新章、開幕です。
初っぱなからオリジナルキャラたち会義ですが、これからのストーリー進行に必要なのでぶっこんでみました。
偉大なるもの《The Almagest》
白い大理石の廊下を絶世の美女が慣れた様子で歩く。気だるげな瞳を眼鏡で覆うも、それすら彼女の優美さを損なう要素にはならない。艶のある長い黒髪を三つ編みしてユラユラ揺らす彼女の名はセクィエス・フォン・シュープリス。
かつてアリステアと激闘を繰り広げた女性だ。
コツコツと反響する足音。黒のロングコートをなびかせながらセクィエスは周囲を観察した。
ゴシック建築と言えばいいのだろうか。もっとも近い造形なのは教会の聖堂だろう。柱は傷ひとつない石柱であり、窓の周囲にも手間が掛かっただろう装飾が見られる。神聖さを伴う建造物だが、美術に興味がない彼女にとっては無駄に金を貢いだ成金どもの道楽にしか感じられない。
セクィエスの前にしっかりとした木製の扉が現れる。
中へ入ると巨大な円卓が一つと背もたれの高い椅子が七つ備え付けられており、数人の顔見知りが座っていた。
「やっほ。セッちゃん」
気安く手を振ってきたのは、ダボダボの服を着けた中学生くらいの少女だ。
口にくわえたキャンディの棒を器用に上下させながら挨拶してくる彼女を視界に捉えたセクィエスは舌打ちした。
「え!? 今、舌打ちしたっしょ!!」
「したけど?」
不機嫌さを隠さずにシレッと白状する。1秒にも満たない高速な返事だ。
「悪びれない!? もう、ボクはずっと会いたかったのにぃ」
「お前は少し黙れないの、タブリス。……あとセッちゃん言うな」
殺気を込めて睨むが当のタブリスは「にひひ」と嗤うだけで反省の色はない。
からかわれるのが嫌いなセクィエスの機嫌が更に悪くなる。
それすらも楽しそうに眺めるタブリスが、セクィエスの顔をマジマジと見つめてくると新しい話題を振ってきた。
「それよりさぁ、その髪型と黒眼鏡やめたら? 全体的に黒っぽいし、なんか地味? 別に拘りもないでしょうにナチュラルなセッちゃんはもっと超絶美人だよ?」
「その超絶美人とやらになってどうするのよ?」
「男を作る」
思った以上に下らない答えで、ついつい鼻で嗤ってしまう。
「特別に聞いてあげるわ、ソレを見てどうするの?」
「笑う、超笑う。人間にも悪魔にも天使にも興味がなくて、気にくわない奴は片っ端からぶっ殺すキレたギロチンみたいなセクィエスちゃんが男とイチャイチャするなんてスンゲェ面白そう!」
「あ、そ」
想像だけで円卓を叩いてバカ笑いするタブリス。ガキっぽい奴だと冷めた目で軽蔑する。このまま本当に断頭してやろうと思った矢先だ。
「その辺にしてはどうだ」
円卓の一つに座る男が止めに入る。彼はもっとも新しい七人目のメンバーだった、会ったのは1度だがタブリスと違い比較的まともな人種なためよく覚えている。
「お前も来たの、クラフト・バルバロイ」
「無論だろう、セクィエス・フォン・シュープリス。私は新参だ、こういう集まりに出ないわけに行くまい」
「ただの求道者かと思ったけど思いの外、俗物ね」
「元より求道者を名乗った覚えはない。だが俗物というのは言い得て妙だ、私はただ己がどの程度まで昇り詰められるのかを知りたいだけな詰まらん男だ」
今の台詞の何処が俗物なのだろうか。まさに求道者の言葉である。
なんにしてもクラフトが俗物なのか求道者のなのかは心底どうでもいい。
セクィエスは円卓で決められた自分の席に腰をかける。彼女が座ったのは背もたれに【II】という番号がふられた椅子だ。
「……で? この召集はなんなの? さっさと帰りたいから手短に済ませてほしいわ」
「そう言わずにね、今日はネクロっちもいるよ」
タブリスが両手の指を銃のようにすると「ズビシッ!!」なんて効果音が鳴りそうな素振りで新たな座席を指す。
そこにはブツブツと独り言を言っている頭がおかしそうな男性が座っていた。
──ネクロ・アザード。
邪教徒や狂信者という言葉がこれほど似合う男もいないだろう。
趣味の悪い独特の神父服に血色の悪い皮膚と焦点のあっていない瞳。見ただけで普通ではないと分かる異常者だ。
セクィエスが耳をすませば……。
「おぉ……美しきかな美しきかな、この世の黄昏が私には愛しくも恐ろしい……我が至高の御身よ、おぉ……」
耳を傾けてしまった事を大いに後悔した。完全に自分の世界に入っている異常者の言葉など聞いたせいで不愉快になる。このまま聞き続けていれば思わず手が滑ってネクロの口に刃を突き入れてしまいそうだ。
「にひひ。今、ネクっちをブチ殺そうとしたでしょ、おーこわこわ」
目敏く察したタブリスはケラケラと嗤う。
どうしてこうも自分の周りには目障りなのが多いのかと愚痴りたくなる。まぁ愚痴を聞かせる程に親しい者もいないのたが……。
ともかく今日はアルマゲストの狂人どもが四人集まったことになる。あと三つほど空席があるが残りの連中は理由があってこういう集まりには殆ど出ない。
どうせ今日もタブリスが総主の代わりに仕事の割り振りをして終わりだろう。そう予測するがドヤ顔で指を振ってくるタブリス。まるで違うと言いたげな顔だ。
気にくわない態度にセクィエスが殺気を込めて血の刃を投げつけようとした時だった。
「──静粛に。この場に於いて他者を血で染める行為は慎んでください。リース、その人を嘲笑う物言いは控えるように。セクもすぐに怒る癖を治すようにと言ったはずですが?」
急に声が円卓内に響く。全員がその声の方へ顔を向ける。
それは七つある席の上座、円卓の始まりの【I】の席。
空白だったはずのセクィエスとタブリスの狭間の椅子。そこにいつの間にか座っていたのは凛とした女性。年は二十代には届いてないだろうが、少女と言うには雰囲気が大人びている。
彼女の登場によって部屋全体の空気が変わる。全てを浄化してしまうような荘厳が円卓を包み込んだのだ。
真っ白に染まった装飾の少ないドレスを着こなし、厳粛な面持ちで周囲を見渡した。
「リース……いえ、ここではタブリスと呼んでおきます。彼女に
女性が優しげな声音で礼を言いながら小さく頭を下げた。
まさに凛然かつ超然。ただ美しいというには彼女は色々と浮き世離れし過ぎている。
神秘という単語をそのまま形にしたような少女は年相応な笑顔でクラフトへ視線を移す。
「初めましてですね、クラフト・バルバロイさん。私がアルマゲストを率いているマスティマ・テトラクティスです。こうして挨拶が遅れた事を謝罪したいのですが受け取ってくれるでしょうか?」
組織のトップとは思えない謙虚さと彼女の存在感はあまりにも解離が激しくクラフトも困惑している様子だ。
「構わん、だが……」
その返事にマスティマは首を傾げた。
「"だが"、なんでしょう? 一瞬だけ言葉を出し惜しんだようにお見受けします、何か気になることでも?」
「いいや、総主というわりに若いので驚いただけだ」
「それだけなのですか? 私には少しだけ違うようにも思えますが?」
「……お見通しか。ならば言おう、私の人生でお前ほど神々しい存在を見たことがない。
下心など一寸もないクラフトの世辞にマスティマはクスリと笑む。
「お上手。嬉しい評価ですが私は神などではありません。気軽にマスティマとお呼び下さい」
「嘘ではないようだ、無駄な時間を使わせた事を謝罪しよう」
「いいえ。総主らしかろうと場の空気に干渉して登場した私にも責はあります。どうかご容赦を、こう見えて私は見栄っ張りなので」
「組織のトップとは相当に大変と見える」
「それはもう。肩が凝ってしょうがありません」
小さく笑い合う二人。
それから急に真面目な顔になったマスティマがセクィエスへ目を向ける。
「さてセクィエス、その体はどうしたのです? 霊子レベルで崩壊しかけている様子。……大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃなかったら、いちいちここにいないわ」
「愚問でした。そんな愚かな私にどうしてそうなったのかを聞かせてもらえると嬉しいです」
「……あのアホの頼みを聞いた結果よ」
セクィエスが顎でタブリスを指すとマスティマの瞳も動く。
「聞きますがタブリス。セクに何を頼んだのですか?」
「アリステア・メアって女の抹殺だよー」
その名を聞いたマスティマの目が驚きで見開かれる。
「アリステア? それは白雪のような髪を持つ銃使いではありませんか?」
「ビンゴ。あれ? そーしゅ様は真っ白ちゃんと知り合いなん?」
「……あの"魔弾の射手"がいるのですね」
考え込むマスティマ。
放っておいたらそのまま熟考しそうな雰囲気だったのでセクィエスは声を掛ける事にした。
「マスティマ、悪い癖が出てるわよ。タブリスに返事したら?」
ハッとなって思考の海から帰ってくるマスティマ。この女神様は一度深く考え込むと周囲の声が聞こえなくなる短所を持っているのだ。
「あぁごめんなさい、治そうと思っていても中々に出来ないものですね。タブリスの質問についてですが確かにあの"魔弾の射手"は知っています」
「わぉ。思わぬ接点だね、ちょっとコカビエルの依頼を受けた時に邪魔だったから消そうと思ったんだ」
「そうでしたか。ではタブリス、アリステア・メアの近くに東洋人の少年はいなかったですか?」
「んー。東洋人の少年かぁ。私が会った中では蒼井 渚っていうのが一番親しそうだったけど。その渚くんも強いっちゃ強いけどアリステアほどは脅威じゃないよ? ボクは結構好みだけどね」
タブリスの発言にマスティマは背を深く椅子に落とすと真剣な表情で円卓に両肘を着いて手を組んだ。緩やかだった空気が急に重くなり、肌がピリつく沈黙が円卓を包む。これは深刻な事案が迫ったときに見せるマスティマの一面だ。瞳を鋭くした顔から察するに、これから言うことを絶対に守れと厳命するつもりだろう。
「皆さん、その両名を最重要人物と判断しました。油断ならない相手と胸に刻んで置くよう厳命します」
「へぇ殺すの?」
「いずれはそうなるかと。しかし今は手を出しません」
「なんして? 今は片方がセッちゃんの"血咒"で呪われてるから全力出せない。まぁセッちゃんも万全ではないけど、ここにいる全員でやれば潰せるよ?」
タブリスが尤もな事を言う。
セクィエスも同意件だ、残りのメンバーも召集すればアリステア・メアごと駒王の連中を駆逐できる。
だがそれをやらないというのは何らかの情報をマスティマが握っているからだろう。
「セクィエスの状態が万全じゃないというのは関係ありません。タブリス、貴方には幾つか指令を出しておきます。まず一つはあの者を呼び戻しておいて下さい」
「え? 呼び戻すの? 折角上手く潜伏してるのに?」
「時が来たのです。クリスタは私が直接迎えに行きます」
「うわ、あの子も? たくさん死ぬなぁ」
「お前、その言葉を本人の前で言うんじゃないわよ。……確実に泣くから」
「たくさん殺すのに直ぐ泣くのか? どういう人物なのだ……?」
「おぉ、あの者こそ純粋なる虐殺の使徒。もっとも黄金の近くにいる非力なる者なり……」
アルマゲストのフルメンバーが揃うのはいつぶりだろうか。
ともせずマスティマが本気なのは確かなのだろう。つまりあの二人は相当にヤバい奴等という事だ。
「マスティマ、お前がそんな警戒するってことはアイツらが何か知ってるのかしら? 確かにアリステア・メアの実力は認めなくはないけれど」
「あー確かにバカ強いよね、アレ。ボクの目から見ても異常だよ。ねぇ?」
悪戯めいた視線を【VII】の席に送るタブリス。その椅子に座るのはクラフトだった、彼は小さくため息を吐く。
「私に振るか」
「お互い苦渋を舐めさせられた同士だかんね~」
「返す言葉もないな」
タブリスとクラフト。
この二人もまたアリステアの被害者だ。ともに重症を負わされて大変な目にあったのだ。
「警戒するなっていうのが無理な話か」
セクィエスが呟く。
アリステアは、いけ好かない女だが自分と同等なのは戦ったがゆえによく分かっている。
あの女と正面切って戦えるのはアルマゲストでも限られてくるだろう。
「
マスティマは全員に聞こえるように威厳を込めて言う。
「真の危険なのは蒼井 渚です。"蒼獄界炉の門にして鍵"、"鬼神"、そして"
なんとも聞き捨てならない台詞だ。別に最強を名乗ったことなどないが、こうもアッサリと言われると反論もしたくなる。実際セクィエスは神を何度も討ち殺している実績がある。
「"神殺し"程度にわたしが敗けると思っているの?」
「セク、彼が殺したのは貴女が滅した神とは異なる存在──"
セクィエスが絶句し、タブリスも口に加えていたキャンディを落とす。ネクロは会話が聞こえていないのか一人ブツブツと何かを呟き続けている。そんな中でクラフトが訝しげにマスティマを見た。
「マスティマよ、私は前にタブリスから、その"
「勿論、その二つとは異なる個体です。詳しく話しても良いですが本題から逸れてしまうから別の機会にしましょう。今、認識してほしいのは蒼井 渚とアリステア・メアがアルマゲストにとって到底無視できない存在だということです」
「ふふふ、随分とすごい男の子だったんね、渚くんは」
セクィエスは全てではないがとりあえず信じてやる。マスティマがこうも警戒する相手は希少だからだ。現存する神話体系の主神にすら恐れを抱かない賢しい女が、ただ一人の男を危険視するのは中々に面白い現象だ。
その
「リース、いけませんよ?」
「は~~い」
マスティマに心を読まれたタブリスが不服そうに返事した。
ここまで止められれば流石に自重するだろう。
セクィエスもタブリス程では無いにしろ蒼井 渚に関心を抱く。しかし自ら動く要素にはならない。せいぜい「そんな奴もいるのね」程度の感想だ。
「でもさー、渚くんってクラフトに完敗してるよね? そこんトコどうなの?」
タブリスがクラフトに問いを投げ掛けるとマスティマも言葉を待つ素振りを見せた。
「私が戦った時点での話ならば、ここにいる者たちで難なく勝てる実力だった。……だが、どうやら私はハンデを与えられていたらしい」
「ハンデってなによ?」
「そこまでは分からん。だがアリステア・メア
「大した奴ね、格上を舐めているなんて余程の馬鹿者よ」
吐き捨てるようにセクィエスが渚を非難した。
それに対してクラフトは「……いや」と否定する。
「本気ではあったのだろう。それは戦った私がよくわかっている、ただ全力ではなかった」
「具体的には?」
「蒼井 渚の中には何かがいる。あの戦いの最中に感じた異様な気配と視線は蒼井 渚の目を通して常に私を観察していた。アリステア・メアの言うハンデがソレだとしたら納得だ」
なんだ、その抽象的すぎる説明は……。
そんな風に思いつつ、セクィエスは自らの三つ編みの先端を手に取ると弄って遊び始める。こういう会議みたいな話し合いは性に合わないのだ。早く終わらせて帰りたいというのが本音である。
そんなセクィエスの隣でマスティマがクラフトに返事を返す。
「それは恐らく彼の内包する蒼の管理者、ピスティス・ソフィアと呼ばれている存在です」
「マスティマ、問うがピスティスというのは邪悪な存在か?」
「……? いえ、決して博愛主義ではないが邪悪というほどではないかと……。例えるなら
「では違うな」
「どういう事ですか?」
「私に向けられていたのは闘争心と憎悪、それも信じがたいほどの怨念めいている。──あれは人工知能というより"獣"だ」
「おかしい、そんなデータはないですね。しかし"獣"ですか。……まさかピスティス・ソフィアと共に"アレ"も飼っているというの? だとしたら彼は本当に━━いいえ、憶測でしかない現象を考えるのは得策ではありませんね……」
考え込むマスティマ。脳内の記憶を検索しているのだろう。
長くなりそうだと思ったセクィエスが席を立つ。直接に合間見えていないセクィエスにとって蒼井 渚など今はどうでもいい存在に過ぎない。殺せと言われれば殺そう、放って置けと言うならわざわざ近づくこともない。
「セク?」
「帰るわ、私は蒼井 渚なんかに興味なんてないし、好きな奴が好きなようにすればいい」
「なんて言いつつ渚くんに興味津々なセッちゃんなのでした」
いい加減、我慢するもの飽きてきたセクィエスが鮮血の刃を手に造るとタブリスの席を一閃した。
背後の壁が斜めに大きく裂ける。
狙った人物は宙返りして斬撃から逃れていた。
セクィエスは刃を握る手とは逆の五指に極細の血糸を這わすと糸使いのような手付きでタブリスを簀巻きにして捕獲。そのまま自分のいる場所へ引っ張ると刃を構えた。
絶体絶命のタブリスと目が合う。こんな状況だと言うのに心底楽しそうだ。
「わぁ本気で刺すつもりだ?」
「こうなるって分かっていた筈よ」
「うん!」
満面の笑みで刃に心臓を貫かせるタブリス。
胸を刃で刺された状態でも笑みを絶やさない気味の悪い女だ。どうやら危険を知らせる痛覚すらも彼女にとっては享楽の一部らしい。
血の刃を真っ赤な鮮血が伝う。
「うふふ、痛い痛い。痛くて脳みそが溶けちゃいそうだぁ」
「随分と余裕ね。私の"
「いやぁー、"血咒"って厄介だね? けどさセッちゃんも無理しない方がいいよ?」
タブリスがそう言った瞬間、セクィエスの刃を持っていた逆の手がボロっと崩れ始める。皮膚が剥がれ、肉が削げて、骨が露になる。
「……ちッ」
「ソレ、
「知ったような口を聞く奴ね、試そうか?」
「あはぁ! 超殺る気ぃ!! ボクはそんなキミが大好きぃ!!」
「私は嫌いよ、今すぐ死ね」
タブリスの挑発に敢えて乗るセクィエス。
この女を殺すのは難儀だが不可能じゃない、本気でやれば塵一つ残さずに消滅させてやることも出来る。
セクィエスが刃に更なる殺意を乗せようとしたときだ。
「━━ここでの争いは
包む込む優しさと咎めるような鮮烈さが合わさった声が響くと、アリステアとタブリスの双方が鋭く重い衝撃を受けて吹き飛んだ。
二人は引き離されるように吹き飛ぶも体勢を立て直して着地。
席に着いたままのマスティマが円卓の上で手を組みながら二人を見据えていた。穏やかな笑顔なのに目だけが笑っていない。有無を言わせない威圧感が重圧となって押し寄せる。
「どうして貴女たちはこうも仲が悪いのですか?」
「好きだからに決まってるじゃん」
「嫌いだからに決まってるでしょ」
噛み合っていない二人が視線を合わせた。
セクィエスが殺気、タブリスが親愛という全く逆の感情を乗せて見つめ合う。
マスティマが眉間に触れて「やれやれ」なんて呟く。
「とにかく喧嘩はお辞めなさい。……これは命令ですよ?」
「いえす、まむ!」
威圧感を一層重くしたマスティマに背筋を伸ばして敬礼するタブリス。その顔は若干引き釣っている。
セクィエスが調子のいいタブリスにイラッとしているとマスティマがニコニコ顔で見据えてくる。笑顔なのに、とんでもない重圧を発するなどなんとも器用な事である。これ以上マスティマの怒りを買っても得はない、だからセクィエスは首肯する。
「…………了解したわ」
「よろしいです♪ では話は終わりにします。それと体の具合はどうですか?」
「全快よ、勝手なことをしてくれるわね」
「傷だらけの貴女を見ているのは辛いですから、勝手をしちゃいました」
重圧を消して、テヘッと小さく舌を出すマスティマ。
セクィエスを蝕んでいた崩壊が消えている。自分ではどうにもできなかった術をマスティマは意図も容易くディスペルしていたのだ。あれだけ複雑な術式を一瞬で解呪するなど神業である。
ともせず会議が終わり、セクィエスは扉へ向かう。早く帰って寝たい気分だった。
「じゃあ皆さんで焼き肉を食べに行きましょう!」
パンと両手を叩くマスティマ。扉を少し開けたセクィエスが懐疑的な顔でマスティマを見る。
このアルマゲストの総主様は何をほざいているのだろうか?
そんな感情を隠そうともしないセクィエス。するとマスティマが軽やかなステップで近づき、その腕に手を絡めた。
「クラフトさんの歓迎祝いです。そう心配することはないです、店も既に予約をとってあります。──アルマゲスト御一行で!」
「心配しかないわよ! 忍べよ! 一応ウチって秘密結社でしょう!?」
「大丈夫ですよ、龍神のいるあそこに比べれば私たちなんか弱小組織ですから。冥界や天界ましてや他の神話体系のような勢力の目はあっちに向きますよ♪」
「なに『♪』ってるのよ。単体で神を殺せる戦力がいる時点で弱小じゃないわよ」
「うわー自分の事を自慢ですか。セッちゃん先輩、パネェ~わ」
「うっさいわよ、チビ。お前とマスティマも含まれてるわ!」
「まぁまぁ。折角久しぶりにあったのだから付き合ってください、セク」
「あ、こら、引っ張るな! ちょっとマスティマ!!」
「まぁまぁ、いいからいいから」
「どこも良くないわ!」
「うっしゃ、焼き肉焼き肉♪ れっつごー、ぱーりぃ。ほらネクロっちもバルバルもいっくぞー?」
ズカズカとマスティマに引っ張られていくセクィエス。
そんな中で、ずっとブツブツと独り言を言っていたネクロがわなわなと震えると急に立ち上がる。
「肉! 肉を食べるのです! おぉそれは甘美なる天の恵み……」
ガリガリの癖に肉が好きなのかよ……。
セクィエスは焼き肉に狂喜乱舞する邪教徒にげんなりした。
「…………バルバルとは私のことか? どうすればそんな名に変換されるのだ?」
セクィエスたちを珍妙な歩き方で追うネクロの後ろではクラフトが一人で首を傾げていた。
あの集団のなかで肉を食べるのかと思い、セクィエスは顔を引き釣らせた。
セクィエスとタブリスは普通の格好だが、残りが悪目立ちする。
片やボロボロのマントで身を包むクラフト、片や邪教徒のような趣味の悪い神父服、片やどこかの物語から飛び出て来たようなドレスのマスティマ。
どう見ても目立つ、どうしても隠しきれない。本気なのだろうか?
「マスティマ、お前とクラフトとネクロは着替えてほしいのだけど」
「はて、なぜです?」
「いやいやいや、男どもは放浪者か聖職者(?)で片付けられるかもしれないけど、お前のその格好はアウトよ、そんなパーティードレスみたいな服で町中に行くべきじゃない」
「問題ありません。このマスティマ・テトラクティス、例え人様から変人と言われようと皆様の胃袋の為なら屈辱すらも呑み込めます!!」
「お前はどっかの女神か!?」
「いいえ、ただの、アスティマ、です!」
「なんで、こうも、話が、噛み合わないの!!」
どうしてマスティマは聡明なのに、たまにこんな馬鹿になるのだろう。
「ねぇねぇ! ボクさ、タコ食べたい!」
マスティマにそんなお願いをするタブリス。
ここにも馬鹿がいた、焼肉屋にタコなんてあるわけもなかろうに……。
「いいですとも! 行く途中で買うとしましょうか。店には話を通しておきます、私は今から行く店の常連なのです、タコぐらい焼いても問題ない」
「きたー! 流石は総主マスティマ!! パネェ~」
「ただの迷惑な客じゃない……」
深淵なみに理解不能な思考回路にツッコむ気力さえも失う。
余談だが、行きたくないパーティーに誘わたセクィエスは変人集団に普通服で混じっているため逆に目立った。
羞恥の中で黙って肉とタコを食べる彼女は、珍妙さなど気にしないタブリスにからかわれ続け、結果的に焼肉とタコが嫌いになったのだった……。
渚に対するカウンターとして作ったオリジナルの敵たちの会議です。
仰々しくも、どこか茶目っ気のある存在を目指して作りました。
このメンバーでのボケはマスティマとタブリス。ツッコミ役はおもにセクィエスさんになります。