ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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本当の彼女《My True Self》

 

「出ないか……」

 

 派手な大穴が空いた旧校舎の廊下で渚は電話をかけていた。だが無情にもスマホから聞こえてくるのは出られない状況を知らせるアナウンスだった。

 相手はアリステアである。

 彼女は数日前から駒王を離れている、急にふらりと出掛ける事がある彼女なのだが今回は間が悪い。

 そういえば家に中国やらインドやらのパンフレットが転がっていた。もしかしたら思いの外、遠い場所にいるかもしれない。

 

「ステア……」

 

 リアスの頼みで連絡は取ったが渚自身、アリステアを戦いに駆り出したくなかった。

 万全の彼女なら渚も頼っただろうが今は右手に厄介な呪いを飼っている。それは凶悪な呪詛であり、アリステアという破格の霊氣を持つ存在でなければ瞬時に死んでしまう程の代物だ。

 もしも戦いで消耗し過ぎたら間違いなく呪いは侵攻してアリステアを殺すだろう。

 大事な相棒が死に晒されるリスクを考えるとリアスには悪いと思いつつも安心してしまう。

 ともせず渚はアリステアを呼ぶのを諦めて部室へ戻る。

 扉を潜って中に入るも雰囲気は暗い。

 状況は良くない、数時間後にはコカビエルが再び攻めてくるのに町は結界に覆われて連絡が取れない孤立無縁の状態。シトリーの眷属が町の外へ出て救援を呼ぼうと動いているが恐らくコカビエル側は何らかの対策を施している可能性が高いだろう。

 

「ん?」

 

 ふと渚のスマホが音を鳴らす、メール音なのでアリステアではない事は確かだ。

 画面を開くと搭城 小猫の名前がディスプレイされる。

 

『倒しました。兵藤先輩も匙先輩も無傷です』

 

 ケルベロス撃破の連絡に安堵する渚。

 あの番犬相手に無傷で勝利する仲間を頼もしく思う。 

 

『お疲れ、こっちも落ち着いたからイッセーと匙を連れて学園へ来てくれ』

 

 スマホをポケットに納めるとリアスが近づいてくる。

 

「アリステアは?」

「すいません」

「……そう」

 

 所在不明を知らせて落胆するリアス。

 だが力のない笑みを浮かべた。

 

「また……貴方に頼ってしまうわね」

 

 コカビエルに正面から相対出来るのは現状で渚だけである。(ゆえ)にリアスは自分の無力を感じながらも勝利のために渚を最大利用すると決めたようだ。

 正直、期待が重い。

 少しでも力を抜けば足が震えて逃げ出したくなる。

 相手は神話にも名を連ねる(いにしえ)の堕天使。

 一度退けたという実績はある。だがそれは油断という隙を突いたからだ。しかも初見の"輝夜・貌亡"ですらコカビエルは討てなった。渚が殺す気で放ったあの刹那の斬撃から生き延びたのだ。

 次は本気で来る。只でさえ最強の攻撃で倒せなかった相手だ。二度目は分が悪いだろう。

 それでも()らなければならない。ここで逃げれば大勢の人が死ぬ。だからそこ渚は自分に言い聞かせる……絶対に勝つ、と。

 

「気にしないでください、それに俺だけが戦う訳じゃない」

「そうね。ごめんなさい、ちょっとアッサリやられたせいで弱気になっていたみたい」

 

 気合いをいれるように両手で自分の頬を叩くリアス。

 そのタイミングを見計らったように生徒会長であるソーナ・シトリーがやってくる。二人はアイコンタクトすると作戦を立てるため部室を後にした。

 渚はそれを見送って、アーシアの座るソファーへと歩み寄る。アーシアは疲れた表情を隠すため力のない笑顔を作る。

 

「手、大丈夫か?」

「あ、はい。私は平気です」

 

 アーシアの両手には光を取り除く魔術が付与された包帯が巻かれている。

 本来の彼女ならすぐに癒せるだろう傷だが、重症を負った朱乃を治癒したことで体力が尽きてしまったのだ。

 だからこうやって神器の使える体力が戻るまで安静にしている。

 

「私もまだまだです、朱乃さんを治すのに時間が掛かってしまいました」

「光で重症を負った悪魔を治療したんだ。普通の傷を治癒するとは訳が違うよ」

 

 光は悪魔にとって猛毒だ。

 アーシアは傷の治療と平行して、汚染してくる毒と侵食する消滅を取り除いた。しかも光力の発生源はあのコカビエルだ、決して並みではない。この消耗は仕方ないとも言える。

 渚は朱乃を救ったアーシアの頭を撫でる。

 最近になって気づいたが、どうやら自分は女の子の頭を撫でる悪癖があるらしい。気安く異性に触るのはどうかと思うが、励ましたり褒めたりすると自然と頭に手が伸びるのだ。治すべきだろうと思うがアーシアは頬を赤くしつつも笑ってくれている。

 

「よく頑張った。アーシアのお陰で人が死ななかったんだ」

「あぅ……ありがとうございます」

 

 恥ずかしそうにしながらも渚の手を受け入れるアーシアは頭を撫でられるのが好きなのだ。こうして褒められるのが新鮮なのだろう。

 

「ナギさん、折り入ってお願いがあります」

「ん、なんだ」

「朱乃さんの所に行ってはくれませんか?」

「俺が姫島先輩の所に?」

 

 部室にはリアスの副官である朱乃がいない。

 リアスが気にした様子を見せなかったので渚もあまり意識していなかった。アーシアは心配そうな顔をすると包帯の巻かれた両手へ視線を落とす。

 

「この()を見た朱乃さんが何度も謝ってきました。その、なんというか、とても自分を責めているように感じて……本当は私が行くべきかもしれないですが逆に傷つけてしまいそうで会えないんです」

「話は分かったけど、俺が励ませるのかな」

「出来ます、ナギさん誰かを助けられる人です。体じゃなく心を救ってくださいます、だから朱乃さんに手を差しのべて貰いたいんです、勝手なお願い恐縮なんですが……」

 

 そこまで期待されて「嫌です」とは言えないだろう。

 渚はどうしてもアーシアの前では見栄が出てしまう。きっと彼女にカッコ悪い所を見せたくないという情けない理由だ。可愛い妹の前では、なんでも出来る兄を演じたいという感情によく似ている。

 

「いいよ、俺がなんとかする」

「あ、ありがとうございます!」

「じゃあ早速行って来る。アーシアはここで休む、いいな?」

 

 渚は疲れた彼女を休ませて部室を出た。

 瞑目して集中する、周囲の気配を探りながら目的の人物を見つけると歩き出す。

 

「姫島先輩は……一階の裏手か? なんでそんな場所に」

 

 朱乃は人気(ひとけ)のない旧校舎裏で一人になっていた。声を掛けようとしたが彼女を見て動きを止めてしまう。

 

「(マジか)」

 

 それは戸惑いから来る困惑だった。

 姫島 朱乃の印象は、頬に片手を添えて「あらあら」と言いつつ優しく眷属を見守る年上のお姉さんという感じだ。

 西洋の美女を体現したようなリアスとは対象に、大和撫子という言葉が似合う。

 実際に駒王学園ではリアスと並んで二大お姉様とまで言われているほどだ。

 だから今の彼女を見て渚は驚きに包まれた。

 旧校舎の壁に背を預けて足を組み、暗く(うずくま)る彼女は年上のお姉さんには見えなかった。いつものポニーテールをほどいているからか年下の少女のような錯覚さえ覚える。

 

「(どうするか……)」

 

 今、声を掛けても上手く励ませる自信がない。まさかあんなにも自分を追い詰めてしまうタイプだとは思いもしなかったのだ。

 渚が、どう声をかけるべきか考えていると朱乃が顔をあげる。視線がぶつかってしまう。どこか上の空の瞳の朱乃だったが数秒してから『……あ』と何かに気づいた顔をして罰が悪そうに渚から目を逸らした。

 バレてしまったからには逃げ出すわけにも行かないだろう。

 渚は朱乃へ歩み寄る。

 

「隣、いいですか?」

「……うん」

 

 いつもの令嬢めいた口調は成りを潜めていた。

 もしかしたらこれが姫島 朱乃という女性の姿なのかもしれない。

 

「こんな所で何を?」

「ちょっとね、反省してたんだ」

「反省ですか?」

「アーシアちゃんの手を見たでしょ? あれってね、私が相手の挑発に乗ってしまったからなの」

「そうですか」

 

 事もなく答えると朱乃は心底意外そうな顔をした。

 

「どうして?」

「何がです?」

「私のせいで貴方の大切な子が傷ついたのよ? 怒っていないの?」

「怒って無いですよ、それにもしここで姫島先輩を責めたら逆にアーシアから怒られそうだ」

 

 朱乃の表情を覗く。

 自己嫌悪という負の感情に苛まれ、どうしていいか分からず一人で考え込んでいたのだろう。

 だが彼女の場合は、きっとそのやり方では解決しない。今の状態からしても良い結果にならないのは見えている。最悪、このままコカビエルと合間見えれば死ぬ可能性もある。朱乃がどうしてコカビエルに無理してまで挑んだのかの予想が付いていた。しかし話せば彼女の心に踏み入る事になる。それでも渚は一歩だけ進むと決めた。

 

「姫島先輩は堕天使なんですね」

「やっぱり知ってたんだ」

 

 唐突な渚の質問に朱乃は驚かず、小さく頷く。

 グレモリー眷属の中には異質な気配を持つ者がいる。

 それは一誠と朱乃だ。

 魔力と同居するドラゴンのオーラが一誠なら、魔力と光力の力を同時に所持しているのが朱乃である。最初に会った時から朱乃が天使か堕天使の関係者なのは気づいていた。悪魔とは思えない異様に強い光力、相反する能力を持つ朱乃は印象によく残った。

 尤も本人がそれを隠しているので今まで言及はしなかった。

 

「あまり立ち入って良い話題では無さそうだったので黙っていました」

「優しいんだね」

「他人の過去を詮索しても、どうしようもないからです」

「そっか、でもバレてたんならいいかな」

 

 朱乃は(おもむろ)に立ち上がると背に翼を広げた。右に悪魔の翼、左には堕天使の翼が現れる。

 

「どう? これが姫島 朱乃の本性、悪魔でも堕天使でもない別の何か。……気味が悪いでしょ?」

 

 唇を噛んで忌々しそうな表情の朱乃。

 

「どこがです?」

 

 渚が本気でそう思って即答する。

 確かに片方が違う翼と言うのは不思議だが、それだけで気味悪がる理由にはならない。

 朱乃が渚の言葉に呆けている。なんでそんな顔をするのかすら分からない。

 

「よ、よく見てる? ほら、こことここの翼がね? 違うのよ?」

 

 あせあせと順番に翼を指差す朱乃が少し可愛くて笑いそうになった。

 

「大丈夫です、見えてます」

「こんな醜い姿見(すがたみ)なんていないでしょ」

「醜い? 姫島先輩は綺麗ですよ?」

 

 思わず即答する。

 彼女は醜いと揶揄するがそんな事では姫島 朱乃の美しさのマイナスにはならない。

 けれど、ここに来るまで嫌な体験をしてきたのは理解した。そうじゃないと自分を気味が悪いなど言わないだろう。

 

「へ? えと、ちょっと待って。今の私、いつもの私じゃないのよ」

「いつもの姫島先輩はなんと言うか凛として綺麗ですけど、今の方が俺は話しやすくて良いです」

「う、うそ? こんな子供っぽい私が?」

「確かに年下に見えますね」

「あ、ひどい。自覚あるからいつも演じてるのに」

 

 見るからにどんよりと落ち込む朱乃。

 お姉さまの仮面が外れたら自信のない一人の少女となるのだろう。本当の彼女は周囲が思ってるよりもずっと平凡なのだ。

 

「なるほど、こっちが素ですか」

「……う。誰にも言わないで、リアスの"女王(クイーン)"がこれじゃあ示しがつかないから」

「言いませんよ、約束です」

「……! ありがとう、蒼井くん。それとね、あなたの大切な子を傷つけてごめんなさい」

「それはアーシアに改めて言ってください。それと今日の戦い、頑張りましょう。──頼りにしてます」

「うん!」

 

 渚の言葉に朱乃は微笑んだ。

 いつもの彼女からは想像できないヒマワリのような笑顔は見ていて可愛らしい。

 朱乃にとっては誰にも見せられない顔を見てしまった以上は、これからもフォローを忘れずにいようと強く思ったのは内緒である。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

「やっぱり私に内緒で聖剣を破壊しようとしていたのね」

「俺が動く分にはいいかなっと。イッセーと搭城を巻き込んだのは申し訳なく思っています」

「それはいいわ。貴方の事だから全力で守るつもりだったでしょうし、けど相談くらいは欲しかったわ。私、一応この町の管理者なのよ?」

「すいません」

「イッセーや小猫と一緒にあとでお説教ね」

「祐斗も、でしょ?」

「……そうね、あの子にも沢山お説教してあげないといけないわ」

 

 朱乃を立ち直らせた渚は部室に戻った。

 そこでリアスに問い詰められて、聖剣を破壊しようとしていた事を話してしまう。

 彼女は怒り半分呆れ半分と言った表情だ。

 ともせず、もうすぐ戦いが始まろうとしていた。

 アーシアの手を癒え、朱乃も調子を取り戻した。一誠と小猫も既に合流し、レイナーレとミッテルトも戦うために準備完了済みだ。力を借りていた元士郎は既にシトリーの下に戻っている。ただ聖剣を追って行った祐斗、ゼノヴィア、イリナの詳細は不明だった。

 

「部長、コカビエルの結界は?」

「解呪は難しいわね。ソーナの眷属が出ようとして酷い目にあったらしいわ」

「酷い目とは?」

「結界に触れた瞬間に光力で焼かれたそうよ。恐らく悪魔に対しての備えね、そして結界は人間に軽い暗示も掛けている痕跡も見られるの。町から出ようとする人に作用する仕組みでしょうね」

「その結界、破れませんか?」

「私か朱乃の魔力をイッセーの倍加と譲渡で強化すればいけるわ。……けど」

「そうしたらコカビエルが動く、ですね」

 

 広域催眠による暗示と光力を纏った遮断を持つコカビエルの結界。

 奴の目的は戦争の勃発。それに必要なのは魔王の親族であるリアスの殺害だ。聖剣を奪ったのも天界への挑発と宣戦布告だろう。

 

「コカビエルは強敵だけど貴方がいるなら安心よ」

 

 リアスが期待に満ちた目を渚へ向ける。

 コカビエルを難なく退けた戦いを見たからこその言葉なのだろうが渚は余裕を感じてはいない。

 コカビエルは渚が持つ最強を受けて尚も嗤っていたのだ。

 数万の年月を生きただろう堕天使だ、渚の放った剣撃に匹敵する技を知っていたとしても不思議ではない。

 漠然とした大きな不安が胸に残る。もしも渚たちの予想を上回る切り札をコカビエルが所持していたらと思うとゾッとする。

 しかし今の渚が弱音を吐くことは許されない。

 この戦いに挑む者達の士気は渚の存在によって保っているようなものだ。

 自分が折れれば瓦解しかねない。

 だからこそ渚は虚勢と自覚しつつもリアスへこう言うしかない。

 

「大船に乗ったつもりでいてください。──なんとかしますから」

 

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 

 ──夜。

 

 コカビエルとの戦いが間近に迫るが、やることの無い渚は適当に新校舎を彷徨(うろつ)いていた。

 月明かりが照らす廊下から町を見下ろしていると窓を開けてボケッとしている元士郎を発見する。

 渚が近づくが気づいた様子がない。

 何か考え事をしているのだろうと思い、無言で立ち去ろうとしたが何故か放って置くことが出来ずにその肩を叩いた。

 

「何してんだ、匙」

「おぅお! びっくりしたぁ、なんだ蒼井かよ」

 

 体をビクリと震わせた元士郎だったが渚だと分かった瞬間、安堵の顔をする。

 

「なんだとはなんだ。一人で寂しく空を見上げて何やってんだ?」

「……ちょっとよ」

 

 歯切れの悪い元士郎。

 どうやら何かを考えていたのは間違いなかったようだ。

 渚はとりあえず内容を聞いてみる、元士朗には聖剣探索に付き合わせた借りがある。悩みがあるなら相談くらいには乗ってやりたかったのだ。

 

「話し(にく)いのか? なら無理には聞かないけど」

「あー、うーん、いや隠す事でもないんだけど……まぁいいか。実は──」

 

 元士郎が渚に話したのは一誠の事だった。

 (いわ)く、渚が去った後のケルベロス戦で元士郎は巨体と圧力に完全に怯えて何も出来なかった。しかし一誠は自分よりも遥かに巨大な番犬に立ち向かい、小猫のフォローがあったとはいえ禁手化(バランスブレイク)を使用して雄々しく戦い、それを倒したとの事だ。

 

「俺さ、どっかで兵藤を見下していたんだよ。学校じゃスケベで、覗きの常習犯で、女子からの嫌われ者、少し前に会長が兵藤は俺よりも上って言ってたけど負ける要素なんてないと思ってた。けど戦闘になったら勇敢で、ビビりまくってた俺なんかよりもずっと強くて……格好良かった」

 

 元士朗の悩みの原因は急に訪れた劣等感だ。

 下だと思っていた奴が実は上だった。その事実を聞くのと見るのでは大きく違う。だが落ち込むにしてもまだ早い。

 

「イッセーの場合は結構ヤバイ事件に巻き込まれているからな。匙だって今からだろ?」

「そう思うか? 俺も兵藤みたいに数ヵ月で禁手に辿り着けるか?」

 

 肯定は出来ない。

 一誠の場合は色々と特殊すぎたのだ。神器に宿るドライグが積極的に力を貸してくれているのに対して元士郎の神器の中にいる龍王は声を掛けてこない。

 それでも諦める理由にはなるかと言えば否である。

 

「匙が禁手へ辿り着けるかは俺には分からない。頑張ったら必ず自分の目指す場所に届くなんて理想主義者の短絡的な発想だと思う」

 

 項垂(うなだ)れる元士郎。

 落ち込む気持ちは理解できる。匙 元士郎と兵藤 一誠は共通点が多い。同じ時期に転生した悪魔、同じドラゴンの神器を宿す悪魔、あのリアス・グレモリーとソーナ・シトリーの"兵士(ポーン)"。

 これから二人を比較されるはずだ。しかも既に元士郎は出遅れている。このままでは差が開いていくのは明白だった。

 

「ははは、だよな。努力したって届かない事は多いもんなぁ」

 

 自信を無くした笑いが夜の廊下に木霊した。

 まさかケルベロスとの戦いで元士郎の精神がこうも追い詰められているとは夢にも思わなかった。

 それでも渚は厳しい現実を突き付けるが、自分が信じている現実も言葉にする。

 

「けど目指す意味はきっとある」

「え?」

「届く届かないは関係ないんだ。積み重ねた物は匙を裏切らない。努力はいつか経験になって必ず力になってくれる」

「……蒼井」

「だからさ、頑張ってみないか?」

 

 少し偉そうな事を言ってしまったかな……と反省するも記憶がないゼロからスタートした渚にとって努力は間違いなく糧になることを自身で体験済みだ。

 反省はしているが間違ったことを言ったつもりない。

 

「……あぁ、ああ! そうだよ、最初から諦めるなんてソーナ会長にも失礼だ! 俺はソーナ・シトリーの"兵士(ポーン)"、兵藤なんかに負けていられないよなッ!! 俺、頑張ってみるよ、蒼井」

「そっか。元気が出てくれて良かったよ」

 

 元士郎がやる気になったのを見て渚も安堵する。

 

「蒼井、俺は夢を叶えるために邁進(まいしん)するぜ!」

「夢?」

「聞きたいか? いや聞いてくれ、お前になら言っても良い」

「ど、どうぞ?」

 

 元士郎の妙な迫力とテンションに圧倒される。

 

「俺はな、会長と出来ちゃった結婚をする事だ!」

「…………ん? なんだって??」

 

 渚は一瞬、耳がイカれたかと錯覚した。

 

「会長と出来ちゃった結婚がしたいんだ!」

「あ、そ……」

 

 そんな気の抜けた返事しか出てこない。

 自分の力の無さを痛感して真剣に落ち込んでいた者とは思えない不純な理由。

 

「俺はやるぞ。いつか兵藤を越えてそこに辿り着く!」

 

 気合いMAXの元士郎。

 渚は素直に称賛出来ない目標を前にして、なんとも言えないような表情で見つめる。

 

「お陰で頑張れる気がする。ありがとう、蒼井」

「あ、うん、がんばれー?」  

 

 熱のない渚の声援と元士郎の煩悩な熱意。

 夜の校舎の片隅でその二つが虚しく交わるのだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 時が満ちる。

 

 渚は駒王学園に敵がやって来たのを肌で感じた。

 正門から堂々と歩いてきたのはフリードとバルパーだった。

 フリードが渚とグレモリー眷属を発見すると嬉しそうに嗤う。

 

「見ろよ、バルパーのじいさん。悪魔が雁首(がんくび)揃えてお待ちかねだ」

「ああ、すぐに儀式を始める。──いいな、コカビエル」

 

 バルパーが空を仰ぐと漆黒の翼を広げたコカビエルが駒王学園を見下ろしていた。

 その圧倒するプレッシャーのせいで息苦しくなる。

 

「──構わん、さっさとやれ」

 

 その言葉を受けたバルパーが魔方陣を展開した。

 

「いったい、何をするつもり!」

「喚くな、リアス・グレモリー。すぐに分かる」

「分かりたくもないわ、消し飛びなさい」

 

 リアスがバルパーに向けて魔力を放つ。

 だがその魔力は寸での所で光に両断された。

 

「儀式の邪魔はさせん」

 

 バルパーとフリードを庇うように立ったのはドーナシークだ。

 ドーナシークは光の槍の先端を一誠に向けた。

 

「赤龍帝、お前を殺す」

「……ッ!? 上等だ!」

 

 急に殺気を向けれた一誠だが臆さずに"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"を装備して構えた。

 上空にいるコカビエルが椅子を召喚して座る。

 

余興(よきょう)だ、せいぜい足掻(あが)けよ。さぁ全てを守りきれるか、蒼井 渚?」

 

 挑発とも聞き取れるその言葉に渚は上空を見上げた。

 やはり渚を警戒しているが脅威としては感じていない。渚の戦闘力を認めつつも負けない自信がコカビエルにはあるのだろう。

 だからと言って臆する訳にもいかない。

 渚はコカビエルに対して指を刺すと挑発をそのまま返してやる。 

 

「すぐに出番が回ってくるぞ」

「それは楽しみだ。そう言えばここに来る前に悪魔と悪魔払い(エクソシスト)が徒労を組んで挑んできたぞ。お前たちの知り合いか?」

 

 間違いなく祐斗たちだろう。

 聖剣を追ってる最中でコカビエルと出会い、戦闘になったのだ。

 

「ソイツらはどうした?」

「クク、動揺を顔に出さないのは褒めてやろうか。一人を半殺しにしたら残りは虫のよう散って逃げたぞ。情けない、挑んだからには死ぬまで戦えと言うのに……。まぁいい、宴を始めるとしよう」

 

 コカビエルが手を(かざ)すと、空間がガラス細工のように割けてケルベロスが這い出てきた。

 その数、6体。

 渚達を取り囲むような陣形で牙を剥く番犬たち。

 

「嘘だろ、ケルベロスがあんなに!?」

「あらあら、どうしましょう」

「……飼い過ぎです」

「怖くは……ありません!」

「ええ、私たちならやれるわ!」

 

 リアスとその眷属が身構える。

 そしてリアス達と共にある堕天使の二人もケルベロスへ戦意を向けた。

 

「ミッテルト、邪魔だから隠れてなさい」

「イヤっす。ウチも戦う」

「相手はあのコカビエル様よ」

「関係ない。レイナーレさまが……姉さまが自分の生き方を決めた戦いの手伝いをさせて!!」

「ほんっとバカな子。じゃあせいぜいコキ使ってあげるから付いてきなさい!」

「はいッス」

 

 堕天使の二人が死地という戦場で笑いながら槍を構えた。

 ドーナシークが顔を曇らせた。

 

「レイナーレ様、やはり赤龍帝の下へ残るのですか? 師であるコカビエル様を見捨ててまで……」

「勘違いしているわ。今でもあの方の事は敬愛している、けど最初から私を必要とはしていない事も事実。これは私なりの師へ贈る成果よ、あなたのお陰でここまで強くなったというね」

「詭弁ですね、残念です。ではコカビエル様の名の下、赤龍帝共々に倒させていただきます」

 

 ドーナシークが槍の先端を低く構えた。

 

「おい、ドーナシーク」

「……なんだ、ミッテルト」

「素直になれッス」

「なんの事だ」

「お前とは付き合いが長かったから知ってる。お前はレイナーレ様のことを……」

「言わぬが花だぞ、小娘」

 

 ドーナシークの言葉の裏を察したミッテルトは黙り混む。

 渚は二人の会話の意味を理解した。

 恐らくドーナシークはレイナーレを好いていたのだろう。そうならば一誠に向ける敵概心も納得だった。

 

「行くぞ」

 

 ドーナシークの合図と共にケルベロスも動き出す。

 渚が斬り伏せようと譲刃を手元に召喚するも小猫に刀の柄頭を優しく抑えられた。

 彼女の金色の瞳が渚を見上げる。

 

「……渚先輩は温存です」

「待て、流石にあの数は危険じゃないか?」

「……余裕です。なのでここはわたし達に任せてください」

 

 小猫がいつもの眠たげな表情でピースサインを出す。

 どうしようか迷っている渚の肩にポンッと手を置かれる、振り返れば朱乃がニコリと優雅な笑みを浮かべていた。

 

「ここは私たちに……。蒼井君に無駄な体力を消費させては戦況に響きますわ」

「大丈夫なんですね?」

「……平気。元気、貰ったから」

 

 小声で返事をする朱乃。

 渚は彼女達を信じて下がる。

 

「小猫ちゃん、私は右から来る一体を引き受けますわ」

「……了解、私は左のやつをぶっ飛ばします」

 

 言って飛び出す小猫。

 ケルベロスと比べれば絶対的に小さな肉体、例えるならダンプカーと人が正面からぶつかったような光景だ。

 普通なら小猫が撥ね飛ばされた終わる。

 しかし現実はそうはならなかった。

 ケルベロスの三つある内の真ん中に小猫の拳は命中する。

 その瞬間、固い鈍器で殴った時に聞こえる壊音が轟き、ケルベロスの顔面が陥没して巨体が吹っ飛んだ。

 頭を一つ失ったケルベロスは痛みによって転がり回るが小猫はその尻尾を平然と掴む。そしてジャイアントスイングで弄ぶと地面へ叩きつけるように投げた。

 沈黙するケルベロス。

 まさに圧勝である。

 

「あらあら、私も負けていれないわ」

 

 朱乃が頬に手を当てて小猫の勝利を喜ぶ。

 その間にもケルベロスが大口を開けて迫っていた。

 危機的状況に朱乃は片手だけをケルベロスへ向けて雷を射つ。

 雷撃はケルベロスを貫き、ひれ伏せさせた。

 立ち上がろうとするが体が痺れているのか、ガクガクと距離を震わせるケルベロスを見えて朱乃は体を震わせた。

 恐怖ではなく歓喜。

 相手にまだ雷を落とせるという危険な喜びを携えて、再び攻撃を開始した。

 やがてケルベロスは灰となり動かなくなる。

 

「……残り4」

「ですわね」

 

 魔力のオーラで威嚇する小猫と朱乃。

 本能からかケルベロスが脚を止めて警戒の唸り声をあげる。

 渚が前衛に立つ二人を静かに見据えた。

 小猫が圧倒するのは予想できていた、あの小さな少女を見掛けだけで判断したら大変な事になるのだ。

 見た目と反比例する小猫の腕力は十数倍の大きさに達するケルベロスすら叩き潰す。決してケルベロスが弱い訳ではない、あの魔物は上級悪魔クラスの敵だ。ただ小猫が強いだけである。最早、下級悪魔にはカテゴリー出来ないほどに……。

 そして渚が気になったのは朱乃だった。

 彼女が強いのは知っているが、それは中級悪魔としては……である。だから格上に位置するケルベロスをこうも瞬殺したのに驚きを感じている。

 

「強いな」

「朱乃?」

 

 渚の独り言にリアスが答える。

 

「あ、はい。別に普段が弱いって訳ではないですけど今のは姫島先輩はいつもと違う気がします」

「そういえば渚は朱乃とあまり絡みがないから知らないのね。あの子は感情が強さに変わるタイプなのよ」

「つまり今は絶好調だからあんなに戦闘力が高くなった訳ですか?」

「そうよ。私や祐斗は理性で相手を攻略するけど朱乃とイッセーは感情を力とする。どっちが優れている訳ではないわ。前者は自らをコントロールして安定させることで戦うタイプ、後者は振れ幅が広くて呆気なく負けてしまう場面もあるけど高ぶった時は限界以上の強さを発揮するわ」

 

 つまり水と炎のような感じなのだろう。

 水は常に形を変えずにその場に存在するが、炎は燃料によって大きくも小さくもなる。

 理性で戦う者は安定しているため常に限界ギリギリの実力で戦える、本能で戦う者は不安定だが時として限界を大きく超えた実力を出せる。

 朱乃が本能で戦うタイプだったのは意外だが少し疑問が残る。

 さっきまで落ち込んでいた彼女に何が起きたのか。

 渚が朱乃の絶好調な理由を探しているとリアスがクスッと笑った。まるで渚の考えている事を悟ったような笑みだ。

 

「お願いだから、私の眷属を全部(さら)って行かないでね」

 

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