ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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絶対強者《Strong Oppress The Weak》

 

 形勢逆転という言葉がある。

 文字通り劣勢側が優勢に変わる事を意味する。渚はその言葉を現在、全身で感じていた。

 失神してしまいそうな聖なるオーラが暴力的なまでに大気を威圧する。

 その中心にいるのは聖剣を体内に取り込んだコカビエルだ。

 

「ふむ、これが聖剣か」

 

 自身の両手を見ながら呟くコカビエル。

 外見に大きな変化はないが、渚の第六感は危険を告げていた。

 今までのコカビエルと思っていたら確実に負ける。

 瞳を凝らして見れば、取り込んだであろう聖なる力が溢れているのが分かるのだ。

 まるでコカビエルという存在がエクスカリバーへ変質してしまったような錯覚さえ覚える。

 

「力の配分が分からんな、少しやり過ぎてしまうかもしれん」

 

 注視していた筈のコカビエルが渚の視界からフッと消え、次の瞬間には目の前に現れる。

 驚く暇もないノーモーションの移動に刀を抜く事すら不可能だった。

 

「ただの"天 閃(ラピッドリィ)"だ、既に何度も見ているだろう?」

 

 目を見開いている渚の頬をコカビエルが殴打する。

 先のお返しと言わんばかりの攻撃に()(すべ)もなく校舎まで跳ばされた。

 視界が明暗を繰り返す。脳が揺れて視点も合わない。

 瓦礫を支えに立ち上がるも黒い影はすぐ側まで迫っていた。

 

「どうした? 目の焦点があっていないぞ、たったの一撃でそれか?」

「ぐ……かっ……」

 

 だらしがないと言う変わりにコカビエルは渚を地面へ叩きつけた。

 ただでさえ速かったコカビエルに"天 閃(ラピッドリィ)"が加わった事で完全にスピードでは上を行かれている。

 探知はギリギリ可能だが、気づいたと同時に攻撃が跳んでくるので回避をしている余裕がない。

 立とうとするがコカビエルから濃厚な殺気と光力を感じる。

 ──殺す気だ。

 渚は慌てて体を動かそうとするが、脚で押さえ付けられた。

 

「ジッとしていろ、案ずるな一撃で心臓を壊してやる」

「く、そ」

 

 槍が振りかざされる。

 絶体絶命のなかにいた渚だったが、それを助けるように雷撃が落ちる。槍を持ったコカビエルの腕をピンポイントに狙った攻撃だ。

 雷を落とした朱乃は静かに憤慨していた。

 

「彼に触らないで」

「バラキエルの娘か」

 

 雷撃を受けて平然とするコカビエルだったが、小さな影が突進してパンチを繰り出す。

 ドゴンっと鈍い轟音が響く。

 

「……その脚を退けてください」

「ふん、退けてみろ」

 

 小猫の拳を受け止めるコカビエル。

 二人が力比べをするように制止する。

 

「コカビエル! 僕の聖魔剣であなたを討つ!」

「不浄なる者を切り裂け、デュランダル!」

「四人同時か! 面白いが今の俺に正面から挑むのは無謀だったな。──"擬 態(ミミック)"!!」

 

 動けないコカビエルは五対からなる十の翼を広げると鋭い刃に変化させた。

 聖魔剣とデュランダルが翼によって受け止められる。

 ピシリっと聖魔剣にヒビが入った。

 

禁 手(バランス・ブレイカー)に至り、神の理さえ超えた聖なる魔剣。その存在は凄まじいが、まだまだ使い手が付いて行ってないようだな、強度がまるでなってない」

「くッ」

「デュランダルも同様だな。先代の担い手ならばこうも容易く受け止めるなど出来なかったぞ!」

「好き勝手なことを!」

「事実だ、でなければこうはなるまい」

 

 剣に擬態した翼が薙払うように小猫、祐斗、ゼノヴィアを同時に切り裂く。祐斗とゼノヴィアは余波で間合いの外に弾かれ、最後まで耐えた小猫もその場で膝を突く。

 

「よくも渚くんだけじゃなくて後輩たちもやったわね!!」

「貴様もだ、バラキエルの娘」

 

 雷を放とうとしていた朱乃の真上に突如、多数の光槍が現れた。何もなかった空間から次々と姿を見せる槍の大群に驚きの表情を浮かべる朱乃。

 

「"透 明 の 聖 剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)"で迷彩を施した槍だ、大したマジックだろう?」

「全部、迎撃すれば!」

「その不出来な雷では到底無理だ」

 

 雷が槍を襲うが槍は砕けず、朱乃へ飛来した。全身を刺された朱乃が悔しげにコカビエルへ敵意の目を向ける。

 

「まだ、まだよ。私はまだ負けてはない! 貴方には負けられないの!!」

「下らんな、俺を通してバラキエルを見るなど……。自らの存在を否定する貴様には勝利ではなく、これが似合いだ」

 

 コカビエルが指を鳴らすと光の槍が爆散した。

 炎を纏いながらドサリと朱乃が倒れ伏す。

 渚は仲間たちがやれている状況に我慢の限界が超えた。

 未だに揺れ動く視界の中で全身に力を入れて肉体に動けと命令する。

 

「コカビエルッッ!!!!」

 

 怒りの怒号でコカビエルの脚を退けた渚は拳を打ち据えた。

 コカビエルが血を吐くも大きく口を開けて嗤う。

 

「はははははは! なんだ、まだまだ元気じゃないか!」

 

 嬉々として十の翼の切っ先を渚へ向けてくる。

 躱すことは不可能だ。脳震盪で世界はまだ揺れており、すぐそばでは渚を庇って倒れてしまった小猫もいる。

 させてやるか……と小猫を強く抱き止めて鬼気迫る表情で"御神刀(ごしんとう) 譲刃(ゆずりは)"を大地に突き立てた渚は自身が持ち得る最高の防御を展開する。

 

洸天(こうてん)より(まばゆ)き光、()はあらゆる罪を浄化し正義を()す剣撃なり。そして()たれ純白なる執行者(しっこうしゃ)、──"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"

 

 詠唱終了と同時に真っ正面に突き立てた"譲刃"が分解され、光り輝く六枚の刃として顕現する。

 直ぐ様、花が開くように展開させるとコカビエルの翼刃を防ぐ。

 間一髪だ。あと少し遅ければ小猫と一緒に串刺し状態だ。

 

「この感覚、聖剣か? そんな芸当も出来るとはな、貴様は本当になんだ?」

「行くぞ」

 

 無駄口を叩く暇すら惜しみ、"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"でコカビエルの翼を弾く。

 衝撃で後退したコカビエルの着地点を予測して全ての刃を走らせる。

 

「舞い降りろ、洸劒(こうけん)

 

 洸劍をコカビエルの頭上に配置して突き落とす。

 連鎖した破洸の爆音が駒王学園の校庭に轟く。

 

「……渚、先輩」

「大丈夫か、搭城!」

「まだ……です」

 

 小猫の警告を聞いた渚が砂ぼこりの中心に目を向けると光が真っ直ぐ延びてきた。

 

「ちぃ!」

 

 レーザーのような攻撃に横っ腹を貫かれる。飛び道具と思ったそれは光線ではなく、伸びた光の槍だった。

 槍が引き抜かれると痛みを認識するよりも速くコカビエルが飛び出して来る。

 所々に血の後が見られるが獰猛な笑みで光の槍を巨大なトマホークへ擬態させた。

 

「今の効いたぞ。擬態で全身を硬質化しなかったら危うかった」

洸 劒(フリューゲル)!」

 

 渚が"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"を呼び寄せる。

 コカビエルを抜いて来た"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"を使って斥力フィールドを張る。

 圧倒的な波動を収束させたコカビエルのトマホークと洸剱のフィールドが接触すると激しい衝突音を撒き散らす。

 

「ふははははははは!! 今の俺が放った渾身を防ぐか。中々の強度じゃないか、蒼井 渚!」

「話し掛けんな、気が散る!」

 

 少しでも気を抜いたらフィールドが破られそうだ。

 渚は"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"に霊氣を送って強度を維持する。

 そんな渚にコカビエルが口を釣り上げた。

 

「これが何か分かるか?」

 

 片手でコカビエルが渚に見せつけたのは"破 壊 の 聖 剣(エクスカリバー・デストラクション)"だった。

 ゼノヴィアが投げ捨てた聖剣をコカビエルは回収したらしい。

 渚は戦慄した。この堕天使が何を使用としているのかが理解できたからだ。

 聖剣が砕けると核がコカビエルに吸い込まれた。

 

「勘弁しろよ……!」

「"破 壊(デストラクション)"」

 

 膨れがる光力にズンッとコカビエルのトマホークが重くなった。

 斥力の盾が悲鳴をあげ、亀裂が入る。

 

「悪い、搭城」

 

 破られるのを確信した渚は反射的に小猫を遠くに放り投げた。怪我人などと言ってる場合ではない。実際、投げた直後に盾は砕かれる。触れるだけで肉体を破壊する光のトマホークが眼前に迫った。

 

「まだだ!」

 

 盾によって速度が落ちたトマホークを身体能力を駆使して間一髪で避ける。

 地面が()ぜる。暴風と飛来石に襲われるが直撃よりは遥かにマシだ。

 渚は直ぐにコカビエルを目で追うと洸 劔(フリューゲル)の切っ先で反撃する。

 

「なっ!」

 

 しかし不可解な現象が起きた。

 洸 劔(フリューゲル)がコカビエルを貫いた矢先、その姿が消失したのだ。手応えもない、まるで霧に攻撃したような感覚だ。

 

「不可解か? そうだろう、貴様が撃ち抜いたのは虚像なのだからな」

 

 コカビエルの声がすぐ後ろから聞こえた。

 渚は振り返りながら不覚を取ったと焦る。

 これは間違いなく聖剣の力だ。恐らくコカビエルが教会から奪った"天 閃(ラピッドリイ)"、"透 明(トランスペアレンシー)"に続く三本目の聖剣の能力。

 そこまで考えながら振り返った渚は、鋭い刃に体を斬り付けられる。

 

「そうだ。これは"夢 幻 の 聖 剣(エクスカリバー・ナイトメア)"、幻覚を作り出す。尤も"擬 態(ミミック)"と"透 明(トランスペアレンシー)"を併用した撹乱だがな。気配のある虚像、勘の鋭い貴様でも見破れなかっただろう?」

 

 トマホークが渚の肩口から腹に掛けて深々と斬り裂く。鎖骨は割れ、(あばら)すら砕いた一撃は、肺を両断して内臓をも破壊した。信じられないような血液が吹き出す。感覚が喪失し、世界が反転するままに渚は大地に沈んだ。

 "聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"が粒子となり、元の刀の姿に戻る。

 

「まだ息があるな。その強靭な生命力……なんらかの加護を受けているのか?」

「ぎ……ぐ……」

 

 声の代わりに出たのは血の泡だ。右半身を見れば無惨な事になっている、だらしなく外側に垂れた状態で今にも剥がれてしまいそうだ。コカビエルの言う通り、生きているのが不思議でたまらない有り様だった。

 

「リアス・グレモリー、貴様の最強は倒れ伏したぞ」

 

 コカビエルが重体の渚をリアスに向かって蹴飛ばす。

 なんてザマだと薄れる意識で強く唇を噛むが同時に圧倒的すぎるとも思う。仲間の声が遠くで聞こえる、特にアーシアと一誠が叫んでいた。

 

「やってくれるわね、ならこれはどうかしら。──イッセー!!」

「うぉぉぉぉおおおお! "赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"!!」

 

 一誠がリアスに神器を向ける。

 

Transfer(トラスファー)!!』

 

 赤い光がリアスへと降り注ぐ。

 "赤龍帝の贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)"によってリアスに倍加が譲渡されたのだ。

 リアスの魔力が数十倍に膨れ上がり、巨大な魔方陣を展開する。

 

「はははははは! いいぞ! 赤龍帝の力を得た"(ほろ)び"か。──来い!」

「消し飛べぇえええええ!!」

 

 "滅び"を宿した魔力が打ち出される。

 駒王学園の校庭を深く抉りながら進む巨大な魔力弾。

 一度や二度の倍加ではここまでにはならない。きっと渚たちが戦っている間に限界まで高めた力を譲渡したのだろう。

 コカビエルが翼を前に閉じて真っ向から"滅び"に挑む。

 

「これは? ……そうか、ここまで」

 

 "滅び"を防御する中で静かな驚きを示したコカビエル。そして大爆発が起きる。駒王の敷地内が噴煙と砂ぼこりで包まれる。爆心地にいる者は間違いなく消し炭であろう破壊力だ。

 

「この程度か?」

 

 しかし、その中心にコカビエルは立っていた。

 無傷ではない。所々に傷はあるが致命傷には程遠いダメージだった。

 あり得ない。あの攻撃であの程度の傷なんて普通でない。リアスの放った"滅び"の力は最上級悪魔を超えた魔王に匹敵するだろう破壊力を秘めていた。

 

「どうやらエクスカリバーが俺に持たらした力は想像以上らしい」

「……嘘」

「もう品切れのようだな。ならば死んでもらうぞ」

 

 リアスが殺されると感じた渚は膝立ち状態まで体を起こすと庇うようにしてコカビエルを睨む。

 自分で分かる程に死が近くにある。無事な片手で負傷した半身を抑えていないと冗談抜きで千切れてしまう。

 妙に寒く感じるのは血が急速に流れてしまっているからだ。

 

「諦めろ、そんな体のお前では俺を止める事は出来ん」

 

 言い返したいが事実だった。今の体勢を維持するだけで精一杯であり、戦うなどしようものなら直ぐにでも死んでしまうだろう。

 それでも立ち上がろうと足掻く渚の前に二つの影が現れる。

 

「コカビエル様。ここからは私が相手をさせていただきます」

「夕麻ちゃんだけを戦わせたりはしない」

「折角、回復したのだからイッセーくんは"譲渡"に回りなさい」

「俺だってナギをあんな目に合わした野郎をブッ飛ばしたい気持ちがあるんだ。それにアイツは譲渡を使える俺を優先的に狙ってくる筈だ、なら前に出て壁になる」

 

 怒りの形相でレイナーレと一誠が立ち塞がる。

 

「勝てると思っているのか?」

「負けられない理由があります」

「……変わったな、レイナーレ」

「生きていれば変わりもします」

「そうか。ならばその"負けられない理由"と共に殺してやろう」

 

 そう言ってコカビエルが一誠を翼で攻撃しようとした時だった。

 駒王学園の空に大きな亀裂が入る。

 そして襲い来るコカビエルとは全く別の大きな力の波動。

 

「──これ以上は見てられないな」

 

 謎の声が駒王学園に響くと同時に空が割れた。

 シトリー眷属が張った結界を砕いて空から一筋の光が落ちて来たのだ。

 舞い降りたのは輝く翼を持つ白き鎧。その姿は一誠の禁 手(バランス・ブレイカー)に類似していた。

 渚は白き乱入者に戦慄する。

 感じ取れるあらゆる力が異常な存在だった。

 魔力の総量、纏うオーラの質、そして体内に存在する神器の巨大さ、狂暴なまでの闘志。

 今まで会ってきた者の中でも最上位に位置する実力者だとすぐに理解した。

 誰もが乱入した存在に驚く中、コカビエルだけは我が知り顔で白き者を見据えた。

 

「来たか、遅かったな」

「少し様子を見ていた。ここは色々と興味深い存在が多いんでね」

 

 短いやり取りだ。

 だがコカビエルはレイナーレに背を向けて白き者と相対する。

 それだけで空気が重くなり、大気が破裂しそうな緊張感が覆う。

 

「ヴァーリ、貴様一人か?」

「何か不服があるのかい?」

「"狗"も来ると思っていたのでな」

「彼は来ない、俺だけだ」

「侮られたのものだ」

「ふ、君こそ侮り過ぎだな、コカビエル。──"白龍皇"であるこの俺を!」

 

 渚は白き者が白龍皇と聞いて納得した。

 ──白龍皇(バニシング・ドラゴン)

 一誠の赤龍帝(ウェルシュ・ドラゴン)と対になる存在。

 双方とも神を殺す神器、"神 滅 具(ロンギヌス)"の一つであるため格は同じなのだろう。

 だが使い手が違うだけでこうも差がある。

 白き者からアリステアに近い一定の強さを持った存在だけが持ち得る超然性を感じるのだ。

 ふと白龍皇が一誠と渚を一瞥する。

 なぜか観察されている、こんなボロボロの人間を見て何が目的なのだろうか。

 渚は緊張を隠しつつも光るツインアイを黙って見返す。

 

「どうした、白龍皇。このコカビエルを前に余所見か?」

「何、少々噂を聞いていた人物がいたのでね」

 

 コカビエルと白龍皇の間から会話が消える。

 そして次の瞬間、両者は激突した。

 なんの合図もない戦闘開始だ。

 エクスカリバーを取り込んだ太古の堕天使と世界から天龍を称される最上級のドラゴンの戦いは駒王学園を蹂躙する。

 地上、空中を問わずに激しい攻撃が繰り返され、渚たちは逃げることも隠れることも許されず、ただ見ているしかない。

 コカビエルが槍で大地を貫けば大穴が空き、白龍皇がオーラに指向性を持たせて放てば空を切り裂く。

 まさに人外を超えた災害だった。矮小な存在などここにいるだけで簡単に潰されてしまうだろう。

 

「不味いわ、こんな規模の戦いだと結界が持たない!」

 

 白龍皇の降臨など誰が予想しただろうか。

 突然の来訪者はコカビエルと戦闘を始めたのだが、体験したことのない上位者の戦いはリアスを恐怖させるは充分だ。このままあのレベルの二人が戦いを続ければ結界が壊される。そうなれば、次は町全体を舞台にした戦いになるだろう。いま止めないと駒王町が未曾有の被害に合い崩壊しかねないのだ。だが、あの二人との力の差は歴然であり干渉は死を意味する。

 

「部長、朱乃さんの治癒が終わりました。あとをお願いします!」

 

 渚以外の全員を治したアーシアがリアスから離れる。それを慌てて止めようとするリアス。

 

「なっ! アーシア、私の結界から出てはダメよ!」

「ナギさんが危険です、すみません!」

 

 リアスの結界を出たアーシアが渚に向かって走ってくる。

 それを薄れていく意識のなかで見ていた渚は、戻れと大声を出そうとするも代わりに血を大量に吐く。その状態を見たアーシアが涙ぐみながら渚の名を呼ぶ。余計に心配させてしまったと後悔する。

 そんな二人を他所に世界は(きし)み続けた。

 渚たちなど塵芥(ちりあくた)と言わんばかりに凄絶なまでに暴れ回る。そんな中でコカビエルの攻撃を白龍皇がいなす。その狂暴な閃光は容赦なく駒王学園へ降り(そそ)ぐ。

 

「……あ」

 

 その光の一つの着弾点にいたのはアーシアだった。

 渚は痛みなど忘れて走り出そうとするが力が入らず前のめりに倒れてしまう。

 爆発が起きる。

 アーシアが爆風で紙のように宙を舞うと落下した。

 叩きつけらたアーシアは頭部から血を流しながらも生きていた。

 普通の人間なら致命的なダメージだったが人間よりも頑丈な悪魔の体に助けられたようだ。全身の鈍痛に耐えて立ち上がるアーシアだったが直ぐに倒れてしまう。

 頭部を強打して意識が朦朧としているアーシアは「え、なんで倒れたのでしょう?」と言いたげの様子だ。

 

「あ、アーシアぁあああああ!!」

 

 誰かが悲鳴をあげ、渚は言葉を失った。

 金髪の美しい髪が真っ赤になるほどの血を流すアーシア。

 本来ならそれだけでも渚は胸を掻きむしってしまうだろう。だが渚の視線は血を流す頭部では無く、彼女の下半身に向けられていた。

 ──アーシア・アルジェントは左脚が途中から消え去っていたのだ。

 肉体を欠損させたアーシアは自分の片脚に気づくと少し驚いた表情しただけで、這いつくばりながら渚の元へやってきた。彼女が辿ってきた道には血の跡がべっとりと線が描かれている。明らかに血の流しすぎだ。

 

「よいっしょ。えへへ、なんか疲れました」

 

 照れるような笑顔で渚の元にやって来たアーシアはボロボロの渚を抱き抱えた。

 アーシアは凍えるほどに冷たかった。渚は少しだけアーシアを引き剥がす。

 そしてゾッとした。

 瞳に生気がなく、桜色の唇は薄い紫色に変色している。

 まるで死人だ。脚をそうだが頭部の傷も深い。未だに血が止まらず、ポタポタとアーシアのシスター服を汚す。

 

「ジッとしていて下さい、すぐに治しますから」

 

 命の危機を前にしているのにアーシアは聖女のような笑みで神器を使おうとする。

 

「よせ。こんな……状態で使っ……たら余計に……消耗する……」

 

 血を吐く渚。アーシアは神器を止めずに、はにかむ。

 

「へっちゃらです、ナギさんを助けられるのなら頑張れます」

「自分の……状態を分かって……いるのか!」

「足、なくなっちゃいました」

 

 困ったように微笑む。

 そこに壮悲観はない。ただ渚を癒したいと言う慈愛だけがあった。

 

「すぐ……病院に……」

「喋っては傷に障ります」

 

 優しく渚の唇に触れるアーシア。

 そして神器の光を大きく裂けた渚の傷口に当てた。

 光が弱いのは彼女の生命力が弱っている証拠だ。

 

「あ、れ? おかしいです、いつもは、すぐに治る、のに」

 

 そう言うとアーシアは滑り落ちるように地面へ身を落とす。

 

 ──グシャリ。

 

 嫌な音を聞いた。

 ゆっくりと血溜まりが広がっていく。

 ピクリとも動こうとしないアーシア。

 美しい金髪は真っ赤な花を咲かせている。

 なんだこれは……? 

 なんだ、この理不尽は? 

 渚が自問する。

 いきなりやってきた白龍皇と、ソレと当然のように戦い始めたコカビエル。

 結果、巻き込まれてアーシアが動かなくなった。

 全てが意味不明だ。

 渚たちは町を守るために戦った。だが今や蚊帳の外だ。外からの破壊者たちによって日常が破壊されていく。

 勝手に来て、勝手に殺し、勝手に壊す。

 懸命に積み上げた物を簡単に崩壊させる存在が目の前にいる。

 発狂しそうな激情が精神を汚染する。守ろうと誓った者が血に塗れてしまった……。

 

「……う」

 

 思考が定まらない中で声を聞いた。

 今にも消え入りそうなアーシアの声だ。

 まだ生きている。辛うじてだが息があった。

 思考が戻る、アーシアを生存させるための方法を脳内で組み立てる。

 まず一刻も早くアーシアを助けるために必要なのは障害の排除だ。今の状況では治療も何もない。だからこそ力が必要だ。渚はそれが可能な存在を呼ぶ。

 

「来い、ティス!!!!」

 

 忽然と全ての景色から色は消えて時が静止した。

 白黒の世界に唯一の"色"が現れる。

 自らをティスと名乗る"蒼の少女"だ。

 

『汝が声に応え参上した。我が器して我が君よ、命令(オーダー)を』

 

 時すら止める超存在は、灰色の世界で優雅に頭を下げながら渚の言葉を待つ。

 いつもの"魂の座"という蒼い空間に連れて行かれると予想していたが今日は違った。まさかティスが自らやって来るとは思わなかった。

 けれどそんな些細な事は置いておく。

 渚はティスを強く見つめて"願い(オーダー)"を言う。

 

「力が欲しい。今すぐ堕天使と天龍を排除できるだけの力が……!」

 

 高望みとは分かっている。

 片や最強の聖剣を飲み込んだ古の堕天使、片や神すらは葬る伝説の天龍だ。

 簡単に倒せる相手じゃない、実際に負けている。それでも渚は求めた、あの二人を止めるためなら何を差し出してもよかった。

 

命令(オーダー)を受諾。目標の脅威度を確認……終了。"上級 第一種異能個体"と判定。最短で達成するには"蒼"に直結した"プロフィティエンの黒騎士"をプログラムとして使用することを推奨。──その是非を問う』

「なんでも構わない。()りようがあるなら全て任せる」

『警告。現在の状態で蒼を起動した場合、精神及び肉体に掛かる負担は大きい」

「ご託はいい。アイツらを倒せてアーシアを助けられるなら(なん)だって構わない。……やれ!」

「了承。"魔拳の再造"と"炉"への接続許可を確認。目標をアーシア・アルジェントの生存および眼前敵の完全沈黙に設定。……"蒼 獄 界 炉(クァエルレース・ケントルム)"、20%限定起動──開始』

 

 ティスが渚の胸に触れて粒子となって消えると何かを起動した。

 その変化を最初に感じたのは渚の第六感だ。自分の心臓より奥にある、極めて近く限りなく遠い何処かで扉が開く。重厚な音でゆっくりと……。

 扉の奥にある"ソレ"は間違いなく渚の奥で脈動して、次の瞬間には濁流となって押し寄せた。

 体の中から炎が如く猛るオーラに吹き出す。

 あまりの強大な力に驚くが次の瞬間、渚は全身を丸めて黙りこむ。

 

「─────────」

 

 言葉など出なかった。『負担は大きい』とは言っていたが、予想を遥かに上回る激痛だった。コカビエルに裂かれた半身の痛みなど比べ物にならない苦しみが全身を掻き回す。

 真の激痛とは声を出す暇もないと渚は知る。

 身体中の肉や骨、毛細血管に至るまで焼けたドリルを突っ込まれたようなショック死しかねない程の痛み。

 渚の肉体を内部から喰い破ろうとする力はひたすらに容赦なく精神を蝕む。

 意識が破裂して死ぬ、そう思った時だった。

 

『──そんな体の状態で"蒼"を使うなんて無茶し過ぎよ、ナギくん』

 

 譲刃の声が響く。

 

「ゆ、ずり、は」

『扉から来る"蒼"を分散するから(わたし)を心の臓に刺しなさい! このままじゃ肉体が出来上がるよりも先に精神が霧散して消えてなくなるわ、だから躊躇わないで!』

 

 声のままに辛うじて地面に突き立っていた"譲刃"に手を伸ばすと刀が独りでに向かってきた。

 そのままキャッチして途切れ研ぎれの思考で心臓へ刃を押し込む。

 胸に鋭い痛みが走るも、全身の灼けつく激痛は幾分か減る。それでもまだ耐えきれる領域にはない。

 

『とんでもないタイミングで"炉"を再起動させたわね、もっと時と場合を選んでほしかった』

 

 少し焦った様子の譲刃。

 こうも焦燥しているのだから本当に不味い状態なのだろう。実際、渚の心と体はズタズタだ。どうしてこんな痛い目をみているのかすら忘れそうな程だった。

 脳ミソに高圧電流でも流されてんじゃなかと思う。今にも頭が吹き飛んで脳食をブチ撒けそうだ。

 

『気をしっかり持って! アーシアさんを助けるのでしょう!! キミがしっかりしないと彼女も死ぬのよ!!』

 

 アーシアが死ぬ。

 自分の終わりがアーシアの終わりだと再認識した。

 崩れ落ちそうだった精神を無理矢理にでも繋ぎ止める。

 

「(そうだ、終われない。これだけの力を使えばアーシアだけじゃない、リアス部長やイッセーも助けられる)」

 

 "譲刃"の柄を強く握って根元まで刺し込む。

 心臓に刀を刺してる自分に気づいて笑ってしまう。普通なら死んでしまう行為なのに恐怖ない。この(譲刃)が自分を殺すなど有りはしないと断言できるからだ。

 苛む痛みに曝されながら意識は刀に向けた。

 そして死にそうな声で譲刃へ謝罪する。

 

「ごめ、ん。また、面倒をかけた」

『いいわ、慣れっこだもの』

「そっか、俺は、随分と前から、譲刃に助けて、貰っていたんだな……」

『そうね。でももう大丈夫でしょ?』

 

 燃え盛っていた"蒼"が沈静化すると肉体の破壊も収束していく。

 そして次に始まるのは再生だ。

 割れた骨を、千切れた肉を、断裂した内蔵を、焼けた血管を、ありとあらゆる物を"蒼"が()んで修復していく。

 より柔軟に、より強固に、より強く、かつての渚よりもさらに高みに昇らせるため極短時間で進化とも言える変異だ。

 

「……はぁ……はぁ……何が起きているんだ」

『肉体の崩壊と再生による再構成と言えばいいのかな。今のナギくんでは"蒼"は強力すぎて使えないの。だから肉体の強度を上げる必要があった。無傷でやってもツラい最適化を深傷でやるんだから心配したわ』

「……だから……慌てて出てきてくれ……たのか。確かにティスの……言った負担ってヤツを軽く……見すぎていた」

『いい、よく聞いて。ティスはキミが思っているよりも巨大な力を有しているわ。良い子だけど、まだまだ人間とは違う感性の持ち主だからナギくんがしっかりしないと痛い目に合う』

「気を付ける」

『うん。じゃあティスもナギくんの奥で"やっちゃった?"みたいな顔をしているから怒らないであげて』

「……忠告は……してくれたんだ、聞かなかった俺が悪い」

『ふふ。じゃあ変わるわね』

 

 譲刃の声が消えると違う気配がすぐ側にあがってきた。

 

『問い。わたしはまた間違った?』

 

 ティスの(うかが)うような声。ハッキリと理解していていないが、やってしまったかもしれないという疑問の籠った声だ。

 確かに死にかけたが、ティスを責めるのは筋違いだ。例えリスクを聞いたとしても間違いなく同じことをした。

 

「……いや問題、ない。むしろ、よくやってくれた」

 

 肉体の損傷は完全に終わっている。"蒼"は外ではなく内部を血液のように走っていた。

 千切れかけた半身も嘘のように回復済みだ。

 なにより体が羽のように軽いし、みなぎる活力が凄まじい。

 ただ精神の磨耗が激しい。

 肉体は健全を通り越しているが意識が今にも飛びそうで明暗を繰り返す。

 

「……"蒼獄界炉"ってのは上手く動いたのか?」

『"炉"は正常に起動した。ナギサの肉体も最適化が完了している。稼働率は以前よりも低いが"上級 第一種異能個体"ならば問題はない』

 

 肉体以外は深刻なダメージを受けているがティスにとって問題ないようだった。

 けれど欲しいものは手に入った。気絶するのは敵を倒してからにすればいい。

 渚は途切れそうな意識を気合いで繋ぐ。

 

「準備万端って事か。……じゃあ、()ろう」

『了解。時間結界を解除する』

 

 そして時が動き出した。

 色褪せた灰色の世界が色を取り戻す。

 "蒼"を手にした渚は再び伝説に挑む。

 体の内部に走る霊気は今までの比ではない。肉体のコンディションは万全を超えた場所にあり、負けれない理由もある。

 胸にある譲刃を引き抜く。血など一切出ない、傷口も逆再生のように消え失せる。

 異様な再生力に異常な霊気の量。これではもう人間とは言えないだろう。

 だが、それでいい。

 人の身で勝てないのなら、人の身で救えないのなら、人間という枠組みなど喜んで捨てよう。

 

「さぁ行くぞ。聖剣だろうが天龍だろうが、()()の前に立ち塞がるならブチ殺す」

 





データファイル


『コカビエル(聖剣)』

五本の聖剣を取り込んだ堕天使。
その力の領域は魔王クラスすら凌駕し、神クラスにも届き得る。
エクスカリバーを統合した際に発生するエネルギーを使い、擬似的な聖剣因子を生成して自らの体に馴染ませた事によって聖剣の力を使えるようになった状態。
単純な光の力の増幅だけでなく、各々の特性扱えるため戦い方に関しては相当な選択肢があるため、非常に手強い。
バルパーの研究を参考にしてコカビエルが編み出したオリジナルの術式があって成功した荒業であるため、他の誰かには真似が出来ない。
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