ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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この章は渚が不在なので、いつもより群青劇みたいに視点がよく変わる予定です。
読みにくかったらすいません。



訪問者 イオフィエル《Max Anxiety》

 

 ──駒王、郊外。

 

 転移陣が消失し、イオフィエルだけが駒王学園に残されて少し時間が経つ。

 

「どうしよう、ゼノヴィア! イオフィエルさまの転移陣が消えちゃったわよ!」

「そうだな」

 

 イリナがこれでもかと慌ただしい。対してゼノヴィアは静かに(たたず)む。冷静に考えても魔法知識に(うと)い自分ではどうしようもないからだ。

 緊急事態ではあるものの慌てる必要もない。あのリアス・グレモリーがイオフィエルに危害を加えるとは思えないからだ。彼女は悪魔だがゼノヴィアの知る悪魔像からは程遠い精神の持ち主だった。

 傲慢(ごうまん)ではなく高潔(こうけつ)、残忍さとは程遠い人格者だ。コカビエルとの戦いでもリアスとその眷属たちには助けられたし、彼女たちの尽力が無ければ死んでいただろう。だからだろうか、ある種の信用というものが芽生(めば)えている。

 そんなこともあり、イリナのように悲観はしていない。ただ途方(とほう)に暮れるしかないのは事実だ。

 ゼノヴィアが徒歩で学園へ戻ろうかと迷っていると虚空に聖なる紋章が浮かび上がり陣を形成していく。光り輝く新たな陣から何事もなかった風体でイオフィエルが転移してきた。

 

「イオフィエルさま!」

 

 合流地点に転移してきたイオフィエルにまず詰め寄ったのはイリナだ。顔は安堵(あんど)の表情を宿している。悪魔の支配する地で智天使(ケルビム)に何かあれば教会の戦士として(しゅ)に顔向けできなくなると懸念(けねん)していたのだろう。

 

「急に転移陣が機能不全を起こして何事かと慌てましたよ、イオフィエルさん」

 

 続くラグエルの問いにイオフィエルが答える。

 

「陣の式が甘くてね、次からは気を付けよう」

「本当ですか、イオフィエルさま?」

「ほぅ。デュランダルは疑っているのか?」

「少し違和感を感じたので言葉にしました。無礼であれば罰は受けます」

 

 ゼノヴィアは不敬を自覚しつつも疑問を投げ掛けるがイオフィエルは口許(くちもと)の笑みを深くするだけで責める様子はない。

 

「ふふふ。それは知性あるものとして評価するよ。だけどわたしだって完璧ではない、たまには失敗もするさ」

 

 嘘だな……とゼノヴィアは確信する。天界第二位の座に位置する智天使(ケルビム)ともあろう者があんな些細(ささい)なミスをするわけもない。この智天使様は故意に自分だけ残って(なん)らかの事を()したのだ。

 

「戦士ゼノヴィア、その辺りにしてあげてください。彼女だって(まれ)に失敗もするでしょう」

 

 ゼノヴィアを(いさ)めるラグエル。間違いなくイオフィエルの嘘を見抜いてくるのに言及しない彼に習い、これ以上の問答は()めておくことにした。

 

「ラグエル」

「はい、なにか?」

「わたしは少し寄り道をすることにした、あとは一人で頼むよ」

「寄り道? 元々エクスカリバー捜索の任に()く私のお目付け役として来た貴女がですか? 一体に何をするのか聞いても?」

「観光だよ。あなたも分かってるだろう? エクスカリバーの捜索なんて無意味さ。大方、アザゼルが回収しているよ。闇雲に動いても成果はあがらないんだ、仕事なんて放り出しても構わないだろう」

熾天使(セラフ)の面々にはどう説明するおつもりで?」

「わたしにそう言われたと言えばいい。でなくともミカエルには後から直接言うとするさ」

「アザゼルの手にエクスカリバーがあるのは見過ごせないのでは?」

「近い内に戻ってくるから問題ない。あんな戦争勃発の地雷みたいな代物を彼が手元に置くはずがない。まぁ聖剣じゃなくて神器だったら分からなかったがね」

「……アザゼルを信頼しているのですね」

「信頼? 違うな、これはプロファイリングだ、彼の思考を読んだに過ぎない」

「信じても?」

「返って来なかったら、わたしが直接出向いても良いよ」

 

 納得はしていないラグエルだが諦めたような顔をする。

 

「分かりました。イオフィエルさんの自由行動を認めます。ですが警護は付けてください」

「必要ないな」

 

 ()らぬ世話だという雰囲気のイオフィエルにラグエルは首を振って譲らなかった。

 

「今の貴女は熾天使(セラフ)に続く智天使(ケルビム)(おさ)です、一人で出歩かせるなどあり得ない」

「心配性だと自覚すべきだね」

熾天使(セラフ)の全員が動く可能性を考慮していますか? 貴女こそ替えの利かない存在と自覚すべきかと……」

「……わかった、あなたの意思を尊重しよう。それに、あの子達を無駄に働かせるのは忍びないしね。デュランダルを連れて行く。()の最強の聖剣が護衛ならば問題ないだろ」

 

 まさかの指名にゼノヴィアは体を(こわ)ばらせた。イオフィエルはそんな彼女に気づいてか顔を傾げる。

 

「不服かな?」

「いえ、光栄です」

「良い返事だ。では行こうか、デュランダル」

 

 スタスタと歩き始めるイオフィエルに早足で並ぶゼノヴィアだったが気づいたように後ろを向く。

 

「イリナ、ラグエルさまを頼むぞ」

「あ、うん。そっちもね」

 

 急なイオフィエルの独断にイリナも困惑している様子だが快くゼノヴィアを見送る。

 これが最強の聖剣が持つゆえの信用なのだろうかと思うゼノヴィア。なんにしても智天使(ケルビム)(おさ)から護衛を言い渡されたのだから全力で挑むしかないだろう。

 こうしてゼノヴィアはイオフィエルの観光とやらに付き合うハメになる。

 イリナとラグエルの二人と別れたイオフィエルはその足で、人のいない郊外から駒王の繁華街へ向かう。観光と言っていたのだから、そこに疑念はない。だが何をするのかには大いに興味があった。

 

「その……イオフィエルさま、どちらまで?」

「これから人に会いに行く。その土産を買おうと思ってるんだ」

 

 その時のイオフィエルは、いつもの尊大さを一切()いており、まるで想い人の下へ向かおうとしている見た目相応の少女にしか見えなかった。

 

 

 

 

●○

 

 

 

 

 時間は夕暮れ近くだと言うのに空は明るく日が落ちる気配がない。

 夏がもうすぐやってくるのだろう。

 

「ふぅ日本はとても暑いです」

 

 額から流れる汗を吹きながらもアーシア・アルジェントは帰宅した。

 直ぐ様、お風呂場へ向かい制服を脱ぐと暖かいお湯で身を清めてリビングへ出た。

 キラキラと光を反射する金髪をタオルで拭きながら静まり返った室内を見渡す。

 自分一人で使うには広いマンションの一室は人の気配がなく寂しさを感じる。いつからだろうか、一人がこんなに心細いと感じるようになったのは……。教会にいた頃は誰も自分に話しかけず、職務以外では放置だった。だから孤独には慣れているつもりはずだった。

 

「(いいえ、きっと違ったんでしょう)」

 

 少し考えてすぐに答えを見つけてしまう。

 もともと自分は人一倍寂しがり屋だったのだろう。教会にいた頃は「これも神の試練」と(いつわ)り、無意識で耐えていたのだ。しかしそれは盲信であり本当の信仰とは程遠い心を壊す毒のようなものだ。

 渚やアリステアに出会わなければ心が死んでいたかもしれない。この胸にある熱を取り戻してくれたのは渚であり、アリステアであり、リアスたちのおかげなのだ。

 この大恩を返すにはどうすればいいのかをずっと考えているが(いま)だ答えはアーシアの中にはなかった。

 少し前だったら愚かな自分を(なげ)いていただろうが今は違う。

 

 ──そんなの、ゆっくり考えればいいんじゃないか? 

 

 自然と胸に熱が宿る。心の支えである想い人の声はアーシアの迷いを和らげてくれるのだ。

 思考停止ではなく、(あせ)らずに長い人生を懸けて見つける。それがアーシアの出した今の答えだった。

 だから今出来る事をやろうとアーシアは少しオシャレな普段着で家を出る。その足で向かったのは隣の部屋だ。チャイムを鳴らし、ゆっくり10秒数えてから玄関ノブを回す。ロックが掛かっているのを確認すると懐から鍵を出して中へ入った。

 

「お邪魔します」

 

 靴を綺麗に並べてから室内用のスリッパに履き替え、慣れた足取りでリビング近くにある部屋の前に立つと優しくノックをする。返事がないので控えめにドアを開く。どこにでもありそうな普通の男部屋。

 その部屋のベッドでは渚が小さな寝息を立てていた。そのままベッドに近くに近づくとちょこんと座るアーシア。

 

「今日もお休みですか、ナギさん」

 

 聖女のような微笑みで渚へ話しかける。

 触れることなく、ただ彼の目覚めを待ち続けるアーシア。

 本心では早く起きてほしい。たくさんお喋りもしたいし、学校へも一緒に通いたい。それでもアーシアは起こそうとはしない。彼はきっと疲れている、多くを守るために命を懸けた渚には休んでほしいのだ。

 彼が眠り続ける今日までの二週間、アーシアはずっと渚の家に(かよ)い続けていた。

 起きたときに「おはよう」と言いたいが(ため)だけに……。

 

「あ、ステアさんが用意した朝食も片付けた方がいいですよね」

 

 ベッドの横の棚の上には、すっかり冷えてしまった朝食が置かれてある。以前、料理を作るのは好きじゃないと言っていたのに毎日()かさず用意しているアリステアは、やはり優しい人なのだと親愛を向けつつ、朝食の乗ったトレイへ手を掛けようとした。

 そんな時だ、とある物が目に入る。

 ベッドの横に立ててあった一本の刀。

 アリステアと同様、常に彼と共にあり強敵と斬り結んだもう一人の相棒。アーシアの手が自然に刀へと伸びた。

 渚が何を考えて戦っていたのかを知りたかった。少しでも渚に近づきたい。それはアーシアが初めて抱いた欲望。この刀を取れば分かる……などと幻想めいた考えが脳裏に(よぎ)った。

 鞘に両手を添えてしっかりと握る。

 世界で(もっと)も美しいと言われる剣はアーシアが思っていたよりもずっと重い。きっと自分では満足に振れないだろうとも思う。恐る恐る刀の柄に指を絡めると少しだけ引き抜く。

 チャキっと短い金属音が鳴り、鞘口と刀の鍔に狭間に白刃が銀色の輝きを放つ。

 その瞬間だった。

 知らないの誰かとアーシアの精神が繋がり、大量の何かが流れ込んで来た。

 

「え? あ……うッ!!」

 

 それは指を通って、肩を通過し、心臓にも達すると脳髄までも侵食する情報と言うの名の濁流。神経に電撃で流されたような痛烈な感覚に全身が大きく跳ねた。

 何かが、誰かが、自分と言う存在を塗り潰そうとやって来る。とても抗えるものじゃないと悟ったアーシアは耐えきれずに刀だけではなく自らの意識も手放すとそのまま床に倒れ込むのだった……。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 イオフィエルが繁華街に到着するなり、人差し指をあごに添えつつお土産を探す。こうしていればただの可愛らしい中学生である。

 

「むぅ~、これが無難かな」

 

 イオフィエルのお土産はケーキが選ばれた。

 支払いの際、ガマ口財布を出してキチンと日本円で購入する天使の姿に違和感を感じつつ、結局は夕方まで付き合わされることになったゼノヴィア。

 やがて二人は夕暮れの住宅街へ向かう。

 ゼノヴィアが自分より小さな背中を眺めながら歩いているとイオフィエルが急に振り向いた。

 

「暇だね。少し会話でもしようじゃないか、デュランダル」

「はぁ……会話ですか?」

 

 脈絡のない申し出に気の抜けた言葉で返してしまった。無礼だったかもしれないとゼノヴィアは少し焦る。しかしイオフィエルは気にしていないようで、そのまま口を動かし続けた。

 

「そう難しい顔をしないでくれたまえ。ただわたしの質問に答えるだけでも良いさ」

「わかりました。それで質問とは?」

「あなたは、これからも神の代行者として戦うのかい?」

 

 まさか、そんな質問が飛んでくるとは思わなかった。幼女期より教会に引き取られたゼノヴィアにとって信仰とは絶対だ。天上に神が存在する限りは剣を捨てる日は来ないだろう。

 

「この身が朽ち果て、(しゅ)の下へ召されるまでは戦い続けます」

「そうか。主の下へ召されるまでは、か」

 

 即答したゼノヴィアに何処か哀れみの視線を向けるイオフィエルだったが、それも一瞬でいつもの試すような笑みを浮かべた。

 

「少し話題を変えるとしよう。ずばりだ、アリステア・メアをどう思う?」

 

 まるで突拍子のないイオフィエル。あまり関わりのない人間を評価するのは難しい。

 あの白雪めいた少女を一言でいうなら「美しい」だ。高い鼻梁に雪のように儚げで長い睫毛に縁取られたアイスブルーの瞳。絹のように白く滑らかな長い髪、モデルのような肉体。どれをとっても人型としての完成体で正に女と男の理想を体現したような女性だ。

 だがイオフィエルが聞いているのはこういった外見ではないのだろう。求めている答えは内面にこそある。ゼノヴィアはゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「凄まじい使い手です。──命を賭さないと勝てないでしょう」

「ふーん」

 

 それで? という表情でゼノヴィアに続きを促すイオフィエル。

 

「初めて見たときはコカビエルとの戦いが終わって()ぐです。まるで当たり前のように瓦礫の山と化した駒王学園を修復した。あんな芸当を出来る術者はそうはいない。私の戦士としての感覚が彼女に対して強く警戒をしています」

「その感覚は正しいな。ふふふ、デュランダルがあなたを選ぶわけだ。まぁアレも色々バグっているからね。右手の傷のせいで全盛期は程遠いのだろうが。……さて着いたな、詰まらない話に付き合わせたね」

 

 どうやら目的地に着いたようだ。

 いかにも高そうな高級マンションである。イオフィエルはあごに人差し指を添えた。恐らく考え事をする時の癖なのだろう。

 

「ふ~~む」

 

 可愛らしく唸りながら一階の端から一つ一つの部屋を目で追う。

 そして、とある一室で視線を止めると嬉しそうに笑みを作る。

 

「見つけた……! さ、行くとしよう!」

 

 言うや否や迷いのない足取りでマンションへ入るとエレベーターを使って上がる。ゼノヴィアは黙ってイオフィエルを追っていくと、やがて目的であろう部屋の前にたどり着く。

 イオフィエルがチャイムを鳴らす。

 数秒後、扉が開くとゼノヴィアを我が目を疑う。

 

「あ、アーシア・アルジェント?」

「確か、えと、ゼノヴィアさん……でしたか?」

 

 部屋から現れたのは元シスターで今は悪魔のアーシアだった。

 意外な人物の登場にゼノヴィアはしばらくアーシアと見つめ合うのだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「あ、アーシア・アルジェント?」

「確か、えと、ゼノヴィアさん……でしたか?」

 

 教会の戦士であるゼノヴィアが目を見開いていた、アーシアも同様だ。

 イオフィエルは複雑な関係にある二人を見て内心で楽しんでいた。

 片や教会の戦士でデュランダル使いの聖職者、片や聖女であり今は悪魔の元シスター。

 本来ならすぐに殺し殺されの殺伐とした再会になるはずなのだが、この両名に限ってそうではなかった。

 ゼノヴィアはアーシアに友人(イリナ)を救って貰った借りがあり、アーシアはそもそも戦いなどとは無縁の性格だ。こんな二人は仲良くとはいかないまでも殺し合う間柄でもない微妙な関係だった。

 立場の違いはあれ、ゼノヴィアとアーシアは共通して神を(しゅ)(あが)めている。今の立ち位置で無ければ気の合う友人になれる可能性もあったかもしれない。

 ともせず中々に面白い組み合わせであるとイオフィエルは思う。

 

「ここは君の部屋なのか?」

 

 ゼノヴィアが困惑ぎみな顔で訪ねるがアーシアは少し考えて首を左右に動かした。

 

「いいえ、ここはナギ……蒼井 渚さんの家で私はお見舞いに来ているだけです」

「彼の? そうだったのか」

 

 ゼノヴィアが窺うような視線をイオフィエルに向けた。渚を訪ねて来たのが、余程に不可解なのだろう。

 

「ま、そういう事さ」

 

 イオフィエルがゼノヴィアの困惑を受けながらアーシアを見た。互いに初対面だがアーシアは天界でもそれなりの有名人だった。癒しの聖女とまで言われ、遠くない未来に天界から(なん)らかの声が掛かるだろう人物がアーシア・アルジェントという存在だ。もっともその前に追放されたのだが……。

 イオフィエルは少し前に目を通したアーシアの資料データを脳内から引き出す。

 確か、自己主張が少なく流されやすい……だが(とうと)いまでに献身的な性格と書かれていた。それでいて有用な"神 器(セイクリッド・ギア)"を所持していたのだから周りから良いように扱われていたのだろう。

 確かに資料だけを見れば危険性のない人畜無害な少女だ。

 しかし目の前にいる少女からは一切の隙がなく、瞳は穏やかながら力があった。さながら鞘に納められた一本の剣を思わせる佇まいである。利用しよう物なら一刀両断されそうだ。まるで歴戦の猛者(もさ)みたいな聖女である。

 

「ふむ」

 

 資料とは違うアーシアの印象に若干の興味を抱くイオフィエル。

 

「ゼノヴィアさんは、どうしてこちらに?」

「私は……付き添いだ」

「この方が用がある」

「そちら方ですか?」

「あなたがアーシア・アルジェントか。かつての教会の聖女がいるとは予想外だね。ふむ、こうして見るに中々信仰深い人間のようだ」

 

 イオフィエルが冗談混じりに言いながらアーシアを見上げる。小さな体には似合わない尊大な口調にも驚いた様子も見せずにまじまじと見つめられる。

 

「貴女は……アンブローズさん?」

 

 はて、初めて聞く名だ。それは誰の事を指しているのだろうか。彼女の交友関係は把握していないので返答に困る。予想外の返しに沈黙しているとアーシアが小さく首を振った。

 

「いえ。申し訳ありません、人違いでした。私はアーシア・アルジェントと申します、以後お見知りおきを」

 

 落ち着き払った会釈で詫びるアーシア。自分のような人物が二人もいるとは思えないが世界は広いのだから否定もできないだろ。イオフィエルは改めて自己紹介をすることにした。

 

「おっと申し訳ない、自己紹介が遅れてしまったね。わたしの事はイオと呼んでほしい。このデュラダル……じゃなくてゼノヴィアの上司に当たる者と認識してもらって構わない」

 

 とりあえずイオフィエルとは名乗らない。こんな姿でも智天使(ケルビム)の長だ。元とはいえ教会関係者であるアーシアならば名前ぐらいは知っていてもおかしくないからだ。

 

「教会の偉い人という認識でよろしいのですか?」

「まぁそうとも言えるだろう。けれど身構えなくてもいい、今日は蒼井 渚さんに会いに来ただけだ」

 

 イオフィエルの言葉にアーシアは瞳が少しばかり細くなる。やはりというか警戒されている。

 

「わざわざご足労頂いて恐縮なのですが渚さんは今、人と話せる状態ではなくて……」

「構わない。ただ本人に直接会っておきたい。……ダメかな?」

 

 アーシアが考え込む。見ず知らずの者を眠る渚に会わせるのかを迷っている様子だ。

 当たり前の判断だがイオフィエルは諦めずに攻める。

 

「彼には一切危害を加えないと我らが()()()()。私もゼノヴィアも、だ」

 

 それは天界および教会の関係者にとって誓約にも等しい言葉。聖職者や天使が決して犯してはならない禁忌の一つに軽々しく神に誓うというものがある。覆すことがあれば(しゅ)に背いた大罪人の烙印を押される程に重い誓いだ。元シスターであるアーシアだからこそ言葉の重みが理解できるはずだ。加えて彼女がわざわざ訪ねてきた者を突っぱねる人柄ではない事も承知している。イオフィエルは打算的にアーシアの根強い信仰心を利用する。

 

「そこまで言っていただけるのならどうぞ」

 

 やはり上手く行った。

 しかし、ここでがっつかずに謙虚な所を見せようとイオフィエルはニヤつきそうな頬に力を入れて口を横に結ぶ。

 

「いいのかな? 君はこの家の主ではないのだろ?」

「もう一人の家主さんであるアリステアさんも私の判断で通したと言えば許してくれると思いますから」

「へぇ、あの傲岸不遜な女がねぇ。あなたは相当に信頼されているのだね。あの手の者は、てっきり誰も彼も下に見ているだけと思っていたよ」

 

 イオフィエルの言葉にアーシアはどこか遠い目をした。

 

「アリステアさんは一人で何でもしようとする悪癖がありますが優しい人ですよ」

「面白い見解だ。……っと長話しが過ぎたね、お邪魔するとしよう」

 

 イオフィエルが靴を脱いで部屋に入るがゼノヴィアが立ったままだ。

 

「何をしている、ゼノヴィア。あなたはわたしの護衛なのだから付いてくるといい」

「分かりました」

 

 ゼノヴィアが言われたままに室内へ入った。何故かアーシアを見つめながら顔に疑問符をつけたままだ。

 どうしてあんなに訝しげな表情をするのだろうかとイオフィエルは思いつつもトントンとアーシアの背を人差し指で叩く。彼女がイオフィエルに振り向いたと同時に洒落(しゃれ)た紙袋を差し出す。

 

「土産の品だ。多めに買っておいたから後で食べるといい。ちなみにアリステア・メアの分は残さなくてもいいぞ♪」

 

 イオフィエルの言葉からアリステアがあまり好きでないと理解したアーシアは困ったような笑みを浮かべつつも土産を丁寧に受け取った。

 

「ありがとうございます。ですが私も頂いてよろしいんですか?」

「気にすることはないさ。ここが蒼井 渚の部屋かい?」

「そうです」

 

 アーシアが冷蔵庫に土産を置きに行くのを確認してからイオフィエルは渚の部屋のドアノブに触れた。

 早速、入ろうとした時だった。

 視界の横から白い指が現れてイオフィエルの手に乗せられた。

 

「……っ!」

 

 音も気配もなく伸びてきた腕に流石に驚く。

 

「寝ているのでお静かに入室してくださいね」

「……あぁそうしよう」

 

 イオフィエルは今しがた自分を襲った驚きを黙殺した。

 彼女が黙殺したのは不意を打たれた事である、イオフィエルはアーシアが冷蔵庫からこの扉に前に来る瞬間を完全に見逃したのだ。

 

「(偶然か? ……いや)」

 

 動く気配どころか息づかいさえも殺した移動術、こんなものを使えるのは生粋の暗殺者か武を極めた者だけだ。しかも人間を遥かに凌ぐ五感を持つ天使にも感づかれない程となればそのまま脅威に繋がる。

 アーシア・アルジェントに危険性は一切ないというデータは最早アテに出来なくなった。

 

「どうぞ」

 

 アーシアが扉を開けるとサッと渚への道を開けてくれる。誘われるがままイオフィエルは渚に近づき寝顔を覗き込む。

 

「──やぁ親愛なる君。見たところ全盛期には程遠いな。これでは彼女たちに呆気なくやられてしまうね。でも安心してくれ、あの分からず屋どもからはわたしが守ってあげようじゃないか。勿論、報酬は頂くがね」

 

 イオフィエルが何を言っているか、アーシアもゼノヴィアは意味がわからないはずだ。ただ黙っているしかないだろう。実際ゼノヴィアはキョトンとしている。

 

「全盛期には程遠いですか?」

 

 イオフィエルが立ち上がってアーシアへ体を向ける。

 

「盗み聞きとは趣味が悪いね、聖女アーシア?」

「すいません、そんなつもりは」

「いいよ、怒る理由もないからね。……って、おいおい、もう帰って来たのかい」

 

 イオフィエルは玄関先に目を向けるなり肩を竦めた。

 そして、それは突然とやって来た。

 身が凍えるような殺気が全身を襲ったのだ。

 それは、この近くにとんでもない存在が現れた事を意味している。

 

「どうもこうもタイミングが悪いね。──やぁ、さっきぶりだね」

 

 辟易した表情でイオフィエルは部屋の入り口を見つめた。

 そこには無表情なアリステアが氷のような瞳で立っていたのだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 死を告げる警鐘が頭の中で鳴り響く。

 ゼノヴィアは絶死の包容とも言える苦行を味わっていた。

 

「あ……あぁ……」

 

 それは突然に現れた酷寒(ごっかん)の気配。

 我が身が凍り付いてしまったのではないかと思うほどの圧に体が動かない。すぐ背後から発せられる冷厳の意思はゼノヴィアという少女の指先ひとつまで支配していた。危機感なんて言葉でも生温(なまぬる)い、それは確実な死の予感であり、抗えない恐怖そのモノだ。

 いったい何が起こったのか。困惑する中でイオフィエルは芝居()かったように手を広げた。

 

「意外かな? わたしはさっき"近い内に"と言ったよ、アリステア・メア」

「数時間で再開とは思いませんでしたよ。しかし場所が悪いですね、イオフィエル」

 

 アリステアの丁寧な口調の裏には果てしない殺気が込められている。一言一言が刃のように突き刺さっては精神を殺していく。理由は分からないが今、アリステアは非常に怒っているのだろう。

 ゼノヴィアは初めて理解する。過ぎた恐怖は心を殺すのだと……。

 背後の白い死神が動くのを感じる。一歩、また一歩と後ろから迫る圧倒的な存在感に息が詰まり、首を絞めらているような息苦しさでヒューという妙な呼吸音が漏れる。ゼノヴィアは|震えを抑え込み身体を無理やり動かすが、ぎこち無さもあり壊れた人形のようだ

 殺意の源であるアリステア・メアを初めて視界に入れる。

 そこで後悔した。

 

 「(……なんということだろう)」

 

 そんな言葉を内心に宿したゼノヴィアは自分の勘違いを恥じた。

 

 ──命を()さないと勝てない。

 

 ここに来る前にイオフィエルへ放った発言が如何(いか)にうぬぼれだったのかをアリステア・メアの姿と殺意を前にして初めて気づいてしまった。

 最強の聖 剣(デュランダル)を使えば勝てる?

 否、断じて否だ!! 

 こんな存在に勝てる訳がない。今、アリステア・メアが発している威圧感はコカビエルや白龍皇すら超えているのだ。

 勝ち負けではない。強い弱いでもない。

 単純に恐ろしいのだ。怖くて(たま)らない、少しでも彼女の反感を買えば即死する未来が見える。

 最早、ゼノヴィアの瞳はアリステアを可憐な少女とは映さない。"白い闇"もしくは人の形をした全く別の"ナニか"であった。

 そんな意味不明な存在に対して一切の恐怖を抱いていない者もいる。

 イオフィエルだ。彼女はあろうことか愉悦(ゆえつ)を含めた笑みすら浮かべていた。とても正気とは思えない。

 

「おやおや、そんなに怒る事もないだろうに。見たまえよ、君の友人も怯えている」

 

 アーシアはただ動かずにアリステアを見据えていた。当然だ、これだけの殺意を()き散らされたら発狂してもおかしくないのだ。指先ひとつ動かすのに相応の覚悟がいる。あの白雪の怪物は人間の理性を消し飛ばすような邪神の所業(しょぎょう)をやっているのだ。

 

「ご忠告痛み入ります。危うく過ちを犯すところでした」

 

 全身を縛り付けていた恐怖が(やわ)らぐ。アーシアを気遣ったのだろう。

 しかし冷たい汗は流れ続けた。

 殺意は消えたわけではないのだ。アリステアは奥の奥に納めただけで未だに殺す気なのは変わりはない。深淵よりも深い絶望がイオフィエルヘ歩を進める

 ゼノヴィアは己の矜持(ぎんじ)に懸けてアリステアを前に身構えた。

 

「止まれ。私たちは戦うために、ここへ来たのでは……」

「──邪魔です」

 

 瞬間、ゼノヴィアの身体は粉々に砕かれた。

 床に散らばる自分だったパーツを呆然と見ながら首が有らぬ方向へ転がっていく。

 死んだ、確実に今自分は死んだのだ。

 

「気をしっかり持て、ゼノヴィア……! あなたはまだ生きている」

 

 イオフィエルの冷静な叱咤によって意識が覚醒する。

 死んだと思ったはずのゼノヴィアは生きていた。血の跡も無ければ身体の四肢も繋がっていて何処にも異常はない。

 

「さ、殺気だけで殺されたのか……?」

 

 全身に走った戦慄はゼノヴィアの気力を根こそぎ刈り取る。糸の切れた人形のように膝から崩れ落ち、息は荒く、心臓が破裂しそうなほどに波打っている。

 

「酷い事をするね。危うく私の護衛は精神が殺されていたよ?」

「彼女の命に興味がありませんね。さて用件を聞きましょうか?」

「そう恐い顔をしないで欲しいのだが? わたしが蒼井 渚に近づいたのが余程に嫌なのかい?」

「"エル・グラマトン"の関係者を今のナギに近づけるのは本意ではありません」

「やれやれ。あなたからは相当に嫌われているな、あの人……。けれどもね、わたしの行動にいちいち苛立たないでくれないか?」

 

 一色触発。

 緊張感漂う空気の中だった。少しでも切っ掛けあればアリステアは動くだろう。ゼノヴィアは何もできずに沈黙するしかなかった。

 

「……ステアさん」

「何か?」

 

 ギロリっと厳寒の蒼い瞳がアーシアを捉えた。

 

「ナギさんが寝ています」

「知っています」

 

 殺意に当てられても揺るがないアーシアはアリステアの重圧には決して(おく)していない。強い意思の碧い瞳(アーシア)と殺意に染まる蒼い瞳(アリステア)の視線が(まじ)わる。あんな途方もない殺意を放つ相手に真っ直ぐな顔を向けられるアーシアにゼノヴィアは畏敬の念を抱く。

 

「ナギさんが寝ているんです。こんな場面で目を覚ましたら驚いてしまいますよ?」

 

 残酷なまでに極寒な瞳のアリステアを(いさ)めるアーシア。 

 今の状況でアリステアに意見するなど自殺行為だ。鋼の精神なんてものじゃない。アーシア・アルジェントに恐いものはないのだろうか。

 

「嫌われちゃいますよ?」

「アーシア?」

「なんですか、ステアさん」

「何かありましたか?」

「いいえ、なにも。あるとしたらステアさんが怒ってます」

「……分かりました」

 

 フッと重圧が消失し、意外にもあっさり折れるアリステア。それを見てアーシアも安堵の表情を浮かべる。

 

「良かったです」

「確かに大人げなかったですね。アーシア、感謝します。私としたことが寝不足が祟って短気を起こしてしまいました」

「いいえ、ステアさんはナギさんのために怒っているのですよね? それを責めるなんて出来ないですから……」

 

 そんな二人に小さな影がわざとらしく声を掛けてきた。 

 

「ふむ、寝不足なのかい? わたしはこう見えて子守唄が得意でね、一曲いかがだろうか?」

 

 筋違いの提案にアリステアの瞳が再び冷たくなる。

 ゼノヴィアの心臓も凍りつきそうになった。

 もうこの智天使には黙っていて欲しい。口を開く度にアリステアを苛立たせるというのを理解できないだろうか? お願いだから目の前にいる怪物の機嫌損ねるのだけは心の底からやめてほしいと叫びたかった。

 

「冗談だよ、さてアーシア・アルジェント」

「なんでしょう?」

「折り入って頼みたいことがあるのだが?」

「頼みごとですか?」

「簡単さ、リアス・グレモリーの連絡先は知っているね? 彼女にここへ来てもらいたいんだ、さっきは出来なかった話があるんだ」

 

 イオフィエルは悪魔のような天使の笑顔が見え隠れしてるのを自覚する。バレないために自然な仕草で口を手で覆う。

 

「私がリアスさんにですか……?」

 

 何故か気乗りしないと言いたげなアーシア。眷属の仲は良好なはずなのにどうしたと言うのだろうか?

 

「おや、何か不都合があるのかな?」

「色々ありますが、一番はコレになります……」

 

 アーシアが気まずそうに取り出したのはスマートフォンだった。リアスから支給されただろう最新の携帯端末を前に出す。

 

「コレが携帯電話の(たぐ)いなのは知っているのですが、衝撃的な事にボタンがありません。どうやって電話をするのですか?」

「……使い方を分からないまま、持っているのですか?」

「せ、説明書があれば使えますよっ」

 

 この科学が闊歩する時代で、スマートフォンが扱えないお婆ちゃん女子校生の存在に全員が絶句するのだった……。

 





ゼノヴィアの心労がMAXになったお話。
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