ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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白と黒。
あの方たちの登場です。
アリステアはバグキャラなのであしからず。




堕天使と白雪姫《Top of the Fallen》

 

 白いノースリーブのブラウスとジーンズを着こなす少女が日暮れ時の街を一人歩く。夕焼けの光を反射して輝く白銀の長髪を風に(なび)かせた姿は幻想的な雰囲気を際立たせ、道行く人が振り返るのを義務付ける。

 少女の名はアリステア・メア。彼女は今、駒王町より遠く離れた日本の首都、東京のオフィス街に足を運んでいた。

 流石は首都とあって人口密度が駒王とは桁違いである。整備された交通機関、人の声や車が走る音、ビルに設置された巨大モニターから流れる宣伝広告。落ち着きのない大都市の全てがアリステアの五感を否応なく刺激する。

 そんな、ごった返す慌ただしい表通りを避けるように裏道へ入るアリステア。しばらく奥に進み、ある一角で足を止めた。

 

「"fallen(フォーリン)"。ここですか」

 

 視線の先には一件のバーの看板。

 

「清々しいくらいに捻りの無い店名ですね」

 

 店自体は地下にあるので階段を降りないと入店が出来ない作りになっていた。

 アリステアは店名に呆れながらも迷い無く地下にあるバーへ入る。中は小綺麗で大人が好みそうな静かで落ち着いた佇まいである。隠れた穴場という言葉が合いそうな店だ。

 バーのマスターらしき男が一礼するのを見てからカウンター席へ。

 

「お一人かい?」

 

 そう声を掛けてきたのは、数席ほど空けた場所に座る二十代後半くらいの男性だ。不良めいた独特の雰囲気と成熟した美形は、数々の異性が虜にされたでろう魔性を持ち得ていた。

 しかしアリステアは彼の容姿に然して反応せずに淡白に答える。

 

「いえ、人を待っています。マスター、オススメのカクテルがあればお願いします」

「お好みをお聞きしても?」

 

 アリステアの言葉にマスターが吹いていたコップを置いて訪ねた。

 

「アルコールは控えめに、甘くてサッパリとした……それでいて見た目の良い一杯を」

「畏まりました」

 

 サラサラと注文するアリステアに店のマスターは文句を一つ漏らさず酒を作り始めた。やがて銀のシェイカーが小気味良い音を店内に響かせる。

 そんな中、先の男性が意地の悪い笑みでアリステアを見た。

 

「お前さん、未成年だろう?」

「そうですが?」

 

 酒の入ったグラス片手にした男に、アリステアは平然と返す。堂々とした物言いは自身に過失はないと言いたげだ。

 

「最近の若者は進んでるねぇ。本当なら飲酒は成人になってからって言うべきなんだろうな」

「私の故郷(くに)では飲酒してもいい年齢なので問題はありませんね」

「ここは日本だとツッコんでほしいのか?」

「さあ」

 

 世話話をしていると注文の品が出てくる。蒼い海のような美しい色合いのカクテルだ。

 一口だけ頂くと味わい深いサッパリとした飲み心地にアリステアは満足する。

 

「美味しいです」

 

 マスターに賛辞を贈ると一礼が返ってきた。

 

「なるほど。飲み慣れてるな、お嬢さん」

「おじ様には敵いませんでしょう?」

「おい、俺の何処がおじ様だ? まだまだ若いだろうが」

「外身はともかく中身は色々と熟練した方とお見受けしますよ」

「面白いお嬢さんだな、名前を聞いてもいいか?」

「アリステアといいます。よろしく──堕天使総督のアザゼルさん」

 

 男、アザゼルの口元が意味ありげに弧を描く。

 

「へぇなぜわかった?」

 

 名がバレていたことなど気にせずアリステアはアザゼルの疑問に答えた。

 

「簡単ですよ。ここにいる者は()()()()()全員が堕天使です。その中で貴方の存在は一際大きく目立ちすぎる」

「生意気にも気配を読んだって訳か」

「似たような物と考えて貰って結構。私は招待状を貰ってここに脚を運びましたが、まさか組織のトップが直々に待ちかまえているとは嬉しい誤算です」

「さてどうかな、影武者かもしれねぇぜ? ウチもデカい組織だ、そんなのは幾らでもいる」

「これ程までに強い存在感を秘める輩がアザゼル以外の者だと考えにくい。それに護衛の質が真実を物語っていますよ」

 

 周囲の席に目配せするアリステア。客のフリをしているが一人一人が並の堕天使ではない。

 極めつけは裏に待機している者だ。姿は見えないが凄まじい力量を隠そうともせず、アリステアへ戦意を向けている。この過剰ともいえる戦力が、目の前の男を堕天使の総督だとアリステアに教えてしまっていた。

 

「まぁ外野は勘弁してくれ。仲間連中がどうしてもって聞かなくてな」

「たかが女一人に大袈裟ですね」

「はは、お前さんは人界の堕天使領域に侵入して色々とやらかしたんだ、()()()とは思わんさ。全く一体どんだけ負債になったか分かってんのか?」

 

 言葉の割りにアザゼルから怒り感じない、せいぜい苦言を洩らす程度だ。そんな彼に対してもアリステアはカクテルに口を付けてゆっくりと声を走らせる。

 

「生憎、そちらとのコネクションが無かったので、力で相応の者を引きずり出そうとしたんですよ」

「危険なやり方だ。その前に自分が殺されるとは考えなかったのか? お前さんの行為は宣戦布告に等しい、実際ウチの奴等はカンカンだぞ……」

「異な事を聞きますね。アザゼル総督、私が貴方に敵わない所は多い。知力、財力、統率力、経験、挙げればキリがないでしょう。ですが、一つだけ貴方にも後ろに隠れているだろう"彼"にも負けないモノを持っています」

「そりゃなんだ?」

 

 興味ありげにアザゼルは先を促す。

 

「──純粋な戦闘能力です」

「ハッ、小娘が言い切るじゃねぇか。おい、ヴァーリ……だそうだが?」

 

 アザゼルが呆れ半分と言った感じで店の奥に声を掛ける。するとアリステアと同年代らしき者がやってくる。アリステアよりも少し(くら)い銀の髪を持つ少年。お互い似た者同士であるがアリステアは白雪の妖精を思わせる清廉さに対してヴァーリは魅惑的な魔性を纏っているのが最大の相違点だろう。

 

「ああ、聞いていたよアザゼル」

「たく、嬉しそうな顔しやがって」

「これは仕方がない、それにアザゼルも気づいているんだろう?」

「まぁな」

 

 アザゼルが頭を掻く。

 彼はキチンと状況を把握している。十代半ばの少女であるアリステアの言葉は文字通り真実だと……。

 アザゼルの持論であるが戦闘能力の大まかな采配は経験にイコールする場合が多い。

 基本的に短命な人間が他の種族よりひ弱と揶揄されるのは、この要素が大きく影響しているのも事実だ。

 しかし稀にだが、経験を超越したイレギュラー(人間)が生まれてくる事がある。

 その者たちは経験というアドバンテージを才覚や異能によって補い、自らよりも強力な者を時として圧倒する。それらは長きを生きる者たちにとって天敵にも等しい存在、人の身で偉業を為す彼らを(みな)はこう(たた)えるのだ──英雄、と。

 間違いなくアリステア・メアはそれに分類される人種だ。

 数万の時を生きたアザゼルの蓄積された勘と経験が、この少女は今言った"化  物(イレギュラー)"に値する者だと告げていた。

 力量的にも未知な部分のあるアリステアは堕天使にとって危険因子に為り兼ねないが直接の戦闘は避けたい相手だ。

 総力戦ならまず負けないだろう。例えアリステアが魔王クラスを越えるとしてもアザゼル側には大戦を生き抜いた歴戦の猛者もいる。それを差し引いても切り札が二枚もあるのだ。

 

「悪い顔をしていますよ、総督? そう、まるで戦力の暗算をしているようなね」

 

 言いながら優雅に酒を(たしな)むアリステア。

 彼女自身も"神の子を見張る者"と正面から対峙して只で済まないの分かっているだろう。

 アザゼルの考えを肯定するように銀の少女はこう続けた。 

 

「これは未確定な情報ですが最上位の神器、"神滅具(ロンギヌス)"の所有者が二人もそちらに付いているとか。仮にそうであれば私の勝ち目は薄いかもしれません」

「中々に情報通じゃねぇか。そりゃ事実だ、つまり俺の指示一つで組織はお前だけを潰すために動く」

「やめた方がいいでしょう。──そうなった場合、堕天使という種族は確実に滅びます」

「根拠は?」

 

 断定とも取れる言葉にもアザゼルは怒りを見せなかった。ただ黙ってアリステアの言葉を待つ。

 

「貴方なら分かっているのでしょう? 仮に私と戦えば貴方が優勢です。ですが組織に致命的なダメージを必ず与えます、必ずね。さて、そんな疲弊した"神の子を見張る者(グリゴリ)"を狙うのは誰でしょう? 悪魔? 天使? もしかしたら他の神話体系が攻めてくるかもしれません。──その時、堕天使は生き残れますか?」

 

 アリステアの余裕と決意が混じる笑みは確実にそうなると告げている。

 バーの壁に背を預けて面白そうに話を聞くヴァーリ。恐らく、そうなったらそうなったらで構わないと考えているのが見え見えだった。

 アザゼルも今さら戦って死ぬのは恐れていない。そんな甘い人生ではなかった。だが堕天使の同胞たちが無惨に散るのは看過できない。

 

「危険因子として私を排除したいのであればどうぞ、今からでも相手になります。その場合、アザゼル総督には死を覚悟して頂きますが……」

 

 歴史なき英雄の宣言に、店内に潜んでいた堕天使たちが敵意を膨らませた。

 殺意の充満した空間に孤立無援なアリステアだが、その瞳に妥協はない。必ずや全員を討ち取るという気概すら感じられる。

 アザゼルが片手を上げて部下たちの戦意を納めさせる。若干、挑発めいた発言もしたが本気でアリステアと戦うつもりはない。彼女もそれは分かっているだろう。

 ここはあくまで話し合いの場だ。そういうスタンスなのをアリステアも自覚している。対話の呼び掛けに答えた時点でアザゼルまたは"神の子を見張る者(グリゴリ)"という組織に何らか望みあるのは明白だ。

 

「やれやれ、こっちは無駄死にはしたくないんでね。お前との戦闘は勘弁だ」

「そう高く評価してもらっては照れますね」

「何が照れるだか……。本当にそう思ってんならソレらしくしろ、可愛くねぇぞ」

「おや、ルックスでは人種(ひとしゅ)の中でも最上級と自信を持っているのですが?」

「中身の話だ、中身の」

 

 アリステアは堕天使のトップを前にしても億さない傲岸不遜な態度を貫く。

 

「お前やヴァーリみたいなモンが出てくるから人間ってのは恐ろしい種だと常々思うね」

 

 底が見えない人間の可能性に内心を吐露するアザゼル。

 

「お誉め言葉として受け取っておきます」

 

 まさかこの感覚を人生で二回も体験するなど夢にも思っていなかったアザゼルが、一回目にソレを味合わせたヴァーリに目配せして席に座るように指示した。小さく肩を竦ませて席に座るヴァーリ。

 アザゼルとヴァーリに距離を取って挟まれたアリステアが視線だけを流す。

 

「ヴァーリ・ルシファーだ」

「アリステア・メアです。貴方は人と悪魔のハーフですね。三つの気配と二つの魂。片割れは龍で相違ないですか?」

「驚いた。ハーフという事すら見抜いてアルビオンの存在まで当ててくるとは凄いじゃないか」

「それはどうも。しかしアルビオンときましたか。その内に宿す魔力色とルシファーの名から、さしずめ旧魔王の血筋といったところですね?」

「大した慧眼だ、恐れ入るよ」

「"魔王(ルシファー)"の血筋に"白龍皇(アルビオン)"の力、今代の赤龍帝には同情を禁じ得ません」

 

 興味なさげにアリステアは言う。それにヴァーリが笑みを溢す。

 

「だが君と言う難敵が現れたわけだ」

「戦闘に快楽を感じる方のようですが、あまり感心しませんよ」

「強い力を持った者の(さが)だと俺は思うけどね。君は違うのかい?」

「分からないとは言いません。ですが今日はアザゼル総督との対話に来ています。白龍皇と殺り合うつもりはない」

「それは残念だ。まぁ話の邪魔をするほど無粋じゃないさ。俺の人生に(うるお)いを与えてくれる者がいる、それが分かっただけでも意味はあった」

 

 満足げなヴァーリは視線でアザゼルに会話のバトンを渡した。

 

「若い者同士の紹介も終わったな? ……んで接触を図ろうとした理由を聞かせてもらうぜ、アリステア。戦争がしたいわけじゃないのは分かってる、何が目的だ?」

 

 アリステアが破壊した堕天使の施設は大きいモノだけでも30以上は下らない。それでいて軽傷者は出たが死者は皆無。しかも施設の重要箇所はワザと避けて襲撃している。多少、研究が遅れるが十分に挽回が可能な状況だ。破壊活動にしては(ぬる)すぎるやり方を繰り返すアリステアに"誘い"の疑惑を持ったアザゼルは直接コンタクトを取る事にしたのだ。

 だからアリステアはこの場にいる。

 

「欲しいモノがあります。個人で探すのは骨が折れそうなので大きな組織の力を借りたい」

「軽度にしろ、こっちは被害を受けてる。そんな輩と手を結ぶのは難しいと思わねぇのか?」

「勿論、理解しています。ですので今から私という危害を利益に変えます」

「ほう、俺に何をもたらす?」

「アザゼル総督は"神 器(セイクリッド・ギア)"がお好きですよね?」

「興味の対象ではある、それがどうした?」

「一つはその神器についての情報です。私は四つの上位神器所有者を知り得ています」

「上位神器ねぇ。物にもよるが?」

 

 アリステアの言葉は神器マニアであるアザゼルにとって悪い話ではない。しかしこれで頷いては組織のトップとして立つ瀬がないので我慢する。ヴァーリがアリステアの影で笑っているのが見えた。恐らくアザゼルが責任と欲望の間で葛藤しているのを見抜いているのだろう。

 だが次の言葉で責任が瓦解した。

 

「まずは"魔剣創造(ソード・バース)"、"停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)"」

「む!」

 

 アザゼルの握るグラスがあからさまに揺れた。思った以上にレアな神器だったためだ。

 

「次に竜王らしき神器。これは五つに別れた邪竜の一欠片だと思います」

「"黒 い 竜 脈(アブソーブション・ライン)"か!」

 

 更なるレア物にグラスをひっくり返すアザゼル。周囲にいた部下たちの視線が集まる。

 

「あー、お前ら悪い。なんでもねぇよ」

 

 あしらうように言葉を放つと全員が視線を逸らした。それと同時にアザゼルが興奮収まらぬと言いたげにアリステアのすぐ隣までズズッと移動する。

 

「おいおいおいマジかぁ。"黒蛇の竜王(プリズン・ドラゴン)"の分かたれた"神  器(セイクリッド・ギア)"の内、最後の一つの場所を知ってんのか? それだけが見つからなくて探してたトコだぞ、チキショウめ!」

 

 子供のようにはしゃぐアザゼルにアリステアが後退する。

 

「ヴァーリ・ルシファー、総督の具合がおかしいのですが?」

「これは病気みたいなものだ。気にしない方がいい」

「アリステア、最後のトリはなんだ? もうお腹一杯なんだが!」

「子供ですか。ちょっと顔を近づけないでください」

「アザゼル、周りの部下が混乱してる落ち着いてくれ」

「おっと悪いな」

 

 冷静さを取り戻したのかアザゼルが身を引いた。

 

「最後の一つ。これを教える前に私の有用性を示したいと思います」

「有用性?」

「ええ。……話は変わりますが私には神器の存在をある程度把握する体質が備わっています」

「ある程度とはどの程度だ?」

 

 神器を見つける術は堕天使側にもある。しかしそれは疑わしき人物を特定し、さらに詳しく調べて神器の有無だけを察知するというものだ。

 結局、発現までは何が出るか分からないのが正直なところだった。

 

「神器のおおまかな属性と大きさですね。それから昔の文献を調べ、今の三つともう一つの神器を推測しました」

「それが事実だとすれば凄まじいが本物か?」

 

 悠久の時を掛けて神器研究に没頭したアザゼルだからこそアリステアに疑いを向ける。神器はブラックボックスの塊だ。

 聖書の神が残した最高にして最悪の奇跡。存在理由も製造理由も不明。未知という言葉を形にした代物なのだ。

 その詳細を見抜ける体質などアザゼルの長い人生でも聞いたことがない。

 

「信じて良いんじゃないか、アザゼル? 実際、俺の内にいるアルビオンを見抜いた」

 

 考え込むアザゼルにヴァーリが口を出す。

 

「そうだが……」

「ならもう一つだけ確証を与えます。アザゼル総督、その胸の内にあるのはアルビオンに迫るほどの竜種を宿した神器でしょう?」

 

 アザゼルの着るジャケットの内ポケットにあるモノをアリステアが指差す。

 

「……人工神器に内封されたファフニールすら気づくか。いいぜ、全面的に信用してやる。最後の神器を言いな」

 

 アリステアがカクテルを上品に飲み干すとアザゼルの望み通りに言った。

 

「私が知る最後の一つは──"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"です」

 

 この言葉にアザゼルが目を見開きとヴァーリが口を大きく弧の字に歪めた。周囲の堕天使もどよめく。

 それもそうだ、"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"はヴァーリが持つ"白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)"の対であり、最も世界に被害をもたらしている"神滅具(ロンギヌス)"の一つだ。

 二つの神器に宿るのは"ドライグ"と"アルビオン"と呼ばれるドラゴン。最強と言われる種の中でも"天 龍"と評されるほど凶悪かつ強大な者たちだ。そんな二匹は宿命のように争う習性を持っているため出会えば殺し合う。天龍同士の戦いが極まれば人も国も瞬く間に滅びる。そんな危険性を孕んでいるのだ。

 

「そいつの場所を教えろ」

「ああ、俺も是非とも知りたいな」

 

 アザゼルが真剣な眼差しでアリステアを見る。そこには危機感すら抱かせるほどだ。これ以上引っ張る必要性もないとアリステアは求められた情報をあっさりと口にする。

 

「全て駒王町と呼ばれる地方都市に集結しています」

「よりにもよってそこか、なるほど俺の目が届かない訳だ……」

「問題のある土地なのか?」

 

 ヴァーリの質問にアリステアが答える。

 

「駒王は日本で唯一の悪魔領土なんですよ。管理者はグレモリー次期当主、彼女が何者かは知っているでしょう?」

「合点が言った。現魔王の妹君というわけか」

「加えてソーナ・シトリーも滞在中です」

「へぇすごいじゃないか。魔王の親族が二人も滞在する街なんて、これはアザゼルでも手を出しにくい」

 

 くつくつ小さく嗤うヴァーリの言葉にアザゼルが片手で頭を抱える。

 

「ああ、まったくだ。堕天使が悪魔領土に侵入するのもヤバいのに、魔王の妹が二人もいる街となれば大戦の時計針が一気に振り切れる」

「1947年の"世界終末時計"ですか。確かに今の状況はよく似てますね。それを踏まえて残念な情報があるのですが、お耳に入れても?」

「なんだ?」

「駒王には既に堕天使が侵入し、一般市民に危害を加えています」

「なん……だと……」

 

 ここに来てアザゼルが驚愕する。次に大戦が起これば三大勢力と呼ばれる悪魔、天使、堕天使は必ず共倒れになる。だからこそ部下たちに他の勢力は極力刺激するなと厳命していた。なのに自分の預かり知らぬ場所で事が進んでいる。組織のトップとして致命的なミスだ。いや、下っ端の者が勝手に動いたとしても必ず情報は上がってくるはずなのだ。厳命とは文字通り厳しく取り扱う命なのだから。

 それがないという事は上手く隠蔽されていると考えるのが妥当だ。アザゼルの目を盗める者などそうはいない。いるとすれば"神の子を見張る者(グリゴリ)"の内部情報をよく知っている幹部クラスでないと不可能だ。

 そしてアザゼルの脳裏に思い当たる人物が一人だけ浮かぶ。

 

「あの野郎……。ついにやりやがったか」

「どうやら元凶に覚えがあるようですね」

「ああ、駒王の件は"神の子を見張る者(グリゴリ)"の意思じゃねぇ」

「グレモリーはそう思わないでしょう。そこでですが、全て私が処理をしてもよろしいですよ」

「何?」

「堕天使討伐のために部下を送れば更なる混迷を誘い、"白龍皇"を送れば貴方の手札を晒すことになる。最悪、駒王に住む"赤龍帝"が共鳴して色々と危うい。しかし私なら問題はない」

「お前に借りを作れってことか?」

「まさか。これは私が行った負債の返済、そう思っていただければ(さいわ)いです。悪い話ではないでしょう?」

「確かに悪い話じゃねぇな。だが乗ってやる前に聞かせろ、お前の欲しいモノってのはなんだ? デカい組織を使うんだ、それなりのモンなんだろう?」

 

 アリステアが空っぽになったグラスの口を指で軽くなぞり、一息入れるとアザゼルへ身体ごと振り向く。

 

「私が欲しているのは最強の神滅具──"黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)"です」

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「災難でしたわね、蒼井くん。堕天使と交戦したとお聴きしましたわ」

 

 夜も暗くなった駒王学園。部活動の生徒も帰宅して学園は人から悪魔の時間へ様変わりする。

 つい先ほど堕天使ドーナシークを退(しりぞ)けたばかりの渚は蝋燭(ろうそく)が灯るオカルト研究部の部室でソファーに座っていた。そんな渚に紅茶を出してくれたのは副部長である姫島 朱乃だ。

 大和撫子を体現したような柔らかな笑みと仕草で渚の対面側に腰を下ろす。

 

「堕天使は苦労しませんでしたよ。あとから出てきた人がヤバかったですけど」

「その方は堕天使ではなかったのですか?」

「多分、違うと思います」

「堕天使側に寝返る神父もいますが、その類いでしょうか」

「人間と言われても首を傾げたくなりますね。それぐらい異常な存在だったので」

 

 夕暮れの公園で会った黒ずくめの男──クラフト・バルバロイ。

 あの時感じた戦慄に比べれば"はぐれ悪魔"との相対すらもマシと思える。

 それなりの修羅場を潜ってきた渚だったがクラフトと向き合った時は命を諦めかけた程だ。

 後ろに一誠が居なければ恐らく恐怖で動けなかっただろう。自分がやらなければ友人が死ぬという現実が結果的に精神的な支えになったのだ。

 その一誠だが、今はリアスと二人きりで会話をしていた。部長が使う席の前で立つ二人に渚は何となく目を向ける。

 

「アイツ、やっていけるかな」

「心配?」

「まぁ一応、こちら側の大変さはよく知っているつもりなんで……」

「うふふ、蒼井くんは特別大変ですからね。メアさんとほぼ毎晩"狩り"に出ているのでしょう? 貴方達の存在が私たちにとってどんなに助かっていることか」

 

 朱乃の称賛に少し照れ臭かったのか渚が頬を掻く。

 

「蒼井!」

 

 リアスとの話が終わったのか一誠が渚のもとへ駆け寄ってくる。

 

「ん、なんだ?」

「俺、悪魔になるよ」

「あらあら、随分と思いきりが良いですわね」

「はい! グレモリー先輩と姫島先輩の元で己を鍛えていきたいと思う所存です!!」

 

 ビシッと背筋を正して朱乃に挨拶をする一誠。

 存外にすんなりと受け入れた彼に渚は拍子抜けする。悪魔となれば今までの生活が一変すると分かって言っているのだろうか、と疑念すら沸いたくらいだ。

 

「……いいのかよ、そんな簡単に決めて」

「ああ、俺、決めたんだ。──ハーレム作る!」

「は?」

 

 いきなりの宣言に面を食らう。

 この男はハーレムを作るためだけに悪魔になると言うのだろうか……。

 

「悪魔は一夫多妻もありらしい。これを聞いたら頷くしかねぇだろうが!!」

 

 こう続ける一誠に、渚は頭を抱えた。

 悪魔になるという事がどんな意味を持つのか享受したくなった程だ。

 

「お前、公園で起きたこと忘れたのか?」

「勿論、覚えている」

「つまり、ああいう輩とこの先、命の奪い合いをする場面もあるんだぞ」

「そうだな、正直それは怖い」

「それでもハーレムのためって理由で悪魔になるのか?」

「つかさ、既に悪魔な時点でそれしかないだろ」

 

 道理だ。

 渚が苛立った所で一誠の取れる選択肢は酷く少ない。それを与えれない渚が幾ら(いきどお)っても無意味だ。

 そこで初めて、自分が兵藤 一誠に出来る事は何もないという現実を前に苛立っていただけだと気づく。

 友人だからこその怒りであったが、それをダシにして他人の人生に口を出すなど傲慢だと自嘲する。

 そして自らの考えと口に出た言葉の浅はかさを恥を覚えた。

 

「悪い偉そうなこと言った」

 

 一歩引いた渚に一誠が「それに」っと付け足す。

 

「夕麻ちゃんに会うにはこれが近道っぽいしな」

 

 恐らくそれが本命。証明するように一誠の表情が引き締まったから間違いない。

 会ってどうするのだろうか……。漠然とした勘だが殺すなどとは夢にも思っていない様子だ。

 しかし一誠は悪魔として生きることを選び、夕麻は堕天使だという。そんな両者が会ったところで始まるのは殺し合いだ。一誠にその気はなくても相手は確実にそうしようとする。

 リアス・グレモリーも夕麻を滅ぼすために動くだろう。渚もそれに殉ずることになるはずだ。

 一誠の後ろで立つリアスを見ると、渚の考えを肯定するような複雑な心境で新しい眷属の背を眺めていた。渚の隣に立つ朱乃も同様だろう。

 そんな夕麻に好意を持つ一誠に「あなたの彼女を殺す必要がある」と言えばどんな顔をするかなど想像に容易い。

 下手にリアスが夕麻を討てば、主人への不満から一誠が"はぐれ悪魔"と化す将来もあるかもしれない。

 それが分かっていて、言葉を発せないリアス()朱乃(女王)。この夕麻(堕天使)に対する一誠の好意がデリケートな問題だと十分に理解しているのだろう。

 だから渚が切り出すことにした。

 

「……兵藤、俺はこの町のために数えきれんほどの"敵"を斬って来た、多分これからも続けると思う」

「え、ああ、グレモリー先輩から聞いたよ。蒼井が駒王町の平和に貢献してるって……」

 

 貢献という単語には首を傾げたくなる渚だが、アリステアの下で"はぐれ悪魔"と戦っているのだから真実でもある。

 

「で、だ。天野 夕麻は()()敵だと思ってる。誰であろうと日常を脅かす奴は容赦なく殺す」

「渚!?」

「蒼井くん!?」

 

 リアスと朱乃の驚く声。

 それもそうだ。渚が自ら相手を殺すと宣言したのだ。これは渚と親交があるリアス達にとって耳を疑う物言いだった。

 前提として渚は荒事を嫌う。殺しに来る敵は倒してしまうが積極的に戦いに行く性格ではない。加えて自己評価が低い傾向にあるので、何かを実行する時にこうまで強く言い切る事など殆ど無いのだ。

 しかしこの言葉こそ一誠には必要だった。それが一誠にとっては決して許せないものだと知っていても……。

 予想通り、渚は一誠に胸ぐらを掴まれる。

 

「おい、あの子をなんだって?」

 

 低い声だ。さっきまでの親しさなど欠片もない怒りが瞳に宿っていた。対する渚は冷たい瞳だった、見下すような目で一誠の熱を受け流す。

 

「殺すって言った。天野 夕麻は俺にとって排除対象だ、見つけ次第──ぶった斬る」

「てめぇ!」

 

 一誠の拳が渚の横っ面に突き刺さる。

 頬が熱くなり、骨が軋む。本気で殴られたようだ。何歩か後退するも足を踏ん張り倒れるのを防ぐ。

 

「ふぅー、満足か?」

 

 切った唇から流れる血を指で払う。

 

「お前はそんな奴じゃないだろ! 女の子を……殺すとか似合わねぇよ」

 

 一誠の怒号。それは信じてた人間に裏切られた者が見せる悲しみでもあった。

 自分を信じているからこその一誠に怒り。胸がジクジクと痛むが今さら後には退けない。

 一誠には、ここで夕麻への認識をある程度変えて貰う。これは一誠の身の安全とリアスとその眷属に被害を出さないため必要な事なのだ。

 

「遊びじゃないんだ……。兵藤、忘れたのか? お前は天野 夕麻に殺されたんだ。また違う人が……無関係な人が被害に合うかもしれない。次は誰だ? 松田か? 元浜か? もしかしたら桐生かもしれない」

「そんなのは可能性の話だろう!」

「馬鹿かッ! その可能性が現実になった時、どう言い訳をする!! "運が悪かった"なんて言葉で片付けるつもりか?」

「だけど……」

()()()じゃないんだよ、()()()()。グレモリー先輩はただの悪魔じゃない、町の管理者だ。この駒王に住む人たちへの責任がある。お前の言葉で重い責任と眷属の想いの間で苦しむ。──それでも彼女(夕麻)を助けたいのか?」

 

 息苦しい沈黙が部屋を包む。リアスも朱乃も口を開かず一誠の言葉を待つ。

 

「俺は夕麻ちゃんにもう一度会う。会ってから決めたい」

「あっちは殺す気で来るかもしれない」

「それでも……──好きなんだ」

 

 渚は一滴の涙を見た、恥を惜しまず目元に潤ませる一誠。

 そこで自らの限界を悟る。これは一誠を責めらないという渚の救いようのない甘さ。本来なら夕麻は倒すべき者として自覚させるべきなのを渚は諦めたのだ。一誠の"心"と"命"を天秤に賭けて心を選んだ結果だ。優先すべきなのは"命"と分かっていても"心"を無下に出来ずにいる渚の口はこれ以上動かない。

 

「……分かったよ」

 

 それだけ言うので精一杯だった。

 きっと誰がなんと言おうと一誠は"心"のままに夕麻を探すだろう。

 説き伏せる事に失敗した渚に出来るのは精々その時に出る被害を最小限に止めるという役しかない。

 

 こうして互いが意見をぶつけ合った夜は何も解決せずに更けていくのだった。

 





神器大好き総督は理想の上司です。
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