ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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聖剣探索《Quest for Sword》

 

 ──放課後。

 

 渚は小猫と一誠、元士郎を引き連れて祐斗と合流する。

 聖剣の破壊許可を貰って三日が過ぎているが未だにフリードの足跡を見つけきれずにいた。

 今日も公衆トイレを使って神父服に着替える渚たち。

 フリードは教会関係者を優先的に襲っているため一誠の案で神父姿で歩く事になったのだ。

 祐斗が微妙な顔をしていたが目的のために着てくれている。

 そろそろ収穫が欲しいところだった。

 リアスには自主訓練と言うことで部活は休ませて貰っているが明らかに怪しまれていた。

 バレるもの時間の問題だろう。

 聖職者の姿で人気のない場所へ行くが襲われる気配はない。やがて夕方が夜に変わる時間になる。

 表通りを離れた裏の道、ここで今日の探索は終了にする予定だ。

 少し歩いただけなのに別世界のようだ。

 暗く汚れたジメジメとした雰囲気。人の気配はなく姿を隠すなら持って来いの場所。

 

「はぁ今日も収穫なしか」

 

 落胆したように言ったのは元士郎だ。

 本来なら協力する義務がない彼だが思いの外、真剣に参加しているのは根が良いやつだからだろう。

 そんな元士郎の肩を一誠が軽く叩いた。

 

「しょうがないさ、今日は帰るか」

「待てイッセー」

 

 渚が歩みを止めた。

 同様に祐斗と小猫も同じ方向を向くとあるのは古い廃ビルの入り口だ。

 その暗い闇の奥から渚たちへ負の感情を跳ばしてくる存在がいる。

 どうやら当たりを引いたようだ。

 渚が入り口に歩を進めると祐斗も付いて来た。

 瞬間、背筋に寒いものが走る。間違いようもない殺気だ。

 ビルから弾かれたように白い物体が飛翔してくる。

 

「ひひ」

 

 嫌な笑い声が耳を撫でる。

 それだけで目標だと渚は察した。祐斗が先陣を切り、白い物体を魔剣で弾くが、ビルの壁を蹴った白いソイツは回転しながら落下。

 また仕掛けてくる。

 そう読んだ渚が刀に手を伸ばすと見慣れた外道な笑顔をしたはぐれ神父と目が合う。

 

「聖職さま方にご加護あれってね!!」

 

 白い物体──フリード・セルゼンが光の聖剣を上から振りかぶるも狙われた祐斗は魔剣でしっかりと受け止めた。鋭い金属音が風となって空気を弾く。

 

「あれま、誰かと思ったらグレモリーのイケメン君じゃん」

「フリード!」

 

 一誠が叫びながら聖職の服を脱ぎ捨てるとフリードが「あれま」という間抜けな表情をした。

 

「そっちも見た顔、確かグレモリーの雑魚だっけ? なんして聖職者の格好なんてしてんのさ?」

「お前を誘き出すためだ」

「いやん、全く目的が見えないわん、けどさー糞悪魔に好かれても嬉しくないんよ。つーわけで死ね」

 

 バリンっと祐斗の魔剣が砕ける音が響く。粉々になった欠片が祐斗の頬を掠めて血を見せた。

 心底、愉快と言いたげに口を歪めて嘲笑うフリード。

 

「なにソレ、雨細工かなぁー? なぁーんちゃって!」

「まだだ!」

「また造っちゃって、必死だねぇ? けど無駄無駄無駄ぁてね! ひゃはははは!!」

 

 やはり魔剣は伝説の聖剣に及ばない。

 忌々しくフリードの聖剣を睨む祐斗が二刀の魔剣を造り出して構える。まともぶつかってもキリがないと手数に切り替えて戦うスタイルに変更したのだろう。

 渚はそれに対して祐斗を庇うように立った。

 

「渚くん?」

「前衛は俺だ、祐斗は小猫と中衛、一誠と匙は後衛だ」

「僕は聖剣を!」

「落ち着けって。イリナとゼノヴィアの二人と戦ったんなら分かるだろ、アレ(聖剣)には固有能力がある、悪魔のお前じゃ危険すぎるんだ。だからまず俺が矢面に立つ。心配すんなって全部取ったりしねぇから、破壊はキチンと譲る」

「……祐斗先輩、渚先輩の言う通りにしましょう。相手は聖剣です、あの武器は私たちにとっては猛毒なんです」

 

 今にも飛び出しそうな祐斗の制服を小猫が付かんで止めた。

 

「……わかったよ。聖剣の威力は最近、身を持って味わったからね」

 

 渚と小猫の説得で祐斗は下がってくれる。流石に可愛い後輩の頼みは断れない様子だ。

 

「イッセー、匙、フォローは頼んだ。うかつに前に出るなよ」

「おう!」

「しょうがねぇ!」

 

 二人が神器を装備する。

 一誠はいつもの"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"。

 元士郎は手の甲付近に蜥蜴の顔らしき物が装着された。

 渚はソレを確認してからフリードへ踏み込む。

 

「おやおや~君は以前、俺様にドアごと吹っ飛ばされた雑魚その2じゃないか」

 

 挑発を無視して譲刃を呼ぶと空間を裂いて刀が現れる。そのまま"輝夜(かぐや)"をお見舞いするが忽然(こつぜん)とフリードが持つエクスリバーの切っ先が消えて刀が通る筈の場所に現れた。

 剣と刀が激突して火花が散る。

 

「おーおー危ないねぇ。雑魚かと思ったけどやるじゃん」

コイツ(輝夜)を真っ正面から止められたのは初めてだよ」

「相手が悪ぅござんす。俺っちの持つのは"天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)"、速さなら負けねぇのよ」

「らしいな。けど余裕かましていいのか、相手は俺だけじゃないぞ?」

「なんですと?」

 

 ヒュッと渚の後ろから黒いラインが跳んでくるとそのまま腕を絡め取った。

 

「うわ、何これ、キモッ!」

 

 聖剣で切断しようとするがラインは実態がないのか剣をすり抜けた。

 ラインは元士郎の神器へと続いていた。

 

「残念だったな、こいつはちょっとやそっとじゃ切れないぜ! そんでもってな!!」

「うお、力が抜ける?」

「俺の神器は"黒い龍脈(アブソブーション・ライン)"! コイツに繋がってる以上、おまえの力は吸収され続ける、とっととぶっ倒れろ!」

 

 神器が装着された腕を引っ張るとフリードも引き寄せられた。

 "黒い龍脈(アブソブーション・ライン)"、竜王に数えられる邪龍ヴリトラを封印した"神器"の一つ。

 直接の戦闘能力は一誠や祐斗の"神器"に劣るがその能力は侮れない。常に力の消耗を()いられるというのは命がけの戦いに()いては死活問題だ。フリードもそう感じたのか元士朗をターゲットにした。

 

「あぁクソうぜェ!! ぶっ殺すぞ、クソ悪魔……ブッ!!」

「悪いな、隙だらけ過ぎて蹴っちまった。──祐斗!」

「うん!」

 

 祐斗に目掛けてフリードを蹴り飛ばすと魔剣の一撃が放たれた。

 

「舐ぁめんじゃねぇよぉ!!」

 

 怒りの形相のフリードが祐斗の魔剣を聖剣によって斬り砕く。再び造り上げた魔剣で挑むが無情に一振りでガラクタにされてしまう。

 

「何回、同じことしやがるんで? いい加減、学べっつの、てめぇの貧相な魔剣じゃ無理だってさぁ! 頭、悪いんですかぁ?」

「くっ。それでも僕は聖剣に挑み続けなければならないんだ! ソレ(聖剣)は僕が破壊する!!」

「あ、そ。だったらさっさとおっ死ねや!」

「その前に自分の命の心配しろ」

 

 祐斗に斬りかかろうとしたフリードの背を渚が斬る。

 

「うぎゃ!」

 

 ゴロゴロと地面に転がるが苛立った顔で立ち上がると渚を睨み付けた。

 

「あー痛てぇ! なに、神父さまの背後を斬ってんの! 寄ってたかって卑怯モンが!!」

「どの口が言いやがる」

「俺がやるのは良いけど、やられんのはムカつくんだよ! クソ、さっきといい、テメェはぐちゃぐちゃにブッ殺す、二度とふざけた真似が出来なくしてやんよぉ!」

「奇遇だな。俺もお前を野放しにしておくつもりはないんだ、ここで斬らせて貰うぞ」

「かぁっこいい! じゃあ殺してみろ!」

「イッセー! 倍加が完了したら祐斗に譲渡だ」

「分かった!」

 

 一誠に指示を出すと渚は聖剣と斬り結ぶ。

 "天閃の聖剣"というだけあって剣速は随分と速い。

 だがそれだけだ。

 アリステアから受けた銃弾に比べれば遅すぎる。フリード自体が剣の速さに若干置いてかれている(ふし)があった。(わず)かなラグだが達人同士の戦いでは致命的な差が生まれる。

 渚は見えている聖剣の刃を(さば)いてはフリードにダメージを与えていく。

 

「なんだよ、なんだよなんだよ! この剣が見えてんのかよ!? お前、雑魚じゃないの!? なんで俺だけ斬られてるんですかねぇ!!」

「お前が雑魚その3だからなんだろ」

「俺っちが雑魚だと! 言ってくれるじゃん!! 決めた、お前は泣かす、てめぇの大事な者を殺してな! 全員プチっと斬り殺してやるよ! ひひひ!!」

 

 渚が(たも)っていた冷静さにヒビが入る。これは怒りという亀裂だった。

 アーシアが、藍華が、松田が、元浜が、この外道神父に蹂躙される光景が脳内に過る。

 この男なら確実にやる。渚の大事なものを探し出し、腹いせに殺しまわるだろう。この外道神父にとっては聖剣ですらも快楽を満たす道具に過ぎないなのだから……。

 渚は刀を強く握りしめた。

 そんな奴が日々の日常を侵すというなら、例え聖剣が相手だろうと容赦はしない。

 

「なら、その腕を落とそうか」

 

 ボソリっと小さく呟いた渚は()()()で"輝夜"を放っていた。初撃の牽制とは比べ物にならない殺意を纏った(わざ)の速度と鋭さは天閃すらも超えてフリードの右手を斬り跳ばす。

 

「ぎぃやああああああああ!」

「口は災いの元だ。覚えとけよ、外道」

 

 真っ赤な鮮血とは裏腹に氷のような冷たい声音(こわね)。このままで首でも落とそうかと思うが止めておいた。こいつには残りの聖剣の在処(ありか)を聞かなければならない。

 

「イッセー、祐斗、聖剣を任す。フリードは殺すなよ、まだ聞くことがあるから」

「俺は準備OKだぜ」

「四の五の言ってられないね」

 

 一誠の譲渡を受けた祐斗の魔剣が爆発的なオーラを解き放つ。数倍に膨れ上がった魔剣の力はエクスカリバーに見劣りしない剣と化していた。

 伝説(エクスカリバー)へと簡単に迫る事の出来る神滅具を頼もしく思いつつ、恐ろしくもある。

 フリードもまた危機感を抱き、地面に転がった腕から聖剣を拾うと迫る祐斗を迎撃した。

 ぶつかり合う聖と魔の剣。

 今度の魔剣は砕けず、逆に聖剣のオーラを呑み込んだ。

 聖剣の刀身に小さなヒビが入る。

 

「冗談だろ!?  天下のエクスカリバーが負けんのか! ふざけんなよ、おい!!」

「イケる!」

 

 砕けかけた聖剣に祐斗が歓喜の声を挙げた時だった……。

 

「まだソレを壊されては困るのだけどね」

 

 第三者の声が聞こえると同時に祐斗がいた場所を中心に破壊音が轟く。間一髪、祐斗はその場から跳び退いた。

 見れば立っていた所の空間から穴が開いて鋭い爪が伸びていた。出てきたのは十メートルはあるだろう三つ首の犬だ。ヨダレを垂らし、エサを眺めるように牙を()いてくる。

 

「……ケルベロスです」

 

 小猫が警戒心を向けて言う。

 地獄の番犬がなんでこんな場所にいるのだろうか。

 渚がそんな疑問を持っていると奥から人影が現れた、さっきの声の主だろう。初老の男性はフリードに近づくと"フェニックスの涙"をぶちまけて治療する。

 

「手痛くやられたか、フリード」

「腕が無くなっちまったよ。しかも逆の腕は変なラインつき」

「お前に与えた"因子"を使いこなせ。エクスカリバーであれば造作もない」

「んーこうか?」

 

 意識を集中させたフリードに聖剣が応えた。

 光は元士郎のラインを浄化して分解する。あんな事も出来るとは聖剣も侮れない。

 

「お。やっぱ俺っちって天才だねバルパーのじいさん」

 

 その名を聞いて全員が目を見開く。

 バルパー・ガリレイ、元聖職者で聖剣計画の責任者。

 祐斗にとっての真の仇が目の前にいるのだ、事情は知っている者は驚く。

 

「"聖剣計画"を()いたバルパー・ガリレイか……?」

「いかにも、おまえは誰だ?」

「イザイヤという名前に覚えは?」

「ないな」

「そうか」

 

 祐斗が殺気の剣でバルパーへ迫るがケルベロスが妨害する。

 

「邪魔を!」

「無駄だ、この魔犬は下級悪魔ごときでは勝てないぞ」

 

 ケルベロスの爪が祐斗へ迫った。

 刹那、白い外套を纏った二人が颯爽と駆け付けて、光を纏った剣を使いケルベロスの爪を足ごと切り裂く。

 白い乱入者たちは落胆したような仕草でバルパーを睨む。

 

「まさかケルベロスを飼っているとはね。元聖職者にしては趣味が悪いな」

「まったくだわ、そんなんだから追放されるのよ!」

 

 祐斗を庇ったのはゼノヴィアとイリナだった。聖剣と番犬の気配に誘われたのだろう。

 バルパーが、エクスカリバーを濁った目で恍惚と見据えた。

 

「ほぅエクスカリバーを所持しているな? なるほど教会の戦士か」

「"ほぅ"じゃねぇですよって、バルパーじいさん。めっちゃ囲まれてんぜ? 逃げたほうが良いんじゃね?」

 

 特に渚を見て言うフリード。どうやら(もっと)も警戒すべき相手と捉えているようだ。

 

「分かっている。行くぞ、目的成就も為にも損失は避けたいのでな」

「逃げるのか?」

「元々フリードを回収しに来ただけだ。だが安心しろ、()()()()()以上どうせ直ぐにお前たちとは戦うことになる。──結果は見えているがね」

「そいじゃね~、クソども」

 

 フリードが聖剣を光らせれるとバルパーと共に姿を消した。まだ遠くない、追えば間に合う距離だった。

 渚が気配を頼り、追おうとするがケルベロスが立ちふさがる。

 

「嫌な置き土産だ。これは俺が引き受ける、足の速いやつは追ってくれ!!」

 

 渚が叫ぶと祐斗が頷き、教会の二人も走り出す。

 

「逃がさないぞ、バルパー……」

「見失うわけにはいかない。イリナ、遅れるな!」

「うん、わかってる!」

 

 だが全員の動きが一瞬で止まった。

 夕暮れの空が一瞬だけ()()()水面(みなも)が揺れるような些細(ささい)(ゆが)みだ。

 同時に町が透明だが強固な箱に閉じ込められる。

 結界が張られたと気づくのに時間は掛からなかった。

 この現象は彼らの攻撃だ。駒王は今、逃げれない箱庭と化したのだ。

 更に驚きは続く。

 濃密な圧力が体を包んだからだ。背筋がゾクゾクと(こわ)ばる。

 その気配を感じたのは()しくも駒王学園の方だった。まさにそこに"何か"がやって来たのだ。

 

「うそ。なんで……?」

「そんなバカな。これは堕天使コカビエルの気配だ」

 

 イリナとゼノヴィアが戦慄(せんりつ)する。

 駒王学園に最上級の堕天使が降臨したのだ。その事実を聞かされた他の者も各々が緊張した。

 渚はすぐに幾つかの選択を脳内で弾き出す。

 このまま聖剣を追う。……渚が行けば追い付けるだろう。

 ケルベロスを倒す。……可能だ、刻流閃裂の極致でも使えば瞬殺だろう。

 だが上の二つは断念せざる得なかった。

 聖剣を追えばケルベロスと学園が(おろそ)かになる。ケルベロスを相手すれば消耗を()いられる。

 だから、ここでやるべきは一つだ。

 渚はハッキリと大声で仲間に指示を出した。

 

「別れるぞ! ゼノヴィアとイリナは聖剣を追え!!」

「いいのか?」

「そうよ、ケルベロスとコカビエルはどうするの!?」

「なんとかする。そして祐斗も聖剣の追跡をしてくれ」

「いや、僕は!」

「お前のこれからが()かってるんだ、それに聖剣を野放しにしてはおけない」

「でもッ!」

「行け! そんでもって過去を清算して部長に謝りに行こう」

「くっ……わかった!」

 

 考え抜いた結果、祐斗は教会組と共に走り出す。

 渚は続いて残った一誠、小猫、元士郎へ言葉を投げた。

 

「イッセー、搭城、匙はケルベロスを相手してくれ」

「コイツを俺が?」

禁 手(バランスブレイク)を使え。お前ならやれるはずだ、なんてったって赤龍帝だからな」

「ナギはどうすんだよ」

「学園に行く。だから──ここは任せていいか?」

 

 渚の言葉にイッセーが一瞬驚くも力強く(うなず)いた。

 守る者としてではなく戦友として戦いを(たく)す。いつも助けられて来た一誠にとってそれは大きな意味を持つ。

 

「う、嘘だろ、こんなのと戦えってか……」

「匙は後方支援だ、例のラインで足止めをしてくれればいい」

 

 渚は内心で謝罪する。本来なら自分が身を盾にすべきなのに元士朗へ危険を押し付けている。

 それでも指示に対して文句を言わずに「くそ、やってるさ!」と意気込む元士朗。

 本当にいい奴である。

 

「……すぐにやっつけます」

「頼む、二人を守ってやってほしい。終わったら学園にきてくれ」

「……はい、気を付けてください」

 

 渚が小猫に言うと彼女は拳を構えた。

 小さな少女は言葉少なく渚を送り出してくれる。

 そして渚は駆け出す。

 霊力を使って身体能力を限界まで高めると一足でビルの屋上へ上る。目指すべきは駒王学園、疾風のような速さで駆け抜けた。

 ビルとビルの合間を跳びながら町を見る。

 見た目はいつも通りだ。商店街には夕飯の準備をする主婦が多く、仕事帰りの人で道も混雑している。

 だが視力を強化して遠くの地平線を見れば半透明の大きな壁と天井が駒王を包んでいた。更に学園の方へ眼を向けると帰宅していない多くの生徒が倒れ付している。

 あそこは恐ろしい圧力の中心点だ、ただの人間では気に当てられただけで失神する。

 最短距離を周囲の物を吹き飛ばす勢いで移動をした渚は駒王学園へ到着する。

 そして砲弾のような勢いで巨大な圧力を撒き散らす存在へ突貫したのだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 ──空気が重い。

 

 いつもの学園の放課後は張り詰めた重圧によって危険な変容を見せていた。

 それはリアスにとって忌避すべき存在が駒王学園に侵入した事を意味する。

 先に飛び出したレイナーレに続き、リアスも部室の外に出た。

 彼女が焦った様子で渚かアリステアを呼ぶように助言したので念話を跳ばすが応答はない。魔力が遮断されている感覚に気づく。既に先手を打たれている事に歯噛みしつつ、薄暗い廊下へ出れば奥から一人の男がやって来た。

 重圧が増す。

 当然だ、現れたのは古より生きる堕天使の一人、コカビエルなのだ。

 このような場所に急に現れた難敵(なんてき)は先に出ていたレイナーレを見据えていた。

 

「久しいな、レイナーレ」

「お久しぶりです、コカビエルさま」

「こうして会うのは数年ぶりか、相変わらず無才の身で高みを目指しているようだな」

 

 リアスは違和感を覚える。

 名も無き下級堕天使のレイナーレと聖書にも記された最上級堕天使コカビエル、天と地よりも(へだ)たりのある両者の間にには妙な親しみを感じたのだ。

 実際、レイナーレは嬉しそうな、それでいて悲しそうな笑顔をコカビエルへ向けている。

 

「師がそう教育してくれたので」

「俺は戦い方の基礎と心意気を教えただけだ。だがお前は父と母ほどの強さには(いた)れなかった」

「不出来な弟子で申し訳ありません」

「構わん、最初から期待をしていなかった。槍を教えたのは俺を庇って死んだお前の両親への(とむらい)にすぎん」

 

 レイナーレが期待されていなかったと言う事実を聞いてを(まぶた)を伏せた。

 どうやら二人は師弟関係にあったようだ。

 レイナーレの表情は複雑で、その胸にあるのは不甲斐(ふがい)なさから来る悲しみだったかもしれない。

 師に認めてもらいたかったのだろう。そのために"神器(セイクリッド・ギア)"をかき集め、死にかけもした。

 そんな彼女の献身(けんしん)(うやま)いをコカビエルは一蹴(いっしゅう)する。

 

「俺の元に戻るなら勝手にしろ、戻らぬのならここがお前の墓場だ。選べレイナーレ」

 

 この状況でその言葉は脅迫に等しい。

 絶対強者から見逃してやると言っているのだ、普通なら従う。

 

「コカビエルさま、あなたの事は尊敬もしていますし感謝もしています。しかし私はここでやる事が出来てしまったので戻れません」

 

 だがレイナーレはリアスを一瞥しながらハッキリと自分の意思を示した。

 

「そうか。ならば今日でお前は終わりだ。さらばだ」

「はい。さようなら、敬愛する師匠(せんせい)

 

 刹那、コカビエルが穏やかな瞳をする。

 なぜそんな顔をするのか、リアスは理解が出来なかった。

 例え期待していなかった弟子だろうと裏切りに等しい行為だ。なのにコカビエルは責める気はないと言いたげにレイナーレから目を背けた。

 そしてリアスを獰猛(とうもう)な目で見下す。

 随分と雰囲気を変えてくるじゃない。

 リアスはそう思いつつ、魔力を全身に浸透させた。いつでも戦えるようにだ。

 

「リアス・グレモリー。お前を殺すのは後だ、安心しろ」

 

 予想に反して戦う気はないとコカビエルは告げる。当然だが信用はしない。

 

「お優しいのね、こんな登場をしたんですもの真っ先に襲ってくると思ったわ」

「戦争の仕方も知らんのか? これは宣戦布告だ、もっともお前たちの命はあと数時間でしかないがな」

「つまり今夜、仕掛けると言うの?」

「そうだ。助けを求めて無駄だ、冥界との接触を禁ずる術式を張った。異変に気づくのは速くて明日の朝だろう」

「わざわざ聖剣まで持ち込んで何が目的なの?」

 

 リアスがコカビエルを問う。

 

「知れた事。戦争を起こす、薄々気づいているのだろう? 半年以上前に駒王へ訪れた大量の"はぐれ悪魔"、レイナーレの時もそうだ。全て俺が糸を引いていたのだ。外部の人間を使ったせいか失敗に終わったがね」

 

 リアスの魔力が荒ぶる。

 彼女の怒りは尤もだ。この男は一連の事件の黒幕なのだ。一つ間違えば全て消えていた事件の首謀者を許しておけるはずない。

 そんなリアスにコカビエルは笑みを深くした。

 

「そよ風のような魔力で俺に挑むのか? 構わんぞ、(もっと)も大量の人間が死ぬがな」

 

 その言葉で悔しげに魔力を沈めるリアス。

 

「ふん、愚か者ではなかったか。では今日の0時に再び来る、せいぜい足掻(あが)くのだな」

 

 ふとコカビエルがリアスの横に(ひか)える朱乃を見た。その瞳にあるのは嫌悪感だった。

 待ちなさい、コカビエル。貴方が朱乃に何かを言うのは困る……。

 そんなリアスの嫌な予感を嘲笑(あざわら)うようにコカビエルは朱乃へ言葉を放った。

 

「堕天使でありながら悪魔に身を落とすとは愚かな。バラキエルもさぞ嘆いているだろう」

 

 朱乃にとっての地雷をコカビエルは踏む。

 リアスは悲鳴を上げそうになる。それは決して言ってはならない言葉だ。朱乃の目から光が消えるとバチバチッと周囲で雷が弾け始めた。

 

「……あの人の事を私の前で口にしないで!」

 

 いつもの大和撫子のような(たたず)まいと程遠い殺気じみた朱乃。

 

「デカイ口を叩くな。どっち着かずな半端者なぞ見るに耐えん、貴様のような自分を見失った者は過去に囚われ続けるだろう。俺が今、引導を渡してやろうか?」

「黙れ!」

「ダメよ、朱乃!」

 

 リアスが止めに入るが激昂した朱乃は感情のままにコカビエルへ雷を落とす。

 直撃を受けたコカビエルだったがダメージを受けた様子を見せずに光の槍を手にするとゆっくり歩いてくる。

 殺気を向け合うコカビエルと朱乃の間にリアスが慌てて割り込む。

 

「堕天使コカビエル、今夜という話ではなかったの?」

「それはお前(リアス)の死ぬ時間だ。アレ(朱乃)の事でない。何より攻撃されて黙っているほど寛容でもない」

 

 朱乃とて迂闊に触れてほしくない所に踏みいった堕天使を許す気はないだろう。

 リアスの考えを肯定するように朱乃も特大の一撃を放つために両手に雷を収束する。

 コカビエルがリアスに目もくれず朱乃を狙う。

 こうなっては仕方がない。リアスはここでコカビエルと一戦交える覚悟を決めた。

 

「不本意だけど好きにはやらせないわ」

 

 魔力を砲撃に変えて撃ち込むも槍の一振りで掻き消す。あまりにも呆気なく霧散する魔力。

 

「温いな、リアス・グレモリー。それでも魔王の血族か?」

「私の魔力を容易(たやす)く!?」

「これなら、どう!!」

 

 朱乃が怒りの感情を雷に変えてコカビエルへ放つもリアス同様に(むな)しく散らされる。

 

「児戯だな。バラキエルの娘とは思えん弱さだ」

「私の前でその者の名を口にするな!」

「いけない! 下がって朱乃!」

「もう遅い」

 

 歩くような速さで攻め込んできたコカビエルが邪魔だと言いたげリアスを波動で吹き飛ばす。

 

「リアス!」

「他人の心配をしてる場合か、貴様?」

「あ……」

 

 ゴミを見るような瞳。

 ここに来て目の前の男の強大さが身に染みて分かる。

 圧倒的な殺意と敵意が鋭利な棘となって朱乃の全身を貫く。

 眼前へ立ったコカビエルの圧力を前に朱乃は体を震わせて動きを止めてしまう。

 その朱乃の腹部を光が突き刺す。

 

「あぅ!」

 

 リアスが今度こそ本当に悲鳴を上げた。悪魔にとっての猛毒が親友を貫いたのだから当然だ。

 

「あれだけ(いき)がっておいて今さら恐怖に(おのの)くのか? ほら眼前に敵がいるのだからやってみせろ、バラキエルの娘」

 

 輝きのある刺突が朱乃の肉体を(むしば)む。

 傷口からゆっくりと消滅をしていく朱乃の横から手が伸びて光の槍に触れた。

 

「や、やめてください!」

 

 跳び出してきたアーシアが朱乃の刺さる光を抜こうと必死になるも、コカビエルの腕力には意味をなさない。

 それどころか手の平が光で焼け、肉の焦げる臭いが広がった。

 灼けた鉄を素手で握るよりも激しい苦痛。しかし光の槍を手放す気配はない。

 ただひたすら皮膚が焼け、肉を灼く、骨すらも溶かす浄化に必死に耐えている。

 

「う……うぅ……」

「アーシア……ちゃん、手を離し……て」

 

 同じ激痛を味わう朱乃が苦悶の表情で(さと)すが激しく首を振って否定する。

 

「出来ません! このままでは朱乃さんが死んでしまいます」

「自ら光に焼かれるか、酔狂な悪魔もいるものだ」

「お願い、やめて!」

 

 このままでは二人は死ぬ。

 そんな危機的状況がリアスを(あせ)らせた。だがコカビエルは唇を歪ませて邪悪に(わら)う。

 

「やめる? 何故だ? これは殺し合いだ、死人が出るのは同然だろう?」

 

 コカビエルがアーシアの傷を無視して朱乃の殺そうとした時だ。

 

「同意します、ですがこの子は殺されては困るのです」

 

 一本の槍を手にしたレイナーレが斬りかかる。

 コカビエルは槍を手放して距離をとった。

 

「貴様が俺に槍を向ける日が来るとはな」

「昨日まで敵だった者が味方になる、逆も(しか)りではありませんか?」

「言うようになったな小娘。だが真理でもある。しかし槍を向けた以上は容赦はせんぞ?」

「ええ、それにこっちも援軍が来ました」

「何?」

 

 瞬間、旧校舎の壁が爆散した。

 蒼井 渚が抜き身の刀を手に参上したのだ。

 

「渚! 来てくれたのね!」

「すいません、部長。遅れました」

「お願い、二人を助けて!」

 

 リアスが体をよろめかせながら渚へ懇願する。

 渚は朱乃とアーシアを見るなり、表情を険しくすると迷わずにコカビエルへ斬り掛かった。

 互いが互いを認識する時には刀と槍がせめぎ合っている。

 

「お前がコカビエルか?」

「そういうお前は誰だ?」

「蒼井 渚だ。早速だが──ここで死ね」

 

 本心を隠さずストレートに口に出す様子からも間違いなく渚はキレていた。

 

「この俺に死ねだと? この場で寝言を言えるとは面白い人間だ」

「ならもっと面白いもの見せてやるよ」

 

 渚が刀を振り抜いてコカビエルの体を校舎の外へと弾き出す。

 漆黒の翼を広げるコカビエル。

 十はある翼で浮かぶ堕天使に対して渚は刀を納めて腰を低くする。

 蒼いオーラが渚の全身から現れる。

 一誠(赤龍帝)を荒ぶる激しい炎とするなら、渚のソレは真逆のゆったりとした水のようなオーラだ。

 しかし内に秘める力は静かな暴威を思わせた。

 護神刀"譲刃"が渚の怒りに共鳴するように霊力の変換を開始。

 大気のマナすら刀へ収束され、"神滅具(ロンギヌス)"にも迫るだろうオーラを宿す。

 

「あれはアイツの十八番(おはこ)居合い(輝夜)!」

「いいえ、レイナーレ。あのオーラ、ただの"輝夜"じゃないわ……!」

 

 相手の危険性に気づいているのだろう。最初から全力でコカビエルを倒そうとする渚。

 

刻流閃裂(こくりゅうせんさ)が極致、"輝夜(かぐや)貌亡(かたなし)"」

 

 転瞬、渚がオーラと共に消えた。

 次に現れたのは少し離れた旧校舎の外。

 そんな渚が自身の体の前で刀をゆっくりと納めた。

 キンッと小気味良い音と共に(つば)鞘口(さやぐち)が繋がる。

 そして古の堕天使が座する空を無数の斬撃が斬り刻む。

 あの技はリアスの知る"刻流閃裂"という流派の中でも尤も理解が困難な技だ。

 この世界の理すらも置いて行く速さで、無数の斬撃を空間に設置する異能にしか見えない攻撃。

 あんなものは回避しようがない。

 今までがそうだったように神速の斬撃は古の堕天使すらも斬り裂いて地に落とした。

 

「コカビエルさま……!」

 

 レイナーレが口を押さえて師を案ずる。

 凄まじきかな、渚の攻撃によってコカビエルは腕を欠損し、翼も千切れて無惨な姿に成り果てた。

 リアスは唖然とする。

 渚は神話に名を残す堕天使すら斬り捨てたのだ。

 日に日に強くなっていると思っていたが、これ程までになっているのは予想外だった。

 旧校舎の外に着地した渚が倒れるコカビエルへ構えを取る。

 渚の目はまだ終わっていないと告げていた。

 

「く、くく、ふふ、はははははははは!!」

 

 ボロボロのコカビエルが哄笑(きょうしょう)しながら立ち上がる。

 人間なら失血死しているだろう量の血液で地面を汚すが堕天使は気にした様子もなく渚へ顔を向けた。

 リアスは初めてコカビエルに恐怖を覚える。

 どう見ても死に体の男が心底愉快そうに嗤っているのだ。

 渚もまた異常な精神を持つだろうコカビエルに警戒を敷く。

 

「くく、おい人間。驚いたぞ、この俺を一撃でこの様にするとは……。こんな面白いモノを見せてくれるとは夢にも思わなかった」

 

 まるで子供のようにケラケラと腹を抱えるコカビエル。何が面白いのかは彼しか分からない、こんなスプラッターな姿など本来は忌避する筈なのだ。

 

「俺は全然面白くないけどな」

「あぁ確か俺を殺す気だったな? いや気にするな、事実このままではあと数分で俺は死ぬから宣言通り殺した事なる」

「……のわりには余裕に見えるぞ」

「こうなる事は予測していたからな、備えはあるんだよ」

 

 コカビエルが懐から注射器を出した。

 その薬をコカビエルは躊躇(ちゅうちょ)なく自らの心臓へ打つ。

 コカビエルの傷口がボコボコと気味悪く泡立つと肉が盛り上がり、骨が構成される。

 やがて攻撃を受ける前の状態まで再生された。

 

「ぐぅ……おぉ……ふふ、この死と生の合間を行き来する感覚に脳が沸騰するな」

 

 腕の欠損まで治したコカビエルの薬にリアスは驚く。

 あの有名なフェニックスの涙でさえ肉体の欠損を治すの不可能だ。それを成した彼の持つ薬は万能とも言えるだろう。

 だが肩で息をしている所から余程の負担が掛かっているようだ。

 

「これか? コイツは昔、"神の子を見張る者(グリゴリ)"が造った薬でな、効果は抜群だが欠点もある代物だ。回復するのに体力を消耗し、激痛も(ともな)う、そして……いやこれは言っても意味がないな」

 

 そう言うとコカビエルは渚へ背を向けた。

 

「小僧……蒼井 渚と言ったか? ここはお前に免じて退こう、"ヤツ"の使いが来るまでの余興だったが存外楽しめそうな戦いだ。数時間後、再びここへ来る。その時は全力で殺し合うとしよう」

 

 堕天使が翼を広げて空へ飛び立つ。

 止める暇がないほどに隙のない退場だ。

 コカビエルが去ったことで常に感じていた圧力が消える。

 リアスは疲れたように壁にもたれ掛かり身体を預けた。しかし、こうしている暇はない。数時間後には総力を(もっ)て攻めてくるのだ。今までに味わったことのない酷い宣戦布告にリアスは気を重くするのだった……。

 


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