ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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 蒼の解放──。
 その圧倒的な力で、渚は堕ちた聖剣と白き天龍に挑む。
 聖剣を巡る戦いは完全決着する。



蒼、輝き穿つ闇《Geo Impact》

 

「……ナギ?」

 

 一誠は、いつの間にか立ち上がっていた渚を見て驚いていた。さっきまで血塗れだった服もズタズタだった筈の体も何事もなかったように綺麗になっていたのだ。

 渚だけ時間が巻き戻ったような妙な感覚だった。

 

「でも元に戻ったんなら良かったんだよな」

「アンタにはそう見えるのね」

「夕麻ちゃん?」

「レイナーレよ。あぁもういいわ、それで気づかないの? 今のアイツからは不気味なほど何も感じないわ」

 

 まるで異常事態だと言いたげなレイナーレだが、一誠はよく事態が飲み込めてない。

 ただ霊氣を使っていないだけではないのか? 

 一誠の疑問に相棒のドライグが答えてくれる。

 

『相棒はまだ気配と言う概念に慣れていないから分からないんだろう。生物にはそれぞれ気配がある、特にこう言った直接戦闘ではかなり濃くなるのが常だ。戦意、殺気、闘志、魔力、光力、神器、なんにだって気配は発生するものだ。だが今の蒼井 渚からは戦うために必要なモノが全て欠けている』

「待てよ、じゃあナギは諦めちまったのか?」

「いいえ、違うわね」

『いや、アレは違う』

 

 その言葉をレイナーレもドライグも否定した。

 

「一流の暗殺者は気配を殺すと言うけど、蒼井はそういうタイプじゃないわ。──つまりアイツの中に私たちが知らない何かがある」

『レイナーレの言う通りだ。俺には分かる、漠然とだが微かに覚えがあるぞ、この感覚は……クソ、どうして思い出せない。いや"聖書の神"がわざと俺の記憶に蓋をしているな』

 

 苛立つドライグ。知っている筈の事が記憶の層に封印が掛けられているようだ。

 

『相棒。悪いが詳しくは説明出来そうにない』

「いいさ、ナギが立ち上がってくれたんだ」

「でも勝てるとも限らないわ。実際、コカビエル様に大敗しているのよ」

 

 レイナーレの言い分も最もだ。ならばと一誠が渚の加勢に向かおうとするも、小猫が立ち塞がりそれを止める。小さな少女は決して退こうとはしない。

 

「……ダメです。今の渚先輩は"アレ"を使っています。私たちじゃ邪魔になる」

「アイツがどんな状態か知っているように言うわね」

 

 小猫はレイナーレの質問に瞑目すると言葉を選び取るように呟く。

 

「……アレは"蒼"、レイキの果てに出来るモノ」

「小猫ちゃん、その目……」

 

 一誠は小猫の変化に気づく。

 瞳がいつもの金色から蒼色に染まっているのだ。

 指摘された小猫は瞳に手を当てるも、すぐに渚の方へ視線を向けた。この戦いを蒼の瞳で見守るために……。

 

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 渚は"蒼"が起動した事によって自分に著しい変化が起きた事を知る。濁流が如く押し寄せていた巨大な力は清流のように全身を巡っていた。"蒼"と呼ばれる力によって新しく造られた肉体は高純度の霊氣を余すこと無く循環させて力が(あふ)れ出る。それは造り変えられたといっても過言ではない劇的な変容だ。

 研ぎ澄まされた第六感はより鋭くなっており、360度に至る全方位に眼があるような冴えを見せる。活性化した肉体も凄まじく、白龍皇によって割れた結界の外に浮かぶ夜天の月すらも今なら殴れそうな気分だ。

 しかし決して完璧なコンディションではない。

 自我が酷く消耗している。

 "蒼"による肉体改造で何度もショック死しかねない激痛に苛まれた結果、意識を繋ぎ止めていられるのが不思議なくらいに精神がすり減っているのだ。今も脳が幻覚痛に(むしば)まれており、じきに動けなくなるだろう。

 だからその前に全てのケリを着ける必要があった。

 

「……アーシア」

 

 目の前で倒れる鮮血の少女を抱き寄せる。

 静かだが鼓動を感じた。

 まだ生きている、生きようと足掻(あが)いている。

 死の(ふち)に立たされているアーシアを助けるため、静かに彼女の軽い体から手を離す。

 

「必ず助ける、だから死ぬな」

 

 覚悟を決めて大きく息を吸うとアーシアから距離を取る。

 邪魔する奴は誰であろうと何であろうと叩き潰す。立ち塞がる者は何人であれ滅殺する。迷いはない、ただ大事な者を救うために渚は鬼となる。

 

「……ティス、オレの状態は把握しているな?」

『"蒼"の発現によって起こった断続的な痛覚刺激による意識レベルの低下を確認している、戦闘行動に大きな支障をきたすと推測』

「ああ、体は快調なのに今にもぶっ倒れそうなのが正直なトコだ。だけどな、好き勝手に暴れるアイツらは死んでも潰す」

『問題ない。ナギサの命 令(オーダー)は遂行する。詠唱(コード)の発動許可を求む』

「許可する、始めてくれ」

『発動許可を承認。これより"プロフィティエンの黒騎士"をプログラムとする』

 

 渚の四肢が黒い闇に包まれた。

 そして脳内に必要な言葉が刻まれる。

 それは力を顕現するために必要な言霊だった。渚とティスの声が重なりあう

 

『「深淵より昏き闇、其はあらゆる罰を弾劾し悪を討つ拳撃なり。そして来たれ漆黒の断罪者。──"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"」』

 

 漆黒が形を()す。

 それは美しい装飾が成された闇色のガントレットとグリープ。四肢を覆うのは黒曜石のように鈍く光る武具。禍々しいが邪悪と言うイメージはない、あるのは悪を滅するという強大な意思だけだ。

 漆黒に包まれた右手を見ていると"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"を思い出す。全く違う武器なのに何処か近いものを感じるのだ。

 

『"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"は"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"の対となる武器であり、共にプロフィティエンという国の守護者であった黒騎士と白騎士が使っていた神 器』

 

 何故そんなものを使える……なんて聞くつもりはない。そんな質問は無駄だ、今必要なのは"力"だ。聞いたことのない国も知らない騎士にも興味はない。

 ()るのだから使う、それだけだ。

 

「それでどう使えば良い?」

『簡単。殴るか蹴る』

「シンプルだな。とりあえず気を抜いたら失神しそうだから、とっと済ませよう」

 

 渚の戦意を感じ取った"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"が装甲を展開して黒い粒子を噴出。

 

『ナギサは何も考えずに抹殺対象を討つ事を考えればいい。この"魔 拳(ゲペニクス)"は今までの武具とは違う。初見では制御を誤る恐れがある。だから力の配分を私に委任してほしい』

「分かった」

 

 コカビエルと白龍皇は遥か上空で超高速で激突していた。

 リアスたちは急に無傷で立ち上がった渚に驚いているが説明している暇はない。

 

『機動力を活かした戦闘ではこちらが圧倒的に不利と判断、よって対象の脚を止める』

「コイツには、それが出来る機能が付いているのか?」

『ある。術式の選択ならび選定範囲の計算終了……詠唱破棄(コードキャンセル)。──"重 獄(アトラクター・シャワー)"、発動』

 

 漆黒のガントレットが唸るとコカビエルと白龍皇を中心に凄まじい重圧領域が発生する。

 黒い領域は大地を陥没させて圧壊を広げていく。

 相対する堕天使と天龍が動きを止めて、急に出現した力場を警戒する。

 

「ぐ、なんだ! 体が重く!?」

「空間に干渉する術、いやこれは!」

 

 コカビエルと白龍皇が黒い領域に囚われた瞬間、空から地に堕ちた。

 渚は"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"の特性を理解する。

 それは引力および重力の操作。

 光である"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"の斥力と相反する闇の"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"。

 不意を付いた形だがコカビエルも白龍皇も為す術なく地面に縫い付けられて動きを止めていた。

 

「すごいな、あの化物レベルの奴等が完全に動きを止めてる。本当に"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"の対なのか、これ?」

 

 明らかに洸劍よりも強力に見える。

 

『"護神刀 譲刃"を依代にした事で制限を受けている"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"と違って"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"は直接、蒼に繋がっている。単に出力に大きな違い出ているだけ。……さぁ討滅を』

「あの空間に入ったら俺も潰れないか?」

『"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"で発現した重力場は担い手であるナギサに影響を与えない』

 

 ティスの言葉を信じて重力の中へ進む。

 大気が揺れ動き、地面が悲鳴を挙げているのに渚自身を押し潰そうと力は働かなかった。

 コカビエルの前に近づくと胸ぐらを掴む。

 

「立てよ」

「貴様、この力はなんだ? そして傷はどうした?」

「治ったよ、お陰で気分は最悪だ」

「"聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)"の娘は、俺とヴァーリの戦闘に巻き込まれ、治療できる状態ではない」

「なんだ……戦闘だけに意識が行ってると思ったら案外と周りを見てるんだな」

 

 渚が上から振り上げるようにコカビエルの顔面へ拳を突き落とす。

 

「"擬 態(ミミック)"!」

 

 コカビエルが聖剣エクスカリバーの異能で肉体を硬化させる。

 その強度や否や、間違いなく地球上に存在する全ての物質よりも硬く堅牢だろう。たが気にせず拳打を押し込む。

 

「うおらぁ!!」

 

 拳がヒットのする瞬間、ティスが"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"の力を発現させた。装甲の合間から闇色の熱のある粒子が噴出する。

 ドゴンっと重低音が轟くとコカビエルの体は地面に叩きつけられてバウンドした。

 全身が痺れる。恐ろしく堅い物質を殴った感覚が振動となって巡る。

 コカビエルが空中で体勢を立て直す。

 その顔を苦痛に歪んでおり口から血を流しながら驚いていた。

 

「ぐッ!! "滅び"すら受け止めた俺にダメージだと!? まさか擬態による効果を破ったのか!?」

「みてぇだな」

 

 離脱はさせない、この距離で潰す。

 渚が再び攻撃を打ち込むと、黒き一撃にコカビエルの足がふらつく。

 

「貴様ぁ! 良い気になるよ!!」

 

 余程、効いたのか激昂するコカビエル。

 酷い勘違いだと渚は自嘲する。

 気分なんて最悪でしかない。視界は回るし、アーシアの命も刻一刻と死に近づいている。だがそれすらも顔に出している暇はないのだ。

 そんな渚に対してコカビエルは自身と聖剣の光を束ねた巨大な槍が出現させた。

 天を貫く巨大な光槍は重圧領域を消し飛ばす。

 高まる光の力、全霊を込めて全てを壊すつもりなのだろう。

 渚は襲い来る破壊を打倒するため、ありたっけを"魔 拳(ゲペニクス)"へ送る。

 解放されたコカビエルの光と凝縮された渚の闇が正面から相対する。

 

「闇なぞ光の前では無力と知れ!」

「光が闇よりも優れているなんて誰が決めた?」

 

 圧倒的な光量が落ちてくる。視界は目が潰れるほどの輝きに覆われていた。

 

「"堕 天 の 聖 剣(エクスカリバー・ダウンフォール)"!」

 

 それがコカビエルが手にした聖剣の真名なのだろう。

 心も体も浄滅してしまう聖なるオーラが渚の存在を否定するために振るわれた。

 ──死の光。

 そうとしか例えようのない必滅の槍。

 逃げるにしても逃げられれない。

 あの槍は学園どころか町そのものを焼き尽くす力だ。

 回避は不可能、防御なんて(もっ)ての(ほか)である。あれは爆弾と等しく、触れればその瞬間に爆散して駒王町を更地にするだろう。

 やるなら迎撃だ。あの槍ごとコカビエルを打ち負かす。

 渾身の踏み込みで膨大な光の槍へ闇色の拳を叩きつけた。

 光より膨大な熱が溢れて渚を灼く。

 肉の焦げる臭いが鼻孔を刺激する。光槍の圧倒的な質量を前に体を支える両足が大地に沈む。

 

「終わりだな、蒼井 渚!」

 

 更に膨れ上がる光力。

 渚の右手が軋む。鋼鉄よりも硬く強化された骨格ですら亀裂が入る。

 放った拳が押し返されていく。

 重い、今すぐ逃げたくなる程に重たい。

 熱い、心が溶かされる程に熱い。

 それでも闘志だけは揺るがず、思考は常に冷静だ。

 逃げることは許さないと砕けそうな体に力を込める。

 負けることは認めないと挫けそうな心に渇を入れる。

 

「ティス、オレを勝たせてくれるんだろう!」

『肯定。敵性術式の打破を実行する。"冥 天 核(アトラクト・コア)"起動。単一指向性重力圏を展開』

 

 絶対の死を乗り越える為、渚はティスを通して"魔 拳(ゲペニクス)"の術式を発動させる。

 

『術式解放──"漆黒の焉撃(ジオ・インパクト)"』

 

 ガントレットの装甲がスライドして蒼い宝玉が展開すると蒼黒い光りを放ち、圧縮された闇が吠える。

 それは狂暴なまでの暴食の体現。

 光が闇に呑まれる、飢餓状態の獣が餌を貪るが如く聖剣を宿した槍を噛み砕いたのだ。

 巨大な槍が二つにへし折れて光が霧散する。

 

「なん……だと」

「堕天使コカビエル、()ったぞ」

 

 渚の拳はコカビエルの肉を打ち据え、骨を叩き砕くと魂すらも貫く。

 魔拳の一撃はコカビエルだけでは物足りぬと強力な衝撃波となって背後に立っていた駒王学園さえも、くり抜いて全壊させる。

 意識を無くしたコカビエルが事切れた人形のように前のめりに倒れて動かなくなる。

 渚がトドメを刺そうと拳を振り上げた瞬間、白い閃光に襲撃された。

 

「……白龍皇」

「悪いね、連れて帰れと言われてるだけに殺させる訳にはいかない」

「連れて帰れるのかよ? オレはお前もタダで帰す気はないぞ」

 

 渚は白龍皇の襲来を予期していたので攻撃を受け止める。渚は殺気を込めた瞳で睨むが白龍皇は涼しげに受け流す。

 

「いい殺気だ。コカビエルは横取りされたが今の君なら充分に楽しませてくれそうだ」

「あぁ楽しんでいけよ。生憎とあまり時間が取れないからさっさと終わらせるけどな」

 

 黒の拳と白の拳が激突する。

 同時に渚に変化が起きた。

 全身から力が抜けたのだ。

 全力疾走した後のような倦怠感、理由はすぐに分かった。

 白龍皇の力だ。

 赤龍帝が"倍加"ならば対となる白龍皇の能力は明白である。

 

「相手の力を"半減"させる能力」

「やはり知っていたか。けど対処は出来ないだろう?」

「ちぃ」

 

 苦し紛れに蹴りを放つが白龍皇は光の翼を広げて遥か上空に離脱した。

 

「改めて名乗ろう。我が名はアルビオンを冠せし者──ヴァーリ」

Divide(ディバイド)!!』

 

 白龍皇の鎧から発せられた音声と共に渚の力が更に半減する。

 

「君は博識のようだが"白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)"の力は"半減"だけじゃない。奪った力は俺に返ってくる。つまり時間は君の敵だ、早く倒さないと状況は悪くなるぞ?」

 

 安い挑発だが事実でもある。

 反則的な能力だ。

 白龍皇に触れたが最後、距離を離しても半減は永久に続く。

 真正面から対抗するには一誠の"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"のような"倍加"が必要になってくる。

 渚がどうするか攻め手を決めかねていると白龍皇が音速を超えて空から襲撃してきた。

 人間なぞ簡単にミンチに出来る威力の拳が渚に落ちてきた。

 動体視力と運動神経を駆使して避けるが、次々と連撃を繰り出す白龍皇のヴァーリ。

 

「安心してくれていい。距離を取っての様子見などはしない、折角なのだから全力で相対させてもらう」

「そいつはどうも」

 

 接近してくるのなら願ってもない。タイムリミットが近づいてきているのだ、渚は次の一撃に全てを賭けるため力を貯める。

 ヴァーリの鋭く速い攻撃を浴びながらも防御に徹する。相手は全身鎧に対して此方は四肢以外の守りははないが、"蒼"によって得られた肉体は霊氣を通すだけで鋼を上回る鎧と化す。

 だがそう何度も受けていれば限界が来る。

 本当なら避けたいところだが白龍皇は神器だけではなく、本人も稀有な才に高度な訓練を受けているのだろう。無駄のない動き、渚の行動を先読みして退路を塞ぐ立ち回り、全てが戦士として完成の域にあった。

 不利な状況である。回避もままならないのに、永遠と半減させられ続ければ間違いなく敗北するのは渚の方だろう。

 だからこそ"機"を待つ。

 

「大技を狙っているようだが甘いな」

Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)Divide(ディバイド)!!!!!!!!』

 

 白龍皇の鎧の各部に設置された宝玉が光ると連続で"半減"を行使された。

 鋼だった肉体が人のソレ以下に落とされる。

 龍の鉄槌が渚の顔面を捉えた。数秒後には頭蓋が砕け散るのが見える、咄嗟に片手を前に広げるとヴァーリが笑う。

 

「それでは無理だ」

 

 そう言いたいのだろう。

 大分部の力を失った渚は、それでも手で防ごうとヴァーリの拳を待ち受ける。

 やがて龍の拳と渚の手のひらが激突した。

 渚の手の先から肘までが炸裂する。

 

「オレの勝ちだ」

 

 勝利宣言をしたのは渚だった。

 ヴァーリの拳は渚の"手"に止められている。

 

「止めた……いや、なんだこの全身を包む感覚は!?」

「簡単さ、コイツ(魔 拳)の力は引力だ。引力とは重力、つまり手と拳が触れた瞬間、お前の周囲を軽くした」

「そうか、重さが無くなれば打撃の威力は減衰する。……だが"半減"で残り少なくなった異能をこんな事に使うとは……!」

「所詮"半減"じゃあ完全なゼロには出来ない。残りカスの力でもお前の周囲くらいは軽く出来る。本当はもっとスマートにいきたかったんだけど上手くはいかないモンだ。──さてオレはお前を捉えたぞ、ヴァーリ」

 

 渚がヴァーリの周囲に張った重力フィールドを反転させて重くするとヴァーリを拘束する。

 

「ティス、蒼獄界炉を廻せ。この一撃で終わらせる!!」

『了解。"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"へ"蒼"を装填』

 

 蒼が魔拳に注がれる。1だった力が10となり100となり1000を超えた。

 漆黒の拳が猛々しいオーラを纏う。禁手の赤龍帝に迫ろうかと言う力の上昇率にヴァーリも驚愕していた。

 

「……君の力は無限なのか?」

「知らねぇよ、俺が聞きたいくらいだ」

『術式解放』

 

 ティスの言葉と同時に渚は膝を大地に付けたヴァーリへ拳を叩きつける。

 

「堕ちろ、天龍。──"漆黒の焉撃(ジオ・インパクト)"」

 

 両手をクロスして渚の拳を受けるヴァーリだったが、鎧はひしゃげて亀裂が広がっていく。

 ──勝ちを確信する。

 あと少し腕を押し込めば鎧の中身を圧砕できる。

 そんな渚の考えを、嘲笑するように地面が砕けた。

 渚の放った全力の一撃は駒王学園を激震につつみ、校庭を崩落させたのだ。

 直撃を受けたヴァーリは渚の拳打によって作られた奈落に落ちていく。

 白龍皇の気配が小さくなるのを渚は感じる。

 命までは届いていないが意識は奪えた。戦闘不能なのは間違いないだろう。

 

「終わった」

 

 駒王学園は見る影もない荒地である。瓦礫の山と化した校舎に、底無しの奈落となった校庭。隕石が落ちたような惨状に、やり過ぎたと思うが今はただ眠い。

 謝罪は後にして瞳を閉ざそうとする渚。

 しかし限界だった渚を笑うように黒い影が立ち上がっていた。

 

「……しつこいな、アンタも」

 

 辟易しながらも黒い影に声をかける。

 黒い影──コカビエルは立っているのもやっとな状態で槍を片手に渚を睨んでいた。

 

「ヴァーリも倒したか。……ふん、貴様のせいで全てが台無しだ」

「誉め言葉として取っておくよ」

 

 骨は砕け、肉も潰れた体でまだ戦おうとするコカビエル。

 渚も今にも倒れそうな気分の悪さを押し隠して待ち構える。

 先手を取ったのはコカビエルだ。瀕死とは思えない速さで渚を肉薄すると槍を突き落とす。

 

「っと! いきなりだな!」

「お互い時間がないのだろう? 俺ももうすぐ終わる身だ、ならば戦場で魂を燃やし尽くすのみだ」

「ちぃ!」

 

 コカビエルの猛攻に防戦一方に追い込まれる。

 信じられないがコカビエルは死を待つ肉体で、渚を上回っていた。

 渚が漆黒の拳を打つ。直撃して骨がひしゃげるも、それでも怯まず槍で反撃する姿は本当に命を捨てる覚悟で挑んできている証拠だ。

 とんでもないコカビエルの執念に、体術のキレが鈍くなっていくのを感じている渚。

 だがそんな二人の間にレイナーレの声が割り込む。

 

「もうおやめください、先生」

「やめる? バカなことを言うな、この俺の背には幾つの命があると思っているのだ! 散っていた部下たちが目指した願い……()()使()()()()のために俺を止まらん!!」

 

 余裕のないコカビエルが怒号をぶつけるがレイナーレはそれを悲しそうに受け止める。

 この場にいるレイナーレ以外の者たちが驚く。

 コカビエルが病的なまでに戦争を求める根底にあったのは執念ではなく信念の為、()いては死んでいった部下のためだった。多くの死が望んだ勝利を掴むために、たった一人になっても進み続ける男がそこにはいたのだ。

 そんなコカビエルの信念をレイナーレは正面から否定する。 

 

「そんなの"願い"ではありません、呪いです! 戦争が起きればまた多くの者が死ぬんですよ!!」

「だとしても部下の……いや同胞たちの死を無意味な物にするのは許容出来んのだ! 未来を夢みて戦った者の意志をなかったことにしろと言うのか、貴様も!! アザゼルも!!」

「なぜ死者の未来は見てくださるのに、生きている者の未来は見てくれないのですか!!」

「だまれぇ!」

 

 コカビエルがレイナーレに斬りかかるが一誠が槍を"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"で受ける。

 

「今、お前部下を殺そうとしたぞ。そんなんで部下たちの為とか言ってんじゃねぇぞ!!」

 

 一誠の指摘にコカビエルの動きが止まった。

 

「おい、どこ見てる」

 

 すぐ背後から渚が声を掛けるとコカビエルが慌てて正面を向く。

 しかし遅い。渚は既に拳を構えていた。

 

「アンタと会ったときから違和感はあった。戦争を起こすと言いつつも(ぬる)いと感じてたんだ。初めて駒王学園に来たときもリアス先輩を見逃し、戦いが始まってもケルベロスや部下と一緒に戦わず高みの見物に回ったのか。答えはこうだ、──アンタ、負けたかったんだろ」

 

 コカビエルが明らかに動揺した。

 最初からおかしい部分はあった。やり方が回りくどいうえにリスクもある方法を敢えて選んでいる節があったのだ。戦争などコカビエルが本気を出せば起こせた。極端に言えばコカビエルが直接リアスを暗殺して"神の子を見張るもの(グリゴリ)"を(よそお)えばよかっただけだ。悪魔陣営が大きく動けば天使も黙ってはいられない。なし崩し戦争が始まる可能性は大いにある。

 だがソレを選ばなかったと言うことは他にも狙いがあったからだと考えられた。

 それが渚のいうコカビエル自身の敗北。どうしてソレを求めているのかは分からない。ただ漠然とそう感じてしまうのだ。

 

「ふふ、ははははは!! 俺が敗北を求めるなどありえない。……死ね」

 

 ビンゴだと渚は思う。引き釣った笑いと懸命に嘘を隠そうとする目。

 要するに自分達はコカビエルの大それた自滅に巻き込まれたのだ。

 

「いいや、アンタが一人で死ね」

 

 きっとこの堕天使の本質は仲間思いなのだろう。ドーナシークの散り様の会話といい、誰かのために戦える心を持っている。

 だが、どんな理由があろうと渚はコカビエルを許さない。この男は駒王に災厄をもたらした元凶だ。

 それだけで討つに十分な理由となる。渚はコカビエルの槍を受け流して渾身の一撃を叩き込む。

 立っているのがやっとだったコカビエルはそのまま地に堕ちた。

 懸命に立ち上がろうとするが、上手く体を動かせずに仰向けに倒れる。

 

「まだだ、まだ俺は倒れん! 多くの祈りを叶える為に負けられんのだ!」

「それでも倒れてもらう。亡霊たちの"祈り(過去)"に俺たちの"望み(未来)"を奪わせる訳にはいかないんだよ」

「貴様、我が同胞たち求めた勝利の先を愚弄するのか!!」

「アンタの部下のことは知らない。けどソイツらが求めていたのは"勝利"じゃなくて戦いの先にある"平和"だったんじゃないか」

「な……に?」

「そんなことも分からないのかよ。勝利の先にあるのは平和だろうが」

 

 コカビエルから戦意が霧散した。そして何かを悟ったような表情で空だけを見つめる。

 

「まさか……そうだったのか? アイツらの求めたのは誇りでも優位性でもなく、勝利の先の"平和"。それを託して死んでいったのか? ……くく、ふふふ、はははははははははは!! 傑作、傑作だ、アザゼル。まるで道化だ、貴様はそれに気づいていたのだな? 己が物差しだけで計ったがこの始末とは!!」 

 

狂ったように笑い出すコカビエル。

その姿は自身の全てを笑い飛ばしていた。

致命的で根本的な間違い。散って逝った同胞の意志を自分が踏みにじっていた事実に気づいたが最後。コカビエルは戦う理由を見失ってしまう。

 

「……すまんな、我が散っていた同胞たちよ、どうやら俺ではお前たちの"祈り"を成就できそうにない」

 

 最後に懺悔するよう呟くと以降は動かなくなった。

 呆気ない幕切れだったが、意識を無くしたコカビエルの表情はどこか穏やかで悪逆の堕天使とは思えなかった。

 

「なんだよ、自己完結して逝きやがった。まぁ終わったんならそれでいいか」

 

 渚が糸の切れた人形のように地面へ倒れる。

 最早、限界だった。薄れる意識の中でアーシアの無事を祈る。

 ふと視界を完全に閉ざす瞬間、見慣れた白銀が渚を見ていることに気づく。

 

「居たなら手伝ってくれてもよかったんじゃないか、ステア」

 

 頼れる相棒の遅い登場を非難しつつも、あとを任せられると安堵しながら完全に意識を消失する渚であった。

 





データファイル


冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)

悪しきを討つ闇。
両手両足に装備される漆黒の武具で、その能力は『引力』ないし『重力』の操作。
攻撃性能に特化しており、重力を纏った一撃はひたすらに重いため、加減が非常に難しい武器。
実際、余波のみで駒王学園を完全崩壊させた災害兵器。
渚は、その特性を防御にも転用して対象周囲の空間を軽くする事で敵の攻撃を減衰させた。
コカビエルやヴァーリ相手に互角以上にやりあえたのは、『蒼』に直接接続した状態だったためである。
余談だが、防御に勝れた『聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)』の対であり、今まで使用していた洸劒は『蒼』に接続していないので、こちらにはまだ上がある。


『蒼』

──詳細不明。
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