ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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渚の前に現れたイオフィエル。
その会合を目にしたアリステアは平静さを()く。
そして不適なイオフィエルは再びリアスとの会談を望むのだった。



水と油《Danger Zone》

 

 一誠はリアスの召集により渚の家へ招かれていた。

 時間は午後8時過ぎ。

 夕飯を食べ終わり、ゆっくりするはずの時間帯だった。

 グレモリー関係者で集まったのはリアスを初めとした一誠、小猫、そしてアーシアの四人であり、何故か朱乃と祐斗がいない。こんな場には必ずいるだろう眷属が欠席しているのは疑問だ。

 加えて渚の家のリビングにはグレモリー眷属以外の客がいた。

 アリステアが居ることに違和感はない。彼女は渚の相棒、この部屋が集まりに使われると聞いた時点でいるだろう事は予想していた。

 問題は、その他二人の人物だ。

 

「(ゼノヴィアがいる……)」

 

 コカビエルとの戦いでも共闘した悪魔払い(エクソシスト)が当然のようにいた。そんな彼女を従者のように付き従わせているのは中学生くらいに見える美少女だ。何故か彼女を見ていると悪魔の本能が警鐘を鳴らして身震いが止まらない。

 外見では判断できないが彼女がテーブル席に座り、ゼノヴィアが立っている所から上司か何かなのかな、と一誠は推測する。

 

「(……ていうか、なんか雰囲気が重っ!)」

 

 内心で部屋の異様さに萎縮する一誠。

 リビングにあるテーブルを囲むのは我が主であるリアス・グレモリーと渚の相棒であるアリステア・メア。そしてゼノヴィアの上司(?)らしき美少女だ。ともあれ妙に雰囲気が重いのはアリステアが不機嫌だからだろう。

 彼女らしくないなと思う。

 一誠の知るアリステアは常にクールで余裕のある大人びた女性だった。しかし今の彼女は苛立っているのが目に見えて分かる。

 アリステアをこっそりと観察しているなかで、ふと例の美少女と目が合う。年下とは思えない優雅な仕草で手を振ってくる。

 

「イオフィエルだ、よろしく赤龍帝くん」

 

 その天使のような可憐さもあり、ドキドキしてしまった。だらしない笑顔をリアスにバッチリ目撃されてしまう。

 

「イッセー?」

「はい、ごめんなさい、もうしません」

 

 リアスから面白くなさそうに睨まれて即謝罪する。いつも可愛がられている自覚があるので反論はしない。そんな一誠とリアスを見てイオフィエルがクスクスと悪戯めいた表情で笑う。

 間違いなく彼女はサディストだ。可憐さと妖艶をあわせ持つ変わった少女だと一誠は思う。

 

「失礼します。イオさんからのお土産です」

 

 アーシアがリアス、アリステア、イオフィエルの順にケーキを置くと立っていたゼノヴィアにも渡そうとする。

 

「座ってはどうですか?」

「いや」

 

 アーシアの言葉に短く返事を返すゼノヴィア。

 

「美味しいですよ」

「今は仕事中なんだ」

「こらこら、人の善意は無下にしてはならないよ」

「……イオフィエルさま。わかりました、頂くよアーシア・アルジェント」

「ではテレビの前のソファーでどうぞ」

 

 ゼノヴィアをソファーに案内したアーシアは一誠や小猫にもケーキを配っていく。

 ケーキに瞳を輝かせる小猫。小柄に見えて食べ物に目がないのだ。

 クスッとアーシアが笑うと小猫の頭を撫でる。

 

「ゼノヴィアさんと一緒にね」

「……はい、いただきます」

 

 そう言って小猫もソファーへ座らせた。

 

「一誠さんも食べてくださいな」

「お、おう。さんきゅ、アーシア」

 

 流れる動作でソファーへ座らされる。

 そんなアーシアに一誠は少し違和感を感じた。動きに無駄がないというか隙がない。いつもならもう少し足元が覚束ないはずだが、まるでプロのメイドのように配膳を行う。

 アーシアの動きを観察しているとイオフィエルが口を開く。

 

「まずグレモリーの姫。わざわざのご足労に感謝するよ」

「全くね。しかもイッセーと小猫()()を連れてこいなんて、どういうつもり?」

「説明したいが、デリケートな話題なのでアリステア・メアがなんと言うか……彼女は秘密主義のようだからね」

 

 挑発もしくは試すような口ぶりの少女にアリステアは冷たく睨む事で返事をした。とてもイオフィエルのやろうとしている行為に賛同してるようには思えない程に冷厳としている。

 しかしイオフィエルは不適に笑った。

 

「結構。では初見の者も居るようだし改めて自己紹介しておこう。わたしの名はイオフィエル。一応、智天使(ケルビム)の階級で長をやっている者だ。何か質問があれば聞こうかな?」

 

 一誠は呆けたように口を開けた。悪寒の理由は彼女が天使だからだ。

 事前情報がなかっただけにビックリだ。悪魔の敵である天使がやってきたのだから当然だろう。

 リアスが軽く手を挙げる。

 

「じゃあまず、なぜワザワザ時間を置いて話し合いの場所も設けたか聞こうかしら。さっき駒王学園で会った時でも良かったのではなくて?」

「あの時はラグエルがいたからね。彼にはあまり聞かせたくない内容なんだよ」

「天界には知られたくない情報という事?」

「それだけではないが間違ってはいない。話を長引かせるもの面倒だし本題に入ろう。わたしがここに来た本当の理由を話す」

 

 テーブルで腕を組むイオフィエル。見た目は中学生なのに、常に余裕めいた笑みを浮かべる彼女はどこかの秘密結社のボスみたいである。

 

「それは今後、君たちの前に現れる危機……つまり敵の情報だよ」

「敵? 天使や堕天使の事を言っているのかしら」

「もっと厄介な連中さ。リアス・グレモリー、あなたはこの話を聞いた後に決断してもらう」

「私に何を決断させると言うの?」

「蒼井 渚、そして兵藤 一誠と塔城 小猫を切り捨てるか否かという決断だ」

 

 ざわりと周囲が騒ぎ出した。

 一誠とて驚いた。急に自分が話題に挙がったのもそうだが、一番は眷属を心から大事に思うリアスへそんな提案をしたことに対してだ。この少女はリアスに喧嘩を売っているのだろうか。相当な理由がないと眷属や渚を切り捨てるなどしないだろう。当然、リアスは瞳に静かな怒気を含ませた。

 

「私がそんな簡単に身内を捨てると思うのかしら?」

「あなた達、グレモリーの悪魔が情に厚いというのは知っているさ。だからこうして話し合いをしている。他の悪魔連中ならしないさ」

「お褒めに預かり光栄よ。それを知っていての提案というのね、理由を聞かせて貰える?」

「もちろんさ、その敵が間違いなくこの三人を狙うからだよ。──ネクロ・アザード、聞き覚えがあるはずだ」

「ッ!?」

 

 リアスと小猫が目に見えて反応を示した。

 

「ね、ネクロ……アザード……」

 

 小猫が全身を抱くとガタガタと小さく震え始めた。

 明らかに怯えている。

 圧倒的な腕力で多くの敵を沈めた小猫の見たことのない一面に一誠は困惑した。

 

「あの部長、そのネクロって誰なんですか?」

「ネクロ・アザード、貴方が眷属になる前に現れた男よ。私の知る限り最悪の敵だわ」

 

 不快さを含めたリアスの声音。嫌悪感と緊張を顔に張り付けている事から相当に最悪な敵だったのだろう。

 

「どうしてあの男の名が出てくるのかしら?」

「またアレがやってくるからだよ」

「……あの男は半年以上も前に渚が倒したわ」

「いいや、生きているよ」

 

 イオフィエルが懐から何枚かの写真を取り出すとテーブルに投げ捨てる。

 

「うわ、気味悪ぃヤツ」

 

 散らばった写真を見た一誠が顔を引き釣らせた。

 その写真の一枚には趣味の悪い邪教と見紛うような服の男が写っている。一目見ただけで異常だと分かる。血走った瞳に異様に細い腕、しかもキッチリカメラ目線で嗤っているのが気持ち悪さに拍車を掛けている。

 

「嘘でしょ……」

 

 リアスが眉を潜めた。余程、信じたくないようだ。

 

「事実さ。これは偶然だがごく最近に得られた写真でね、アイツらこんな大ポカをやらかすのは非常に珍しい。場所は何処だと思う?」

「この風景は、まさか!」

「日本だよ」

「──ひっ」

 

 小猫の小さな悲鳴が木霊する。

 リアスがネクロの写真を魔力で燃やした。少しでも早く小猫の目から遠ざけたかったのだろう。

 そんな事を無視してイオフィエルは続ける。

 

「次にこれだ」

 

 燃やされなかった写真の上に指を置く、イオフィエル。

 今度は見覚えのない少女が写っていた。イオフィエルと同じくらいの歳に見える。ずいぶんとフランクな格好でダボダボな服に棒つきの飴玉をくわえている無害そうな美少女だ。

 

「初めて見る顔ね、何者なの?」

「あなた達にはこういった方がいいな、堕天使カラワーナの中身だ」

「カラワーナだって!?」

 

 一誠が思わず叫ぶ。その名前は聞き覚えがあった、レイナーレと行動を共にしていた堕天使だ。あの美女の正体がこんな小さな美少女とは世の中分からないものだ。

 

「彼女は他者へと姿を変える。性格、能力、全てをコピーできる厄介なやつさ。一度化けられたら簡単には見つからない」

「この二人は繋がっているの?」

「ふたりは"アルマゲスト"という組織に属していてね、どいつもこいつも一線を画すバケモノ連中の集まりさ。アリステア・メア、あなたの腕に呪いを残した女もいるぞ」

「セクィエス・フォン・シュープリスですか」

「彼女は組織の中でも一際優秀でね、随分強かっただろ? 既に多くの神を殺している戦闘レベルはぶっちぎりのデンジャーゾーンだよ」

「冗談……という訳ではないようね」

「残念ながら事実さ。だろ、アリステア?」

「ええ、あれほどの実力者なら神を殺せても不思議ではありません」

 

 神というワードにリアスが青ざめた。確かにスゴそうではあるが、実際どれくらいスゴいのかを理解できない一誠は驚くことも出来ない。

 

「神は魔王すらも超えた存在だ。あの聖剣を取り込んだコカビエルより強い者もいる。それを単体で倒すなんて普通じゃないぞ」

 

 そばにいるゼノヴィアがコッソリと教えてくれる。あのコカビエルよりも強い奴なんて悪夢でしかない。世界の広さを思い知った気分だ。

 一誠は再びリアスたちの会話へ耳を傾けた。

 

「そのセクィエスという人物、神を殺していると言ったわね? そんな連中なら有名のはずよ」

隠蔽(いんぺい)してるんだよ。各神話体系は信仰という名のエネルギー資源を独占したいと考えている。端的に言えば敵同士だ。ゆえに最大戦力の一つである神が殺されたなんてバレれば他所の神話に弱味を見せる事になる。特に三大勢力になんて絶対知られたくないだろうさ」

「え? そんなに仲悪いの?」

「おや、赤龍帝くんは神話体系の関係性に疎いと見える」

 

 上目使いで蠱惑的(こわくてき)に一誠を見上げるイオフィエル。自分より明らかに年下なのに一つ一つの動作が一々エロいのは彼女が悠久を生きる大天使だからだろう。一誠は改めて背筋を正す。

 

「あ、すいません。急に入ってきて」

「いやいや、あなたも無関係じゃない。疑問に思ったことは口にしてくれても構わないよ。……悪魔、天使、堕天使が属するのが三大勢力と言ってね。他には北欧神話やギリシャ神話などもある。名前くらいは聞いたことはあるだろう?」

「名前くらいは……オーディンとかゼウスとか」

 

 ゲームやマンガをやる一誠にとってはよく知る名だ。大抵はボスだったり、重要な位置にいるのでおぼえている。それが実在するなど夢にも思わなかったが……。

 

「ご明察。彼らは最大の神話体型である三大勢力をよく思っていない。人の信仰というのは神やそれに連なる存在に力を与えるから、より多くから信仰を得ている三大勢力は邪魔以外の何者でもないからね」

「初めて知りました」

「知らないのも無理はないさ、あなたは悪魔になって日が浅いと聞いている。まぁここで重要なのは危険人物が駒王に攻め込むという点だよ」

 

 最も発言力のない一誠にも丁寧答えてくれるイオフィエル。悪魔に対して嫌悪感の全く見せない小さな天使に好感を抱く。だからだろうか、続けて質問を投げ掛けてしまった。

 

「あの、どうしてここにそんな危険人物が攻めてくるんですか?」

「敵の狙いは渚くんが宿している"蒼"、もしくソレに準ずるモノだ」

 

 その質問を待っていたと言わんばかりにイオフィエルの表情が笑みを深くした。対してアリステアがピクリと眉を動かす。アリステアは"蒼"を知っている感じがする。

 

「"蒼"って(なん)なんですか?」

「何、か。ん~一言では説明し難いな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()といえば分かるかな。因みに赤龍帝くんと白猫ちゃんは、より濃く"蒼"と結びついているよ」

「俺と小猫ちゃんにも……!?」

「ちょっと待ちなさいっ。小猫は分かる、渚に助けてもらって変化があったから気づいていたわ。でも一誠もなの?」

 

 リアスが困惑を疑問に乗せる。小猫のことは、ある程度事情を察したらしいが一誠については把握していないようだ。

 

「正確には彼に宿るウェルシュ・ドラゴンの方にだね」

「ドライグに?」

「待ちなさい、智天使。どこまで話すつもりですか?」

「大概だよ、アリステア・メア。寧ろ何故今まで話さなかったのかが不思議だよ」

「知ってどうなるのですか? 彼らでは何も得られません」

「知識は時として力になるものだ、無知ほど危険なものはないというのが私の持論なのだよ」

 

 こめかみをトントンと指先でつつきながらアリステアを批判するイオフィエル。

 

「貴女の持論など興味はない」

「ならば黙ってくれないか? いい加減、邪魔に思えてきているのだがね」

 

 口元は笑っているが目には敵意が表れている。一誠と話している時とは裏腹にアリステアに対する態度からは冷たさを感じる。

 

「ではお引き取りを願います、出口はあちらですよ」

「あなたはアレだね。よく人に"他人をイラつかせる天才"とは言われないか?」

 

 二人の間に不穏な空気が漂う。敵意を隠そうともしないで睨み合うと、重力が10倍以上に跳ね上がったのかと錯覚するほどの重圧がリビングを支配する。

 このまま殺し合いが始まってもおかしくない。それほどまでにアリステアとイオフィエルの目は本気だった。だが悲しいかな、一誠は止めることが出来なかった。小動物が大型の猛獣に萎縮するように体が動かないのだ。それはリアス達も同様だ。

 この最悪かつ険悪な殺意の坩堝(るつぼ)を一掃できそうな奴に心当たりはあるが、ソイツは残念ながら隣の部屋で安眠している。異常事態を察知して起きてこないかと内心で懇願する一誠だったが、意外な人物が二人の間に入った。

 

「お茶のお代わりを入れますね」

 

 よく知った声だが一瞬、聞き間違えてしまった。こんな凛とした口調で言葉を放つ少女ではなかった。

 全ての視線が声の主、アーシアへ注がれる。凄まじい殺意と重圧を物ともしないで平然とした態度で二人の合間に割り込む。

 

「リアス部長から頂いた茶葉を使っています、落ち着きますよ?」

 

 剣呑な二人を(なだ)めるアーシア。

 

「大事な話をしています。下がりなさい」

「そうだね。あなたがここに立つ必要性はないよ、聖女さん」

 

 アリステアとイオフィエルも口調は穏やかだが、外野は黙っていろという意思がある。本来なら怯えながら退くはずのアーシアは姿勢よく立つとアリステアとイオフィエルへ視線を向ける。

 

「ステアさん、イオさんも、ここで争ってしまうのですか?」

「だとしたら?」

「わたしも自衛ぐらいはさせてもらうさ」

 

 微笑(ほほえ)みつつ紅茶を注ぐアーシア。

 

「私にはお二人が何故こうもいがみ合っているのかは解りません。ただ、争うと言うのであれば……」

 

 ざわりと一誠の全身が強ばった。

 なんだろうこれは? 

 アリステアでもイオフィエルでもない。全く別のものが部屋全体を支配している。

 二人の殺気を凌駕する何かをアーシアが放っていた。

 

「へぇ、これは驚いたな」

「……まさか貴女は」

 

 そんな彼女をイオフィエルは興味深げに観察し、アリステアは訝しげに見つめる。

 誰もがアーシアの次の言葉を待っている

 

「──ケーキを没収します!」

 

 ズルっと一誠はコケた。まさか、こんな雰囲気でケーキなんて予想外すぎる。なんか凄いことが起きると思っていただけに肩透かし感が酷い。

 

「ふふふ、それは困るな。甘党のわたしとしては没収されるのは避けたいね」

「なら平和にいきましょう、ステアさんも!」

 

 ぐっと可愛らしく拳を握るアーシア。アリステアも毒気を抜かれたのか、殺意を収める。

 

「……確かにナギが起きた時、家が消滅していたら驚くかもしれません。休息から覚めたばかりの人間に心労を背負わせるのは私とて心苦しい」

 

 何事もなく血を見なくてよかったと安堵する一誠。

 しかし家が消えたら驚くだけじゃすまないだろうとツッコミたかったが黙っておく。

 

「貴女に(めん)じて、この場では戦闘を禁ずるとします」

「ありがとうこざいます!」

 

 ポンッと両手を叩くと安堵の笑顔となるアーシア。

 誰もが彼女に視線を向けていた。まさかアーシアがアリステアとイオフィエルを(いさ)めるなど考えてもいなかったからだ。

 

「アーシア、先も聞きましたがもう一度聞きますよ。──私が留守をしている間に何かありましたか?」

「えと、特にありませんよ?」 

「そうですか……」

 

 アリステアが何か言いたげにアーシアを見据えた。その表情は彼女らしくない曖昧(あいまい)でどう言葉にしていいか迷っている様子だ。

 

「話も丸く納まったし、そろそろ良いかな?」

 

 イオフィエルがマイペースにケーキにナイフを入れながら訪ねる。ナイフとフォークを使いこなして丁寧に食べている様は品の良い令嬢のようだ。

 全員が言葉を待つ姿勢になると同時に最後の一口を食べ終わるイオフィエル。

 

「話を中断させてすいません、イオさん」

「構わないさ、しかしアレだね。アリステア・メアを黙らせるとはやるじゃないか」

「黙らせるなんてめっそうもありません。ステアさんは、お優しいですから」

 

 大したこと無さそうなアーシア。顔に似合わず豪気なことだ。

 

「優しいかな? まぁ話を戻すよ。(くだん)の"アルマゲスト"は渚くんを懐柔するか消そうとする。勿論、"蒼"に連なるアリステアや一誠くんに小猫くんもだ。それでさっきの話になるがリアス・グレモリーは渚と縁を切る気もなければ眷属も手放すつもりはない。……で間違いないだろう?」

「愚問ね。"蒼"というモノが何かは知らないけれど、ここにいる人たちの価値と比べるまでもないわ」

 

 言い切るリアス。

 一誠は素直にカッコいいと尊敬の眼差しをリアスへ向けた。

 だが……。

 

「ク……クク。ハハッ! アハハハハハ! 本当に分かっていない。無知蒙昧(むちもうまい)とは正にこの事だね!」

 

 リアスの言葉が心底愚かしいと言いたげに天井を仰いで大笑いするイオフィエル。流石にムカッと来た一誠が文句を言おうと前のめりになる。

 そんな時だ、顔をあげたままのイオフィエルが瞳だけをギョロリと動かして一誠を見下したのは……。

 

「赤龍帝、今はわたしが話している──」

 

 瞬間、全身が動かなくなった。凄まじい悪寒が背筋に走る。

 イオフィエルは一誠の怒りを殺意で容赦なく()いだのだ。今まで見せなかった智天使としての圧力。コカビエルや白龍皇ともまた違うプレッシャーである。あの二人からは格の差は感じたが、こうも恐ろしくはなかった。違いはあれど、やはり彼女も絶対強者の一人なのだ。

 

「(う、動けねぇ!?)」

『相棒、アレとは絶対()るな』

 

 今まで黙っていたドライグが声を描けてくる。心なしか焦りが混じった声だ。

 

「(ド、ドライグか!? ウチのリアスさまが笑われてんだ、引けるかよ!)」

『その気概は褒めるが相手が悪い。ヤツは"アカトリエル ヤ イェホド セバオト"、単身で他の神話に挑める"禁軍"と言われた天界のイレギュラーだ。まだ現白龍皇に挑む方が勝ち目がある』

 

 最強の白龍皇がマシなんてどんな化物だよ。外見からは考えられないが、今受けている圧力を(かんが)みれば理解してしまう。あの少女もまた天涯の怪物なのだと……。

 

「イオフィエル、そこまで言い切るのなら無知な私に"蒼"とやら重要性を説明しなさい」

 

 リアスが一誠を庇うようにイオフィエルへ言葉を重ねた。頬に冷や汗が流れている様からも一誠と同様の戦慄を感じているのがわかる。

 

「重要性ね……。なら分かりやすく説明するよ? "蒼"を使えば新たな"神滅具(ロンギヌス)"を精練出来る」

 

 イオフィエルの言葉に周囲がどよめく。世界バランスを崩し、神々すらも恐れる力が造れるなど信じられる(はず)がない。

 

「……それは本当なの?」

「そこな猫又少女を見なよ。少し前までただの下級悪魔だったはずだ。"蒼"によって再錬成されてどうなった? 能力値の異様な変動を知らないはずがないよね、リアス・グレモリー?」

「確かに小猫の力は増大したわ。魔力でも妖力でもない未知のエネルギーも確認済みよ」

「それは"蒼"から(こぼ)れた膨大な霊氣さ。搭城 小猫の血肉は"蒼"によって構成されている。その真価は()()()()()()()()()()。この特性を持つ存在はあなたも知る所だろ?」

 

 よく知っている。

 一誠は左手を強く握った。

 術者の想いに反応して強くなる……いや進化するソレは"神 器(セイクリッド・ギア)"と呼ぶ。 

 

「いずれは、あなたの兄君であるサーゼクス・ルシファーにも迫る日が彼女にも来る。しかも遠くない未来だ。つまり冥界に於ける第四の"超越者"の誕生だよ。‥‥失礼を承知で言うが、あなたでは荷が重いと自覚した方がいいな」

「ご助言、痛み入るわね。だから敢えて言わせてもらうわ。──余計なお世話よ。神滅具が創れる? 魔王と同格になる? だからなんだと言うの? 私は友も家族も手放さないわよ」

 

 リアスの答えに、恐ろしかったイオフィエルの表情が穏やかモノに変わる。

 

「大した人徳者だ、気に入った」

「もしかして、試したの?」

「まぁね。少し脅しただけだよ。因みにわたしが何かしようとしたらソッチの奴が黙ってないだろうしね」

 

 アリステアに目を向けるイオフィエル。

 

「勝手をする人には出て行って貰うだけですよ」

「おや、優しいね。帰してくれるんだ?」

「何を言ってるのですか。貴女はこの世から出て行くのです」

「物騒な奴‥‥。さて、リアス・グレモリー、急ではあるが私と個人的な同盟を組まないか?」

「同盟? 貴女は私に何を望むの?」

「"アルマゲスト"排除の支援。それと駒王への顔パスかな」

「聞くわ、どうしてこうも"アルマゲスト"という組織を排除したいの?」

「道を踏み外した愚か者に鉄槌を下したいだけさ。悪い話じゃないだろう? 結局、奴等はあなたの前に現れる、わたしはこう見えて使えるぞ? 戦闘、偵察、情報収集、なんでもござれだ。それに今ならこのデュランダルをあなたに贈呈(ぞうてい)しよう」

「イオフィエルさまっ!?」

 

 ゼノヴィアが立ち上がる。

 そりゃそうだ。教会の戦士である彼女を悪魔の手下にしようとしているのだ、文句がないの方が可笑しい。

 しかしイオフィエルは本気のようでゼノヴィアの抗議を無言で圧殺した。

 

「流石にそれは出来ないでしょう? 聖剣デュランダルを悪魔に譲渡するなんて気が触れているとしか思えないわ」

「そうでもないさ。寧ろ悪魔側に置いておいた方が色々と好都合なんだよ」

「冗談でしょ?」

「本気さ。実際、長く続いた三大勢力の冷戦は近い内に終わるからね」

「……何を言ってるの?」

「少し考えれば分かることだ。長い戦争で三大の勢力は共に絶滅が見えている。こんな状況で戦おうとするのは自己顕示欲が強いか、戦いたいだけの大バカだ」

 

イオフィエルがリアスへ意味深な瞳を向ける。

 

「幸い、各陣営のトップは戦争に積極的じゃない。冥界を支配する新しい四人の魔王は悪魔社会の再建に勤しみ、堕天使の総督アザゼルは種の絶滅を避けようと努力している、そして天界の神も戦える状態じゃない。ならば次はどうするか?」

 

 イオフィエルは長々とした言葉の後に質問を投げ掛けた。「簡単だろ?」と言いたげなイオフィエルに対してリアスは中々答えが出ない様子だ。

 

「どうするって……」

「和解だよ、リアス・グレモリー。それ以外に最早、道は無いと言っても指し違いない」

「あ、あり得ないわ」

「ならばもう少し説明しよう。あなたの兄君であるサーゼクス・ルシファーは和解の道を探しているのではないか? わたしは彼とも面識があってね、随分と立派になったと思うよ。魔王が彼ならわたしは喜んで冥界と手を組むぐらいにはね。アザゼルもそうだ、アレは破天荒な事を仕出かすトラブルメイカーではあるものの、本質は仲間想いの男だ。存外に話の通じる輩だよ」

「百歩譲って天界はどうなのよ? 神が悪魔を許すなんて想像も出来ないわ」

 

 リアスの質問にイオフィエルは楽しそうに体を揺らす。

 何が面白いのだろうか。

 一誠は少しだけ彼女が不気味に見えてくる。

 

「ふふふ、その心配が一番ないな。何せ、天にまします我らが神は──既に死しているのだからね」

「な!」

 

 イオフィエルの発言に驚くリアス。

 今、彼女は"聖書の神"が死んだと言ったのだ。

 アーシアやゼノヴィアが敬愛していた存在は既に亡く、天の座は空席だと断言した。

 

「嘘だ!!」

 

 ゼノヴィアが悲鳴に似た怒声を上げてイオフィエルへ詰め寄ると、その華奢な肩を掴む。

 

「イオフィエルさまと言えど口が過ぎる。冗談にしては──」

「事実だよ、受け止めたまえ。あなたが信仰していた神は当の昔に死んでいる」

 

 打って変わって厳粛に言い放つイオフィエル。部外者である一誠でも本当の事を言ってるのだと分かる。それほどまでにイオフィエルの口調は真実めいていた。

 ゼノヴィアが助けを求めるように周囲を見渡すも、誰もが彼女の望む一言を発せずにいた。誰もが神の死を疑ってはいないのだ。

 ゼノヴィアは全身を震わせながら両膝を突いた。

 

「昔から疑問だった……。どんなに祈っても神の加護は得られず、命を賭して戦っても主は何も答えない、それが試練だと思って見ないふりをしていた……」

「やはり察してはいたか、デュランダル。加護が得られないのは当然だ。そのシステムの全容は神のみが把握している、ミカエルも頑張ってはいるがね」

「ならば私は……私たちは何の為に戦えばいいのですか!! 祈りは届かず、虚像への信仰になんの意味がある!!」

 

 糾弾するような叫びが木霊する。だが無情なまでの即答が出された。

 

「ないな。だがあなた達の信仰は天界の存続に大いに役立っているとだけ言っておく」

「……くっ」

 

 ゼノヴィアが力無く項垂れる。誰も声をかけきれない中で一人だけ彼女の手を取った者がいた。

 

「しっかりしてください」

「……アーシア・アルジェント」

「さ、ソファーへ戻りましょう」

「君は大丈夫なのか? 仮にも元シスターだろう? 私たちの信じていたものが崩れ去ったのだぞ?」

「とても悲しいことです。ですが信仰だけが生きていくための指標ではありませんよ」

「強いな、羨ましいくらいだ。悪魔になればそんなになれるのか?」

「心は悲しみで砕けてしまいそうです。けれど今は信仰だけではないと同じ心が言っています」

 

 見ればアーシアも泣いている。信じていたものが崩れて行ったのだから当たり前だろう。それでも絶望せずに現実を受け止めていた。

 

「羨ましいよ、私はもうどうすればいいか分からない」

「自分の心に従ってはどうです? きっと信仰以外にも求めている物があると思います」

「心、か」

 

 それっきり黙り混むゼノヴィア。

 痛々しいまでの悲壮感である。けれど誰も励ます事はしない。どんな言葉も今は届かないと分かっていたからだ。

 

「惨い事をするのですね」

「おや。アリステア・メアともお方が同情かい?」

「それぐらいの良心はあるつもりです」

「面白い冗談だね。まぁともせずこんな感じで和平に進むというわけだ、分かってくれたかな、リアス・グレモリー」

 

 部下の心を平気でへし折って罪悪感はないのだろうか。

 一誠は溜まらずイオフィエルへ口を出す。

 

「何か言ってあげたらどうっすか? ゼノヴィアが落ち込んでる」

「彼女には知る義務と権利があった。私に対する怒りは尤だが神の不在はいずれは知ることになる。早いか遅いかの違いだよ」

「そ、それは……」

「言い返せないのならばこの件には首を突っ込まないことだ。彼女が居ない者に信仰を捧げる姿は滑稽でいて哀れだから道を選ばせた。例え残酷だろうと誰かが言わなければならないんだ。少しでもそれが理解できるのならば怒りを抑えてほしい」

「……わかりました」

「すまないね。あなたがゼノヴィアを心配したのは分かっているが、わたしはどうもこういう性格なのだよ」

 

 少し罰が悪そうに謝るイオフィエル。彼女はきっと他人の気持ちを汲み取るのが苦手なのだろう。一誠も謝罪されて責めるほど子供じゃないので退いた。

 

「イオフィエル、私は貴女を信頼できないわ。どうにも裏がある気がするの、申し訳ないけれど」

「謝る必要ない。あなたの懸念は尤もだ。実際わたしだって目的があるからね」

「見繕わないのね」

「誠意のつもりさ」

「分かった。ならその誠意を以て受けるわ、その同盟」

「ほぅ。胡散臭(うさんくさ)いわたしと手を組む理由は?」

「貴女の持つ情報は有益と思ったから。何よりこうして正面から挑んできた相手よ、無下にはしないわ」

「嬉しいが、その熱い情は諸刃の剣だと忠告しておくよ」

「諸刃といえど剣。武器というのには変わりはないでしょう?」

「ふ、どうやら兄と同じで侮れないな、あなたも」

「当然よ。グレモリーをあまり舐めないでほしいわ」

 

 凜然と言い放つリアスは鮮烈で美しい。

 心底、彼女の眷属で良かったと感動に打ち震える。

 天使との同盟によって何が持たらされるかは不明瞭だが、和平に近づけることなのは確かだ。。

 それにイオフィエルは"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"について何か知っている節がある。

 ドライグ(いわ)く渚は"神 器(セイクリッド・ギア)"に強く影響を与えている。一誠や祐斗の禁手化にも少なからず関係しているのは間違いないだろう。今までの話を聞く限り"蒼"というモノが関係している。そしてイオフィエルは疑問の答えを持っているのだろう。

 渚本人も喪失してまった情報を持つイオフィエルの存在は渚は勿論、神器持ちに有益になる。

 こうした意味では同盟は結ぶべく結ばれたと言っても良い。

 悪魔と天使の密会は今後に()いて重要なものになっていく。

 だから一誠は、イオフィエルとリアスの会話をさらに真剣に聞く事から始めるのだった。

 





イオフィエルの目的はまだ見えない……。
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