ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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雨は降り続く《Rainy Knight》

 

 雨が降っている。

 祐斗は傘も刺さずに一人、大雨の中で歩く。

 胸にあるのは後悔だった。

 ここ数日、過去の悪夢に襲われ続けて精神がすり減っていた。そのせいでリアスと喧嘩をしてしまった。いくら余裕がないからといって恩人であるリアスに反抗してしまった事への罪悪感が全身を(めぐ)る。

 だが聖剣エクスカリバーに対しての復讐心が大きいのも事実だ。

 家族とも言える大事な仲間を、命を懸けて救ってくれた少女(トスカ)を忘れない為に、この感情だけは絶対に手放すことは出来ない。

 どこに行くのか(さだ)かではない足取りで歩いていると前方に人影が見えた。その人影の正体に気づいた瞬間、頭の中が真っ赤に染まる。

 

「神父ッ……!」

 

 胸に十字架を着けた、神の代行人を気取る者。

 祐斗が尤も嫌いな人種が目の前に現れたのだ。憎悪の対象であるエクソシストならば魔剣で斬り殺そうと思った。

 

「た、助け……ごほっ」

 

 急に神父が口から大量の血を吐く。見れば腹部にも大きな傷がある。バシャンと雨で濡れた地面に倒れると地を血で染めた。

 誰だ? 何にやられた?

 祐斗が神父の背後に警戒する。同時に背筋にゾクっと寒気が走った。すぐに魔剣を造り出す。

 これは殺気だ。

 明確な殺意が乗った銀の閃光が祐斗を襲う。

 ガキンっと魔剣で殺意を受け止める。

 

「おろ、どこの誰かと思いきや、なんだなんだのグレモリーの騎士くんじゃあないですかぁ?」

 

 嫌な笑みで祐斗と刃を交えたのは少年神父であるフリード・セルゼンだった。

 アーシアを狙っていた一派と組んでいた"はぐれ神父"を祐斗は冷たい表情で見つめた。

 

「また()たのか。なんの用だい? 今の僕は機嫌が悪くてね、返答次第では殺してしまうかもしれない」

 

 祐斗の怒気を含んだ言葉をフリードは嘲笑う。

 

「依頼だよ、い・ら・い。そう言えばユーってば魔剣使いだったな、マジでグッド、いい相手だねぇ」

 

 ふざけた口調に祐斗が苛立つ。ただでさえ神父を憎んでいるのだ、刃に殺意が乗ってしまう。

 

「こわ、何そんなにイキリ立ってんの? 欲求不満? チミならこのへんの女を食い放題だろうに」

 

 汚ならしい口を止めようともう片方の手にも魔剣を造ろうとした時だった、急にフリードの持つ剣が輝きを放つ。

 

「まさか、ソレは……」

 

 知っている気配に魔剣を握る手に力が入る。

 あの光、あのオーラ、あの輝き。

 忘れるはずもない、アレこそが祐斗が探し求めていたモノなのだから。

 

「いえぇーい! さてさて俺さまのスーパー聖剣とそっちのチンマイ魔剣、どっちが強ぇか試してみようかぁ!」

 

 フリードが持つ剣こそ"聖剣エクスカリバー"、そのものだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 かつて"聖剣計画"というものが存在した。

 目的は最強の聖剣であるエクスカリバーを扱える者を育てる事だ。

 聖剣は対悪魔武器としては最高の兵器の一つで教会は常にソレを求めている。

 ただ聖剣は使い手を選び、適正がある者が現れるのは十年に一度あるかないかだ。だから教会は人為的に聖剣の適合者を造り上げようとした。

 それが"聖剣計画"だ。

 しかし計画は失敗、造られた子供たちは誰一人して聖剣に適合できなかった。

 適合できない存在を不要と見なした計画のトップは子供たちを全て処分。

 唯一、助かったのはイザイヤと呼ばれた少年であり、それが現在の木場 祐斗という悪魔だった。

 

「これが祐斗が聖剣を憎む理由よ」

 

 部室でリアスが祐斗の過去を話す。

 渚とグレモリー眷属は黙って聞いていた。

 瀕死状態で逃げていた祐斗をリアスが見つけて眷属にした……と最後に付け()す。

 

「くそ、なんつー話だよ」

 

 一誠が眉間にシワをよせる。

 確かに胸クソが悪くなる話だ。祐斗の怒りは(もっと)もだろう。同士とも言える者たちを下らない理由で殺されたのだ、その無念は推し量れないほどに大きいはずだ。

 

「まさか主に仕える教会がそんな事を……」

 

 アーシアが目を(うる)ませてショックを受けている。身体は悪魔でも心は敬虔(けいけん)なシスターのままのアーシアだ。信じていた物に次々と裏切られるのは心を裂かれるような思いなのだろう。

 リアスもまた()いを帯びた目をする。

 

「教会は私たちを悪と呼ぶけど、悪意を以て他者を貶める存在こそ救いようのない邪悪だと私は思うわ」

 

 悪魔だから悪と言うの勝手な言い分である。

 人間の中にも善人はいるし逆に悪人だっている。ならば悪魔でも善い悪魔がいてもなんらおかしくはない。

 実際、渚の目の前には()い悪魔が五人もいる。

 

「私が祐斗を眷属にした時は酷かったわ。いつも憎悪を振り撒いて狂ったように聖剣へ怒りを向けていたの。だから悪魔としての生活は有意義に過ごして貰いたかったのよ。聖剣なんて忘れて私の"騎士(ナイト)"として新たな生を謳歌してほしかった。──けれどダメだったわ」

 

 そう、祐斗は今も過去に(とら)われている。

 聖剣から生まれた怒りは教会に関わる全てに向けられているのだ。リアスの優しさに触れて表面的には(おさ)まった憎悪は今も心の深奥で(くすぶ)り続け、今に至る。

 

「部長、人の心は難しいものですわ」

 

 朱乃がリアスの(かたわ)らで(なぐさ)めるよう言葉を呟く。

 渚は雨が降り続く外を見る。

 ふと窓に反射した小猫と目があった。

 彼女の金色の瞳がジッと渚を(とら)えて離さない。少し気になって振り返った。

 

「どうした?」

 

 小猫は少し迷った素振りを見せるが視線を下げて()らされた。渚は首を傾げつつも、ゆっくりと小猫に近づいて腰を下ろす。ちょっと上になった小猫の顔を(のぞ)き込むような仕草で見上げる。

 

「俺に言いたいこと、ある?」

 

 渚の言葉に小猫は観念したのか静かに頷く。

 

「……祐斗先輩を助けてください」

 

 それは懇願(こんがん)だった。

 感情の起伏(きふく)が少ない小猫が寂しそうに言う。

 

「……私たちが何を言ってもダメなんだと思います。私たちはきっと祐斗先輩の苦しみを理解できない。復讐をしたいという気持ちが、誰かを本気で憎んだことがないから。だから誰にも話せずにずっと苦しんでいるんだと思います。でも渚先輩なら大丈夫だと思うんです」

「グレモリー先輩でもダメなのに?」

「上手く説明できないですけど渚先輩なら祐斗先輩を助けられると……思います」

 

 そこまで言って辛そうに再び目を伏せる。

 小猫は何故か渚に期待しているのだ。渚なら祐斗の気持ちが分かる……と。

 期待は嬉しいが解るわけがない。

 渚は復讐などしたことはないし、誰かを殺したいほど憎んだことは記憶にない。

 しかし可愛い後輩の頼みである。

 断る理由などありはしない。

 

「分かった。──なんとかする」

「……渚、先輩?」

「任せとけ」

 

 そう言って立ち上がると小猫の頭にポンポンっと手を乗せる。

 また面倒事に首を突っ込んだと思いつつも嫌な気はしない。

 祐斗に叩きつけてやるのだ。

 かつての仲間もお前を大切に想っていたかもしれない、だが今の仲間も負けないくらいの想いを向けているのだと……。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

「また面倒な事に手を出しましたか」

 

 夜、雨はまだ降り続いている。

 渚はマンションのリビングでテレビを見ながらアリステアに祐斗の件を話していた。

 (いく)ら考えても自分では祐斗を憎悪から解放する方法が思い付かないので、どうしたらいいのかを相談したが返って来たのが今の第一声である。

 

「自覚はあるけど仕方ないだろ。今のままじゃ祐斗が"はぐれ悪魔"になるかもしれないんだ」

「そうなれば討伐すればいいだけの話です」

 

 キッチンで料理を作りながら、とんでもないことを言うアリステア。

 

「思ってもないことを言うもんじゃない」

「私は冷血女らしいですよ」

「アホらし」

 

 アリステアは決して冷血などではない。

 確かに敵対者には容赦ないが、身内には厳しくも優しいのだ。

 そんなアリステアがリビングのテーブルに料理を運ぶ。

 とてもの香ばしい匂いが空腹を誘う。気になって料理を眺めると白い皿の真ん中に、程よい大きさの立方体の形をした卵焼きがあり、綺麗にカットされたトマトとキュウリが添えられている。どっかの高級料理を連想させる盛り付け具合からアリステアの技量の高さが垣間見(かいまみ)える。

 

「なんだこれ? 四角いオムレツ……いやオムライスか?」

「今日はナシゴレンを卵で包んでみました」

 

 エプロンを椅子にかけて、後ろで一つに纏めていた銀髪をスルリとほどくアリステア。

 

「なしご……なんだって?」

「ナシゴレンです。インドネシア版のチャーハンとでも思ってください」

「ふーん」

 

 渚がスプーンでサイコロのような卵を一刀両断する。

 出て来たのはよく見るチャーハンだった。細かく切られた肉と海老、玉ねぎもある。

 

「……ただのチャーハンだな」

「そう思うなら食べてみると良いですよ」

「じゃあ遠慮なく」

 

 卵と一緒にナシゴレンを口に運ぶ。

 モグモグと口を動かしているとチャーハンと違う部分にぶち当たった。

 

「か、辛い!?」

 

 とても辛かった。

 渚は用意されていた水を飲む。予想以上の激辛に汗が吹き出るほどで舌が熱い。

 

「当然です、唐辛子が入ってますからね」

 

 作った本人はパクパクとナシゴレンを食べていく。辛くないんじゃないかと疑うくらいの速度だ。

 

「それも辛いのか?」

「当たり前でしょう、同じフライパンで作った料理です。……なんですか、その目は?」

「……いや別に」

「いいでしょう、ならば証明しましょうか」

 

 疑いの目を持つ渚に対してアリステアは自分のナシゴレンをスプーンで(すく)って差し出す。

 

「なんだ、これ?」

「ステンレス製のスプーンですが?」

「違う、そうじゃない。お前、今自分が何をしようとしてるか理解できてるのか?」

「身の潔白の証明です」

 

 目がマジだ。

 本当にソレだけで他意はなさそうだった。

 だが非常に困る、これは間接キスになるとアリステアに気づいてほしい。

 

「俺がそのスプーンを使ったらダメだろ。信じるから戻せ」

 

 渚の言葉にアリステアがニヤリと嗤う。

 

「もしかして間接キスに照れているのですか?」

「……別に」

 

 視線を逸らした渚にニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるアリステア。

 

「では問題ないでしょう? はい、あーんです♪」

「──くっ!」

 

 なぜ嫌がらない? 普通ならやらないだろう行動をアリステアは上機嫌でしてくる。

 渚はどうするか考える。

 ここで退くか、それとも攻めるか。

 アリステアが挑発的にスプーンを動かす。

 

「女性経験の少ないナギには少々難易度が高すぎましたね」

「上等だ、後悔すんなよ!?」

 

 バクッとナシゴレンを奪い取る。

 そしてよく噛んで飲み込んだ。体内が熱いのは辛いからだけではないだろう。

 そんな渚を見てアリステアは微笑む。

 

「はい、良くできました。どうですか?」

「やっぱ辛いな」

「いえ、そこではなくて私との粘膜接触です」

「そっちかよ! それと粘膜とか言うな、生々しいわ!!」

 

 渚の叫びに肩を竦めるとアリステアは何事もなかったかの態度で再び食事を始めた。

 あまりにも普通なので恥ずかしさが一周回って疲れに変わる。

 

「はぁ~」

 

 おちょくられたのだろう。やはりアリステアの方が上手らしい。

 渚も食事を再開する。

 何度か食べている内に辛さが旨味に変化していく。

 最終的には美味すら感じた位だ。

 食事を終えて渚が二人分の食器を洗っているとアリステアがソファーに移動して眼鏡を掛けて小さな本を開く。

 

「木場 祐斗の件ですが、聞いたところによると復讐心はどうにもなりません。完全に消すには心を折るか記憶を砕くしかない、どちらにしても精神に大きな負荷を掛ける。良ければ別の人格になるだけで済みますが悪ければ廃人か死です」

 

 読書をしながら、そんな事を言う。

 渚も洗い物を片しながら意気消沈する。

 結果が最悪すぎて笑えない。

 

「やっぱ自分自身で乗り越えて貰わないと無理か」

「当然の帰結ですね。心は本人の意思により存在する、外部から変えようなどと度し難い」

「ああ」

 

 祐斗の復讐心は心の根底にある問題だ。

 幾ら他人が言葉を重ねても変える事など不可能である。

 

「ならば答えは見つかっているのでしょう」

「一応。最善とはいえないけどな」

「最善よりも最悪を見ることが大事です」

 

 本から目を離さないアリステア。そんな彼女の為に飲み物を用意しようと渚は湯を沸かす。

 

「なぁステア」

「何か?」

「復讐は悪いことなのかな」

 

 ふと思った事を口にする。

 

「道徳的には悪です。復讐の限度にも依りますが、結果的には他者を傷付ける行為なのですから」

「道徳かぁ……」

「どうしてそんな事を?」

「なんとなく聞いてみただけだ」

「そうですか」

 

 相談に応じてくれた相棒にココアを入れるとソファーの前にあるテーブルに運んだ。

 

「少し甘めだ、いいよな?」

「ええ、頂きます」

 

 一人分のスペースを開けて渚も座る。

 

「腕の具合は?」

「聞き過ぎです。何十回、問うつもりですか」

 

 アリステアの右腕には指先から肘まで包帯が巻かれている。アーシアの神器ですら治せなかった決して癒えない傷。濃すぎる呪詛と複雑な術式によって刻まれたアリステアの腕は本来なら腐り落ちて肉体を壊死させる凶悪なモノ。

 こうして何事もなく読書が出来ているのは呪いをアリステアが霊力で抑え込んでいるからである。

 つまり(なん)らかで霊力が呪いを下回ればアリステアは死ぬのだ。

 

「心配するに決まってる、それだけの傷なんだ。霊力を消費する戦闘は避けてくれよ」

「敵が来るのなら倒しますよ、私は」

「ならその敵は俺が倒すさ」

「おや、私を守ってくれるのですか?」

「ああ」

 

 渚の即答に本を読んでいたアリステアが顔を向けた。

 目をパチクリさせたあと呆れたように笑み、渚の頬を優しく引っ張る。

 

にゃにしあがる(何しやがる)

「ふふ。嬉しくてつい」

 

 アリステアの手をゆっくり払う。

 

「なら素直に嬉しがっとけ」

「性格ですから。……しかしこの傷は嫌いではないのですよ? 痛みは生を実感させるスパイスです。()()()()()()私にとって、こうした刺激は有り難いのですよ」

「……たく可愛いげのない」

 

 渚がテレビのリモコンを取ってチャンネルを変えようとした時だった。

 ポスッと膝に重みを感じた。

 アリステアが渚の膝に頭を乗せたからだ。白雪のような長髪が花のように広がる。

 

「お、おい」

「可愛いげのある態度も存外、悪くないものです」

 

 いきなりの出来事に驚く渚に対して何処か楽しそうなアリステア。

 

「これって普通、女が男にやるんだが……」

「では一回、借りです。女性の膝に眠りたくなったら私に言ってください、今日の分で返済します」

 

 いつもはクールビューティーを素で行くアリステアなのだが、(まれ)にこうして甘えてくる時がある。

 こういう態度を取られると普段とのギャップもあり、素直に可愛らしいと思ってしまう。

 

「……好きにしてくれ」

「そうしましょう」

 

 だから要求に答えてしまうのだ。渚が絹のように柔らかいアリステアの髪を撫でるが抵抗はない。

 二人で静かな時間を過ごしているなか、ピンポーンと来客を知らせる音が鳴る。

 アリステアが「やれやれ」といった感じで、ゆっくりと体を起こす。どうやら"可愛いげのある態度"は終了のようだ。

 渚は玄関に移動してドアを開ける。

 ドアの前には知った顔がびしょ濡れで立っていた。

 

「ナギサァ」

「ミッテルト?」

 

 雨だというのに傘も刺さずにきただろうミッテルトがポタポタと水滴を落としながら情けない声で呼ぶ。

 

「ウチ、ナギサに話が──」

「聞かん」

 

 半泣き顔だったミッテルトの首根っこを掴むと部屋の洗面所へ閉じ込めた。

 ドンドンとドアが叩かれる。

 だが開けてはやらない。

 

「ま、待って。話があるんス!」

「まずは体を暖めろ。服は洗濯機に突っ込んどけ」

「でも!」

「風呂に入ったら聞いてやるから」

 

 出来るだけ柔らかく諭すように説得するとミッテルトは短く「……うん」とだけ答えた。

 少し間があってシャワーの音が響く。

 それを聞いて渚はリビングに戻った。

 アリステアが入れ替わりに洗面台へ行こうとする。その手にはいつの間にか用意していた着替えがある。渚の部屋に置いてある服なのでサイズは大きいが無いよりはマシだろう。

 

「うるさいのが来ましたね」

「とりあえず頼む」

「仕方がないですね」

 

 着替えを片手に洗面台へ行くアリステアを見送る。そして渚はリビングでミッテルトを待った。

 しばらくして二人がやってくる。渚のジャージを着てたミッテルトをテーブルに座らせてから、用意したココアを差し出す。

 

「飲みながら、な?」

「……さんきゅッス。アリステアも居たんスね。この部屋の隣が家じゃなかったッスか?」

「何か不都合がおありで?」

「ううん、丁度良かった。あとで行こうと思ってたから」

 

 マンションの左隣がアリステアの部屋だが、例の如く渚の部屋に居着ている。どうやらミッテルトは渚の(あと)にアリステアを訪ねる予定だったようだ。

 

「それで? こんな雨に日にわざわざ俺に何の用なんだ?」

「レイナーレ様を助けてほしいッス!」

 

 必死な顔で詰め寄るミッテルト。

 いきなりの救援要請だ。渚は先を促して聞き手に回る。

 

「今日の夕方、ドーナシークが会いに来たッス」

 

 ドーナシーク、懐かしい名である。

 一誠が悪魔に成り立てだった頃に襲ってきた堕天使。

 しかし何故、わざわざレイナーレに危険を犯して接触してきたのだろうか。

 あの堕天使は強くない。アーシアを除く今のグレモリー眷属なら単体で退けられる相手だ。

 

「それでソイツはなんて?」

「レイナーレ様に戻ってこいって言ったッス」

「助けに来たってトコか」

「多分。──でもウチは行かせたくないッス、アイツらはレイナーレ様を利用した、ナギサやイッセーがいなかったらって思うと……!」

 

 ミッテルトの全身が怒りと恐怖で震える。

 

「確かにナギが居なければレイナーレはグレモリーに処分されていたでしょう」

「だ、だから、今回も助けてあげてッス!」

「残念ですが、それは無理です」

「な、なんで?」

「まずレイナーレの意思がここにはない。戻る戻らないは彼女の決めることです」

「せ、説得してほしいッス!」

「それは私たちより貴方が適任です」

「ウチじゃ無理だからお願いに来てるんだよ!!」

「では諦めなさい。自分で努力もせずに他人を頼るなど言語道断です」

 

 アリステアが容赦なくミッテルトに言葉を浴びせる。

 だがこの件に関しては渚も無理だと思う。

 リアスは渚の恩人であり、レイナーレ個人のために裏切れない。彼女が裏切ってリアスに牙を向けば刃で応戦するだろう。

 

「アリステアはもういいッス! ナギサ、お願い。レイナーレ様を助けて!!」

「レイナーレがイッセーの下を去るって選択をしたら止められない。ミッテルト、お前が頼るべきなのは俺たちじゃなくてイッセーだ。アイツこそがレイナーレを繋ぎ止められる」

 

 渚の言葉にブンブンと強く首を振って否定するミッテルト。

 

「ダメッス、イッセーはグレモリーの眷属、眷属は王に逆らえない。きっとレイナーレ様と戦うッス」

「いや、イッセーはレイナーレの事が好きだし、大丈夫だろ」

「今のイッセーはリアス・グレモリーに夢中ッス。あの二人いつの間にか距離が縮まってて、レイナーレ様も黙って見てるだけだし……」

「バカだな」

 

 渚は思わず笑った。

 確かにリアスは一誠をとても気に入っている。

 渚や祐斗には向けない感情を抱いてもおかしくはないだろう……だとしてもだ、一誠がレイナーレよりもリアスが好きという事には疑問が残る。

 渚は知っているのだ、一誠がどれほどレイナーレに未練たらたらなのかを……。

 渚は、レイナーレが下僕になってからというもの多くの相談を一誠から受けている。

 (いわ)く、どうしたら仲良くなれるか?

 曰く、下僕ではなく対等に接する方法ないか?

 曰く、自分はレイナーレに好かれるだろうか?

 一誠はレイナーレと関係を懸命に修復しようとしている。それはまだ彼女の事を異性として意識しているからに他ならない。

 それでもミッテルトの不安も分かる。

 

「まぁイッセーも気が多いのは事実だ。実際、部長の事も好きなんだろ。自分でハーレム王を真剣に目指すって公言してるしな」

「そんなんじゃレイナーレ様が離れていくッス!」

「そうかな? レイナーレだってアイツに惹かれていると思うぞ? 実際、よく二人で歩いている所を見る」

 

 休みの時などは一誠はレイナーレと共にしている。

 その現場を渚は何度も見掛けた事があるのだ。一誠は勿論、レイナーレも憎まれ口を叩きながらも時折、笑顔を見せていた。

 きっと二人は想いあっている。

 だからこそ一誠が簡単にレイナーレを手放すとは思えない。

 

「イッセーは信頼できないか?」

「そんな事ないッス。ウチともちゃんと遊んでくれるし、悪魔のくせにイイヤツと思う」

「じゃあ信じてやれ、エロくてどうしょうもない奴だけど、お前の姉ちゃんを見捨てるような奴でもない」

 

 ミッテルトが黙って頷く。

 彼女もまた焦燥で周りが見えなかったのだろう。

 とりあえず落ち着かせる事に成功した渚は心の中で安堵のため息を吐いた。

 

「よし、話は終わりだ。ミッテルト、晩飯は食べたか?」

「……まだだけど」

「じゃなんか作るか。こんな時間と雨だし今日は泊まっていけ」

「……へ?」

「ミッテルトは部屋のベッドで眠ってくれ。いいよな、ステア」

「仕方ありません」

「え? でも」

「大丈夫だ、俺のベッドは殆んどステアが使ってるから安心してくれ」

「ナギサはいつも何処(どこ)で寝てるんス?」

 

 アリステアが、わざとらしく首を横に振って肩を竦めた。

 

「私と寝ているに決まっているじゃないですか」

「……お、大人ッス」

 

 ミッテルトがアリステアと渚を交互に見ると顔を赤くした。

 

「嘘だぞ? 俺はいつも別室に布団を敷くかソファーで寝てる」

「……だ、だと思った!」

「ホントかよ……。ステアも変な事を言うな」

「場を和ませるための小粋(こいき)なジョークですよ」

「ブラックジョークだっての、全く。俺は監督役のイッセーに電話してくるからミッテルトに一応部屋を見せてやってくれ。嫌ならステアの部屋に泊まらせるから」

「はい、(うけたまわ)りましょう」

 

 渚は寝室へ案内されるミッテルトを見送ってから電話を取った。

 本当に面倒な事になってきている……。

 ──"愛という感情は必ずしも幸福を持たらすと限らず、他者への愛が人を成長させるが、時として愛こそが人を狂気に走らせる"。

 そんな言葉を何かの本で見た事を思い出す。

 どっかの゙騎士(ナイト)"も、本当に大事なのがなんなのかに気づいてほしいと渚は思う。

 狂気に走る友人など見たくはないからだ。

 

「騎士の心は復讐に囚われたまま、か。だったら鬱憤を晴らす手伝いくらいはするさ」

 

 

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