ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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堕ちた者たち《And He Will Come》

 

 駒王より数百キロ離れた地方都市の教会。その長椅子の一つに黒い男が座っていた。

 ウェーブ掛かった長髪に鋭い目付き、高い身長もあり威圧的な印象を与える。

 長椅子の背もたれに肘を掛けた黒い男は正面……祭壇の奥にある巨大な十字架を無感情に眺めていた。

 そんな教会の扉が開く。

 

「ここにいたか、コカビエル」

 

 入ってきたのは聖職者の格好をした初老の男性。

 コツコツと床を靴で鳴らしながら黒い男──コカビエルの隣へ座った。

 コカビエルは懐から葉巻を取り出して口にくわえると火を着ける。

 煙を吐き出してからゆっくりとバルパーに問いかけた。

 

「……定時連絡は数日先の筈だぞ、バルパー」

「勿論、分かっているさ。ただ少し耳に入れたい事があってね」

 

 コカビエルは言ってみろと顎を動かす。

 

「聖職者が二人、駒王に入った」

「下らんな、だからなんだと言うのだ?」

「聖剣エクカリバーの適合者の二人だ、それがリアス・グレモリーと接触した」

「ほぅ教会も聖剣を奪われて、なりふり構っていられなくなったか」

 

 くつくつと愉快げに嗤うコカビエル。バルパーはそんな笑いを無視した。

 

「コカビエル、悪魔が囲っている堕天使を救出しようとしたみたいだな?」

「だったらなんだ?」

「何故だ? その堕天使を調べたが何処にでもいる木っ端な存在だ。お前が欲しがる人材ではない」

「同胞を救いたいと思うのは当然だろう……といったら信じるか?」

「信じんな。お前ほど慈悲無き堕天使はいないだろう。もっとも多くの天使を殺した者だからな」

 

 コカビエルは神の子を見張る(グリゴリ)の中で最も天使を殺害した堕天使であり、最強と名高いバラキエルと並んで武力に(ひい)でた存在だ。

 戦うことで半生を駆けたコカビエルは多くの仲間を死地に送った堕天使でもある。

 そんな者が同胞を救いたいなどと思うだろうか。

 

「アレの両親はよく俺に尽くして散っていたからな」

 

 バルパーは面白いものを見るように嗤った。

 

「はははは! あのコカビエルが恩を返すと言うのか?」

「戯れに使いを出したに過ぎん。戻ってくるのなら居場所をやるが来ないならフリードを使って殺しておけ」

「そう、その情の無さだよ。これこそが教会が最も殺したがっていたコカビエルだ」

「貴様がどう思おうと構わん、だからさっさと教会の戦士からエクスカリバーを奪ってこい、聖剣の扱いはお手のものだろう、"皆殺しの大司教"」

 

 コカビエルの言葉にバルパーが笑みを止めた。

 

「その名で呼ぶな。私は崇高なる神の指示に従って"聖剣計画"を進めたのだ。教会の連中はソレを異端などと勝手に断じて追放した。実に愚かな事だ!」

「貴様の信仰など興味はない。俺が求めるのは戦力だ、聖剣は間違いなく強力な力になる。だからお前を引き入れた、俺を満足させなかったら──分かっているな」

「……ぐ」

 

 圧倒的な圧力をバルパーに押し付けると怯えた表情で部屋を去っていった。

 一人になったコカビエルは長椅子から腰を上げて出口へ向かうとドアに手を掛ける。

 

「始めるぞ、お前はどうする気だ?」

 

 それは他の誰かに対しての言葉だ、だがすぐに教会の空気に溶けて消える。

 次の瞬間、背中向けのコカビエルが祭壇の奥にあった巨大な十字架に光の槍を投げつけた。まるで挑戦状を叩きつけるような行為に十字架は粉々に砕け散る。

 やがて扉が開かれた。

 

 ──そこは地獄だった。

 

 頬を掠めるのは炎熱、天を焦がすは黒煙。

 それは即ち燃える街。

 紅蓮に包まれて崩壊している地方都市。

 全てコカビエルが単身で殺った。

 この街にはたった一人の堕天使によって終わりを告げたのだ。

 コカビエルは炎を踏み越えて悠然と一人歩いていく。

 目的はただの一つ。

 戦争という名の落日をこの世界に弾くため……。

 

「さぁ魔王の妹を殺しに行こうか」

 

 そう宣言するや堕天使は炎のなかに消えていったのだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 夕暮れ、レイナーレは夕食の買い出しに出掛けていた。

 ミッテルトは今日は留守番である。

 商店街に行く道は駒王学園を通る道と繋がっているので学生たち多い。

 すれ違う学生の何人かがレイナーレをチラチラ見てくるのが鬱陶(うっとう)しかった。やれ『美人』だの『モデル』だの、どうでもいい事ばかりを呟く。

 戦士として生きたかったレイナーレにとって容姿など不要であり、必要だったのは戦う"力"だ。

 しかし才能という名の壁が彼女の邪魔をした。生まれつき少ない光力に、鍛えても秀才レベルの戦闘技術。特に光力の低さが致命的で戦場ではゴミのように死ぬしかない。今も生きているのは奇跡の産物だとレイナーレは思ってる。

 だがそのハンデを突き崩す機会に最近巡り合った。

 それが兵藤 一誠であり、赤龍帝の力である。

 もっとも素直に喜べないのが現状だ。

 少しでも妙な事をすれば親であるドライグがレイナーレを殺す。そういう誓約に伴う"力"だからだ。

 到達したい場所には近づいたが理想とは遠い。そんなジレンマを、抱え込んでしまった気分だ。

 

「はぁ。世の中、上手くいかないものね。……ん? あの子、こんなトコでなにやってんの?」

 

 ふと、商店街へ入る前の通りで見知った少女が困った様子で複数の男に囲まれていた。

 ナンパだろうと一目で看破する。チャラい大学生風の男たちは逃がす気がないのかヘラヘラとニヤケた顔で少女の顔と体を舐め回すような目で見ている。

 レイナーレはナンパされている少女の周囲を見回す。いつもはいる筈のガードが今日に限っていないのだ。

 

「アイツ、どこほっつき歩いてんのかしら」

 

 レイナーレは大股でナンパされている少女の下に近づく。

 すると会話が聞こえてきた。

 

「へぇ可愛いねぇ、制服も似合ってるし……少しお話しない?」

「あの、その、すみません」

「そんな怖がらなくてもいいからさ、ちょっとだけ、ね?」

「いえ、私は」

「そう言わずにさ」

 

 男の一人が少女──アーシア・アルジェントの手を取ろうとした瞬間にレイナーレは声を掛けた。

 

「ちょっと」

「あ、レイナーレさん」

 

 レイナーレを見るなり、安堵の表情を浮かべる。

 この悪魔系シスターは自分を友達と勘違いしているハッピーな奴なのだ。

 

「あ、じゃないわ。何してんのよ」

「こちらの方々が少しお話をしたいと言ってきまして」

「やっぱナンパじゃない」

「なんぱ? それはなんですか?」

 

 純粋な瞳で聞かれてしまった。

 レイナーレは左右に首を動かす。

 渚はどういう教育をしているのだろうか。だいたい大事に思っている彼女を放って何処にいるのか疑問だ。

 

「あの居眠り男は何処よ?」

「居眠り男?」

 

 首を傾げるアーシア、どうやら通じないようだ。

 

「蒼井よ」

「えと、ナギさんは用事があるようだったので別々に帰宅しています」

「つまりアイツは一人でアンタをほっぽりだした訳ね。刺し殺せば?」

「いえ、桐生さんという友人と一緒に家へ帰るよう強く言われました」

 

 レイナーレの苛烈な一言に困った様子でアーシアは答える。

 なるほど保険は掛けていたようだ。機能していないので無意味だが……。

 

「……で、なんで一人な訳?」

「少し考え事をしたかったので一人にさせてもらいました」

「……ばか?」

「な、なぜですか?」

 

 この少女は理解していない。

 このままナンパにほいほい付いて行けば確実に傷物にされる。もしかしたらもっと悪いことになるだろう。

 レイナーレ的にはアーシアがどんな辱しめにあっても気にしない。だがミッテルトは悲しむ、ふたりはプライベートでも付き合いがあり、ミッテルトはアーシアを友人と思っているのだ。

 とりあえずアーシアの手を引っ張ってここから連れ出すことにした。

 

「待ちなよ、おねーさん」

 

 チャラい大学生の男がレイナーレの肩を強く掴む。

 

「あ?」

「おっと怒った? それにしても金髪ちゃんも美人だけどおねーさんもいいね、どうお茶でもしない?」

 

 レイナーレも体を品定めのように見ながらの誘いだった。

 下心が丸見えだ。この男は情欲の捌け口としてレイナーレとアーシアを見ているのだ、連れも同様だ。

 レイナーレの(一誠)も相当だけど、ここまで不快にはさせない。一誠はエロいが女を物のようには見ないからだ。

 レイナーレは肩から手を払い落とす。男は一瞬、苛立ちで顔を歪ませるが直ぐに笑顔になった。

 

「もしかして不機嫌?」

「そうでもないわ。今、捌け口を見つけたから。──奥に行かない?」

 

 ビルの裏、誰も入ってこなさそうな裏道を指すと男たちは歓喜した。

 

「話が速いね! じゃあ行こっか」

「いいわ、付いてきて」

「れ、レイナーレさん!」

 

 不穏な雰囲気を感じたアーシアが止めようとするがレイナーレは首を降った。

 

「ここから先は未成年は禁止。アンタはここにいなさい」

 

 そして奥へとレイナーレは歩き出す。

 人の気配のない暗い通りに入ると男の一人がレイナーレを壁に押し付ける。

 

「あの金髪の彼女も良かったがあんたも中々だぜ」

 

 気持ちの悪い笑顔だ、これなら一誠が自分に欲情してドレスブレイクを使おうとした顔の方がまだマシだった。

 女を支配したいという欲求が嫌でも透けて見える。

 レイナーレは自分に触れていた男の手を握り締めた。

 ニタリと口を歪める男、しかしレイナーレは無表情のまま力を込める。

 すると男の腕の骨が呆気なく砕けた。

 

「は? へ?」

「脆いわよね、人間って」

「ぎぃ、ぎゃああああああ!」

 

 不自然に垂れ下がる腕を押さえて痛みで転がり続ける男をレイナーレは無視した。

 レイナーレは人外であり、人とは一線を画す怪物だ。

 ただの人間など息をするように殺害できる。

 さっきまでレイナーレとアーシアを下に見ていた男どもが怯える。

 

「仲間が苦しんでるのを見て、怖じ気づいたの?」

 

 魔性の笑みを浮かべると男たちが明るい通りへ走り出した。

 レイナーレは黒い鳥のような翼を広げると男たちを追い越して立ちはだかる。

 

「逃がすと思って?」

「ば、化物!」

「そうよ、化物。まぁ最下級の落ちこぼれだけどね」

 

 驚異と畏怖の視線がレイナーレを見返す。

 悪くない感覚だった、これは弱者が強者に対して浮かべる眼だ。こういう顔をされるのは嫌いではない。

 靴を鳴らして歩み寄ると光の槍を造り出して邪悪な笑みを浮かべてやる。

 それだけで男たちは腰を抜かした。

 

「私を犯したいんでしょ? ほら来なさい、……じゃないと刺し殺すわよ?」

 

 裏通りで堕天使の制裁が行われる。

 殺したいが命は奪わない、流石にそれをやったらリアスから処罰が下るだろう。

 でも骨の一、二本は砕かせてもらう。

 女を物として見ない輩にはこれぐらいしないと気がすまない。

 こうしてレイナーレは槍を男たちへ振り落とした。

 

「ぐぎゃ! 骨が折れたぁ!!」

「ち、血が出てる!?」

 

 そんな悲鳴を聞き流して立ち去るレイナーレ。

 

「死にはしないわよ、うるさいったらありゃしないわ」

 

 明るい表通りへ出るとアーシアが駆け寄ってくる。

 

「レイナーレさん、あの方たちは?」

「コンビニ、行くって言ってわ」

 

 適当に濁しておく。

 すぐその裏通りで怪我して泣き喚いてると言えば彼女は治しに向かうだろう。

 それは双方の為にはならない。

 だからレイナーレはアーシアは遠ざけるため適当に引っ張って行くとこにした。

 

「アンタを放っておいたらウチのエロ主人に叱られるわ、だから送ってあげる」

「いえ、私は自分で……」

「言うこと聞け、世間知らず」

「うぅ、はい。……お願いします」

 

 レイナーレは歩きながらアーシアの顔を盗み見た。

 浮かない顔をしている。いかにも悩みがありますと言いたげに目を伏せているのだ。そんな隙だらけだから、さっきの男たちみたいな者に絡まれてしまうのだとレイナーレは思う。

 

「……で? 友人を遠ざけてまで何を悩んでんのよ?」

「え?」

「そんな顔で何もないって言ったら刺し殺すから」

「えっと、その、大した事じゃないので」

 

 隠すような笑顔。

 苛立つ。迷惑を掛けないようにと気を使っているつもりだろうが、ここまでやらせて秘密にされたら溜まったもんじゃない。

 

「どうせ普通の人間には言えない事でしょ? 私はアンタと同じ側だから問題ないっつの早く言え。あんま手間を取らせんな」

 

 レイナーレの言葉に迷ったアーシアだったがゆっくりと胸の内を話し始める。

 

「……先日、教会の方に会ったんです」

「それは聞いてる。聖剣が持ち込まれたとか言ってわね」

 

 先日、一誠から聖職者が学校に訪ねてきたとは聞いていた。どうやら聖剣が駒王に持ち込まれて裏で糸を引いているのは堕天使とのことだ。

 一瞬だけドーナシークを思い出す。もっと言うなら彼の背後にいるだろう者にだ。

 ともせず一誠から巻き込まれないようにと、余計な心配をされたので自分に気遣いは無用と言っておいたのは記憶に新しい。

 

「私は悪魔だから信仰を持ち続けるのはダメなんだそうです。……死だけが主のための奉公と言われて悪魔払いされそうになりました」

「ソイツの言ってることは分かるわ。悪魔が神を想うなんて冗談が過ぎる」

「……はい」

 

 真実を言っただけなのに暗い顔をされる。

 この胸にあるのは、さっきとはまた違う苛立ちだった。

 アーシアは体は悪魔でも心は聖職者のままなのだ。

 それが悪いというつもりはない。彼女は自分から悪魔になったのではなく、渚が生かすために転生させたのだ。

 もっともそうしなければ死んでいたのだが……。

 

「ねぇ気になったのだけど聖書には悪魔が神を敬ってはいけないと記されているの?」

「そのような事はないです」

 

 カウンセラーでもなんでもないレイナーレは単純に思ったことを口にする。

 

「だったらいいんじゃないの? 祈りを捧げたいのなら好きにすればいい、アンタはもっと欲に素直になりなさい」

「欲、ですか」

「好きに生きてから死ねってこと。自分の生き方を他人に指図されたくらいで悩んでんじゃないわよ」

 

 アーシアが天恵を得たような顔でレイナーレを見た。

 

「良いのですか? 私なんかが」

「その『私なんかが』っていうのは蒼井に対しての侮辱よ。アイツはアーシア・アルジェントという存在に価値を見出だしてリアス・グレモリーに頭を下げた」

「……あ」

「大体、アンタが祈ったくらいで誰かが死ぬ訳じゃあるまいし、真剣に悩む必要すらないわ。聖書の神だってアンタを助けなかった、だから腹いせに祈り続けてやればいいのよ」

 

 呆れ返ったレイナーレにアーシアが微笑む。

 さっきまでの曇った感情を吹っ切ったような笑顔だ。

 

「私、少しワガママになってみようと思います」

「そんぐらいがちょうどいいわよ、アンタの場合は」

「話を聞いてくれたのがレイナーレさんで良かったです、ありがとうございます」

「お礼は味醂(みりん)でいいわ、ちょうど切れそうなのよ」

 

 調味料を催促するレイナーレに小さく肩を揺らすアーシア。

 

「イッセーさんの為に、ですか?」

「今日は私が料理番なだけよ」

「その、頑張ってください」

「たかが料理に何を頑張るのよ」

「いえ、そうじゃなくて、部長に負けないように!」

「……ええ」

 

 何も分からないようで要点は分かっているアーシアに頬を染める。

 だいたい応援する相手は主人であるリアスだろうに……。

 

「レイナーレさんはお友だちですから」

 

 そう言ってアーシアは商店街へ足を向けた。

 どうやら本当に味醂を買ってくれるようだ。

 悪魔の癖に聖女のような少女である。

 

「……友達、ね」

 

 同胞とは少し違った絆の形。

 なんの繋がりもない他人同士が育んだモノを言うのだろう。

 アーシアの背中を眺めたながらレイナーレは友達という言葉を胸に刻むのだった。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 ──夕暮れ。

 

 アリステアは駒王を離れて東京に来ていた。

 人がひしめくオフィス街から裏通りへ入ると一件のバーの扉を開く。

 "fallen(フォーリン)"。

 堕天使が経営する店である。

 慣れた様子でカウンター席に座ると会うべき人物は既にグラスで一杯やっていた。

 

「よぉ速かったな。まだ時間まで30分近くあるぜ?」

「急な呼び出しに応じてあげたのです、感謝してください」

「悪ぃな、今の駒王はちっとばっかアレでね。通信端末は傍受されそうだからしたくねぇんだ。誰かに付けられたりはしてねぇよな?」

「こう見えて隠密行動は得意です。仮に私を尾行した者がいたら天国まで案内してあげます」

「おっかないねえ」

 

 男──アザゼルから二つほど席を開けてカウンターへ座るアリステア。

 現在、駒王町はアザゼルとは違う思惑で動いている堕天使が潜伏している状況だ。きっと潜伏中の(やから)は"神の子を見張る者(グリゴリ)"の動きに注目しているだろう。

 そして恐らくアリステアもグレモリーの関係者としてマークされている可能性がある。

 だからこうして遠い場所まで来てアザゼルと情報を交換している。今のあの町は何処に耳があるか分からないのだ。

 

「飲むか?」

「今日は家で夕食を取るので結構です」

「蒼井 渚に酒の匂いを感付かれたくないか、案外と女をしてるなアリステア」

「どうとでも。さて直接会いたいと言ってきた理由をお聞きしても?」

「簡単さ。コカビエルが動いた、恐らく尖兵が駒王にも侵入している」

「それが私を呼んだ理由ですか。先日、駒王に来た悪魔払い(エクソシスト)から情報を貰っています。コカビエルが聖剣を盗んだと言ってましたか」

 

 アリステアは渚から(おおむ)ねの話は聞いている。

 その時、渚が喧嘩を売ったそうだが勝敗は聞いていない。

 聖剣ごときで止められるなどあり得ないとアリステアは確信しているからだ。

 

「じゃあもう一つ情報を下ろしておくぜ? 数日前にコカビエルと教会が直接戦った、日本支部の悪魔払い(エクソシスト)を総動員したらしい」

「結果は?」

「お察しの通り教会側が全滅、戦場となった地方都市は火の海になった。一応、報道では隕石の落下って事になってる」

「嘘のような報道ですが、それが本当と思える大惨事だったのですね」

「ああ、跡地を見たが巨大ハリケーンが襲ったような有り様だったぜ。──奴は直ぐに駒王に来るぞ?」

「邪魔ならば弾丸を撃ち込むとしましょう」

「奴は強いぜ? その手で戦えるのか?」

 

 即答するがアザゼルがアリステアの右手を鋭く見下ろす。

 包帯で隠されているが、その内では呪いが今も彼女を苦しめている。

 しかし当の本人は気にする素振りもなく、その手で長い銀髪を軽くかきあげる。

 

「問題ありませんね」

「シレッとしてるが、お前さん常に激痛が右手を襲ってるだろ? ソレは肉と骨を腐らせ、魂を喰らい尽くす呪いだ。こんなヤベェの誰にやられた? どっかの邪神にでも喧嘩を売ったのか?」

「私を抹殺しようとして来た輩がいたので追い返しただけです」

「殺せなかったのか?」

「その辺の神よりも手強い相手でしたよ、勿論相手にも手痛い傷をプレゼントしましたが」

「名は?」

「セクィエス・フォン・シュープリス。血液を自在に操り、高濃度の呪詛も使います」

「覚えておこう。あとよ、コカビエル件とは別の用件がもう一つある」

 

 帰ろうとしたアリステアはその一言で止まった。

 

「聖槍らしき神器の発現が確認された」

「場所と根拠は?」

「ここ、アジアだ。最近、アジアを中心に神性持ちが幾つか滅びている。少し調査させたが聖槍が使われた痕跡があった」

「宿主の居場所は掴めていないようですね」

「まぁな。目下、捜索中だ」

「聖槍の担い手が既に目覚めていると知れただけでも有意義です。有るか無いかのモノを闇雲に探すのは骨が折れますからね」

 

 アリステアが席を立つ。

 そろそろ夕食時という事もあり、帰ろうとした時だった。

 

「待て」

 

 アザゼルの言葉に振り返る。

 堕天使の総督はグラスを眺めながらが罰の悪そうな顔をした。

 

「もし、だ。コカビエルと戦うハメになったら生け捕りにしてくれねぇか?」

「理由によります」

「長い付き合いの奴が死ぬのは堪えるってんじゃダメかね?」

 

 本心を口にしたは良いが気まずいのか、そっぽを向くアザゼル。

 表情はアリステアの位置からは見えない、どんな顔をしているのかは定かではないが声のトーンで分かる。

 堕天使の総督ともあろう者が感傷に浸っていた。

 例え裏切りにも等しい行為をされたとしても、コカビエルはアザゼルにとって大切な仲間なのだ。

 そんな彼に対してアリステアは微笑をこぼした。

 

「頼む相手を間違っていますね、そういうのはナギの得意分野です」

「そうか、妙な頼みをして悪かったな」

「ええ」

 

 苦笑したアザゼルだったがアリステアを責める真似はしない。

 元より無理な願いと思っていたのだろう。

 こうして二人の会話は終わり、アリステアはバーを後にするのだった。

 

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