ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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原作一巻で色々やらかしたあの人の登場。
この作品では、かなり改編していますので原型がないです。




見知らぬ相談者《Ms.Unknown》

 

 ──蒼井 渚は夢を見ていた。

 

 暗雲が天を覆い、さめざめとした雨が空より落ちる寂しい夢。記憶にない景色は薄い(もや)が掛かったように不鮮明だ。

 その事から、これは夢だと悟った。

 しかし変な夢だと思う。見ている本人を無視して体が動くのだ。まるで映画を見せられているような感覚だった。

 歩くのは滅びた都市。(そび)えるオフィスビルは砕かれ、交通の要であった大通りは無惨に大地の底へ陥没。乱雑に激突した車両の群れが冷たい雨に打ちひしがられている。

 

 機能するはずの無い五感が漠然と寒さを伝えてくる。

 

 ふと一人の兵士と向き合う。迷彩服を着た二十代後半の白人男性。大きく引き裂かれた胸の傷からは赤い血が雨と共に流されて血溜まりを作っていた。

 血液を吐き出し続ける傷口が沸騰するように泡立つ。やがて不快な音を立てて異形に変異を始めた。皮膚が裏返り、血の色が変色し、体組織が無理矢理に造り変えられている様は、とても見ていられないほど(おぞ)ましい。

 激痛を伴っているのだろう。兵士は肩で息をしながら苦しむ。兵士が渚を見つけると最後の力を振り絞って手を伸ばしてくる。

 

「た、タスけテ……アイツらト同じには、なリたクナイ」

「──手遅れだ、諦めてくれ」

 

 極めて無感情な言葉が口から出た。どうやら夢の自分は相当に冷たい人間だと客観視する。それを肯定するように渚の体が勝手に動いて手刀が兵士の胸に穴を空けた。伝わるのは確かな鼓動。まだ生きていたいと言う意思。それを容赦なく握りつぶす。……嫌な夢である。

 

「ゴホッ! アレ、なンか楽に……アリガトウ」

「…………」

 

 苦痛から解放されたのか、安らか瞳を閉ざす兵士。

 侵食が止まるのを見て、腕を引き抜く。肘から下が真っ赤に染まるも雨が洗い流そうとしていた。

 背後を振り向く。

 歩いてきた道には同じような兵士の死体が大量に転がっていた。変異して人ではなくなった者たち全てが心臓を破壊されて倒れている。手口を見るに()ったのは自分だと分かる

 

「──ねぇ?」

 

 呼ばれて声の方へ顔を向ける。

 そこにいたのは一振りの刀を持った黒い濡れ髪が似合う少女。とても懐かしい感覚に渚は襲われた。

 そんな彼女が(そば)にやってくる。

 

「なんでこんな勝手をしたの?」

 

 静かだが(いきどお)りのある声へ対して気にした様子もなく返す。

 

「全員助からない。だから処理した、軽蔑したければ勝手に──」

「そうじゃないよ」

「だったらなんだ。お前はオレが多くの命を()んだ事に怒ってるんじゃないのか?」

「分からない? 一人で背負わないでほしいと言ってるの」

「こんなのは誰にも任せられない。けどオレなら大丈夫だ、なんてったって■■■だからな」

 

 そう言った渚の手に強く掴み掛かる黒い少女。

 

「平気なわけ無い。キミはとっても優しいから、なんでも一人でやろうとする」

「酷い勘違いだよ。変異対象はまだまだいるんだ、もう戻ってくれ」

 

 掴まれた手を冷たく振りほどくと渚は未だ変異に苦しむ兵士の元へ歩き始める。

 

「待って」

「処理が遅れればコイツらは仲間を襲うぞ?」

「私もやるわ、介錯」

「出来るのか、相手は"まだ"人だぞ?」

 

 その言葉に手に持った刀を鞘から抜き放つ事で返答する少女。

 一際、雨が酷くなる最中に一人の兵士へ近づく。折れた電柱に背を預ける黒人兵士もまた大きく開いた腹の傷から変異が始まっていた。

 兵士の首に刀を添える少女。

 

「…………貴方はもう助かりません。せめて人として私が送ります」

 

 言葉から痛々しいほどの迷いが感じられた。電柱に背を預けた兵士が急に笑い出す。

 

「あぁアンタらは確か例の独立部隊か。ちょうどいい、自分で始末を着けたいが体が上手く動かなくてよ。……願ってもない」

「残す言葉は……?」

「遺言は手紙に書いた。だから"アレ"を退(しりぞ)けたアンタらに言うことにするぜ。──人類を頼むわ」

「その願い、承りました」

 

 刃が閃く。流れるような太刀筋は見事に黒人男性の首を綺麗に切り落とした。

 黒い少女が瞑目し、表情を引き締めて自らが斬った骸に一礼した。

 

「まだまだいるぞ?」

 

 試すような口調で訪ねる。

 

「半分は私が受け持つ。斬らなくてはいけないモノは間違わないつもりだから安心して」

「そうか、頼む」

「ええ」

 

 渚が見た少女の顔は凛々しくもあったが、それ以上に悲しくもある。

 それはとても冷たい夢であった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 ゆさゆさ。

 

 躊躇いがちに体を優しく揺らされるのを感じて薄く意識が浮上していく。

 微睡む思考で「あぁまた寝てたのか」などと酷く自嘲する渚だが、同時に感慨深いものが胸に宿る。まるで夢の中で懐かしい者と再会したような不可思議な感覚。

 

 ゆさゆさ。

 

 そんな思考の中、少しだけ揺れが強くなった。

 ここに来て、どうやら誰かに起こされていると気づく。

 

「…………あい?」

「『あい』じゃないでしょう。なんでこんな場所で寝ているのよ、バカなの?」

 

 重い瞼を開けた場所は夕暮れ時の公園のベンチ。

 今や完全に夜型となっている影響か、学校からの帰宅途中に耐えきれず座り込んで眠っていたようだ。

 

「あー、なんかすっげぇ晴れてる。…………何やってんだ、俺?」

「顔色が悪いけど頭も悪そうね。救急車よんだ方がいいかしら?」

「ダイジョブです。寝不足なだけだから」

「声掛けて損した」

 

 渚を起こしたのは見ず知らずの他人だった。長い黒髪の同い年か少し上の女性。ついでに言えば美少女だ。とりあえず歳が分からない以上、敬語で接しようと決める。

 

「ふぁ~。すいません」

「こんな場所で寝るなんて正気の沙汰とは思えないのだけど?」

「最悪、窃盗されますよねー。間抜けだなー。危機感が足りてないですねー」

 

 ゆらゆらと頼りない手つきで鞄やら財布やらのチェックをする。

 

「あなた、寝ぼけてるわね?」

「実はまだ意識が朦朧(もうろう)としてます」

「はぁ~」

 

 面倒そうに女性が渚の横に座る。

 

「ちょうど私も疲れてたから休ませて貰うわ」

「そうなんですか」

「そうよ」

 

 夢心地の渚だが暫く経てば眠気は覚めていく。

 そうなると、ふと思う。

 この人が起こさなかったら、ずっと眠りこけていたのではないかと。

 

「なんか、ありがとうございます」

「別に。気まぐれで起こしただけよ」

 

 トゲのある言葉だった。本当に気まぐれだったのだろう。

 女性の顔を何となく盗み見る。綺麗な顔立ちなのに何処か疲れを感じさせる……というより明らかに(やつ)れていた。

 目の下には隈があり、髪も少し痛んでいる。それでもある一定の美しさを保っているのは素材が良いからだろう。

 

「ジロジロと不躾な視線を向けないで欲しいわね」

「お疲れだなぁ、と」

「あなたには言われたくない。死人のような顔して気味が悪いったらありゃしない」

「生きてるフリじゃないですよ?」

「何言ってるの、知ってるわよ」

「友人に似たような指摘を前に受けたので、とりあえず誤解を解いておこうかと」

「あ、そ」

 

 隣り合う他人同士。今、知り合ったばかりなのに不思議と会話が弾む。

 ここに来て渚の長所の一つである第六感が初めて隣人の違和感に気づく。気配は人なのだが、そうじゃないような感覚に囚われたのだ。まるで人に擬態した"何か"だ。"はぐれ悪魔"だろうかと勘繰(かんぐ)るも特有の邪気も悪意もない。失礼だが草臥(くたび)れて今にも折れそうな枯れ木というのが正直な感想だ。

 

「いい病院知ってますけど、紹介しましょうか?」

「いきなり何?」

「体調が悪そうなのが気になりまして」

「他人のあなたに心配される(いわ)れはない。ほっといて」

「これも何かの縁ですから」

「しつこい、刺し殺すわよ」

「恐ッ」

「ふん」

 

 少しの間、沈黙が二人を包む。意外にも先に静寂を破ったのは女性の方だった。

 

「ねぇ起こしてあげたお礼をして欲しいんだけど……」

「すごい。善意で助けてもらったと思ったのに打算的だった」

「うるさい。いいから聞きなさい。キチンと答えれば殺すのは我慢してあげる」

「物騒な性格とか言われません?」

「聞け」

「……うす」

 

 渚が女性の重圧に飲まれて黙る。完全に聞く体勢で待つ。しかし女性はソワソワして話そうとしない。

 待つこと5分。流石に痺れを切らした渚が何かを言おうとするも意を決したように女性は話し出す。

 

「あ、ああ明日、デートというものをするんだけど、どうすれば……その、男性に喜ばれるか教えなさい」

「…………でーと?」

「まさか知らないの? 異性と二人で出掛ける事を言うのよ」

「知ってますよ。俺が驚いたのは、会ったばかりの人間になんでそんなこと聞いてんのって意味でです」

「し、仕方ないじゃない、相談する相手がいないのよ! 悪い!?」

 

 早口でガァーっと巻くしたてる女性。

 心なしか顔が赤い。きっと恥を忍んでの頼みなのだろう。見知らぬ他人だからこそ出来る相談。一風変わった"お礼"であるが、借りを作ったのは事実なので渚は出来る限り答えようと決める。

 

「分かりました。けど俺もデートの経験なんてないですよ?」

「チ、役に立たないヤツ」

「舌打ちしないでください。こんな俺でも男がデートの際に喜ぶ状況はわかります」

「聞くわ」

 

 呆れた顔から一気に真剣味を帯びる女性。男性に対しての気遣いが見てとれる辺りデートを失敗させたくないのが伝わる。

 

「デートのプランとか聞いても?」

「全部アッチが決めてくれるそうよ」

「そういう事なら貴方が楽しめば(とどこお)りなく進みますよ」

「言葉の意味が分からないわ」

「男がデートをプランするうえで最も重要視するのは、女性をいかに楽しませるかってトコに集約されると思います」

「そうなの?」

「どんなに詰まらなくても楽しそうにしてれば男は嬉しいんですよ」

「…………チョロすぎない?」

「そんなもんですよ、男は単純ですから。だけど男が一人で満足するのはフェアじゃない。俺だったら貴方が途中でしたくなった事を伝えて欲しいですね」

「せっかくデートプランを立てて貰っているのに?」

「意見を言い合うのもデートの醍醐味かと。そしたら男側も彼女の好みを知れて万々歳です」

 

 持論混じりだが自分の考えを伝えていく。全ての男性がそうではないだろうが女性は渚の意見を参考にしている様子だった。やがて茜色の空が夜の(とばり)に包まれる。

 ベンチ近くに設置された街頭が灯るのを合図に女性が立ち上がった。

 

「礼を言うわ。これで明日は何とかなりそう」

「いちおう言いますが、俺の意見だけを真に受けないでくださいね?」

「分かってる。これであの子に少しでも楽しんで貰えるなら……」

「彼氏さん、愛されてますね」

 

 女性をからかおうと発した言葉。

 顔を赤くするかと思ったが意外にも返ってきたのは──悲観的で力のない笑みだった。

 

「そんなんじゃないわ。これはせめてもの……いえ、他人のあなたに言うことじゃない。世話になったわね、さよなら」

「あ」

 

 声を掛けようとするが女性は早足で去っていく。その背中はとても小さく、まるで闇に溶けそうなくらいに弱々しかった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 公園のベンチで居眠りした日の翌日。

 日曜だったので朝から夕方まで惰眠を貪った渚。朝早くに一誠から『デートに出陣してくるぜ!』なんてメールを受け取り、眠い思考で『がんばれー』なんて適当な返事を打った。

 それから時間が経ち、夜も遅くなった深夜1時。

 白い剣袋を担いだ渚がアリステアとマンションを出る。外では祐斗が待っていた。今日は"狩り"に彼が同行する日なのだ。

 

「今夜はよろしくね、蒼井くん、メアさん」

「なんか悪いな。明日は学校だってのに」

「蒼井くんだってそうだよ」

「……深夜徘徊、慣れてるので」

 

 不本意と刻まれた目の渚に困ったような笑顔を作る祐斗。

 

「ナギ、謝罪の必要はありません。悪いも何も(まれ)に眷属を同行させるというのがリアス・グレモリーとの取り決めです」

 

 不遜な言い様なアリステアに渚が顔をしかめる。

 

「こら、ステア。グレモリー先輩のお気遣いと木場の苦労にちっとは感謝しろ」

「それは失礼しました。木場 祐斗、度し難いほど失礼な渚に代わって謝罪します」

「おい、なんで俺が失礼な奴みたいに言うんだよ!? しかも声に反省が宿ってないぞ」

「ははは、相変わらずだね二人とも」

 

 そんな三人が夜の住宅街から商店街方面へ向かう。

 深夜とあってシャッター街と化している場所を奥へ進むと立ち入り禁止の看板が目に入る。

 

「許可は取ってあるから入って」

 

 先導する祐斗に続いた先は団地郡が並び立つ場所となっていた。

 ふと渚に違和感が走る。(ぬめ)りのある不愉快さが全身を包んだと思うと急に息苦しくなったのだ。加えて周囲の雰囲気が重々しく感じた。

 

「空気が変わった……か?」

「ええ、間違いなく。ナギ、周囲を見てください」

 

 アリステアに(うなが)されて周りを観察する。

 月明かりしか頼る光がない薄暗い所だ。人が生活する為に建てられた団地郡は何年も放置されてたのが分かるくらいに(さび)れている。

 

「おい、嘘だろ……」

 

 月明かりがアリステアの言葉の意味を証明する。

 コンクリートで構成された道は異様なまでに亀裂が入り、途中途中でミサイルでも落ちたのだろかと疑いたくなるクレーターが目に入る。上を見上げれば(そび)え建つ高い団地にも大きく円上に削岩されたような(あと)があった。これで何もなかったと言われれば誰もが嘘だと思うだろう。

 まるで戦場跡地であり、人が住む町にあってはならない光景だ。

 

「何があったんだよ……」

「悪魔同士の小競り合いにしては少々度が過ぎているように見えますね」

 

 アリステアが近くの地面に空いた半径十メートル以上はあるだろうクレーターを見下ろす。そんな彼女の前を歩く祐斗が背を向けたまま言う。

 

「……七~八年前くらいに、ここで教会と悪魔の間でいざこざがあったらしくてね。その影響でこうなってしまったんだ」

「うへぇ、それでよく戦争にならなかったな。この有り様だと結構な規模に見えるけど……」

「詳細は部長にも知らされていないみたいなんだ。町の前管理者であるバアル家の人がエクソシストとの戦闘で亡くなったらしい。……教会は本当にろくな事をしない」

 

 渚とアリステアに背を向けていた祐斗の雰囲気が変わる。最後の一言には明確な敵意が宿っていた。

 

「木場?」

「いや、ごめん。先を急ごうか」

 

 いつもの爽やかさと善性が消えた暗い感情に渚が思わず声を出すが祐斗は苦笑するだけに留まった。

 そして、ある団地の壁を見て足を止める。

 

「これは……」

「どうした?」

「蒼井くん、メアさん、僕たちより先に誰かが立ち入っている」

「貴方がそう思う根拠は?」

 

 アリステアが訪ねると祐斗が壁の一角へ近づき確かめるように触れる。そこにあったのは半径数センチ程度の小さな風穴だ。

 

「これは銃による弾痕、前に来たときは無かったものなんだ。そしてこんな得物も使う(やから)はアイツらしかいない」

「お、おい木場、顔が怖いぞ……。なんか怒ってんのか?」

 

 怨嗟に満ちた祐斗の声。

 まるで親の(かたき)にでも会ったような凄まじい怒気だ。いつも穏やかな祐斗がここまで負の感情を(あらわ)にしている状況に渚はたじろぐ。

 

「成る程、通常のモノ(弾丸)ではないですね。聖性が()て取れます」

 

 アリステアが告げると祐斗は顔を歪ませた。

 

「……祓魔弾(ふつまだん)。光を弾丸状に変えて撃ち込む対悪魔専用の聖具だ。二人ともごめん、今日は帰ってもらっていいかい? 魔力と邪気が払われた形跡がある状況から、"はぐれ悪魔"以外にも"悪魔祓い(エクソシスト)"がいるはずだ。──僕はそれを追う」

 

 珍しく有無を言わせない強さの祐斗に渚が言葉を返す。

 

「一人でか? 悪魔祓い(エクソシスト)って教会が悪魔を殺すために鍛えた人間なんだろう。せめてグレモリー先輩に知らせた方がよくないか?」

「……悪いけど時間が惜しい。もう行くよ」

 

 フッとその場から祐斗が消える。"騎士(ナイト)"の速さを駆使したのだろう。

 

「明らかに冷静ではありませんでしたね。悪魔祓い(エクソシスト)というより教会に何か思うことでもあるのでしょうか」

「ああ、全然"らしく"ない」

「帰れと言われましたが、どうします?」

「せっかく休みを貰えたんだから帰って朝まで寝るっていうのも悪くない」

 

 渚がスタスタと歩き始める。

 

「木場 祐斗が消えた方に向かって行く人間の言葉とは思えませんね」

「……まぁあんな木場を放っておく訳にもいかんだろ。仕方ないから追う」

「では仕方のない貴方に私は付き合いましょう」

「そりゃどうも」

 

 二人が祐斗を追う。

 流石は俊足(しゅんそく)(にな)うリアスの"騎士"だけあって見つけるのに10分ほど時間を有した。

 祐斗の前には白い神父服を着けた三人の男がいた。既に無力化は済んでいる様子でホッとする。しかし殺意を(まと)う剣気を納めない祐斗に渚は危ういものを感じた。そのまま無抵抗の人間を斬るのではないかと考えるほどに殺気立っていたのだ。

 神父の一人が尻餅を突いて祐斗に命乞いをすると残りの二人が走って逃げて行くのが見えた。

 

「逃げるな……。皆は、そんな機会すら無かったんだぞ。自由すらなく殺されたんだぞ!!」

 

 風に乗って聞こえたのは様々な感情の籠った祐斗の声。

 殺意の剣が目の前の神父へ走る。

 渚は反射的に不味いと駆け出す。

 祐斗と神父の間に割り込み、肩にあった剣袋を駆使して最悪の事態になるのを阻止する。

 

「ストップ……ってちょっと力込めないで!? 斬れる、押し斬られるから!!」

「蒼井くん? 敵かと思ったじゃないか……。危ないから邪魔をしないでほしい。僕はグレモリーの"騎士"として敵である悪魔祓い(エクソシスト)を排除しているだけだよ」

 

 瞳に憤怒の輝きを宿す祐斗に渚が目を鋭くして睨み返した。祐斗の言葉が気に入らなかったからだ。彼の行動に騎士らしさなど何処にもありはしない。

 

「おい、そりゃ無いだろう? バカな俺でもそれくらい分かるぞ」

「何がだい?」

「今、剣を振るってるのは私怨だろうが! リアス先輩を理由にすんな!!」

「そ、それは……」

「ちょっと様子がおかしかったから止めちまったけど、別に私怨だろうがなんだろうが正直どうでもいいわ! お前自身が納得できる理由で恨みを向けてんなら口は出せないさ。けど一つ言わせろ」

「……いいよ」

「俺にはお前が八つ当たりをしているように見える。コイツらはお前が──"騎士"じゃない"木場 祐斗"として斬るべき相手なのか?」

 

 剣を持つ祐斗の手が微かに震えた。

 渚は確証する。この神父たちは祐斗を怒りに狂わせた元凶じゃない。

 

「違うよ……。悪魔祓いエクソシストはリアス・グレモリーの"騎士"として斬るべき相手だ。木場 祐斗として斬るべき相手じゃない。君の言う通りこれは八つ当たりだ……」

「そうか。それでも斬るのか?」

「斬りたくない……と言えば嘘になる。僕にとって神父という存在は憎悪の対象だから。でも今回はやめておくよ。部長の"騎士"として君に無様(ぶざま)を見せられないからね」

「なら剣を退()けてくれ。正直、重くて敵わないんだ」

「そうだね、すまない」

 

 祐斗が剣を下ろす。

 黒い感情は(くすぶ)っているみたいだが冷静さも取り戻した祐斗に渚は安堵の息を洩らす。

 

「とりあえず神父を回収するか。(さいわ)い一人残ってるし」

 

 渚が神父を捕縛しようとした時だった。

 

「クケケ」

 

 嫌な笑い声と共にグチャリと肉が千切れる音がした。

 それは渚が捕縛しようとした神父が出した最後の音。神父の上半身に一匹の"はぐれ悪魔"が噛みついていた。傷を負っているところから、渚たちが到着する前から神父たちと戦っていた"はぐれ悪魔"なのだろう。その両手にはついさっき見た神父二つの死体が握られている。どうやら祐斗から逃げたはいいが"はぐれ悪魔"に捕まったようだ。

 

「何をやっているのですかお二人とも。神父は目的を吐かせる為に生け捕りがベストだったと言うのに、全員死んでしまいましたよ」

 

 アリステアが呆れた口調で言う。

 

「まぁナギが説教じみた事をしたのは笑えましたけど」

「やめて! 自分でもちょっと言ってて偉そうだなって反省してるから! ごめんね、木場!!」

「ううん。蒼井くんのお陰で頭が冷えたから感謝してるよ」

 

 渚が刀を、祐斗が魔剣を、アリステアは構えすらせず、血を(すす)る"はぐれ悪魔"を見据えた。

 

「ともあれ、アレを駆除しましょうか」

 

 アリステアの言葉が戦闘開始の合図となった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「つ、疲れたぁ……」

 

 明朝六時、ズタボロの服装で泥まみれの渚が自宅のマンション前でガクリと項垂うなだれた。鞘に納められた刀を杖にする姿は何とも貧相極まりない。隣には汗一つ流さしていないアリステアも一緒だ。"はぐれ悪魔"と戦ったというのに酷い落差がある両名。

 祐斗とは既に別れているのでここにはいない。因みに今日だけで五件の"はぐれ悪魔"を処理したのだが、祐斗(いわ)く「身体が持たないね」との事だった。

 毎度の事ながらまったく同意である。

 無理矢理に渚たちを引っ張って行ったアリステアは鬼。"はぐれ悪魔"の隠れた巣窟になっている駒王は魔境。そんな言葉が口から漏れそうになる。

 

「ナギ」

「なんだよ。……うぅ今日も授業に集中できそうにない」

女々(めめ)しいですね。お客さんですよ」

 

 マンションの自室前に辿り着くと冴える紅が渚たちを待っていた。

 

「グレモリー先輩?」

「おはよう、それとお疲れ様かしら」

「おはようございます、リアス・グレモリー。こんな早朝から何かご用ですか?」

 

 アリステアの言葉にリアスが頷く。

 

「少し渚に報告があってね。渚は随分とボロボロだけど大丈夫なのかしら」

「ダイジョ──」

「問題ありません。見るも間抜けなボロ雑巾のようですが大きなケガないので、今日も甲斐甲斐(かいがい)しく学校へ登校するでしょう」

「学生の義務に甲斐甲斐しくも何もないだろうが……」

 

 アリステアのシレッとした言い分。祐斗も実は渚に巻き込まれてボロボロだったのだが、リアスに言って良いものか迷う。

 

「相変わらず仲が良いわね」

「そうですか?」「そうでしょうか?」

「息もピッタリじゃない」

 

 渚とアリステアの声が重なるとリアスが微笑ましそうに笑った。

 

「それでグレモリー先輩、俺に報告ってなんですか?」

「実はね、貴方の友人──兵藤 一誠くんを眷属にしたわ」

 

 リアスの意外な告白に渚が目を見開く。身近の友人が急に悪魔化したという事実に理解出来ずにいるとアリステアがリアスへ問う。

 

「リアス・グレモリー、詳細を聞いても?」

「兵藤くんは"神 器(セイクリッド・ギア)"保有者だったの」

「アイツに"神 器(セイクリッド・ギア)"が……」

「読めました。その兵藤(なにがし)とやらは神 器を狙われて死んだ……又はそれに近い状態に(おちい)ったため"悪魔の駒(イーヴィル・ピース)"を使用して助けたという解釈で構いませんか?」

「相変わらず鋭い洞察力に感嘆するわアリステア」

「それはどうも。ナギ、いつまで(ほう)けているのですか? リアス・グレモリーは貴方の友人を助けただけで無く登校後に驚かないよう、わざわざ知らせにまで来たんです。礼の一つくらい言うのが筋でしょう」

「礼はいらないわ。ただ彼の友人である渚には色々と協力してもらう事になるから知らせておこうと思っただけだもの」

 

 アリステアの言葉にリアスが返す。だが渚はその心遣いに感謝することにした。

 

「いえ、わざわざ足を運んでくれてありがとうございます。登校して驚くよりもこっちの方が兵藤に自然と話しかけられますし……。ところで本人はどういった状態なんですか?」

「助けたときは意識が殆ど喪失(そうしつ)していたから悪魔化したという自覚はないと思うわ。こっちから時期を見て話すつもりではあるけれど」

「わかりました。困惑すると思うので、俺もその件は黙っておきます」

「お願いね。あともう一つ──この町に堕天使と思わしき侵入痕跡があったわ」

 

 人差し指を立てたリアスの言葉にアリステアは即答する。

 

「こちらからも報告をします。昨夜、私たちも神父らしき集団に遭遇しました」

「神父が……? 祐斗に変わりはなかった?」

「えーと」

 

 渚の仕草で察したリアスが小さく息を吐いた。神父が侵入していた事実より眷属の事が心配と顔に出ている。

 

「ごめんなさいね、二人とも。あの子にもいろいろあるのよ」

「謝罪は結構です。今は彼の事より街の状況が優先でしょう?」

 

 アリステアが正しいと思った渚も頷く。個人的には気にはなるが、これは他人ではなく本人に聞くべき事柄だ。

 

「堕天使と神父が悪魔領土に侵入ってやっぱりヤバイよな?」

「あまりいい予感はしませんね、戦争の火種になりかねない」

「アリステアの言う通りよ。今のところは目的は不明だけど兵藤くんを瀕死にしたのは堕天使で間違いない、もしかしたら神父も教会から堕天使側についた"はぐれ"かもしれないわ」

 

 アリステアが冷静な態度でリアスを見た。

 

「もし背後に"神の子を見張る者(グリゴリ)"が絡んでいれば危うい案件です」

「全くその通りね。管理者として頭が痛い話だわ」

 

 鋭い指摘にリアスが深い溜め息をこぼす。

 

「あぁー、話の途中で悪いんだけど"神の子を見張る者(グリゴリ)"ってアレだよな。確か堕天使を統括してる組織だっけ?」

 

 渚の言葉にリアスとアリステアが同意を示した。駒王町は日本の悪魔領土だ。もしも堕天使を牛耳る組織が駒王町に侵攻したのであれば悪魔領への侵攻と見なされて一気に戦争まで勃発する可能性が高い。

 こんな辺境の地で大戦勃発の危機に直面するなど夢にも思っていなかったリアスの胸中は穏やかではないだろう。

 

「二人も気をつけなさい。"はぐれ悪魔"と違って奴等は昼夜を問わず襲ってくる可能性があるわ」

「分かりました」

「それじゃあ私はもう行くわ。渚も遅刻しないようにね」

 

 リアスが颯爽(さっそう)と去っていくのを見送り、渚が部屋に戻ろうとした時だ。

 

「ナギ、刀を渡してください」

 

 素っ気なく杖代わりの刀を寄越せと言われる。唐突な申し出だが渚は文句を言わずに渡す。元々この刀はアリステアが何処からか持ってきたのを借りているのだ。本人が返せと言うのなら渡さない訳にはいかないだろう。

 

「ほい、何かに使うのか?」

「ええ、少々。ではまた」

 

 アリステアらしくない歯切れの悪い言葉。追求しようにも刀を取った彼女は自室へ籠ってしまった。

 

「……なんだかな、さて風呂でも入るか」

 

 渚も自室に戻り、服を脱ぎ捨て汚れきった身体を風呂で洗い流す。

 上がった後にリビングの出てテレビを付ければ時刻は7時前である。またもや睡眠時間が削られた一日の始まりが嫌になる渚。そんな中、玄関が開く。無断で入る(やから)など一人しかいないので朝食の卵焼きを作りながら彼女に声を掛ける。

 

「朝飯か? 簡単なものしか出来ないぞ」

「今日は違います。これの最終調整が終わったので渡しておこうと」

 

 作り終えた卵焼きを皿に乗せるとアリステアの方を向く。

 

「渡したいもんって?」

「どうぞ」

 

 アリステアが差し出したのは細長い剣袋。封を解くと黒い鉄拵てつごしらえの鞘に収まった刀が出てきた。これは一時間ほど渚の手からアリステアに渡ったばかりの武具である。

 

「随分、早い返還だな。……てゆうか刀の調整って何したんだ?」

「少し中身の炉に火を入れただけです。まだ完璧ではないので出来る限り持ち歩いてください」

 

 まさかの言葉に渚が面を食らう。賢いアリステアが日本の法律を知らない訳がない。

 

「真夜中ならまだしも日中に堂々と刀を持ち歩くと銃刀法違反で捕まるんだが……」

「袋に納めたままならバレませんよ」

「いや、普通に犯罪なんだが? 俺の経歴に立派な前科が付くんだが?」

「だがだがと喧やかましいですね。──いいですか、こんなモノは、バレなきゃ、犯罪に、ならないんですよ?」

 

 言い聞かせるようにわざわざ強い区切りを使うアリステア。綺麗な顔に対して考え方がアウトだ。どこからツッコめばいいのかもわからない。

 恐らく堕天使の襲来に危機を感じているのだろう。奴等は基本的に夜しか活動しない"はぐれ悪魔"と違い真昼でも堂々と徘徊している聞く。

 しかし剣道部でもない渚が急に剣袋を持って登校すればクラスメイトに変な目で見られるだろう。最悪、中身がバレれば危険人物に認定される。真剣を持ち歩く学生なぞ知れ渡ればお先が真っ暗だ。

 

「さっさと取りなさい。いつまで私に持たせておくつもりですか」

「あー、もう分かったよ!」

 

 仕方なく刀を手に取る。ズシリとした重み、凶器が手にあるという実感が沸く。

 刀身を少しだけ抜いてみる。

 

 ──あれ? 前よりしっくりくる

 

 手に持ってみれば妙な既知感が全身を巡った。頭の奥でこの刀を振るう自分ではない誰かの姿が映る……。

 

「アリステア、これってもしかして俺のじゃなくて──」

「いいえ、間違いなく貴方のものです。──大事に使うよう願います」

 

 念を押すようなアリステア。渚自身も何処かで、これはとても大事なものだと自覚があった。少なくとも家に放置しておこうと思わない程度には……。

 

「持っていくよ。何度も振るってるのに今さらになって手放すのが惜しい感じがする」

「貴方の意思が求めているのですよ」

「俺の意思、ね」

 

 白い布袋に刀を納める。

 最悪、中身がバレてもリアスに頼めば誤魔化しが利く。他力本願なところはあるが街が物騒になりそう状況だ。もしもの時は必ず役に立つからこそアリステアもコレを持つように指摘したのだろう。そう考えれば多少のデメリットは目を瞑るべきだ。

 

 そんな渚の予想通り、この刀の出番は早くやって来る事となる。

 

 





いったい、ナニナーレなんだ。

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