 もはや助からないと分かっていた。でも、せめて行けるとこまでは行こうと出口を目指す。

 瞬間、肩を鋭い熱が通りすぎる。

 

「ガッ!」

「イザイヤ!」

 

 撃たれた。

 大人たちは銃を持っていたのだ。

 倒れたイザイヤに容赦なく銃を向ける大人。

 

「ダメ!」

 

 そんな銃を持つ手にトスカが掴み掛かる。

 イザイヤが立ち上がってトスカを助けようとするが……。

 

「行って!」

「行けるわけないだろ!」

「私の、私たちの分まで生きてぇ!!」

 

 トスカが殴り倒された。

 床に頭をぶつけたのか血が出ていた。駆け寄ろうとするが銃が火を吹き、イザイヤの頬を掠める。

 (とど)まれば両方死ぬ。行かねば待つのは死だけだ。選択の余地はない、それでも脚はまだ迷っている。

 どのみち死ぬのならば皆と……。

 そう決めた時だった。

 トスカが言葉なしに黙って向こう側を指差す。血だらけになりながらも"行け!"と強い意思でイザイヤの生を願う。

 

「お願い、死なないで」

 

 その言葉にイザイヤは涙を()らえて走り出す。

 

 ──そして遠くで数回の発砲が鳴り響く。それは念入りに命を奪う死の旋律。

 

 音が止む。……それはトスカを死んだ事を意味していた。声にならない声が心を引き裂く。血塗られた希望によって生き延びた少年は運良く出口を見つけて開け放つ。

 抜けた先は真っ白い世界だった。

 冷たい空気が死にかけの体に(むち)を打つ、しかしイザイヤはこの寒天(かんてん)の空の下で誓う。

 

「許さない……!」

 

 いつか"聖剣計画"という馬鹿げたモノ関わった全てを殺し尽くすと……。

 白銀の世界で少年の心は消えぬ怨嗟に囚われたまま重たい身体を引き()って前へ進んだ。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 晴天の空。

 渚はグランドでグローブをはめて立っていた。

 カキーンと金属音が響く。リアスがバットでボールを打った音だ。一誠が見事にキャッチしてリアスが親指でグッドのサインを送っている。

 旧校舎の裏にある少し()けた場所、そこでオカルト研究部の部員は野球の練習をしていた。来週から駒王学園は球技大会があるためだ。一日をかけてサッカーやバスケなどの競技を楽しむ競技であり我らがオカルト研究部も部活対抗戦に勝つため、こうやって熱を入れて練習に励んでいた。

 (ちな)みに部活対抗は内容が当日発表なので今日は野球の練習をしている訳である。

 

「さぁ次よ、渚」

 

 リアスが女性とは思えない強さのボールを打ってくる。真っ直ぐに顔面に飛んできたキラーボールを渚はバシンっと受け止める。グローブの中でボールが暴れ馬が如く激しくスピンして中々止まらない。こんな魔球を受け止める奴など人間を辞めている者だけである。

 

「……ウチらに勝てるやつなんているのか?」

 

 素朴な疑問である。

 普通の人間ではないオカルト研究部は身体のスペックだけで名門の野球チームを圧倒できる。果たして練習が必要なのかも疑問だ。

 渚がボールをバックホームすると小猫が取る。リアスと小猫が渚にグッドの合図を送る、実に楽しそうで結構だ。

 

「次は祐斗!」

 

 カキーンと高めのボールが祐斗に飛んでいく。これぐらいなら余裕だろうと渚はボールを目で追うがグローブを構える様子も見せない祐斗。

 そしてゴツンと頭に命中する。

 悪魔じゃなかったらタンコブくらい出来ていただろう。少し心配になった渚が駆け寄ってコンコンと自分の頭を叩いた。

 

「頭。なにしてんだよ……」

「え? ああ、ごめん」

 

 心ここに()らずといった雰囲気である。

 最近、祐斗の様子はおかしい。

 常に何かを考えているようでオカルト研究部の話し合いにも、どこか遠い目でボケッとしている場面も多い。

 

「もう祐斗しっかりしなさい、次はアーシア!」

「は、はい! 主よ、私に部長のボールを取るお力をお与えください! ()たたたっ」

 

 悪魔の身で祈りを捧げたアーシアが頭を抑えて痛みに耐えている。悪魔は聖なるもの弱い、祈りなど捧げれば痛みを伴うのだ。

 よろよろと頭を抱えるアーシアに渚は苦笑する。

 

「敬虔な悪魔も居たもんだ」

 

 この後どうなるか(さと)った渚はすぐ隣の祐斗の肩を軽く叩いて「ドンマイ」と言ってアーシアの下に向かう。

 祐斗からは気のない返事しか返ってこなかった。その態度に後ろ髪を引かれつつも、こっそりとアーシアの後ろに回る。

 案の定、リアスのボールを取りこぼすアーシア。運動能力が並みより下のアーシアにリアスの相手は辛いだろう。

 

「アーシア、取りこぼしたボールは自分で取りに行くのよ! あと祈りは程々にしておきなさい」

「わ、わかりました!」

 

 スパルタな部長の言葉にアーシアが振り向く。

 渚はこっそりとボールをキャッチするとアーシアに優しくパスする。

 

「ナ、ナギさん」

「ほら、部長に返さないと」

「はい!」

 

 思いっきり投げるが全然届かないボール。

 そこに一誠が駆け寄るとキャッチして小猫のミットに投げた。

 渚と一誠が互いにサムズアップする。アーシアがペコペコと二人に頭を下げた。

 そんな三人にリアスが両手を組んで、うんうんと頷く。

 

「いいフォローよ、じゃあ次よっ!!」

 

 こうして野球の練習は続いて行くのだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 数日後のお昼休み。

 ご飯を食べた渚はアーシアと一誠を連れて旧校舎の部室に向かっていた。

 球技大会の最終ミーティングを行う為だ。ライザーとのゲームを終えて勝負事に勝つ意欲が凄まじくなったリアスは念には念を入れて話し合いを設けたのだ。

 教室を出るとき、綺麗どころが揃っている部活へ向かう渚と一誠に対して悪友の松田と元浜が悔しそうにしていたが、こればかりはどうにもならない。悪魔になれば入れるんじゃないとも言えないだろう。

 渚が先頭立って部室のドアを開くと客人が居た。

 

「生徒会長?」

 

 ソファーに腰を掛けているのは支取(しとり) 蒼那(そうな)、駒王学園の現生徒会長で眼鏡の似合う女性だ。

 一誠とアーシアが顔を見合わせた。なぜこんな場所に生徒会長がいるか分からないのだろう。

 渚は会釈(えしゃく)して部屋の(すみ)に移動した。

 彼女からは悪魔特有の魔の気配がする。全体集会などで舞台の上に立つ事が多い彼女の気配は割りと馴染み深いのだ。

 リアスと悪魔同士の相談でもしていたのだろうと思い、気にせずいると……。

 

「蒼井くん、貴方は私がいることにあまり驚かないのね」

「えっと悪魔同士の大事な話し合いじゃないんですか?」

「私が悪魔だと貴方に言った覚えはないのですが?」

「流石に気配で分かりますよ、シトリーって有名ですから」

 

 彼女の本名はソーナ・シトリー。シトリー家と呼ばれるグレモリーに勝るとも劣らない名家の出だ。

 アリステア・レポートの知識から悪魔名家の72柱は把握しているので、その辺の知識は渚も持っている。

 そんな渚がソーナのそばに(ひか)えていた男子学生を凝視する。彼は少し前に生徒会書記として入った生徒だが名前までは分からない。

 

「な、なんだよ」

 

 男子学生が(いぶか)しげに渚を見返す。

 少し不躾すぎたと渚は反省する。ただ彼には一誠に似た物を感じたのだ。力の性質と言うべきか、纏っている気配が似通っていた。巨大で圧倒的な力の塊、恐らく──龍種かそれに近い神器を宿している。

 

「いや悪い、生徒会に新しく入った人だよな?」

 

 最近になって神器の気配を捉える事が出来るようになったがハッキリと分かる訳ではないため指摘はしない。

 

(さじ) 元士朗(げんしろう)、生徒会長の"兵士(ポーン)"だ、覚えてとけよ」

「よろしく、匙。蒼井 渚だ。眷属じゃないけどオカルト研究部に属している」

「確かに魔力は感じねぇな、ただの人間か?」

「まぁそうかな」

 

 今度は元士朗がまじまじと渚を見てくると一誠が興味深げにやって来る。

 

「へぇ、お前も"兵士(ポーン)"なのかよ。俺は兵藤 一誠、お前と同じ"兵士(ポーン)"をやってんだ」

「……気安く話しかけんな変態め」

「──なっ!」

 

 かなりパンチの聞いた返しに一誠が絶句する。

 

「変態三人組の一人と一緒にされるなんて御免なんだよ」

 

 ピキピキっと一誠が青筋を立てていた。

 これは少しフォローがしづらい。一誠が悪友の松田と元浜と一緒になって女子に対して覗き行為を敢行(かんこう)していたのは事実なのだ。

 最近は色々あって落ち着いたが、悪名は早々と廃れるモノでもない。

 

「て、てめ、こっちが歩み寄ろうとしてんのに……!」

「やんのか? こう見えてこっちは駒四つ消費だぜ? なんならそっちの蒼井もまとめてぶっ跳ばすぜ?」

「……なぜ、俺も標的に?」

 

 渚が自分を指して「うーん」と悩む、明らかにとばっちりな気がする。

 しかし駒四つとは中々に優秀な"兵士(ポーン)"だ。強力な神器を宿すと言う渚の直感も真実味を帯びる。

 元士朗の挑戦的な物言いに一誠がキレて応えようとしていたので、渚が「まぁまぁ」と(なだ)める。

 

「サジ。お止めなさい」

「か、会長?」

「今日の目的は貴方を兵藤くんとアルジェントさんに会わせることです。あまり私に恥をかかせないように……」

「ですが」

 

 鋭い眼光で睨むソーナに元士朗は息を呑んで黙り込んだ。

 

「"ですが"ではありません。今、貴方が挑もうとしたお二人はこの学園でもトップクラスの力を持っているのです」

「……は? この二人が?」

 

 元士朗の質問に肩を落としてため息と吐くソーナ。

 

「まず兵藤くんは駒八つ消費で、噂では神器の禁手化(バランスブレイカー)に至っていると聞きます」

「ちょ、え? 禁手化!?」

「そして蒼井くんに至っては、その兵藤くんを含めたリアスたち全員を同時に相手出来る戦闘力を持っています。……リアス、この二つは事実?」

「補足すれば、一誠は時間制限があるけど既に至っているわ。渚に関しては正にその通りよ」

 

 その言葉に元士朗は絶句する。

 格下と思っていた二人が上だったのだ。元士朗が口元を引き釣らせて渚と一誠を交互に見やる。

 大ダメージを受けた元士朗に代わり生徒会長が言葉を紡ぐ。

 

「蒼井くんに兵藤くん、そしてアルジェントさん。サジもまだまだ悪魔に成り立ててで実績がないの。色々と失礼な事を言ってしまったけれど仲良くしてあげてください」

 

 薄い微笑を浮かべる生徒会長。アリステアに似た氷のような笑い方だと思うが、わざとなアッチと違ってコッチは素なのだろう。

 

「俺でよければ」

「まぁ生徒会長が言うなら」

「は、はい」

 

 三人の答えに満足げに頷くソーナ。

 

「サジ」

「うっ……よろしく」

 

 渋々と言った感じの挨拶に反応したのはアーシアだった。

 

「私こそよろしくお願いします」

「あ、アーシアさんなら大歓迎だよ!」

 

 アーシアの手を取って渚と一誠の時とは違うテンションの元士朗。

 金髪美少女に下心が丸出しの姿がそこにはあった。

 一誠があまりに態度の違う元士朗に文句を言おうとするが……。

 

「──匙 元士朗」

 

 背後に鬼神を背負った渚が笑顔で立っていた。

 ゴゴゴゴゴゴっと炎が見えるほどの戦意と殺意に元士朗は真っ青になる。

 渚にとってアーシアは家族同然だ。シスコンだの彼氏面などどう言ってくれても構わない、ただ彼女には幸せになって欲しいのだ。だからやり過ぎと言われても彼女の人生に大きく関わる物事に妥協はしない、男関係なら尚更だ。

 つまり匙 元士朗では鬼神の合格点には到達していない……というか祐斗クラスですら決闘を申し込むレベルの厳しさなのでクリアは相当難しかったりする。

 

「アーシアには節度を持って接してくれ、な?」

「あ、はい、よろしくお願いします」

「なんだろう、言ってる言葉と表情は友好的なのに背後に鬼が見える気がする……」

 

 一誠が口許をヒクヒクさせながら、そんな事を言う。

 元士朗も渚の殺気に当てられてビクビク震えていた。

 怒りを笑顔で見繕った鬼神()にソーナは額を抑えた。元士朗の行動次第では学園が滅ぶのだから頭痛もするだろう。

 

「蒼井くん、お願いだからウチの"兵士(ポーン)"を殺さないでちょうだい」

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

「……たく、なんで私が夕食の買い出しに行かないといけないのよ」

「そー言わずに、もはや当番みたいなものッス。今晩はハンバーグらしいっスよ、レイナーレさま」

 

 商店街を歩くにはレイナーレとミッテルトだ。

 リアスの付き人として兵藤家のメイドとなっている二人は毎日のように夕飯の買い出しに駆り出されていた。

 今、兵藤家にはリアスとレイナーレとミッテルト、この三人がホームステイと形で居座っている。

 元々リアスは一誠を気に入っていたがライザーとの戦いを経て明確な好意に変わったようで押し掛ける形でやって来た。

 そのせいかレイナーレをライバル視している傾向にあるのだ。

 

「なんだか色々面倒くさいわ」

「あー、イッセーがリアスの(あね)さんに取られるのがいやッスか」

 

 察したミッテルトの頬をレイナーレは引っ張って戒める。

 

「いひゃい、いひゃいっスよ」

「ふん、生意気な事を言ってるからよ」

「あ、レイナーレのお嬢ちゃん、今日は大根が安いよ」

 

 顔馴染みの八百屋が大根を差し出してくる。

 レイナーレは手を払って合図をした。

 

「大根なんていらないわ、今日はハンバーグよ」

「なんだ、大根おろしをかけるとうめぇんだぜ?」

「へぇそうなの?」

「おうよ、和風ハンバーグっつてな」

 

 そんな感じで商店街を歩き回る。

 肉屋にはいい肉があると進められ、魚屋には次は魚類の飯にしろなど所々から声が飛んでくる。

 別段、レイナーレを特別視している訳ではなく顔馴染みには色々とサービスなどをしてくれる暖かい場所なのだ。

 最初は煩わしかったが今では慣れた。

 やがてサービスの野菜や肉で一杯になったエコバッグをミッテルトと二人で持って商店街を出る。

 

「いやぁー今日も大量ッスね」

「重くなっただけよ」

 

 そうは言うがレイナーレとミッテルトは堕天使だ。

 並みの人間よりは力があるため言うほど重くはなかったりする。

 二人が影を伸ばしながら歩いていると知った公園を通りかかった。

 時間は薄暗い黄昏時、子供は帰り、夜が始まる時間だ。

 かつてレイナーレが一誠を刺し殺した運命の場所で立ち止まる。

 胸の奥がざわつく。今の状況は腹立たしく思う場面も多いが後悔はない。自分が全力で戦い負けてこの有り様なのだ。

 人生にやり直しなどあるはずもなく、ただ堕天使としての誇りが風化しつつあるのが残念なだけである。

 

「……レイナーレ様」

 

 夜の風に乗って男の声がした。

 ミッテルトが構えるがレイナーレが片手で制す。

 知った声だ。またこの町に来るとは思いもしなかったが……。

 

「久しぶりね、ドーナシーク」

「はい」

 

 目深に帽子を被った男はかつて部下だった堕天使だ。

 

「あなたを迎えに来ました」

「……私を?」

「はい、もはや外部の協力者は宛にならない。"あの方"が直々に動く時が来たのです」

 

 ドーナシークの言葉にレイナーレは目を見開く。

 自分達がこの町に来る事を命令した"あの方"がとうとう腰をあげた。

 目的は分かっている。

 再び世界に戦禍の火を起こすためだろう。

 

「そう、そうね。こんなに失敗が続くんだもの、動くわよね」

 

 それは締感とも恐れともつかない複雑な表情だった。

 

「帰還しましょう、今ならあの方もお許しになられる」

「ま、待てッス! ドーナシーク、今さらレイナーレ様に戻れていくのかよ!」

「何を言っているのだ? 元々レイナーレ様はここ側だ」

「それは……、でも堕天使はレイナーレ様を捨て手駒にしたじゃないッスか! 神器を着けるだけ着けて魂まで圧迫して! それを救ったのは……!!」

「黙りなさい、ミッテルト」

 

 熱くなったミッテルトを冷たく黙らせる。

 

「私は今、悪魔に逆らえない首輪を掛けられているのよ、裏切った瞬間に首が飛ぶわ」

「難儀な事です。では今日は退くとしましょう」

「そうね、この会話を見られたら危ういわ」

 

 ドーナシークが背を向けて歩くが最終確認と言いたげに脚を止めた。

 

「──本当にその首輪がこちら側に来ない理由なんですね」

「……だと言ったわ」

 

 重い沈黙が数秒過ぎてドーナシークは暗い夜に溶けるように消えて行った。

 

「レイナーレ様、戻るんスか?」

「なんて顔をしてんのよ、戻れるなら戻るのが普通よ」

「だってアイツら、スッゲェいいヤツらっスよ」

 

 泣きそうなミッテルトを置いて歩き出す。

 今の生活に馴染みすぎたのだ。この状況がおかしいという疑問が無くなるほどに。

 どうして堕天使が悪魔といて幸せと感じているのか、普通は殺し殺されるのが正しい形なのだ。

 そう自身を言い聞かせながらレイナーレは胸に嫌なモヤモヤを胸に宿しつつも兵藤家を目指すのだった。

 

 

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