ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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最近は忙しくて久しぶりの投稿になります。
この章はこれが最後です。
初心者が書いた(つたな)い小説ですが読んでもらえると幸いです。



堕天使コカビエル《Get away from it all》

 

 駒王町の遥か上空。

 雲を突き抜け、夜の月を背後したアリステアが白雪の髪を風で揺らす。

 強風が吹き荒れている上空に立つ彼女だが、その姿は流麗かつ不動。長い睫毛に縁取(ふちど)られた美しいアイスブルーの瞳が見下ろすのは、コカビエルの施した町を覆う結界。外部からの干渉を防ぎ、内部の者を閉じ込める堅牢な術式だ。

 そんな古の堕天使が張った結界をアリステアは一瞥しただけで砕き、無効化する。

 白龍皇が力ずくで破壊したあとだったこともあり、少し霊氣で干渉するだけで事足りた。

 簡単な作業を終わらせたアリステアは事態の把握に意識を()く。

 

「終わったようですね」

 

 戦いは既に終わりを迎えていた。渚がヴァーリとコカビエルを撃破しての勝利だ。

 しかし、それを見届けたアリステアに歓喜も称賛もない。あの伝説の堕天使と天龍を倒した偉業に対して、さも当然の結果だと言いたげな涼しげな表情である。

 そんなアリステアが駒王学園の()()()()()()()に降り立つ。

 そこは大きく抉れ、底の見えない奈落が口を空けた谷と化していた。校舎も原型を留めないほどに崩壊しており、何かしらな災害に襲われたと聞かされても納得してしまうだろう。

 荒れ果てた学校の正門を(くぐ)るとコカビエルを倒して疲労困憊となった渚と一瞬だけ目があう。

 彼女を視界に捉えた途端、どこか安堵したような顔をして気を失う渚。

 

「全く、どこまで私を信用しているのですか」

 

 呆れた言葉を口にするも悪い気はしない。

 他の誰かに勝手な期待をされるのは気に入らないが蒼井 渚ならば話は別だ。

 彼のためなら神すら撃ち殺す事も躊躇わない。

 それほどにアリステア・メアは渚という存在に親愛と忠誠を捧げている。だがアリステアがこの感情を渚の前で出すことはない。

 自分の性格はよく知っている。

 冷徹かつ傲岸不遜で合理主義。

 恋愛などに興味はないが、本気で愛を向ければ重すぎて笑い話にもならないのは目に見えている。

 だからこそ常に一歩引く。それくらいの距離感がちょうど良いし、心地が良い。

 

「ただの少女でもあるまいし、愚かな思考をしたものです。後始末をして置きましょうか」

 

 くだらない事を考えたと自分を戒めたアリステアがクイッと指を動かす。

 それだけで駒王学園を巨大な術式の陣が覆う。

 

「空間座標を固定、事象の干渉を開始」

 

 アリステアはそう言うと術式が稼働し、崩壊した駒王学園が逆再生のように元の姿を取り戻していく。

 これはただの修復ではなく、結果を否定して破壊された事実を無かった事にする大禁呪。

 術式の正体に気づいたのか、リアスたちは目を見開いて言葉を失っていた。事象への干渉または拒絶という行為は神の領域であるためだ。この力をうまく使えば世界を自分のいいようにねじ曲げる事も不可能ではない。

 やがて神ごとき力は校舎を破壊される前に戻すと校庭の巨大な断裂を閉じようと動き出す。

 

「流石に生き埋めにしては問題になりますか……」

 

 奈落に向けて言い放つアリステア。

 地の底にある異質な気配、悪魔であり人間であり龍でもあるヴァーリがボロボロな姿で鎧の修復に魔力を割いていた。

 このまま奈落を閉ざすの簡単だが、殺してしまってはアザゼルになんと言われるか想像に容易い。

 駒王学園周囲の土地の破壊跡を拒絶しつつも、片手間にヴァーリとコカビエルを霊子でマーキングするアリステア。

 その間にヴァーリへ念話を送る。

 

『最強の白龍皇ともあろう者が手酷くヤられたものです』

『アリステア・メアか。あぁ手酷くやられたよ、流石は君が認めた男といったところだ。しかし喜ばしい事だ、戦いとはこうあるべきだと再確認できた』

 

 嘲笑うアリステアに対してヴァーリもまた鎧の奥で嗤う。本気で嬉しいのだろう、肉は断たれ骨を砕かれも尚、闘志は未だ衰えていない。底知れない闘争本能である。

 

『それは結構なことです。ではさっさとご退場を願います』

『霊氣が俺を包んでいるが、どういうつもりだ?』

『強制的に"fallen"まで跳ばします』

『あの店にか。拒否権はなさそうだな。俺としては赤龍帝とも挨拶をしておきたいのだけどね』

『却下です、サービスでコカビエルも付けてあげるので大人しく退きなさい』

 

 アリステアの提案にヴァーリは意外にも反論する。

 

『コカビエルを倒したのは彼だ。そんな功績を俺が連れて帰って良いものか』

『ナギはそんな物に興味はありません。あちらのリアス・グレモリーには私から言っておきます』

『なぜそこまでする? コカビエルの首はあったほうが色々といいんじゃないか?』

『そちらの総督は生きたままがご所望なのでしょう。──仲間との別れぐらいはさせてあげます』

 

 コカビエルは渚に霊核を大いに打ち抜かれた。それは魂の根元とも言えるコアで、破損は死に繋がる。

 つまりコカビエルはどう足掻いても死ぬのだ。

 少し感傷的なアリステアに、ヴァーリは意外なものを見たと言わんばかりに言葉を返す。

 

『優しいんだな。あれだけ君の慕う男を痛めつけた相手を許すとはね』

『面白い冗談ですね、私は総督に恩を売っているだけ。無駄話はその辺にしてください、途中で貴方に死なれてはアザゼル総督に私が恨まれてしまう』

『やれやれ俺も信用がないな、体は頑丈な方だよ』

 

 若干拗ねたような声音。

 ボロボロの姿で信用うんぬんとは、よく言うものだとアリステアは肩を竦めた。

 

『立っているのがやっとの体でよく言います。下手に動けば死にますよ、貴方」

『ふ、これでも負けず嫌いでね。宿敵の龍がいる前で無様はさらせない。では俺は退くよ、蒼井 渚によろしく言っておいてくれ』

『お断りです』

 

 アリステアがヴァーリを追い払うように転移させるとコカビエルも跳ばす。

 急に消えたコカビエルにグレモリーたちが慌てるも無視しておく。

 これで全て終わり。

 半年以上も前から続いたコカビエルの戦争を起こすという陰謀も空想の彼方に消え去った。晴れて駒王が狙われる事も無くなったという事だ。

 アリステアが事後処理を終わらせると、腕を組んだリアスが目の前に立ちはだかる。コカビエルと白龍皇を逃がした痕跡は残していないのでバレてはいないだろう。

 ここは適当に本人たちが勝手に転移をしたと誤魔化そうと決める。

 

「コカビエルが逃げてしまいましたよ?」

「そうね」

「あまり悔しそうではありませんね」

「あの傷じゃ長くないわ、助からない」

「ではなんですか?」

「貴女、いつから見ていたの?」

 

 リアスは眉を潜めてアリステアに質問を投げ掛けた。

 嘘を吐く必要性を感じなかったアリステアは正直に話す。

 

「最初からです」

「渚は、貴方とは連絡が取れないと言っていたのだけど?」

「取らない方が良かったので敢えて取りませんでした」

 

 そう短く答えて歩き出すと渚の元へ近づくアリステア。

 安らかな寝息を立てる顔を見て小さく頷く。

 

「どうやら成功のようですね」

「成功? いったい何がかしら?」

「渚の覚醒ですよ。いつまで経っても"蒼"を使ってくれないので強敵とブツけてみました。"蒼獄界炉の剣(ゼノ・イクス)"の使用はまだ不可能ですが最初にしてはまずまずな結果です」

「渚を鍛えていたの? あの二人を使って?」

「勿論です。生半可な相手では無理なので」

「──ふざけないで!」

 

 リアスが怒鳴る。

 確かに一歩間違えれば渚は死んでいた。いやリアスの眷属もだ。実際、アーシアは今も死にそうなのだ。

 だがアリステアはリアスに対して冷めた瞳を返した。

 

「貴方が契約しているのは渚であって私じゃない事をお忘れですか? 私が助けに来なかったから責めるとは、なんともまぁ他力本願ですね。──何より、まず自身の力の無さを恥じるが先と知りなさい」

 

 大事そうに渚の頬を撫でるアリステア。

 リアスは言葉が出てこない。

 確かに甘えていたのだ、アリステアと言う戦力に……。

 リアスは渚に沢山の物を押し付けてまだ物足りないと言っている。アリステアは渚を安く見られて不快な気持ちになるも表には出さない。

 リアスも自分が言った言葉を振り返って気まずそうに視線を逸らした。

 

「…………悪かったわ、少し感情的だった」

「分かってくれたのならこれ以上は言いません。ではアーシアを治療します」

「出来るの!?」

「さて。無機物の修復と違って専門外ですが知識はあります」

 

 アリステアがアーシアに手を(かざ)すと見たこともない複雑な術式陣が展開され、卵のようにアーシアを包みこむ。

 

「肉体の破損よりも血液が問題ですね」

 

 アリステアの張った術式が動き出すと複雑な紋様が絶えず動き回る。

 アーシアの顔に生気が戻り始めた。しかし今度はアリステアの細く白い右手が赤く染まる。

 呪いによる出血だ。アリステアはかつて受けた高濃度の呪詛を己の霊氣で封殺している。つまり霊氣を大量に使用すれば呪いは進行するのだ。そんな自らを死に追い込む行為と引き換えにアーシアの生命を編成していた。

 

「アリステア、貴方の腕が……」

「お静かに。人体錬成は初めてなので少々集中させてください。少し間違えばアーシア・アルジェントはミンチになります」

「人体錬成!? それって死者を甦らせる錬金術の秘奥じゃない! 誰もが成功してない術よ!!」

「別に死者を生き返らせる訳じゃないので不可能ではありませんよ。私が錬成しているのは失われた脚と血液、そして破壊された脳の一部。全く、どうしてこうも治癒師が傷を負っているのでしょうね」

 

 辟易(へきえき)した表情だが術式は常に動き続ける。大きく割けた頭部の傷は塞がり、消失した片足も光によって再構成されて顔色も良くなってきた。

 やがて復元はあっさりと完了する。傷ひとつない姿のアーシアはすぐに瞳を開けると周囲を見て少し呆けたように自分の身体を確認した。

 

「あれ? 私、なんで寝ていたのでしょう?」

 

 ぽけぽけな言葉を聞いたリアスはアーシアに抱きついた。急に飛び込んできたリアスに対して困惑の表情を浮かべるアーシア。

 

「え? ど、どうしたのですか?」

「よかった。アーシア、ごめんなさいね、私、貴女を守れなかった」

「いえ! そんな謝らないでください」

 

 ぎゅっとアーシアをいつまでも離そうとしないリアスを黙って見ていたアリステアだったが、そんな彼女にレイナーレが寄って来た。なんらかの嫌味でも言いに来たのだろうと勘ぐるも、その顔を見て違うと分かった。

 

先 生(コカビエル)を転移させたのはアンタね」

「さて、なんのことです」

「言えない理由があるのならいいわ。けど、ありがと。ここにいたら安らかに……とはいかないから」

 

 今にも泣きそうなレイナーレ。

 懸命に涙を(こら)えているが気を抜けば溢れてくるだろう。きっと彼女にとってコカビエルは、それほどまでに特別な存在だったのだ。

 それでも敵対を選んで槍を向けた。アリステアはその理由に興味を引かれる。

 

「貴方とコカビエルの関係性は知りませんが、そんな顔をするくらいに親しかったのは理解しました。何故戦ったのですか?」

「アンタだって渚が間違えば指摘するでしょ」

「けれど殺そうとは思いません」

「わたしはアンタと違って非才なのよ。これしか先生を救う方法がなかった」

「難儀なことですね」

「そうね、ままならないわね」

 

 アリステアはレイナーレに背を向ける。

 彼女の目に光るものがあったからだ。きっと誰にも見られたくないだろう顔を見続ける趣味はないし、慰められるのは一人しかいない。

 

「夕麻ちゃん」

「……イッセーくん」

「俺は何も見えてないし、聞こえないよ」

 

 レイナーレを抱き寄せる一誠。

 小さな嗚咽が聞こえる。今まで押さえ付けていた感情が決壊したレイナーレが一誠の胸を借りて涙を流す。

 

「先生が……死んじゃうみたい。わたし、すごくお世話になったのに……恩を(あだ)で返して、お別れしちゃったよぅ、最低だ……」

「最低なんかじゃない。夕麻ちゃんが頑張ったから俺たちが生き残れた。だから助けてくれてありがとう」

 

 そこまで聞いてアリステアは二人から離れた。あまり立ち入って良い場面じゃないのは重々承知だ。あとは一誠に任せればレイナーレは大丈夫だろう。

 

「それにしても……」

 

 ズキズキと右手が痛む。セクィエス・フォン・シュープリスが施した"(しゅ)"は確実にアリステアの全能を抑え付けていた。

 苦痛には慣れているが何かをする度に出血してしまうのは不快だ、いちいち服が汚れる。

 赤く染まった右手に左手を添えると拭き取るようにシュッと滑らす。

 それだけで血の跡が消えた。駒王学園を修復したように出血を()()()()()にしたのだ。だがこの"事象の拒絶"を使っても"咒"の元は取り除けない。

 恐ろしきかな、セクィエスは神の領域にある力すらも意に介さない呪いをアリステアに与えているのだ。

 自力での解呪はほぼ不可能。呪いから解放されるためには大元を絶つが正解かもしれない。

 要するに……。

 

「次会ったときに殺せば良いだけです」

 

 なんて事はないと言いたげに右手の呪いから意識を外す。

 激痛を伴う死へ至らしめる呪いは、常に死神の鎌が首を捉えている恐怖をも生む。常人では耐えきれない程の近くに死があるのだ。

 右手の傷が開く度にアリステアは、とある感情に支配される。

 悲観ではない怒りでもない、ましてや絶望ですらない。

 あるのは必殺の誓いだけだ。

 夜天の下で白雪の女は美しくも冷たい微笑を浮かべる。

 このアリステア・メアにケンカを売った女をどう殺してやろうかと策略を練るのが楽しくて仕方がないと言いたげに……。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 この世に生を受けて数万年の男がいた。

 人とは一線を画したその男はコカビエルと言う名を持った堕天使である。

 多くの戦場を駆け抜けた。多くの敵を滅ぼした。そして多くの部下を死地へと追いやり殺した。

 両手を血で塗らし、沢山の命を奪う忌まわしい怪物が彼だ。

 時として味方からも恐れられたコカビエルだったが気にも止めなかった、これまでの戦いは友に捧げた成果であるからだ。血も涙も何処かへ置いてきた自分と違い、何処までも人情的で仲間を見捨てないソイツの為ならば、幾らでも血を流そうと思える。古き友、唯一(ゆいいつ)心を許した同士とも言えた。

 だからこそ何人であろうと殺せる。それ以外の絆など不要で余計な物だとコカビエルは常に思っていた。

 

「先生!」

 

 夜の森で焚き火を静かに眺めているコカビエルの耳に騒がしい声が入る。

 幼い少女だ。

 かつて自分の側近を長く勤めた男女がいた。優秀であり信用もしていた。だが重要な作戦を成功させるためにコカビエルが死地へ送って勝利のため犠牲にした。

 その二人の忘れ形見が目の前の少女である。

 名をレイナーレ。両親と違い、戦う才能が一切ない堕天使。

 気まぐれに拾って駒使いにしてやった少女だが引き取るなり、強い堕天使にしろと懇願されたのは予想外だった。

 すぐに諦めるだろうと了承したは良いが、存外しぶとくコカビエルのシゴキに耐えている。

 そんなレイナーレが生傷だらけの体で討ち取っただろう小動物を自慢げに見せてきた。

 

「ふぁ、ファングラビットを狩って来ました」

「これがお前の夕飯だ、捌いて食べろ」

 

 目すら合わせずにコカビエルが言う。

 幼いレイナーレは緊張した様子で頷くと、何度も教えた獣の捌き方を四苦八苦しながらやり始めた。

 物覚えの悪い娘だと常々思う。才能なんて有りはしない。このまま成長しても並み以下の戦士にしかならないだろう。

 さっさと見限ってしまうのがベストな選択だ。

 だが……。

 

「出来ました!」

 

 十数分と掛からない解体作業に数時間かけたレイナーレが寄ってくる。どうやら下ごしらえもやっていた様子で、鉄串に肉が突き刺さっている。どちらにしろ時間が掛かり過ぎて呆れるほかなかった。

 

「遅い。それでは食事もままならない戦場に出た時にすぐ死ぬぞ、馬鹿者が」

「す、すいません」

 

 冷たく叱られたレイナーレがしょぼくれる。

 やはり何をやらしても不器用な堕天使だ。

 ふと、コカビエルがある事に気づく。よく見るとその両手に串刺しの肉を持っているのだ。だがバランスがおかしい、片方が妙に多いのだ。

 

「あの、これは先生の分です」

「俺の分だと? 頼んだ覚えはない、勝手な真似をするな」

「ご、ごめんなさい」

 

 更に落ち込んだ様子のレイナーレが肩を落としながら焚き火で肉を焼く。

 その間もコカビエルの顔を盗み見てくる、ウザったい視線にコカビエルが睨みを落とす。

 

「何を見ている」

「先生はお腹が空いてないのですか?」

「お前ほどじゃない」

「せ、先生の分もあります!」

「いらんと言った、くどいぞ」

「け、けど……」

 

 解体を始めて、レイナーレの腹からは空腹の合図が鳴っていた。やっと聞かなくて済むと思った矢先に、この娘はいちいち小さいことを気にして食事を取ろうとしない。

 コカビエルがさっさと食えと言うもレイナーレは食べようとしない。いやに頑固な娘に辟易してくる。このままではこの娘も倒れてしまうだろう。

 コカビエルは色々と面倒になり、小さい方の串を奪って肉を口に入れた。

 

「あ、それは私の……」

「これで満足だろう、いい加減にその腹の虫を黙らせろ」

「はい! いただきます!!」

 

 そしてガツガツと肉を貪るレイナーレだったがすぐに食べ終わる。

 小さな獣だ、しかも下手くそな解体で食べられる部位も削ぎ落としている始末。レイナーレが名残り惜しそうに何もない鉄串を眺めていた。余程、腹が減っているのが伝わってくる。

 そんな顔をするなら何故分け与えた? 

 苛立つコカビエルが立ち上がるとレイナーレがキョトンとした顔で見上げてきた。

 

「ここを動くな」

 

 コカビエルは漆黒の羽を広げてその場から飛び立つ。

 レイナーレは少ない肉を施した。それは借りであり負債だ。コカビエルはこの負債を返済するために気配で感じた大型の魔物を刈り取りに行く。

 やがて戻ったコカビエルは物の数十分で先程よりも遥かに上手い肉をレイナーレに食べさせた。

 

「ありがとうございます、先生! とっても美味しいです!!」

 

 笑顔でお礼を言われた。

 

「ふん、借りを返したに過ぎん。もう寝ろ」

 

 言うとレイナーレはモジモジしながらコカビエルに近づいてくる。

 何事かと冷めた感情で見ていると……。

 

「近くで寝てもいいでしょうか?」

「理由は?」

「ひ、一人は寂しくて」

 

 実に下らないと内心で一蹴する。

 取るに足らないレイナーレの望みだったがいい加減に一人で考え事をしたかったコカビエルは黙って横を空けた。

 ぱぁっと笑顔になるレイナーレがコカビエルのすぐ隣で丸くなった。

 疲れていたのだろう、少しして寝息が聞こえる。

 どうしてこの使えそうにない幼女を拾ってしまったのか。

 戦場において絶対に役に立たない無能である。身寄りのないレイナーレなどいっそ殺してやった方が幸せかもしれない。

 

「うぅ……おとーさん……おかーさん……どこ? ……さむいよぉ」

 

 身体を震わせるレイナーレ。いくら焚き火からあると言っても夜の森は冷える。

 煩わしい寝言だと思いつつも収めていた翼を広げて小さな体に被せてやる。

 

「……あったかい」

 

 ぎゅっと羽を握ると安心したように呟くレイナーレ。

 コカビエルは黙って焚き火を見つめている。

 炎に照らされたその横顔は少しだけ安らかな笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 香ばしいコーヒーの匂いに釣られてコカビエルは目を覚ます。

 随分と懐かしい夢を見た。あれはレイナーレを引き取って間もなくの記憶だ。

 夢の名残を噛み締めながら周囲を見渡す。

 そこは"神の子を見張る者(グリゴリ)"の本部、数十年は帰っていないコカビエルの自室だった。

 懐かしい部屋の真ん中にあるソファーで腰を掛けていた自分。ボロボロの衣服を着ている事からも駒王での戦いから、そう時はたっていない。

 しかし蒼井 渚に敗れた筈の自分が何故ここにいるのだろうか。

 幸い、その疑問に答えられそうな人物が目の前にいる。

 

「……アザゼル」

「よう、コカビエル」

 

 かつての友がガラス造りのテーブルを挟んで座っていた。

 

「コーヒー飲むか?」

 

 アザゼルが用意していただろうコーヒーを差し出す。

 

「俺はどうしてここにいる?」

「協力者がいてな。ソイツが堕天使の支配領域にお前らを跳ばしたんだよ」

「成る程な。それで? こんな死に損ないをどうする?」

「とりあえず聖剣のコアは抜き取らせてもらった」

「当然か。聖剣は有用性のある兵器だ、再利用をしない手はない」

「何言ってんだ、これは教会に返品する。こんなの俺が持ってたらミカエル辺りが喧嘩を吹っ掛けてくるだろうが。つか聖剣因子を無理矢理作って取り込むとか馬鹿だろ? 寿命をどんだけ削った思ってやがる」

 

 ツラツラと説教を始めるアザゼル。

 しかしあれだけのエクスカリバーを返品とはなんとも勿体ないことをするものだ。奪い取るのに結構な労力を割いたコカビエルにとってあまり嬉しい行為ではない。

 やはりアザゼルは、あの聖剣を組織の物にする気はないようだ。

 

「…………戦争はしないか」

「やらんさ。臆病だの腑抜けだの好きに罵ればいい。こんな状況で戦争を起こせば堕天使は滅ぶ、それだけは避けなきゃならん」

「死んでいった者の(こころざし)を捨ててまでか?」

「……俺は死んでいった者たちより、今を生きている奴を助けたい。逝っちまった連中には、くたばった後に謝りに行くさ」

 

 コカビエルが自然と笑いをこぼした。

 レイナーレと同じ言葉での返答に可笑しさを覚えたからだ。

 数奇なこともあるものだ。こうも身近だった者たちが自分とは正反対の考えを持っている。以前なら怒りを覚えただろうが今となっては逆に清々しいものを感じてならない。

 

「お前らしくない随分と穏やかな笑みじゃねぇか。てっきり苛立つと俺は思っていたよ」

「いや、つい先程も似たような事をバカ弟子に言われてな」

「確かお前の副官だった奴の子供だったか、名前は……」

「レイナーレだ。曰く生者を無視して死者の為に戦うのは"呪い"だそうだ」

「ハハ、中々キツいこと言うな。効いたろ?」

 

 ニヤニヤと悪戯めいた顔で嗤うアザゼル。

 

「俺は戦う事しか知らん。平和などに唾棄すべき対象だった、だが……」

「今は違う、か?」

 

 アザゼルがコーヒーを一口飲むと真面目な顔でコカビエルを見た。

 

「かもな。どこかの青二才が説教をたれてきやがった、しかも俺自体が何処かで納得していたのだ」

「あんだけの事をしておいてそれかよ、今後の事を考えただけで頭が痛いってのに迷惑な野郎だ」

「許しは乞わんよ、後悔はしていないからな」

「このバカ野郎が……」

「くくく」

「ははは」

 

 アザゼルが憎まれ口を叩きつつも、懐からタバコを取り出すと差し出してきたので受けとる。

 口にくわえて火をつけると安っぽい味がした。やはり吸うなら葉巻に限る、どうしてこの男はコレで満足しているのだろうか。今度機会があれば上等な葉巻でもくれてやろうと思う。

 

「ふん、もう少し良いのを吸え」

「吸えれば構わんのさ」

「総督の肩書きが泣いているぞ」

「ハン、ほっとけよ。趣味趣向は人それぞれだ」

 

 二人の会話が途切れた。

 こんな静かで穏やかな時間はいつぶりだろう。ここ数年は忙しかったコカビエルは友との語り合いを満喫していた。

 だがそれももうじき終わりだ。名残惜しくも感じながらもコカビエルは口を開く。

 

「アザゼル」

「なんだ?」

「オーフィスが組織を立ち上げたのは知っているな」

「ああ、最重要項目として捜査を続けてある。急にどうした?」

「その組織と並んで"アルマゲスト"という組織も警戒しておけ」

「初めて聞く名だが……」

「俺も直接コンタクトを取ったのは数回だ。恐らく大きな組織ではない」

「それを警戒する理由は?」

「俺が会ったのは三人だけだが個々の戦力が魔王を越えている。恐らく神に匹敵するだろう」

 

 コカビエルの言葉を偽りと断ずる事もせず、アザゼルが厳しい表情に警戒を灯すと問う。

 

「容姿と能力は?」

「一人は邪教徒のような格好をしたイカれた神父だ、ソイツはあらゆるものを食らう暗黒の両腕を持っている。二人目は黒ずくめのローブを羽織った求道者じみた男、能力は触れた物を破壊する力だ。そして三人目は自分をカラワーナ(堕天使)と偽った女だ、特にコイツは危険だと俺は思っている。限りなく不死に近く、雷光も扱える究極の愉悦犯だ、自らの欲を満たす為ならばあらゆる犠牲を伴わん」

「数年前に死んでいる筈のカラワーナに擬態した奴の情報は掴んでいる。レイナーレが赤龍帝の力を取り込んだ時に行動していたみたいだからな」

「不愉快極まる、勝手に人の弟子をたぶらかし壊そうとした輩だ」

 

 冷たい殺気を放つコカビエルだったが、すぐに収めてソファーに背中を預けた。

 

「……だがその事があったからアイツは変わった、堕天使の誇りの為に命を投げ出さなくなったのだ。惰弱と思う反面、嬉しくもある。アザゼル、この気持ちは何なのだろうな?」

「知らねぇのかよ?」

 

 先の緊張感はどこへやら、急にククッと笑うアザゼル。

 

「知っているのならとっと教えろ」

「親バカ」

「ヤツとの血の繋がりはない」

「ここが繋がっているだろうに」

 

 アザゼルがトントンと自身の心臓を叩く。

 "心"とでも言いたいのだろうか? 

 科学者の癖に随分と馬鹿馬鹿しい答えを出してくるものだ。自分がいつ親らしいことをしたのか? 

 気まぐれで拾い、しつこくせがまれたから戦い方を教え、そして放り出した。

 そんな者が親であるはずがない。

 

「お前は戦い以外は、てんでダメだからなぁ」

「……自覚はしている」

「かかっ、大の大人がしょげんなよ」

「しょげてなどいない。ただ納得が出来ないだけだ」

「そうかい、親バカ二号」

「俺をバラキエルなどと一緒にするな!」

「はは! コイツ、ほんとに自覚してらぁ!」

「貴様ぁ!!」

 

 子供のような口論をしばらく続ける二人。

 滲むように胸に広がるのは懐かしき日々だった。昔はこんな風にバカな話で笑い合いケンカもした。シェムハザやバラキエルなども巻き込んで大いに好き勝手やったものだ。

 辛い思い出も楽しい記憶もいつまでも心に刻まれている。

 ──素晴らしい人生だった。

 コカビエルは心底そう思う。

 

「アザゼル、迷惑を掛けたな」

「気にすんな……とは言えんが特別許してやるよ」

「スマンな、それと……」

「わぁってるよ、レイナーレの事も俺が見守るさ」

「感謝する」

 

 この男(アザゼル)は、いい加減でトラブルメイカーなとんでもない奴だが信頼は出来る。なんだかんだで期待を裏切らない。

 コカビエルは、随分と短くなったタバコを灰皿に乗せた。

 

「少し休む、お前といるといつも話し込んでしまうな」

「……次起きた時にでも続きを話そう。逃げんなよ、文句が沢山あんだからな」

「もう何処にも行かんさ、もう、な」

 

 コカビエルがゆっくりと項垂れると瞳を閉じる。

 その顔は走りきったランナーのように穏やかで満足げな笑みを浮かべていた。

 数秒の沈黙を経て、アザゼルが腕時計の形をした通信機をオンにする。相手は副総督を任しているシェムハザだ。

 

『アザゼル、コカビエルは?』

「今、寝た」

『……そうですか、待機させていた刃 狗(スラッシュ・ドッグ)の戦闘配置を解きます』

「必要ねぇって言ったのに心配性な奴だな」

『例え同士だろうと貴方と(たもと)を分かった者、警戒はしておくべきです』

「悪かったな、損な役割を押し付けて」

『良いですよ、どちらも大事な友人ですから』

「たくよ。いい顔で寝てやがる、さんざんやっといてコレだぜ?」

『……泣いているのですか?』

「タバコの煙が目に染みただけだ」

 

 そう言ってタバコを灰皿に置くアザゼル。

 二つのタバコが燃え尽きるその時までアザゼルがその場を動くことはなかった。

 





次回はキャラのステータス表みたいな物を投稿しようと思います。
ではありがとうございました。
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