「行くぜ、"
『
朱乃と小猫がケルベロスを倒した裏側では一誠がドーナシークと戦いを繰り広げていた。
光の槍で武装したドーナシークは悪魔である一誠にとって天敵とも言えるが臆することなく"
光の槍は怖い。実際に命を一度奪われているのだから恐怖を忘れられるはずがない。
しかし一誠は光の槍よりも怖いものを多く見てきた。
ドラゴン化したレイナーレ、ライザーの不死鳥、本物の聖剣。
これだけの存在を知ってしまっては
「これが悪魔になって、たった数ヵ月だと?」
「なんだよ、ビックリしたのか?」
日頃から祐斗や小猫、そして渚と模擬戦を繰り返している一誠は既に下級堕天使では手に追えない実力を身に付いている。
予想外の強さの一誠を忌々しそうに睨むドーナシーク。
「貴様さえ、貴様さえ居なければ、レイナーレ様は戻ってきていた!」
「お前、まさか夕麻ちゃんの事が……」
「無駄口を叩くな!」
殺意の槍が無遠慮に跳んでくる。
意識を集中させないと光に貫かれてしまう。
『
二度目の"倍加"が済んだ事を確認した一誠は力を解放してドーナシークに手を
「食らえ、ドラゴンショットォッ!」
赤いオーラの塊がドーナシークを吹き飛ばす。
「くそ……これが神滅具の力」
ショットによってボロボロになったドーナシーク。
一誠との間にある実力差を悔しいながらも認めた様子で立ち上がると二人の戦いを見ていたレイナーレへ視線を向けた。
「認めたくないが、これが持つ者と持たざる者の隔たりか」
「わかったでしょ? あんたじゃイッセーくんには勝てないわ、
「少し変わりましたか、レイナーレ様。以前の貴方だったら逃げろとは言わなかった」
「少し甘く待った自覚はある。いえ余裕が出来たというべきかしら」
「その中にある赤龍帝の力ですか?」
「ええ。この胸の中にある神器の欠片はわたしを縛る鎖であり、絆でもあるのよ」
「良い顔をするようになりました」
目を伏せてドーナシークは涙を流した。
「ドーナシーク?」
「私の敗けだ、赤龍帝」
敗北宣言をするドーナシークに一誠は困惑したような表情を浮かべる。
「降参? 敗けを認めるってのか?」
「そうだ。ドーナシークという個人は私闘を挑み、完敗した。
ドーナシークが翼を広げて飛び立つ。
彼が目指したのは空中に浮かぶコカビエルの玉座、そこにたどり着くと頭をさげる。
「このような不出来な堕天使をお側で仕えさせて頂き、ありがとうございます」
「アレを使うのか?」
「はい」
「ならば勝手にするがいい、貴様は不出来な部下であまり役には立たんかったが俺に仕えた最後の堕天使としてその名を魂に刻んでおく。──
「光栄の極み。ではお
ドーナーシークが上半身の服を破り捨てた。
その筋肉質な胸部には深々と
ドーナシークの体が黒く染まる。
手足の爪は鋭く、筋肉が膨張し、翼も堕天使よりも禍々しく変異した。
「な、なんだよ、あれ。胸にある機械にみたいのがあるけど」
「ウソ! まさか"
「トランスフォール? 夕麻ちゃんはアレがなんか知ってるのか?」
「堕天使が開発した戦力増強装置よ。あの装置を埋め込まれた堕天使は通常の数十倍の力を得られるわ」
「そ、そんなに!?」
「だけどデメリットがあるのよ。理性が
「はぁ!? 数十分!? メチャクチャじゃないか!」
「だから堕天使で使おうとする者はいない、あんなの手の込んだ自殺よ。……ドーナシーク、どうして」
レイナーレが唇を噛む。悔しそうに悲しそうに人の形を捨てていくドーナシークを見上げていた。
仲間として過ごした時間がそうさせるのだろう。
ドーナシークの変異が完了する。
それはカラスに良く似た人型怪物。
均等の取れた大きな体躯を持つ人でありつつ、黒い体毛が両手両足を包む。翼もより一層巨大化している。三メートルはある鳥人と言えばいいだろうか。
「イクゾ、セキリュウテイ」
残された理性でドーナシークが宣言すると黒い凶鳥が急行下してくる。
──速い!
驚く一誠だったが、表情に出す前に拳を貰って派手に吹き飛ぶ。
校庭を何度もバウンドしてやっと止まるが、ダメージが深刻で立ち上がれない。
黒いカラスはレイナーレを見下す。
「コカビエルサマ ノ テキ ハイジョ……」
「ドーナシーク、そんなになってまで強さを得ても意味がないわ!」
「オォオオォォオオオオ!」
理性が無くなってきているのか、ドーナシークがレイナーレに襲いかかる。
レイナーレが光の槍でドーナシークの鋭い爪を受けるも純粋な腕力の差で徐々に圧され始める。
「このバカ!」
爪を受け流して反撃するがレイナーレの槍はドーナシークの体を貫くことはなかった。
「表皮が堅い!? ……もう堕天使ですらないのね」
人の姿を捨て去ったかつての戦友を沈痛な面持ちで見据えると右手の構えた。
「来なさい、"赤龍帝の欠片"」
レイナーレの手首から指先を赤い装甲が包む。
中央にある碧い宝玉が光を放つと真っ赤なオーラが彼女を包んだ。
『
最初の"倍加"。
欠片に過ぎないレイナーレの持つ倍加は1,5倍だ。
それでも赤龍帝の力は凄まじい。
"倍加"を行った力を解放してドーナシークの堅い表皮を槍で突き刺す。動物的な悲鳴をドーナシークがあげるが理性のない怪物の瞳がレイナーレを捉えた。
『アァァアァアアァアアアアアッッ!!』
ドーナシークの黒い腕が異様に肥大化した。
あまりにアンバランスな姿のまま腕をハンマーのように叩き落とす。
地面がガラス細工のように砕け散った。
足場を崩されたレイナーレは翼を広げて跳ぶが巨碗に掴まれてしまう。
ギシギシと華奢な肉体を閉めてつけてくる。
「かはっ!」
アバラが砕けて
このままでは握り潰されて死ぬ。
レイナーレは危機感と共に"倍加"した力を槍に乗せてドーナシークの片目を突き刺す。
眼球を抉られたドーナシークは耐えきれないと言わんばかりにレイナーレを地面に叩きつける。
「ぐッ……このっ!」
激痛に晒されて朦朧とするレイナーレだったがまだ終わってはない、ここで眠れば一生目覚めることがないと分かっているのだ。
最早知らない怪物となった戦友に槍を向けた。
ボコボコッと深いな音が聞こえる。見ればドーナシークの顔が変異して新しい顔へと造り直されていた。
もはやドーナシークは別のモノへと完全に変異してしまっている。
「見てられないわね……」
満身創痍のレイナーレにドーナシークは容赦なく攻撃を浴びせる。
槍を上手く使って捌き続けるが、徐々に体力が減り、傷が付く。
着々と死が迫る。
レイナーレは「当然か……」と納得してしまう。
今のドーナシークは命を燃やして力を得ている。
それが弱いはずはない。恐らく上級悪魔は軽く越えた戦闘力だ。
下級堕天使のレイナーレが勝つためには"倍加"を突き進めてから攻撃する方法しかないのだが、相手は時間がないと本能的に自覚しているため全力で殺しに来ているのだ。
「させるかよぉ!!」
レイナーレの危機に一誠が立ち上がる。
ドーナシークを睨み、烈迫の気合いを携えて叫ぶ。"赤龍帝の籠手"に埋め込まれた宝玉が応えるように光を放つ。
「
『
真っ赤なオーラが一誠を包むと全身を覆う鎧が形造られる。"
「突撃だ、ドライグ!」
『いいだろう、舌を噛むなよ相棒』
ドライグが呼応すると鎧の背中から噴射孔が現れた。
『
荒々しく超加速し、突撃するとそのまま拳を打ち抜く。
ドゴォンと豪快な音を鳴らす拳打にの首がへし折れた。一誠は相手を死に至らしめた恐怖と戦いに勝った歓喜を同時に感じた。
「やった!?」
『まだだ、油断するな!』
首の折れた怪物が一誠に手を伸ばす。
慌てて受け止めると力比べのような体勢になった。
「ぐぐぐ! 重てぇ!」
「シ、シシシシ、シネ、ワタシ カラ レイナーレ ヲ ウバッタ ニクキモノ」
「やっぱり夕麻ちゃんの事が好きだったのかよ」
「ヨコセ」
本能が暴走し、
「誰が渡すか、夕麻ちゃんは俺の彼女だ! ドライグ、10秒なんて待っていられない、"倍加"の速度を速められないかッ!?」
『
「やってくれ! こいつは絶対に倒す!!」
『いいだろう、ならば加減は無しで行く。一撃に全てを賭けろ、相棒』
「おう!」
"
『
タイムラグなしに"倍加"した"
一歩踏み込む度に龍が歩いたような亀裂が地面を割った。
「ドーナシィィィィィクゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」
「セキリュウテェエエエエエエエエエエイッ!!!」
互いの拳がぶつかり合うがドーナシークの腕が裂けてそのまま胸を貫かれる。
"倍加"を重ね続けた一誠の方が圧倒的に強いのだ。
しかし装置が砕けても理性を失ったドーナシークは怯まずに一誠へ跳び掛かった。
「しつけぇ! だったら、もう一度……」
狂暴なオーラを乗せた拳で迎撃しようと構えた。
勝機を確信した一誠だったが次の瞬間、信じられないような目眩によって動きを鈍くしてしまう。
ドーナシークの攻撃の直撃を貰い、口から熱いものを吐き出す。
「ゲホッ! 急に力が……?」
『──一撃と言ったろ。ただでさえ
嘘だろ……と一誠は愕然とした。
さっきまであった力の放出が一気に消えていく。
全身に力が入らず、膝を突くと世界がグルグルと回った。
致命的な隙だ。すぐそこでドーナシークの殺意を感じる。
──立て。
そう命令するが石のように重くなった体は動いていくれない。
「シ、ネ」
死刑宣告の憎悪が落ちてくる。
抗う
懸命に肉体を動かそうとするがガクガクと震えるだけだった。
「イッセーくん!」
生死の狭間で一誠を庇ったのは光の槍だ。
レイナーレがドーナシークの巨腕を受け止めたのだ。
「レイナーレ……サマ ドウシテ」
「ドーナシーク、アンタの気持ちはよく分かったわ、だからせめて私が殺してあげるわ」
レイナーレが一誠の前に立って応戦するも、ドーナシークの化物じみた
だが動いたら一誠が標的にされてしまう。レイナーレは死ぬ気で槍を振ってドーナシークの豪腕を捌き続けるしかない。
「ドライグ!」
『全く。今回の宿主は余程、無茶が好きなようだ』
一誠の叫びにドライグが呆れと喜びを足したような笑いで返答した。
再び"神器"の"倍加"が始まる。
『
真っ赤なオーラが炎のように燃え上がる。
しかし無理をしての"倍加"だ。負担の上に更なる負担を掛けた一誠はすぐには動けない。
「けどなぁ、手がない訳じゃない!」
『ああ、その通りだ』
手を
狙うのはドーナシークではなく、自らの盾になって戦っている女性だ。
『
赤龍帝の力は"倍加"だけじゃない。"倍加"した力を他に移す事が可能な能力も秘めている。
大事な人を助けるために限界を更に超えて『倍加』した力を譲渡する一誠。
「あとは頼む、夕麻ちゃん!」
「最後に女頼みとは情けない。でも悪くない援護よ、イッセーくん」
「へへへ」
二人が笑い会うとレイナーレの神器も光り出す。一誠から譲渡された力が槍に伝わると『赤龍帝の鎧』に似た一本の槍が構成された。
『
「槍が変形した? 上等よ! 赤龍帝からの贈り物、使わせてもらう!!」
装甲が展開して光の刃が発生する。
"倍加"を重ねた結果なのか、槍から放出される光は膨大で最早、巨大な大剣だ。
力のまま槍を降り下ろすレイナーレ。
「アアァァアアァァァアァアアアアアアアア!!」
最後の足掻きとドーナシークが槍を受け止める。
霧散していく光力と崩壊していく体が互いの存在を賭けてぶつかり合う。
「あと少しってのに! どこにそんな力があんのよ!!」
「ギ、ギギギギギ」
もう言葉も痛みも忘れてしまったのか、ドーナシークは殺戮本能を剥き出しにして光に抗う。
これだけの力の爆発の放出だ。レイナーレの肉体も悲鳴を上げ始めた。
しかし次の瞬間、ドーナシークの胸部から鋭い光が生える。
「ギ?」
「ごめん、ドーナシーク。けどもう終わりッス」
背中からミッテルトが奇襲を掛けたのだ。
ミッテルトがレイナーレへ叫ぶ。
「姉さま!」
「弱っちぃ癖に無理するわね」
「弱っちぃからこうも気づかれずに済んだんスよ」
「そうね。お手柄よミッテルト。──離れなさい!」
「了解ッス」
レイナーレが渾身の力で槍をねじ込む。
光槍は胸の装置を破壊し光の粒子を周囲に散布した。穏やかな光が駒王学園を照らし、その輝きに呑まれたドーナシークは分解されていく。
「ここまでして敗けたか、だが愛した人に葬られるのも悪くない……」
「とんだ迷惑よ、ばか」
「申し訳、ありま、せん。あなたの恋が……成就する事を……願って……」
最後にそんな遺言を残してドーナシークと言う堕天使は光に溶けて逝く。かつての同志は敗北したと思えない笑みを浮かべて消えたのだ。
後悔も反省もない。残ったのは少しばかりの
「さよなら、友よ」
色々な感情が口から出そうになったレイナーレだが結局出たのは短い言葉だけであった。